IS ―Another Trial―   作:斎藤 一樹

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16.セシリア・オルコット

 

 わたくしの父は、母の顔色を伺ってばかりの人だった。名家に婿入りした父は、恐らく母に多くの引け目を感じていたのではないかと思う。そんな父親を幼少の頃から見ていたわたくしが「将来情けない男とは結婚するまい」と決めたのは、当然の帰結と言えただろう。

 

 そしてISが発表されてから、父の態度は益々弱いものになった。母はそれが鬱陶しそうで、父との会話自体を拒んでいるような感さえあった。

 

 母は、強い人だった。女尊男卑社会になる以前から女の身でありながら幾つもの会社を経営し、成功を収めていた。厳しかったけれど、憧れの人だった。

 

 でもそんな二人は、もういない。

 

 母も父も、三年前に事故で他界した。越境鉄道の横転事故……死傷者は100人を越える大規模な事故だった。いつも別々に過ごしていた両親が、どうしてその日に限って一緒にいたのか……それは未だにわからないし、きっと真実が分かる日はもう来ないのだろう。一時は陰謀説も囁かれたが、事故の状況がそれを否定した。

 

 とてもあっさりと、両親は帰らぬ人となった。そしてそれからは、あっという間に時間が過ぎた。

 

 手元に残った莫大な遺産を金の亡者達から守るために、考え付く限りの必要と思われる分野の勉強をした。その一環で受けたIS適性テストで、A+が出た。国籍保持のため、政府から様々な好条件とともに代表候補生への勧誘が来た。両親の遺産を守るために、即断した。そして、第三世代装備「ブルー・ティアーズ」の第一次運用試験者に選抜されて、稼動データと経験値を得るために日本へやってきた。

 

 その日本で、彼に出会ったのだ。

 

 織斑一夏。世界最強の、その弟。

 

 第一印象は、無礼な男。なのに今は、そんな彼を存外嫌いではない自分がいる。それが妙におかしくて、笑みがこぼれた。

 

 相手はまだ稼動経験が数時間もないような初心者で、こちらは国家代表候補生。絶対に負けることはないと侮っていた。なのに、届かなかった。わたくしの放った弾丸はその全てを避けられ、弾かれ、届くことはなかった。最初の方はかすり傷程度は負わせることが出来た。でも、一次移行の後は一発も届かなかった。

 

 途中までは掠めていたのは、おそらく一次移行ファースト・シフトのための準備にISの処理能力を割いていたせいで、一夏さんの反応速度に機体が付いて行ってなかったから。

 

 きっと、油断もあった。所詮は素人、そう思っていたし、それは事実だったと思う。なのに、負けた。負けてしまったのだ、わたくしは。

 

 それなのに、あんなに圧倒的に負けたというのに。悔しくないどころか、靄が晴れたようなすっきりとした気持ちさえする。

 

 この感情の正体は、一体何なのか。何となくは答えの出ている問いから目を背けようと、

 

「わたくし、もっと勝利にこだわる性格だと思っていましたわ」

 

 右の手のひらをじっと見つめながら、誰に言うでもなく呟く。次に会った時には、失礼な口をきいたことを謝らないといけない、と心に決めながら。

 

 言葉は、誰に聞かれる事もなく宙に消えた。

 

 

 

 

 

 ピットを出て最初に向かったのは、更衣室だった。先ほどの戦闘で多少なりとも汗をかいてしまったため、シャワーも浴びたかったという事もある。

 

 シャワーを浴びて制服に着替えてから、オルコットが運ばれたであろう保健室に向かう。試合中はテンションが上がりすぎて色々と口走ってしまった事を考えると中々に頭が痛いが、自業自得という他なかった。

 

 それはそうと、右手に抱えた電話帳……もといルールブックが地味に重い。まぁ持ち歩くような物でもないし、この先重さで困ることはないだろう。むしろ読むのが面倒そうだから、そちらで困ることの方が多そうではある。

