赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.18 修正


第六話 ルシファー、驚く

 三大勢力の首脳会談の会場の下見を兼ねた公開授業への参加と今までは視界に入った対象の時間を任意で停める停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)を制御できずに封印されていたリアス部長のもう一人の僧侶(ビショップ)、ギャスパー・ヴラディ君の解放の為、サーゼクス様がグレイフィアさんを伴って人間界にやってきた。ギャスパー君の封印を解いて初顔合わせが終わると、サーゼクス様は少々困った様な表情を浮かべる。

 

「しかし、困ったな。今回は前もって準備をしていなかっただけに、宿泊施設を手配していなかった。しかも人間界とは言え、今は夜中だ。こんな時間に果たして空いている所があるだろうか……?」

 

 どうやら、数日後に控えた公開授業までこちらに滞在する予定らしい。それにしても宿泊施設の手配を忘れるとは、万事滞りなく手配するであろうグレイフィアさんにしてはとんだ手落ちだった。

 

 ……本当にそうなのだろうか? いや、ひょっとしたら……!

 

 ここで、僕はサーゼクス様の言葉の裏側にある思惑に気づいた。そして、その思惑に乗る事にする。

 

 

 

 ……その結果。

 

「先日は、妹の件でご子息には大変ご迷惑をおかけしました。ご子息のお陰で無事に問題を解決することができ、グレモリー家一同、大変感謝しています」

 

「いえ、それについてはお気になさらずに。息子が自らの意思で協力すると決めた事ですから」

 

「そう言って頂けると、誠に有り難い」

 

 今、僕の家のリビングでサーゼクス様と父さんが挨拶を交わしている。因みに、サーゼクス様はリアス部長の兄である事から魔王襲名以前のグレモリー姓を名乗っており、会社を経営するグレモリー家の跡取り息子という設定で話をしている。また、男達が挨拶を交わす傍ら、母さんは父さんの隣に座っており、グレイフィアさんはサーゼクス様の後ろに控えていた。一方、僕とはやて、そして現在我が家にホームステイ中のイリナといえば、少し離れた所で父さん達のやり取りを見守っている所だ。

 ……今晩の宿についてどうするか悩む素振りを見せていたサーゼクス様に対し、僕はこう提案した。

 

「それでしたら、今晩は僕の家でも構いませんか?」

 

 すると、サーゼクス様は少し考え込んだ素振りを見せた後、僕の提案を快諾した。それを受けて、僕は家に連絡して両親の意向を尋ねると、「ぜひ連れて来なさい」という色良い返事が来たのでこうして我が家に魔王夫婦を連れて来たのだ。

 ……僕と余人を交えずに話をしたいという、サーゼクス様の思惑通りに。でなければ、急遽決まった人間界への訪問とはいえ、グレイフィアさんが宿泊施設を手配し損ねるなんて事がある訳がない。因みに、魔王夫婦と呼んだのはグレイフィアさんがサーゼクス様の最愛の妻であるからだ。僕はその事実を既にサーゼクス様から惚気話と共に聞かされており、その際には久方ぶりに口の中が自然と甘くなる感覚を味わう事になった。

 

「それで、そちらのメイドさんは一体……?」

 

 サーゼクス様の後ろに立つグレイフィアさんの事が気になったのだろう、挨拶を一通り終えた父さんがサーゼクス様に尋ねると、サーゼクス様はグレイフィアさんの事を紹介し始めた。

 

「ご紹介しましょう。名前をグレイフィアと言います」

 

 そして、茶目っ気たっぷりの笑顔と共に、傍から見れば爆弾発言と思しき事を言い放った。きっと、僕以外の皆を驚かそうと思って仕掛けたのだろう。

 

「実は、私の妻です」

 

 ……だが。

 

「あぁ、そうだったんですか。それで納得しました」

 

 父さんの方が、一枚上手だった。

 

「……はっ?」

 

