赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.8 修正


第二十三話

Side:ソーナ・シトリー

 

 サジによるイリナ救出作戦の説明が終わると、イリナは遂に光力の扱いに慣れたらしく、拘束されていなかった翼に光力を集中させる事で黒い龍脈(アブソープション・ライン)の光のラインを断ち切って体の自由を取り戻していた。尤も、既に全ての準備が整っていたので全く問題はないのだけど。

 

「さて、始めましょうか?」

 

 私はサジの呼び掛けに応じると共に、最初の行動をサジに指示する。

 

「そうですね。まずは私がイリナの動きを止めます。その後でサジ、貴方がイリナの意識を取り戻して下さい。ただし」

 

 私が注意点を告げようとすると、サジはその言葉を遮って既に承知の上である事を私に伝えてきた。

 

「解っています。直に吸うなんてヘマはしませんよ。地面に逃がすだけです」

 

 そして、急遽自らの不始末に対するケジメをつける為にイリナの救出への協力を申し出た金髪碧眼の黒人 -シモン・トンヌラと自ら名乗った- が自らの役割を確認する。

 

「それで、あのお嬢さんが意識を取り戻したら、光力の扱いに慣れている俺がお嬢さんの光力を極限まで抑え込めばいいんだな? ……この坊主がそれをやらないのは、出力を下げる手段があくまで力の流出だからちょっとでも制御が狂うと途端にあのお嬢さんの命の危険が出てくるってところか」

 

 ……サジは、そもそもイリナがこの様な状態に陥る原因となった光力を流し込んだのが彼である事を知っており、彼にあえてイリナの光力を抑え込む役割を割り振った。でも、自らの身を張った行動となる為に最も危険な役割であるにも関わらず、彼は一切躊躇せずに快諾したのだ。その潔い態度を見たのと、少し話した事で少なくともけして悪意ある人間ではない事が解った私は彼を信用する事に決めたのだ。そして、最後の仕上げを私がやる事を二人に伝える。

 

「えぇ。そうして光力による抵抗を極力減らした後、最後の仕上げを私がやります。……本当に、面白い巡り合わせですね。イリナから預かった物を返す事が、そのままイリナを救う事に繋がるのですから」

 

 運命の巡り合わせの皮肉さに私が自嘲交じりに苦笑していると、サジがそれを窘めてきた。

 

「人生万事塞翁が馬って事ですよ、会長。……それと、本当にいいんですね?」

 

 ……サジは、私の一誠君への想いの強さをイリナと同様に知っている。その上での最終確認なのだろうけれど、私は頷きと共に答えを返した。

 

「えぇ。構いません。イリナを本当の意味で救える手段があるのにそれをしなかったら、今度は私が卑怯者になるではありませんか。それに、これで完全に対等な立場に立ったのです。勝負はまだまだこれからですよ?」

 

 そう宣言した時の私の顔は、きっと笑顔だっただろう。

 

「……解りました。それじゃ、いきますか!」

 

 サジが私の意志を確認し終えた所で、早速イリナ救出作戦を開始する。サジは瞬く間にラインを張り巡らし、イリナの周辺にラインによる罠を多数展開した。けれど、イリナは先程使用した翼による攻撃でラインの罠を次々と切り払う。

 

「へぇ。少しは学習したか。まぁこっちはあくまでお遊びのレベルだし、付き合ってくれるのはむしろ好都合だけどな」

 

 サジは自分の仕掛けが崩されているのを見ても、何ら動揺はしていない。むしろ「計画通り」といった趣で笑っている。何故なら、サジの目的は最初から目晦ましなのだから。こうしてイリナがサジの罠の解除に躍起になる余り、その動きにはかなり大きな隙が出来た。それを見た私は新たな()(どう)(りき)を発動してからウェーブカイザーをイリナに投げつける。

 

「魔動力、サーペントクラスプ!」

 

 そしてウェーブカイザーを水のヒュドラに変えてイリナを絡め取り、その動きを拘束した。

 

