赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.26 修正


第二話 Just before

 首脳会談が開催されるこの日、僕は三大勢力それぞれに所属しているドラゴンの力と魂を宿す者を先に会場入りさせた。僕が首脳会談のオブザーバーを務める事になった事で、その名目作りが必要になった為だ。そうしてお互いの紹介を済ませた所で各勢力のトップをこの会場に案内する時間となり、僕は龍血晶という僕の血を凝縮・結晶化させた物さえ持っていれば誰でも通れる様に調整した龍門(ドラゴン・ゲート)を発動した。すると、それぞれの陣営の席の後ろにドライグを象徴する魔方陣が形成され、そこからそれぞれの勢力のトップとその付添となる者達が現れる。

 まずは、元士郎の立っている悪魔勢力から。こちらはサーゼクス様とセラフォルー様、そしてグレイフィアさんの三人だ。龍門から出てきたサーゼクス様とセラフォルー様から早速声を掛けられた。

 

「イッセー君。今日はさっそく貴重な体験をさせてもらったよ。会談の時もその調子で頼む」

 

「オブザーバー、頑張ってね☆」

 

 お二方から声を掛けられた僕は頭を下げ、公の言葉使いで対応する。

 

「承知しております。ルシファー陛下、レヴィアタン陛下」

 

 次に、堕天使勢力。こちらはアザゼルさん一人だ。アザゼルさんもまた龍門から出て僕の姿を確認すると、すぐに声を掛けてきた。

 

「よう、イッセー。自分の龍門で俺達をここまで案内するとは、中々粋な計らいだったぜ。これでも結構永い時間を生きてきたが、龍門を通るなんて経験はこれが初めてだからな。ミカエルからの提案を呑んで正解だったぜ」

 

 どうやらアザゼルさんからは好評だった様で、僕はその言葉を素直に受け取る。

 

「お気に召された様で何よりです。アザゼル総督」

 

 最後に、天界勢力。こちらからは三人が出てきた。一人はトップのミカエルさん。付き添いは礼司さん、そして神滅具(ロンギヌス)の一つである魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)を所持するレオだった。

 

「レオ! どうしてここに!」

 

 驚きの余りについ声を荒げてしまった僕に対して、レオはここに来た経緯(いきさつ)を説明し始める。

 

「まだ何処の勢力にも属してないけど、僕も世界を動かせる程の可能性を持っているからこの会談には参加した方がいいって、ミカエル様から言われたんだよ。イッセー兄ちゃん。それに、ここで僕が誰の保護下にあるのかをはっきりと示す事で、僕の安全を確保する意味もあるみたい。ホントは、僕もイッセー兄ちゃんのいる所に行きたいけど……」

 

 そう言って、僕の顔を見つけるレオ。僕が独立を果たした時に眷属にしてほしいと思っていそうだが、流石にそれは認められない。そこで、イリナの時と同様に伝えるべき事ははっきりと伝える事にする。

 

「そうか。……だったら、これだけは言っておいた方がいいな。転生する種族が悪魔とか天使とか関係なく、人間として生まれてきた以上は人間である事を絶対にやめないでほしい。僕も他に選択肢がないからって覚悟して人間をやめたつもりだったけど、結局は夢への未練や家族への罪悪感、永過ぎる生への恐怖と不安で頭の中がグチャグチャになってしまって、色々な人達のお陰でそれを乗り越えるまでは相当に苦しい思いをしたんだ。だから、レオには日の当たる場所で、堂々と胸を張って生きてほしい。そして、人間をやめた僕やイリナ、元士郎を含め、永遠の様に永い時間を生きる者達から見れば一瞬の様に短くても、閃光の様に激しく輝く生涯を全うしてほしい。それが、かつて僕の望んでいた人間としての生き方だから」

 

 僕がそう言うと、レオは目を見開いて驚きを露わにした。……いや。驚きを露わにしたのは、セラフォルー様もだ。まさか僕がここまで本音を曝け出すとは思わなかったのだろう、表情を確認するまでもなく魔力の流れや意志の流れが激しく乱れていた。やがてレオは静かに目を閉じて心を落ち着かせた後、目を開くと僕の瞳をしっかりと見つめながら自分の意思を伝えてくる。

 

