IS ―Another Trial―   作:斎藤 一樹

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24.つまりライフルは鈍器

 試合終了後、お互いに一旦休憩をとりたいという事でアリーナを出て控え室に向かった。

 

「お疲れさん」

 

「お疲れさまですわ」

 

 ぷしっ、と自販機で買ったスポーツドリンクのプルトップを開け、何となく2人で軽く缶をぶつけて乾杯した。何に対する乾杯かは知らないが。

 

「……しっかし、まさか捨て身でカウンターを狙ってくるとは思わなかったぞ」

 

 先程の試合でのセシリアの動きには、不可解な点が幾つもあった。途中からビットの操作をせずに固定砲台と化していたのがその最たるものだろうか。

 

 だがそれも、最後のあのカウンターが狙いだったとしたら説明がつく。

 

「わたくしのブルーティアーズは射撃戦特化型ですから。近接戦闘特化型に対抗しようにも、懐に飛び込まれてはまともに打ち合って勝てるとは毛頭思えません」

 

 くすり、と笑いながらセシリアは言った。

 

「その結果としてのカウンター、か」

 

「そういう事になりますわね」

 

 スポーツドリンクに口をつけ、口と喉を潤す。

 

「それで、あのカウンターはどうでした? 勿論あれで完成というわけではございませんが、格闘型の人からも意見が欲しいのです」

 

 ……ふむ。

 

「そうだな……まずは溜めの長さ、と言うべきか?」

 

「溜め、ですか?」

 

「そうだ。カウンターを打つ前に1ヶ所からずっと動かなかっただろ? 目も閉じてたし。多分ハイパーセンサーでこっちを視て迎撃してたんだろうけど、明らかに怪しい。何か仕掛けようとしてるんじゃないか、って相手に教えてるようなものだよ」

 

 まあ俺は中々気付けなかったんだけどな、と付け加えて言う。この辺りはISでの戦闘経験の不足だろうか。

 

「……なるほど」

 

「というか、何で目を閉じたままで動かなかったんだ?」

 

「そうですわね……動かなかったというよりは動けなかったという方が正確ですわね」

 

「……? …ああ、ビットの制御か?」

 

「そういう事ですわ。現段階では、わたくしはビットの操作が上手くできませんから」

 

「成る程ねぇ……」

 

「現時点でのわたくしは、ビットを操作しながら自分が動きつつ射撃を行う…という本来ブルーティアーズが想定されているマニューバを十全に行うことが出来ません」

 

 悔しそうに言うセシリアは、それでもと言葉を続けた。

 

「そこで今回は割りきって、自分で動くのをやめましたの」

 

「理屈は分かるが、随分と思いきったな……」

 

 全てを無理にやろうとせず、切れるカードのみを的確に使うことで戦う。言うのは簡単だが、実際にやるとなると困難だろう。カードを切ろうにも手札は限られているのだから。

 

 それでも、彼女はそうして俺に勝って見せた。

 

「それと一夏さん。あなた戦闘中、被ロックオンの警報と発射される弾道を予測するもの…或いはそれに準ずるものを見て動いていませんこと?」

 

「おう、正解だ。白式が弾道予測線を出してくれるからそれとロックオンアラートを元に動いてる」

 

 動きを見て分かるものなのか……。さすがは代表候補生、経験値が違う。

 

「やっぱりあるんですのね……」

 

 セシリアは溜め息をついた。何だよ。

 

「それがどうしたのか?」

 

「いいですか一夏さん。一般的なISは弾道予測線を表示する機能などありません」

 

「え、無いの?」

 

「ありませんわ。少なくとも私の知る限りにおいて、それに類するシステムは未だ実用化されていませんわね」

 

 マジかよ。あれ無しでみんな戦ってるのか……すごいな。

 

 というか。

 

「それなのに良くもまぁ弾道予測線の事を見破ったな……」

 

「お忘れのようですけれど、わたくしこれでも代表候補生……エリートですので」

 

 冗談めかしてセシリアは言った。入学直後も似たような台詞を彼女から聞いたが、随分と感じが違うな。

 

「ともかく。わたくしは一夏さんがその弾道予測線とロックオンアラートに基づいて動いていると予測して、ビットを空中で静止させました」

 

「そうだな、ビットを動かす余裕がなくなったんだと思ってたぜ」

 

「えぇ、そう見えていたら上々ですわね。ビットを停止させることで一夏さんにロックオンしている状態を解除し、そこからわたくしは本体からのみ攻撃を行いました」

 

