赤き覇を超えて   作:h995

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今回の話から、段落の最初に一字下げをしています。
以前の話も適宜修正していきますので、よろしくお願い致します。

追記
2018.12.24 修正


第二十話 堕天使総督、来たる

 駒王学園で例年行われている公開授業であったが、今年は高等部の見学に魔王二人とソロモンの七十二柱に名を連ねる名家の当主三人、更には教会のエージェントを務める牧師までもが訪れた。それだけでも一大事と呼べるのだが、この上に悪魔創生から総監察官を務め続けているという正に生きた伝説と呼ぶべきネビロス総監察官とその妻で悪魔の原点とも言うべき存在であるクレア様までもが駒王学園を訪れるという想像を超えた事態が発生した。そして、その総監察官から人間をやめる事になった件の黒幕が自分であると暴露された。そうするに至った経緯と挑発に心を激しく揺さぶられた挙句、一時は激情を抑え切れずに総監察官を殺しにかかった。しかし、ここで自分の弱さと向き合い、そして受け入れた経験が生きてどうにか踏み止まり、三年前にランスロットさんから教えられた「命という名の責任」という言葉の意味をはっきりと理解する事ができた。

 ただ、僕が攻撃を仕掛けた時の総監察官の目がどうしても気になる。あれは、かつてゼテギネアのヴァレリア諸島で解放軍の一員として戦っていた際、我欲と保身で解放軍を破滅へと導きつつあったロンウェー公爵を暗殺の形で排除した後、解放軍の象徴となりつつあったデニムさんに討たれる事で主殺しと反逆の罪を一人で全て被る事を決意し、それをデニムさん達と分かれて別行動を取ろうとしていた僕に伝えてきた時のレオナールさんと同じ、自ら進んで泥を被って礎になろうとする者の目だった。もし攻撃を放つ直前にあの目を見ていなければ、僕はおそらく拳を完璧に逸らし切る事ができなかっただろう。だが、それなら一体何の為に?

 ……だが、これについては今度の日曜に予定されている三大勢力の首脳会談が終わり、しばらく時間を置いて冷静になってから答えを出した方がいいだろう。正直な所、僕に人間をやめさせた総監察官に対して、思う所が全くないとは到底言えそうもないのだから。

 こうした総監察官との対話が終わった後、駒王学園の一角で兵藤家・紫藤家・グレモリー家・シトリー家・フェニックス家が一堂に会したのを切っ掛けに、父さんが皆さんを我が家に招待した事で五家合同の顔合わせが行われる運びとなった。そこでは、父親同士という事で身分の垣根を取り払った付き合いを始めていたサーゼクス様はもちろんの事、グレモリー卿やシトリー卿、フェニックス卿、そして半ば舅となっているトウジ小父さんと楽しく会話をさせて頂いた。

 その中で、ライザーが大公家の次期当主と婚約したという話が出てきたり、はやてが「優しい魔法使い」を志している事を聞かされたり、それに感動したセラフォルー様がはやてを魔法少女の先輩として「はーたん先輩」と呼び出したり、公開授業の観賞会を開いてリアス部長やソーナ会長、レイヴェルがどの様に授業を受けているのかを知る事ができたり、実に充実した時間を過ごす事ができた。……総監察官との対話で酷くささくれ立っていた僕の心は、この賑やかで温かな時間を過ごした事で優しく癒されていった。

 ただ、最後にトウジ小父さんから首脳会談の前日に礼司さんの教会でミカエルとの面談を行う事を伝えられたが、これについてはその場で考えればいいだろう。今この場で色々考えても結局は推察の域を出ないし、それなら出たとこ勝負でいった方がまだマシな筈だ。

 

 

 

 こうして公開授業を発端とした波乱の一日が終わり、その翌日も瞬く間に時間は過ぎていき、間もなく日が沈む刻限となっていた。その時、僕は旧校舎の裏庭でギャスパー君の指導を行っていた。首脳会談の二日前とあって、本来ならその打ち合わせで忙しい筈なのだが、それが早々に終わってしまった為にギャスパー君を直接指導する時間がとれたのだ。

 因みに、本来は聖書の神の死を知る者は全員が会談の出席対象となっていたのだが、最終的にゼノヴィアがイリナに対して堂々と聖書の神の死を伝えてしまった事で、その場に居合わせた者は全員その事実を知る事となってしまった。つまり、ギャスパー君以外のグレモリー眷属にシトリー眷属、更にレイヴェル、セタンタ、はやて、そしてトンヌラさんが出席対象者だ。……流石に、いくら何でも多過ぎる。