「……ウン。イッセー兄ちゃん。僕はここに、日の当たる場所に踏み止まるよ。もし僕の周りにビクティニ達しかいなかったのなら、それでもイッセー兄ちゃんを追い駆けたかもしれないけど、今の僕には孤児院の皆がいる。けして望んでやった訳じゃないのは解っている。けど、それでもイッセー兄ちゃんが皆を悲しませてしまった事は事実だし、それを僕が繰り返してまた皆を悲しませる訳にはいかないんだ」

 

 僕が孤児院に行かなくなってからも、レオは確かに成長し続けていた。今は薫君が皆の兄貴分を務めているが、その後を引き継ぐのはおそらくレオだろう。

 

 ……僕の願いは、薫君やカノンちゃん、そしてレオに受け継がれた。だから、孤児院の皆はもう自分の足で立って歩いていける。

 

 その事実を受け止めた僕は少しだけ寂しい思いをしつつ、踏み止まってくれたレオの勇気ある決断に感謝の言葉を伝える。

 

「うん、そうだね。それも一つの勇気だよ。ありがとう、レオ」

 

 こうしてレオとのやり取りが終わったのだが、ここでミカエルさんが声を掛けてきた。

 

「趣向を凝らしたご招待、ありがとうございます。兵藤君。サーゼクスやアザゼルに話を持ち掛けた甲斐があったというものです。それにしても……。おっと、また言ってしまいそうでしたね。貴方という人を知ってからというもの、本当に驚かされてばかりですが、同時に世界が広がっていく様で凄く楽しませてもらっていますよ」

 

 龍門を用いた会場入りはミカエルさんにも好評だった様で、僕は称賛の言葉に対する感謝をミカエルさんに伝える。

 

「お褒めの言葉、誠に有難うございます。ミカエル天使長」

 

 すると、アザゼルさんがミカエルさんに早速話しかけてきた。

 

「おいおい。ミカエル、いいのか? イッセーの事を目に掛けている様だが、コイツは悪魔の眷属だぞ? まぁ、気持ちは解るけどな」

 

 アザゼルさんはからかいの意味も込めてこの様な言葉を掛けたのだが、ミカエルさんに動じた様子はない。

 

「その言い方では、貴方も相当に兵藤君を気に入っている様ですね、アザゼル。ならば、解るでしょう? 兵藤君がどれだけ貴重な存在であるかを。現に、兵藤君はコカビエルから主の死を知らされながら、今を生きる全ての生命の中に主の愛が受け継がれていると断言してくれました。如何に天使の力を持つとはいえ悪魔の眷属であり、しかも主の不在を悟りながらなお主の愛の存在を肯定するなど、通常なら到底あり得ません。そこへ来て、今のレオナルド君への対応です。……兵藤君、どうでしょう。貴方さえ良ければ、天界に来ませんか? 先の件もありますのでけして悪い様にはしませんし、私がけしてさせません。尤も、今見せた貴方の崇高な精神性であれば、天界でも一目置かれるとは思いますが」

 

 それ処か、僕に対して勧誘までして来たのだ。そこでイリナに視線をやると、イリナはどう反応したらいいのか少々困惑している。それに対して断りの返事をしようとしたが、その前にサーゼクス様がかなり強い調子でミカエルさんに釘を刺してきた。

 

「ミカエル殿、流石にそれは笑えない冗談だな。彼は将来、間違いなく冥界を背負って立つ存在だ。それに、上層部の中でも彼と面識のある良識派は揃って彼に期待している。何より、私はイッセー君に不当な扱いをするつもりも、させるつもりもない」

 

 しかも、セラフォルー様もいつもとは異なる真剣な雰囲気と言葉でそれに続く。

 

「サーゼクスちゃん。それには私もちゃんと数に入れといてね。夢の追いかけ方を間違えていた私を正してくれたイッセー君を意味もなく虐める様な事、魔法少女の名に懸けて絶対させないんだから」

 

 この様なお二人の強い言葉を受けたミカエルさんは、自分の申し出を引き下げた。

 

「……二人とも、本気の様ですね。解りました、今回は見送りましょう。ですが兵藤君、これだけは覚えておいて下さい。私は本気ですよ」

 

 このミカエルさんの意向を受けて、僕はこう答える事しかできなかった。

 

「ミカエル天使長。私如きを高くご評価頂き、有難う御座います」

 

 この一連の流れを見ていたアザゼルさんは一つ頷くと、ミカエルさんの言動にツッコミを入れる。

 

