赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.24 修正


第二十三話 神に仕える者達

Overview

 

 一誠がカリスとアウラ、そしてアリスを筆頭とする歴代赤龍帝の年少組をゼノヴィアやアーシア、そして孤児院の子供達に紹介している頃、教会の一室ではとある人物が武藤礼司と話をしていた。

 

 ―― 天使長ミカエル。

 

 聖書の神が亡き今、天界と教会を束ねるトップであり、天使の中で最高位である熾天使(セラフ)においても特に名高き四大熾天使の一人でもある。

 

「これも運命と呼ぶべきなのでしょうか。正教会の本部から追放された貴方のいるこの地に、深い因縁のあるバルパー・ガリレイがエクスカリバーを持ち込むとは……」

 

 この地で起きたコカビエル事件の発端とも言えるエクスカリバーが礼司の赴任している駒王町に持ち込まれた事に、ミカエルはある種因縁めいたものを感じていた。一方、礼司もまたコカビエル事件に対して一方ならぬ思いを抱いていた。

 

「えぇ。私もまさかエクスカリバーが奪われてこの地に持ち込まれるとは、薫君からフリード・セルゼンに襲われた事を伝えられた上に返り討ちにして分捕ったエクスカリバーを見せられるまで信じられませんでした。本当に、人生とは何があるのか分からないものです。……ところで、()()()()はその後どうですか?」

 

 礼司が記憶の中にある、特殊な力を生まれついて持っている為に体を蝕まれている子供達の現状について尋ねると、ミカエルは険しい表情を浮かべて実情が厳しい事を伝える。

 

「……単刀直入に言いましょう。天界を覆う聖なる力のお陰で多少は緩和されていますが、症状自体は少しずつ、しかし確実に悪化してきています。確かに嗜み程度に修めている者は十名程いますが、それを実用できるレベルとなるともはや貴方ただ一人という古式の悪魔祓い(エクソシズム)のお陰で一年前まではどうにか現状を維持していたのですから、むしろ当然の結果ですね。その事に対して、切り札(ジョーカー)は顔にこそ出していませんが酷く憤慨している様です。本来なら救われるべき子供達が、上の面子のせいで切り捨てられたと」

 

 ミカエルは子供達の現状を伝えた後、礼司を本部に追放した事に対する思いを吐露し始めた。

 

「一年程前、主の遺された「システム」への影響を避ける為とはいえ、私達はやむを得ない事情から異教の儀式を執り行った貴方に対し、宣教師としてこの駒王町に赴任する様に命じました。悪魔の、しかも魔王の実妹が管理する領地への赴任なのです。もはや破門と言っても何ら差支えはないでしょう。しかし、それはやはり大きな過ちでした。十年前、観客は我々熾天使のみという非公式の御前試合とはいえ、デュランダルの担い手としてはかのローランをも超えたとの呼び声も高いヴァスコ・ストラーダとエクスカリバーの聖剣使いとしては最高位であるエヴァルド・クリスタルディの両名を真剣勝負で打ち破った貴方と、その貴方とも純粋な剣術勝負であれば互角に打ち合える水氷の聖剣使いこと武藤瑞貴がもし正教会の本部に詰めていたのなら、コカビエル一派にエクスカリバーを強奪される事はなかったでしょう」

 

 ……ミカエル自身も解ってはいる。「もしも」とは、実際には起こらなかったから「もしも」であるという事を。しかし、それでも「もしも」を口に出してしまいたくなる程、武藤礼司という男は余りにも有能だった。一方、礼司は己の話相手であるミカエルに対して自分への評価が過大評価であると断言した上で、エヴァルドとヴァスコに関しても当時の強さは全盛期のものとは言えない事を指摘する。

 

「ミカエル様。瑞貴君はともかくとして、私に関しては流石に過大評価というものです。それに私と同年代であるクリスタルディ猊下は今が全盛期でしょうし、一方のストラーダ猊下もその頃には既に古希をだいぶ超えられていて、体もそれ相応に衰えられていましたからね。ここ最近の成長が著しい瑞貴君ならともかく、当時の私が全盛期のお二人と対峙したらどう転ぶか、私自身も全く解りません」