 そこで、サーゼクス様とセラフォルー様が協議した結果、コカビエルとの最終決戦においてコカビエル一派と直接戦った者に加えて、駒王学園におけるトップの一人であるソーナ会長に両眷属の(キング)の腹心である女王(クィーン)のみを出席対象とする事で出席人数を絞る事になった。よって、首脳会談における悪魔側の出席者は以下の通りになる。

 

魔王:サーゼクス・ルシファー、セラフォルー・レヴィアタン

侍従:グレイフィア・ルキフグス(ルシファー担当)、兵藤一誠(レヴィアタン担当)

グレモリー眷属:リアス・グレモリー、姫島朱乃、木場祐斗、ゼノヴィア

シトリー眷属:ソーナ・シトリー、真羅椿姫、武藤瑞貴、匙元士郎

その他:レイヴェル・フェニックス、セタンタ・マク・コノル

 なお、天界のトップである天使長ミカエルの直属で、名目上は僕の監視者でもある龍天使(カンヘル)のイリナは天界側での参加となる。

 

 ……僕の名前が変な所にあると思うが、この配置についてはセラフォルー様自らが提示してきた。セラフォルー様曰く「だって、最大の功労者であるイッセー君に発言権がないって、ちょっとおかしいもの。でもこうしておけば、イッセー君は私の許可さえあれば発言できる様になるのよ☆」との事らしい。しかも、その意見にサーゼクス様が同意した事で本決まりとなってしまった。

 

 ……立場上は一介の中級悪魔に過ぎない僕に、お二人は一体何を望んでいるのだろうか?

 

 そこまで考えた所で、僕は思考を一端やめてギャスパー君の指導に集中する事にした。僕は既に準備ができているギャスパー君に声を掛ける。

 

「ギャスパー君、行くよ!」

 

「はい!」

 

 ギャスパー君の返事を受けた僕は、腕を振りかざすと同時に魔力弾を二十個発射する。標的は、もちろんギャスパー君だ。ギャスパー君はその魔力弾の内、三個を残して残りは停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)で停止させ、止めなかった魔力弾をそのまま体で受け止めた。

 

「お見事」

 

 僕は拍手をしながら、ギャスパー君を褒めた。……魔力弾を浴びたギャスパー君は無傷だ。何故なら。

 

「……フゥ。まさか通常の魔力弾の中に、治癒魔法の魔力弾を混ぜて来るなんて思いもしませんでしたよ。しかも治癒魔法の魔力弾については、動きが止まると目晦まし用の光を放つ術式を込めてあるなんて。「目」が良くて魔術の知識も一通り修めている僕だから解りましたけど、普通ならまず見極められませんよ。オマケに神器(セイクリッド・ギア)以外は使ったら駄目だなんて、それじゃ治癒の魔力弾は自分の体で受け止めるしかないじゃないですか。お陰で、魔力弾が体に当たって実際に治癒が発動するまでの間、僕は凄く怖かったんですよ?」

 

 やや非難めいたギャスパー君の発言であったが、内容自体は合っている。僕はこうする事で、ギャスパー君の神器制御の技術や精神世界面(アストラル・サイド)の眼力を始めとした様々な点を鍛えているのだ。そこで、僕はより詳しく説明しようとする。

 

「……確かに、怖かったのは僕も解るよ。でも、だからこそ」

 

「4です!」

 

 しかし、ギャスパー君はけして気を抜かない。直ぐに僕が仕掛けた物を見極めて来た。それが嬉しくなって、僕はギャスパー君に先日教えた事を改めて復習させる。

 

「そうそう、その調子。少しでもおかしいと思ったら、直ぐに「注視する」。それが「目」に強い力を持つギャスパー君にとって、とても大きな武器になるんだ」

 

「はい!」

 

 この様に元気に返事をしてくれるギャスパー君は、僕の教えた事をどんどん吸収していくから、教えている僕の方が凄く楽しい。しかも努力家で教わった事を自発的に色々工夫してくれるから、本当に教え甲斐がある。……ソーナ会長が教育に携わりたいと思うのも、これなら解る気がする。

 

 

 

Side:木場祐斗

 