「会長、お見事! 本命、行くぜ!」

 

 サジはイリナの動きが止まったのを確認すると、神器(セイクリッド・ギア)の本体がある右手の指をまるで何かを手繰る様に動かした。そして右手をそのまま勢いよく地面まで下げる。すると、イリナの四肢と翼、そして胴に至るまでラインが巻き付き、先程のサーペントクラスプの上から更にイリナを拘束した。

 

「イグゾースト・フロー!」

 

 そして、サジはイリナを拘束している全てのラインを地面に繋ぎ直すと、そこから彼女の光力を急速に地面へ排出し始める。

 ……黒い龍脈は、今まで「ラインを通じて相手の力を吸収する」能力とされてきた。でも、実際には違っていた。正しくは「接触した対象の力を散らす事で、ラインを通じて力や物の流れを操作する」能力だった。だからこそ、単に力だけでなく水や血液、更には栄養や酸素等も取捨選択して吸収したり、ラインを別の対象に繋ぐ事で吸収した力をその対象に供給したりする事が可能となるのだ。

 それを完全に理解した上で様々な活用法を考案したのが、一誠君。そしてそれを実際に試していく中で、サジは自分でも「糸」としての特性を生かしたものを含めた強力な活用法を次々と編み出していき、遂には私達シトリー眷属において一誠君と武藤君に次ぐ実力者へと成長していった。

 

 ……その結果。

 

「あれ? 私、どうして空中に浮いているの?」

 

 光力の出力が著しく低下した事で、イリナは自分の意識を取り戻した。

 

 ……実は、イリナは単に光力の暴走によって意識を表に出せずにいただけで、光力さえどうにかしてしまえば意識はすぐにでも取り戻せる。

 

 トンヌラ氏からその事実を聞き、「探知」を使用したリアスから伝えられていたサジもそれを肯定した時、悩みに悩んで何度も悲壮な決断を迫られた今までの私は一体何だったのかと、肩をガックリと落とした。でも、さっきの状態が後十分も続けば本当に意識が消されてしまうという事実を追加で知らされた事で、やはり相当に事態は逼迫しているのだと思い直した。

 

「お嬢さん、さっきは色々な意味ですまなかった。だが、もう少しだけ我慢してくれ。俺が今、お嬢さんの光力を極限まで下げてやるからな」

 

 イリナの意識が回復したのを確認したトンヌラ氏は自ら宙に浮いてイリナの側に行くと、そう語りながら肩に手を触れて光力の制御を開始する。それを見たサジは光力のこれ以上の排出は不要と判断し、ラインと地面との接続を切ってイグゾースト・フローを中止した。ただし、万が一イリナがまた暴走した時に備えて、ライン自体は拘束した状態のまま残している。

 この件が終われば、自らの力について説明する。そう伝えられたので言及はしなかったのだけど、やはり彼の力は何処か異常だった。何せ、第三者の光力すら完全に制御してしまえるのだから。……とりあえず、それは一先ず脇に置いておこう。

 

「イリナ。今の自分の状態がどうなっているのか、解っていますか?」

 

 私はイリナに自分の状態を理解しているのかを確認した。それに対してイリナは、はっきりと落胆した表情で応えてくる。

 

「えぇ。今、はっきりと解ったわ。正直言って信じられないし、認めたくもないけど。私、人間をやめて天使になってしまったのね。……これで、イッセーくんからのお願いを叶えられなくなっちゃった」

 

 ……確かに、「人としての生を全うして欲しい」という一誠君の願いを叶えられなくなった事もイリナが落胆する理由だろう。けれど、私にはそれ以上に「イッセーくんを愛する」事ができなくなった事への落胆が大半を占めているとすぐに解った。

 天使という存在にとって、恋愛は正に禁忌と言える。恋愛には異性への強い想いから独占欲や嫉妬、色欲といった思いが絶えず付きまとう事から、煩悩を抱いたと見なされて堕天する恐れが極めて大きい。更に、今のイリナは純粋な天使となっている為に堕天の影響でその精神性が豹変する恐れがある以上、堕天は絶対に避けなければならない。

