赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.23 修正


第十三話 託される力

 突如走り去ったというよりは逃げ出したとしか思えない様な行動を取った憐耶さんの後を追ったイリナが憐耶さんを伴って戻ってきたのは、二人がこの場を離れてから大体三十分程経った後だった。戻ってきた憐耶さんは、まず皆の前で頭を下げて謝罪してきた。

 

「会長、副会長。さっきは申し訳ありませんでした。皆も勝手な事をして、ゴメンなさい。私、自分でもよく解らない様な事で自分を勝手に追い詰めちゃったのよ。でも、もう大丈夫。これからは、ただ会長や一君について行くだけじゃなく、その背中を支えられる様になるって、そう決めたから」

 

 謝罪の後の微笑みながらの決意表明を聞いて、僕はイリナが上手くやってくれたと安心した。

 

 ……先程飛び出した時の憐耶さんは、相当に追い詰められていた。

 

 それは駆け出そうとした時の表情を垣間見た際、すぐに解った。だが、僕が追おうとすると、生徒会のお手伝いさんだからという事でこの場に居合わせたイリナが待ったを掛けた。

 

「ここは任せて」

 

 ただそれだけ言うと、イリナはそのまま憐耶さんの後を追った。僕はイリナを信じて後を託し、その場に留まった。……それが、良かったのかもしれない。だから、僕はこれを安心して憐耶さんに渡す事ができる。

 

「だいぶ遅くなっちゃったけど、最後は憐耶さんだ。憐耶さんには、これを渡す予定だよ」

 

 そう言って憐耶さんに見せたのは、ベルトの付いた縦長で底が少し尖ったケースだ。

 

「これは……?」

 

 いきなり用途が良く解らない物を見せられた憐耶さんが少々困惑気味で尋ねてきたので、僕はケースの蓋を開けて中身を見せてから説明を開始する。

 

「これは少々特殊でね。使いこなすには、高い情報処理能力と動体視力、そして空間認識能力が必要なんだ。ただ並列思考(マルチ・タスク)が使えれば情報処理能力は補えるし動体視力もある程度は鍛えられるけど、空間認識能力は天性によるものが大きいからどうしても使える人が限られてしまう。そして、グレモリー眷属も含めた駒王学園の関係者の中で一番空間認識能力が高かったのが、実は憐耶さんなんだ。スピードが速くて動きの激しい前衛組の援護を今までこなせてきたのも、そのお陰。だから、その特性を最大限に生かせるこれを、結界鋲(メガ・シールド)を用意したんだ」

 

 そうして一度憐耶さんに見せた後、僕はケースの蓋を閉めてからベルトを腰に巻いてケースが右腰に来る様にセットした。

 

「結界鋲?」

 

 流石にすぐには理解できなかったであろう憐耶さんが改めて確認を取ってきたので、僕は結界鋲がどういった物なのかを教える。

 

「精神接続による無線での遠隔操作を可能とした、防御結界構築用の魔導具(アーティファクト)。それが、結界鋲だよ」

 

 そして、僕は結界鋲の実演を始めた。この結界鋲が、憐耶さんとシトリー眷属の未来を切り開く事を信じて。

 

 

 

Side:草下憐耶

 

 ―― 結界鋲。

 

 それが、一君が私に与えてくれる力の名前。そう思うと嬉しさで胸がはち切れそうになるけど、まずは一君の説明を聞くのが先だった。一君は先程の皆に対する説明の時と同様に皆から離れると、魔力を解放した。すると、腰に付けていたケースの蓋が開き、先程見せてもらった小さな宝石を中央に拵えた菱形の鋲の様な物が一つ飛び出してきた。一君は飛び出してきた物を掌の上に浮遊させると、それについての説明を始める。

 

「まず、結界鋲はこの様に魔力を供給する事でケースから飛び出し、自動で浮遊する事ができる。まぁロボットアニメで良くある、無線式の遠隔誘導兵器の様な物だと思ってくれたらいいよ。因みに、数え方は一基、二基だね」

 