 まさか、父さんが驚くどころか納得してしまうとは、完全に想定外だったのだろう。仕掛けた張本人であるサーゼクス様はもちろん、無表情でサーゼクス様の頬を抓ろうと手を伸ばしていたグレイフィアさんですら、呆気に取られて動きを止めてしまっていた。……まるでカクンと微妙に力が抜ける様な何とも言えない雰囲気がリビングに漂う中、父さんは何故納得に至ったのかを説明し始める。

 

「いえね、グレイフィアさんでしたか。メイドとして後ろに控えている筈なのに、サーゼクスさんの後ろ姿を見つめる眼差しが時折愛しげなものへと変わるのが、少々気になりまして。てっきり、主人に対して道ならぬ恋心を抱いているのかと思ったんですが、成る程そういう事でしたか」

 

 ……あの無表情なグレイフィアさんの微妙な眼差しの変化だけで、父さんはその感情を察したというのだろうか? 僕は父さんの余りの察しの良さに、ただただ驚く事しかできなかった。一方、父さんはといえば、サーゼクス様に諭す様に言葉を重ねていく。

 

「サーゼクスさん、どうやら貴方は随分と健気な方を妻とされている様だ。会社の経営者の跡取り息子に嫁いだ女性が、夫の力となる為にあえてメイドに身を落とし、態度もまた主従のものに徹している。これは、貴方に対する想いがよほど強く深いものでなければできない事だと、私は思うんですよ」

 

 父さんから掛けられた言葉に対して、サーゼクス様は姿勢を正してからはっきりと答えた。

 

「えぇ。それについては、私も重々承知しています。私にとって、グレイフィアは何物にも代えがたい大切な妻ですから」

 

 真剣に答えるサーゼクス様の言動を見聞きして、普段は沈着冷静なグレイフィアさんが羞恥の余りに顔を赤くするという珍しい光景が展開されると、父さんは余計な心配だったかと頭を掻きながら話の矛先を僕へと変えてきた。

 

「ハハハ、これはこれは。どうやら差し出口が過ぎた様で。これはぜひとも、ウチの一誠に見習わせたいものですなぁ」

 

 ……何故、そこで僕に話を振るかな?

 

 そう思いつつも、僕はどう応えたらいいのか、判断に困ってしまった。しかし、それがいけなかった。

 

「いえいえ、ご子息も私に負けず劣らずといった所でしょう。何せ、ご子息もまた、愛する女性に関しては随分と情熱的な所がありましてね。先日、その一端を見せてもらったばかりなのですよ」

 

 サーゼクス様がとんでもない事を言い出してきた。おそらく、コカビエルとの戦いの後でイリナの件を願い出た時の話だろう。父さんはサーゼクス様が持ち出した話に俄然興味を示し始め、サーゼクス様に詳しく話してくれる様に頼み出した。

 

「ホウ? その話、これから酒でも酌み交わしながら、お聞かせ願えませんかね? 実は、とても美味い日本酒があるんですよ」

 

 ……どうやら秘蔵の酒を振る舞う事で、話を聞き出すつもりらしい。そして、話を持ち出したサーゼクス様がそれに乗らない筈もない。

 

「それはいいですな! 酒の肴にはもってこいですし、実は日本の酒がイケる口なのですよ!」

 

 そのサーゼクス様の言葉を了解と受け取った父さんは、「では早速」とソファから立ち上がると、秘蔵の酒を取りにキッチンへと向かった。……どうやら、これから僕にとっての生き地獄が始まるらしい。しかし、それから逃げ出す術など僕には既になかった。父さんの隣に座っている母さんの視線が僕の方を向いており、明らかに「逃がさないわよ?」と言っていたのだから。

 

 ……父さん、母さん。どうか、勘弁して下さい。

 

 

 

