IS ―Another Trial―   作:斎藤 一樹

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29.Rock you

「おりむー、白式の最終チェック終わったよ~」

 

 クラス対抗戦当日。試合を間近に控えた俺は、整備クルーとして同行してきたのほほんさんと一緒にピットにいた。

 

「言われた通りにスラスターの噴射量を制限しておいたけど、良いの?」

 

 差し出された白いブレスレットを受け取ると、ぱたりぱたりと袖を揺らしながらのほほんさんが言った。

 

「ああ、今回は万が一に備えてエネルギーを節約していかなきゃならないからな」

 

 お客さんがいつ来るかは分からないが、歓迎する用意はしておかなきゃな。

 

「……舐めプ~?」

 

 ぽつりとのほほんさんが言った。

 

「違うっての」

 

 人聞きの悪い。

 

「燃費を良くして戦いやすくした、と言ってほしいね」

 

 白式は元々スラスター出力が高過ぎるほどに高い。そのおかげで速いのは確かだが、代償として燃費も悪い。この調整で長所は多少殺す事になったが、その分扱いやすくなっているというわけだ。

 

 アリーナの広さを考えると、トップスピードまで持っていってもすぐに減速することになる。つまりこれもまたエネルギーの無駄に繋がる。

 

 スラスターの噴射量を絞れば加速も緩やかにはなるが、少なくともクラス対抗戦の内では問題にならないだろう。問題は十分な距離の無い距離で急加速、等という無茶をしなければならないかもしれない襲撃者が相手の場合だが……今悩んでも仕方があるまい。

 

 当然、今と同じだけスラスターの出力に制限をかけた状態での慣らし運転は既にやっている。検証の結果「この位までなら減らしても大丈夫」「これ以上減らしても性能が下がる以上に燃費が良くならない」と言ったラインを狙い、今回のスラスター噴射量をどこまで制限するかを決めたのだ。

 

 とまあ小細工はしたが、ここから先は出たとこ勝負。噴射量を制限して踏み込みが足りなくなって負ける、という可能性もある。避難指示の放送はいつでも流せるようにしたし、万が一の時の助っ人も鈴に頼んだ。色々と出来る限りの仕込みはやった、後はあちらさんが来ないことにはどう転ぶか分からない。

 

 時計を見れば、時間は試合開始の5分前になったところだった。

 

「そろそろ時間だな」

 

 行くぜ、白式。

 

 心の中でそう呟き、左腕のブレスレットを人差し指と中指の2本の指で撫でるように擦る。2秒と少々の後、白式が展開された。一秒の壁は未だ遠く、高い。

 

 だがそれもその内早くなるだろう。最初の頃から考えれば、展開までの時間は半分程度にまで縮まっているのだ。だから今はこれからの試合に集中する。

 

「それじゃあ先ずは第一試合、張り切って行ってみようか」

 

 いってらっしゃ~い、というのほほんさんの間延びした声にひらひらと右手を振って応えつつ、俺はピットから飛び立った。

 

 

 

 

 

「やあ、ゴールデンウィークの時以来か」

 

 クラス対抗戦の第一試合、1組vs2組。2組のクラス代表は、鈴のルームメイトのティナ・ハミルトン嬢だった。

 

 彼女が纏うのは、フランスはデュノア社のラファール・リヴァイブ。拡張性と整備性が高く、素直でクセがない。良い機体だ。生憎俺が乗った事は無いしこれからもその機会は無いだろうが。

 

「そうだね、もっと私たちの部屋に遊びに来てもいいんだよ?」

 

 歓迎してあげる、といたずらっぽく笑いながらハミルトン嬢が言う。

 

「前向きに検討しておくよ、ハミルトン嬢」

 

 肩を竦めながらはぐらかす。

 

「固いなぁ……ティナでいいよ、ティナで」

 

やや呆れ気味にハミルトン嬢が言った。

 

 ティナ・ハミルトン。IS学園にいる他国からの留学生という存在は、その国の代表候補生……或いはそれに準ずる実力の持ち主であることを意味する。彼女の場合は……カナダだったかの代表候補生だった筈だ。

 

 油断は、出来ない。

 

 互いにISを纏った状態で、表面上は和やかに会話が進む。試合開始のブザーが鳴るのを待ちながら、嵐の前の静けさとでも言うべき僅かな時間を楽しむ。

 

 そして、

 

「Let's,」

 

「んじゃあ、」

 

 ブザーが鳴る。

 

「Rock 'n' Roll !!」

 

「始めようか!」

 

 動き出すのは同時。

 

