「そう言えば一夏くん、1年生に新しく転校生が来るみたいよ」
そう刀奈姉が言ったのは、クラス代表就任パーティーがあった週の金曜日の事だった。
「転校生? この時期に?」
今は新学年が始まってからまだ1ヶ月も経っておらず、来週末からゴールデンウィークが始まろうというタイミングである。考えられる原因として思い当たるのが十中八九俺のせい、といった気がするのが輪をかけて頭痛を助長する。
大方俺というイレギュラーの出現に焦ったどこかの国が、情報収集のために代表候補生を送り込もうと画策した。だがしかし何分急な事であったために入学式には間に合わず、このような中途半端な時期の転入と相成った……とまあ考えるならこんなシナリオだろうか。何が面倒臭いって、そんな無茶を通してしまえるだけの政治力だか影響力をもった国からの代表候補生である。今頃職員室は急な転校生に大わらわだろうか。心の底から同情する。
……なんだろう、厄介事の臭いがぷんぷんするのだが。杞憂のまま終わってくれないだろうか、等と思いつつため息をこぼす。またひとつ幸せが逃げてしまった。
そしてその2日後……日曜日。俺は箒とIS学園を出て、本土のショッピングモールへと出かけていた。以前箒と交わした「今度一緒に買い物に行く」という約束を果たすためだ。実質デートみたいなものである。
別々に部屋を出てどこかで待ち合わせ等という事は無く、二人で一緒に部屋を出て学園から駅に向かった。合理的だと思う。そもそも同じ部屋なのだし、時間をずらして出る必要はあまり無いだろう……やるとすれば雰囲気を楽しみたい時ぐらいだろうか。箒ちゃんが望むならいつでもやる所存である。
「ところで箒、今日は何を買いに行くんだ?」
学園のあるメガフロートと本州をつなぐモノレールの中で、箒に聞いてみた。箒は大人っぽいデザインの白いワンピースにカーディガンを羽織っていて、俺は程々にお洒落に見えるように履き慣れたジーンズとYシャツにジャケットといった格好である。今日の箒は綺麗系のコーディネートらしい。
「そうですね……。洋服でも買いましょうか」
言われてから気が付いた、といった感じで答えた箒。ノープランだったのか。そんな俺の視線に気が付いたのか、箒はわたわたと手を振りながら一生懸命な感じで弁解する。
「し、しょうがないじゃないですか! ずっと楽しみにしてた、一夏と二人っきりでのお出かけなんですか、ら……って、いや、あのですね! 何ていうか、そうじゃなくて! ああもう、その「俺は分かってるから大丈夫」みたいな笑い方はやめてください!」
盛大に自爆していた。思わず拍手を送りたくなるぐらい見事な自爆だった。そんな彼女の頬は、林檎のように真っ赤に染まっていた。
「さて、どこから行く?」
俺の実家の近くにある巨大ショッピングモール、「レゾナンス」。IS学園からだと移動距離にして一時間ほど離れている程度で、この辺りでは一番大きいショッピングモールであり、大体のものはここに来れば手に入るともっぱらの評判である。店以外にもレストラン街や映画館、ゲームセンターなどといった娯楽施設もあり、大変にぎわっている。
「うーん、そうですね……。……一夏にお任せします。こういう時は殿方がリードするもの、なのでしょう?」
にっこりとほほ笑みながら放たれたその言葉に、俺が抗えるはずも無く。
「……了解だ、レディ。取り敢えずは無難にウィンドーショッピングといこうか?」
無難そうな提案をすることにした。
箒と並んでぶらぶらと歩きながら、時たま店の中に入って見て回ったり。……どう考えても、デートにしか見えないだろう。現に、すれ違う男性からは物凄い嫉妬の視線を浴びている。無理も無い、箒はとびっきりの美少女だ。どうだ羨ましいか、くれてはやらんがな!
「一夏! この服とこっちの服、どっちがいいと思いますか?」
箒が手にとって差し出してきたのは、紺色のデニム地のミニスカートと黒いロングスカート。
「ミニスカートで」
ほとんど即答した。
「……ちなみに、理由をお聞きしても?」
「俺が見たいから」
ミニスカ姿の箒。確かにIS学園の制服もミニスカートなのだが、私服で見るミニスカートはまた違った風情(?)がある。ついでにオーバーニーソックスとか履いてくれたら俺が喜ぶ。
「そうですか……。なら仕方がありませんね」
自分で言っておいてアレだが、それは仕方がないのか?