 あれも計算の内、か。

 

「ビットから意識を逸らさせる陽動、といったところか?」

 

「ええ。そして射撃を行いながら、ロックオン機能をカットした状態でビットを少しずつ動かし、とある一点に向けて斉射出来るようにマニュアル操作でビットの射角を調整しましたの」

 

「それが最後に俺を攻撃したトラップ?」

 

「その通りですわ。後は一夏さんがそのポイントに来るのを待つだけ……白式の装備や取れる戦術から考えても、最後に一夏さんが近付いてくるのは予想出来ましたから」

 

 賭けるなら油断が出そうなそこが狙い目でしたね、とセシリアが付け加えるように言う。

 

「あ、でも俺が零落白夜を使って一気にシールドエネルギーを削りに来てたらどうするつもりだったんだ?」

 

「そう出来ないように最初の内にある程度シールドエネルギーを削っておくことで手は打っていましたわ。雪片という剣の燃費の悪さは有名ですもの、一夏さんのものもそうだろうと踏んでおりました」

 

 語尾に音符が付きそうなぐらいに、今のセシリアは上機嫌だった。

 

「つまりなんだ、今回俺は最初から最後まで君の手のひらの上で踊らされてたって事かい?」

 

 天井を仰ぎ見ながら声を漏らす。きっと随分と情けない声が出ていることだろう。

 

「ええ、そういう事になりますわね」

 

 対するセシリアはとてもにこやかだ。

 

 完敗だな、こりゃ。

 

「あー、負けた負けた。今回は俺の負けだ」

 

 俺は両手を上げるジェスチャーで降参の意を示す事にした。

 

 

 

 

 

「それを踏まえた上でどう思われます? それと出来れば、格闘戦に対する助言も頂きたいところですわね」

 

「おう、……んー、多分セシリアも気付いてると思うんだけどさ。あれ、同じ相手に二度は通用しないだろうし、俺みたいな近接特化でもないかぎりは射撃武装で対応されると思うんだよな」

 

「でしょうね」

 

「まあ、近づかれないようにするのが一番ではあるが……マシンガンとかどうだろう?」

 

「……はい?」

 

 怪訝な顔をされた。…流石に説明が不足していたな。

 

「近付かせないようにするためには弾幕を張るのが一番手っ取り早い。君が今使っているスターライトMk−3はスナイパーライフルだ、狙撃は得意でも弾幕は張れないだろう?」

 

「それで、マシンガンですか」

 

「そういう事。まあ連射可能な射撃武装だったらマシンガンじゃなくてもいいんだけどな」

 

 ミニガンとかガトリングガンとか。

 

「……で、近付かれたときは…………ハンドガンで対処してみるか?」

 

「格闘戦をするという選択肢はありませんの?」

 

 少し不満そうにセシリアが言った。

 

「近距離で打ち合うには君の近接用ブレードじゃリーチが足りない、ちょっとキツいんじゃないかな……セシリアってナイフでの戦闘が得意だったりする?」

 

「いえ、そういうわけではありませんが……」

 

「だったら無理に格闘戦をしようとしないで、相手と距離をとりながら射撃で戦った方がいいんじゃないかな……言っちゃ悪いけどそもそもブルーティアーズって機体自体が格闘戦向きじゃないだろうし」

 

 セシリア本人の格闘戦の技量は知らないが、機体特性がそもそも格闘戦に向いてないならば無理に格闘戦をすることもないだろう。セシリアが格闘戦の間合いに慣れていないのか、ブルーティアーズという機体が近接戦に向いていないのか、はたまたその両方なのか、俺には分からないけれど。

 

「さて、ここまでは武装の追加で対処するって方針で話を進めたけど。ここからは今ある武装で何とかする方法を考えてみようか」

 

「出来ますの!?」

 

 食い気味にセシリアが言った。うん、君が求めてたのはこっちの情報だよね。

 

「厳しいけどね……ライフルを鈍器にしたり蹴りをいれたり、ブレードで攻撃を受け止めるだけじゃなくてブレードを投擲してみたりして凌いで距離をとる、って辺りが現実的な対策かな」

 

「極力近接戦はしないという方針に変わりはありませんのね」

 

「懐に飛び込まれちゃやりづらいだろ、その機体」

 

 その長いライフルは近距離では取り回しの悪さも相まって使えず、ビットも使いにくいだろう。

 

「その辺りはまぁ一通り練習して慣れていって、実戦ではアドリブ効かせながら適宜対処するって形になるかな…」

 