 僕達はイッセー君がギャスパー君に指導するのを見学していた。二人とも笑顔を浮かべていて、本当に凄く楽しそうだ。だから、思った事がそのまま口から出てしまった。

 

「楽しそうだね、二人とも」

 

 すると、元士郎君(最近お互いに名前で呼ぶ様になった)もそれに同意してきた。

 

「あぁ。教えている一誠も、教わっているギャスパーも、どっちも楽しくて仕方がないんだろう。兵士(ポーン)の先生になったら、あれを目指して頑張らないとな」

 

 そう言えば、会長の夢は「皆が学べるレーティングゲーム学校を作る」事。そして会長の眷属である元士郎君にも「会長の学校で兵士の先生になる」という夢がある。以前本人から聞いた事だったけど、確かに教育を志す者にとってあれは理想の光景だろうね。

 

「……木場、一ついいか?」

 

 そこで、ゼノヴィアが横から話しかけてきた。

 

「どうしたんだい、ゼノヴィア?」

 

「イッセー達のやっている事が、良く分からないんだが? 大体、何故ギャスパーはイッセーの説明を遮ってまで数字を叫んだんだ?」

 

 ……あぁ。そう言えば、ゼノヴィアはまだダイレクト・アタックについて説明を受けていなかった。元士郎君もどうやらそれが解ったらしく、少々苦笑いしている。

 

「これは精神世界面を認識できないと、やっている意味が理解できない訓練だからなぁ。まぁ生まれついての特性でそれができるギャスパーにとっては、必要不可欠になってくるんだけどな」

 

「……どういう事だ?」

 

 ゼノヴィアが更に問い質して来たので、元士郎君がそのまま説明を始める。

 

「さっき、一誠が説明しようとした時に人差し指を立てていただろ?」

 

「あぁ」

 

「実は、あの指先には通常では視認できない様に精密な隠蔽術を施した状態で、更に波長を自然のものと同調させた魔力で作った数字が浮いていたんだ。そして訓練中にその文字が出てきたら、いつ如何なる時でも即座に答えなければならないルールになっている。だから、ギャスパーが一誠の説明を遮って数字を答えたのは、そのルールに従っての事なんだよ。これは、怪しいと思った場所には必ず精神世界面の視点でも確認する事をしっかりと習慣付ける為の訓練なのさ」

 

 元士郎君の説明を聞いたゼノヴィアは、すっかり感心していた。

 

「まさか、説明する際の仕草にしか見えないイッセーの行為と指導者の説明を遮って数字を叫んだギャスパーの行動には、その様な意味があったとは……!」

 

 そこで、元士郎君が説明を補足する。……ただ、ゼノヴィアにとっては余りにも衝撃的な内容になると思う。

 

「因みに俺と祐斗に瑞貴先輩、セタンタ、後は塔城さんといった魂への直接攻撃であるダイレクト・アタックの習得者はもちろん、心霊医術を修得したアルジェントさんとその基礎を学んだグレモリー先輩、姫島先輩もこの訓練を受けている筈だぜ? それに最近、ウチの眷属でも接近戦主体のメンバーがダイレクト・アタックを修得する為の訓練を始めているし、退魔士一族の出身だからか、副会長と巡は一歩先んじていて、もう少しでダイレクト・アタックのコツが掴めそうだって言っていたな」

 

 これを聞いたゼノヴィアは、この駒王学園において己が今どの様な状態なのかを悟って愕然とした。

 

「で、では、グレモリー眷属であの数字が見えないのは……!」

 

「まぁ、そういう事になるな」

 

 元士郎君の容赦のない言葉を受けて、ゼノヴィアは膝を折り、両手を地面に置いて蹲ってしまった。

 

「こ、ここまで皆との差が大きいのか……」

 

 すっかり落ち込んでしまったゼノヴィアを見た僕は、慌ててフォローに入る。

 

「だ、大丈夫だよ。ゼノヴィアは最近入って来たばかりだし、直ぐに追い付けるさ」

 

 すると、ゼノヴィアは僕をジト目で見ながら質問をぶつけてきた。

 

「……木場、それなら問おう。それは最近まで封印されていたギャスパーも同じではないのか?」

 

 ……こう返されると、むしろ部屋に閉じ籠っていたギャスパー君の方が遅れていた訳だから、僕には反論の仕様がない。僕の返答がないのを確認したゼノヴィアは、やがて乾いた笑い声を発し始めた。

 