「成る程な。イッセーに対する天使と悪魔双方のトップの評価は、揃ってストップ高って訳か。尤も、神器(セイクリッド・ギア)に関して俺と対等に話ができる奴なんだ、それくらいはむしろ当然だがな。それにしてもミカエル、天使長が本気で悪魔の眷属を勧誘するなんて史上初じゃねぇか?」

 

 このアザゼルさんの鋭いツッコミにも、ミカエルさんはけして揺らぐ事がなかった。

 

「それだけの価値が、兵藤君にはありますからね。それに昨日実際に会って話をしてみて、私は心底惜しみましたよ。これ程までに主の愛を体現している者が、どうして赤龍帝に選ばれてしまったのかと。それに、もし何事もなく天寿を全うしていれば、絶えて久しい天使への転生を果たしていたかもしれないのに、ともね」

 

 そのミカエルさんの予想を聞いたアザゼルさんは溜息を吐いた。

 

「……まぁ、俺に全く気取られずに後ろを取れる強さもある以上、強ち的外れでもねぇだろう。だがなぁ、コイツは豹変帝王だからな。ある意味、セラフォルーよりヒデェぞ?」

 

 アザゼルさんの豹変帝王の言葉にミカエルさんとセラフォルー様が揃ってツッコミを入れてきた。

 

「「豹変帝王?」」

 

「あぁ。信じられるか? 不敵な笑みを浮かべて俺の背後を取りながらも、礼装で跪く事で上位者への礼を示して無礼を帳消しにする様な大胆不敵な傑物が、畏まるの止めろって俺が言ったら途端にホワホワした雰囲気を漂わせてはにかんだ様な表情を浮かべながら自己紹介し直すんだぞ? 俺は思わず「誰だ、お前は!」って、言っちまったぜ。だがな、それ以上に信じられなかったのは、後のド天然のお人好しの方が素だったって事だな」

 

 そのアザゼルさんの言葉を受けて真っ先に反応したのは、やはりこの(ヒト)だった。

 

「ねぇねぇ、イッセー君☆ この際だから、会談の時も素で話してくれないかな? 畏まった言葉使いのイッセー君もいいけど、ありのままの言葉使いのイッセー君の方がずっと似合ってるって思うのよ☆」

 

 セラフォルー様の言葉にミカエルさんも乗ってくる。

 

「そうですね。私個人としても貴方とは親しくありたいと思っていますので、お願いできますか?」

 

 オマケに、サーゼクス様まで便乗してきた。

 

「イッセー君、君は今回の首脳会談のオブザーバーだ。その意味では、この場にいる誰に対しても対等な言葉使いの方がいいだろう」

 

 ……逃げ場は既になかった。仕方無いので、言葉使いを普段の物へと切り替える。

 

「サーゼクス様、セラフォルー様、ミカエルさん。これでいいですか? ……正直言って、かなり照れ臭いんですけど」

 

「そうそう、それそれ☆ イッセー君は、やっぱりそっちでないと☆」

 

 セラフォルー様。僕の敬語はそれ程似合わないんでしょうか?

 

「薄々そうではないかと思っていましたが、やはり天然の人誑しでしたか。……これなら、天界に引き込んでもすぐに打ち解けられるでしょう」

 

 ミカエルさん。貴方、実は相当に粘着質でしょう?

 

「ふむ、フェニックス家に馴染めた大きな要因はこれか。だったら、あの件についても大丈夫だな。いや、むしろ適任といった所だろう」

 

 サーゼクス様。貴方は一体、僕に何をさせるつもりなんでしょうか?

 

「流石は豹変帝王、セラフォルーをギャップ萌えに走らせやがった。イッセー、なんて恐ろしい奴!」

 

 アザゼルさん。それは昔の少女漫画のネタでしょう!