 あれから話が一段落して、もう暫くサーゼクス様と飲んでいるから部屋に上がってもいいという父さんの言葉で僕は自分の部屋に入っていた。

 なお例の話についてだが、サーゼクス様が裏に関する内容を少々脚色する形で例の件を暴露し、それに応じる形で父さんと母さんがここ一週間で大きく変わった僕の生活を詳細に話した事で、酒の入った父さんとサーゼクス様はすっかり盛り上がってしまい、遂にはお互いの惚気話まで始めてしまった。……そこで、調子に乗り過ぎだと判断したのだろう。サーゼクス様はグレイフィアさんからハリセンで容赦なくツッコまれ、父さんは母さんから思いっきり頬だの尻だのを抓られるなどして、お互いの妻からしっかりと制裁をくらっていた。

 それによって、男二人は愛する妻の尻にしっかりと敷かれているという事実をお互いに確認する事になり、話の槍玉にされた僕としては多少は溜飲が下がった様な気がした。

 

「あぁ、酷い目に遭った」

 

 自分の部屋に入った安心から、僕は早速愚痴を零していた。

 

「ホントね。お陰で、私まで恥ずかしかったんだから」

 

 そして、当然の様に僕の部屋に入って来ていたイリナも僕と同様に愚痴を零す。

 

「でも、パパとママって、お爺ちゃんから見てもすっごく仲良しだったんだね! あたし、それがすっごく嬉しいの!」

 

 そうなると、僕の精神世界からアウラもこれまた当然出て来ており、僕とイリナが他の人からも仲が良い様に見えている事を素直に喜んでいる。

 ……予習や宿題、復習、そしてテストが近いのでテスト勉強と学生としての本業を終わらせてから就寝までの一、二時間、こうしてイリナやアウラと一緒にゆっくりと過ごすのがここ最近の習慣となっている。だから、今夜もまた自然とこういう形に落ち着いていた。そうして三人でしばらく話した後、僕はアウラをイリナに預けるとそのまま立ち上がる。

 

「さてっと。そろそろ、サーゼクス様達が今夜使う客間の準備をしないといけないかな? 父さんは完全にお酒入っているし、母さんも後片付けで忙しいだろうから、僕がやらないとサーゼクス様達を待たせる事になっちゃうからね」

 

 僕がイリナとアウラにそう伝えると、イリナもアウラを抱いたまま立ち上がって僕の事を手伝うと言い出した。

 

「あっ。それじゃあ、私も手伝うわ」

 

 すると、アウラも右手を大きく上げて元気良く応えてきた。

 

「あたしも!」

 

「……解った。じゃあ、三人でやろうか?」

 

 二人がそう言ってきたので、僕は三人で客間の準備をする事を持ちかけると、二人は「「ウン!」」と声を揃えて了解してくれた。……声を出すタイミングといい、頷き方といい、二人は本当に良く似ていて僕の胸がほっこりとなった。

 その後、イリナが軽く床を掃除してから僕が仕舞ってあった布団を取り出し、体の小さなアウラは客間にあった小物の整理整頓と三人で作業を分担して行ったので、客間の準備を十分程で終わらせる事ができた。

 

「準備できたー!」

 

 アウラが元気良く終了を宣言すると、その微笑ましい姿を見た僕はイリナと顔を見合わせて一緒に笑みを浮かべる。

 

「何や。そろそろお客さんの泊まる部屋を準備せなアカンって思うて来てみたら、アンちゃん達がさっさと済ませてしもうたんか」

 

 その声を聞いた僕がドアの方へと振り向くと、そこには少々呆れた様な表情を浮かべたはやての姿があった。

 

「あっ、はやてお姉ちゃん!」

 

 アウラははやての姿を認めると、そのままはやての方へと飛び込んでいった。

 

「はやてお姉ちゃん。あたしね、パパとママがお部屋を準備するのを手伝ったんだよ」

 

 アウラがはやてに抱き着くと、客間の準備を手伝った事をはやてに伝える。すると、アウラを抱えていたはやては笑顔でアウラの頭を撫でながら、僕達のお手伝いを行った事を褒めた。

