「さあ、練習再開だ!」
「すみません。私、少し離れます。たい焼き買ってきます」
「え⁉︎」
綱海さんを練習に引き込んだ時点で、私の仕事は終わったようなもんだ。ということで、たい焼きを買いに行く。最近たい焼きを補充してない。早く食べたいな……。
「は? 無い?」
「おー。この島にはたい焼きなんてねぇよ。残念だなぁ、嬢ちゃん」
何と。この島にはたい焼きが無かった。待て。おかしいでしょ。ふざけんな‼︎
内心憤慨していると、お店のおじさんが私に袋を渡した。
「悪いな、これやるから」
「?」
中身を見てみると、甘い匂いがした。
「サーターアンダギーっつってな、沖縄の名物なんだよ。美味いぞ〜!」
甘い匂いに負け、思わず口に入れる。
「……! 美味しい」
「だろ? もっといるか?」
「はい。頂きます」
新しい好物が出来た。せっかくだから、皆さんの分も買っていこう。私の顔は、自然と綻んでいた。
サーターアンダギーを摘みながら海岸を歩く。いつの間にか太陽は水平線に沈みかけ、夜の訪れを告げる。紫と赤のコントラストがとても美しかった。空を仰ぐと、星が輝き出している。
「……綺麗」
ボソッと小さく呟く。心が澄み渡っていくみたいで、気持ち良かった。一つ深呼吸してから、また歩き出そうと足を動かした次の瞬間。
「お前が……青木穂乃緒か?」
前方からした低い声に、足を止める。少し睨みながら、声の主を見た。
いつか見た、あのボウズサングラス。しかも3人。エイリア学園のエージェントだかなんだか、そんな感じの奴らだった気がする。
「何の用だ」
「我々と共に来てもらおう。言っておくが、拒否権はない」
「なら、作らせてもらおう」
私はサーターアンダギーの袋を抱え、戦闘体勢をとる。一歩踏み込んで、走り出した。
「悪いが急いでるのでね、通してもらう!」
腹が立って仕方なかった私は、このイライラを奴らにぶつけることしか頭に無かった。
「はあああああっ‼︎」
振り上げた拳は、一瞬でエージェントの1人の顔面に打ち付けられる。力を込めたから、かなり痛いと思う。が、相手が相手なので気にしない。力任せに打ち付けたから、少しはこっちも堪える。ぶっ飛ばして、次のターゲットに狙いを定める。
体を回転させ、足を振り上げる。足の甲でエージェントの顎を確実に仕留め、蹴り上げる。そして、倒れかけたエージェントの胸倉を掴み、乱暴に砂浜に叩きつけた。
そして、最後の1人。首を掴み、これまた砂浜に押し付けて押し倒す。そして、馬乗りになった。
感情なんて、あまり無かった。ああ、苦しそうだねって。ただそれだけ。
「一つ言っておく」
酷く、冷たい声。何処までも闇を捉える冷淡な赤い瞳に、エージェントの苦しそうな顔が映る。
「私に挑むのはいい。何度でも返り討ちにしてやるさ。だがな、私の大切な人たちに手は出すな。もし手を出せば……」
エージェントに顔を近付け、首を掴む手に力がこもる。
「私は、容赦はしない」
ゆっくりと手を離し、彼から降りた。ジャージの砂を少し払ってから、歩き出す。サーターアンダギーを取り出して、口に運んだ。
「けほっ……フン……。いつまでそうやっているつもりだ? 自分でも気が付いているだろうに……」
何か奴が言っている。
「お前は、人ではない。人の皮を被った化け物だと、自分で分かっているはずだ……」
しかし、それに私は耳を傾けなかった。
「ただいま帰りました」
「あっ、おかえりなさい! 青木さん!」
木野さんが私を振り返る。木野さんから連絡を貰い、民宿の場所を聞いていたのだ。
「青木さん? それは……」
「たい焼きの代わりに買ってきました」
「え⁉︎ 青木ってたい焼き以外食べれたのかよ⁉︎」
意外! とでも言うように、財前さんが目を向く。失礼な。私だってたい焼き以外も好きになれます。
「ようっ!」
「「「「ひぃぃいいぃい⁉︎」」」」
「っだ⁉︎」
何だか硬い尖ったものが、私の後頭部に直撃した。手を後ろにやり、振り返ると、魚の顔が見えた。
「‼︎⁉︎⁇⁈」
「おっ。よぉ、お前か! さっきどっか行っちまったからな〜」
それから見つけたのは、綱海さんだった。ポカンとした私を見て、綱海さんは笑う。
「はっはっは! 何だよその顔! つーか、お前そんな顔するんだな〜」
「なっ……な、何をしに……⁉︎ 何故魚を抱えているのですか⁉︎」
「ああ、これ、食わせてやろうと思って、釣ってきたんだ」
「あ、ありがとう……」
先程の衝撃が抜けきらないのか、円堂さんは頬を引きつらせながら答えた。
「…………」
「何だよ、食わねえのか?」
「……食べたことがありません」
「まー食ってみろよ!」
赤い身を口に含んでみる。…………美味しい。何だか今日は、新しい好物に巡り会う日だなぁ……。