 

 そうこうする内に保健室に着いたので、深呼吸を一つしてからノックをする。

 

「はい、どうぞ?」

 

 オルコットの答えが聞こえてきた、起きているようで何よりだ。

 

「よう、お邪魔するぜ」

 

「あら、一夏さん。……どうしました、あれだけ大口叩いておきながら不様に負けた、この惨めな敗北者を笑いに来たのですか?」

 

 部屋に入ると、慌てた様なオルコットの声。と思いきや、途中から暗い顔をして自虐的な台詞を言い始める。心なしか、部屋の湿度が上がってじめじめし始めたような気がする。

 

「随分と卑屈になったな……」

 

「冗談ですわ、反省はもう粗方終えましたの。それでご用件は?」

 

 随分とリアクションに困る自虐ネタだった。

 

「見舞いに来たのさ。それなりに派手にやったと思ったけど、身体の方は大丈夫か?」

 

「ええ、問題ありませんわ。もう少ししたらここも出る予定でしたし」

 

「そりゃ良かった。何分ISでの戦闘は初めてだったから勝手が掴めなくてね……バリアがあると頭じゃ分かってるんだが」

 

 そのバリアを削る武器とかもあるわけで、どこまでシールドバリアを頼りにしたものか悩ましいところである。

 

「シールドエネルギーによるバリアがあるので、攻撃しても相手にケガさせるような事は滅多にありませんわよ?」

 

 安心させるようにオルコットが言うが。

 

「なぁオルコット……現役時代の俺の姉について知ってるか?」

 

「織斑先生ですか? 有名ですから勿論知ってますが……それが何か?」

 

「じゃあ千冬姉が使ってた武器も知ってるよな?」

 

「ええ、雪片でしたわね……特殊なビームでシールドエネルギーを削り取る、対IS用ビームソード。確かにあれは例外でしょうけど、そんな武器は早々……」

 

「…と思うだろ?」

 

「え?」

 

「さっき使ってた俺の武器な、雪片弐型って言うんだ……」

 

 後はお察し下さいといったところである。

 

「……マジですの?」

 

 マジなんです。

 

 笑みを描いていたオルコットの口元が、ひくりとひきつった。

 

 実際問題、俺としても中々に頭の痛くなる案件ではある。一歩間違えれば相手を殺してしまう――そもそもISという兵器を扱っている以上は今更な話ではあるのだが、その中でもシールドエネルギーによるバリアを抜ける雪片はとびっきりと言える――武器を初心者に渡すとか、設計者は何を考えているのか。

 

 …そういった点に関しては何も考えてなさそうだな、あの人……。

 

 更に言うならビームソード展開時(この形態を“零落白夜”と言うらしい)はエネルギー消費も激しい。戦闘用に設定されているエネルギー量では、常時展開していては5分と持たないだろう。重ね重ね初心者向きではなさそうだった。普段は使わない方が良さそうである。

 

「その、一夏さん、」

 

 オルコットが口を開いて、そして何かを躊躇うかのようにまたすぐ口を閉じた。

 

「どうした?」

 

 一瞬目を泳がせた後、オルコットは続けた。

 

「まずは、この間の暴言について謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした」

 

 ぺこりと頭を下げながら、オルコットは言った。

 

「いや、俺も言い過ぎた。すまなかったな」

 

「いえ、先に仕掛けたのはこちらですわ。非はこちらにありますから」

 

 困ったように微笑みつつ、オルコットは重ねて言うのだった。

 

 何となく、オルコットの雰囲気が柔らかくなったように感じる。こう、カリカリしていなくなったと言うか。

 

「それと私のことはセシリア、と名前で呼んで下さいな」

 

「あー、良いのか?」

 

「この国では仲が良くなると名字ではなく名前で呼びあうと聞きました。ですので、どうか私のことはセシリアと」

 