 

「あのアザゼルが、あれ程会話を楽しんでいるとはね。本当に面白い男だよ、兵藤一誠」

 

 ヴァーリはヴァーリで、壁に寄り掛かって腕組みをしたまま、こちらを興味深そうに見ている。

 

「……一誠。お前、本当に大変だな」

 

 元士郎。頼むから、そんな憐みの視線で僕の肩を叩かないでくれ。……そういうのは、結構堪えるんだよ。

 唯一の救いは、礼司さんだけは特に何も言わずに静かに見守ってくれている事だった。

 

「サーゼクス様」

 

 ここでグレイフィアさんがサーゼクス様に声を掛けてきた。サーゼクス様もここで会談の開始時間が迫っている事に気付いたらしく、グレイフィアさんに出席者を呼びに行くように命じる。

 

「おっと。私としてはもう少し会談前の歓談を楽したい所だったが、時間が来てしまった以上はこれでお開きだな。グレイフィア、今から残りの出席者を呼んできてくれ。少なくとも、コカビエルとの最終決戦に参加した者達にはこの首脳会談の一部始終を傍聴する権利がある。それに、コカビエルの件でイッセー君と行動を共にした彼等の働きも大きいからね」

 

「畏まりました」

 

 グレイフィアさんはサーゼクス様の命令を承知すると、会議室から静かに退室していった。新校舎に用意されたこの会議室から旧校舎にあるオカ研の部室まで、往復で十分ほどかかる。それを見越してなのか、アザゼルさんは僕達ドラゴン組の顔合わせの時の様子を聞き出そうとヴァーリに声を掛ける。

 

「さて。それでヴァーリ。俺達が来るまでの間、イッセーから面白い話を聞けたか?」

 

 アザゼルさんから問い掛けられたヴァーリは、その時の様子を話し始めた。……ただ、自ら宣言した通りにイリナの「信仰心は殆どない」発言については黙っていたが。

 

「あぁ。兵藤一誠からは色々と面白い話を聞けたよ。例の龍門を活用した移動方法もそうだけど、兵藤一誠と将来を誓い合っているそこの紫藤イリナが十字教の嘘が真になった存在である事、そしてそこの匙元士郎という名の彼が黒い龍脈(アブソープション・ライン)の所持者である事もな。あぁ、それに関してだけど、兵藤一誠が二天龍に限りなく近いドラゴンの血を生成して黒い龍脈に飲ませた事で、後は他のヴリトラ系神器を統合させるだけでヴリトラの意識が蘇りそうな手応えを彼は感じているらしい。アザゼルにとっては、正に朗報だろう?」

 

 このヴァーリの発言を耳にしたアザゼルさんは、驚きを露わにして僕に確認を取ってくる。

 

「おい! イッセー! 今、ヴァーリが言った事は本当か!」

 

 アザゼルさんが今にも詰め寄ってきそうなので、僕は特に隠し立てせずに肯定した。

 

「えぇ。実際に与えた時の進化とも言うべき変化には、流石に僕も驚きましたよ。やはり、ドラゴンの血は強大な力を秘めている様です。それが二天龍ともなれば尚更ですね」

 

 そこで、アザゼルさんは少し考え込んだ上で、ドラゴンの血の可能性と危険性について言及する。

 

「……って事は、他のドラゴン系や魔獣系の神器についてもほぼ同じ効果が期待できる訳か。ただ、イッセーが今回やった手は余り使わない方がいいな」

 

 アザゼルさんが何に思い至ったのかを理解した僕は、危険性について詳しく触れると共に別の可能性も提示した。

 

「そうですね。今回の場合は封印されているのがあくまでヴリトラの魂の一部だったからこそ、ある程度の魂の復元と神器の進化で済みました。ですが、魂がそのまま封印されている場合だと、聖書の神が組み込んだ枷を乗り越えて暴走する恐れがあります。その意味では、禁手(バランス・ブレイカー)に至る為の起爆剤にもなり得ると思いますが……」

 

 ……ただ、あくまで可能性を挙げただけで、実行するつもりなど僕には全くない。アザゼルさんもそれが解ったのだろう。僕の考えに同調してくれた。

 

「そんな保有者の身の安全を全く顧みない様な倫理もクソもない方法、お前は絶対に認めないだろ? 今回はその程度で済むという確信があったからこそ、お前は実行に移したんだろうしな。俺だって、それこそ世界崩壊の危機にでもならん限りはやろうとも思わんさ。そもそも……」

 

「そんな無粋なやり方で成果を出して、一体何が楽しい。……そうでしょう?」

 

 僕がアザゼルさんの言葉を先取りする形で確認を取ると、アザゼルさんはニヤリと笑う。

 

「解ってるじゃねぇか、イッセー」

 

 そうしてお互いの志向が同じ方向を向いている事を確認し合うと、イリナから突然声を掛けられてきた。

 