「ハハハ。その内、私はこう言われる様になるんだろうな。取り得はデュランダルだけのへっぽこ聖剣使いとな……」

 

 どうやら、ゼノヴィアのショックはかなり大きかったらしい。しかし、ここで元士郎君はしっかりとゼノヴィアに釘を刺してきた。ただ、その理由として意外な人物を挙げてきたのだけど。

 

「ゼノヴィアさん。その台詞、姫島先輩の前では絶対に言わないでくれよ? ……あの人、ギャスパーが封印から解放されるちょっと前から少し様子がおかしいからな」

 

 元士郎君のこの発言を聞いた僕は、取りあえず確認してみる事にする。

 

「元士郎君、一体どんな感じなんだい?」

 

 僕にそう尋ねられた元士郎君は、その場で即答してきた。

 

「二大お姉さまって呼ばれる所以になっている姫島先輩の微笑みなんだけどな、何処か引き攣っているんだよ。何ていうか、酷く追い詰められている様な印象を受けたぜ。一誠もそれが気になっているみたいで、首脳会談が終わったらグレモリー先輩に詳しい話を聞くつもりじゃないのか?」

 

 ……やはり、そうだったのか。

 

 元士郎君が抱いた朱乃さんへの懸念の内容について、僕は一人納得していた。実は、僕もここ最近の朱乃さんに対して同じ事を感じていたからだ。それにイッセー君も僕達と同じ事を感じている以上、もう間違いないだろう。

 

「……どうやら、僕の気のせいじゃなかったみたいだね。それに、元士郎君とイッセー君の意見も一致しているんなら、まず間違いないと思う。だから、部長には僕からも懸念事項として伝えておくよ。尤も、部長も腹心で親友でもある朱乃さんの今の状態を既に把握しているとは思うけどね」

 

 僕がそう言うと、元士郎君もそれを勧めてきた。

 

「そうしてくれ。こういう事は比較的古株で付き合いが長く、お互いの気心も知れているお前から切り出した方が色々と都合がいいからな」

 

 ……成る程、そういう見方もある訳か。

 

 僕は頷く事で、元士郎君に承知する旨を示した。ゼノヴィアもまた、元士郎君に言われた事を承知する。

 

「匙、君の忠告に感謝するよ。今の私の言葉、副部長の前ではけして言わないようにしよう。新参者の私では、流石に副部長の機微までは解らないからな」

 

 そうして、話が一区切りついた時だった。

 

「よう。こっちに旦那はいるか?」

 

 そう言って僕達に声を掛けてきたのは、イッセー君が一年契約で雇った傭兵、シモン・トンヌラさんだ。

 この人には、最初こそイッセー君とイリナさんに光力の扱い方を指導するだけの一月契約だったのを、契約金代わりであるイッセー君特製のアミュレットの出来が良過ぎた為にイッセー君や僕達の護衛を含めた一年契約に自ら変更したという経緯がある。そして、この人がこの時間帯に駒王学園の見回りをしているのは、僕達の護衛任務の一環だ。

 ……正直な話、本格的に敵対しなくて本当に良かった。そう心から思ってしまう程、この人は桁外れに凄かった。心のない群体としての天使と化していたイリナさんを救出する際、その力の一端を垣間見る事となった元士郎君はその後でこんな事を言っている。

 

「トンヌラさんを一人で相手取るには、最低でも瑞貴先輩クラスでないと駄目だ。後、はやてちゃんは単独じゃかなり分が悪いって所だろう。……正直言って、俺だとお前とコンビを組んだ上でお互いに死力を尽くして、それでやっと少しは勝負になるかって所だよ」

 

 元士郎君のこの言葉には、偽りなんてものは欠片もなかった。現に、早朝鍛錬の時に一度だけ一対一の模擬戦をしたんだけど、トンヌラさんはエクスカリバーの複製品の能力を一度実物に触れただけで、自らの光力を使って再現してしまったのだから。具体的には、極限まで薄くして力の波動をも抑え込んだ設置式の光の刃を不可視化させる事で恐ろしい罠を作り出してしまったり、光の槍や剣の形状はおろか、自分自身の姿形すら変えてしまったりした。更には幻を見せるのはもちろん、視覚や聴覚を僅かにずらすという精密な幻覚能力を使ったと思えば、騎士(ナイト)の僕ですら視認できない程の加速能力を発揮した。そして、距離を選ばず、更には攻防双方に活用できる破壊の衝撃を鼻歌交じりに使ってきた。

