「ところで良かったのですか、一夏?」
「何がだ?」
「いえ、その。…決闘に勝っちゃいましたし、多分貴方がクラス代表になってしまったのでは、と……」
躊躇うように箒が言った。
「…………あー、うん。そういやそんな話だったよね……」
「…忘れていたんですね……」
一転して、箒の顔が呆れたようなものに変わる。
「試合中はテンション上がっちゃってなぁ……」
完全に忘れてた。
「まあいいや、それならそれで」
「あ、いいんですか」
意外そうに箒が言った。
「逆転の発想だよ、その分実戦経験を積めると考えればそう悪いものでもないだろう……多かれ少なかれ面倒を背負うことにはなりそうだけどな」
「プラス思考ですね」
「そうでも考えないとやってられるかっての」
切実に。
とまあそんな会話がセシリアと会った後にあったわけだが。箒に言った通り、いつまでもそれを抱えているわけにはいかないのである。俺としては試合に勝って勝負に負けたといった感じだが、セシリアはセシリアでクラス代表になれず本来の目標を達成出来ていないわけで、どちらも不本意な結果で終わっているこの状況。何ともアレな結末だった。今からでもセシリアにクラス代表を譲った方が良いのではなかろうか。こう、勝者の権限とか駆使して。
そもそもからして本来クラス代表をやりたいセシリアと、面倒だからクラス代表なんてやりたくない俺とでは利害関係が一致した筈なのだ。尤も、売り言葉に買い言葉でそれが台無しになってしまったわけだが。
いやまあ、セシリアがあれこれ言っていた時のクラスの空気の悪さと言ったらそれはもう酷かったし、特に苛立ちが隠し切れていない日本出身の娘達はそれが顕著だった様に思う。
その空気を一旦入れ替えるという意味でも、あの決闘紛いのクラス代表決定戦はきっと必要だったのだろう。
結果がどうあれ。
そういう事で自分を納得させていると、ふとサイドテーブルに置かれた携帯型音楽再生プレイヤーが眼に入った。
…………あー。
アレ、どうしようなぁ……。
半ば自業自得と言える新たな問題に、俺は再び頭を抱えた。
俺の手元には今、携帯型音楽再生プレイヤーが握られているわけだが。何を隠そうこの端末には、セシリアがかましてくれた問題発言の音声データが入ってるのだった。束さん謹製のこのプレイヤーは案の定必要以上に多機能であり、件のデータはその機能の内の1つである録音機能で録音したものである。
この情報をうまく使えばイギリスに対するカードとして使えるだろうし、彼女の国家代表候補生としての資格も問われることになるだろう……辞めさせることも可能かもしれない。
更識の端くれである身としては、この情報を当主である刀奈姉に届けるべきなのだろう。
だが、この件については先程の会話で既にケリがついている。それにも関わらずこの件で何かしようっていうのは、如何なものかとも思うわけだ。
それ加えて個人的な感情としても、俺は彼女の事を気に入っている。なるべくなら裏切りたくない、という気持ちは確かにあった。
少し迷った末に、俺は……削除ボタンを押した。
翌日。決闘紛いのクラス代表決定戦の翌日であろうが、平日であるならば当然のごとく授業はあるのだった。
このIS学園という学校はその名の通り、ISに関しての専門的な知識を学ぶための特殊な学校である。が、これと平行して普通の高校で習うような一般科目も当然ながら学ぶわけであるし、(整備科志望の生徒は特に顕著であるが)理数系科目は特に高度な内容を勉強することになる。
つまるところ今日はそうした一般科目を学ぶ日であったが、その授業内容に関しては割愛する。
放課後の今、俺は生徒会室に向かっていた。セシリアの発言に関しての音声データについては昨日の対処で良しとするにしても、それとはまた別に生徒会には用事があるのである。
それは言うまでもなくこの間の「生徒会に入らないか」という誘いに対しての回答なのだが、そもそも生徒会に入って何をさせられるのか……もといどんな仕事をすれば良いのかという話を俺は知らされていないのだった。誘われたときに訊いておくべきだったとは思うものの、今となっては後の祭りだ。
さて。生徒会室まで着いたのは良いが、そもそも刀奈姉が今ここにいるかどうか分からないというのが問題だった。事前に連絡を取っておくべきだったと悔やむが、今更の話である。
意を決して生徒会室の扉をノックする。
「はい、どうぞ?」
中から声が帰ってきた。刀奈姉の声ではないが、少なくとも誰かしらはいるらしい。
「失礼しま……す?」
果たして生徒会室には二人の女性がいたが、語尾が疑問形なのは予想外の人物がそこにいたからだった。
「あれ、おりむー? どうしたの〜?」
「むしろ俺が君にそう言いたいよ」
何故のほほんさんがここに。
「のほほんさん、もしかして生徒会役員だった?」
