赤き覇を超えて   作:h995

53 / 125
2018.12.2 修正


第十二話

Prologue

 

「貴方に、この剣に触れる勇気がありますか?」

 

 イリナからそう問いかけられたソーナだが、目の前で起こった「イリナの手から光が溢れて一本の剣を形成する」という一連の出来事が理解できず、逆にイリナの持つ剣について質問する。

 

「この剣は一体?」

 

 質問に対して質問で返されたイリナであったが、その無礼をあえて無視して己の持つ剣について説明した。

 ……一年程前に、一誠に作ってもらった自分の為の聖剣である事を。

 

「煌龍剣レイヴェルト。一誠君が私の為に作ってくれた、浄化の力に特化した聖剣です。そして、一誠君の想いの結晶とも言えます。本当に一誠君と共に在る資格が貴女にあるのなら、このレイヴェルトに触れても何ら問題はない筈です」

 

 その説明を聞いたソーナは、思わず一歩後ろに退いてしまった。レイヴェルトから発せられる強烈な聖なるオーラに怯んだのも理由の一つだが、それ以上に一誠とイリナの間にあった絆の強さをまざまざと見せつけられた形となり、余計に自分の行動が一誠を追い詰めた挙句に二人を永遠に引き離す結果となった事に対する後悔と罪悪感が強くなった事でイリナの前から逃げ出したくなったからだった。

 そんなソーナの内心に勘付いたのか、イリナはソーナに対して選択肢を強く突き付ける。

 

「さぁどうするの? あえて触れることなく、一誠君の抱えるものから目を背けて逃げ続ける? それとも、自分の命を賭け金にして資格の有無を確かめてみる? ……全ては、貴女の意志一つよ」

 

 ソーナは真剣な眼差しで自分の目を真っ直ぐに見据えるイリナを見て、震える手を強く握り締めて腹を括った。そして、イリナの出した選択肢から答えを選び出す。

 

「やります。これは、今まで目を背け続けてきた私の罪の象徴。ならば、今更逃げる事など許されません。そんな事をすれば、私は自分を一生許せなくなってしまう」

 

 腹を括ったソーナを見て、覚悟は本物と判断したイリナはレイヴェルトの柄に触る様に促した。

 

「解ったわ。さぁ、レイヴェルトの柄に触りなさい。それだけで、全てがはっきりするわ」

 

 イリナに促されたソーナは一瞬だけ触れるのを躊躇ったが、次の瞬間にはしっかりと柄を握り締めた。すると、レイヴェルトからは眩い光が放たれ始める。その瞬間を見たイリナは、意識が既に別の場所に飛ばされているであろうソーナに対して届くかどうかも解らない言葉をかける。

 

「そして、知りなさい。一誠君が今まで積み重ねてきた過去と絆、その中で紡いできた様々な想い。その全てを」

 

Prologue end

 

 

 

Side:ソーナ・シトリー

 

 一誠君の幼馴染である紫藤イリナさんから、一誠君が彼女の為に作ったという煌龍剣レイヴェルトの柄を触る様に突き付けられ、私は腹を括ってそれを実行した。その次の瞬間、私の意識は光の奔流に飲み込まれてしまい、気が付けば病院の一室にいた。

 

「ここは?」

 

 私が周りを見渡すと、そこには病院のベッドの上で眠る一人の少年の姿があった。……体は小さいし、顔つきもあどけないけど、間違いはなかった。

 

「一誠君?」

 

 私はベッドで眠る幼い一誠君を見て、思わずその頬を優しく撫でてしまった。すると、今度は一誠君の中に吸い込まれていく。

 

「今度は一体……?」

 

 私はまた周りを見渡すと、今度は幼い一誠君と余りに巨大な赤い鱗を持つドラゴンが面と向き合っている場面に遭遇した。その赤いドラゴンは幼い一誠君にかなり丁寧な説明をしていた。

 天使・悪魔・堕天使の三大勢力の戦争。その終盤に勃発した二天龍討伐。そして、己が何者で一誠君が宿す神器(セイクリッド・ギア)の正体。

 その赤いドラゴンが何者なのか解った時点で、私は何を見ているのかを理解した。

 

 あの赤いドラゴンは二天龍の一角、赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)のドライグ。そして、その赤い龍の話を聞く、幼い一誠君。

 

「まさか、これは一誠君の過去の記憶なの……?」

 

 私は今までは最も知りたいと思い、そして今では最も知りたくないと思っていた事を目の当たりにしていた。

 

 

 

 ……どれくらいの時間が経っただろうか?

