IS ―Another Trial―   作:斎藤 一樹

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13.暁の空

 

 とうとうやってきた、クラス対抗戦、その当日の朝。

 

「ねぇねぇ箒ちゃん」

 

「いきなりどうしたんですか、一夏。唐突にちゃん付けなんて」

 

「今日、やっぱり学校を休んだら「ダメです」…ですよね〜……」

 

 ああ、憂鬱だ。

 

 ため息のバーゲンセールである。

 

「まったく、そんなに嫌ならどうしてこういう流れにしたんですか」

 

 考え無しの馬鹿を見るような目でこちらを見つめてくる箒に耐えかねて、自分でも言い訳にしか聞こえない説明をすることにした。

 

「いやいや、俺としては面倒だし戦わずにすませたかったんだけどね? でもそうしないとあの場は、さらに言えばセシリア・オルコットは納まらなかった。何より正面からは千冬姉が『とっとと済ませろ』っていう物凄い強烈なオーラを発してたし」

 

 他にも理由はあるけれど。

 

「…………ああ、成る程」

 

 箒に、ものすごく気の毒そうな目で見られた。ちくせう。

 

 仕方がないので、妥協案。

 

「箒さんや、ちょっとこっちまで来てくれないかね?」

 

 ベッドの中から、手招きする。

 

「……?」

 

 怪訝そうな顔をしながらもトコトコとこちらに歩いてきた箒(部屋着姿)を、

 

「えいっ」

 

「きゃあっ!?」

 

 ベッドの中に引きずり込んだ。最初はじたばたと暴れていたが、抱き締めてしばらくするとそれは弱くなり、最終的に完全に静かになった。

 

 抵抗が無くなったので、くったりと力が抜けて脱力し切った箒の身体のやわらかな感触を、存分に楽しむ。

 

 剣道で鍛えられたしなやかな肢体、さらさらと手触りの良い肌、抱き締めるとその柔らかさと弾力で以てその存在を強く主張する、胸の双丘。

 

 素晴らしいの一言に尽きる。

 

 嗚呼、理想郷は此所にあったのだ。

 

 顎の辺りにある髪の毛から、シャンプーと微かな汗の入り交じった箒の匂いが漂う。その匂いすら愛しくて、俺は思わず箒の事をぎゅっと抱きしめて――――

 

「一夏、ちょっと苦しいです。少し、緩めて……」

 

「あ、ごめんごめん」

 

 箒の言葉に、少し頭が冷えた。時計を見ると、七時半。

 

「箒、そろそろ飯を食いに行かなきゃいけない時間なんだけど、どうする? 俺としてはこのままでもいいぞ?」

 

 抱き締めながらそう聞くと、箒は真剣に悩み始めた。

 

 ので、もぞもぞと手で布団の中をまさぐってみる。

 

「ひゃんっ!?」

 

「あ、悪い」

 

 箒の身体のどこかに触れてしまったらしい。既に抱き合っている状態なので、いまさら、と言った感はあるのだが。不意打ちで触られるのはまた違うらしい。

 

 手につかんだのは携帯電話。メールの確認と、目新しいニュースの確認。

 

「どうするよ?」

 

 ニュースサイトを巡回しながら、重ねて問う。

 

「うぅ……。行きましょう、大変名残惜しくはありますが」

 

 ポソリと、意識せずか箒の口から呟きがこぼれる。

 

「名残惜しい、とな」

 

 ほうほう、これはこれは。

 

「あ、ち、違うんです、コレは違うんです! わ、私はただ、この布団の温もりが名残惜しいだけなんです! 決してこうして抱き合っている事が名残惜しいわけでは「はいはい、分かった分かった」信じて下さいっ!?」

 

 そんなに赤く染まった頬と慌てた様子を見せられては、説得力の欠片も無いというものである。個人的には大変眼福であり、いつまでも見ていたい愛らしさではあるのだが。

 

「取り敢えず、着替えるぞ」

 

 そう言って布団から抜け出し、パジャマ代わりのTシャツとスウェットを脱ぎ捨てる。

 