 それらの事実を、この場にいる誰よりも理解しているであろうイリナは悲嘆に暮れていた。その様子を内心哀れに思いながらも、私はイリナにある事を確認する。

 

「イリナ。今、頭の中で何か騒いでいる様な感じはしていませんか?」

 

 すると、イリナは弱々しい表情を浮かべながら、正直に答えてくれた。

 

「えぇ、しているわ。さっきから頭の中で「不浄なる悪魔を殺せ」とか「異端を排除せよ」とか、そんな声がずっと聞こえているの。そして、そんな物騒な言葉に素直に従ってしまいそうな自分がいるのよ。まるで私が私でなくなってしまったみたいで、凄く怖い。これが、イッセーくんが人をやめてからずっと抱えてきた苦しみなのね」

 

 ……これが、人をやめた時に本来抱いてしかるべき、人としての葛藤なの?

 

 私はイリナの余りに弱々しい姿を見て、正直な所かなりショックを受けていた。私の眷属達は、誰もこの様な葛藤を見せた事がなかったからだ。ひょっとすると、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)にはこういった葛藤を抱かない為の洗脳効果があるのかもしれない。そして、一誠君はその余りに特異的な転生によって、その洗脳効果を無効化してしまったのだろう。だからこそ、本来あってしかるべき葛藤を抱く事になってしまった。私は悪魔の業の深さを改めて実感しつつも、それを押し隠してイリナに念押しする。

 

「……という事は、それは貴方の意志に反するもの。即ち「悪」にして「闇」。そう受け取ってもいいですね?」

 

 私の念押しに対して、イリナは肯定する一方で私に予想通りの頼み事をしてきた。

 

「えぇ。だから、ソーナ。私を殺して。私がこの声に負けて、イッセーくんを殺しに行こうとする前に」

 

 ……危なかった。もしトンヌラ氏とサジがいなかったら、イリナの意志が回復しないまま一か八かの賭けになってしまっていた。そして、その賭けに負けてしまえば、本当にそれしか選択肢がなかった。だからこそ、あえて毅然とした態度でイリナにその必要がない事を伝える。

 

「イリナ。貴女が私に託した物が何だったのか、もう忘れたのですか? そして今、貴方は自分で言ったでしょう。天使としての使命を強制させるその声は、貴女にとって「悪」にして「闇」だと。それなら、闇を祓い退ける浄化の光を持つ煌龍剣レイヴェルトで、いわば天使の本能とも言うべきものを浄化できない筈がありません。だから、イリナ。私を、そしてこのレイヴェルトを作った一誠君の想いを信じなさい」

 

 私はイリナにそう言ってから、左手に持っていたレイヴェルトを両手で持ち直して構える。

 

「……解ったわ。どうせなら、一思いに思いっきりやっちゃって!」

 

 イリナはそう言うと、瞳を閉じて私にその身を委ねた。……この信頼に、必ず応えてみせる。

 

「行きます!」

 

 私はレイヴェルトを構えたまま羽を展開して飛び上がり、そのままイリナの胸にレイヴェルトを突き立てた。すると、レイヴェルトを突き立てた場所から眩いばかりの白金の光が放たれる。

 

 ……後は頼みましたよ、ゾーラドラゴン。

 

Side end

 

 

 

Side:紫藤イリナ

 

 ソーナからレイヴェルトを胸に突き立てられた瞬間、私は一年程前にレイヴェルトを受け取った時と同じ様に自分の精神世界にいた。

 

『久しいな、かつての主よ』

 

 そして、そこには私に声を掛けてくる存在がいた。

 

「そうね、ゾーラドラゴン。まさか、純血悪魔であるソーナが魔動力に目覚めるなんて思いもしなかったわ。やっぱり、レイヴェルトを譲渡する時に一緒に渡した、私の魔動力が切っ掛けなの?」

 