 そこで一端説明を切ると、今度は氷の塊を作り出した後で複数の結界鋲を動かして氷の塊の周りに散開させ、結界鋲への魔力の供給量を増やした。すると、散開していた結界鋲の下半分が四方に広がり、中から小さなアンテナの様な物が出てくる。そして、それを起点として魔力が放出され、結界鋲同士が魔力で繋がる事で魔力場が形成された。……やがて、氷の塊の周りに魔力場が幾つも組み合わさった防御結界が展開される。

 

「そして、結界鋲を起点とする事で強力な魔力場による防御結界を展開する事ができる。これが、結界鋲の能力だ。また、応用性が非常に高くて、結界鋲の展開の仕方次第では様々な事が可能になるんだ。元士郎、黒い龍脈(アブソープション・ライン)を出してくれ」

 

 結界鋲の能力を説明した所で、一君は匙君に神器(セイクリッド・ギア)を発現する様に伝えてきた。匙君は疑問符を浮かべながら、指示通りに黒い龍脈を発現する。

 

「あぁ、解った」

 

 正にその瞬間、結界鋲が匙君の右手を囲い込み、防御結界で包み込んでしまった。

 

「元士郎。この状態でラインを出せるか、試してみてくれ」

 

 そんな状態で、一君は匙君に神器の使用を求めてきた。

 

「どうなるのか、結果が既に見えてる気がするんだけどな。よっ!」

 

 匙君は結果が見えていると言わんばかりに溜息をついた後、ラインを伸ばそうとする。

 

「……やっぱり、こうなるよなぁ」

 

 でも、黒い龍脈から伸ばされようとしたラインは防御結界を超える事ができなかった。そして、一君は今起こった事を踏まえて、結界鋲の応用例の解説を始める。

 

「今見た様に、展開の仕方によっては敵の攻撃手段を封じる事ができる。これは何も腕に限った事じゃなく、武器や足、ブレスを使う相手の場合は頭といった攻撃に関係するものを結界で包み込んでしまえばいいんだ。……それと元士郎、今の内に謝っておく。ゴメン」

 

 一君は解説を終えた後で、突然匙君に謝ってきた。……私には何をしているのかさっぱりだったけど、匙君はそれだけで一君が何をするつもりなのか悟ったみたいで、気にしない様に言ってきた。

 

「あぁ、気にすんなよ。今から何をするのか、俺も解ったからな。ただな、この時点で既にとんでも魔導具だぞ。それ」

 

 そして、溜息交じりでこの様に締め括った匙君に対して一君は愚痴を零す様に応える。

 

「……そう見えて、適性はあっても使えない人には本当に使えないからな。コレ」

 

 そんな事を言いながらも一君は結界鋲を十基ほど匙君に密着一歩手前と言えるほどに近づけると、そこから匙君の頭部以外をギリギリで収める事のできる大きさで防御結界を展開する。……ここに至って、ようやく私も理解できた。この状態が、一体何を意味しているのかを。

 

「元士郎」

 

 一君は匙君に呼びかけようとしたけど、匙君がその言葉を先読みして返事をしてきた。

 

「一誠、無茶言うなよ。唯でさえ結界の強度がシャレになってねぇってのに、隙間がなくて手足もまともに動かせない状態から、どうやってこの拘束から抜け出せって言うんだ? それこそ、純粋な力で魔力場を強引に引き千切るか、ゼロ距離から最大威力の攻撃を叩き込むか、もしくはここら一帯が吹っ飛ぶくらいの威力で全身から魔力を放出するかしないと、脱出はまず無理だぞ」

 

 ……この匙君の返事が、応用例の答えの一つだった。それを他の皆にも伝える様に、一君は解説を始める。

 

「……と、元士郎の協力で実証した通り、敵の体に密着する形で展開すれば敵の拘束に用いる事も可能になる。後は、今まで見せたものの逆として」

 

 すると、匙君を拘束していた結界鋲がそこら一帯に散らばると、防御結界が旧校舎の裏を覆う様に展開された。

 

「大きく広く展開する事で、戦場を封鎖する事も可能なんだ」

 

