IS ―Another Trial―   作:斎藤 一樹

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注;今回の番外話は、本編の始まる8年前のクリスマスイブの物語です。この時点では一夏くんと箒ちゃんの年齢は8歳、千冬さんが16歳、束さんが15歳となります。以上の点に留意して、どうぞお楽しみください。


EX-01.兎は兎であるために 【クリスマス番外話】

 

 12月24日、クリスマス・イブ。篠ノ之家ではクリスマスパーティーに向けて、家族総出で準備が進んでいた。

 

「ここはこのパーツをくっつけて、で、こっちはこのままネジしめて〜」

 

 ……一人の少女を除いて。

 

「にゅふふー、こんな感じで、うんっ、おっけー! 更にここをこうして……」

 

 兎の耳を模したメカニカルなデザインのカチューシャを付けたその少女は、手の中にあるソレ……桜色のブレスレットに繋がれていたケーブルを外し、慣れた手つきで別のケーブルを差し込んでゆく。

 

「どれどれ〜?」

 

 少女の正面にあるモニターにウィンドウが一つ出現し、おびただしい量の文字列が目まぐるしく表示され、下へと流れてゆく。

 

「ふんふん、じゃあここのプログラムをちょこっと弄って〜、」

 

 かたかた、と暫くキーボードを叩くと、

 

「か〜んせ〜い!!」

 

 おもむろに両手を上へと突き上げ、ぐいっと背伸びをする。するとばきばきばきっという音が背中から鳴り、彼女の身体に激痛が走った。

 

「ふ、フオオオォォォォォッ!?」

 

 見目麗しい少女が上げてはいけないような声をあげながら、椅子から落ちて芋虫のように床に転がりビクンビクンと身体を痙攣させる涙目の美少女の姿は、この部屋の内装(広い和室の中に何台ものコンピュータと大量の工具・機械類が雑然と転がっている)と相まって、混沌とした様相を呈していた。

 

 十数時間ぶりに椅子から立ち上がり、すっかり凝り固まってしまった背中の痛みに耐えるこの残念な美少女こそ、後にISを開発・発表した稀代の大天才こと篠ノ之束である。

 

 

 

 

 

 場所は変わり、篠ノ之家の台所。そこには、クリスマスパーティの為にと次から次へと腕によりをかけた料理を作り続ける母・篠ノ之綾子と、その手伝いをするためにぱたぱたと忙しそうに、そして何より楽しそうに動き回る篠ノ之家の次女・篠ノ之箒がいた。尚、父である篠ノ之柳韻はというと、生来の不器用さが災いして妻である綾子から戦力外通告を受けており、篠ノ之家に隣接した道場の中で黙々と寂しそうに竹刀を振るっていたのだが、これはどうでもいい話ではある。

 

 兎にも角にも、こうして時は過ぎてゆく。途中、飢えた兎が台所に乱入するなどといった出来事はあったものの、概ね順調に準備は進んでいった。

 

 

 

 

 

 夕方。篠ノ之家のインターホンが、一組の来客を告げた。

 

「こんばんはー!」

 

「こんばんは、お邪魔します」

 

 出迎えに来た篠ノ之姉妹にそれぞれそう言いながら、彼ら……織斑千冬と織斑一夏の姉弟は篠ノ之家に入った。

 

 

 

 

 

 クリスマスパーティーは、篠ノ之家のリビングで行われた。テーブルの上には、所狭しと色とりどりの料理の載った皿が並べられている。

 

 食事が一段落した頃、

 

「はい、いっくん。プレゼントだよ〜」

 

 束さんはおもむろに立ち上がって、小さな箱を僕に手渡した。そして、箒ちゃんにも同じような箱を手渡した。

 

「……これは?」

 

「開けていい?」

 

「うんうん、開けてみて〜」

 

 言われ、箱を開ける。その中には、一つのブレスレットが入っていた。

 

「ブレスレット?」

 

 思わず、疑問が口を突く。

 

「うん、そんな感じ。腕時計にもなるし、防犯ベルみたいな使い方もできるし、いろいろ機能を盛り込んでみました〜」

 

