今回の敵は、イギリス製試作型第三世代型IS、《ブルー・ティアーズ》。遠隔誘導型射撃端末〈ブルー・ティアーズ〉という特殊装備が特長の、中〜遠距離戦闘型機。
この〈ブルー・ティアーズ〉を搭載した実戦投入機の一番機だから、機体名も《ブルー・ティアーズ》らしい。ややこしいことこの上ない。
「あら、逃げずに来ましたのね」
ふふん、と鼻を鳴らし彼女は言った。その顔に浮かぶのは勝者の笑み。戦う前から勝った気でいるとは、程度が知れる。ま、こっちとしてはやりやすいけどな。
「何、逃げる必要性が見当たらないからな」
言葉を返しつつ、機体を観察する。砲身とスラスターを合わせたような構造の物体が、バックパックの翼のようなバインダーに二基、リアスカートに四基の合計六基装備されている。……十中八九、あれがブルー・ティアーズだろう。その手には、二メートルを越すスナイパーライフル――暁の中に入っているデータによると、〈スターライトMk−3〉というらしい――が握られていた。
「あらあら、レディを待たせておいて何も言うことはございませんの?」
「それは失礼した、何分パーティーに着ていくスーツが仕立て上がったのがギリギリでね。レディをエスコートするのには、それに相応しい格好が必要だろう? イイ女なら、遅れた男を笑って許すぐらいの寛容さが必要だと思うぜ?」
「ふふふ、お上手ですわね。でも、意外ですわ。貴方、そういう事も言えたんですのね?」
「言おうと思えば、な」
言う気がなかったから言わなかったのだ、と暗に告げる。
「なら、先ほどの言葉に免じて一つ、最後のチャンスを差し上げますわ」
ライフルを持っていない左手の人差し指をついっと立て、オルコット嬢は言う。
「へぇ。チャンスって?」
「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ?」
さも素晴らしい提案であるかのように言う。
実にナンセンスな話だ。
「そりゃチャンスじゃねえよ」
そう言って、俺は暁の武装一覧を開き、数瞬迷った後に、ISサイズのサバイバルナイフを、取り敢えず両手に一本ずつ取り出した。何故なら、サバイバルナイフが六本とハンドガンが二丁しかなかったからだ。フォーマットとフィッティングに殆どの容量を割かせた結果、こうなったらしい。
ライフルや中型以上のブレードがあれば嬉しかったのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。ここは妥協しなければいけないだろう。
「最後通牒、って言うのさ」
左手はだらんと下げたまま、右手に持ったナイフの切っ先をオルコットさんに向けた。
「そうですか……。それでは、お別れですわねっ!」
暁からロックオンされていると警告が送られ、同時にオルコット嬢が銃口をこちらに向けつつ引き金に指を掛け、
チュインッ!
「あいにく、こっちはそのつもりは無くてね」
レーザーは俺の後ろの壁に突き刺さり、シールドバリアに弾かれ、消えた。
「……あ、貴方何をしましたのっ!? 今のは、確実に直撃コースだった筈なのに…」
「大したことはしてないさ。銃口から弾道は分かるし、それさえ分かれば躱すのも弾くのも容易いからな」
自分で言っておいてアレだが、容易くはない。生身だったら弾かずに大人しく逃げる。
だが、ISに乗っている今であれば話は別なのだ。
「レーザーは光と同じ速さで進んでますのよ!? それを斬るって……」
「何、人間その気になれば意外と何とかなるものだよ」
対ビームを目的とした特殊ラミネートコーティングが施されているナイフだからこそできる芸当……というか曲芸である。うん、曲芸染みた行為であるって自覚はある。だからこそ、デモンストレーションには丁度良いだろう。
というか一発弾いたらナイフのラミネート剥げたから、次来ても同じ事は出来ないぞ。
「何とかって……」