 そうする事で、退却も救援もできない様に敵を閉じ込める事も、外への被害を最小限に抑える事もできる。……防御結界の発生装置を小型化して自由に動かせる様にするだけで、こんなにも応用が利く様になるなんて。私は結界鋲を必ず使いこなす事を決心した。

 

「また、応用としては」

 

 ……でも一君の説明はまだ続く様で、どうやら少々気が早過ぎた様だった。私が内心気恥ずかしさを覚えている中、一君は防御結界を解除した後で結界鋲を一基だけ手元に呼び、魔力場を一点に集束させて魔力刃を形成した。そして、残った物についても同じ様に魔力刃を形成すると、内包する魔力を圧縮して後方から放出させて氷の塊に突撃させる。魔力の圧縮放出によって飛行速度は一瞬で音を遥かに超え、強力な魔力場を集束させた事で一際強力になった魔力の刃を展開した結界鋲は、氷の塊を容易く貫通して蜂の巣へと変えた。

 

「この様に魔力場を一点に集束させる事で鋭利な魔力刃を形成する事もできる。手に持てば魔力刃のナイフとして扱えるし、内包する魔力を圧縮して後方から一気に放出する事で敵を撃ち貫く事もできる。更に扱いに慣れてくると、三次元で敵を包囲して攻撃を仕掛ける事も可能だよ」

 

 この説明を聞き終えた時点で、匙君は溜息交じりで前言を撤回してきた。

 

「一誠、前言は撤回する。これ、生みの親であるお前がいくら魔導具だって言っても、絶対に誰も信じてくれないと思うぜ。むしろ、新種の神器だって言われる方がよっぽど信じてもらえるんじゃないか?」

 

 ……この匙君の言葉には、私も同意できる。何も知らない人からしたら、結界鋲は神器以外の何物でもないと思うから。でも、一君は首を傾げていた。

 

「そうかな? これって、遠隔誘導の方式については、はやての持っている夜天の書に記載されていた遠隔誘導式の射撃魔法の術式を一部転用しているだけなんだけどな。はやての話だと、割と基本的な魔法らしいし」

 

 ……遠隔誘導式の射撃魔法が、基本的な魔法?

 

 私は自分の耳を疑った。一体、何の冗談なのだろうか、と。それに会長とイリナは納得したみたいで苦笑いを浮かべているけど、他の皆は私と同じ反応を返していた。そして、それは匙君も同様だったらしい。

 

「なぁ、一誠。それ、本気で言ってるのか?」

 

 匙君からそう問われた一君は、かなり申し訳なさそうな表情を浮かべて匙君に謝ってきた。

 

「……ゴメン。自分で言っていて、「それはないな」と思ったよ。ロシウから教わった色々な魔法の中でも、遠隔誘導が可能なものはどれも難易度がA以上だったしね。遠隔誘導式の射撃魔法が基本の範疇だなんて、我が妹ながら何て非常識なんだ……」

 

 確かに、一君の言う通りだと思う。実際、コカビエルとの最終決戦では、封時結界という時間軸をずらす事で現実世界に影響を与えないようにする結界なんて代物をたった一人で作り上げてしまったのを見て、私は驚きを隠せなかった。だから、そこに反論を挟む余地はないと思う。……思うんだけど。

 そんな私の何処かもやもやした思いを、匙君が代弁してくれた。ただ、一言余計な物も入っていたけど。

 

「一誠。はやてちゃんも、お前にだけは言われたくないと思うぞ? 一般人の俺ならともかく」

 

 ……ねぇ、匙君。匙君も十分立派な()()()だと思うの、けして私だけじゃないと思うんだけど?