 私は不思議に思っていた事をゾーラドラゴンに尋ねる。私の体を拘束している水の蛇が魔動力で出来ている事、そしてそれがソーナの物である事はレイヴェルトと一年以上も行動を共にしていた事と、それを譲渡した際に彼女の魔力に触れた事で判別できた。だからこそ、確認の意味でゾーラドラゴンに尋ねたのだけど、その返事は肯定だった。

 

『然り。……そして、汝は大きな誤解をしている』

 

 肯定の返事と共に掛けられた言葉に、私は思わず問い返してしまった。

 

「どういう事?」

 

 ……この時のゾーラドラゴンとのやり取りは、きっと一生忘れられないものとなるだろう。ゾーラドラゴンは、まず魔動力とはどういった物なのかを改めて説明してきた。

 

『そもそも、魔動力とは「想い」の力。それ故、命ある限り「想い」が無くならぬ様に、魔動力もまた失われる事などあり得ぬ。……それこそ、心が失われぬ限りはな』

 

 それを聞いた私は、一瞬呆然となった。

 

「へっ? それじゃ、私は別に魔動力を失ったわけじゃ……」

 

 私が思わず零した言葉に対しても、ゾーラドラゴンは律義に答えてくれた。

 

『然り。大量の魔動力を無理に使用した反動で、一時的に減退していたのみ。時が来れば、おのずと回復していたであろう』

 

 この衝撃の事実を知った私は、もう笑うしかなかった。

 

「ア、アハハ……。「魔動力も託す」って勘違いもいいところだったのね、私……」

 

 ……私、当分ソーナと顔をまともに合わせられないかも。

 

 昨夜のソーナとの契約の際のやり取りにおいて、私が口にした魔動力に関する(くだり)が今となってはただ恥ずかしかった。そんな私の事には一向に構う事無く、ゾーラドラゴンは魔動力への目覚めを促してくる。

 

『しかし、汝の魔動力を真に目覚めさせるには、むしろ好機。かつての主よ、汝の心の光と向き合うがいい。それで魔動力が目覚めるだろう』

 

 それに対し、私は素直に応じる事にした。

 

「えぇ、解ったわ」

 

 私はそう言って、自分の心と向き合う為に目を閉じる。

 

 ……本来なら私の心の光になっていたであろう、主に対する敬愛心や教会の説く教えへの信仰心というものはもう殆どなくなっている。何せ、唯でさえ今までもアーシア・アルジェントさんの件を始めとして色々と疑問を抱いていた所に、今回の礼司小父さまへの対応を見た事で悪魔祓い(エクソシスト)を辞める際に信仰も一緒に捨ててしまおうかと考えていたのだ。しかも、一時は本気でイッセーくんと決別する事態に陥った事で、そんな運命を私達に課した主を本気で恨んだ事もある。それでもまだ主に対する敬愛心を持っていたのだけど、つい今しがた、私はソーナ曰く「天使の本能」によって盟友ソーナや愛するイッセーくんを殺す様に仕向けられた。

 

 ……これが、決定打になった。

 

 たぶんこれからもお祈りは続けると思うけど、きっとそれは今までとは違って唯の生活習慣の一環にしかならないと思う。そうして改めて思い返すと、色々な事が浮かんできた。

 パパやママといった家族に対する親愛。礼司小父さまや瑞貴さんといった偉大な先達への深い敬意。ゼノヴィアやソーナを始めとして色々な場所で出逢って仲良くなった人達への友愛。

 でも、それらを差し置いて何より大きな、そして純粋な思いがある。友愛、親愛、情愛、恋愛。……貞淑を旨とするべきシスターの私が言うのもちょっとアレだけど、ちょっとエッチな色欲も全部ひっくるめた、イッセーくんへの愛情だ。

 その想いを強く意識しながら耳を澄ませば、温かな大地の鼓動が聞こえてくる。それ以外には、風の調べを見る事も、水の流れと語り合う事もできなかった。でも、それだけで十分だった。私は心に浮かんだ、そして一年と数ヶ月前にイッセーくんが唱えていたのと同じ呪文を口に出した。