 俺はハミルトン嬢……もといティナに向かって一直線に距離を詰めながら/彼女はこちらに向けて両手に呼び出したサブマシンガンを構え、

 雪片弐型を左腰の位置に呼び出してそれを右手で握り/引き金に指を掛けながら背面のスラスターに火を点し、

 すれ違い様に抜刀するように抜き打ちの横一閃を繰り出す/距離がゼロになる直前でスラスターを吹かして急上昇しつつ引き金を引いた。

 

 俺の初撃は空気を裂くだけで終わり、ティナは俺の頭上を飛び越えるように移動しながら二挺のサブマシンガンから弾をばら撒いた。

 

 速度を殺しきらない程度に減速しつつ、バレルロールで身を捩るようにして軌道をずらしながら射線から逃げる。アリーナの壁に沿ってこちらも上昇し、高度を合わせる。

 

 そして、試合開始時よりも高度の上がった場所で再び対峙する。挨拶替わりの一合を交えた程度ではお互い息も乱れず、大したダメージも無い。小手調べは終わりってところだろうか。

 

「うんうん、思ってた以上に良い動きね。ISを動かしてからまだ1ヶ月なのが嘘みたい!」

 

 楽しそうにティナが言う。

 

「お眼鏡に叶って光栄だぜ、レディー」

 

 まだまだ行けるわね? と眼で問う彼女に笑みで応えると、満面の笑みが返ってきた。

 

「期待以上よ、もっと楽しくバトルが出来そう!」

 

 ウッキウキである。楽しくて堪らない、といった様子を隠す事なく笑顔にのせて振り撒くティナは実に魅力的だったが、試合中に口説かないだけの分別はある。

 

「じゃあそろそろ続きをやろうか?」

 

 雪片を正眼に構え直しながら声をかける。

 

「OK、全力でね?」

 

 じゃこん、と両手のサブマシンガンに拡張領域(バススロット)から取り出した新たなマガジンを挿し込んでリロードしながら、ティナが笑う。

 

「勿論さ」

 

 じり、と互いに動かないまま十数秒が経つ。少し剣先を揺らして誘ってみると、焦れたように弾丸が数発飛んできた。

 

 その弾丸を左斜め前に飛び込んで避けると、そのままくの字を描くような動きで近付く。ティナはバックステップで距離を取りながら右手のサブマシンガンで弾幕を張ってこちらを牽制しつつ、左手の装備をサブマシンガンからショットガンへと持ち変える。

 

 そしてそのショットガンの銃口が向く瞬間、

 

「食らうかっての……!」

 

 スラスターを一旦カットしつつPICのマニュアル制御で慣性を殆どゼロにして、再びスラスターを使いバク転を行う。六十二口径のIS用連装ショットガン〈レイン・オブ・サタディ〉から吐き出された2発の弾体が数瞬前まで俺がいた空間を突き抜け、ショットシェルから放たれた無数の散弾が俺の爪先を擦っていった。

 

 今のは危なかったと冷や汗をかきつつ、バク転の勢いのままティナの斜め下から仕掛ける。再びこちらに向けられるショットガンの銃口の方向から斜線を予測し、先程放たれた2発のショットシェルから拡散した散弾の拡散範囲を元に割り出された次弾の予想拡散範囲が、空間投影ディスプレイの1つに三次元的に表示される。

 

 回避は……キツいな。なら!

 

「これで!」

 

 雪片を投げ、囮とする。

 

 投げられた雪片はティナが上体を反らすことで避けられたが、咄嗟に避けたからかショットガンの銃口も逸れた。

 

 その隙を待っていた!

 

「そら、よっとォ!」

 

 スラスターを一気に吹かして懐に飛び込み、

 

「きゃっ!?」

 

 右の回し蹴りでショットガンを弾き飛ばす。

 

 動揺させられたのは一瞬だけだった。ティナは素早く右手のサブマシンガンをこちらに向けて構える。対応が早いな。

 

 引き金が引かれる前に左手でそのサブマシンガンを掌で外にずらし、射線を外す。明後日の方向に放たれた弾には目をくれず、そのまま一息に横縦横と裏拳を3発頭部に叩き込む。

 

 勿論こちらの拳はシールドバリアに防がれたが、シールドエネルギーを削ることが目的なのでこれで良い。シールドバリア越しに脳を揺さぶれたら儲けものだとは思っていたが、この程度の衝撃はシールドバリアで吸収されるらしかった。

 

 サブマシンガンを押さえている左の掌でそのままサブマシンガンの銃身を掴んでティナの右腕を引き寄せ、更にその右腕を俺の右手で掴んで彼女を地面に向かって投げ飛ばす。

 