 「一般」とは一体何なのか、かなり悩ましく思えてきた所で、一君は結界鋲を一端ケースに戻すと、腰から外して私に差し出してきた。そして、改めて私の意志を確認する。

 

「それで、憐耶さん。意志確認をするけど、この結界鋲を受け取ってもらえるかな?」

 

 ……私の答えは、もう決まっている。

 

「えぇ。結界鋲、必ず使いこなしてみせるわ」

 

 私はそう言って、一君の手から結界鋲のケースを受け取った。その後で一君は私と結界鋲を精神で接続する作業に入ったけど、作業自体はあっという間に終了してしまった。

 

 これで、結界鋲は名実共に私の物となった。

 

 一君は私と結界鋲の精神接続に問題がないかを確認する為、まずは動かせるか試す様に言ってくる。

 

「憐耶さん、使い方は今教えた通りだ。早速だけど、動かしてみて欲しい」

 

 私はその指示に従う事を伝えた。

 

「解ったわ、一君」

 

 そして、一君と同じ様に右腰にケースが行くようにベルトを巻いてセットする。

 

「結界鋲、射出!」

 

 私は結界鋲への指示を言葉に出すと共に魔力を解放し、更に一個だけ射出して自身の周りを衛星の様に周回するイメージを思い浮かべる。すると、結界鋲は私のイメージ通りの動きをしてみせた。一君はそれを確認すると、問題なしと判断して次の指示を出して来る。

 

「精神接続は問題なし。次は扱う結界鋲の数を十基に増やして、防御結界を展開してみてほしい」

 

 私は次の指示に対して、承知の旨を伝えた。

 

「了解! ……結界鋲、射出! 防御結界、展開!」

 

 私はそう言うと、結界鋲を新たに九基射出すると共に最適と思われるポイントに結界鋲を動かし、結界鋲から魔力を放出させた。それによって結界鋲同士が魔力で繋がり魔力場を形成し、その魔力場が接合して防御結界を構築する。一君は結界鋲の基本能力が問題なく発動した事を受けて、今後の課題を伝えてから次の指示を出す。

 

「防御結界の形成も問題なし。後は、より効率の良いポイントを即座に見極められる様にならないとね。今度はちょっと難しいけど、魔力刃の展開を試してみてほしい。ただ、いきなり複数は無理だから、試すのは一基だけだ」

 

 ……本音を言えば、先程一君が実演してみせた様に複数同時にやってみたいけど、段階を踏んでという事なのだろう。

 

「解ったわ。試しにやってみる。……魔力場、集束!」

 

 私は結界鋲を一基だけ残して残りをケースに戻すと、額に指を当てて集中し、魔力場という「面」が「点」へと変わるイメージを思い浮かべた。すると、結界鋲から発生していた魔力場が徐々に収束していき、魔力の刃を形成した。

 

「内包魔力、圧縮」

 

 そして、私はさっき一君が実演してみせた様に魔力場を展開している結界鋲の後方から、内包した魔力が圧縮されてジェットエンジンの様に噴出するイメージを脳裏に浮かべる。……上手くいった手応えは確かにあった。

 

「……いっけぇ!」

 

 そこで先程一君が貫いた氷の塊に突撃する様に指し示すと、魔力刃を展開した結界鋲は圧縮した魔力を放出して氷の塊に突撃、見事に貫いてみせた。……ただ、それを見た一君は少し苦い表情を浮かべながら、私に注意してきた。

 

「魔力刃の形成から攻撃への応用までを、一発で成功させたのか。……憐耶さん。新しい力を試してみたいのは解るし、一発で成功したのは大したものだけど、できれば段階を踏んでほしいんだ。余りにも上手くいっているから解らないかもしれないけど、さっきの応用は心身への負荷が結構大きいから、慣れない内から無茶をさせたくないんだ」

 

 ……確かに、結界鋲とは精神で繋がっている事から、もし魔力の集束に失敗して暴走、それによって結界鋲が破れた場合には、私の精神にそのフィードバックが来ていたかもしれない。そう思えば、一君が苦い表情になるのも無理はなかった。だから、私は素直に謝ってから試す際にはちゃんと相談すると一君に伝える。

 

「ゴメンなさい、一君。これから試してみたい事があった時には、ちゃんと製作者である一君に相談するから」

 

 一君は私の謝罪を受け入れ、相談にも応じると言ってくれた。そして、最後になると思われる指示を出す。

 

「解ってくれたなら、それでいいんだ。必要になったら、何時でも声を掛けてくれて構わないよ。それで、後は動かせるだけの結界鋲を全て出してみてほしい」

 