「練習には付き合っていただけますの?」

 

「俺でよければ喜んで、ってね」

 

 乗り掛かった船、と言ったところか。こちらとしても練習相手が強くなってくれるのは願ったり叶ったりであるわけだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 

「ねーねー、かんちゃん。今の電話、誰からだったの〜?」

 

 その少女、布仏本音はルームメートの更識簪にそう問い掛けた。

 

「……倉持技研から」

 

 ぽつり、と返された声に眉をひそめる。こぼれた言葉は決して多くはないが、己の主でもある彼女はもとより口数が少ないのでそこは問題ではない。

 

 本音が反応したのは、その声色と表情だった。幼い頃からずっと傍にいたから分かる。今の彼女は、何かに傷ついているのだろう。

 

 それが一体何なのか、本音は知りたかった。本音と簪は、主人とメイドである以上に友達だから。

 

「そっか〜。何て言ってたの〜?」

 

 目の前の少女を安心させられるように、いつものようにのんびりとした口調。

 

「一夏のISのデータ収集をしなければいけなくなったから、打鉄弐式の開発が延期になるって……」

 

 苦々しい顔でそう言った簪に、本音は「うわぁ……」と思った。この問題は、予想以上に自分の手に負えない。かと言って聞かなかったことにして放っておく事も出来そうに無いわけで、どうしたものか。

 

 どうすれば、この状況を打開できるんだろう? 私に何が出来るのだろう?

 

 大事な幼なじみの親友の悩みを前に、何もしないなどという選択肢は彼女の頭からすっぱりと消え失せていた。

 

 その容姿や口調、性格からぼんやりしている印象がついて回るが(そしてそれは確かに彼女の一面ではあるのだが)、実のところ布仏本音という少女の本質はとても聡い。

 

 料理を始めとする家事全般や事務処理は言うに及ばず、最低限の護身術すらもこなす事は可能である。そのあたりは、伊達に布仏の家に生まれてはいない、と言ったところか。

 

 それでも、姉には及ばない。

 

 幸いにして生来の性格によるものか、コンプレックスを抱えて思い悩むことはほとんど無かったのではあるが。

 

 性格が全くと言っていいほど似ていない二人ではあったが、お互いに優秀な姉を持つという点において共感することもあったのかもしれない。

 

 何にせよ、布仏本音と更識簪という二人の少女は10年以上の付き合いのある友人同士であることは間違いの無いことだろう。

 

 そして、そんな彼女――布仏本音が導きだした答えは、「わざとじゃなくても元々はおりむーが原因なんだし、おりむーも巻き込んで何とかしよう」というものだった。簪の性格上、専用機を自ら組み上げた(と言われている)姉に対抗して自分も1人で専用機を作り始めかねない。そして、そうなった時の簪はとても頑固なのだった。

 

 かくして織斑一夏は、己の預かり知らぬところでまた新たな騒動に巻き込まれるのであった。…………南無。

 

 

 

 





 一段と寒さを増す今日この頃いかがお過ごしでしょうか、斎藤一樹です。12月2回目の投稿となります。

 今回は前回のセシリア戦の……何だろう、セシリア視点と言うには語弊がありますし。……反省会? とまぁそんな感じのお話でした。

 それとこれからのイベントフラグですね。打鉄弐式関連の話に関しては特に何も考えていないので、私自身にもどうなるか分かりません。程々にご期待ください。

 そして、ですよ。今回の話を以て(番外編を除けば)FC2小説での連載に追い付いた事になります。感慨深いです。

 ……はい、とうとう追い付いてしまいました。つまりここから先はストックと言うか叩き台が無い状況です。月一更新、続けられるように頑張りますので何卒。

 さて、もうすぐクリスマスですね。世間はクリスマスムード一色と言った感じですが、私は生憎と今年も家族と過ごすことになりそうです。

 ……家族との時間を大切にしてるんですよ。

 そんなクリスマスに縁遠い私も、たまにはクリスマスというイベントに便乗してみようと思います。

 クリスマス特別編です。

 クリスマス、特別編です。

 今まで見つからなかったお相手がそう都合よく見つかる筈もありませんでしたね。

 ……止めましょうか、この話。

 そんなこんなで24日の夜にでも投稿します。時間は……そうですね、22時にしましょうか。今決めました、特に意味のある数字ではありません。中身はもう出来てるのであとは予約しておくだけです。

 それではまた聖夜にお会いしましょう、斎藤一樹でした。


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