「ねぇ、イッセーくん。アザゼル総督と二人で盛り上がっているところを悪いけど、二人以外は完全に話に追い付けていないわよ?」

 

 イリナにそう言われてハッとなった僕は、周りの皆が完全に話に置いていかれて呆然としているのを改めて思い知った。……そう。初対面の時に見せた戦意の高さから、明らかに戦闘狂の気があると思われるヴァーリでさえも。

 

「また、やっちゃったかぁ。元々研究者志望だったから、自分が取り組んでいる事で話が合うと、完全に周りが見えなくなっちゃうな。流石に今後は自重しないと……」

 

 僕が照れ隠しに頭を掻きながら自省していると、アザゼルさんも僕の意見に同意してくる。

 

「……だよなぁ。お前となら、マジで三日三晩不眠不休で語り尽くせそうだぜ。しかも、お互いに話が膨らんでいくから楽しくて仕方がねぇ。あぁクソ。こんな事なら、お前の事が解った時点で俺自ら見に行けば良かったぜ。そうすりゃ、今頃は神の子を見張る者(グリゴリ)に俺自ら迎え入れたイッセーと一緒にブレイクスルーを起こして、神器の研究がもっと面白くなっていたんだろうなぁ」

 

 アザゼルさんが僕の事が判明した当時の事を後悔していると、ヴァーリが追い打ちを仕掛けてきた。

 

「本当にその通りだな、アザゼル。そうすれば、俺だって兵藤一誠と何度も戦いながら、とても楽しく過ごせていたんだ。話を聞いていると、兵藤一誠は殺し合いはともかく真剣勝負には快く応じてくれそうだからな。拳を以て語り合うのも大好きだなんて、俺とは本当に気が合いそうだよ」

 

 このヴァーリの発言を聞いたアザゼルさんは唖然といった面持ちで僕の方を向くと、表情を半ば呆れたものへと変える。

 

「まさか、研究者志望だったというイッセーにそんな脳筋の一面があったとはな。コイツは本当に俺の想像の斜め上を飛んでいきやがる」

 

 ……何だか、アザゼルさんからとても酷い誤解をされている様なので、僕はその誤解を解く為の弁解に努めた。

 

「単に、相互理解の手段を選んでいないだけですよ。言葉でそれが叶うならそのまま語り合いますし、肉体言語の方が伝わりやすいなら、僕がそちらに合わせればいいんです。それに今までの経験上、肉体言語を使う方が案外上手く行く事が多いんですよ。こう言うと変に誤解されそうですけど、真剣勝負の中で交わされる攻撃にはけして嘘がありません。だから、お互いの気持ちがダイレクトに伝わるものなんですよ」

 

 僕が実体験込みで話をしていくと、ヴァーリは何かを思い出した様な笑みを浮かべる。

 

「……今の兵藤一誠の言葉。美猴が聞いたら、喜び勇んで戦いを挑みそうだな」

 

「美猴?」

 

 ヴァーリから飛び出した名前に僕が首を傾げていると、アザゼルさんが説明してくれた。

 

「闘戦勝仏の末裔だよ。イッセーは当然解っていると思うが、他の奴等が解らんだろうから解りやすく言えば、孫悟空の子孫って所だ。ヴァーリには以前から色々と仕事をさせていたんだが、その中で知り合ったらしくてな。それ以降、ヴァーリと行動を共にしているんだよ。それで問題の強さだが、初代譲りの妖術や仙術を扱えるし武術もかなり使えるから、悪魔の基準で言えば上級の最上位から最上級の下位って所だろう。あぁそれとだな、ヴァーリと行動を共にしているという時点で解ると思うが、ソイツもヴァーリと同じ戦闘狂だ」

 

 最後に付け足された戦闘狂という言葉に反応したのは、ドライグだった。

 

『一誠。この分だと、ソイツからも戦いを挑まれそうだな』

 

 ……それは僕も思った。ただ、一口に戦闘狂と言っても色々と種類があり、僕が今聞いた限りではそこまで嫌厭(けんえん)される類のものではない様にも思える。それに末裔だからこそ知っている事もあるかもしれないので、僕は一度会ってみようという気になった。

 

「まぁ聞いた感じだと、純粋に戦いそのものを楽しんでいるだけで血を見たかったり殺しを楽しんだりする様な性格はしていないみたいだから、一度直に会ってみたいな。もしそれで戦いを挑まれたとしても、僕の推測が正しければ受けて立ってもいいって、僕は思っているよ。それに、孫悟空の末裔だからこそ知っている孫悟空の裏話も聞けそうだしね」

