一、二時間目を使った入学式、三時間目のLHR(ロングホームルーム)。一通り自己紹介も終わり、千冬姉は言った。
「それでは次に、再来週に行われるクラス対抗戦に出るクラス代表を決めなくてはならない……が、」
千冬姉がその左腕に嵌めた腕時計をちらりと見遣り、
「それは次の時間に持ち越しのようだな」
キーンコーンカーンコーンと、チャイムが鳴った。
休み時間。中学校時代はよくお喋りとかに費やしたものだが、明らかにそんな空気じゃない。ついでに言うと、そっぽを向いている箒を除けば、そこまで親しい娘もまだいない。そして何より、好奇の視線が増えた。《世界で唯一ISを使える男》というのはやはり世界的なニュースになったようで、当然ながら学校にいるすべての人……学園関係者から一般生徒に至るまでが俺の事を知っている。そして今は休み時間。廊下に目を向けると、他クラスどころか他学年の生徒までいる。……俺は見世物じゃねぇぞ。動物園の檻の中でぐったりと寝そべる、ライオンの気持ちが少し分かったかもしれない。
いっそのこと話しかけてくれればまだ気は楽なのに、互いに互いを牽制し続けているような妙な緊張感が教室内に満ちている。
IS(アイエス)……正式名称、《インフィニット・ストラトス》。今から八年前、一人の天才によって作られた、マルチフォーム・スーツ。空を飛ぶことが出来るパワードスーツ、みたいな物を想像してもらえると、少しは分かりやすいかもしれない。本来は宇宙空間での活動を想定して作られた、と言うが、宇宙開発は遅々として進まず、《兵器》へと転用され、……各国の思惑により《スポーツ》として運用されることに落ち着いた。
しかし、ここで問題となったのが、《ISは女性にしか動かせない》という事。現状、俺を除く全ての男性は、ISを展開できない。これに関しては制作者であり開発者でもある天才(かのじょ)自身にも理由が分からないらしい。
兎にも角にも、現行の殆どの戦闘兵器はISの前には高価な鉄屑であり、世界の軍事バランスは崩壊した。しかも開発したのは日本人だったため、ISに関する技術は日本が独占。当然、他の国々がそれに対して黙っているはずもなく、IS運用協定……通称《アラスカ条約》が締結され、ISの情報開示と共有、研究のためと操縦者育成のための教育機関と超国家研究機関の設立、軍事使用の禁止等が定められた。
尚、余談ではあるが、これに応じて設立された教育機関がこのIS学園であり、当初は日本が土地の提供から資金提供まで行うことになっていたが、基本的に腰の低い外交が特徴のこの国が珍しく強気に主張し、資金に関しては各国が出し合うことになったという……。
まあそれはさておき、こうなると今度はIS操縦者がどれだけ揃っているか、という点が、即その国の軍事力に繋がるわけで。その操縦者が女性に限定される、となると、どの国も率先して女性優遇政策を施行。これにより《女性>男性》だとか《女=偉い》という図式は瞬く間に浸透し、あっという間に女尊男卑社会の完成。
そんな事をぼんやりと考えていると、
「貴方、ちょっとよろしくて?」
「ん?」
何とも言えない緊張感を打ち砕くように、俺に話しかけて来た女子がいた。この空気の中で声をかけて来た勇者の顔を見ようと、振り向く。そこにいたのは、鮮やかな金髪に僅かな縦ロールをかけた、白人の女の子。白人特有の透き通ったブルーの瞳が、やや吊り上がった状態で俺を見つめている。えっと、この娘は……外見的特徴から判断するに、セシリア・オルコットさんか。確かイギリス代表候補生、だったかね?
「聞いてます? お返事は?」
「あ、ああ。聞いてるけど……どういった用件だ?」
答えると、オルコットさんはあからさまにわざとらしく声をあげた。
「まあ! 何ですの、そのお返事。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」
あ、これは典型的な女尊男卑型の考えの奴だ。俺の苦手な、もっと言えば嫌いなタイプ。ちらりと、左腕に嵌めた桜色のリストバンドのようなブレスレットに目をやる。休み時間は残り数分。せいぜい遊んでやるか。
「悪いな、あいにくと俺、君が誰だか知らないし」
本当は知ってるけど。どうやらこの答えはオルコットさんにはかなり気に入らないものだったらしく、吊り上げられた目を細め、いかにも男を見下した口調で続ける。
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」
「あ、質問いいか?」
遮るように言葉を挟む。
「ええ。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくってよ」
……言ったな?
「代表候補生って、何?」
がたたっ、と聞き耳を立てていたクラスの女子数名がコケたが気にしない。
「あ、あ、あ……」
「『あ』?」
「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」
おお、怒ってる怒ってる。頭から湯気吹き出しそうなぐらいに。
「ああ。知らんな」
ここは敢えてしれっと言ってみた。
「……………………」
ありゃ、一周して冷静になってしまった。失敗、失敗。オルコットさんはなにやらブツブツと言い出した。端から見れば危ない人。訂正、少なくとも冷静ではなさそうだ。ママー、あそこに変なお姉ちゃんがいるー。しーっ。見ちゃいけません。みたいな。
ま、やったのは俺なわけだが。
煽っていくスタイル。一夏くんも、ストレスが溜まっていたのかもしれません。この作品の一夏くんは、身内には優しいけど敵意を向けてくる相手にはけっこうキツいという性格です。
今回は特に小ネタも挟んでなかった…と思うので、ネタばらしは無しで。
あ、それとFC2小説版からサブタイトルを変更しました。特にたいした意味はないのですが。
これから8月の間は毎日更新! 出来るといいなあ……。
ではでは。