 これでこの一件に関しては手打ちというか、仲直りのしるしというか、そんな感じだろうか。

 

「了解だ……セシリア。改めてこれからよろしくな」

 

「はい、こちらこそ」

 

 花が咲くような、といった柔らかな笑顔で彼女は微笑んだ。

 

「ところで、」

 

 とオルコット…もといセシリアは言った。

 

「ところで先ほどの戦闘では随分手慣れていらっしゃるようでしたが、一夏さんは格闘技の経験がおありで?」

 

「おう、以前色々かじったことがある程度だけどな……それがどうかしたか?」

 

 問い返すと、彼女は困ったように微笑みながら言った。

 

「そうですわね……もしよろしければ、お聞かせ願えないでしょうか? あなたが戦い方を学び始めた、その理由を」

 

 理由。

 

 理由、ねぇ……。そう大したものでもないんだけど。

 

「そうだな、近所に住んでた幼馴染みの家が道場を開いていてな。俺がまだ幼い頃から千冬姉が…あぁ織斑先生な、そこで剣道を習ってたんだ」

 

 その道場というのが他でもない、箒と束さんの実家である篠ノ之道場であったりするのだが、そこはまあ割愛しても構わないだろう。

 

「そんなわけで俺は織斑先生が剣道をやっている姿をずっと見てきたからな、『俺もやってみたい』って思ったわけだよ。想像がつくかもしれないが織斑先生は昔から滅茶苦茶強くてなぁ……」

 

「目に浮かぶようですわね……」

 

「そうして始めてみたらこれが中々面白くってな? そこから他の格闘技にも興味をもって……とまあそんなところか」

 

 ふぅ、と一息つく。ちなみに篠ノ之流は剣道だけではなく柔術等の古武術も合わせての篠ノ之流だったりするので、他の格闘技にも興味をもった理由の一端はそこの辺りにもある。

 

 まあそこから色々あって、スポーツとしての格闘技からより実戦的な方向の格闘技へと学ぶ方向性が推移していったのだが、彼女に言う必要はないだろう。

 

 ふむふむ、と小さく頷くように首を動かすオルコット。

 

「成る程、幼い頃から学んでらしたのね」

 

「そうだな、だから戦い慣れはしてたな」

 

 要は彼女が思うような素人というわけでは無かった、というオチだった。そのあたりの油断を突けたのも、先ほどの勝因の一つだろうか。

 

 さて。

 

「じゃあそろそろ俺は行くぜ、また明日学校でな」

 

 椅子から立ち上がり、ドアの方へ向かう。

 

「ええ、それではまた」

 

 ……ああ、だから。

 

「ああそうだセシリア、セシリア・オルコット。最後に一つ聞きたいんだが……」

 

 こんなことを訊いてしまったのは、きっと気紛れという他に無いのだろう。

 

「君にとって、今の世界は楽しいかい?」

 

「ええ、それなりに」

 

「そうか、そりゃ良かった」

 

 今度こそ、保健室のドアを開けて廊下に出る。

 

 きっといずれ、彼女とはまた戦うときが来る。でもそれまでの間は、どうか。共に笑いあえると良いと思う程度には、俺は彼女を気に入ったらしかった。

 

 




 前話投稿から実に3年近くが経過しておりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。私は何とか生きてます。

 そんなわけで、ハーメルン版ISATの最新話をお届けしました。そもそもこのISATという作品はにじファン、FC2小説、そしてこのハーメルンと掲載サイトを新たにする度に加筆修正を繰り返してきた作品なのですが、今回の話に関しては修正を繰り返した結果、ほぼ全文が書き換えられています。文体も多分変わってしまっているような気がしますし。話の流れ自体には大きく変わりはないと思いますが。……無いよね?

 さて現在は17話の改稿作業中ですが、短かったので18話と結合しようかと思案中です。夏までにここに掲載できると良いな、と思います。

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