昼食の後。
「さて、ルールは普通に『シールドエネルギーが0になったら負け』っていうのでいいよな?」
「ええ、それでいいと思いますわ。今回は勝たせていただきます。これ以上、素人に負けるわけにはいきませんので」
キッ、と音が鳴りそうなほどに俺を睨みつけるようにしながらセシリアが宣言する。恐らくは、代表候補生としてのプライドとかがあるのだろう。ISの操縦経験というという点では確かに素人という他無いため、反論は控えることにした。
「ま、そう睨みなさんな。綺麗なお顔が台無しだぜ?」
「あら、失礼。睨んでいたつもりは無いのですが……。あと、あまりそういう軟派な台詞は吐かない方がよろしいと思われますわ」
うーむ、あまり動揺していなさそうだな。つまらん。
「…………ご忠告、痛みいるよ」
あれだ、ネタにマジレスされた気分だ。
さて。
「それじゃ、そろそろ始めるとしようか?」
「ええ、お願いしますわ」
「了解だ。…牡丹、アリーナにアクセスして」
《オッケー! よし、アクセス完了っと! 模擬戦モードを起動するよ?》
「ああ、頼む。制限時間は無制限、3カウントの後にブザーを鳴らしてくれ」
《りょーかいだよ!》
牡丹が言うと、アリーナの空間投影型掲示板に「00:00」という試合時間の表示(今回は制限時間を無制限にしたため、カウントアップ式になっている)と、試合開始までのカウントダウンが表示される。同時に、アリーナのスピーカーから電子音声によるカウントダウン(英語である)が始まる。
《Three! Two! One!》
そして《ヴィーッ!》と、試合開始を告げるブザーが鳴った。
「さぁ、行きますわよ!」
真っ先に動いたのは、セシリアのブルー・ティアーズの方だった。後方へと下がりつつ、背部に装備された2基のビットの銃口を肩ごしに正面に向けて、レーザーを連射してくる。さしずめレーザーキャノンと言ったところか。
雨霰と降り注ぐレーザーを躱しつつ、俺は雪片弐型を呼び出す。
「斬り裂く!」
脚部と背部のスラスターの方向を調整して、一気に距離をつめる。
「そこっ!」
セシリアの放ったスターライトMk−3のレーザーを、PICを素早くマニュアル操作でフルに駆使して急制動をかけ、更に右脚と右肩のスラスターのみを吹かして姿勢を無理矢理変更して回避する。
「……ぐぅッ!」
急加速と急制動、急旋回を連続して行ったため、PICで相殺しきれなかったGが身体をギシギシと軋ませた。堪え切れず、食い縛った歯の間からうめき声が漏れる。
しかし、休んでいる暇はない。ブルー・ティアーズの放つレーザーの雨は、今尚俺へと降り注いでいるのだから。
「お行きなさい、ブルー・ティアーズっ!」
セシリアの声とともに、腰部リアスカートアーマーに装着されていた4基のビットが射出される。どうやら、背部の2基はそのままキャノンとして用いるらしい。
ISの起動と同時に展開されているハイパーセンサー(視野の拡大・視線認識式のズーム機能等を備えた複合型センサー)の展開レベルを最大まで上げて、セシリアの駆るブルー・ティアーズ(本体)のレーザーキャノンとスターライトMk−3、更に飛来するビットの各砲口とその向きを全て把握する。
敵機にロックオンされた事を知らせるアラートが頭の中で鳴り響く。
PICを制御して、仰け反るように身体を倒してレーザーを回避し、レーザーが途切れたタイミングで背部のウイングスラスターを展開・噴射、機体を強引に姿勢を直立状態へと戻す。
やっぱりブレード一本だけっていうのは不便だ。さて、逃げてるだけじゃ埒も空かないからな。そろそろ、此方からも行かせてもらおうか。
先ほどせっかく詰めた距離も、今のやりとりでまた離されてしまった。
でも。
「……行くぜぇ…………っ!!」
燃費こそ悪いものの、白式の加速性能は折り紙付きだ。それを活かさない手はない。
再び喧しく鳴り響く、被ロックオンを知らせるアラートに顔を顰める。ブルーティアーズ(本体)が構えるスターライトMk−3とその背部から覗くレーザーキャノン、更には俺の周囲を飛行している4基のブルーティアーズ(ビット)から同時にロックオンされているらしい。
各砲口の向きから割り出されたレーザーの予測線が、ハイパーセンサーで得られた外部情報に重ねるように網膜に投影される。そのデータを元に、セシリアの放つレーザーの軌道を躱していく。