 私はその指示に従って、一際大きな声を挙げる。

 

「えぇ。やれるだけ、やってみるわ。結界鋲、全基射出!」

 

 そして、自分が操作できるだけの結界鋲をケースから射出し始めた。

 

 ……十。

 

 ……十五。

 

 ……二十。

 

 ……二十五基を数えた所で、結界鋲の射出が止まった。

 

 数が増えるにつれて演算処理の負担が大きくなり、並列思考を使用しても追い付かなくなっていったから、おそらく安全機能が作動したんだと思う。射出が停止した後、私は自ら感じた事を一君に伝える。

 

「今の私じゃ、これが限界。ただ、ココから防御結界の展開はともかく魔力場の集束と圧縮放出をしようとすれば、五基は少なくなりそう。この上で攻撃を躱したり移動したりで自分も動いたら、そこから更に半分になりそうだわ」

 

 ……私の実感から、現時点での最大使用数は防御結界の展開に専念して二十五基、戦闘への使用で二十基、自身の移動込みで十基という事になりそうだった。そこで、一君が私にお礼を言いつつ、裏話を教えて来てくれた。

 

「ありがとう、憐耶さん。僕が思っていたより、最大使用数が多かったよ。現時点で搭載していた数を教えると、それを目指して無理しそうだから教えなかったけど、全四十基の内で半数に届くかどうかと思っていたんだ。……だけど、憐耶さんの適性は僕の予想より高かったみたいだね」

 

 その一君の言葉が、何よりも嬉しかった。

 

 ……気が付いたら、私の目から自然と涙が流れていた。そして、言葉が私の口から零れていた。

 

「……良かった。これで私も会長やシトリー眷属の皆、そして一君の力になれる。シトリー眷属の僧侶(ビショップ)だって、胸を張って言える。本当にありがとう、一君。私、この子達を大切にするからね」

 

 私は今まで、皆の後ろで援護する事しかできなかった。場合によっては、ただ皆に守られるだけだった事すらあった。だから、心の奥底でずっと無力感に苛まれてきた。どうして、私には前に立って戦う力がないんだろうって。

 

「貴女が的確に援護してくれているからこそ、皆は思い切って動く事ができるのです。戦いとは、単に敵と真っ向から戦う事だけではありませんよ」

 

 戦略家である会長はそう言ってくれていたけど、私には取ってつけた様な慰めの為の方便にしか聞こえなかった。それでも、任された仕事はきっちりこなしていこうって思って皆の援護を続けてきた。……その度に、横に立って戦えない事への悔しさを感じながら。

 それが今、世界で一番大好きな一君のお陰で、全く新しい力として結実した。結界鋲を使いこなせれば皆の援護をより効果的にできるし、自分の身を自分で守れるから皆は自分の戦いに専念できる。イリナに宣言した通り、誰かに縋る事無く一君や皆を支える事ができる。

 

 ……それが、一番嬉しかった。

 

 私が一人感慨に浸っていると、会長が私を含めた眷属全員に声を掛けてくる。

 

「皆、聞きなさい。私達は今、とても強い力を託されました。ですが、その託された力を修得できなければ、また修得できたとしてもその力に驕ってしまったら、意味がありません。それをしっかりと肝に銘じて、今後の訓練に励む様に。いいですね?」

 

 会長からの訓示を受けた私達は、全員はっきりとした声で返事した。

 

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

 ……それに、こんな所で満足なんてしないし、できない。

 

 何故なら、私が目指すのは一君の僧侶。つまりは赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の眷属。同じ想いを抱いている筈のレイヴェル様やアルジェントさんに追い付き、そして追い越さなければ、その目標には到底届かないのだから。

 

 ……だから、一君。私の事、しっかり見ていてね?

