赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.13 修正


第二十七話 動き始める世界

 白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)を名乗る事を自ら宣言した白龍皇ヴァーリがコカビエルとフリードを連行した事で、エクスカリバーの複製品の盗難に始まる今回の騒動は終焉を迎えた。その後、サーゼクス様は事の一部始終を見届けてから、そのまま冥界へと帰っていった。いつでも出られる様にしていたとはいえ、全ての仕事を処理できた訳ではないらしく、これから戻って直ぐに仕事を再開しなければいけないとの事だった。……魔王というのも、楽なものではないらしい。なお、冥界に戻る直前にサーゼクス様から関係者全員に聖書の神の死について口外しない様に厳重に注意された。確かに神の死が世間に知れ渡ると、今後の情勢が予断を許さないものになってしまうだろう。それを理解した僕達はサーゼクス様の前でけして口外しない事を誓った。尤も、セタンタはあくまで僕に対して誓っていたのが、少々問題になったのだが。一方、イリナとゼノヴィア女史は一度引き払った拠点には流石に戻れず、礼司さんの教会に向かう事になった。そこで今回の一件に関する最終報告を行うらしい。

 そして、グレモリー眷属とシトリー眷属の戦後処理だが、はやてが極めて堅固な封時結界を展開、その維持に全力を注いでくれたお陰で現実世界への影響はなく、駒王学園の敷地内の被害も皆無。人的被害についても、最終決戦に参加した人員の中にはこれといった怪我人は出ず、またコカビエルと戦った僕はカリスの加護によって軽傷で抑えられていた所に、真聖剣が星の力を一気に欠片六個分回収した事で新たに発動した「力の回復」も重なった事で全快していた。一方、コカビエルとの戦いに参加しなかったメンバーの内、はやてを除く全員が軽い怪我をしていたが、アーシアと水の()(どう)(りき)に目覚めた事で治癒の魔動力を扱えるようになったソーナ会長のお陰で間もなく全回復したそうだ。その為、サーゼクス様が冥界に戻られてから行った現状確認のみで戦後処理が終わった為、二十分後には解散して帰宅の途に就いた。

 

 ……それから一週間後の放課後。

 

 授業を受け終えた僕は生徒会室で生徒会の仕事を手伝っていた。因みに、あの日の翌日に僕が逸脱者(デヴィエーター)にしてエクスカリバーの真なる担い手である二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)である事をシトリー眷属の皆に改めて告白し、実際に本当の羽も見せた。ソーナ会長から既に伝えられていた元士郎以外の皆は、僕が真実を隠していた事に対して憤慨するものの、ソーナ会長からの説明を受けて納得してくれた。……ただ、憐耶さんの反応がかなり激しいものだったのが、少し気にかかるが。

 

「それで、神の子を見張る者(グリゴリ)からは何と?」

 

 僕は仕事をこなしながら、ソーナ会長に堕天使側のその後について尋ねる。流石に僕の立場では、その辺りの情報が入って来ないからだ。すると、ソーナ会長はすぐに答えてくれた。

 

「コカビエルについては凍結地獄の最下層コキュートスでの永久冷凍刑が決定し、間もなく執行されるそうです。また総督であるアザゼルから、天界と教会そして冥界の魔王様の元に今回の件に関する直筆の謝罪文が送られてきました。そして近々、今回の件に関する謝罪の為にアザゼル本人が直々にこの地に訪れる事になっています」

 

 ……コカビエルに対して、随分と処分が甘い様な気がする。戦争再開を目的としている事から軍紀違反どころか反逆罪すら適用可能である以上、僕なら間違いなく死罪、そうでなくても無力化は確実に行う。あくまで冷凍刑である以上、第三者の手によって復活させられる恐れがあるからだ。尤も、死すら許さないとして僕が堕天使としての主要能力を奪った為、コカビエルにできるのはそれこそ神輿役ぐらいであるのだが。あるいは聖剣奪取における情報操作能力の高さを考えると頭脳面でも秀でていると思えるので参謀は務まるかもしれない。ただ、如何にエクスカリバーを扱う赤龍帝とはいえ中級悪魔に過ぎない者に為す術なく敗れた者を神輿として担ぐ者がそもそもいるのかといえば首を傾げたくなるし、アレだけ気位の高い男が参謀とはいえ誰かの下に甘んじて就けるのか、やはり疑問だ。その一方で、堕天使側の動きからはっきりと見えてきたものもある。