右から1発。
高度を上げて回避。
左斜め後方から1発。
左にバレルロールする事により回避。
正面からはやや上の方へと2発。
先程とは逆に高度を下げる。
頭のすぐ上を光線が通り抜けていく感覚に、背筋がひやりとする。
普段の生活での情報処理量を大幅に越えた酷使に、脳がオーバーヒートしているような錯覚すらする。
でも、まだだ。
こんなものでは、足りないんだ。
もっとだ。
もっと速く。
必要最小限の動きで避けろ。
知覚領域を意識的に拡大するんだ。
こいつなら、出来る。
白式なら、それが出来るはずなんだ。
以前のセシリアとの戦い……クラス代表をかけた決闘では、彼女自身の油断もあったからこそ一次移行ファースト・シフト後はこちらのペースに乗せることが出来たし、基本的に先手を打ち続けることも出来た。一次移行ファースト・シフト時に発動した〈単一仕様能力ワンオフ・アビリティー、〈暁破(デイ・ブレイク)〉によるシールドエネルギーの全回復による所もあるだろう。その結果の勝利であり、ある意味「勝つべくして勝った」とすら言えなくもない。
それだけの条件が揃っていた前回とは異なり、今回からはそうもいかない。
セシリアに油断はもう無いだろうし、結果として俺は今こうして抜き差しならない状況へと追い込まれている。
ビットと本体による飽和射撃を回避することに手いっぱいで、ブルー・ティアーズへと刃を届かせることが出来ない。白式に射撃武器でもあれば話は別なのだろうが、無い物ねだりをしてもどうしようもない。
レーザーの雨は、的確に俺の動きを封じるように射線を形成している。俺が通り抜けられない程度の隙間しか空いていない。具体的に言うならば、白式の0.3〜0.8機体分と言ったところか。ぎりぎりで見切って直撃こそ避けているものの、もう既に何発もかすり傷という形で被弾を重ねている。それに伴って、シールドエネルギーも初期設定量から大分減ってきている。
これ以上食らい続けると、ダメージレースで勝てなくなる……勝負をするなら、今。
発想の転換だ。
隙間が無いなら、
「…………展開」
こじ開ける!
雪片弐型の刀身を展開。ビームの刀身を伸展させる。
「…突撃あるのみ、ってね……!」
そして、その状態の雪片弐型で、自身へと迫るレーザーを薙ぎ払う。
「……なっ…………!?」
セシリアが声を漏らすが、取り敢えずは無視。
瞬時加速(イグニッション・ブースト)とPICを利用した急停止を連続して行い、レーザーの射線の隙間、その空間がより大きいほうへと次々と移動して行く。どうしても被弾してしまうレーザーは雪片弐型を振るう事でかき消し、強引に空間を作る。
一瞬でも気を緩めた瞬間に、俺は周囲を囲むビットとセシリア自身の手で蜂の巣になるだろう。そんな緊張感を抱いたまま、何度この作業を続けただろうか。
遂に。
「せあああああああああああぁぁぁあぁっっ!!!」
「きゃあっ!?」
一閃、通り抜けざまに光が走る。
回避しつつも徐々に距離を詰めてゆき、ある程度近づいたところで瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い強引に距離を詰めたのだ。
セシリアの背後に回り込み、
「っらぁ!」
再び接近し、下から上へと飛び上がりながら斬り上げる。
「……きゃっ!?」
可愛らしい悲鳴を上げるセシリア。しかし実のところ、余裕が無いのはこちらの方だったりするのだ。
雪片弐型のビームソード形態は『相手のエネルギーを掻き消す』という特殊能力を持っているが、その代償としてビームソードを発振している間は絶えずシールドエネルギーを消費していく。そして俺はというと、先程のセシリアの包囲弾幕を捌いて掻い潜る際にビームソードを展開し続けていたわけで。それ以前に少しずつ削られ続けていた分と合わせ、既に白式の設定されたシールドエネルギーは残り15%を割っていた。
対してセシリアのシールドエネルギーは、まだまだ余裕があるはずだ。こちらがブルー・ティアーズへと与えた攻撃は今のところ2発のみ。俺の雪片弐型のような、シールドエネルギーを消費して発動する何らかの武装を使用していないとするなら、8〜9割は残っていると見るべきだろう。
だから、この流れを手放さない。一気に、畳み掛ける!