 

 すると、ドライグは少々呆れた様な雰囲気で計都(けいと)について触れる。

 

『俺を宿している事が発覚した為に崑崙山から追い出されてから二十年余りの長い間、それを知った須弥山陣営からの刺客との戦いに明け暮れながらも当時の白龍皇にすら己の存在を隠し通した計都を仕留めたのは、その孫悟空なんだがな。まぁあの化け物に少なからず傷を負わせた辺り、通常なら千年かけて会得する高等仙術をたった二十年で会得した事で追放直前には仙号を名乗り洞府を開く許可をも得ていた計都の面目躍如と言ったところか』

 

 ここで、計都の事を聞いたアザゼルさんは驚きを露わにした。

 

「おい、ちょっと待て! 歴代最高位の赤龍帝の中には道士もいる事はヴァーリから聞いていたが、そこまで凄い奴だったのか! ……って事は」

 

 アザゼルさんが何に思い至ったのかを悟った僕は、それを正直に答えると共に道士の赤龍帝には僕以外の直弟子もいる事を伝える。もちろん、小猫ちゃんの事だ。

 

「はい。扱えるのはあくまで八卦や五遁、気配察知といった基礎の他は、霊気を凝縮する事で霊魂に実体を与える陽神の術だけですが、仙術や道術については計都から一通り教わっていますし、僕の仲間の一人が仙術を扱える素養がある事から計都の直弟子になっています」

 

「……ホントに隙がねぇな、イッセー」

 

 溜息交じりにそう零したアザゼルさんの言葉が、やけに耳に残った。

 

 

 

Interlude

 

 一誠が計都について触れている頃、ヴァーリは別の場所にいた相方と念話で会話を交わしていた。

 

〈……という事だが、聞いた事があるか?〉

 

 ヴァーリからそう問われると、相方である美猴はしばらく考え込んだ後に思い当たる節がある事をヴァーリに伝える。

 

〈……そう言えば、まだ俺っちが山を飛び出す前にあのジジィから戦って強かった奴の話を聞いた時、「最後に出会った強敵は計都じゃな」とその名前を口にした事があったぜぃ。他に名前が上がったのが牛魔王や哪吒太子といった化け物連中だったのを考えると、その計都って奴は相当に凄かったんだろうな。こりゃあ、俺っちも赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)や道士の赤龍帝と会うのが楽しみになってきたぜぃ〉

 

 最後に美猴がそう締めくくると、ヴァーリは笑いが堪え切れなくなった。

 

〈……ククッ。やはり世界は広いな。アルビオン。どうやらお前が今まで戦ってきた赤龍帝とは、歴代の中ではそこまで強い訳ではなかったみたいだぞ?〉

 

 ヴァーリからはある意味散々な事を言われてしまったが、アルビオンはけしてその言を否定しなかった。……彼自身、そう思わずにはいられなくなってしまったからだ。

 

《私も少々驚いている。これでは、封印前の私すら脅かし得る程の強敵に出逢わずに済んだというべきか、それともそれ程の強敵との心躍る戦いに恵まれなかったというべきか、正直言って判断に困るな。それにこの分では、歴代でも最高位という連中は揃ってあの騎士や今名の挙がった道士と同等クラスなのだろう。そして、その上に立つのが……》

 

〈赤き天龍帝、兵藤一誠という訳か。……高い、高いな。俺が今、目指している場所は。だが、それがいい。そうでなければいけない。それでこそ、俺が望んだ最高のライバルだ〉

 

 ヴァーリは己が生涯における最高のライバルと見定めた男の立つ領域を改めて実感し、必ずそこに立ってみせると決意を新たにしていた。

 

Interlude end

 

 

 

 計都の話が終わってから程なく、会議室の外からノックの後にグレイフィアさんの声が掛けられた。

 

「失礼致します。本会談の出席者の方々をお連れしました」

 

 これを受けて、サーゼクス様は入室の許可を出す。

 

「解った。入って来なさい」

 