 

「おっ、そうなんか? 偉いなぁ、アウラ。本当にえぇ子や」

 

 はやてに褒められたアウラは嬉しそうな顔で僕の方を向く。

 

「エヘヘ。パパ。あたし、はやてお姉ちゃんに褒められちゃった」

 

 こうしたアウラの笑顔を見ていたはやては深い溜息を一つ吐くと、何処か感慨深げな面持ちで話し始めた。

 

「しかし、何やな。アンちゃん達、もうすっかり「しあわせ家族」になってしもうとるなぁ。しかも今では、わたしも「叔母さん」を完全に受け入れとるし。……慣れって、ホントに怖いなぁ」

 

 ……しかし、その表情に違和感を抱いた僕は、はやてに一つだけ念押しした。

 

「はやて。誤解しているみたいだから、一つ言っておくぞ。僕達が「しあわせ家族」と言うのなら、はやてもその一員だ。……ねっ、アウラ?」

 

 僕がアウラに確認すると、アウラは大きく頷いた。

 

「ウン! あたし、はやてお姉ちゃんも大好きだよ!」

 

 僕とアウラの言葉を聞いたはやては、その表情を大きく変える。

 

「……参ったなぁ。いつ、気づいたん?」

 

 はやてがそう問いかけてきたので、僕は正直に答えた。……兄としては、少々情けない話なのだが。

 

「今、さっきだ。……確かに、アウラという娘が出来たから、はやてと接する時間は減ったと思う。でもだからと言って、はやてが僕に遠慮する必要はないし、僕と接する時間が減って少しでも淋しいと感じたら、僕の所に話をしに来ても良いんだよ。それにアウラだって、はやての事をお姉ちゃんとして慕っている訳だしね」

 

 そう。何だかんだ言っても、はやてはまだ小学生。日頃、僕と色々と話す機会の多かったのが急激に減ってしまえば、淋しさを感じたとしても少しもおかしくはなかった。しかも、はやては本当の両親を亡くしてから僕と出逢うまでの二、三年間、ほぼ一人ぼっちで過ごしている。ひょっとしたら、その時の事を思い出してしまった事もあるのかもしれなかった。

 

「ハハハ。アンちゃん、元々器がデカイ思うとったけど、ここ最近はもっとデカなったなぁ。何ていうか、以前と比べてドッシリとした安定感があるっちゅうんかな? まるで、何があってもビクともせぇへんデッカイ山を見とる様な、そんな感じや」

 

 はやてがその様に僕を評してきたので、僕も少々の軽口を交えて応える事にした。

 

「一児の父親になったからね。そういつまでもフラフラしてはいられないさ」

 

 すると、はやてが僕に一つ頼み事をしてきた。

 

「……そんなら、一つお願いがあるんや。今日は、わたしがアウラと一緒に寝てもえぇかな?」

 

 はやての頼みを聞いた僕は、アウラの意志を確認する。

 

「アウラ、どう?」

 

「ウン、いいよ!」

 

 アウラの快諾を受けたはやては僕とアウラにお礼を伝えてきた。

 

「ありがとな、アンちゃん、アウラ。ほんじゃアウラ、早速わたしの部屋に行こか?」

 

「ウン!」

 

 そして、はやてはアウラを抱き抱えたまま自分の部屋へと戻っていった。はやてとアウラが楽しそうに会話をしているのをイリナと二人で見守っていたが、二人が部屋に入った所で僕はイリナに下に降りる事を伝える。

 

「それじゃ、僕は客間の用意ができた事を父さん達に伝えてくるよ」

 

 すると、イリナは承知の旨を僕に伝えてきた。

 

「えぇ、解ったわ。それじゃ、おやすみなさい。イッセーくん」

 