「そこッ!」
今度は上から斬り下ろす。セシリアがこちらを振り向くが、
「遅い!」
その頃には既に俺は離脱している。
「もう、ちょこまかと!」
ビットを操る余裕がないのだろう、宙にビットを漂わせたままセシリアは背部のビットとライフルを乱射する。
だが、
「そんな破れかぶれの攻撃で、」
ビットを使ったオールレンジ攻撃なら兎も角、今のセシリアはただの固定砲台と化している。回避することも頭から消えているらしい。
「やられるものかよ!」
角度を変えながら、何回も斬り抜ける。エネルギー消費が激しいのでビームのエネルギーはカットしているが、雪片弐型は実体剣としても優秀だ。ビームソードより威力は落ちるものの、そこは手数でカバーすればいい。そのための、高速移動を活かした連続斬り抜けである。
セシリアは相変わらず逃げようとせず、ライフルと本体に固定されたビットで懸命に弾幕を張っている。
微かな違和感がちくり、脳を刺激する。
思考の波間に浮かんだ小さな違和感は、次の瞬間にはハイパーセンサーから送られてくる情報の波に押し流された。
PICを操作し速度をゼロに戻してからスラスターの角度を調整、ロックオンされていることを知らせるアラートが鳴ると同時に拡大された視界でライフルの銃口がこちらを狙っていることを確認したところでスラスターを吹かして急加速、レーザーが発射される直前に脚部スラスターを独立して稼働させて機体の軌道を変更、きりもみしながら接近してすれ違いざまに雪片で斬り抜ける。
シールドバリアによりセシリアやブルー・ティアーズ本体には傷こそ付かないものの、そのシールドエネルギーは削られ続けているはずだ(ちなみにライフル等の武装にはシールドバリアーは展開されないらしく、破壊することが可能だ)。
そんな操作を何度も繰り返していい加減に脳みそが茹りそうになってきた頃、思考の隅に再び違和感が生まれる。
何故セシリアは距離を取ろうともせず、動かずにいる? 彼女は国家代表候補生だ、素人じゃない。操縦経験も積んでいる筈だ。ならば近接機に近づかれたら距離をとる、という選択肢を思い付かない筈がない。
何故、1つの場所から動かない?
そしてもう1つ、ようやく気が付いた。
セシリアは、目を閉じている。瞬きではない、目を閉じたまま開いていない。
今まで俺がその事に気がついていなかったのは、機体の制御に手一杯でそこまで相手を注視していなかったからだ。
だからいつから目を閉ざしていたのかも分からない。目を閉じているのは何故だ? 何時から、何のために?
確かに、ハイパーセンサーから送られてくる情報さえあれば、わざわざ目を開いている必要はない。
とはいえ、戦闘中に目を閉じる等という行為には、一般的に考えるならメリットはほとんど無い。そもそも人間というのは(これは大多数の動物に言えることではあるのだが)、基本的には生まれたときから自分自身の眼を開き、その眼から得られる情報を脳で分析する事で生活している。その重要性は、人間が生きていく上で重要となる五つの感覚……所謂“五感”と言われるものの一つに“視覚”が含まれている事からもお分かりいただけるのではないかと思う。
話を戻そう。生まれたときから眼を開けて世界を見続けているのだから、人間は目を閉じるという状態……つまり何も見えないという状態に不安を感じることが多い(リラックスした状態であるならば別だが)。
と言うかそもそもの話、ある程度以上戦闘慣れした者は戦闘の最中に両目を閉じる事はしない。国家代表の候補生ともあろう者が、目を閉じて恐怖に震える……等という失態を演ずるわけもないだろう。
そろそろスラスター用に振り分けていたシールドエネルギーも心許なくなってきている。このスラスター用のシールドエネルギーが無くなってしまうと機体の防御等に使用しているシールドエネルギー(これが無くなった時点で敗北となる)を消費してしまうので、そいつは避けたいところである。ただでさえシールドエネルギーが無くなりそうなのに、更に自らを追い込む必要もない。
「…ぅおおおおぉぉっ!」
次で、決める!
セシリアの横に回り込み、軌道を修正してセシリアに向き直る。擦れ違う瞬間に振りぬこう、と雪片弐型を振りかぶる。そして、幾度目かの突撃。
接触まで、あと300メートル。
まだ、セシリアは眼を閉ざしている。
あと、250メートル。
雪片弐型のビームソードを、発振直前で待機させる。
ビームソードを延ばすのは、すれ違いざまの一瞬だけで充分だ。というかそうでなければこちらのエネルギーが先に切れる。
あと、200メートル。
白式の機体角度をコンマ単位で微調整、軌道を修正する。
あと、150メートル。
セシリア・オルコットが、その眼を開いた。
何故、今、このタイミングで? そんな疑問が浮かぶが、即座にその思考を破棄する。
この距離と速度なら…考えを巡らせるよりも斬るほうが早い!