「い、一夏!」

 

「おう、どうした?」

 

「もっと慎みを「何を今更」…まあ、確かにそうですけど……」

 

 

 

 

 

 特筆する事もなく、放課後になった。ISの基本的な操縦に関しては、土日に色々と教科書やら何やらを使って何となく把握した。しかし、訓練機はすべて貸し出し予約で埋まっており、実戦どころか実践経験は0。まぁそれを差し引いても、面倒には違いない。

 

「しかし専用機がまだ来ない」

 

「我慢しろ、織斑。じきに来る……筈だ」

 

「余計心配になった!」

 

「うるさいぞ、織斑。出席簿を食らいたいか?」

 

「………………」

 

「えっと、……。強く生きてください、一夏」

 

 箒の言葉もどこか投げやりだった。

 

 アホなことをやっていると、

 

「織斑くん、織斑くん〜!」

 

 山田先生が、とととっと走ってきた。やっと来たかな?

 

「やっと来ましたよ〜! 織斑くんの、専用IS!」

 

「来たか!」

 

「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でモノにしろ」

 

 無茶を言われているという認識は、勿論ある。けれど、

 

「言われなくても!」

 

 自分でも驚くぐらい、テンションが上がっていた。専用機という響きは、なかなかに浪漫(ロマン)だと思うのだ。こう、男の子な部分をくすぐられるというか。

 

 ごごうん、と重たげな音をたてて、ピット搬入口のゲートがゆったりと開く。

 

 そこにいたのは、『薄紫』。夕暮れから夜に変わる一瞬の空を持ってきたかのような、鮮やかな薄紫。

 

「…こいつが、俺の翼……」

 

「はい! 織斑くんの専用IS、『宵菫(よいすみれ)』です〜!」

 

 山田先生が言った。

 

「織斑先生、やり方が分からない。指示を!」

 

「分かった。時間が無いからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。いいな?」

 

「了解!」

 

「背中を預けるように乗れ。そこに座る感じだ。後はシステムが最適化をしてくれる筈だ」

 

 指示に従い、体を動かすその前に、何と無く左腕をISに向けた。何故だか、そうしなくちゃいけない気がした。

 

 すると、左腕のブレスレットがその桜色と同じ色の光を放つと同時に、

 

《――――第一制限、解除……〈曙牡丹(あけぼたん)〉、起動。機体認証、機体名〈宵菫〉、遠隔起動…………機体名〈曙牡丹〉との同調を開始します》

 

 機械音声が響いた。

 

「「「「……え?」」」」

 

 何だこれ。おそらく俺も含めて、皆そんな表情だった。

 

「……あー、織斑先生? ISって、起動する時にこんなに喋るものなんですか?」

 

「バカを言うな、織斑。そんな訳が無いだろう」

 

「でも、実際になんか言ってましたよね?」

 

「え、ええ……」

 

「…………」

 

 …沈黙が痛いぜ。

 

「えっと、その……まああれだ。頑張ってこい、織斑」

 

「え?」

 

「期待してますよ、織斑くん!」

 

「……冗談でしょう?」

 

「頑張って下さい、一夏。私も、ここから応援してますから」

 

 そう言った箒は、期待のこもってるようなそうでもないような、形容しがたい表情をしていた。

 

 ……えー。

 

「…やるしかない、か……」

 

 こんな珍妙な機体を作るのは束さんぐらいだろうから、安全性に関しては恐らく問題ない。しかし得体が知れない、と言うのが何とも。

 

 まあ、いつまでもそうしているわけにも行かないので、先程織斑先生に言われた通りに体を動かす。装甲を開いているIS――宵菫に身体を滑り込ませる。

 

 受け止められるような、包み込まれて優しく抱き締められるような感覚と共に、装甲が閉じた。ふしゅっ、かしゅっという、空気が抜ける音が聞こえる。

 

 更に、左腕から鮮やかな桜色に染まっていく。染まると同時に、宵菫の装甲の形状が変化していく。

 