 

 私は、おそらくレイヴェルトをイリナさんに与えるまでの一誠君の過去を全て見届けた筈だった。そして、一誠君が背負い続けてきたものの余りの重さに打ちのめされていた。

 私は一誠君の事を何でもできる天才の様に思ってきた。卓越した戦闘技量、膨大な知識とそれを十全に活用できる優れた叡智、「適材適所」という言葉の教科書と思えるほどの人員配置の上手さ、学園行事や生徒会活動で密かに発揮されている高い統率力、そして駒王学園の偉大なる皇帝という異名に誰も異論を挟まないという圧倒的なカリスマ。私にとっては、正に赤き龍の帝王、そしてこの場において初めて知った、数多在る騎士達の王という偉大な称号に相応しい存在だった。

 

 ……それは、私の勘違いだった。一誠君はただ、私達より遥かに多くの経験を積み重ねていただけだった。

 

 一誠君は、聖剣計画の被害者である武藤君達を死地から救い出したり、呪われた魔導書に体を蝕まれて下半身不随だったはやてさんをその魔導書ごと救ったりしている上に、異世界にすら何度か訪れた事があり、そこで出逢った人達と一緒に冒険して、場合によってはその世界を救ってみせた事すらあった。また、そこで身に付けた力や知識を利用して、一度は破壊されたエクスカリバーを再誕させたり、赤龍帝の新しい力を生み出したりするなど、その辺りは私の思った通りの一誠君だった。

 

 でも、それだけではなかった。

 

 初めて訪れた御伽噺の世界においては、精神だけが飛ばされた事で赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)もエクスカリバーもない、正に裸一貫というべき状態だった。幸い、そこで出逢った人達と行動を共にする事で難を逃れた格好になったけど、それ故に一誠君は辛く悲しい思いを何度もした。偶々その御伽噺のあらすじを知っていた事で、こうなると知っていた悲劇を変える事が唯の一度もできなかったのだ。

 目の前で何度も惨たらしい死を目の当たりにし、一つの村の住人達の断絶魔を心の声で聞かされ、分かり合えた敵にも死なれ、ついには世界が一度崩壊する場面にすら立ち合った。

 

 それでも、一誠君は心折れる事無く前へと進んでいった。

 

 戦いを通じて心を繋いでいく人と鬼の姿を目の当たりにした事で、たとえ言葉でなくてもお互いの意志を伝え合い、解り合う事ができるという希望を抱いたから。

 

 また、三年前にゼテギネアという世界にあるヴァレリア諸島に精神だけが飛ばされた時には、人間同士の戦争の真っ只中に飛び込み、そこで知識にあった悲劇を変えようとして、かえって別の形で促してしまうという大失敗を犯してしまっていた。それ以来、一誠君は己を棄て、大義の為の礎となる為、己の手をひたすら(けが)していった。

 戦場においては最前線で敵を殺し、軍師としては最小の被害で最大の戦果を挙げていたものの、大を生かす為に小を切り捨てる非情な決断を何度も行い、更には卑劣な謀略を仕掛ける貴族や名族相手にもけして退く事無く、逆に策略を以て一族を根絶やしにするなど徹底した報復行動を取っていた。

 その全ては、ヴァレリア諸島の戦乱を終えて、全ての住民が手を取り合えるようにする為。

 

 でも、この時の記憶にあった一誠君の本当の気持ちは、全く別のものだった。

 

 自らの手で奪った、余りに多くの命の重みに何度も潰されかけていた。己の過ちで死なせてしまった、何の罪もない人達に対する罪悪感から、何度も死にたい、楽になりたいと追い詰められていた。命の価値が余りに軽くて、どうしようもなく醜い現実を目の当たりにして、何度も逃げ出したくなっていた。……そして、凄惨でいつまで経っても終わろうとしない戦乱に絶望して、諦めようともしていた。

 

 でも、それでも、一誠君は唯の一度も自分に負けることなく前へと進み続けた。

 

 多くの人達と出会い、語り合って、優しい世界を夢見て一緒に戦う事で、人という存在が持つ綺麗で優しい可能性を信じたいと思ったから。親しくなった人達を待っている輝ける未来を、優しい明日を繋ぎたいと思ったから。

 

 そうして、ゼテギネアの世界での戦いを終えた後も、一誠君は自分が殺め、死に至らしめた多くの命を背負い続け、ただ前へと向かって全力で走り続ける。

 自分の播いた種の成長を見届ける為に。今まで出逢ってきた多くの人達に少しでも笑顔であって欲しい為に。

 

 ……いつか、自分が積み重ねてきた因果が巡ってくる、その時まで。それが、命という名の責任だから。

 