 

Side end

 

 

 

 シトリー眷属の強化プランは、全員が承諾した事で実行に移される事になった。元々、ギャスパー君育成計画においてシトリー眷属のトレーニングを兼ねる事を計画書に記載しており、それも込みで既に承認されていた事から、この際だからギャスパー君育成計画とシトリー眷属の強化プランを合流させる事にしたのだ。

 一例を挙げると、元々はギャスパー君に体の使い方を覚えさせる為の鬼ごっこの際、巴柄さんには一瞬で間合いを詰める歩法を使う事、留流子ちゃんにはアサルトエールの基となった魔法の一つであるフライヤーフィンで浮遊して動く事、翼紗さんと副会長には魔力爆縮の基礎となる魔力の部分集束を足に行う事、憐耶さんには体を動かしながら結界鋲を自身の周りを周回させる事をそれぞれ条件に加えた。流石に、補助魔法の修得を始めたばかりの桃さんについてはどうしようもなかったが、その内に時流操作のスロウムーブやクイックムーブとまではいかなくても強烈な閃光で敵の体を麻痺状態にするスタンスローターや相手を魅了して意のままに操るチャームを修得したら、逃げるギャスパー君に向かって使わせる事で一種の射撃訓練をさせる予定だ。

 この様に、ギャスパー君とシトリー眷属の皆に様々な訓練を課す一方で、僕自身は早朝鍛錬で参加者達と共に切磋琢磨する事でその力量を一緒に高めていった。

 

 そして、シトリー眷属の強化プランを提案してから三日後。四大魔王の半数がその為に人間界にやってくるという、世界創造まで遡っても間違いなく前代未聞であろう公開授業が開催された。

 

 ……尤も、やってきたのは魔王だけではなかったのだが。

 

 

 

Overview

 

 駒王学園で公開授業が開催される少し前。……色々な場所で動きがあった。

 

 ―― 二日前。

 

 人間界、イギリス。

 

「それじゃあ、駒王町に行ってくるよ」

 

「えぇ、気をつけて。あぁそうそう、イリナの記録はもちろんだけど、兵藤さん達へのご挨拶も忘れない様にして下さいね」

 

「解っているよ。イリナがお世話になっているし、一誠君との今後の事もあるからね」

 

 ―― 前日。

 

 冥界、フェニックス領。

 

「いよいよ明日ですな。父上」

 

「あぁ、そうだな。それと、兵藤君に逢ったら「レイヴェルの事を、これからも見守っていてほしい」と伝えておいてくれ」

 

「解りました、父上。……レイヴェルの求愛を断られてしまったのは少々残念ですが、その際に一誠が「運命が違えば、レイヴェルと添い遂げる可能性が高かった」と言ってくれたとの事。それなら、時の流れが一誠の考え方を変えるのを待てばよいでしょう。何せ、我々には幾らでも時間があるのです。レイヴェルもそれを見込んで、密かに動き始めている様ですし」

 

「そういう事だ。だから、今は機が熟するまで、じっくりと仕込んでいけばいい。……いや、待て。気が変わった。私も行くぞ。隣に住むレイヴェルが兵藤君はおろかご両親の世話にもなっているのだ。やはり、親である私も挨拶の為に直接出向くのが筋だろう。それに、今後に繋がる布石にもなる筈だ」

 

 冥界、シトリー領。

 

「……それで、セラフォルーは?」

 

「まだ前日であるにも関わらず、ソーナの元に向かいましたわ。よほど、ソーナと一緒に過ごしたかったのね」

 

「やれやれ、兵藤君のお陰でやっと普段の装いを改めたというのに、ソーナの事になると形振り構わないのは相変わらずか。できれば、もう少し落ち着いて行動してもらいたいのだがな。……さて、私も明日に向けての準備を始めるとしようか」

 

「……本当に、行かれるのですか?」

 

「あぁ、おそらくはそれが最上の一手だ。兵藤君と話をして解ったのだが、彼は家族をとても大事にしている。だったらいっその事、家族ぐるみで親睦を深めた方がソーナへの援護射撃となるだろう。……何より、兵藤君をあれ程の男に育て上げたご両親にも興味があるのだよ」

 

 ……兵藤一誠に、大きな嵐が近付きつつあった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

……という事で、残っていた最後の一人である憐耶は、一誠特製の魔導具である結界鋲を使用します。

一誠から新たな力を託されたシトリー眷属の今後にご期待下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。

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