赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.2 修正


第十六話 エクスカリバーの鼓動

 ドライグの意見から聖剣使いであるイリナとゼノヴィア女史の力量を確認する為に行われた悪魔と聖剣使いの模擬戦は、悪魔側の完全勝利に終わった。そして勝者である祐斗は、何故かエクスカリバーのオーラを吸収した吸力剣(フォース・アブゾーバー)をそのまま持って戻ってくる。

 

「祐斗、もう神器(セイクリッド・ギア)を解除していいんだけど」

 

 僕は神器を解除する様に祐斗を促すが、祐斗は首を傾げながら僕に現状を伝えてきた。

 

「僕もそのつもりなんだけどね。何故か、この吸力剣が解除できないんだ。それに、まるで吸力剣が「まだやるべき事がある」と語りかけて来るようで、どうしたらいいか判断がつかなくて。それで、取りあえずはそのまま持って来たという訳なんだ。それでイッセー君、これどうしよう?」

 

 祐斗はそう言うと、エクスカリバーのオーラを吸収した吸力剣を僕に見せてくる。その瞬間、突如として赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が勝手に発動すると同時に、静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)に収めたエクスカリバーもまた僕の側に現れた。そして赤龍帝の籠手から発生したドライグと吸力剣にあるエクスカリバーのオーラ、そしてエクスカリバーを収めた静謐の聖鞘に宿るカリスのオーラ、更に僕自身の「魔」のオーラがそれぞれ共鳴し始める。余りの事態に、僕は慌てて精神感応でドライグとカリスに確認した。

 

〈ドライグ! カリス! 一体どうなっている!〉

 

 しかし、返ってきた答えは「二人とも身に覚えがないし、理解できない」というものだった。

 

《俺にも解らん! こんな事態は流石に初めてだぞ!》

 

《オイラもだよ! エクスカリバーが守護精霊であるオイラの制御から外れるなんて、本来なら絶対にあっちゃいけない事なのに!》

 

 流石に僕も困惑するしかなかったが、答えは予想外にも程があるところから返ってきた。

 

《ゴメンなさい、パパ。それ、多分あたしのせい。あたしの中にある「龍」の力が、あの剣の力と共鳴してるの。それだけじゃない。何故かそれと一緒に「魔」の力も共鳴してるみたい》

 

〈えっ、アウラ?〉

 

 僕は一瞬呆気に取られたものの、すぐに正気に返るとそのまま考え始めた。そして、一つの仮説を出す。

 

〈そうか、僕の「魔」はリアス部長とソーナ会長の魔力をドライグのオーラで強化したものが根源になっている。だったら、アウラが赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のオーラを持ち合わせていても、全くおかしくない。そして、エクスカリバーのオーラに僕とアウラの「魔」が共鳴しているのは……!〉

 

 そこで、カリスが僕の言葉を引き継ぐようにして答えを出していく。

 

《ウン。イッセーの想像した通りだよ。アウラが「魔」そのものだった時にイッセーと一度融合した際に、オイラとエクスカリバーに由来する「聖」の力で磨かれた結果、イッセーとアウラの「魔」がエクスカリバーとの繋がりを持つ特殊なものに変化したんだ。こればかりは、守護精霊であるオイラじゃないと解らないと思う。……でもそうなると、アウラもまたエクスカリバーの守護精霊、しかも立ち位置的にはオイラの妹って事になるのかな?》

 

 ……「魔」を司る存在が聖剣、しかも最高ランクであるエクスカリバーの守護精霊?