 その結果、師匠(マスター)によって鍛えられた剣術や様々な能力の聖剣、魔剣はおろか、切り札の魔鞘による強化を受けた聖魔剣さえも一蹴された。その時に抱いた「何をやっても全く通用しない」絶望感は、今でも忘れられない。でも一番信じられないのは、エクスカリバーの複製品の能力はあくまで模擬戦の中で試しに再現してみただけであって(使い勝手が良かったのか、かなり気に入ったみたいだったけど)、トンヌラさんの本来の能力はまた別にあるという事だ。

 ……何故、聖書の神が大洪水でネフィリムを世界ごと滅ぼしたのか、骨身に染みて理解できた。それに、それを差し引いたとしても、トンヌラさんが底の知れない人である事には何ら変わりはない。それだけに、傭兵として様々な状況で積み重ねてきた豊富な実戦経験を持つトンヌラさんの存在は、年若くて実戦経験の浅い僕達にとって非常に貴重なものだった。その上、契約が満了した後でも僕達が自力で危険に対処できる様に自らの体験談を惜しむ事無く話してくれる。その為、イッセー君は最近トンヌラさんとの専属契約を本気で考え始めており、それを部長と会長にも相談している。二人もその件についてはかなり乗り気な様で、後は本人の意思次第と言ったところだろう。

 この様にもはや駒王学園にとってなくてはならない人物となりつつあるトンヌラさんに、僕はここに来た要件を尋ねる。

 

「あぁ、トンヌラさんですか。どうかなさったんですか? この時間帯は確か、学園の見回りの筈ですけど」

 

 すると、トンヌラさんが意外な事を言ってきた。

 

「あぁ、確かにユートの言う通りだ。だがな、その見回りの最中に呆れた野郎がかくれんぼしていたのを見つけてな。俺が呼び止めて要件を問い質したら、旦那に用があるって言ってきたんだよ。それで、今日は時間ができたからあの坊主を鍛えるって聞いていたんで、こっちに来たって訳だ。それと、今話に出てきた「呆れた野郎」の事なんだが……」

 

 トンヌラさんはそう言って視線を後ろに向ける。僕もそれに合わせて視線をずらすと、そこには前髪を金に染めた黒髪と顎鬚を生やした風貌を持つ、和服姿の男性が不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ホウ? サーゼクスの妹の眷属は中々面白い訓練をしているな。神器の制御訓練に魔力の質と術式構造の見極め、更に自分に向かって飛んでくる無害な魔力弾をあえて体で受け止めさせる事で戦いにおける度胸と見極めに対する自信をつけさせる訓練も兼ねているのか。ここまで一石で何鳥も狙いながら、無理もなければ無駄もねぇ訓練は中々ないな。俺が結構本気で気配を消していたのにあっさり見つけたコイツといい、目の前のいっそ芸術的と言ってもいい訓練といい、この学園は本当に面白いな」

 

 明らかに見覚えのあったその男性は、僕の存在を確認すると親しげに声を掛けてきた。

 

「よう! 久しぶりだな、聖魔剣使い!」

 

 ……そう。以前、悪魔の契約活動を利用して僕に接触してきた、神の子を見張る者(グリゴリ)の総督。つまり、堕天使勢力のトップ。……その名は、アザゼル。悪戯好きの困った総督様だった。

 

「お久しぶりです、アザゼル総督。しかし、何故わざわざこちらに?」

 

 アザゼル総督は僕の問い掛けに対して、答えを返してくれた。

 

「あぁ、暇潰しを兼ねた下見だよ。明後日の首脳会談はここで行われるからな。……だから、そこのお嬢さん。別に攻めに来たわけじゃねぇから、心配すんなよ。解るだろ? 今ここにいる奴等で俺とまともに戦えそうのは、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)とそこの金髪黒人ぐらいだってのは」

 

 その言葉に振り返ると、確かにゼノヴィアがデュランダルを呼び出して身構えていた。そこで元士郎君がゼノヴィアを抑えにかかる。

 

「……確かに堕天使の総督に本気で攻めて来られたら、今頃一誠とトンヌラさん以外は全員死んでいるな。後、生き残れそうなのは瑞貴先輩とツァイトローゼさんが付いているはやてちゃんぐらいか。だからゼノヴィアさん、今は気を鎮めて剣を収めろ。下手に刺激すると、外交問題に発展するぞ?」

