「……ただいま」
翌朝。円堂さんが復帰し活気を取り戻した雷門イレブンの前に、吹雪さんが姿を見せた。吹雪さんのなんともなかった様子に、私はホッとして吹雪さんに歩み寄る。
実は、私が吹雪さんから話を聞いた翌朝、吹雪さんはどこにもいなかった。ジェネシス戦から様子がおかしかったのが不安で、心配だったのだ。
「吹雪さん……」
「心配かけてごめんね、穂乃緒ちゃん。もう大丈夫だよ」
いつものようにふわりと微笑む吹雪さんに、私も安堵する。そんな彼に、みんなが安心して吹雪さんの元に駆け寄る。
ふと、吹雪さんと視線が交差する。私に気付いたのか、吹雪さんはまたにこりと笑った。
「あっ、そーだ吹雪! お前いなかったから、いいこと教えてやるよ!」
「いいこと?」
財前さんが、ニヤニヤしながら吹雪さんに話しかける。
「青木が、昨日初めて笑ったんだ!」
「⁉︎」
「……? それが珍しいことですか?」
「そりゃそーだろ! あのポーカーフェイスの青木が笑ったんだぞ?」
「私、そんなに笑ってませんでしたか?」
「全っ然!」
「そうですか……」
「…………っ」
私、そんなに笑ってなかったか……と財前さんの返事にプチショックを受けていると、また吹雪さんと視線が合う。だが、今度の吹雪さんの目は違った。オレンジ色の鋭い視線が、私を冷たく貫いた。
「……⁉︎」
吹雪さんが、何故私を睨んだのか。いや、吹雪さんはそもそも人を睨むような人じゃない。私は驚いたまま吹雪さんをただ見ていた。
「吹雪さん」
意を決して、吹雪さんに詰め寄る。
「本当に大丈夫なんですか?」
吹雪さんはニコ、と笑って、
「大丈夫だよ」
と静かに答えた。
そのまま、私たちの視線はお互い交わっていた。どちらとも目を逸らせない。吹雪さんは全然大丈夫なんかじゃない。絶対に何かある。私はそう確信していた。
と、ここで瞳子監督の携帯電話に連絡が入り、二言三言話してから連絡が切れた。
「沖縄に、炎のストライカーがいるそうよ」
「……炎の……? まさか、豪炎寺⁉︎」
炎のストライカー、という言葉に、雷門イレブンのみんなが反応する。本当に豪炎寺さんなのだろうか。なら、また会って話したい。貴方のチームは、本当に素晴らしいものだと伝えたい。
「……私も、お会いしたいです。そして、貴方にもお礼を言いたいです、豪炎寺さん……」
ボソ、と小さく呟き、綺麗な青空を見上げた。
現在、私たちは船に乗って阿夏遠島に向かっている。向かっているのはいいのだが……。
「…………暑い」
何なのこの暑さ。北海道は北海道で寒かったけど今度は暑いの⁉︎ もうやだこの旅! 私はハァッと溜息をつき、手すりに寄りかかる。というか、日差しも強すぎる。おかげでジャージが脱げない。焼ける。日焼けはあまりしたくないのだ。
少し手すりの向こう側を見れば、ラピスラズリのような美しい海が広がる。海を見るのは初めてなような気がするが、こんなに美しいとは知らなかった。
「うわああぁああああ⁉︎」
「先輩ー⁉︎」
目金さんの悲鳴と壁山さんの悲鳴が隣で響き、何か起こったと私は瞬時に判断した。隣を見ると目金さんが船から落ちていた。私はすぐに手すりを乗り越え、左手を手すりに引っ掛けつつ右手で目金さんの腕を掴んだ。
「あ、青木さぁああああん‼︎」
「暴れないで下さい。よっと」
目金さんを掴んだ右手を思いっきり振り上げて目金さんを甲板へ投げ飛ばし、あとで私も這い上がろうとするも、ズルッと右手を滑らせてしまった。
「あ」
「あ」
「あ、青木ぃぃいいぃぃいいい⁉︎」
「青木さぁああああああぁん‼︎」
みんなの顔がだんだん遠くなっていく。あれ? この下って確か……。
ドッボォォォンッ‼︎
「……⁉︎」
何、これっ……⁉︎ 息が出来ない……。苦しい……。ゴボゴボと泡が霞んで見える。私、死ぬのかな? 上手く腕が動かせない。死ぬのかな……このまま、死んでも私は……いや、まだ私は死ねない。まだ、円堂さんたちに恩返しをしなければならないんだ! なのに……。
「っ……っっ……‼︎」
ダメだ。意識が保てない……。そん、な……。
私はそのまま力尽き、意識を失った。