巻き上がる砂塵、そして、その砂塵に混在するかの如く、チラチラと瞬く赤い血液。
砂塵の量からも男の得物の破壊力が窺えた。
ただ、今まで無表情に相手を殲滅していた、男に僅ながら驚きの色が表情に垣間見えた。
何か思案顔を浮かべた後に、男が徐に右腕を上げると、得物を握りしめていたはずの右手が存在せず、朱色のまるで血のような液体が、断面からとめどなく流れ落ちていた。
砂塵が落ち着くと、得物が切り離された右手と共に、セリューにかするか、かすらないかというギリギリの地面に突き刺さっていた。
(えっ私は助かったの!?)
男だけでなく、セリューも他聞に漏れず、驚きが隠せない。
死を覚悟していた自分がやったはずもない、また、コロもあの距離から間に合うわけがない。
一体誰が?と疑問を抱いていると、陽炎が揺れるように、何かが揺らめいたかと思われた直後、セリューの前に突如白いローブを目深に被った見知らぬ人物が現れていた。
その人物の右手には、赤い液体を滴らせた細身の剣が握られている。
そこから見ても、この人物が、男の右手を斬り、自分の危機を救ってくれたことが容易に想像出来た。
「もしかして…主水君?」
今まで何度も自分を救ってくれた人の名を無意識のうちに呼んでいた。
ただそれは願望だったのかもしれない。
主水だったら嬉しいという。
しかし、目の前の人物は、首を横に振り、それを否定した。
そして、一言、
「早くここを去りなさい」
囁くように呟いた。
その声は何処かで聞いたことのある声ではあったが、今はそれを考えている暇はないと、目の前の人物の指示に従い、悪に背中を向けるのは不本意ではあったが、走り出した。
「逃がさないわよイェーガーズ!!」
特級危険種エアマンタの背が再び煌めく。
同時に放たれるセリューを狙った正確無比な弾丸。
セリューに着弾するかと思われたが、セリューを守るように現れたコロによって防がれた。
遠ざかる二人を横目に見送ると、煌めく何かを人差し指と中指の間に挟み、それを投擲するように左手を軽く振りぬく。
朝日に一度煌めいた何かが、エアマンタの額に刺さると、エアマンタは麻痺したように、体を硬直させ、浮力を失い地に落ちた。
セリューの追っ手となりうる障害を排除すると、男に振り向く。
「貴方はどうしますか?私は、できればこれ以上やりあいたくはないのですが…」
ローブで影になっているため、表情は伺えないが、そこに存在しうるであろう、瞳が、鋭く自分を射ぬいているであろうことは、丁寧な言葉とは裏腹に、その体から放たれる圧力から想像できた。
「ナジェンダの命令は絶対だ!」
男はそう宣言すると、右手を再生し、再び地に突き刺さった得物を抜き、大地を蹴り走り出した。「行くぞ!!」
木々を揺らすほどの風を巻き起こし、白いローブの人物に向かう。
ローブの人物は、軽くため息を吐く素振りを見せると、軽く細身の剣を振り、液体を払うと、鋒を男に向けた。
あと一歩で両者が交錯するその時に、
「やめろスサノオ!!」ナジェンダの声が響く。スサノオの得物もあと僅かで接触するかという鼻先でピタリと止まっていた。
「今の状態のそいつには誰も勝てんよ」
「ナジェンダは知っているのか?」
「ああ、腐れ縁というやつか…そんないけすかないヤツは1人しか知らん。そうだろ?」
その人物は、ナジェンダの言うことを肯定するように微かに首を縦に振る。
「だがな」
ナジェンダの声色が今までの知り合いに話し掛けるような和やかなものから、剣呑なものにガラリと変わる。
「いくら挙動のおかしなお前でも今回のことは見逃すことはできんぞ」
まるで敵に対するように詰め寄り問い詰める。
「ええ、分かっています。革命軍に属している以上、敵を助け、逃がすことがどれ程の重罪かは…しかし、私にも曲げられない信念があり、それだけではなく、彼女には貸しが一つありましてね、いてもたってもいられなかったんですよ」
その人物はスラスラと答え、言葉では謝罪してはいるが、口調からは全く悪びれることなく飄々としているように感じられた。いや実際そうであった。
「確かに今回は貴女方の邪魔をしてしまいましたので、次回何かしら貴方達の手伝いをさせてもらいますよ」
その人物はそうナジェンダに伝え、フッと口許を緩めると、元からそこには存在していなかったかのように、蜃気楼のように姿が消えていた。
「フッ、食えんやつだ…」
ナジェンダも鼻を鳴らして苦笑いを浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇
主水とスタイリッシュは共に無言のまま、そしてついてくる三人のスタイリッシュの側近も同様に黙ったまま、フェイクマウンテンの登山道を下っていた。