 

 何とも変な話であるが、大きな矛盾が無い上に辻褄も合うので、僕は納得せざるを得なくなった。そして、ドライグが僕にある覚悟を決める様に促してくる。

 

《相棒。ここまで来たら、もう覚悟を決めた方がいいんじゃないか? ……自分がエクスカリバーを正式に継承した真なる担い手、二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)である事を明かす覚悟をな》

 

〈もはや是非に及ばず、か〉

 

 僕は溜息を一つ吐き、そして決断した。……この際だ、徹底的にやってやると。

 

「イッセー君?」

 

 祐斗は僕の様子を見て不思議そうだが、この際だ。ぶっちゃけよう。

 

「どうも、アウラとエクスカリバーが共鳴した結果らしい。これで、あの件を白日の元に晒す事になりそうだ」

 

 僕の言葉を聞いて、全てを悟った祐斗の表情は完全に引き攣っていた。……やっちまった、と言わんばかりに。

 そして、観念した僕は吸力剣の柄を赤龍帝の籠手を付けた左手で握る。その瞬間、共鳴していた四種類のオーラが一気に強く輝き始めた。……それだけではない。

 

「そんな、擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)が反応しているの!」

 

「私の破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)もだ!」

 

「部長、あれを! 天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)も反応していますわ!」

 

「なんですって!」

 

 二人が使用していたエクスカリバーはおろか模擬戦には使われなかった他の二本のエクスカリバーもまた共鳴して、そのオーラを僕が持っている吸力剣に送ってくる。

 

「一体、何が起こっているのですか!」

 

 レイヴェルが声を荒げているが、それにも関係なく事態は推移していく。吸力剣を核にドライグのオーラとこの場にある模造品のエクスカリバーのオーラ、カリスのオーラ、そして僕とアウラの「魔」のオーラが共鳴しながら融合して更に強大なオーラとなった。それに伴って、吸力剣もまたその力を凝縮させる事で大きさを縮小していき、徐々にその形さえも変えていく。そして、一際オーラが強くなって閃光を放つと同時にオーラは急速に収まっていった。

 

「どうやら収まったみたいね。でも、一体何が……!」

 

 閃光でやられない様に腕で目に入る閃光を遮っていたリアス部長は、状況を確認しようと腕を退かす。そして、言葉を失った。

 

 ……何故なら、僕の左手には形状が全く異なる剣が握られていたからだ。

 

 その剣は、まるで光をそのまま結晶化した様な煌めきを放ち、ドラゴンの頭部と翼をあしらった鍔と剣先が広がった刃を持っていて、前世の記憶にある物語で出てきた剣と全く同じだった。だから、僕はついその名を口に出してしまう。

 

「天空の剣……?」

 

『ホウ。中々言い得て妙じゃないか、相棒。二天龍たる俺のオーラと最強の聖剣であるエクスカリバーのオーラが融合した事で誕生した剣だ。確かに天空の名が相応しいな。相棒の「魔」のオーラも融合している事は、一先ず脇に置いておこう。それでこの剣の名前だが、いっそ相棒が口に出した「天空の剣」にするか?』

 

《それに、こいつを積極的に押し出す事で、騎士王(ナイト・オーナー)の事をもう暫くは隠し通せるんじゃないか? 要は真聖剣である相棒のエクスカリバーの事さえバレなければいいのだからな》

 

 ドライグは、僕が口に出してしまった天空の剣という言葉の響きをすっかり気に入ってしまった様だ。それに正直まだ早いと感じていただけに、精神感応で伝えられた真意も含めてドライグの言に乗る事にした。ただ、その前にやるべき事がある。

 

「とりあえず、これを使ってみよう」

 

 僕はエクスカリバーと静謐の聖鞘を戻すと、新たな剣を右手に持ち替えて剣術の基礎の型を幾つかこなした。本当の意味でエクスカリバーの子である聖剣である為、当然ながら僕に対する拒絶反応は無い。それどころか手に吸い付く様にフィットしていて、凄く使いやすい。……尤も、僕の「魔」の象徴であるアウラを娘として完全に受け入れた事で、本当の意味で聖魔和合を達成した今の僕にはどれだけ強力でも「聖」に対する拒絶反応は出ないのだが。

 それに、「聖」というには余りに荒々しい感じがする。ひょっとすると、「魔」と「龍」の力が完全に融合した為に純粋な「聖」という訳ではないのかもしれない。

 そして、脳内に剣士の赤龍帝でも特に達人クラスの方を数名に加えてレオンハルト卿をも据えた上で、シャドーを始める。

 