100メートル。
ブルー・ティアーズのスラスターに火が灯る。
ここに来て逃げる気か? しかし、こちらの方が速い。
75メートル。
セシリアはこちらを向いた。背を見せるつもりはないらしい。
気のせいか、その口が笑みを形作ったように見えた。
50メートル。
こちらを向いたセシリアは果たして、こちらへと接近してきた。
その左手にはいつのまにか近接戦闘用ショートブレード〈インターセプター〉が握られている。構えから判断するならば、刺突攻撃か。
回避ではなく近接戦で迎撃しようとするとは、追い詰められて自棄を起こしたか?
予定外ではあるが、相手は中距離以遠での狙撃戦を主体とする狙撃型機。近接特化型の白式が近距離で負ける筈は無い。
この距離では回避も困難。PICで慣性を殺して速度をゼロに戻してから別方向へと再加速したとしても、おそらく間に合わない。瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使えば躱せる可能性は有るが、既にブースト用のシールドエネルギーが空に近い以上、それも避けたいところだ。折角攻撃を回避したと思ったら次の瞬間にシールドエネルギーが空になってこちらが敗北、何ていう事態は御免被りたい。
つまりこのまま近付いて何とかするしかないわけで、幸いにも白式はそれこそを得意とする機体だった。
彼我の距離は、あと20メートルを切った。
セシリアがショートブレードで狙っている先は、恐らく胴。
接近しつつ姿勢を変更し、右手に持った雪片弐型を両手で持ち左腰に構えなおす。狙うは、篠ノ之流剣術“一閃二断の構え”、その変形。セシリアの振るうインターセプターを一撃目の横一閃で弾き、そこから頭上に雪片を構えなおして縦に振り下ろす……という魂胆である。。
本来は一撃目を放つ際に鞘走りの加速も利用する、抜刀術の応用技だったりするのだが、今回は雪片弐型に鞘が存在しないためその行程を省略する。
残り10メートル。
残り5メートル。
………今っ!
「……――――――――ッ!」
セシリアがインターセプターを突き出したタイミングに合わせ、雪片弐型を振るう。
しかし、手応えが無い。
まるで何も斬っていないかのように。
見ると、セシリアの手からインターセプターが消えていた。
僅かに、俺の姿勢が崩れる。
想定していた抵抗が手に返ってこなかったため、予定よりも雪片弐型を振りぬき過ぎた。
慌てて姿勢を戻して、本来の二撃目……上段からの振り下ろしへとかまえなおそうとする。
だが。
セシリアはその右手に何も持っていないまま、こちらへ手を突きだしてくる。
雪片弐型は、……姿勢が崩れていて迎撃が間に合わない!
「捕らえましたわよ……っ!」
伸ばされたセシリアの右腕が、俺の左腕を掴む。
「……ちぃッ!」
雪片弐型から咄嗟に左手を離し、自由になった右腕を振り上げ、雪片の柄を右の掌で半回転させ順手から逆手に持ち変える。
「させませんわ!」
セシリアは左手に持ったスターライトMk−3を使い、俺の右手を押さえた。俺の手首と雪片の間に銃身を差し込み、的確に動きを止めている。
不味いな、両手が封じられた。
一瞬の逡巡。
「これで、動けませんわね?」
蹴りならばなんとかなるか? いや、この至近距離では難しいか。
「動けないのはお互い様だろ? ダンスでも踊る気かい?」
それでも狙撃機と格闘機だ。力比べなら格闘機であるこっちの方が出力は上だろう。
「あら、忘れまして? 一夏さん。このブルー・ティアーズの名前の、その由来を」
あくまでにこやかに、セシリアは告げた。
ブルー・ティアーズの名前の由来……?
その時、背後からロックオンされていることを知らせるアラートが鳴った。
その数、4つ。
…………まさか!?
「遠隔誘導型射撃端末!?」
たらり、と背筋に冷たいものが伝う。
「ご名答、ですわ!」
鳴り続けるロックオンアラート。
振り返れないのでハイパーセンサーで確認すると、案の定4基のビットがそれぞれ俺へと砲口を向けていた。
「おいおいマジかよ……」
…詰み、だな。
「チェックメイトですわ」
セシリアは笑った。童女のように無垢に、悪女のように艶然と。
次の瞬間、ビットから放たれた四条のレーザーが俺の背中に直撃し、試合終了のブザーが俺の敗北を告げた。
今回のサブタイトルはガンダム00の挿入歌から。サーシェスの曲と言えば分かる人には分かるのでは。
さて、12月1回目の投稿です。今回は一夏とセシリアの模擬戦のお話。ゴールデンウィークの1日目、第2パートです。多分次の話で1日目が終了となる予定です。
今回のあとがきは短めでいきます。ではまた次回に。