IS ―Another Trial―   作:斎藤 一樹

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21.セシリア・オルコットの憂鬱

 

 鈴が転入してきた日から2日後の放課後。緊急会議と言う事で招集をかけられた俺は、ホームルームが終わるとすぐにのほほんさんと共に生徒会室に向かった。既にそこには、刀奈姉と虚さんがいた。

 

「来たわね」

 

「では、私はお茶を淹れてきますね?」

 

 ソファーに座っていた虚さんが立ち上がり、生徒会室に備え付けられたガスコンロへと歩いていった。

 

 

 

 虚さんが淹れたお茶が全員に行き渡り、それで口を湿らせてから刀奈姉が口を開いた。

 

「さて、今日集まってもらったのは、三週間後のクラス対抗戦についての事よ」

 

 ゴールデンウィーク後の事か。それを緊急召集をかけてまで今言うって事は余程の事があったか。

 

「何か問題でもあったのか?」

 

 基本的に、手順の確認ぐらいならメールで済ませればいい話だ。そうしない、或いは出来ないのかもしれないが、なんにせよ理由があるはずだ。刀奈姉は口の前で両の指を絡めて口元を隠す、所謂「碇ゲンドウスタイル」で言った。

 

「一夏君。……『亡国機業(ファントム・タスク)』、という組織を知っているかしら?」

 

 亡国機業。

 

 知っているさ、勿論。

 

 そう返してやりたかったが自重する。これではただの八つ当たりだ。

 

 刀奈姉が言うにはどうやらその亡国機業(ファントム・タスク)が、クラス対抗戦に合わせてこのIS学園に襲撃をかけようとしている可能性があるらしい。どこからの情報かは知らないが、俺が知る必要はないだろう。

 

「それで、その情報の信憑性は?」

 

「60〜80%ってとこね」

 

 想像以上に高いな。

 

 来るかもしれない、と言うよりも来ないかもしれないと言い換えた方が良さそうだ。

 

 だからこそ、対策を練る……或いは伝えるために俺たちが呼ばれたのだろうが。

 

「取り敢えず万が一に備えて刀奈姉に待機してもらうとして」

 

「まあそうなるわよねぇ……」

 

 元よりそのつもりだったであろう刀奈姉は、その日私授業あるんだけどなぁ、と全く残念そうに見えない表情でぼやいた。どう見ても堂々とサボれることを喜んでいる顔だった。

 

 こんなんでもこの学園における最強戦力の一角である。仕事は真面目にやってくれるだろうし、逆に刀奈姉が対応出来ないレベルの相手はそれこそ千冬姉が相手をするぐらいしかないだろう。今の俺では到底無理だ……いや、零落白夜でワンチャン狙いぐらいは出来るか。

 

 兎も角。

 

 現状の最大戦力である刀奈姉だが、彼女が対応出来ないケースも存在する。そう、多方面から同時にアプローチをかけられる場合である。刀奈姉とて身体は1つしかないのだ。

 

 だからこそ、そちらは俺達が対応することになるのだろう。フィジカルな攻撃には俺が、システム関連への攻撃は虚さんが。もしかしたらのほほんさんもそちらに加わるのかもしれない。

 

 でももう一手欲しいよな……。

 

「タッグマッチ形式にしたとすれば、時間稼ぎぐらいは出来ると思うか?」

 

「んー、厳しいんじゃないかしら。まだ入学して一ヶ月よ、クラス代表レベルとは言ってもこの時期じゃあまだ技量は初心者と大差無いだろうし。被害が増えるだけで終わる可能性が高いわ」

 

 再来月の個人トーナメントの時なら行けるかもしれないけど、と刀奈姉。

 

「だよなぁ……」

 

 結局。

 

「俺たちが一秒でも早く駆けつける、って手しか無さそうかねぇ」

 

「そうねぇ……」

 

 受け身で動くしかない、というのが中々に悩ましい話だった。それならせめて、動きやすくなるように準備をしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀奈姉から呼び出された翌日。

 

「では、これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう……その前に。そうだな、織斑とオルコット。あと鳳も専用機持ちだったな?」

 

「はい」

 

「よし、ではまずお前達3人に実際にISによる飛行を実演してもらう……前に出て来てISを展開しろ」

 

 千冬姉の指示に従い、まずは前に出る。

 

 今回の授業は入学後初となる、実際にISを使った授業である。つまり専用機を持ってない生徒達の殆どにとっては、入学後初めてISを触れることになる機会となるだろう。手続きに則って申請すれば放課後に学園所有の訓練機を借りて練習することも可能だが、何分機体の数に限りがあるため予約待ちが長い事もあり、一年生の多くはまだ申請していないものと思われる。そんなわけで、まずは動かせる専用機持ちが実際に見せた方が早いだろうという判断だろうか。