 

「コカビエルをヴァーリが連行して行った時点で確信していましたけど、どうやら今回の件は本当にコカビエルの独断、というより暴走の様ですね。裏から唆した線も考えていたんですが、それならむしろ口封じの為にその場で仕留めている筈ですから」

 

 僕の考えを聞いたソーナ会長は一瞬ギョッとした反応を見せたものの、直ぐに表情を元に戻した。

 

「流石にリアスの「探知」でも過去の事象を見通すことはできませんからね。そこまでは確認できなかったのでしょう」

 

 ……確かに「今」は無理でも、リアス部長には将来的に過去の事象を見通す事が十分可能となる素養と才気がある。しかし、時間軸の「探知」についてはグレモリー家の秘中の秘である為、幾ら幼馴染の親友であるソーナ会長でも知らせるわけにはいかなかった。僕は話の流れに乗る形で天界側の対応についても尋ねる。

 

「それで、堕天使側の対応を受けて教会と天界はどう反応していますか?」

 

 それについても、ソーナ会長は丁寧に答えてくれた。

 

「まずは教会ですが、堕天使側の行動には大いに疑わしい所があるので、遺憾ではあるが今後は悪魔側と連絡を取り合いたいとの事です。流石に信徒達の手前、大っぴらに対話を始めようとは言えませんからね」

 

 この教会の反応については、ソーナ会長と揃って苦笑いするしかなかった。

 

「こう言ってはアレなんですが、悪魔を共通の敵とする事で教派を超えて纏まっている所がありますからね。では、天界は?」

 

 僕は次に天界の動向について尋ねると、ソーナ会長から意外な言葉が飛び出してきた。

 

「どうもアザゼルが謝罪に訪れるのに合わせて、天使長のミカエルが自らこの地に訪れる事で三大勢力の首脳会談を開催する心積もりのようですね。現在、外交担当のお姉様が非公式に折衝を重ねているそうです」

 

 この天界の動きを聞いて、僕はある考えに至った。

 

「……これはひょっとすると、そういう事なのか?」

 

 これは神の死を知っていなければ、想像する事さえできない事だった。そして、僕が長い時間を掛けて少しずつ形にしていこうと考えていた事が、コカビエルによる暴走の反動によって急速に現実へと変わりつつある。そうなると、今までマイナスにしかならないと思っていた僕の存在が、かえってプラスに働くかもしれない。……それに、聖魔和合は天界と冥界の和平が最終目的ではない。むしろ中間地点であり、そこから天界と冥界が手を取り合って共存共栄して、初めて聖魔和合は完成する。ならば、僕の使命は首脳会談が成功してから、という事なのだろう。

 

「一誠君?」

 

 ソーナ会長が訝しげな表情でこちらを見ているので、僕はソーナ会長にある可能性を示唆する事にした。

 

「ソーナ会長。まだ詳しくは言えませんが、これから一月の間に世界が大きく動くかもしれません。それによって、シトリー眷属やグレモリー眷属の在り方もこれから大きく変わっていく事になるでしょう。……まぁ、今は大きな変化が起こり得ると頭の片隅にでも覚えておいて頂けたら結構です」

 

 そこまで言い終えると、ソーナ会長は珍しく優しい微笑みを浮かべながら話しかけてくる。

 

「頼りにしていますよ、私の十一駒の兵士(イレヴン)

 

 だから、僕もそれに合わせて返事をした。

 

「私にお任せを、ご主君(マイ・キング)

 

 そうしたやり取りをソーナ会長と交わしていると、レイヴェルと最近新たに加わったお手伝いさんから紅茶と手作りのお菓子の差し入れがあった。

 

「はい。イッセーくん、ソーナ。ウェールズ地方の伝統的なおやつ、ウェルシュケーキよ。レイヴェルさんが入れた、美味しい紅茶と一緒にどうぞ。二人とも、もう二時間もずっと書類仕事しっぱなしなんだから、そろそろ一息入れたらどう?」

 