 そして、イリナはいつの間にか習慣化してしまった「おやすみのキス」を僕の頬に落としてから、自分の部屋へと帰っていった。……はやてではないが、慣れというものは怖いもので、それこそ最初の数日は胸の動悸が治まらずに中々寝付けなかったのだが、ここ最近はむしろ心が落ち着いて以前より安眠できるようになってしまった。

 そうして心が落ち着いた状態でリビングへと向かう途中、僕はサーゼクス様がそこまでして僕と話をしたいと思わせる程の何かについて考えていたが、まずは聞かない事には始まらないという事で考察をさっさと切り上げる。

 

 ……さて、一体どの様な話になるのやら。

 

 

 

「済まないね、イッセー君。私達が使える様に客間を準備してくれたというのに」

 

 あれから、客間の準備ができた事を父さんに伝えると、サーゼクス様は申し訳なそうな顔で「男同士でじっくりと語り合いたいので」と言って僕の部屋に泊まる事を両親と僕に頼み込んできた。流石にそこまで言われると断り切れず、既に客間の床に敷いていた来客用の布団を急遽僕の部屋に移す事になったのだ。

 

「いえ、お気になさらずに。ただ……」

 

 ……つまり。

 

「そこまでの話なのですか?」

 

 僕の部屋に泊まり込まなければならない程に長い話になる、という事だ。そうして僕が尋ねると、サーゼクス様は苦笑を浮かべながら、今回の兵藤家宿泊の裏にあったものを明かし始めた。

 

「流石に解ってしまうか。グレイフィアにあえて宿泊施設を手配させなかったのは、唯一一戸建てに住む君から一晩の宿の提供を受ける為。そして、何故そう仕向けたのかと言えば……」

 

 サーゼクス様はここで一端言葉を切ると、一度深く息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。そうする事で心を落ち着けたのだろう、サーゼクス様は論調を少し変えて何があったのかを僕に伝えてくる。

 

「イッセー君。私は、ネビロス総監察官から全てを教えられたよ」

 

 ……この言葉で、僕は全てを理解した。

 

「知ってしまったのですね。悪魔の真実を」

 

 僕がサーゼクス様に確認すると、サーゼクス様は頷く事で肯定した。

 

「……あぁ。できれば、永遠に知らないままでいたかったな。最早どう足掻いても、悪魔という虚構は消え逝く運命(さだめ)にある、なんて事は。こんな事、とてもじゃないが盟友であるセラフォルー達や私の眷属はおろか、妻であるグレイフィアにだって話せはしないよ。それこそ、自力でこの真実に辿り着いた事で「全てを見通す神の頭脳」の看板に一切の偽りなしと、ネビロス総監察官から認められた君以外にはね」

 

 ……確かに、僕がサーゼクス様の立場でも、最初に全ての事情を知っている僕に相談しただろう。すんなりと納得のいった僕は、サーゼクス様に悪魔の真実を知って何を思い、どう考えたのかを尋ねる。

 

「それで、どう思いましたか?」

 

 すると、サーゼクス様は悪魔の真実を知ってからの己の心境の変化を語り始めた。

 

「色々だ。本当に色々な事を思ったよ。まず、ネビロス総監察官から真実を伝えられる際、前置きとして「悪魔終焉の時まで、貴様達にはけして明かさないつもりだった」と魔王の指南役として言われた時、心底悔しかったし情けないとも思った。結局の所、私達は「真実を背負うに値しない」と見なされていたのだからね」

 

 力のない声でそう語るサーゼクス様の顔には、明らかに自嘲の笑みが浮かんでいる。

 

「だが、ネビロス総監察官から悪魔創世の真実から始まる説明を受け、更に「悪」も「魔」も失われた者が既に生まれ始めている事実を実証込みで示された時、私は納得してしまった。……確かに、現存する悪魔の大部分が聖書の神によって「悪」にして「魔」であると定義付けられた存在を祖先としているのは、まぎれもない事実だ。そして、その中には私の母方のバアルと現四大魔王のベルゼブブを務めるアジュカの実家であるアスタロトも入っている」