 

「……解った」

 

 圧倒的な実力差のある相手を前にしてもなお冷静な元士郎君の言葉を聞いて、ゼノヴィアは構えを解いてデュランダルを亜空間に仕舞い込んだ。一方、その一連の流れを見ていたアザゼル総督は、スッと目を細めて元士郎君を見つめている。

 

「しかしお前、中々思い切りがいいな。それでいて、俺との力量差を考慮した上で冷静に最善手を選択している。……お前みたいなのが、敵に回すと一番厄介なんだよなぁ」

 

 まさか、堕天使の総督というトップクラスの強者から評価されるなんてね。

 

 僕はそう感心していると、元士郎君がアザゼル総督の言葉に対して、右手を胸に当てながら深々とお辞儀をし、そこから返礼の言葉を口にした。

 

「名高き総督殿からお褒めの言葉を頂き、光栄の至りでございます」

 

 そう言い置いてから顔だけを上げて、笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「……と、お返ししたらよろしいですか?」

 

 ……元士郎君も中々やるね。

 

 僕がそう思っていると、元士郎君の切り返しを受けたアザゼル総督は溜息を一つ吐いた。そして、僕と会った時の事を暴露する。

 

「お前も聖魔剣使いと同類か? 以前、悪戯を仕掛けた時に仕上げにビックリさせてやろうと思って正体バラしたら、コイツ何て言ったと思う? ……気付いていた。だからあえて召喚に応じ続けていた、だとよ。つまり、情報蒐集の為に堕天使の総督である俺の前へと堂々とやって来ていたって訳だ。大したモンだって褒めてやったら、今のお前と同じ様に返して来たぜ」

 

 それを聞いた元士郎君は、肩を竦めながら僕に問い掛けてきた。

 

「やっぱり、器のデカイ共通の親友(ダチ)を持っていると、対応も似てくるモンなのかね?」

 

 だから、僕もそれに乗る形で答えを返す。

 

「どうも、そうらしいね。……さて、そろそろ二人もこっちに気付く頃かな?」

 

 僕がそう言った側から、早速ギャスパー君がこちらにやって来て声を掛けてきた。

 

「皆さん、大丈夫ですか?」

 

 しかし、ギャスパー君には慌てた様子がない。どうやらアザゼル総督に敵意がないのを読み取ったみたいだ。僕はギャスパー君に返事すると共にイッセー君について尋ねてみた。

 

「こっちは特に問題ないよ。それでイッセー君は?」

 

 僕のこの問い掛けに対して、ギャスパー君はアザゼル総督の後ろを指差す。

 

「一誠先輩なら、ほらそこにいますよ?」

 

 ギャスパー君の指差した先には、確かにイッセー君がいた。……ただし。

 

「お初にお目にかかります、アザゼル総督。私の名は兵藤一誠。今代の赤龍帝にしてエクスカリバーの担い手たる騎士王(ナイト・オーナー)、そして、あらゆる理より外れし逸脱者(デヴィエーター)。それら全てを兼ね備え、赤き龍の帝王達を統べる、新たなる赤を纏いし天龍の帝となりし者。そして、リアス・グレモリー様とソーナ・シトリー様の眷属としてお仕えしている、一介の兵士で御座います」

 

 いつの間にか不滅なる緋(エターナル・スカーレット)とミスリル銀製の鎧甲冑を纏った上に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を発現し、更に静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)に収めた真聖剣を腰に差すという完全武装を施す一方、頭を下げて跪く事で最敬礼を示していた。それを見たトンヌラさんが軽く口笛を吹く。

 

「旦那、なかなか粋な事をやってくれるじゃねぇか。これで、野郎は一体どう出てくるのかね? ……面白くなって来たぜ」

 

 トンヌラさんはそう言うと、心底面白そうな顔でイッセー君とアザゼル総督を見ていた。そんなトンヌラさんに倣って二人を見ると、その表情は共に不敵な笑みを浮かべていた。だけど、意志の流れを読み取る事で攻撃を見極められる様になった僕には解る。

 

 ……イッセー君。君の先制攻撃、どうやらかなり強烈だったみたいだよ?

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

現在、トンヌラは「歩くエクスカリバー」の道をひた走っております。
これで祝福と支配の能力にまで触れてしまったら……

では、また次の話でお会いしましょう。

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