IS ―Another Trial―   作:斎藤 一樹

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28.ダンスはうまく踊れない

 ゴールデンウィークが明けた。

 

 ゴールデンウィークが明けるとどうなる?

 

 知らんのか? クラス対抗戦だ。

 

「頑張ってね織斑くん!」

 

 今朝の俺は人気者だった。

 

「応援してるよ!」

 

 ホームルームが終わって休み時間になると、周りをクラスメイトの女子達に囲まれて口々に激励を受ける。

 

「ああ、任せとけ」

 

 俺もそれに応える。ああ、任せておいてくれ。

 

 

 

「学食クーポンは、俺たち一組がいただく!」

 

 

 

 そう俺が宣言すると、ギャラリーは大盛り上がりである。

 

 クラス対抗戦で優勝したクラスには、それから半年の間学食で使えるクーポン券が与えられる。その事が知らされたのはつい先程のホームルームでの事だった。

 

 でもこれ、専用機持ちが集められた1組が微妙に有利な気がする。代表候補生は他のクラスにもいるとは言え、専用機持ちは1組に纏められている……つまり現在、他のクラスには専用機を持っている生徒はいない。

 

 もちろん専用機持ちの代表候補生以外には勝てる、等と慢心する気は無い。無いが、専用機を持っているかいないかでISの合計搭乗時間は大きく変わってくるし、合計搭乗時間は熟練度にほぼ直結すると言える。

 

 IS学園が保有する訓練用ISの機体数は30機。これはIS学園の生徒数を考えれば少ないと言えるだろうし、全世界でコアが467個しか存在しない事を考えれば多いとも言えるだろう。

 

 しかし、生徒が自由に使うには明らかに足りない。IS学園の練習機は授業の他、放課後や土日には個々人の自主練習用に貸し出されるが、その予約は1ヶ月先まで常に埋まっているとの事である。ちなみに制度上、1ヶ月以上先からは予約が出来ないことになっている。IS学園設立の頃はこの制限が無かったが、際限無く予約が増えたためこうなったらしい。然もありなん。

 

 そんな訳で、現在は毎週月曜日の17時から開放される、職員室前の受付BOXに申請書を入れていくという方式に改められている。月曜の放課後には職員室前に長蛇の列が出来る、というのはIS学園ではお馴染みの光景の1つである。

 

 話が逸れた。

 

 クラス対抗戦の話だった。

 

 専用機持ちと戦うことにはならないとは言え、各クラスに代表候補生はいる。クラス代表を選出するなら、一般生徒よりも強い代表候補生を選ぶ事だろう。何で俺は代表候補生でもないのにクラス代表なんてやってんだろうな。

 

 まあ良い。それはもう終わった話だ。

 

 若さとは振り向かないことなのである。あばよ涙、よろしく勇気。

 

 少なくとも4組は、日本の代表候補生である簪がクラス代表になったと聞いた。他のクラスは忘れた。

 

 兎にも角にも、油断は出来ないのである。

 

 という事で。

 

「セシリア、今日の放課後空いてるかい?」

 

 俺が今日の訓練の相手に選んだのはセシリアだった。

 

「あら、デートのお誘いかしら?」

 

 くすりとセシリアが微笑む。

 

「ちょいとダンスの練習に付き合ってほしくてね」

 

 残念ながら、ワルツは踊れないが。

 

 今日のところは俺が一人で踊るだけの予定だ。

 

「分かりましたわ、では放課後に」

 

 二つ返事で快く引き受けてくれるセシリア、有り難い。

 

「サンキュー、アリーナの申請はこっちでやっとく」

 

 何かを勘違いして期待していたらしい周りの女子達が一斉にがっかりした顔になった。悪いな、浮いた話じゃなくて。

 

 

 

 

 

「で、わたくしはどうすれば良いのでしょう?」

 

 放課後、第3アリーナ。

 

 そこで、俺とセシリアはISを纏った状態で対峙していた。

 

 ……ちなみに新型のISスーツはしばらくお預けということになった。この間束さんが来た時に受け取るはずだったのだが、再調整が必要になったため一旦持ち帰ることになったらしい。その為、暫くはまだこのスーツにお世話になる事になりそうである。

 

「今日は回避訓練に付き合って欲しくてな。俺は一切攻撃しないで躱す事に専念するから、セシリアにはビットやライフルでひたすら俺に射撃をして欲しい」

 