 切り上げ、打ち払い、受け流し、見切り、身躱し、そして袈裟切り。

 

 実際に体を動かしながら、想像の赤龍帝を打ち破っていく。そして最後に残ったレオンハルト卿と五分程打ち合った後、間合いを外した所でシャドーを切り上げた。

 流石に僕の所有する真聖剣と比べると、少々反応が遅れている様な感じがする。いや、どちらかといえば、僕に必死になって付いていこうとしている様な感じだ。さしずめ、先を行く親の背を追いかけて一生懸命走っている子供のような感覚を受ける。そう言えば、この剣は僕の相棒であるドライグやカリスではなく、娘のアウラに共鳴する形で生まれている。その意味では、この剣はいわば僕の真なる愛剣であるエクスカリバーの子であり、更に僕の娘であるアウラを守護精霊とする新たな聖剣なのだろう。それに、その様な状態でさえオーラブレイドとは雲泥の差があるのだから、アウラと共に成長していく事で最終的には親であるエクスカリバーに匹敵する域にまで至りそうだ。

 

 ……その意味では、確かにこれもまた僕の為の剣だった。

 

 ひょっとすると、エクスカリバーの創造主である星の意思がよほどの時にしかエクスカリバーを使えない事を危惧し、この状況を利用してエクスカリバーの子を生み出したのかもしれない。しかも、子供同士という事でアウラを守護精霊とした上で。

 それに、実際に試してみないとはっきりした事は解らないが、僕の「魔」を司るアウラが守護精霊であり、それに合わせて僕とアウラの「魔」も融合している事から、このエクスカリバーの子にはリアス部長に由来する「滅び」の特性が変化した力が宿っているのかもしれない。あくまで推測になるが、放たれるオーラが何処か中和して打ち消す様な感じである事から、ひょっとすると僕の前世の記憶の中から原典にしたであろう天空の剣が持つ「対象を取り巻くあらゆる力を打ち消す波動を放つ」能力かもしれない。

 ……だとすると、相手の力を十秒ごとに半減した上でその力を自分の糧とする白龍皇と戦う時には、親であるエクスカリバー以上の切り札となり得る筈だ。

 

 ……エクスカリバーの子は、正に赤龍帝の為の聖剣だった。

 

 深呼吸によって高揚した気分を落ちつけてから皆の方を向くと、瑞貴と祐斗以外は全員唖然としていた。

 

 ……やっちまった。

 

 僕は溜息を一つ吐いた。

 

 

 

Interlude

 

 一誠が新たな剣を以てシャドーを行っている時、アーシアは一誠の行動の意味を全く解っていなかった。

 

「あのぅ。イッセーさん、何もない所で剣を振り回してますけど、一体何をしているんでしょうか? ……あれ? イッセーさんの剣と手が消えてしまいましたけど」

 

 アーシアは近くにいた朱乃に問い掛けるが、その朱乃もまた理解できていない。

 

「……ゴメンなさい、アーシアちゃん。私も剣は専門外なので、ちょっとわかりませんわ」

 

 そして、それは一誠が剣を本気で振るっている所を初めて見る小猫もまた同様であった。

 

「私も、イッセー先輩の考えている事が良く解りません。ただ剣と手が消えたのは、目にも留まらないくらいのスピードで剣を振るっているからだとは思いますが……」

 

 しかし、解る者はしっかりと解っていた。

 

 その一人であるレイヴェルはアーシア達三人の反応を見て嘆息しつつ、一誠が現在脳内でシミュレートしている相手が誰なのかをハッキリと理解していた。

 

「一誠様の本気を見た事がなければ、私もあの様な事を申し上げていたのでしょうね。今、打ち合っているのはリヒト殿、もしくはそのリヒト殿が自ら同格の剣友であると仰られた「剣帝(ソード・マスター)」殿でしょうか? どちらにしても、以前見た時以上に美しい太刀捌きですわ」

 

 一方、密かに「探知」を使う事で一誠が現在行っている事を理解していたリアスは、そのレイヴェルの感想から思い当たった事を彼女に尋ねる。

 