「もしかしなくてもそんな感じ〜」
そんな感じだったのかと納得したところで、生徒会室にいたもう一人の女性に挨拶する。
「お久し振りです、虚(うつほ)さん。ご無沙汰しています」
布仏虚。刀奈姉の付き人であり、恐らくはのほほんさんの姉だろうと思われる。生真面目な性格で、自由人といった感じの刀奈姉とは対照的だが、そうでなければ刀奈姉の付き人は務まらないのかも知れなかった。自由奔放な刀奈姉とマイペースなのほほんさんを相手にする虚さんの胃が心配になる。
「ええ、お久しぶりです一夏さん。今日はどういったご用件で?」
「刀奈姉に用事があって来たんですけど、もしかしなくても今不在ですかね?」
「はい、お嬢様は先程職員室まで行かれましたので暫くお待ちください。今、お茶を淹れますね」
おっとりと微笑んで、虚さんは備え付けのガスコンロにお茶を淹れに歩いていった。その妹であるのほほんさんはというと、俺が座っている応接用のソファーの上で……つまり俺の隣でたれている。上半身はテーブルにぺたりと伏せており、時折むずかるように首が動く。
かと思えば突然むくりと起き上がり、ソファにもたれるようにぐいと伸びを始めた。制服の上からでもそれと分かるその豊満な双丘が、強く自己主張を始めた。ご馳走さまです。箒ちゃんも相当大きい部類だが、服の上から見る限りだとのほほんさんも箒ちゃんに負けず劣らずのボリュームのようだった。素晴らしき哉。
とまあ恐らく無自覚に理性を削りに来ているのほほんさんを不自然にならないように観察していると、彼女の制服のポケットの隙間から顔を覗かせているキーホルダーが何故か妙に気になった。正確にはポケットから顔を覗かせているというよりも、隙間からはみ出てプラプラとぶら下がっていると言った方が正しいかもしれない。キツネをデフォルトしたような、愛嬌のある三頭身のキャラクターだ。
「なあ、のほほんさん」
「なぁに~、おりむー?」
「ポケットからキーホルダー、はみ出てるぞ」
「あ、本当だ~。ありがと、おりむー。この子、私のお気に入りの大切な子なんだよ。可愛いでしょ~?」
「そうだな。…ところでこのキャラクター、なんて名前だっけ? どうにも思い出せないんだけど」
「あ、この子は〈くおー〉っていうんだよ~。九尾の狐で、くおー。知ってるの~?」
「……なんか見覚えがあるんだよな。なんでだろ?」
「私に聞かないでよ〜っ」
ぱたぱたと袖を振りつつ、のほほんさんが言った。
「そりゃそうか」
全く以てその通りだった。
そこに会話が一段落するのを待っていたようなタイミングで、
「どうぞ、一夏さん。粗茶ですが」
ことり、と静かに俺の前に湯呑みが置かれる。
「粗茶なんてとんでもない、虚さんが淹れたもの以上の美味い茶を俺は未だかつて飲んだことがありませんよ」
これが世辞でも何でもなく本当に美味いのである。
「ふふっ、そうですか。そう言っていただけると光栄です」
おっとりと微笑みながら虚さんは答えた。
「ねえねえおりむー、お姉ちゃんとおりむーって知り合いだったの〜?」
のほほんさんが言った。
「そうだな、かれこれ……10年ぐらい、か?」
「そうですね、そのぐらいでしょう」
「へ〜、知らなかったな~……」
そう言えば俺も虚さんには何度も会っているのに、のほほんさんには会った記憶が無いな……一回ぐらい会っていても良さそうなものだが。
「たっだいま〜っ! って、あれ? どうしたの、一夏くん?」
当の刀奈姉が来たのは、それから10分後の事だった。
お待たせいたしました、そんなこんなでISATの17話です。今回でクラス代表決定戦関連の話は一段落と言った感じでしょうか。次回からは息抜きのクラス代表就任パーティーの話とかを挟んで、鈴ちゃん転入と言った流れになる予定です。少しずつ話が進んでいるようなそうでもないようなと言った感じですが、これでもFC2版のものとは少しずつ流れが分岐していっています。
別の世界線(つまりFC2小説版)では前話のセシリアとの会話が異なっていた事もあり、セシリアの問題発言を録音した音声データは刀奈の元へと渡っています。という事はつまり、セシリアは意図せずして将来来るかもしれない危機を未然に防いだことになるわけで、偶然とはいえセシリアはファインプレーをしたと言えるでしょう。とは言え、この違いが物語にどんな影響を及ぼすかはまだまだ先のお話なのですが。
次話は直す箇所が少ない……と良いなぁと思います。サクサク進めたいですね。只でさえ一話あたりの文字数が少ないですし、せめて月一更新ぐらいのペースで行きたいところです。それではまた次回にお会いしましょう。
追伸:誤字報告・質問等ございましたら感想欄などから是非是非。質問については恐らくネタバレにならない程度にお答えします。