 使い方とかで分からないことがあったらその子に聞いてみてね、と付け足しながらにこにこと微笑む束さん。……この子、ってブレスレットの事だろうか。後で束さんに聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 パーティーは、そろそろ終わりが近いみたいだ。賑やかなリビングを抜け出して、庭に向かう。篠ノ之家の庭は、立派な日本庭園だ。そこに続く縁側には、束さんがいた。

 

「あれ? いっくん、どうしたの ?」

 

 不思議そうに束さんは言った。パーティーの途中から姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのか。

 

「ぼくはちょっと涼みに。束さんは?」

 

「私? 私はちょっと寝てないから眠気を覚ましに、ね」

 

 あの部屋ちょっと暑いよね、と笑いながら束さんは言う。

 

「寝ないと体に良くないよ?」

 

「あはは〜。ありがとね、心配してくれて。でも、もう大丈夫」

 

 ふわりと微笑んで彼女は笑う。その笑顔は何故だかとても儚く見えて、胸がざわりとした。

 

「私ね、いっくん。宇宙に行ってみたいんだ〜」

 

 縁側に腰掛けたまま、華奢な脚をぷらぷらと揺らしながら束さんは言った。それは唐突なようで、

 

「あの広い宇宙で、いろんな物を見てみたい。あの空の向こうには、見たことがないものがいっぱいあると思うんだ。だから私は、それを見に行きたい」

 

 きっとその視線の先にはまだ見ぬ宇宙の星々が広がっているんだろう、と。何の根拠もなく僕はそう思った。

 

「それに私はほら、ウサギだから」

 

 頭につけたメカメカしいウサ耳を指差しながら、イタズラっぽい笑顔で彼女はそう言った。

 

「ウサギならやっぱり、月で跳ねてこそでしょ?」

 

 相変わらず束さんの言うことは変わっていて、冗談なのか本気なのか分からなかったけど。でも、その目はキラキラと楽しそうに輝いていて、彼女が本当に宇宙にいこうとしているんだってことを、理屈じゃなくて心が理解したんだ。

 

「…束さん」

 

「なぁに、いっくん?」

 

「……いつか行けるといいね、宇宙」

 

 宇宙に、行く。言葉にするのは簡単でも、それを行うというのは僕には考えがつかないほど大変なんだろう。

 

「……うん」

 

 でも、束さんなら。もしかしたら、本当に宇宙に行けるかもしれない。なんとなくそう思わせる何かが、束さんの言葉にはあった。

 

 だから僕は、こんなことを言ったのかもしれない。

 

「……もし宇宙に行けるようになったら、僕も一緒に連れていってくれる?」

 

「……うん、もちろん!」

 

 束お姉ちゃんに任せて、と胸を張りながら束さんは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この翌年の初夏。束さんはIS――《インフィニット・ストラトス》を世界へと発表して、世界の注目を浴びることになる。

 

 

 

 




 メリークリスマス、そんなこんなでクリスマス番外編です。今回は唐突に過去編でお送りします。短い。

 今回はアレですね、篠ノ之家が舞台なのに箒ちゃんの影がびっくりするぐらい薄いですね。さすが×××××××(ネタバレ防止のため検閲削除)。そんな本編よりも先に登場する事になった束さんは、本編だと多分5話ぐらい後に登場するんじゃないかと思われます。

 ちょこちょこ本編の時間軸に繋がる話も盛り込めたので「あぁ、これがアレか」みたいに思ってもらえれば幸いです。

 今回の話はFC2版の方からそのまま持ってきたのもあって短いです。あまり直すところもなかったものでこのまま行こう、という形になりました。

 残る話のストックは、にじファン時代にPV記念で公開した番外編1つを残すのみとなりました。こちらもその内機会を見て投稿したいと思います。ちなみに今どれぐらいだろうと思って見て来たら、いつの間にか10000UAを越えていました。ありがとうございます。牛歩のように更新が遅いこの作品も、いつの間にやらこんなに読んで下さる方が増え、感謝することしきりです。これからもこの作品を宜しくお願いします。

 それでは今回はこの辺りで。よいお年を!

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