「スタイリッシュ様、上空から何かが来ます!」「あれはエビルバード?いや、エビルバードの亜種です!!」
沈黙を破り、焦るように、耳の大きな女性が告げると、より詳しい情報を目が大きな男が補足して伝える。
「エビルバードの亜種ですって!」
見上げると、既に目視できる位置に、一般的なエビルバードより二回り以上大きく、鋭い嘴、鋼鉄をも軽々引き裂くであろう鍵爪、見るものに恐怖を植え付ける禍々しい羽色をしたエビルバードの亜種が、巨大な羽を羽ばたかせ、辺りに突風を吹かせながら空中に制止し、主水達を見下ろしている。その鋭く輝く瞳は猛禽類のものそのものである。
どうやら主水達を捕食すべきターゲットと決めたらしい。
「エビルバードは特級危険種、亜種だとしたら超級危険種並みね。できれば素材として欲しいわね」
スタイリッシュは舌なめずりをしながら、物欲しそうに、エビルバード亜種を見つめている。
スタイリッシュからしたら、自分が捕食対象となっているなど気にも止めず、エビルバード亜種をどうにかして実験素材として手に入れたいと思っているらしい。
スタイリッシュは頬に手を当て、どのように手にいれようかしらと思考の海に潜り、スタイリッシュの側近三人は恐怖で慌てふためく中、主水は周りの喧騒全てを歯牙にもかけず、無表情を貫き、歩みを止めることもない。
また主水の周りには、ピリピリと張りつめた緊張感が漂っている。
その雰囲気は辺りに静寂をもたらす。
スタイリッシュの側近は勿論、宙に制止するエビルバード亜種ですら、その雰囲気に気圧され、動きを止めている。
しかしこの間、主水の頭の中にあるのはただ一つのことで、敢えて無視をしているのではなく、周りに気を配る余裕がなく、気づいていないだけであった。
(俺のしたことは正しかったのか?)
必要最小限の犠牲にとどめ、スタイリッシュを救うという任務をこなしたことは間違いなく、正解ではある。
しかし、そんな一義的な答えを主水は求めているのではない。
セリューを信頼し、尊重をしたためであっても、置いてきてしまったことは、間違いではなかったのかと…
思案に耽り、無意識に歩を進める主水に違和感を覚えたのか、エビルバード亜種がけたたましい咆哮をあげる。
その咆哮は空間を揺らす振動となり、辺り一面に襲い掛かる。
岩壁には亀裂が入り、崩れ落ち、細かい粒子となり、スタイリッシュの側近の耳が大きな女性は、
「イヤアアァァアァ!私の耳があああぁぁ!」
と断末魔をあげると、耳から大量の血液を流し、生き絶えた。
鼻と目も、鼻や瞳から血を流し、瀕死状態で亀裂が入った地面に体を横たえ痙攣している。
いち早くエビルバード亜種の動きを察知したスタイリッシュは思考の海から脱し、耳を押さえながら、主水の影に隠れていた。
「てめぇは黙ってろ!」
思考を邪魔された主水は、鯉口を切り一閃エビルバード亜種の咆哮を斬った。
咆哮を斬るという圧巻の離れ業にエビルバード亜種は一瞬戸惑うが、獣特有の凶暴さを発揮し宙を滑空し、鋭い嘴を向けて襲い掛かった。
主水は、右手に携えた刀を下段に構えながら、摺り足で向かい来るエビルバード亜種に向かって左斜め前に進む。すれ違い様に銀色の閃光が光ると、エビルバード亜種の首が、大量の血液を撒き散らしながら宙を舞った。
「あらあら…もったいない…それにこの子達ももう無理そうね…」
スタイリッシュは首が飛び、絶命したエビルバード亜種と、倒れ動かなくなった三人の側近を見て愚痴を溢す。
「行くぞ…」
主水は何もなかったかのように、一声スタイリッシュに掛けると、変わらぬペースで歩を進めた。――――――
フェイクマウンテンの登山口にたどり着くと、そこにはマスク越しながら、心配そうにキョロキョロしているボルスと、暇そうに、岩の上に座り、足をブラブラさせながらお菓子を食べるクロメの姿が。
「あっ主水君!Drは見つかったみたいだね。タツミ君はいないみたいだけど……あれセリューちゃんは?」
主水の姿を一目見て直ぐに走りよってきたボルスがスタイリッシュを見て満足そうに息を吐いた後に、辺りを見回し、姿が見えないセリューについて尋ねる。
「………」
険しい顔をした二人の動きが止まり、一瞬の沈黙が場を支配する。
その険しい表情と沈黙からボルスも察しがついたようで、先を促すことはなかった。
しかし、それのまま流す訳にもいかず、主水は息を一つついた後に、「もうセリューはいない」と口を開こうとした―――
その時だった、
「遅れました。セリュー·ユビキタス&コロ帰還しました」
服は裂け、豊満な胸部を露出させ、血にまみれ酷い怪我を負いながらもそこには、いつもの笑顔を浮かべたセリューが、コロと共に敬礼して立っていた。