「そう言えば、レイヴェルはイッセーの本気の動きを見た事があったわね」

 

 そのリアスの質問に対して、レイヴェルは頷きながら答えを返した。

 

「えぇ、リアス様。私はこの目で何度も見た事がございます。特にフェニックス邸に滞在の折には、一誠様はリヒト殿との剣の鍛錬を毎朝欠かさず行っていて、その機会に何度も恵まれましたわ。特に鍛錬の仕上げでお互いに全力で打ち合っていた時は、私はおろかライザーお兄様の目にすら映らない程の凄まじさで、私はその都度見入ってしまいましたの。そのお陰でしょうか、私も多少は目が肥えて、接近戦に関して少しは目利きができる様になりましたわ」

 

 ―― 接近戦に関する目利きが多少はできる。

 

 この台詞を聞いたリアスは、レイヴェルにそれを小猫の前では言わない様に固く口止めする。

 

「レイヴェル。その台詞、小猫の前では絶対に言わないでね。このままだと、専門じゃない筈の貴方より接近戦に疎い事になってしまうから」

 

 このリアスの口止めに対し、レイヴェルも承知した。流石にクラスメートとして親しくなりつつある友人の自信を粉砕したくはなかったのだろう。

 

「……承知しましたわ」

 

 ……しかし。

 

「部長、聞こえてます。それにしても、私って格闘ができそうにない筈のレイヴェルさんよりも接近戦の目利きができていなかったんですね。……接近戦重視の戦車(ルーク)なのに」

 

 生まれが生まれである以上、小猫にはこのやり取りが全て聞こえており、すっかり肩を落としていた。……二人の優しい心遣いが、かえって小猫の骨身に染みていた。

 

 そして、聖剣使いの二人はといえば、初めて目の当たりにした最高位に近い剣捌きに、ゼノヴィアは驚愕を隠せないでいる。

 

「……見える。私では相手にすらならない剣の達人達が数名、あの赤龍帝を取り囲んでいたのが。そして、彼等を次々と切り倒していき、現在は別格の存在と斬り合っているのが。何なんだ、これは。これが、剣の極みだとでも言うのか?」

 

 一方、一誠の幼馴染で前世の記憶を持つ事を除いて一誠の秘密を知っている事から、一誠が最も得意としているのが実は剣である事も当然知っているイリナは、昨夜における決別の判断が正しかったと改めて実感した。

 

「一誠君、私なんかじゃ足手纏いになっちゃうのね。やっぱり、私が身を引いて良かったんだ。だから、これでいいの。これで……」

 

 正確には、「正しかった」と己に言い聞かせていた、というべきだろう。その証拠に、イリナの表情は明らかに強張っていたのだから。

 

 ……無理をしているのは、誰の目にも明らかだった。

 

Interlude end

 

 

 

 僕がシャドーを終えて、唖然とする皆を他所にして真っ先に反応したのは祐斗だった。

 

「僕はイッセー君の腕前を知っていたつもりだったんだけどね、どうやら本当に「つもり」だったみたいだよ。本当の意味で自分の為に生まれた剣に出会った事でここまで差を付けられてしまうと、騎士道(ナイト・クエスト)を志す騎士(ナイト)としては、少々妬けるかな」

 

 ここ最近鎬を削って一緒に鍛錬している祐斗は僕の腕前を知っていたが、どうやらこの剣に出会った事で動きのキレが数段増したらしい。現に如何にシャドーでも、エクスカリバー以外の剣でレオンハルト卿相手に真っ向勝負で五分間も打ち合った事は今まで一度もなかった。更に、瑞貴もまた感心した様な感想を述べている。

 

「……参ったね。今の一誠相手には、純粋な剣術勝負で勝つのにかなり手こずりそうだ。それで一誠、剣の銘はどうするのかな?」

 

 瑞貴に促されて、僕はエクスカリバーの子に対して天空の剣に因んだ剣の銘を名付けた。

 