オルコット嬢は呆れたように呟いた。しかし、そこは重要じゃない。言いたい事がある、だからわざわざここに来た。
「……セシリア・オルコット。お前は間違っている」
「……何を言っていますの?」
何言ってるんだコイツ、みたいな目で見られた。
「…あ、ゴメン今の無しで……話の切り出し方を間違えた」
テイク2行くぜ、と声をかけてから改めて切り出す。
「うん、まだるっこしいのは抜きでいこうか。単純に言うなら、俺はお前が気に入らねぇのよ。だから、お前さんの挑発を受けた」
「……何ですって?」
「例えば、その傲慢さ。世間一般じゃあ女尊男卑なんて考え方が根付いて久しいが…ISを使えるから、女性は男性より偉い。だから、男を自分の下僕のように扱うことに疑問も感じず、寧ろ当然のように振る舞う、それはおかしな話だろうよ」
「そ、それは……」
「確かに君には力があるのだろう。国家代表の候補生足りえるだけの実力と、専用機という力が。でも、その事を無闇に振りかざして傲慢に振る舞うっていうのは、ちょいと違うんじゃないか?」
「………………」
「なぁ、セシリア・オルコット。お前さん、何のために力を求め、手に入れた? 女尊男卑の世界でワガママを通すためか?」
クラス代表を決定するこの戦いが行われることが決定されてから1週間。俺が調べた情報は、ISについての知識だけではない。……というかそっちに関しては大まかなところは既に頭に入っているため、実践で使えそうな知識を追加で詰め込む作業だった。
俺が主に調べたのは、対戦相手であるセシリア・オルコットとその乗機、ブルー・ティアーズについて。
そして調べた結論として。俺には彼女が……セシリア・オルコットという少女が、そう悪い人物には思えなかったのだ。
少なくとも調査結果から判断した努力型の人間であるという点だけでも、努力すらせず我儘放題の輩とは異なるという事が想像できた。
「…わたくしは……それでもわたくしはっ!」
二発目。首を横に傾け、身体をわずかに横に移動させて回避。向こうさんもその気らしいし、それじゃあそろそろ本格的におっ始めようかね。
「無駄だよ。いくら撃っても、君の弾は俺に届かない」
斜め後方に回避しつつ左手にもナイフを呼び出し握らせる。
「それは……試してみなければ、分かりませんわよっ!」
降り注ぐレーザーを、躱し、弾き、少しずつ距離をつめる。
「ならば覚えておくといい……孤立し、姿を晒したスナイパーなど、」
そして、スラスターを吹かすイメージで一気に距離を詰め、
「…恐るるに足らず、ってなァ!」
右手に持っていたナイフ(ラミネートコーティングが剥げている)を投擲し、姿勢が崩れたところに接近してスターライトMK―3を蹴り上げ、その手からもぎ取る。そしてそのライフルを更に左のナイフで切り裂いて破壊しておく。
「きゃあっ!?」
至近距離で爆発が起こり、オルコットは悲鳴を上げた。そして、
「くっ……行きなさい、ブルー・ティアーズ!」
リアスカートの四基のブルー・ティアーズを射出し、機体の周囲に銃口をこちらに向けて停滞させる。背部の二基は銃口を正面にして、両肩に一門ずつのキャノンとなった。そして、新たにスターライトMK−3を取り出し、
「さあ、踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!」
レーザーの雨が、降り注ぐ。
あっ、やっぱり予備のライフルあったのね……。
「ダンスパートナーは、君が務めてくれるんだろうね?」
降り注ぐレーザーの殆どは躱せているが、細かい傷が増えていく。元から少なめのシールドエネルギーも、更に150ほど減少している。――――暁が、俺の反応速度に付いて来れていない。俺が速いのではなく、データの更新作業等を戦闘と平行して行っている暁の処理能力が重くなっているのだろう。
予定時刻まであと五分間。何とか持ちこたえてくれよ、暁……!