 そして、右半身が薄紫、左半身が桜色で装甲の形状が左右非対称のISになった。

 

 頭の中に、声が響く。

 

《貴方が、私たちのマスターですか?》

 

 幼さを残した少女の声と、それと対称的な大人びた女性の声、その二つ。同時に、意識にどこか靄がかかったような、何とも言い難い不思議な感覚に包まれる。

 

「どうやらそういう事らしい。俺の名前は織斑一夏。で、君たちは曙牡丹と宵菫でいいのか?」

 

《うん! 私が曙牡丹で、》

 

《私が宵菫です。よろしくお願いします》

 

 幼い感じの声が曙牡丹で、お姉さんな声の方が宵菫らしい。

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む。……呼びにくいから、菫と牡丹でいいか?」

 

《ええ、構いません》

 

《うん! いいよ〜》

 

「じゃあ、菫に牡丹。今のこの状態は何て呼べばいい?」

 

 答えたのは、菫だった。

 

《今現在のこの機体は、〈暁(あかつき)〉と言います…スペックはあまり高くありませんが、本来あるべき機体になるまでの繋ぎのようなものと思っていただければ》

 

《あと大体15分ぐらいでフォーマットとフィッティングが終わるから、それまではこの〈暁〉で頑張ってね〜!》

 

「15分ね……オーライ。それまで何とか持たせて見せよう」

 

 専用機持ちを相手に、素人が少なくともスペックが高いとは言えない機体で挑む。

 

 そんなシチュエーションで、15分も稼ぐ。困難は承知の上。例え大言壮語と笑われようと、それでも。

 

 女の子が二人がかりで、頑張って俺のための機体を仕上げてくれているのだ。

 

 15分ぐらい、稼いでみせなきゃ嘘ってもんだろう。

 

《では、私たちはこれで》

 

《頑張ってね〜、バイバ〜イ!》

 

 という声を最後に、声が響くときに感じていたあの何とも言えない不思議な感覚が消え失せた。

 

 さーて、それじゃこっちもぼちぼち行こうか。

 

「織斑先生、そろそろ出撃します」

 

「分かった。山田先生、オペレーターを頼みます!」

 

「了解しました。……ハッチ、オープン。リニアカタパルト、ボルテージ上昇……固定。」

 

「織斑、その下駄みたいなところに足をはめ込め。……そうだ。そのまま、腰を落として軽く前傾姿勢を保て。ハイパーセンサーは問題ないな? 一夏、気分は悪くないか?」

 

 わずかな心配を滲ませた声に、

 

「大丈夫そうだな。悪くない気分だ」

 

 そう答える。

 

「接続、確認しました。タイミングを織斑くんに譲渡します。発進、どうぞ!」

 

 山田先生の言葉と同時に、目の前にいくつか浮かぶ空間投影ディスプレイに新たなウィンドウが1つ出現した。

 

「そんじゃ行ってくるぜ、箒」

 

「…はい……お気を付けて」

 

 深呼吸を一つしてから、改めて気を引き締めるように言う。

 

「オーライ……織斑一夏、暁! 出るぞ!」

 

 足に力を込めてから、視線入力でカタパルト操作用のウィンドウを操作する。PICで殆どが軽減されているとはいえ、少なくないGが体を襲う。そして、

 

 俺はこの時、生まれて初めて空を翔んだ。

 




 どうもこんばんは、ガンダムマーカーのシルバーが行方不明で難儀している斎藤一樹です。遅ればせながらコミケ3日間お疲れさまでした。朝起きたら喉が痛くて身体もだるい、挙げ句の果てには頭痛もして来る。風邪でもひいたのかもしれません。皆さんもご注意を。

 数日ぶりの更新となりますです、はい。さて、ようやくセシリア戦です。長いわ。13話目にしてやっとだよ。しかもまだ戦闘始まってないし。

 白式? 知らない子ですね……?(すっとぼけ

 それでは今回はこの辺りで。正直、頭がぐわんぐわんとシェイクされてる気分の中で書いてるので文章に自信がありません。明日には治ってると良いなぁ……。

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