「Heaven!」

 

 ティナは叫びながらもすぐには体勢を立て直さず落下する。反撃よりも距離を取ることを選んだらしい。こちらに遠距離攻撃の手段が無い事を考えると妥当な判断である。

 

 そのまま地表付近まで高度を下げると携行している武器をサブマシンガンからライフルへと変え、両手で構えたそれでこちらを狙ってくる。

 

「投げ飛ばしたのは失敗だったかな……」

 

 ティナは背を地面に向け、仰向けの状態で低い高度を飛びながら射撃を行っている。正確な射撃だ。こちらも高度を下げて距離を詰めようとするが、少しでもその素振りを見せれば頭を押さえるように弾丸が飛んでくる。

 

 上手い。避けさせる牽制の弾と避けさせた先に置いておく本命の弾を巧に使い分け、こちらのエネルギーを削りつつ動きを制限してくる。ブルーティアーズによるオールレンジ攻撃を繰り出してくるセシリアが相手の時とはまた違ったやりにくさがある。

 

 雪片が手元にあれば実体剣の部分で盾の代わりに弾丸を防ぐことも出来なくはない (本当に「出来なくはない」程度だが) が、その雪片はさっき自分でぶん投げたわけで。結果として避けきれず、じわじわと被弾が増えてシールドエネルギーは減っていっている。このままじゃジリ貧だ。

 

「……しゃーねぇ、ちょいと無茶をやるか」

 

 現在のシールドエネルギーはまだ8割といったところ。これならば、多少無茶をやっても問題はないだろう。

 

 やることは簡単だ。まずは腹を括って、後は……

 

「飛び込むッ!」

 

 回避運動をやめて、一瞬だけ空中で停止。照準をこちらに合わさせて、ロックオンアラートが鳴った瞬間にがくんと急降下。意図的に晒した隙へと引き付けられた攻撃は俺の頭上を通り過ぎ、俺は地表へと減速無しで突っ込む。

 

 地面へと激突する直前に背部ウイングバインダーと脚部のスラスターを最大噴射して急ブレーキをかけ、更にPICを使って完全に勢いを殺す。

 

 地面に向かって行ったスラスターの噴射でアリーナの地面から砂埃が巻き上げられ、一時的にスモークを炊いたのと同じ状態になっている。相手の視力を奪った今の内に雪片を回収しておかないとな。

 

 

 

 

 織斑一夏。織斑千冬(ブリュンヒルデ)の弟で、つい数ヵ月前まではISについて全くの素人だったハズの彼は、その経験の浅さを感じさせない動きで私と戦っていた。

 

 彼が駆るIS〈白式〉は、織斑先生が乗っていた暮桜と同様に剣一本だけを装備した機体だ。一撃必殺と言っていい攻撃力を持つ単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)〈零落白夜〉と、それを当てる為の高い機動性を併せ持った機体。

 

 圧倒的な速さで敵の攻撃を掻い潜り、圧倒的な火力で相手を倒す。単純且つ明快なコンセプトのこの機体は、そのシンプルさ故に型に嵌めることが出来れば極めて強力であり……そしてそれ故対策もされ易い。

 

 武装の少なさは機体の扱い易さに直結する……という訳では必ずしもない。勿論、多すぎては初心者には扱い難い機体となるだろう。だが、剣一本だけと言うのはそれ以前の問題だ。複数の武装を扱う煩雑さや操作の複雑さよりも、武装は剣が一本だけしかないというのはデメリットが大き過ぎる。

 

 さらに売りの一つである圧倒的な火力を実現する単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)〈零落白夜〉は、同じものを搭載していた暮桜のものと同じデメリットを抱えているならば、非常に燃費が悪い。簡単に言うならば、初心者向きとは到底言い難い機体だ。

 

 だけど。

 

「この状況、押されてるのはこっちの方ね?」

 

 シールドエネルギーはお互いまだ大して削れていない。それでも、どちらが押しているかと言われれば彼の方だろう。そしてその事が、堪らなく楽しかった。

 

 強い相手と戦うのは好きだ。元々スポーツやFPS系のゲームが好きだった。だから、彼……織斑一夏が想像以上に強かったのは私にとって嬉しい誤算だった。とは言え、もちろん私だって負ける気はない。

 

 だから、まずは。

 

煙幕(スモーク)替わりの砂煙、剥がさせてもらうよ!」

 