 彼女からの言葉で時間を確かめると、確かに仕事を始めてから二時間が経過していた。一息入れるには、丁度いい頃合いだろう。僕は早速ソーナ会長に休憩を提案する。

 

「それもそうか。ソーナ会長。丁度切りのいい所なので、ここで一息入れましょう。このまま続けても、疲れるだけで効率が上がりませんし」

 

 すると、ソーナ会長も僕と同じ事を感じたのだろう、すぐに了解してくれた。そして、差し入れを用意してくれたレイヴェルと新入りのお手伝いさんに感謝を伝える。

 

「そうですね。では、少し休憩しましょうか。それと差し入れ、有難うございます。レイヴェルさん、イリナ」

 

 ……そう。新たに加わったお手伝いさんとは、試験を無事に合格して駒王学園高等部二年生として編入する事になったイリナだった。龍天使(カンヘル)に転生したイリナは、結局このまま駒王町に残る事になったのだ。それは、トンヌラさんが自らの素性とそれに関わるある計画について話してくれた結果だった。

 

 

 

 今から一週間前。

 

「実は、教会の中にいた一部の馬鹿が天使の量産を目指して行った計画(コト)があるんだ。……そして、俺は翼が生えなかった、いわば失敗作なんだよ。それで、いわば成功例であるお嬢さんが問答無用で実験動物にされちまうって訳だ。だから、お嬢さんを教会や天界に行かせるのは止した方がいいって言ったのさ」

 

 このトンヌラさんの告白について、僕は理解が及ばなかった為にどういう事かを尋ねる。

 

「一体、どういうことですか?」

 

 すると、トンヌラさんは溜息を一つ吐いてから事情を説明すると言ってくれた。

 

「まぁ、話を聞かないと納得はできねぇよな。解った、話をしてやる。そもそも、それが協力を受け入れてもらう為の交換条件だったからな」

 

 そして、トンヌラさんは一息吐いてから事情説明を始める。

 

「それで、俺が失敗作だってのはさっき話したな。その続きなんだが、聖剣計画って知っているか? 聖剣を扱える様にするっていう謳い文句だったアレとはまた別の計画なんだが、傑作だぞ。天使はあらゆる劣情を抱く事を禁じられている。だから、天使は基本的に性行為で数を増やせない。だったら、天使の「精」と「卵」を取り出して人工的に「受」けさせれば、天使を量産できるんじゃねぇか? ……そう考えた馬鹿がいるんだよ。教会の中にな」

 

 トンヌラさんから正に天使量産化計画というべきものの存在を知らされた僕は、完全に絶句してしまった。

 

「なっ……!」

 

 確かに、人間でも不妊症の夫婦が子を得る為に人工授精をする事はけして珍しくはない。だが、それはけして「量産」などと物を作り出すかの様に言うべき事ではない。

 

 ……命という物を、余りにも冒涜している。

 

 僕にはそうとしか思えなかった。現に、十字教関係者であるイリナは僕の袖をギュッと握りしめながら、愕然とした表情でトンヌラさんの言葉を聞いていた。

 

「そんな。主を崇めるべき人達が主の教えを蔑ろにする様な行為に及ぶなんて……!」

 

 そして、トンヌラさんは自らの出自と共に計画の名とその推移を語っていく。

 

「……「天の子(エデンズ・チャイルド)」計画。確か、そんな名前だった筈だ。尤も、内容が内容だからな、天界はおろか教会の上層部にも極秘裏に進められたんだけどな。ただそうなると、計画の肝である天使の「精」と「卵」を手に入れられる訳がない。だからまず第一段階として、下級の堕天使を複数とっ捕まえてから聖書の神への愛を徹底的に刷り込んで洗脳したらしい。そしたら、男の堕天使が一人だけ天使に戻ったって話だ」

 

 堕天使が、天使に戻る。

 

 皆は驚きを隠せないでいるが、僕にはどういう理屈でそうなったのかを理解できた。

 

「そうか。天使は神への愛を失って欲に溺れると、堕天使へと堕天(フォールダウン)してしまう。その意味では、天使という種族はその精神性がそのまま姿に反映されるといえる。だから、堕天使が欲を神への愛へと転化、いわば昇華(サブリメイト)する事で天使に復帰しても何らおかしくはないという訳か」

 

