IS ―Another Trial―   作:斎藤 一樹

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12.箒とシャワーと生徒会長

 

 剣道場を出て、更衣室の前で箒と別れる。箒は更衣室で、俺は男子更衣室が無いので自室で着替えるためだ。

 

 部屋へと戻る途中、後ろに違和感を感じた。

 

誰か、いる。

 

いや、ホラーな話ではなく。

 

気配は無い。寧ろ、何もないからこその違和感。不自然なほど、ぽっかりと穴が開いていた。

 

「…………どなたかは存じませんが。気配を殺すときは、次からは適度に気配を出す事をお勧めしますよ。あなたは気配をあまりにも上手く消し過ぎた。かえって不自然なぐらいに」

 

 牽制の意味合いも込めて、声を出す。害意は感じないからそう悪い存在じゃあ無さそうだが、さて。奴さんはどう出る?

 

「あらら。あっさりばれちゃったわねぇ……」

 

 出てきたのは、悪戯好きの猫のような印象を抱かせる水色の髪をした女子生徒。生徒会長、更識楯無(さらしきたてなし)。

 

 知り合いだった。

 

「……何してるんですか、更識家第17代目当主、……更識楯無先輩?」

 

「あら。昔のようにはもう呼んでくれないの?」

 

 ちょっと拗ねたように、唇を尖らせつつ言った。

 

「今の貴女は、〈楯無〉の名を継承したのでしょう?」

 

「今は、プライベートよ? 久し振りに一夏君に、呼んでもらいたいなぁ〜? あと、敬語も無しで」

 

「……分かりましたよ。……刀奈姉(かたなねえ)。これでいいか?」

 

 ため息を一つ。ああ、幸せが逃げていく。

 

 更識刀奈(さらしきかたな)。彼女の本名である。

 

 更識家とは日本に古くからある家系の一つであり、『暗部に対抗するための暗部』としての役割を代々担う家柄である。対テロのカウンター組織、みたいな認識で大体合っているだろう。

 

 その当主は代々〈楯無〉を名乗り、智と武の両方が優れた者が選ばれる。中でも、当代の〈楯無〉は歴代で一、二を争うほどに優れている、との評判である。あるのだが。

 

 目の前にいる、この女子生徒こそが、その当代の楯無である。人を食ったような性格で、人をおちょくったりイタズラを仕掛ける事が何よりも大好きな、彼女が。何となく釈然としないが、実際に有能だから何も言い様が無い。

 

ていうかバレるようにわざと手ェ抜いて気配を殺してたやがったな、この猫娘。

 

「うん。さあさあ一夏君、久し振りにお姉ちゃんがハグしてあげるよ、ハグ!」

 

 両手を広げ、実に爽やかな笑顔でこちらににじり寄ってくる刀奈姉。

 

「ええい引っ付いてくるな暑苦しい! そういうのは簪(かんざし)とやってくれ!」

 

汗を流していない状態でくっつかれるとお互いに不快だろうが!

 

 ちなみに、簪というのは刀奈姉の妹。

 

 言うと、刀奈姉は少し寂しそうな顔になって、

 

「そうだね。でも、簪ちゃんはもう……」

 

 目を伏せつつ言う。

 

「いやいやいや、なに死んじゃった感を出してるんだよ。死んでないだろ? 昨日会ったぞ?」

 

「……私と口をきいてくれないのよ〜っ!」

 

 割と本気の悲哀がこもった叫びだった。哀れだ。

 

 大方この二人の性格とか関係から考えて、簪からは刀奈姉に対してのコンプレックス(さっきも言ったがこんなのでも天才の類なのだった)、刀奈姉からはそんな妹にどう接したらいいのか分からない、と言ったところだろうか。他人に対しては持ち前の『人たらし』っぷりを発揮するくせに、身内に対してはとことん不器用な姉貴分である。

 

 閑話休題。

 

「まあ、それは追々何とかしていくとして。で、どんな用件だ? わざわざあんなにばれやすい尾行して、アピールしてたのには理由があるんだろう?」

 