 

 そこまで語った所で、サーゼクス様は言葉を一端切り、深い溜息を一つ吐いた。

 

「ネビロス総監察官が、私達に真実を伝えられない訳だな。少なくとも、私やアジュカは自らの身を以てそれを証明していた筈なのに、それを全く理解できていなかったのだから。父に「悪魔というカテゴリーに入れていいのか悩む」と言わしめた私やアジュカの力の起源は一体何なのか。それを少しでも考えていれば、すぐにでも思い至っていた筈なのだよ。……私とアジュカは、悪魔が本来の姿と力に回帰する過程で発生した、いわば過渡期の突然変異と言うべき存在である事に」

 

「悪魔というカテゴリーに入れていいのか悩む」と実の父親に言われたというサーゼクス様の言葉に、僕は少々驚いていた。

 ……直接会った事のある四大魔王がサーゼクス様とセラフォルー様の二人で、四大魔王の筆頭であるサーゼクス様はその中でも最強という認識が僕の中にあったので、二人の間に相当の力量差があってもそれほど気にならなかったのだが、どうやら違っていた様だ。しかし、それはそれで少しおかしな所がある。

 

「しかし、サーゼクス様とベルゼブブ陛下は……」

 

 僕がそれを尋ねようとすると、サーゼクス様は自分の生まれた時期と当時の状況について語り始めた。

 

「あぁ。確かに聖書の神が死ぬ前に生まれている。ただ、当時前線で活躍していた母から聞いたのだが、丁度私達が生まれた時期を境にして聖書の神が著しく弱体化したらしい」

 

 そこで大体の事情が呑み込めた僕は、そこからの推測をサーゼクス様に伝える。

 

「そういう事であれば、聖書の神の著しい弱体化によって、悪魔に対する拘束力が若干緩まったのかもしれません」

 

 すると、サーゼクス様も「同じ事を考えた」と返してきた。

 

「私も同じ事を考えた。それに、バアルもアスタロトも元は聖書に記される程の強大な異教の神だ。それらが重なって、私達の様な存在が生まれたのだろう。それらの事実を踏まえた事で、私は悟ってしまったのだよ。悪魔とは、ふとした切っ掛けですぐにでも変貌してしまう様な、儚く崩れ去る虚構の存在だとね」

 

 悪魔の儚さを実感した事で何処か諦めてしまった様な表情を浮かべるサーゼクス様を見て、僕は改めて問い掛ける。

 

「……そこで、サーゼクス様は終わってしまうつもりですか?」

 

 僕の問い掛けに対して、サーゼクス様がハッとする様な表情に変わった。それを確認した僕は、サーゼクス様に掛けるべき言葉を続けていく。

 

「確かに、悪魔という種族そのものは聖書の神が押し付けた虚構と言って、まず間違いないでしょう。しかしだからと言って、冥界に住まう者達がその存在まで否定される謂れなど何処にもないのです。生まれながらにしてその存在を否定され、それでもなお今を懸命に生き続けているトンヌラさんはこう言っていた筈です。「だから、見せつけてやるのさ。教会に。天界に。そして、世界に。俺達は、ここにいる。誰が何と言おうと、今もこうして存在し続けている。かつての同類の様に、俺達はけして貴様等に滅ぼされたりしないってな」と。……サーゼクス様。貴方は、いえ悪魔として永い刻を生きてきた者達は、天使の力を宿し、その心も気高く強い者であるとはいえ、たった一人の人間に負けてしまうつもりですか? しかも、力ではなく心、そして魂の強さで」

 

 そこで言葉を一端切り、僕の言葉がサーゼクス様の心に行き渡るのを待った。そこでサーゼクス様の表情が更に変わっていくのを確認すると、僕は更に言葉を重ねていく。

 