 僕自身こう言いはしたものの、本来天使の堕天は不可逆的な物である筈だ。そうでなければ、おそらく堕天使が改心して天使に復帰するという事が今頃冥界中に知れ渡っているだろう。それにも関わらずに天使へ戻ってしまったという事は、少なくとも聖書の神が構築した天使に関するシステムに異常が出たと判断するべきだ。つまり、本来なら癒せない筈の悪魔を癒してしまったアーシアの事例と、ほぼ同様の出来事が起こったと言えるだろう。

 ……同時に、ほぼ確信に近い形でその結末もまた同様なものになりそうな予測が立ってしまったが、今はあえて口に出すべきではない。トンヌラさんの話は、まだ終わっていないのだから。

 

「正直言うと俺も到底信じられねぇんだが まぁ現実に起こっちまった以上はアンタの言う通りなんだろうな。それで、話の続きだ。とりあえず天使の「精」は確保できたが、それから更に女の堕天使を追加で捕まえて洗脳しようとすれば、動きが大きくなって流石にバレる。そこで、一先ずはハーフ天使を量産する事で一定の成果を出し、上層部に正式の計画として採用してもらう事を第二段階として、「卵」については人間の物を使う事にしたらしい。そして、その「天の子」計画の第二段階の結果、俺が生まれた。……いや、「生まれた」ってよりは「製造された」だな」

 

 この時点で、僕はアウラを強制的に精神世界に戻さなかった事を後悔した。……幼い子供には到底聞かせられないものだったからだ。しかも、話はまだ続いている。

 

「そんな俺は、生まれつき天使の力である光力を持っていた。だが、肝心の天使の輪と翼が生まれた時にはなく、成長しても出てくる兆候がなかった。だから、失敗作だとよ。そして俺以外に何十人も「製造」されて、光力こそ誰もが持ったものの、結局は誰も天使の輪と翼を持つ事はなかった。それどころか、光力の制御がまともにできない奴の方が多くてな。その影響で体が10 m位にまで成長したり、逆に何年たっても赤ん坊のままだったり、ある日突然体がドカン、なんて最悪なケースもザラだったぜ。そして、失敗作と見なされた俺達は、来る日も来る日も過酷な人体実験に晒された。失敗作からより詳細なデータを取って、成功への糧にしようって訳だ」

 

 ここまでの余りに悲惨な「天の子」計画の話に、純血悪魔であるリアス部長は憤慨していた。

 

「何なの、それは。それこそ、正に悪魔の所業じゃない……!」

 

 そんな悪魔らしからぬ反応を見せるリアス部長に少々苦笑いを浮かべつつ、トンヌラさんは話を続けていく。

 

「だが、どうやら「天網恢恢疎にして漏らさず」ってのは、本当らしくてな。最後は良心に苛まれた研究者の一人が密告したらしく、そこから「天の子」計画が発覚。教会の上層部の判断で計画は即刻中止され、俺達は馬鹿諸共始末される事になった。俺達は禁忌の存在だ。だから「なかった」事にするってな。幸い、俺達の中で「姫」と呼ばれていた、一番光力が強い代わりに体がボロボロで身動き一つ取れなかった奴が、度重なる人体実験をどうにか耐え抜いた事でその時点において唯一五体満足だった俺をそこから遥か遠くに転送してくれたお陰で、俺はどうにか助かった。因みに、その後で俺を拾った親切な爺さんが名付けてくれたのが「シモン」で、爺さんの姓が「トンヌラ」だったんで、俺は「シモン・トンヌラ」になったという訳だ。だが、結果として俺の脱走が成功した事で、他の奴等は証拠隠滅の為にあの後すぐに全員殺されただろうな。……アンタ達が生まれたばかりかそこらぐらいの頃の話だ」

 

 トンヌラさんは「天の子」計画について語り終えた。余りに衝撃的な内容と結末に、セタンタは怒りを隠そうともしない。それどころか、そのまま放っておいたら、総本山のヴァチカンに一人殴り込みをかけてしまいそうだ。

 

「なぁ、一誠さん。こんなクソみてぇな話、本当に罷り通ってるんですか? ……いや、返事は結構です。訊いた俺が馬鹿でした。もし違うってんなら、瑞貴さんや祐斗さん達の事だって罷り通る訳がねぇや」