 

 だが、ミカエルの見解は違っていた。

 

「……十年前においても他の者を圧倒していた二人に対してその様な台詞が出てくるのは、貴方と貴方の養子の二人だけだと思いますよ? それにその言い方では、エヴァルドと同様に全盛期であろう今の貴方なら全盛期の二人にも確実に勝てると言っている様なものですよ、武藤神父」

 

 ミカエルがそう追及すると、礼司は頭を下げて謝罪する。

 

「申し訳ございません。些か口が過ぎてしまった様です」

 

 礼司の謝罪を受けたミカエルだが、それを受け入れたりはしなかった。礼司が謝罪する謂れなど何処にもなかったからだ。

 

「いいえ、私に対する謝罪など無用です。貴方はただ真実を口にしているだけなのですから。この世に遍く精霊達と心を通わせる事でその小さな力を己に集め、魂と肉体を共鳴の道具とする事で更に高めるという古式の、そして本来の悪魔祓い(エクソシズム)を極め、更には天祈剣オラシオンという祝福の聖剣(エクスカリバー・ブレッシング)の完全上位と言える聖剣を携えた今の貴方に対しては、全盛期の二人はおろか熾天使である私ですら全力でいかねば負けてしまうでしょう。……あるいは、追放処分が下される前に、貴方を教会の命令系統から完全に独立したもう一人の切り札とするべきだったかもしれませんね」

 

 ミカエルが最後に冗談めいてそう言うと、礼司は己に対するミカエルの評価が余りにも高い事にかなり恐縮してしまった。そして、露骨なまでに話題を変えようと試みる。

 

「……恐れ多い事この上ありませんが、この話はここまでに致しましょう。ところで、()()は一体どういう事でしょうか?」

 

 礼司がミカエルが携えている物について尋ねると、ミカエルはその用途を答えた。

 

「そうですね、いわば願掛けといった所でしょうか」

 

 このミカエルの返答を聞いた礼司は自分の質問の意味を取り違えていると判断し、別の事について確認を取る。

 

「そういう意味で申し上げた訳ではありません。ひょっとして、私やゼノヴィア君が提出した報告書をお読みになられていないのですか?」

 

 礼司からその様に質問されたミカエルは、自らの受けたコカビエル事件の報告内容やサーゼクスとの非公式の会談について話を始めた。

 

「報告書、ですか? 総本山であるヴァチカンからは「リアス・グレモリーとソーナ・シトリーの共有眷属である今代の赤龍帝が、天使と悪魔の力を共存させた逸脱者(デヴィエーター)なる存在である事を明かしてコカビエルを打ち倒した」と報告されましたが。それに、紆余曲折を経て「竜」の因子を持つ事から教会が仕立て上げた虚構の存在である龍天使(カンヘル)に分類される新しい天使に転生したという紫藤イリナの件でサーゼクスと話をした際に「詳しい話をこちらからするのは体面の上で都合が悪いので後に提出される報告書で確認して欲しい」とだけ言われました。それと併せて、サーゼクスからは私の直属として駒王町に滞在する為の手配だけを頼まれたのですが、私はそれを奇貨として彼女の父親を使って逸脱者の家にホームステイさせると共に、動向次第で主の死が世界中に広まりかねない彼の監視役を命じたのです」

 

 ミカエルの話をここまで聞いた時点で、礼司は何があったのかを悟った。そして、ミカエルに向かって深々と頭を下げて謝罪する。

 

「ミカエル様、大変申し訳ございません。どうやら、一誠君に関する事実の中でもある物に関しては隠蔽を施されて報告されている様です。もし私やゼノヴィア君の報告書が正確に天界まで上がっていれば、間違ってもここで「赤龍帝」という言葉は出て来ませんし、まして願掛けの為に()()を持ち出そうとはお考えになられない筈ですから。ただ、これに関しては上層部をお責めにならない様にお願いします。もし隠蔽された事実がそのまま報告されていれば、最悪の場合には戦争の再開にまで至っていたのかもしれません。それを思えば、理由はどうあれ上層部による事実隠蔽もけして誤った判断ではないのです」

 