 

「ドーマ・キサ・ラムーン。……やっぱり、これで届いちゃうのね」

 

 光の呪文を唱えた事で私の体を巡り始めたのは、「一撃殲滅」を司る地の魔動力。レイヴェルトの大元であるスーパーエルディカイザーを形成するものと、同じ属性の魔動力だった。……イッセーくんは、きっとあの時点で私が目覚める事になる魔動力の属性を解っていたのだろう。だから、同じ属性であるスーパーエルディカイザーを元にしてレイヴェルトを作り出したのだ。

 私が色々と思いを馳せていると、ゾーラドラゴンが魔動力に目覚めた事でどうなるのかを伝えてくる。

 

『これで、我は汝と正式に契約を交わす事となる。……先の主であったソーナ・シトリーは、我との契約によって汝の魔動力に付与される浄化の光を以て汝の愛故の堕天を未然に防ぐ考えであったが、どうやらそれだけでは力が足りぬようだ』

 

 ゾーラドラゴンとの契約とそれに伴う恩恵、更にソーナはそれを利用して私が天使になっても引き続きイッセーくんを愛し続けられる様にするつもりだった事を知らされた私は、そこまで私の事を考えてくれたイッセーくんとソーナに感謝した。……でも、それでも思うようにならない現実を前に、私はどうやら観念するしかないみたいだ。

 

「そうよね。主がお定めになられた事が、そう簡単に覆る筈がないもの……」

 

 そうして落胆している私を見て、ゾーラドラゴンは信じられない事を言い出した。

 

『故に、我は主の糧となり、汝を我が浄化の光と「竜」の因子を持つ新たな存在として生まれ変わらせる。そうすれば、主は聖書の神の敷く理から大きく外れ、愛を抱いても堕天する事はない』

 

 自らを犠牲にするという言葉を聞いて、私は思わずゾーラドラゴンに疑問をぶつける。

 

「ゾーラドラゴン……! でも、貴方はあくまでイッセーくんの魔動力によって生み出された存在だわ。だから、仮に融合したとして私の魔動力が強まる事はあっても、「龍」の因子なんてものは得られない筈……」

 

 この私の疑問に対して、ゾーラドラゴンは自らの身に秘められているもう一つの力について語り始めた。

 

『それについては問題ない。我が最初に生み出された時、兵藤一誠の魔動力の他に紅き宝石に魂を封印された神竜の力もまた使用されている。そこまでは兵藤一誠も理解していたのだが、次に我が生み出された時も僅かながらその神竜の力が残っていたのだ。よって、主が我を糧とすれば、その神竜の力に宿る「竜」の因子も取り込む事ができるだろう』

 

 ゾーラドラゴンの言及した「紅き宝石」。イッセーくんの記憶を見た私には覚えがあった。

 

 ―― ファイアクレスト。

 

 かつてイッセーくんが訪れたゼテギネアにおける伝説の竜、神竜ディバインドラゴンの魂が封じられているとされる紅い宝石の名前だけど、余りに強力な加護を与える事から、かの地における究極の財宝にして真の勇者の証と言われている。また、ゼテギネアのヴァレリア諸島における最後の戦いにおいて、イッセーくんがガイアドラゴンをゾーラドラゴンに変える時、確かにファイアクレストが光り輝いており、イッセーくんはその助力もあって戦いに勝利している。その神竜の力がゾーラドラゴンに宿っているとは、正直思いもしなかった。

 でも、私はゾーラドラゴンに思い留まる様に説得する。

 

「駄目よ、ゾーラドラゴン! 確かに、貴方は魔動力で創り出された存在かもしれない! でも、貴方は心を持ってる! 私やソーナと言葉を交わして、解り合えてる! だから、貴方はもうこの世界で私達と共に生きる、一つの大切な命なのよ!」

 

 そうだ。ゾーラドラゴンも今や掛け替えのない命となっているのだから、大切にしてほしい。私は心からそう思った。すると、ゾーラドラゴンはどこか嬉しそうな感じの声で「生」について話し始めた。