 

 僕に問い掛けながらも結局は自分で答えを導き出したセタンタは、ここで怒りを爆発させた。

 

「……「失敗作」を「廃棄」する? 「禁忌」だから「なかった」事にする? 言葉を幾ら変えようが、やってる事はちっとも変わらねぇだろうが! クソ共が! 生まれてきた命を、一体何だと思ってやがる!」

 

 一方、トンヌラさんはセタンタの若さ故に抑え切れない激昂を見て、少しだけ救われた様な笑みを浮かべて感謝を伝えてくる。

 

「……坊主、アリガトな。アイツ等の為に怒ってくれて。これで、少しだけアイツ等が救われた様な気がするぜ」

 

 トンヌラさんはそう言ってからしばらく沈黙していたが、やがて血を吐き出す様に自らの思いを語り始めた。

 

「俺達は禁忌の存在だ? だから「なかった」事にする? なんだ、そりゃ。だったら俺は、いや俺()は生まれて来ちゃいけなかったのか? ……冗談じゃねぇ。確かに、俺達はけして認めちゃいけねぇ生まれ方をしたかもしれねぇ。だがな、それでも俺達は生まれた。生まれてきちまった。そして俺達は皆、未来を夢見て生きてきたし、もう俺だけになっちまったが今もこうして生きている。だから、見せつけてやるのさ。教会に。天界に。そして、世界に。俺達は、ここにいる。誰が何と言おうと、今もこうして存在し続けている。かつての同類の様に、俺達はけして貴様等に滅ぼされたりしないってな」

 

 トンヌラさんが自らの思いを語り終えた所で、その最後の言葉から僕はある古の種族に思い至る。

 

「トンヌラさん。まさか、貴方達は……!」

 

 僕の驚愕を感じ取ったトンヌラさんは、僕が正解に行き着いたと判断したのだろう。己の正体を語り始めた。

 

「気づいたか? まぁアレだけヒントを出したし、アンタはこの中でも特に頭が良いから当然だな。アンタの想像通りだぜ、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)。……かつて天から堕ちた御遣いが人間の娘と交わった事で生まれた、暴虐の巨人。古の名のある英雄の全てが当て嵌まるとされる、人間の超越種。そして、それ故に聖書の神が大洪水で世界ごと滅ぼした、禁忌の存在。「天の子」計画の第二段階で「製造」された俺達は、ソイツ等と同一の存在であり、俺はその最後の生き残り」

 

 そして、トンヌラさんは己の種族を声高らかに謳い上げる。

 

「俺は天より堕ちた御使いの子にして天の堕とし子の意を持つ、はじまりの異端。……ネフィリムだ」

 

 ―― ネフィリム。

 

 確かに聖書では、天を衝く程の巨人である彼等は地上で暴虐の限りを尽くしていた為に、聖書の神はノアの一族に全ての生命を一番いずつ箱舟に集めさせた上で、全てを大洪水で押し流して地上を浄化したとされている。そして、「天使の子でありながら、翼を持たない存在」という意味において、トンヌラさんの種族として該当するのは確かにネフィリムだ。

 一方、話を聞き終えたソーナ会長はトンヌラさんの説明を聞いて、納得の表情を浮かべている。

 

「そういう事ですか。だから、心持たぬ群体としての天使だった時のイリナは、貴方を「主のご意向にそぐわぬ異端」と評していた訳ですね?」

 

 イリナが、心持たぬ群体としての天使だった? ……どうやら、後でその辺りの話を詳しく聞く必要が出てきた様だ。そして、トンヌラさんはソーナ会長からの確認に対して頷きながら応えた。

 

「あぁ、その通りだ。そして、俺がお嬢さんを止めた理由もこれで解っただろ?」

 

 そうしてトンヌラさんから問い掛けられた僕は、自分の考えを伝えていく。

 

「えぇ。確かに「天の子」計画の事を聞いた今となっては、僕の中からイリナを教会に帰すという選択肢は無くなりました。イリナはアプローチを変えた「天の子」計画の成功例といってもいい。だから、研究者は何を差し置いてもイリナの詳細なデータを取ろうとする筈。しかも、その時の状況を再現しようと考える者が出て来ても、全くおかしくない。……主の為であれば、何をしても許される。その信仰の意味を取り違えた言葉を免罪符として」