「そうねぇ。まずは顔合わせ、というか挨拶が一つ。だって誰かさんったら、いくら待っても来てくれないんだもの」

 

「うっ……。て言うか、まだ二日目じゃないか。忙しいんだよ、色々と」

 

待ってりゃその内こっちから行ったのに。

 

「簪ちゃんのとこには行ったのに?」

 

「…………」

 

……思い出したら、という注釈は付くが。

 

 じーっ。

 

 刀奈姉は、何も言わずにこちらをじっと見つめてくる。ばれてーら。

 

「……本当だって。だからその意味ありげな流し目やめろ」

 

「……まあいいわ」

 

 渋々、といった感を隠さずに一旦引いた。

 

「もう一つは勧誘よ」

 

「勧誘?」

 

何の?

 

「そ。一夏君、多分どこの部活にも入らないつもりでしょ?」

 

ご明察の通りである。

 

「……よく分かったな」

 

「当たり前でしょ、一夏君の事だもの」

 

 こればかりは簪ちゃんにも負けられないのよ、と拳を握り締めつつ言う。

 

 薮蛇だったか。

 

これに関してはもう怖いので知らない振りをするに限る。

 

お互いが、というか当事者間での話し合いが既に終わっている以上(そして合意を得ている以上)、そこから先のキャットファイトに男は首を突っ込むべきでは無いのだという事を俺は既に学んだのだ。首を突っ込んだところで、引っ掛かれるのがオチである。

 

「でね、どこにも入らないなら、生徒会に入ってほしいんだけど。どうかしら?」

 

「……成る程、考えておくよ。期限は?」

 

「具体的にいつとは言わないけれど、出来るだけ早めにお願いするわ」

 

「了解」

 

「じゃ、私の話はこれでおしまい。何か質問は?」

 

「ん、じゃあ関係ないけど一つだけ。……布仏本音、っていう娘、知ってるか?」

 

「ええ。貴方の想像通り、あの布仏家の娘よ。簪ちゃんの付き人をやってるわ」

 

「オッケー、質問は終了だ。刀奈姉、携帯のメアドは変えてないよな?」

 

「ええ。何かあったら連絡してちょうだい」

 

「おう。じゃあ、またいつか」

 

「あ、そうそう。一夏君、クラス代表決定戦、頑張ってね」

 

「……ああ」

 

 どうやら、負けられない理由がまたひとつ増えたらしい。

 

 

 

 

 

 部屋に入ると、そこには既に箒がいた。

 

「お、早かったな、箒」

 

「寧ろ一夏が遅いんです。どこに行ってたんですか?」

 

「まぁ、ちょっと勧誘を受けてね?」

 

「?」

 

「さて、俺はこれからシャワーを浴びる予定なんだけど。どうだ、箒も一緒に入るか?」

 

「い、いいい、一緒に入るっ!?」

 

 見ていて面白いぐらいにテンパっている。

 

「ば、馬鹿も休み休み言ってください!」

 

真っ赤な顔で枕を飛ばしてきたので、大人しくシャワールームに退散することにした。戦略的撤退というやつである。

 

 

 

 

 

 布仏家は、昔から更識を支えてきた付き人の家系だ。『布仏』なんて苗字はそうないから、もしやと思ったが。彼女も『裏』側の人間なのか。人は見かけによらないものだ。

 




 こんばんは、E-2のボスが倒しきれない斎藤一樹です。今回のサブタイは、バカテス風というか仮面ライダーOOO風というか、そんな感じです。今日はコミケ2日目、参加した皆さんはお疲れさまでした。私は今日は所用により自宅待機でした。もねてぃさんとか紅い流星さんのとことか行きたかったなぁ……。明日は一般参加しますけどね!

 まあ、それはともかく。今回は、少し前の一夏が部活に入らないフラグの回収でした。次回でようやく、セシリアとの試合の話になります!(試合開始とは言ってない)お楽しみに! コミケで疲れ果てていなければ、明日も更新します。では。

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