「どういう事でしょうか? 私には話が見えてこないのですが」

 

 事情を良く飲み込めないミカエルから問い質された礼司は、ここで全ての真実を話す事を決断した。

 

「……この際です。私が一誠君と出会った四年前の真実を含め、全てをお話しさせて頂きます」

 

 そして、礼司はまず四年前の一誠との出逢いについて話し始めた……。

 

 

 

 それから三十分程の時間を経て全ての話を聞き終えたミカエルは、驚きの表情を浮かべていた。

 

「そういう事だったのですか。まさか、貴方が引き取った聖剣計画の子供達三人を救ったのが当時十三歳の子供だった赤龍帝、いえ赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)だったとは。しかも、彼は星の意思と繋がっているというエクスカリバーの真なる担い手としても選ばれた上に、その時点で既に真聖剣として再誕させる為の器を作り上げていた等、話し手が貴方でなければ到底信じられなかったでしょうね」

 

 ここでミカエルは溜息を一つ吐くと、四年前に礼司が一誠の事を隠蔽した事について言及する。

 

「……当時の貴方が彼の事を我々に伏せた事については確かに遺憾だとは思いますが、判断自体はそれで正解です。エクスカリバーの真の担い手にして今や誰も扱える者のいない神聖魔術をも行使できるなど、本来なら私自らが勧誘に赴かなければならない程の貴重な人材なのですが、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を所持している以上、主の遺された「システム」への影響を考えれば身内とする事は叶いません。そうなれば、不当に所持するエクスカリバーとその鞘の奪還を名目として、彼の排除に動かなければならなかったでしょう。その過程において一体どれだけの被害を被っていた事か、今耳にした彼の強さを思えば正直考えたくはありませんね」

 

 ミカエルはせめて自分にくらいは教えてほしかったという内心を隠しながら、礼司が当時取った行動と判断については遺憾ではあるものの賢明であったと伝える。そして、話はコカビエル事件の際に発覚した事実へと及んだ。

 

「そして、コカビエルの一件によってエクスカリバーはほぼ完全な形で真聖剣として再誕し、その力を以てコカビエルを永遠に無力化したという訳ですか。……確かにこれらの事実がそのまま天界に伝わっていれば、一部の血気盛んな天使達が「異端に奪われたエクスカリバーを取り戻せ」と声を高々に赤き天龍帝を襲撃していたでしょうね。まして、その所持者は悪魔に転生した赤龍帝というだけでなく、天使と悪魔、そして二天龍の力をその身に共存させた異端の極みと言える存在です。私がいくら言葉を尽くしたとしても、それで思い留まるとは到底思えません。その意味では、教会上層部の事実隠蔽の判断は正しいものだったのでしょう。たとえ、それが我々の預かり知らない所で彼を排除する為であったとしても」

 

 ここでまたミカエルは溜息を吐く。……余りの事態の変化に心が追い付き切れていない事を、ミカエルはハッキリと自覚していた。

 

「それにしても、赤き天龍帝がここまでの存在だったとは思いませんでした。主も魔王も去ってしまった事で混沌とするこの世界に平穏を齎す為、世界が生み出した奇跡の存在。もはや、私にはそれ以外に表現の仕様がありませんね……」

 

 最後に溜息混じりでそう締め括ったミカエルに対して、礼司もまた一年前に一誠が持ちかけた事に関する話を始める。

 

「それに、一誠君が神器保有者(セイクリッド・ギア・ホルダー)やそれ以外の異能者の保護を私に持ち掛けたのも、今思えば主がけしてご健在とは言えない状態であると考えたからでしょう。流石に、既にお亡くなりになられていたとは一誠君も思っていなかった様ですが。正直な話、この地に追放という形で赴任していなければ、私が孤児院を開く事もなかったでしょうし、ここにいる子供達もまた……」

 

 正に、人生万事塞翁が馬。礼司はそう思わずにはいられなかった。

 

「確かに、様々な事情からヴァチカンを始めとする教会の本部に近づける訳にはいかない子も、貴方の孤児院には何名かいる様ですね。特に、レオナルドと言いましたか。あの子は……」

 