 

 ISを展開する。左腕の白いブレスレットを右手で掴むようにして意識を集中させる。思い描くイメージは、自分の身体に鎧を纏う感じ。このイメージによる展開というものが意外と曲者で、なかなかイメージがわかないのだ。

 

(行くぜ、白式)

 

 心の中で呟くと同時、浮遊感が広がる。左腕から広がる、身体を覆うようなやわらかな暖かい光。光が消えると、白式が展開されていた。

 

「遅いぞ、織斑。熟練したIS操縦者は展開まで1秒もかからん」

 

 無茶言うなぁ……。

 

「熟練も何も、俺はISを操縦し始めてから一ヶ月も経ってないんですが」

 

「今すぐにやれとは言わん。だがいずれ出来るようになれ」

 

 これでも、大分速くなったほうなのだが。

 

 そう思ったのが顔に出ていたのか、苦笑しながら千冬姉が言った。

 

「……心配するな、展開までの時間は乗ってる内に勝手に短くなる」

 

「あ、そういうものなんですね」

 

 拍子抜けだった。

 

「それでは飛んでみせろ。目標は上空50mだ、行け」

 

 ぱんぱん、と手を叩きながら千冬姉が言った。

 

「お先、失礼しますわね」

 

 まず飛び立ったのは、セシリア・オルコットのブルー・ティアーズ。飛行するだけなので、あのスナイパーライフル……スターライトMk−3だったか? ともかく、あの銃は持っていない。

 

 隣に立つ鈴を見る。鈴が装着しているISは、甲龍(シェンロン)と言うらしい。腕が伸びて火炎放射機で敵を焼きそうな名前だった。

 

 甲龍は中国製の第三世代機らしい。基本カラーは黒と赤紫。俺の白式やセシリアのブルー・ティアーズのものとは異なり、足首から下が膝から下の装甲と一体となっているタイプだ。つまり「足で踏ん張る」という動作等、もっと言うと地上での歩行等の動作は基本的には出来ないわけだが、ISの主戦場が空中である事を考えると歩行能力の有無というのは重要ではない。更に足首の関節を設けないことによる強度の上昇や、空気抵抗の軽減等といったメリットもある。

 

 難点は、扱いにくい事。量産型機をはじめとして、多くのISは人体と同様に足首のある構造を採用している。その理由は、扱いやすいから。人間の足首には当然のように関節があり、人間は地面に足をつけて生活している。そうした生活に慣れている故に、常に足首を伸ばした状態で固定されるこのタイプはあまり採用されていない。

 

「んじゃ、次はあたしが行くわね?」

 

「おう。行って来い……落ちてくるなよ?」

 

「落ちないわよ!」

 

 脚部と腰部リアスカートアーマー、サイドスカートアーマーに内蔵されたスラスターに火を灯し、一気に上昇していく甲龍を見上げながら、空間投影型のメニューウィンドウを開いて白式のウイングスラスターの出力パラメーターを僅かに調整する。大掛かりな調整は専用の機材が必要だったりするが、細かな微調整は装着者(パイロット)が戦闘中に変更できるようにメニューウィンドウから変更できるようになっているのだ。

 

 出力を若干制限して、操作性を上げておく。普段は高機動戦闘に慣れるためにスラスターを常に全開にして使っているのだが、今はその必要も特にはないだろう。

 

 鈴が目標高度まで上がったのを確認し、俺もぐっと脚に力をこめつつ背部ウイングスラスターに火を入れる。そして、飛び上がるようにすると同時に背部のウイングスラスターを噴射、続けて脚部スラスターの角度を調節して点火させる。

 

 教科書では『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』とか書かれていたが、訳がわからなかったので結局俺は普通にスラスターで飛ぶイメージを使っている。今までやってきたゲームとかでいろいろイメージは得ているので、俺にはこちらのほうが断然わかりやすい。この方法を思いついたとき、恐らくはISを操縦するような女子はそういったゲームをやらないからあんな面倒なイメージが必要なのではないか、と思ったほどだ。

 

 上空40mに到達……スラスター出力を下げる。49mに到達したところでスラスターを素早く逆噴射して、丁度高度50mで静止する。

 

「ずいぶんと速いわね?」

 

「そりゃ、高機動型だからな。というか速くなけりゃこの機体はまともに戦えないし」

 

 上空で俺と鈴が喋っていると、下から千冬姉の声が響く。念のために言っておくと、インカム越しにである。

 

「織斑、凰、オルコット。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地上10cmだ」

 

「了解です。では、お先に」

 

 おしゃべりの輪に加わっていなかったセシリアが、先ほどと同じように一番最初に降りていく。うーむ。どうにも壁を感じる気がするんだよな、何となくだけど。微妙に避けられている、というか。クラス代表決定戦でのあれこれはもう決着がついた筈なんだが。