 気が付いたら、私は泣き出してしまっていた。運命のあの日、如何に御両親を人質に取られてしまったとはいえ、何故一誠君があんなにもあっさりと全てを諦めて私達悪魔に完全服従していたのか、全く理解できていなかった。それに、一誠君の義妹でもはや大魔導師といってもけして過言ではない実力を持つはやてさんの存在を知ってからは、余計にそれが解らなくなってしまった。

 

 でも、それがたった今、理解できた。

 

 一誠君は、理想の為と称して多くの命を殺めた事への因果がついに自分にも巡ってきたと悟り、その全てを素直に受け入れる覚悟を固めたのだ。……一誠君の周りにいる人達は、誰もそんな事を望んでいないというのに。

 

 ―― そんな重過ぎるものを、一人で背負い続けなくてもいい。

 ―― もっと自分を大事にして、幸せに生きていく事を考えて欲しい。

 

 私は一誠君に対して、心からそう願う様になっていた。

 はやてさんがリアスへの警告として伝えた「もしアンちゃんの事をホンマに好きやと言うつもりなら、覚悟を決めなアカンよ。アンちゃんは、リアスさんが思っている程強くもカッコよくもあらへんからな」という言葉の意味を、今の私ははっきりと実感できた。

 

 ……一誠君は、ただ桁外れなまでに我慢強いだけなのだ、と。

 

 そして、いつしか。

 

 ―― この人に私の側にいてもらって、私を支えてもらいたいのではない。

 ―― 私がこの人の側にいて、この人をずっと支えてあげたい。

 

 眷属に向けるものとしては明らかに逸脱した想いを、私は一誠君に対して抱くようになっていた。でも、仕方がないのだ。

 何故なら、一誠君の過去の全てを知り、その時の想いを全て感じた今、私は一誠君の事をこの上なく愛おしいと思える様になったから。もう、シトリー眷属の(キング)兵士(ポーン)という関係では到底満足できそうもないから。

 その時、私は何故紫藤イリナさんがここまで一誠君の事を深く愛するようになったのか、理解できた。

 彼女もまた、レイヴェルトに初めて触れた時、一誠君の過去の全てに触れたのだろう。そして、その時まで抱いていた淡い想いを確固たるものへと変えていったのだ。

 

 ……一誠君に淡い想いを寄せていた、私と同様に。

 

 だからこそ、余計に罪悪感に駆られてきた。私があの時、一誠君を尾行しなければ、きっと一誠君は今でも人間のままだっただろう。そして、或いは今日、この場で紫藤イリナさんと結ばれていたのかもしれない。そう思ったら、やり切れなくなった。やはり、私には一誠君を愛する資格なんてない。そう思ってしまいそうになった。

 

 その時だった。

 

「場面が変わった……?」

 

 今度は、栗色の髪をした五歳ぐらいの女の子がベットの上で膝を抱えながら、怯えた表情で泣いていた。これまでの経験から、私は女の子に近づいて耳を傾けてみる。

 

「イッセー君が死んじゃったら、私のせいだ。どうしよう? どうしたらいいの? ……怖い。怖いよ、パパァ……!」

 

 聞こえてきた言葉の内容に思わず女の子の肩に触れると、その時の女の子の記憶が流れ込んできた。

 

 ……それは、公園での日常の一幕だった。

 

 女の子は、近所に住んでいた男の子と一緒にジャングルジムで遊んでいた。しばらくして、女の子はジャングルジムの天辺にいた男の子に後ろから「ワッ!」と大声と共に軽く背中を押した。本当なら、それで驚いて自分の方を向く男の子の反応を見て、楽しむつもりだった。しかし、驚いた上に背中を押された男の子はバランスを崩してしまい、そのまま頭から地面に転落してしまった。……そして、地面に力なく倒れ込んで、そのまま動かなくなってしまった。

 

 この女の子の記憶に、私は驚きを隠せないでいた。何故なら、このジャングルジムから転落した男の子こそが、幼き日の一誠君だったのだから。

 

「この子は、幼き日の紫藤イリナさん……?」

 

 どうやら、今度は紫藤イリナさんの記憶を見る事になってしまったみたいだった。

 

 

 

 ―― 大丈夫。僕はここにいるよ。

 

 意識を取り度した一誠君に泣きながら謝る紫藤イリナさんに対して掛けられた、一誠君のこの言葉が人を殺しかけた事に怯えていた彼女の心を救った。

 

 ……そして、この瞬間に彼女の恋が始まった。

 

 幼い少女の微笑ましい恋心。そして、それに伴って好きな男の子の気を引こうとして持ち出してきた、一本の剣。それ以外にも色々な要因が重なったものの、この時に一誠君は赤龍帝以外に騎士の王としても選ばれてしまった。尤も、彼女がそれを知ったのは一人前の悪魔祓い(エクソシスト)と認められてからだったけど。