 孤児院に引き取られた子供達の内でもあえてレオナルドを名指ししてきたミカエルの意図を察した礼司はもはや隠す事は不可能と悟り、レオナルドの神器(セイクリッド・ギア)の名称を明かす。

 

「えぇ。十三種の神滅具(ロンギヌス)の中でも特に上級として名の挙がる物の一つである魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)を保有しています」

 

 ここで、ミカエルは深く嘆息した。……聖書の神の亡き今、代わりに天界を率いる者としては到底見過ごせない事態だったからだ。

 

「生命の創造は、主のみが成せる御業(みわざ)。それを人の身で成せるという事になれば、信者の方達が私達に寄せる信仰への影響は量り知れません。それこそ、二天龍の魂を宿す赤龍帝の籠手や白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)、そして主の僕である天使や人間はおろか敵対する堕天使や悪魔さえも癒してしまうバグを起こしてしまった聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)とは比べ物にならない程に大きなものとなるでしょう。天界と主の教えの守護者としては、彼の身柄を確保した後に人目の届かない辺境の地に幽閉しなければならないところなのですが……」

 

 ミカエルは天使として慈悲深い一面がある一方、必要であれば指導者の責任として非情な決断を下す事もできる。聖母の微笑で悪魔を癒してしまったアーシアや聖書の神の死を知ったゼノヴィアを破門したのも、彼女達がヴァチカンの近くにいる事で聖書の神が遺した信徒への加護を齎す「システム」に大きな影響が出るのを恐れたからだ。そして、レオナルドに対しても本来なら非情な判断を下すべきであった。しかし、心情的にはもちろん現実的にも一誠とは敵対するべきではないと判断していた礼司は、ミカエルの発言に対して待ったをかける。

 

「それはお止め下さい。そもそも、両親から棄てられて私が身柄を引き受けるまでの二年間、レオ君は一人で旅をしている所を何度も悪魔や堕天使に襲われているのですよ? ここで私達から離れてしまえば、それこそ待ってましたと言わんばかりにレオ君を襲ってくるでしょう。まして、レオ君は一誠君を心から慕っていますし、一誠君も弟の様に可愛がっています。……ミカエル様。天界は、歴代でも最高位の赤龍帝の残留思念を最大で九名実体化できる上に数々の幻想種と召喚契約を交わし、また世界中を見渡しても最高レベルに近い精鋭達を率いる事のできる赤き天龍帝に対し、真っ向から戦争を仕掛けるおつもりですか?」

 

 礼司は気付いていたのだ。兵藤一誠という少年は、その気になれば三大勢力を全て敵に回しても十分勝算を見込める程の戦力を個人で有している、と。

 真聖剣の能力で光力を扱う天使と堕天使の遠距離攻撃をほぼ無力化できる一誠本人はもちろん、白い龍(バニシング・ドラゴン)をして「得物次第では素で四大魔王や聖書の神とすらやり合えそうだ」と言わしめた「剣帝(ソード・マスター)」レオンハルトを含めた歴代最高位の赤龍帝達も極めて強力な戦力であるが、その他にもはやて達夜天の主従に犬の超越者と呼べる銀、既に自分から独立した義息子の瑞貴やアイルランドの大英雄の末裔であるセタンタ、それにミカエルはまだ知らないが、実は二年間の放浪の旅の間、堕天使と悪魔の襲撃を繰り返し受けながらも、ポケモンという一誠がその概念を伝えた数百種もの特殊な魔獣を状況に応じて創造し、命懸けの実戦で磨かれていった戦略と戦術、そして戦闘指揮で乗り越えてきた当事者のレオナルドが確実に一誠の味方になる。その上、最近は一年間という期限付きとはいえ指導役兼護衛として雇ったネフィリムの傭兵トンヌラも契約に従って一誠と共に戦うだろう。また、契約召喚を交わした数々の幻想種もまた戦争となった時には戦力として数えられるだろう。そして、その中には三大怪物の一頭、陸の魔獣王ベヒーモスも含まれているのだ。