時間はあっという間に過ぎて、太陽は天辺を少しばかり通り過ぎた頃合いである。そろそろ昼食にしようか、という事になり、「レゾナンス」の中にあるフードコートに移動した。
「何食べたい?」
「そうですね…。では、また一夏にお任せします」
箒ちゃんは随分と機嫌が良さそうで、語尾に音符がついていそうな勢いだった。楽しんでくれているようで何よりである。
「じゃあ、……あの店にしようか?」
判断を委ねられた俺は、少し歩いた先にある小洒落たオープンカフェに行くことにした。料理も旨く更には値段も手頃な事から、学生にも人気の店である。
店に入ると、すぐさま席へと案内された。昼食時としては早めの時間だからか、適度に混んでいた。
「ご注文は?」
「すみません、本日のランチってなんですか?」
「はい、本日はスパゲッティー・アラビアータ、デザートはレアチーズケーキとなっております」
「じゃあ俺はそれで…箒はどうする?」
「私もそれでお願いします」
「かしこまりました。本日のランチを二つですね。お飲み物は?」
「俺はアイスコーヒーを」
「私はアイスレモンティーをお願いします」
「はい、お持ちするのはお料理と一緒でよろしいでしょうか?」
「はい」
店員は注文を復唱し、確認してから戻っていった。
「注文が手慣れてましたね、一夏はこういった店にはよく来るのですか?」
「まあ、ね。仕事相手と打ち合わせとかで」
「……お仕事、ですか?」
「あー、うん、まぁ。その辺りはあまり聞かないでいてくれると助かる」
「そうですか、分かりました。でも、いつかきっと、私にも教えて下さいね?」
「ああ、きっとな」
昼食を食べ終え、またしばらく買い物をしてからゲームセンターに行った。箒はあまりこういったところに来た事が無いらしいので、格ゲー系統は除外。
「リズムゲームでもやってみるか?」
「…りずむげぇむ?」
「……取り敢えずやってみようか」
実際にやってみた方が早いだろう。
協力プレイの可能なタイプを選び、100円玉を二枚入れてスタート。箒は初心者のため難易度はもちろんイージーモード。選択すると、「えー、イージーモードぉ?」「イージーモードが許されるのは、小学生までだよねぇー?」という、イラッとくる音声が流れたが、無視して決定ボタンを押した。
「ほら箒、今だよ!」
「えっと、こ、こうですか!?」
「そうそう、その調子……っと!」
箒はなかなか筋が良かった。
帰り道。
夕暮れに染まる街を、お互い何を話すでもなくモノレールから眺めていた。窓の外を眺める箒の夕暮れ色に染まった横顔は、まるで一枚の精巧な絵画のように綺麗で、思わず見惚れてしまっていた。
どれ位そうしていただろうか。そろそろIS学園に到着する、というあたりで、箒がこちらを振り返って言った。
「今日はありがとうございました」
「……え?」
見惚れていたので、思わず呆けた声を出してしまった。
「だって今日は、こんなに楽しかったですから。だから、」
ありがとうございました、と。見た者すべてを虜にするような微笑みを浮かべながら、そう箒は言った。柄にも無くどぎまぎしてしまった。心臓が早鐘を打ち始め、顔の熱さは自分で分かるほどである。そうして混乱していたから、それ(・・)に気が付くのが遅れた。
「これはお礼です」
その言葉を聞いて頭が理解する前に、箒の顔が目の前にあって、そして頬に感じる柔らかな感触。
「え、ちょっと待って、今のって」
「お、お礼ですっ! 唇は、また今度に……」
そう言ってそっぽを向いた箒の顔は、朱に染まっていた。きっとそれは、決して夕日のせいだけでは無かっただろう。初めてのキスというわけではないというのに、どうしてこうも胸が高鳴るのか。
……わかってるくせに、と声が聞こえた気がした。それを聞こえないフリをして、俺は窓に目を向けた。
IS学園は、もう窓から見える距離にまで近付いていた。
週が明けて月曜日、朝のホームルーム。
「はーい、今日は転校生を紹介しますね~」
相変わらずのどこかおっとりとした口調で、山田先生が言った。刀奈姉からの情報はやはり本当だったらしい。中国の代表候補生らしいが、……穏便に済むといいなぁ、切実に。
「はい、入ってきてください」
山田先生の声にがらりとドアが開き、こげ茶色のツインテールの小柄な少女が入ってきた。……顔見知りだった。最近知り合いに出くわすパターン多くない?
彼女は教壇の前に立つと、堂々と口を開いた。
「ほとんどの人は初めまして、一部の人には久しぶり。中国から来た凰(ファン) 鈴音(リンイン)よ。これから、よろしく頼むわね!」
LHR(ロングホームルーム)が終わり、休み時間。鈴が俺の席の前までやってきた。
「ひさしぶりね、一夏。元気だった?」
「ああ、そっちも相変わらず元気そうで何よりだよ、鈴」
いえーい、と互いにハイタッチを交わす。緩いノリで付き合える友人って良いよね、と思う今日この頃だった。それが気心の知れた相手なら尚の事だ。学校全体を見回しても一人として同性の生徒がいない、という状況は少なからず堪えるものがある。
「ねぇねぇ、一夏くん。凰さんと知り合いなの?」
隣に座っている清香が言うと、周りにいた女子が聞き耳を立てたのが気配でわかった。
「まあね」
「ちなみに、どんな関係!?」
やたらと食い付きが良い。やはり女子というものは色恋沙汰が気になるものなのだろうか。でもなぁ、
「…んー……」
どんな、と言われても。
「同じ学校にいた、どこにでもいるような友人関係だよ」
「生憎とあたしとこのバカはただの友達よ。」
バカとは何だ。
兎にも角にも生憎のところ、俺たちの関係は恐らく彼女たちが期待していたようなものではないのだった。
「ホントに~?」
「本当よ」
今日の清香は粘り強いようだった。或いはクラス中の女子生徒から浴びせられる無言のプレッシャーによるものかもしれない。
だから違うってば。浮いた話なんてないからそろそろ勘弁してくれないだろうか。鈴と二人、顔を見合わせてため息をついたのだった。
めっきり冷え込んで参りましたが如何お過ごしでしょうか、斎藤一樹です。10月分の更新をお届けします。
今回は鈴ちゃんの転校回……の予定でした。大体その通りではあるのですが、作中の時系列の整理に展開を巻きで行こうという思考が加わった結果、気付けば鈴ちゃんメインの筈が半分以上箒ちゃんのデートで話が進んでいました。流石メインヒロイン(暫定)つよい。
ところでこの作品、プロット段階でハッピーエンドとバッドエンドの二種類が存在してまして、多分ハーメルン版はハッピーエンドで終わると思いますが…ぶっちゃけまだ確定してません。とは言え決定的な分岐はまだまだ先なので、暫く一夏くんは平穏で過ごせることでしょう。一夏くんの未来はどっちだ。
次回辺りからゴールデンウィーク編突入と行きたいところですが、果たして。それではまた次回お会いしましょう。