「悪魔と呼ばれる者達は世界に生まれて、今もこうして生き続けている。その事実はけして虚構になんてなりはしませんし、させるつもりもありません。それに、悪魔が実体のない虚構というのなら、それをこれから本物へと変えていけばいい。何故なら、僕達は……」

 

 ここで、サーゼクス様は僕の言葉を遮り、自らの言葉で答えを返してきた。

 ……その瞳には、力強い光が宿っていた。

 

「生きている。誰が何と言おうと、今ここで。……そうだな。たとえ「悪」でなくなり「魔」を失おうとも、冥界を含めた全ての世界で生き続けていく事に何ら変わりはない。だったら、これからも悪魔として胸を張って生きていこう。たとえ、名ばかりの存在へと移り変わったとしても、私達は悪魔だ」

 

 ……どうやら、立ち直る事ができた様だ。僕はサーゼクス様に対し、言葉が過ぎた事をお詫びする。

 

「……済みません。何だか凄く偉そうな事を言ってしまって」

 

 すると、サーゼクス様は気にしない様に言ってくれた。

 

「いや、気にしないでくれたまえ。それどころか、よくぞ言ってくれたと感謝しているのだよ。……フム。ネビロス総監察官からの申し出を聞いた直後は余りに突飛過ぎると思ったが、これならむしろ検討する価値が大いにあるな。それに、その意味ではあの件もかえって都合がいい」

 

 少々、というには余りにも気になる言葉が出てきたので、僕はサーゼクス様にどういうことかを確認しようと声を掛ける。

 

「あの、サーゼクス様?」

 

 そこで、サーゼクス様は兵藤家に宿泊する為の表向きの理由を口にし始めた。

 

「あぁ、済まないね。実は、アザゼルとミカエルからそれぞれ駒王学園での首脳会談開催の条件として、「君に一度会って、直接話がしたい」という申し出があってね。最終的に、この申し出を承諾している。グレイフィアには、この件を君に直接伝える為にここへ来た事にしているのだよ。それで、近い内に二人が君に接触する事になるだろうから、君の目でしっかりと見極めて欲しい」

 

 ……堕天使総督アザゼルと天使長ミカエル。共に一大勢力のトップである存在が、僕に直接会いに来る。

 

 その事実を受けても、僕は不思議と動揺しなかった。

 

「解りました。お二人には「よろしくお願いします」と、お伝え下さい」

 

 だから、割とすんなりと二人に対する伝言をサーゼクス様に託す事ができた。

 

 神器(セイクリッド・ギア)に多大な興味を持ち、自ら研究に励んでいるという堕天使総督と、神亡き後も引き続き世界を見守り続ける天使長。

 

 僕は、この二人に会うのが本当に楽しみだった。

 

 

 

Postscript

 

 ここに、一つの問いがある。

 

 山は、何故美しいか?

 

 この問いに対して、ある者は「高いから」と答え、別の者は「大きいから」と答えた。しかし、その問い掛けをした者の答えはどちらでもなかった。

 

 ……「動かぬからだ」と。

 

 流れる雲に惑わされることなく、山は頑として不動の姿勢。そこに山の美しさがあるのだという。

 人は時に、いかなる困難を前にしてもけして動じることなく、ただひたすらに志を貫こうとする者の姿にどうしようもなく魅入られてしまう事があるのは、ひょっとするとその者の中に山の美しさを見出してしまうからかもしれない。

 そして、多くの者達を引き付け続ける兵藤一誠もまた、義妹であるはやて曰く「何があってもビクともせぇへんデッカイ山」となり始めているのだった。

 

Postscript end

 




いかがだったでしょうか?

原作におけるサーゼクスの暴露シーンを少々変えてみました。
拙作では、一誠やはやての秘密に勘付いていたので、これくらいの事は造作もなくやってのけるでしょう。

父という生き物は、本当に偉大です。

では、また次の話でお会いしましょう。

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