 その為、礼司は一誠と彼と共に歩まんとする者達との戦いに対し、あえて「戦争」という表現を用いたのだ。……尤も、実はドライグの生前の能力を全て扱える上に身体能力も彼と同等である為、赤龍帝の奥の手にして禁じ手である覇龍(ジャガーノート・ドライブ)すら容易く凌駕する究極の赤龍帝である「始祖(アンセスター)」アリスが既に自らの出陣を決意している時点で、たとえ三大勢力が総出でも勝算が薄いという現実があるのだが。

 ミカエルも流石にそこまでは解らなかったが、一誠と事を構えても何ら益のない事は理解しており、その意志はない事を礼司に伝える。

 

「えぇ。私自身、赤き天龍帝と敵対する意志はありません。流石にサーゼクスが目を掛けている者を蔑ろにしては、それこそ戦争が再開されかねませんからね」

 

 ミカエルはそう言ってから時計を見ると、予定の時間の数分前である事に気づいた。頃合いと見たミカエルは、一誠達との会談を行う礼拝堂へ向かう事を礼司に伝える。

 

「……随分と長く話し込んでしまいましたね。時間になりましたし、礼拝堂へ参りましょうか」

 

 ミカエルに促された礼司は、自ら案内する事を申し出た。

 

「そうですね。では、私がご案内致します」

 

 そして、ミカエルは礼司の先導の元、一誠達の待つ礼拝堂へと向かった。目的地に近づいてくるにつれて、子供達の声が聞こえてくるようになった。

 

「子供達の遊び声? ……いえ、これは遊び声というよりは歌ですか? 微かに聞き取れる歌詞から、おそらくは賛美歌だとは思うのですが……」

 

 ミカエルは続く言葉が出てこなかった。……賛美歌にしては余りにアップテンポな曲調であり、子供達もまた曲調に合わせて賑やかに、そして楽しそうに歌っていたからだ。

 

「ハハハ。心から慕っていた一誠君が三ヶ月ぶりにここに来たんだ。しかも二度と来れなくなったと聞かされていたのだから、あの子達がこうなるのも無理はないか」

 

 一方、事情を把握した礼司は苦笑交じりで呟いていた。ただ、礼司の苦笑には温かさが伴われていた事から、正に愛しい子供達を見守る慈父の様な面持ちであった。

 

「武藤神父?」

 

 その礼司の様子を見て訝しんだミカエルから声を掛けられた礼司は、このまま礼拝堂に向かう事を提案した。

 

「……丁度いい機会です。ミカエル様も一度お聞きになって下さい。今、子供達が一風変わった歌い方で歌っている賛美歌を。そして、その光景こそが一誠君の今まで積み重ねてきた事の全てを物語ってくれるでしょう」

 

 ミカエルは礼司からの提案を即答で受け入れる。

 

「いいでしょう。どちらにしろ、礼拝堂には行かなければなりませんし、この賛美歌に少々興味が湧いて来ましたから」

 

 そして、二人は礼拝堂へと向かっていった。

 

Overview end

 

 

 

Side:アーシア・アルジェント

 

 ……こんな賛美歌の歌い方が、あったなんて。

 

 私は今日、自分の知らない事がまだまだ沢山ある事を思い知りました。

 

 賛美歌とはこれ程までに明るく、そして楽しく歌う事のできるものである事。心から楽しく歌われる歌がこれ程までに心を動かし、温かくしてくれるものだという事。

 ……そして、ここの皆さんと一緒に楽しそうに歌いながら指揮をしているイッセーさんの、今まで見た事のない無邪気な姿。それは、まだイッセーさんとの付き合いが短い私達が初めて見た、イッセーさんの本当の姿でした。

 そこでふと私の横を見やると、ゼノヴィアさんは驚きの余りに完全に固まってしまっています。一方、それを見てアリスさんは苦笑いを浮かべていますし、その横ではクローズくんと芙蓉さん、そしてカリスさんがお行儀よく椅子に座って静かに聞いています。因みに、カリスさんもアウラちゃんから等身大化を教えてもらっていたという事で、最初に出てきた時は本当の姿のアウラちゃんより少し大きいくらいの大きさだったんですけど、今は大体十歳くらいの男の子と同じ位の大きさになっています。そして、イリナさんは等身大化したアウラちゃんを膝の上に乗せて、無邪気なイッセーさんの後ろ姿を優しい笑顔で見守っていました。