「一夏さん、そういう趣味が……?」

 

(ちげ)ェよ」

 

 引くな引くな。

 

 性癖満たしてもらうために呼んだわけでは断じて無い。性的嗜好的にも、そういうのはちょっと。

 

「まあ良いですわ、付き合って差し上げます……代わりに今度わたくしの訓練にもお付き合いいただきますわよ?」

 

 気を取り直したようにセシリアが言う。

 

「勿論だ、その時は全力でやらせてもらうぜ」

 

 この後めちゃくちゃ特訓した。

 

 

 

 

 

 IS学園生徒会。生徒会長である更識楯無を筆頭に、会計に布仏虚、マスコット……もとい庶務に布仏本音を据えた少数精鋭のチームである。

 

 そして未だ特に仕事をしていないが、一応俺がそこの副会長でもある。決してサボっているわけでは無い、「特に呼んだとき以外は生徒会の仕事はしなくて良いから、その分ISの訓練やって早く強くなって(意訳)」という会長命令を受けたが故である。どちらかと言うと俺は書類仕事の手伝いをしたいのだが。

 

 何せ、見るたびに虚さんが忙しそうにしているのだ。のほほんさんは予想の通りに書類仕事が苦手だったし(本人曰く「私がいる方が仕事が増える」)、刀奈姉は刀奈姉で中々真面目に仕事をしない。より正確に言うならば、隙あらばサボる。そうして、唯一真面目な虚さんの仕事が増えていくのだった。

 

 人、それを貧乏クジと言う。

 

「で、クラス対抗戦の話って聞いて来たんだけどさ」

 

 昨日の夜に「クラス対抗戦の件で話があるから、明日の放課後に生徒会室まで来るように」と連絡を受けた俺は、こうして生徒会室へとやって来たわけだが。

 

「……書類、溜まりすぎでは?」

 

 書類が山と積まれている。

 

 またサボってたな?

 

「これが平常運転なのよ」

 

 しれっと刀奈姉が言うが、その後ろに控える虚さんを目を向けると彼女は無言で首を振った。本来はこんなに溜まらないらしい。

 

「つまりサボるのが平常運転、と」

 

「こ、これは違うのよ」

 

 冷や汗混じりの笑みを浮かべながら刀奈姉が言う。

 

「打ち合わせは一旦後に回すとして、取り敢えずお説教から始めましょうか……虚さん?」

 

 え、と虚さんの方を見る刀奈姉。

 

「ええ、そうですね……最近のお嬢様のサボり具合は少々目に余りますので」

 

 刀奈姉の笑みが引き攣った。

 

 この後30分程お説教タイムとなったが、いつの間にかのほほんさんは生徒会室から姿を消していた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ気を取り直して、クラス対抗戦の話を始めようか!」

 

 先程までの醜態を誤魔化すかのように、「反省」と書かれた扇子を閉じつつ刀奈姉は声を張り上げた。いつの間にかまた戻って来たのほほんさんがユルい笑顔で「おー」と声をあげた。……本当にマスコットみたいな立場だな、と思ったがそれ以上に神出鬼没キャラになっている。この娘怖い。

 

 それはそうとして、クラス対抗戦の話だ。

 

「方針としては以前決めた通り、私と虚が校舎で待機。一夏くんと本音ちゃんはアリーナの方で待機していて。一夏くんはクラス代表っていう立場を利用してピットで待機ね。本音ちゃんは一夏くんの整備クルーって事にして一夏くんと一緒に動いて」

 

 整備クルー?

 

「整備は任せて~バリバリ~」

 

「やめて!?」

 

 がおー、と両腕を顔の高さまで上げて威嚇するのほほんさん。ぷらりぷらりと揺れる長い袖が愛らしい。

 

「大丈夫、本音ちゃんの整備の腕は確かよ。私が保証するわ」

 

 俺の訝しげな視線に気がついた刀奈姉がフォローするように言った。のほほんさんを見る。がおー、とまた威嚇された。全く怖くない。

 

「……マジで?」

 

「信じ難いかもしれないけれどマジよ」

 

 マジなのか……。ソファーに腰を下ろしたまま天井を仰ぐ俺の前に、虚さんが淹れ直したお茶を置いてくれた。それを啜って気を取り直す。相変わらず虚さんの淹れるお茶は旨かった。