 

 ……信用と盲信は異なる。

 

 主の盲信に乗じて一度は世界を滅ぼしたカルラという実例を知っている以上、イリナをこのまま教会に帰らせる訳にはいかなかった。だから、何とかしてイリナをこの駒王町に引き留める必要がある。僕がその為の策を考え始めようとした時だった。

 

「イリナ、この際だから教えておこう。……主は既に亡くなられている」

 

 ゼノヴィア女史が、唐突に世界の禁忌をイリナに伝えた。

 

「えっ……? ゼノヴィア?」

 

 イリナはゼノヴィア女史から突然言い渡された「聖書の神の死」という衝撃的な事実に驚きこそ隠せないでいるが、それだけだ。特に大きなショックを受けた様には見えない。そのイリナの反応を見たゼノヴィア女史は、何処か納得の言った様な表情を浮かべていた。

 

「……私やアーシア・アルジェント程のショックは無い様だな。これなら、今朝大泣きした時の方がよほど落ち込んでいたぞ。やはり、お前の中の一番は彼、兵藤一誠だったな。だが、それならむしろ好都合だ」

 

 ゼノヴィア女史はそう言うと、イリナにこれから為すべき事を言い聞かせ始める。

 

「良いか、イリナ。今から、私の言う事をよく聞け。コカビエルとの戦いの最中に主がお亡くなりになった事を聞かされたと、お前はそう上層部に報告するんだ。そうすれば、お前は主の死を騙る不届きな「異端」として、十字教教会から追放されるだろう。これでお前が龍天使という全く新しい天使になった事を教会や天界から隠し(おお)せる筈だ」

 

 それは、イリナをあえて「異端」とする事で十字教教会から切り離す策だった。……しかし、それではイリナが支払う代償が余りにも大き過ぎる。僕はゼノヴィア女史にその代償について指摘した。

 

「ゼノヴィア女史。それでは、父親がプロテスタントの牧師を務めている関係上、イリナは両親と一生会えなくなってしまいますが……」

 

 すると、ゼノヴィア女史は完全に固まってしまった。……どうやら、イリナの家族の事を完全に忘れていたらしい。

 

「うっ。そう言われると、確かにイリナは両親が健在だった。それに確か、イリナの父親は牧師だけでなくエージェントの局長を兼任していた筈。そうなると、別ルートの情報から真実を導き出しても何らおかしくはない。……私の頭では、所詮これが限界なのか」

 

 ガックリと肩を落としたゼノヴィア女史の姿を見て、流石にちょっと可哀そうだと思った僕は「教会とイリナを切り離す為に報告を偽る」という彼女の案の骨子に(のっと)った修正案を示す。

 

「ですので、上層部への報告内容を「紫藤イリナは奪われていた夢幻の聖剣(エクスカリバー・ナイトメア)の幻覚攻撃を受けた事で心身喪失状態に陥っている為、現在は武藤礼司神父の教会で療養中。なお、「主が既にお亡くなりになったなんて、嘘だ」といううわ言を漏らしている事から、主が身罷られたなどというあり得ない妄想を植え付けられている模様」とこの様に修正して、貴女一人で報告を行って下さい。これで、しばらくは時間稼ぎができます。その間に、ルシファー陛下にはお力添えをお願いしたく存じ上げます」

 

 僕がここまで言うと、サーゼクス様は何を僕が求めているのか、理解してもらえた様だ。自分に何をさせたいのかを言葉にしていた。

 

「成る程。私から直接ミカエルに事の真相を伝える事で彼女を彼の預かりとし、教会からの介入を遮るという訳か。確かに人格者のミカエルなら、彼女を無碍には扱わないだろう。それに、向こうも今回の件でこちらに大きな借りがある。だから、こちらからの申し出に早々否とは言えない筈だ」

 

 ……この辺りの判断の早さは、やはり魔王として冥界を統治してきた経験故だろう。だから、僕はサーゼクス様の前で跪くと、重く賞するとされた今回の功績の全てを引き換えとする形でサーゼクス様に懇願した。本来なら、リアス部長とソーナ会長を通して行うべき事だが、今回はあえてそれを無視した。