 

 ……そんなイリナさんの姿を見て、羨ましいと思う一方で妬ましいとも思ってしまう私は、本当に情けない女です。

 

 

 

 談話室で孤児院の皆さんがイッセーさんの「聖」を司るカリスさんや歴代の赤龍帝の中で特に幼い方達とお互いに自己紹介を交わした後、特に幼いアウラちゃんとクローズ君が同い年くらいの子達と一緒にお外へ遊びに行きました。……と言っても、あくまで教会の敷地内ですけど。それに、クローズ君より年上の芙蓉(フーロン)さんはどうやらクローズ君やアウラちゃんについて行った様です。きっと、小さな子達が危ない事をしない様にしっかりと面倒を見る為なんでしょうね。また、カリスさんはイッセーさんを「兄ちゃん」と呼んで慕っているレオナルドさんと話をしていました。自己紹介の時に訊いたんですけど、レオナルドさんがイッセーさんと出逢ったのは三年前のフランスという事で、孤児院にいる人達の中では特にイッセーさんとの付き合いが長い事から十二歳以下の小学生の中ではリーダー格なのだそうです。

 ……私はと言えば、恥ずかしながら、ゼノヴィアさんと一緒にアリスさんから幼い頃のイッセーさんの話を聞かせて頂きました。ただ、アリスさんの話にはイッセーさんが歴代の赤龍帝の方達から色々な事を教わっていた時の裏話なども入っていて、流石にイッセーさんのお母様でも知らない事が多いらしく、少しだけ後ろめたい様な気持ちになりました。

 そして、イッセーさんは外に遊びに出た小さな子達を除いた他の方達に囲まれて、色々な話をされていました。アリスさんの話では、親や周りの方から迫害されたり、悪魔や堕天使に殺されそうになったり実験材料として捕まっていたりした所を武藤神父とその息子さんである瑞貴さんに助け出されたのだそうですが、その時の活動に実はイッセーさんも参加していたそうです。

 

「イッセーはロシウから転移魔法を教わっているから、あの二人に目的地まで移動してもらった後で目標となる物を設置してもらえば、そこに直接移動できるのよ。だから、目的地が例え外国でもイッセー自身は日帰りで行動できるし、学校生活にも殆ど影響が出なかったの」

 

 アリスさんはそう言って、この時イッセーさんはどうやってそこまで移動していたのかを説明しました。……私と出逢うかなり前から人助けをしていたイッセーさんを、私は本当に尊敬します。

 そうして、イッセーさんの周りにいた人達が一通り話をした後で、瑞貴さんがイッセーさんに何やら提案をしてきました。

 

「ところで、一誠。ここに来た目的は支取会長から聞かされているけど、まだ時間があるから久々に皆で()()をやらないか?」

 

 ……イッセーさんは最初、突然アレと言われて何の事か解らなかったみたいですけど、すぐにアレとは何かを思い至った様で、何だか凄くやる気になりました。

 

「アレ? ……あぁアレか! そうだな、アーシアやゼノヴィアはもちろんイリナも直に聴くのは初めてだし、アウラや歴代赤龍帝の年少組にも一度聴かせてあげたかったからちょうどいい」

 

 イッセーさんが話に乗ってきたと見た瑞貴さんは、薫さんに外に出た子達への連絡を頼み始めます。

 

「決まりだね。あっ、それと薫。悪いけど、外に遊びに出た子達にアレをするから礼拝堂に来るように伝えて来て」

 

「解ったよ、瑞貴(にぃ)!」

 

 薫さんは瑞貴さんからの頼み事を承知すると、そのまま外へと行ってしまいました。その後、瑞貴さんは他の皆さんに声をかけます。

 

「じゃあ、皆! 早速、礼拝堂に行こうか!」

 

 

 

 そうして、私達は礼拝堂へと向かいました。そこで始まったのが、孤児院の皆さんによる賛美歌の合唱。指揮者をイッセーさん、ピアノを用いた伴奏を瑞貴さんがそれぞれ担当したんですけど、もう「凄い」という言葉しか出て来ませんでした。