 拡張領域(バススロット)からリボルバーバズーカ〈リュコス〉を取り出して肩に担いで構える。シリンダーに初弾と次弾は時限式信管のものを装填し、3発目から6発目は通常の成形炸薬弾を装填。時限式信管のタイマーはこの距離なので発射後一秒にセットして、白式が巻き上げた砂煙の中へと2発……中央からやや右と左の空間へと撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




 6月分の投稿です。今回からクラス対抗戦の話に入ります。一回戦の対戦相手はティナ・ハミルトン。鈴が原作と異なり1組に編入されたため、2組のクラス代表は彼女になりました。

 戦闘シーン書いてたらキリのいいところで5000字を超えたので今回はここまでということで。当初の予定の半分くらいで予定文字数に達したあたり、計画性の無さとかが露呈してる気もしますが気にしない。次回で試合を動かして、その次ぐらいで襲撃でしょうか。

 今回そんな後書きに書く事が無いですね……何か書く事があれば追記するか次回の後書きに回します。質問等あれば感想欄にお願いします。




・万が一の時の対応をそれとなく鈴ちゃんにお願いする一夏くん

 セシリアはともかく、鈴ならある程度巻き込んでも大丈夫だろう……という一夏くんの無意識の甘えが出たシーン。詳しく言わなくても鈴だったら何とかするだろう、という信頼と甘えが入り交じった複雑な感情。


・IS学園にいる留学生はエリート

 比率として日本人多すぎじゃろ、という原作の印象から辿り着いた結論。他国からの留学生枠は日本国内向けの一般入試とは別に取られている説。日本以外の国にもISの訓練校があるらしいですしおすし。


・カナダ代表候補生、ティナ・ハミルトン

 原作のどこかで国籍出てたっけな、と調べてみても見当たらなかったので捏造。『「ティナ」という名前は英語圏とかオランダ語圏の名前だったので英語圏から探そう→ヨーロッパは色々いるしアメリカ辺りからの留学生にしよう→アメリカはダリルいたからその上のカナダにしよう』という思考でカナダ出身に。尚、暫く書いた後にアキブレのコメット姉妹がカナダ出身だったことを思い出すの巻。ほら、あの娘達まだ中学生だし乗ってる機体特殊だし…… (必死の言い訳)。 コメット姉妹が本作に出るかは未定。
 なお作者がチキンの為、あくまで一夏くんが「カナダだったかの代表候補生だったはず」と言っているだけ……という予防線も張っている。その辺りちゃんと覚えてる方がいらっしゃいましたら感想で教えていただければ幸いです。


・遠距離攻撃は剣で対処しようとする一夏くん

 避けるか切り払うかしか対抗出来ないから仕方がない。セシリア相手だと"連射の出来ないスナイパーライフルとビット&零落白夜で掻き消せるレーザー弾"なので、ステージと技量とか次第でメタ張れる。でも連射の利く実体弾で押されると一気に不利がつくあたり相性ゲーみたいなもの。そもそもブレオンの時点で相性ゲーである。


・リボルバーバズーカ〈リュコス〉

 しれっと出てくる本作のオリジナル装備。砲身後部に複数のカートリッジ(最大6つ)を取り付ける事が出来、一々カートリッジを交換したり装備を持ち替えたりする事なく複数の弾種を適宜運用可能にする……というコンセプトで試作された大口径のバズーカ。IS側からの操作で最大6発まで、任意の弾種を任意の順番で予め装填出来る。
 自動装填機構と複数のカートリッジ、更にリボルバーバズーカの名前の由来となったシリンダーが後部に集中しているため、一般的なバズーカに比べ後部が特に重い。
 欠点として「毎回弾種を選択して装填しなければならないため面倒くさい」というものがあり、咄嗟の迎撃などには向かない場合も。また、重い・バランスが悪いと言った取り回しの悪さも難点と言える。一方リボルバータイプのシリンダーを組み込まれているため、シリンダーに装填さえされていればバズーカにあるまじき連射速度を誇る。
 本装備の改良型である〈ニュクテウス〉ではオート装填機能(任意でONとOFFを切り換え可能)が実装され、弾種を選択しなくても勝手に装填してくれるようになった。しかし勝手に装填されるため、異なる弾種を運用する際は使いにくい。……が、カートリッジをすべて同一の弾種で統一する事で、前述の連射速度と合わせ驚異的な制圧力を発揮するようになった。むしろこちらのモデルでは、この使い方をされる方が多い。

 いわゆる「フィクション系バズーカ」であり、現実世界の「単射式携行型ロケットランチャー」を指すバズーカとは名前以外の関連性は無い。





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