 

「仰せの通りでございます。それに伴い、今回の件における私の功績の全てと引き換えに致しますので、どうか我が願いをお聞き届け頂きます様、お願い致します」

 

 しかし、サーゼクス様は僕の懇願にかなり困惑気味な表情を浮かべていた。

 

「そこまで言われると、むしろこちらの方が困ってしまうな。引き換えとする功績が余りに大き過ぎて、かえって釣り合いが取れていないよ。……その子の事が、そこまで大事なのかね?」

 

 サーゼクス様にイリナの事について尋ねられた僕は、聖魔和合の本音も交えた上で答えた。

 

「世界のあらゆる理から外れた私の正体が白日の元となった今、もはや世界の何処にも逃げ場はなく、「聖魔和合」を為し遂げる以外に私の未来はございません。……ですが本当の事を申し上げれば、天界と冥界が共存共栄する「聖魔和合」を為さずして、天界勢力に属する彼女と添い遂げる事は叶いません。故に、未だ誰も歩んだ事のない、正に名もなき道へと踏み出す事を決意したのです」

 

 本当なら誰にも言うつもりのなかった聖魔和合を志す本当の理由を語ってでも、僕はイリナを護りたいと思った。同じ様な立場にありつつも、愛する人を護り切れなかった八重垣さんの分まで。

 ……どうやら、その思いがサーゼクス様に届いた様だ。サーゼクス様は軽く頷いて了解してくれた。

 

「実は凄く情熱的な男だったんだな、君は。兵藤君。君の願い、確かに了解した。ただ、これだけでは功績の大きさに見合っていない以上、願いの聞き届けを差し引いた分に見合った報奨も後で授けよう」

 

 そのサーゼクス様の言葉に、僕は跪いたままで儀礼に従って返答した。

 

「有難き幸せ」

 

 

 

 こうして、イリナはしばらくの間、ゼノヴィアが上層部に行った最終報告の通りに礼司さんの教会へ身を寄せる事になった。そして、その日から数日後にイリナの身柄が天使長ミカエルの預かりとなった事が、プロテスタント本部から正教会本部、そして礼司さんを通じてイリナへと伝えられた。イリナは今後、教会ではなく天界のメッセンジャーとして活動する事になり、それに伴って駒王町に赴任した上にリアス部長の領地である駒王学園高等部へ編入する事になったのだ。

 

 ……ただ、一つだけどう反応したらいいのか解らない、非常に困った事がある。

 

 イリナの駒王町での住所について、僕はてっきり礼司さんの教会に引き続きお世話になると思っていた。しかし、礼司さんから話を聞き付けたであろうトウジ小父さんから急遽我が家に連絡が入り、幼き頃の記憶にあった「立派な牧師さん」の幻想をものの見事にブチ壊す、正に「はっちゃけた」言動と共に行った提案を僕の両親が二つ返事で快諾した結果。

 

 ……イリナが、我が家にホームステイする事になった。

 

 お互いの両親の間で下されたこの決定に対して、イリナは我が家にホームステイできる事を素直に喜んでいるし、アウラも「これでママと一緒に暮らせるんだね!」と言って大歓迎している。しかも、イリナのホームステイが決まった後で、礼司さんに天使長直属のイリナが悪魔陣営に属する僕の側にいて問題がないのかを問い質すと、実はその天使長直々の指示で逸脱者である僕の監視任務を兼ねたものだった事が判明した。

 

 ……つまり、イリナが僕の側にいても、今のところ問題はないのだ。

 

 しかし、愛娘の目の前で好きな女の子に告白どころかプロポーズまで行い、しかもそれを受け入れてもらって、更に「今は一緒にいられなくても、いつか必ず迎えに行く」と宣言までして、さぁこれから頑張ろうと意気込んでいた僕は、一体何だったのだろうか?

 正直な所、嬉しいのやら悲しいのやらで、僕は非常に複雑だった。……贅沢な悩みだという事は、自分でも解ってはいるのだが。

 




いかがだったでしょうか?

……結局、一誠とイリナはこういう形で落ち着きました。
一誠を慕うヒロイン達は、この金城鉄壁を一から突き崩していかなくてはなりません。

では、また次の話でお会いしましょう。

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