 

 ここで歌われたのは、Hail Holy Queen。

 

 これはまだ私が聖女となる前、当時住んでいた教会でミサが開かれる際に私も時折歌わせて頂いていたのでよく知っている賛美歌です。……知っていた筈だったんです。

 でも、歌い出しこそ聞き慣れていたもので歌っている皆さんの歌の腕前も聖歌隊としては十分なものだったんですけど、瑞貴さんの伴奏の調子が変わった瞬間、全くの別物になりました。歌っている皆さんは左右に体を動かす事でリズムを取りながら手拍子を鳴らし、薫さんは密かに持っていたタンバリンを鳴らし、ソロパートを担当するカノンさんは私では到底出せない様な綺麗な声でしっかりと歌い上げていました。

 Hail Holy Queenを合唱している間、伴奏している瑞貴さんも、歌を担当している皆さんも明るい笑顔で、本当に楽しそうに賛美歌を歌っていました。そして、指揮者であるイッセーさんもまた、自分自身も歌いつつ体をいっぱいに使って皆さんを指揮していました。……イッセーさんが楽しんでいたのは、誰の目にも明らかでした。

 やがて合唱が終わり、イッセーさんがこちらを向いて一礼すると皆さんもまたイッセーさんに従って一礼してきました。すると、それに応じる形でカリスさんとアウラちゃん、それにクローズくん、芙蓉さん、アリスさんが立ち上がって拍手を始めました。最大級の賛辞であるスタンディングオベーションです。本当は、教会の中で演奏される音楽は主に捧げる祈りなので、祈りの対象となる主ではなく演者や歌手への賛辞となる拍手をしてはいけないんですけど、きっとそれを知らないのでしょう。そして、ニコラス神父の教えを受けている事からそれを知っているイッセーさんは、苦笑交じりでそれを窘めて来ます。

 

「皆。拍手は嬉しいけど、それはマナー違反だよ」

 

 でも、このイッセーさんの言葉に反応したのは、私達ではありませんでした。

 

「いえ、構いませんよ。これ程の賛美歌であれば、主も歌い手である貴方達への称賛をお認めになられると思いますから」

 

 突然の声に私達が後ろを振り向くと、礼拝堂の入り口には以前お会いした事のある武藤神父の他にゆったりとした白い法衣を纏った綺麗な顔の男の方が立たれていました。でも、私が驚いたのは、その方の頭の上に天使様の象徴である金色の光を放つ輪が浮かんでいた事です。そして、この方の自己紹介をお聞きした時の驚きは、今日の中では最も大きなものでした。

 

「初めまして。赤き天龍帝、兵藤一誠君。私はミカエル。天使の長をしております。……成る程。確かに、貴方の言った通りですね、武藤神父。この子供達の心からの笑顔を見れば、彼がどれだけの善行を重ねてこの子達の心身の救済をやり遂げてきたのか、(たちま)ちの内に理解できるというものです」

 

 天使様の長であるミカエル様が、わざわざこの街にお越しになっていた。その事実を理解した瞬間、私の意識が急激に遠退いていきました。

 

「アーシア!」

 

「アーシアさん! しっかりして! ちょっと、いくら何でも驚き過ぎよ!」

 

「いや、イリナ。天使様との接点が全くない敬虔な信徒の前に、天使様の長であるミカエル様が突然現れたんだ。アーシアのこの反応はむしろ当然だと思うよ。本音を言えば、私だって動揺を抑え切れていないんだ」

 

 私に向かって声を掛けるイッセーさんとイリナさん、そしてイリナさんに対して何かを指摘するゼノヴィアさんの言葉を最後に、私は完全に意識を失ってしまいました。

 

 ……もし、またこの様な事があったら、今度は気をしっかりと持って現実を受け止めよう。

 

 十分くらい後に、礼拝堂の長椅子の上でイッセーさんに心配そうに見つめられながら目覚めた私はそう固く決意しました。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

なお、十九巻で明らかになった設定に合わせて、序章第三話のEpilogueの内容を修正しました。
……連載中の作品の二次創作が難しいと言われる訳ですね。

では、また次の話でお会いしましょう。

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