 サーゼクス様の許可を受けた事で会議室の扉が開かれると、そこにはグレイフィアさんの先導でリアス部長とソーナ会長を先頭にした皆が続々と入ってきた。……その中には、昨日首脳会談のSPに推挙したトンヌラさんもいた。なお、服装は駒王学園の生徒である皆は基本的にその制服だが、そもそも学校に通っていないセタンタとトンヌラさんは黒一色のスーツ姿だった。そして、会議室に入ってくると、他の皆がその場で足を止める中で、トンヌラさんとセタンタだけはそのまま僕の方に歩み寄り、揃って僕の後ろに立つ。

 

「トンヌラさん? セタンタ?」

 

 僕が二人に真意を尋ねようとするが、その前に二人が自ら真意を語り始めた。

 

「なぁ、旦那。オブザーバーとして出席する為の建前とはいえ、この首脳会談の発起人となった旦那が後ろに誰も立たせないなんて、格好つかねぇにも程があるだろ?」

 

「シモンさんの言う通りですよ。それに、瑞貴さんや祐斗さん、元さんみたいに自分の主を持っている人達と違って、俺はあくまで一誠さんの舎弟です。だったら、俺のいるべき場所は一誠さんの後ろ以外にはあり得ねぇ。そうでしょう、シモンさん?」

 

「あぁ。坊主、いやセタンタの言う通りだ。だから、首脳会談のSPとして発起人という重要人物を護衛する為に俺はその後ろに立つし、セタンタは己の仕える主の護衛を全うする為にその後ろに立つ。……それでいいじゃねぇか、旦那」

 

 ……二人の言葉には、確かに一理あった。だから、トンヌラさんには雇い主として、セタンタには主としての指令を出す。

 

「……解った。シモン・トンヌラ氏にはこの首脳会談の出席者全員の、セタンタ・マク・コノルには僕の護衛をそれぞれ命じる。二人とも、頼んだぞ」

 

「「了解」」

 

 二人は僕の指令を受け入れると、そのまま僕の後ろで護衛として立ち始めた。

 

「成る程。あの金髪の黒人の方が、兵藤君が雇ったという例のネフィリムの傭兵ですか。そしてあの少年が報告にも上がっていた、アイルランドの大英雄の末裔。……己の為すべき事を自覚した上で率先して行うあたり、確かに二人とも一廉の人物の様ですね」

 

 ミカエルさんが二人をそう評した後、サーゼクス様が会議室に入ってきた皆の紹介を始める。

 

「こちらは私達の妹二人とその眷属達で、紅髪の娘が私の妹のリアス、セラフォルーに似た容姿の黒髪の娘が彼女の妹のソーナだ。そして、そのすぐ後ろにいる金髪の少女が、現在遊学の為に駒王学園に通っているフェニックス家の令嬢であるレイヴェルだ。今回のコカビエルの件において勲功第一位はイッセー君だが、この場にいる者達も少なからず活躍している」

 

 このサーゼクス様の紹介を受けて、まず反応したのはミカエルさんだ。

 

「報告は受けています。天界を代表し、改めてお礼を申し上げます」

 

 次に、アザゼルさんが悪びれずに謝罪する。

 

「悪かったな。ウチのコカビエルが迷惑をかけた」

 

 その言動で顰蹙を買っているアザゼルさんを見て、僕はこっそり溜息を一つ吐いた。……堕天使総督という立場にある為、そう簡単に感情を表に出せないのは解る。ただ、朱乃さんに向ける視線の種類から察するに、実は結構不器用な人なのかもしれない。

 

「そこの席に座りなさい」

 

 紹介が終わった所でサーゼクス様が予め用意していた席に座る様に促すと、皆はそれに従って席に座っていった。全員が着席した所で、サーゼクス様が出席者全員にある事を確認する。

 

「全員が揃った所で、今回の会談の前提条件を確認する。この場にいる者達は、最重要禁則事項である「神の不在」を認知している。間違いはないな?」

 

 このサーゼクス様の念押しに動じる者は誰もいなかった。……つまり、前提条件が満たされている事を意味している。それを確認したサーゼクス様は、首脳会談の開催を宣言した。

 

「ではここに、三大勢力首脳会談の開催を宣言する」

 

 こうして、聖魔和合の成否を懸けた、運命の三大勢力首脳会談の幕が上がった……。

 




いかがだったでしょうか?

……とうとう、ここまで来ました。次話で通算百話になります。
これに際しまして、活動報告にてお知らせがございます。ご興味のある方はご確認下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。

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