 

「上手いもんだ。さすが代表候補生」

 

「あら、あたしだって代表候補生よ?」

 

「そういえばそうだったな」

 

 

 

 その後、特にアクシデントもなく。二人とも無事に地上へと戻って、授業が続行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりに照らされる部屋の中、セシリア・オルコットはベッドの上で一人悩んでいた。同居人は既に夢の中、明かりはとうに落とされている。

 

「……織斑、一夏…………」

 

 口に出して、呟いてみる。ただそれだけで胸は早鐘を打ち始め、胸は苦しくなる。今までこんな事は無かったのに。知らない、分からない。この想いは何なのだろう?

 

 否。

 

「……これが、『恋』というものなのでしょうか…………?」

 

 その呟きは、誰にも届くことなく消えてゆく。自分が恋をするのは初めてだが、本で読んだ知識から判断すると恐らくそうなのだろう。しかし、今まで感じてきた「男」というものへの嫌悪感、悪感情がそれを認めようとしない。

 

 織斑一夏は、父のような男とは違う。あの戦いで、その事は充分に理解しているつもりだった。それでも、胸の内の想いを受け入れられない。

 

「……まったく、わたくしも大概難儀な性格ですわね…………」

 

 ため息とともに誰にとも付かない愚痴を吐き出す。そしてセシリア・オルコットは、何かを頭から追い出すように頭から布団をかぶった。

 

 

 

 夜は、更けていく。

 

 

 

 

 





 こんにちは、斎藤一樹です。いよいよ寒くなってきましたね、私の懐は年中冬模様です。雪解けが遠い。そんなこんなで11月分のISATをお届けします。この後書きを書いてるのが夜中のためテンションが妙に高いです。自覚はあります。なにせこうしてなにも考えずに文章を書いてると筆が進む進む。毒にも薬にもならない文章ですが、よろしければお付き合い下さいませ。

 今回は言うなればゴールデンウィーク編の前の在庫一掃セールのような回です。複数話から切り貼りした上で書き直す、という形で今回のお話は出来上がっています。エコロジーの精神ですね。違うか。

 今回の話をざっくりと纏めると、「楯無、対策を考える」「一夏、空を飛ぶ」「セシリア、恋をする」の三本です。こう書くとサザエさんみたいですね。

 まず1つ目がゴールデンウィークの後に来るクラス対抗戦についての対策とかのお話。伏線っぽい事も仕込んではおいたものの、このフラグが使われるのはいつになる事やら……。というかこういう対策練る話自体が強度のめっちゃ高い襲撃フラグですよね、あまり折れる例を見ないような気がします。

 2つ目は授業風景です。原作だと箒ちゃんが山田先生からインカムを奪ったり、降下時の停止が間に合わず一夏君がグラウンドに大穴を開ける話ですね。本作ではこの時点で鈴ちゃんがいる上に一組に来たので、当然ながらこの授業にも鈴ちゃんが出席しています。それとは別に本作におけるISの独自解釈も含めた説明回、という側面もあったり。とは言え、この作品でのISについてはこの話を含めてもそこまでがっつり説明してないので、どこかしらで説明を挟まないといけないとは思っています。思っては、います……。

 3つ目は今話のサブタイにもなってる部分ですね。サブタイになっているのに一番短いとはこれ如何に、といった感じのセシリアがメインの申し訳程度のラブコメ描写です。嘘みたいだろ、この後書きより短いんだぜ……。現在の彼女は自分の感情との折り合いがつかず、一夏君と程々に距離を取っている状況です。良く分からないけどモヤモヤするから取り敢えず近寄らないでおこう、みたいな感じ。原作では積極的に一夏に話しかけていた上述の授業のシーンで、一夏君が鈴とばかり話していて影が薄かったのはこの辺りが影響しています。まだ暫く彼女は悶々とし続けるのではないでしょうか。

 そう言えば最近はアズールレーンというゲームにハマっています。楽しいですねアズレン。サービス開始した9月中旬から大体1週間した辺りで始めたのですが、ここ最近はもうFGOをあまりやらずにアズレンばかりやってます。シューティング系のソシャゲを初めてやったのもあって、楽しくて楽しくて。女の子達も可愛いですね、私はプリンツ・オイゲンとケッコンしました。トラック鯖でプレイしているので、どこかで見かけたらよろしくしてやって下さい。プレイヤー名はこちらのペンネームと同じです。

 いつになく長い後書きとなりましたが、今回はこの辺りで。質問や感想も募集しておりますので何かあれば是非。それではまた次回のお話でお会いしましょう、お付き合い下さりありがとうございました。

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