 

『我を、命と呼ぶか……! ならば、我は命の真理を以て答えとしよう。……命はいつかは潰えるもの。しかし、その意志は後に続く命が繋ぎ続ける限り潰える事はない。生まれ続ける命によって営まれる、絶える事なき意志の継承。それこそが、本当の不死というものだ』

 

 ゾーラドラゴンの言葉に、私は衝撃を受ける。

 

「本当の、不死……!」

 

 死んでもなおその心が誰かに伝わっていれば、その誰かの中で生き続けていく。……皮肉にも、私が昨夜ソーナと契約した時に考えていた事と殆ど同じ事だった。ゾーラドラゴンは尚も言葉を続けていく。

 

『主よ。もし我を本当に命と思うてくれるなら、兵藤一誠が我に託した想いを、「主を万難から守る」という使命をどうか果たさせてくれ。そして、我の願いを主が叶えてくれれば、それでよいのだ』

 

 ……もう私が何を言っても、ゾーラドラゴンは止められない。

 

 そう悟った私はゾーラドラゴンの説得を諦めた。その代わりに、ゾーラドラゴンの願いを聞く事にする。

 

「……解ったわ。私は貴方を受け入れる。人でも天使でもない、全く新しい存在になる事も。その代わり、教えて欲しいの。ゾーラドラゴンの願いって、一体何なの?」

 

 私の承諾と質問を聞いたゾーラドラゴンは、そのドラゴンの姿を崩して私の中に溶け込みながら、質問に答えてくれた。

 

― 我の願いは、主が愛しき者達と共に幸福な生涯を全うする事だ ―

 

 ……ゾーラドラゴン。その願い、確かに受け取ったわ。だから、私の中で見ていて。イッセーくんとアウラちゃんと一緒に、私がその願いを少しずつ叶えていくのを。

 

Side end

 

 

 

Side:ソーナ・シトリー

 

 私がイリナにレイヴェルトを突き立ててから放たれた、眩いばかりの白金の光は十秒程で治まった。

 

「ありがとう、ソーナ。さっきまでの声が完全に消えたわ」

 

 そしてそこには、「個」を持たない神の尖兵だった天使は何処にもおらず、天真爛漫で誰とでも仲良くできるイリナがいた。

 

 

「イリナ。確認しますが、その翼はどうしたのですか?」

 

  ……ただし、イリナの装いは現在私が纏っている魔動戦士の法衣の色違いになっていて、白一色で縁取りが赤になっている。でもそれ以上の特徴として、背に生えていた一対二枚の白い翼が白金の光を放つ羽毛を持った一対二枚のドラゴンの羽へと変わっていた。なお、頭上に輝く天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)はそのままだ。

 これらの事実について私が質問すると、イリナは私の想定からはかなり外れた答えを返してきた。

 

「ゾーラドラゴンよ。彼が私の糧となって「竜」の因子を齎す事で、私を愛故の堕天という枷から解放してくれたの。だから、今の私はドラゴンの因子を持つ天使という、世界で全く新しい存在の筈よ」

 

 ……それでは、イリナもまた一誠君とは異なる形の逸脱者(デヴィエーター)という事になってしまうのだろうか?

 

 私はそう思ったのだけど、そうは受け取らなかった者が二人いた。

 

「あぁ、お嬢さん。ソイツはちょいと違うと思うぜ?」

 

 今回の件における協力者であるシモン・トンヌラ氏。

 

「紫藤さん。残念ながら、今の君に該当する存在が既にあるんだよ」

 

 そして、この場においては間違いなくMVPであろうサジだ。

 

「どういう事なの?」

 

 イリナはサジの言った事が良く解っていなかったみたいで、サジに質問をぶつけてきた。すると、サジは「何を言っているんだ?」という表情をした後で、スラスラとその質問に答え始める。

 

「……確かに、結構マイナーだから知らない人が結構多いのも事実ではあるんだけど、十字教の悪魔祓いである君が知らないのは流石にちょっと不味くないか、紫藤さん? 一誠も大変だな、こりゃ。まぁ君の質問には答えるよ。実は聖書の神の手で創造されたとか、もしくは創世前に聖書の神から直々に洗礼を受けただとかで、ドラゴン、正確には龍人でありながらメキシコの守護天使になった存在がいるとされているんだ。確か、カンヘルだったかな?」

 

 ……一体、いつのまにサジはここまでの知識を得たのでしょうか?