フォーマットとフィッティングの終了まで、あと二分。いい加減逃げるのは飽きてきたし、そろそろこちらから攻めに行こうか。オルコット嬢のダンスの例えで言うのなら、エスコートされっぱなしと言うのは如何なものかという話である。
「さて、と。そんじゃあこっちから行くぜ!」
「ならば、わたくしもっ!」
レーザーの雨が、更に激しさを増す。しかし、
「おいおい! まさかこの程度じゃねぇだろうな?」
そのことごとくを隙間を縫って躱しながら、挑発する。
「とんでもございませんわ!」
両手で保持していたスターライトMK−3を右手一本に持ちかえ、左手には新たに呼び出したスターライトMK−3を携え、オルコットは高らかに言った。
「さあ……乱れ撃ちますわよっ!」
停滞していたブルー・ティアーズと、キャノンとなっていたブルー・ティアーズが、オルコットが両手に一梃ずつ構えたスターライトMK−3と同時に一斉に火を吹く。
レーザーの雨は、止むことなく降り注ぐ。
「そこっ!」
その隙間を縫い、牽制に左手のナイフを投擲。
「こんなもの!」
投擲したナイフはレーザーによって迎撃されたが、それも予想通り。
その瞬間は、レーザーは俺ではなくナイフに照準を合わせた。
つまりこちらへの弾幕が薄れる訳で、
「甘いっ!」
当然その隙を逃す訳はない。
左手に新たなナイフを呼び出しつつ一気に懐に飛び込み、
「かかりましたわね!」
迎撃のためにセシリアの纏うブルー・ティアーズ、その腰部サイドスカートアーマーから合計四発のミサイルが放たれる。
「おっと…………、」
だが、それもまた読み通り。近付かれたスナイパーが取る行動など、剣を抜くか爆発物で牽制若しくは迎撃しつつ距離を取るぐらいしかあるまい。
両手のナイフを手首のスナップで回転させながら投げつけてミサイルを迎撃しつつ、爆風を食らわないように暁に宙返りの要領で距離を取り、両手に最後の2本となったナイフを呼び出して保持させながらミサイルが生み出した煙の中へと飛び込む。
「中々どうして物騒なモン持ってるじゃないか、なぁ?」
そして右手のナイフを振り下ろすが、
「乙女の嗜みです、わ!」
その一撃はいつの間にか構えていた小型のブレードに受け止められていた。
鍔迫り合いが続く。こちらからぶつかった勢いで初めはこちらが押していたが、機体出力の差かじりじりと少しずつ押し返されている。このままでは不利だ、遠からずこちらが押されることになる。
何か次の手を、というところでふと暁の武装を思い出す。
そう言えば、ハンドガンあったよね。
うん。ならやる事は1つ。
「この距離なら…」
左手に持っていたナイフを量子変換して戻し、代わりにハンドガンを持たせる。同時に鍔迫り合いをしたままの右手から力を少し抜いて、
「えっ……!?」
ブルー・ティアーズを抱擁するかのように引き寄せ、
「バリアは張れないな!」
その腹部に向けて至近距離からハンドガンを連射した。
いや、シールドエネルギーによるバリアは当然残ってるが。こういう台詞は気分を味わうためのものだ。というか衝撃すらそのほとんどを吸収できるこのバリアが無ければ、そもそもこんな事はやらない。
さて、オルコットのバリアはどれだけ削れたやら……。うげ、まだ7割りも残ってやがる。
ハンドガンが弾切れになる前にオルコットが離脱したので、右手のナイフも格納してハンドガンに持ち替え、二挺のハンドガンで連射して追撃する。
だが、
「これ以上、良い様には……」
オルコットは後退しつつ背部に接続されていた2基のブルー・ティアーズをこちらへと射出した。
「させませんわ!」
2基のブルー・ティアーズが、それぞれ違う軌道で迫り、レーザーを放ってくる。
そしてオルコット本人は、自分の周囲に停滞させていたブルー・ティアーズを元のリアスカートアーマーへと戻していた。恐らくはエネルギーの再チャージか。
対するこちらは、武器がナイフが2本のみ。ハンドガンは二挺ともつい今しがた撃ち尽くした。調子に乗って撃ち尽くすべきじゃぁなかったなぁ……。
兎も角、こちらに許される行動は回避しつつナイフで周囲を飛び回るブルー・ティアーズを叩き落とすか、或いは特攻をかけるぐらいだろう。特攻など言うまでもなく論外である訳で、結局のところ頑張って逃げて時間を稼ぐぐらいしか現実的な手は無いのだった。
とは言え、そろそろ時間のはずだ。
ちらりとタイマーを見る。残り、15秒。
ここまで来たらあとは少しだ。
反撃という選択肢を一旦捨て、レーザーをひたすらに避け、躱し、そして。
電子音と共に、空間投影ディスプレイに新たなウィンドウがポップアップする。
《単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、〈暁破(デイ・ブレイク)〉発動。及び、一次移行(ファースト・シフト)の準備が完了しました。認証をお願いします》
菫の声が、頭に響く。
――認証。
《認証を確認。一次移行(ファースト・シフト)、開始します》
そして俺は、光に包まれた。
やっとここまで来ました。こんばんは、斎藤一樹です。
以前にもどこかのあとがきで書きましたが(4話辺りだったかな?)、この世界のISに非固定浮遊部位(アンロックユニット)という概念は存在しません。ブルーティアーズのバックバックの形状に関しては、ガンダムF91に近いと言えば分かる人には分かるような。ヴェスバーの位置にビットが左右に一基ずつ装備されています。残りのビットはスカートアーマーに。
さて。あれです、次回でやっと主人公機の登場ですよ。今回はオリジナル機体での戦闘。暁は左右非対称の機体です。この機体に関しては設定画も何も作ってません。
それでは今回はこの辺りで。しーゆーあげいん!