「二天龍たるドライグと悪魔とはいえ赤龍帝である僕のオーラ、それにエクスカリバーの聖なるオーラが融合して生まれたから、さしずめ天龍剣かな? 名前は……」

 

 そこで僕は少し悩み、そして決断した。

 

「クォ・ヴァディスとするよ」

 

 この名を聞いた瞬間、ゼノヴィア女史とイリナの表情が驚愕の一色に染まる。だが、それを横目にしながら、僕はここに一つの誓いを立てた。

 

「僕はこの剣の名を以て、兵藤一誠という一個の存在として自ら歩むべき道を問い続ける事を誓おう。それが天龍と天龍を宿す者の力と交わって生まれたエクスカリバーの子である天龍剣が、本来なら排除すべき存在へと転生した僕を主として認めた理由だと思うから」

 

 ……クォ・ヴァディス(Quo Vadis)。

 

 ラテン語で「何処へ行くのか?」という相手の行き先を問い掛ける言葉であるが、十字教教会にとっては非常に重要な言葉でもある。それは、聖ペトロの殉教を決定づけた言葉であると同時に、十字教の苦難と栄光の歴史の象徴でもあるからだ。それ故に、悪魔にとっては正に禁忌といっても良いだろう。

 しかし、僕にはそれ以外の名がどうしても考え付かなかった。それに、さっき言った意味の他にアウラが幸せになる為の道もまた問い続けるという父親としての決意もまた、この名前には込めている。そして、ドライグはそんな僕の考えを理解できたのだろう。僕に対して賛同の意を示して来た。

 

『天龍剣クォ・ヴァディスか、中々良い響きだな。相棒、俺はお前の意志を尊重する。今後はクォ・ヴァディスの名も世界に轟かせてやれ。それとそのクォ・ヴァディスだが、どうやら赤龍帝の籠手にそのまま収納できるようだ。おそらく今後の赤龍帝にも継承されていくことになるだろう。クックックッ。これで赤龍帝の聖剣が誕生した訳だな』

 

 一方、ゼノヴィア女史はドライグの言葉を聞いて溜息を吐く。

 

「これは教会本部にどう報告したらいいのだろうな? 尤も、「悪魔となった赤龍帝にエクスカリバーが呼応して新たな聖剣を生み出し、聖句とも言うべき聖ペトロのお言葉を名として与えられた」と素直に報告するしかなさそうだが……」

 

 そう言って、ゼノヴィア女史はクォ・ヴァディスについて悩んでいたが、どうやら一先ず棚上げする事にしたらしい。準備の為に一度拠点に戻ると言い出した。

 

「まぁ、それは追々考えていこう。私達は色々と準備があるから、一先ず拠点に戻るよ。それと赤龍帝。今回の件とは別に、君にとって重要な情報がある。……白い龍は、既に目覚めているぞ」

 

 そこまで言ってからイリナを連れ立って去っていくゼノヴィア女史に対して、僕は感謝の意を告げる。

 

「そうですか。教えて頂き、誠にありがとうございます。ゼノヴィア女史」

 

 ゼノヴィア女史からの情報を聞いたドライグは、かなり好戦的な感情と共に言葉を掛けてきた。

 

『どうやら白いのと対峙するのも近そうだな、相棒』

 

 そのドライグの言葉に対して、僕は頷く事で肯定すると共に、まずは目の前の事に全力を注ぐ事を伝える。

 

「その様だ。でも、まずはコカビエルからだ」

 

『あぁ、足を掬われる訳にもいかんからな』

 

 ドライグの言う通り、不意に足を掬われない様にまずは目の前の重大事件に集中して解決していこう。全てはそれからだった。

 なお、拠点で準備を終えて二人が戻ってくるまで、祐斗が土下座すらしかねない勢いで二代目騎士王である事を明かさざるを得ない所にまで陥りかけた事を謝ってきたのは言うまでもない。

 

 

 