 

 私は内心驚愕に(おのの)いていると、トンヌラ氏もサジの発言に同意した上で補足する。

 

「あぁ、坊主の言う通りだ。尤も、カンヘルの話自体はあくまで十字教が中米地域に布教する際、原住民の信仰と絡めることで改宗させやすくする為の作り話なんだがな。その意味じゃ、確かにお嬢さんは世界初っちゃ初なんだが……」

 

 トンヌラ氏は少々失笑気味に言葉を途切れさせると、イリナは顔を真っ赤にした。

 

「魔動力の件といい、今回の件といい、ここ最近の私は一人で勘違いして勝手に盛り上がってばかりね。アウラちゃんのママとして、もうちょっと落ち着いて行動しないと……」

 

 ……今、到底聞き捨てならない発言があったけどそれはさておき、私はサジに確認を取る。

 

「サジ。貴方とトンヌラ氏の発言からすると、イリナは如何に作り話の存在とはいえ、十字教の中でしっかりと天使に分類される存在であると見なしていいのですね?」

 

 私に確認を求められたサジは、私の発言に対する肯定してきた。

 

「まぁ、そういう事になりますね。言うなれば、「龍天使」ってところですか?」

 

 すると、トンヌラ氏はその時にサジが命名した「龍天使」を大変気に入った様で、今後のイリナやイリナと同類の存在の呼び方を「龍天使」に固定化してしまう。

 

「そりゃあ、いいな。今後、あのお嬢さんの様な存在は龍天使、あるいはカンヘルと呼ぶ事にしようぜ。……だが、これで教会と天界は大騒ぎになるだろうよ」

 

 ……確かに、トンヌラ氏の言う通りかもしれない。しかも「竜」の因子を持つ事から天使でありながら天使にあらざる者となったイリナは、今後の身の振り方をしっかりと考える必要がある。これについては、一誠君も交えて話をしないと駄目だろう。

 

 私は、盟友イリナの今後に対して力になる事を改めて誓っていた。

 

 

 

第二十三話 誕生、龍天使(カンヘル)イリナ!

 

 

 

 こちらの事態が鎮静化した事で、私は学園内の戦闘メンバーに負傷者が出ていた時の為に、サジにアルジェントさんを連れて学園に入り、治療終了後はそのまま残る様に指示した。同時に、グレモリー眷属の朱乃と塔城さんにはサジ達と同行した上で、アルジェントさんによる治療行為の終了後にアルジェントさんと共にこちらに戻ってくる様に指示する。

 そして、私自身は最終的に龍天使に転生したとはいえ体力はまだ消耗したままのイリナの回復の為(「力の回復」を司る水の魔動力に目覚めた事で治癒の魔動力を扱えるようになった)、ここに留まる事にした。

 ……だからこそ、アフターケアの一環として自らが迷惑を掛けたイリナの護衛を申し出たトンヌラ氏の呟きを聞く事ができた。

 

「それにしても、なんて皮肉だ。翼を求められた俺達には誰一人として翼は生えず、翼を拒絶すらしていたお嬢さんに翼が生えるとはな。……聖書の神は、一体何を考えてやがる?」

 

 この時に聞こえた呟きの内容が、酷く気になった。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

本編中で「龍天使」と名付けられたカンヘルについては、原作で取り上げられていない事からあえて十字教のでっち上げた創作ドラゴンという位置づけにしました。

……よって、十字教教会にとって、龍天使と化したイリナは正に嘘から出た誠です。

では、また次の話でお会いしましょう。

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