 

 ぱん、と気を取り直すように扇子を開きながら刀奈姉が口を開く。

 

「状況次第では零落白夜を使って施設を一部破壊してもいいわ。一夏くんは襲撃者のところに向かって対象の撃破、もしくは足止めをお願い。撃破するのが厳しければ増援が来るまで持ちこたえるだけでもいいわ」

 

 珍しく真面目な顔で、彼女は言葉を重ねた。

 

「とにかく被害を最小限に。一般生徒に犠牲者を出した時点で私たちの負けよ」

 

 ぱちり、と扇子を閉じつつ告げられたその言葉の重さに。

 

「任された」

 

 返す言葉は短く、決意は固く。

 

「……怪我人一人出さずにやって見せるさ」

 

 俺は宣言するように言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 現実世界でもゴールデンウィークが終わりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。あとがきがやたらと長い斎藤一樹です。5月分の投稿となります、今月は間に合いました。

 今回はクラス代表戦の前準備とかの話です。前話で束さんにダメ出しされたところを何とかしようと一夏くんが特訓したり、イベントの時の防犯対策の最終確認とかそんな感じ。次回は予定通り行けば、またちょっと作中の時間が飛んでクラス代表戦が始まる辺りからスタートです。

 あと、今回は試験的にルビと太字のタグを導入してみました。今後、既に投稿済みの話にもルビは導入していく予定です。

 この先の展開をどうするか、今話にどんな事をどこまで書くかで一週間ほど悩みましたが、その結果は皆さんが読んだ通りです。イベントとイベントの間の繋ぎの話って、良いネタが浮かばないとちょっと内容に困ったりします。息抜きに設定を思い付いたフレームアームズ・ガールの話を書いたりしてましたが、公開するかは未定。

 そう言えばこの作品に感想が来ました。随分と久しぶりに来たな、と嬉しくなって見返してみたらハーメルンに移してから初めて戴いた感想でした(ちなみにこれ以前で頂戴した感想の内、最も新しいものは約三年前にFC2小説で戴いたものでした)。そりゃ久しぶりと感じるわけだ。

 ここからは少し真面目な謝辞を。「感想って貰うと嬉しいものだな」という、物を作る上で当たり前の、そして大切な事を久方ぶりに思い出せたように思います。本当にありがとうございます。今話が多少なりとも早く書き上がったのは、間違いなくあなたとあなたの感想のお陰です。

 以下、本文の補足とか。


・知らんのか

 コブラのアレ。知らない人は「コブラ 知らんのか」で画像検索。本当はゴールデンウィーク編の時に入れようと思って忘れてたネタ。


・学食クーポン券

 鈴ちゃんまで一組に入った事で「流石に他のクラスが不利だろう」ということになり、クラス対抗戦の景品がグレードダウン。多分例年通りだったら景品はデザートのフリーパス(だっけ?)のままだった。


・職員室前の長蛇の列

 月曜日の朝8時とかだった頃もある。申込のために徹夜して授業中に寝る生徒がそこそこいたので放課後に。学生の本分は勉強です。


・元チョロイン

 一夏への好感度は高いけど、これ恋愛対象じゃなくてライバルポジでは……? 作者は訝しんだ。


・この後めちゃくちゃ特訓した

 束さんに言われた「視覚に頼らずハイパーセンサーで相手からの攻撃を感じる」という訓練を延々とやった。でも「これ、読んでも多分面白くないのでは……?」と思い至り全カット。なお訓練の結果はあまり芳しくなかった模様。


・そう言えば千冬は一夏がアホな動かし方してる事に気が付いてなかったの?

 気が付いてたけど一夏がISの動き方に慣れてないからだと思っていた。一夏が「こういうものだ」と思っていたとは想像していなかった模様。千冬さんも色々忙しかったので、一夏の普段やってる練習風景は見れてない。


・隙あらば脱走して書類仕事サボるウーマン

 更識としてのお仕事で抜け出すこともあるが、最近はただサボっていただけだったのでお仕置きされた。デスクワークは好きじゃない。


・貧乏クジ担当

 IS学園生徒会はこの人のお陰で回っています。


・改変でイベント全カットの中国代表候補生

 最近あたしの出番無いんですけど!




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