 そうして、二人が戻ってきた所でセタンタもまた駒王学園に到着し、それぞれの顔合わせが済んだ所で昨日と同様に囮を兼ねたエクスカリバーの探索を開始した。なお、サーゼクス様を通して既に神の子を見張る者(グレゴリ)の上層部に今回の一件に関する問い合わせを行っており、日付が変わるまでには回答が出される予定なので、おそらくは探索の最中にその連絡を受ける事になるだろう。

 結局、捜索班は僕、瑞貴、祐斗、セタンタ、ゼノヴィア、そしてイリナの六名となり、チーム分けも予定通りに僕とイリナ、瑞貴とセタンタが組んだ事から余った祐斗とゼノヴィアが組む事となった。そして、それぞれが担当する地域に向かって移動する事となり、僕とイリナもそちらの方へと向かっている。

 しかし、その道中ではお互いに無言だった。……それも当然だ。アレだけはっきりと決別した昨日の今日で、その相手と一体何を話せというのだ。どうやら、世界はよほど僕の事が嫌いらしい。今までの事を振り返り、そして今まで抱いて来た感情を整理する時間というものをけして与えてはくれないのだから。

 そんな何とも言えない雰囲気の中、アウラが精神感応で僕に話しかけてきた。

 

《ねぇ、パパ。今、あたしが表に出てもいいかな? ちょっとだけお話ししたいんだけど》

 

 このアウラからの提案を受けて、最初はダメだと言おうと思った。しかし、このままではどうにも埒が明かないのも事実。なのでこの際、アウラにこの雰囲気を打破してもらった上でイリナと話をした方がいいのかもしれない。

 

 ……そして、僕は決断した。

 

〈解ったよ。ただ、その前に僕がイリナにアウラの事を説明する。それにもし敵が現れたら、すぐに僕の中に戻るんだ。いいね?〉

 

《ウン!》

 

 僕はアウラに表に出る許可を出すと同時に、周辺の気配察知に全力を注ぎ始める。そして、イリナにアウラが生まれるまでの経緯を説明した。イリナは流石に最初こそ唖然としていたが、「まぁ一誠君だから」という僕にとっては非常に複雑な理由で納得してしまった。その上で、折角だから僕の娘であるアウラと話をしてみたいと言ってくれた。

 そこで、話の一部始終を聞いていたアウラが僕の精神世界から表に出て来ると、イリナの目の前まで浮遊していく。そして、アウラは恥ずかしげにモジモジした上、少し舌を噛みながらも自己紹介を始めた。

 

「あ、あの。は、初めまして。し、紫藤イリナさん。あ、あたし、パパに宿った「魔」から生まれた娘で、名前はアウラと言いましゅ。そ、それと、ついさっきクォ・ヴァディスの守護精霊にもなりました。えっと、そのぅ……」

 

 そんな切羽詰まりながらも頑張って自己紹介する愛娘の愛らしい姿を見た僕は、「アウラはやっぱり可愛いなぁ」と父親として当然の事を考えつつも少し驚いていた。

 ……アウラは、明らかに緊張していた。他の皆に自己紹介した時には全く物怖じせず、それどころか何人かには「小父ちゃん」「小母ちゃん」と遠慮なく呼びかけた、あのアウラがだ。

 そうしてしばらく逡巡していたアウラだったが、やがて決心した様に大きく頷くと、大きな声でイリナにお願い事をし始めた。……緊張のせいか、かなり噛んでいたが。

 

「紫藤イリナしゃん! お、お願いしましゅ! あ、あたしの、あたしのママになって下しゃい!」

 

 その瞬間、確かに僕達の時間が止まった。しかし、そんな僕達を一顧だにせず、アウラは更にお願い事を重ねてくる。

 

「そ、それが嫌なら、せめてパパのお嫁しゃんになって下しゃい! お、お願いしましゅ!」

 

 ……イリナに対するアウラのお願いは、僕達にとっては正に特大級の核弾頭だった。

 




いかがだったでしょうか?

アウラにとってイリナとは、ずばり「ママになって欲しい人」でした。

……どう考えても、バレバレでしたけどね。

では、次の話でお会いしましょう。

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