 やがて彼女はイギリスに家族一緒に移住した後、その素質を認められて悪魔祓いの育成機関に入る事になった。しかし、何度も一誠君に会いに行きたいと伝えても彼女の父親がそれを認めなかった事もあって、一誠君への恋心は募るばかりで訓練に専念できず、一時は落第寸前にまで成績を落とした事がある。それを何とか乗り越えて一人前の悪魔祓いとなり、更に実績を重ねた事で遂には聖剣使いとして祝福を受ける事で教会が所有する聖剣の内の一本を任されるまでになった。

 この時に初めて、彼女は父親から彼女が一誠君に会いに行くのを認めなかった理由を含めた全てを教えられた。

 一誠君が聖剣使いの娘である彼女と度々会うことで、ただでさえ過酷な一誠君の運命が加速し、それに彼女が巻き込まれることを恐れたからだと。そして、それは日本を発つ直前になって、一誠君に頼まれたことである事も。

 

 ……一誠君は、五歳の頃から既に一誠君だった、という事なんだろう。

 

 彼女は一誠君に課せられた運命と自分への気遣いを知った事で、溢れる思いを止める事などできなくなっていた。そして、彼女は決意した。

 一誠君が過酷という言葉すら陳腐に思える運命を背負って生きるなら、自分は彼の傍でずっと支えよう。やがて赤い龍の帝にして騎士の王たる彼のもとに集う事になるであろう騎士の一人として。

 

 ここまで紫藤イリナさんの過去を見て、それなら何故彼女は最終的にお互いに身を退く事を受け入れたのか、理解できなくなった。……でも。

 

〈今、イリナの好意を受け入れてしまうと、僕はきっと駄目になる。イリナの愛に甘えて、イリナに依存し切って、いつかイリナが好きになってくれた僕ではなくなってしまう。……イリナの重荷になって、イリナを不幸にしてしまう。そんな事、僕は絶対に嫌だ。だから、僕はイリナの側にはいられない。属する陣営が敵同士とか、生きていく時間が違うとか、そんな事よりも、今の僕は男としてイリナに相応しくないんだ〉

 

 つい先程一誠君から言われたこの言葉で、彼女は理解してしまったのだ。

 

 ……依存していたのは、むしろ自分の方であったと。

 

 あの日、一誠君に己の重過ぎる過ちを許されて以来、明らかに一誠君に縋っていたと思い当たる節がいくつもあった事。立場を逆にしても、一誠君の言った事が全て当てはまってしまう事。もし一誠君が甘えてきたら、自分はそれを無条件で受け入れてしまい、叱咤する事ができない事。……そして、それ故に愛する人を堕落させてしまう事を。

 だから、彼女は一誠君から提示された「お互いに身を退く」事を受け入れたのだ。最初から依存していた自分こそが、一誠君に相応しくなかったから。一誠君が自分の弱さをも受け入れ、その上で未練を断ち切って再び前を向いて歩き出そうとしている時に、自分が足枷になってはいけないから。そして、世界中の誰よりも一誠君の事を愛しているから。

 

 私は、紫藤イリナという一人の女性に対して、敬意を抱かずにはいられなかった。彼女は何処までも一誠君を思い遣り、一誠君の為に行動していたのだ。

 

 ……私も、彼女の様に一誠君を思い遣る事ができるだろうか?

 

 そう思った時だった。

 

『汝に問う』

 

 荘厳な声が一面に響き渡ると、私は後ろを振り向いた。……そこには、神々しいまでの光を纏った、いや光で体を形成している一頭の東洋型のドラゴンがいた。

 

『汝、我が光を受け入れるか?』

 

「……貴方は?」

 

 私はそのドラゴンに問い掛けると、ドラゴンはそれに答えてくれた。

 

『我は兵藤一誠の()(どう)(りき)によって生み出され、太陽龍ゾーラドラゴンと名付けられし者。世を照らす光の化身、それ故に闇を祓い退ける者』

 

 私は、そのドラゴンの名を小さな声で繰り返す。

 

「太陽龍ゾーラドラゴン……!」

 

 自らを太陽龍と称したドラゴンは、自らがどういった存在なのかを説明し始める。

 

『我、闇を祓い退ける者。故に、闇たる汝を祓う恐れあり。されど、その心魂に光あれば、汝は我を受け入れられよう』

 

 そして、私にもう一度同じ問い掛けをしてきた。

 

『今一度、問う。汝、我が光を受け入れるか?』

 

 ……ゾーラドラゴンからの問い掛けに対する答えは、既に決まっている。

 

「受け入れましょう。貴方の光は、兵藤一誠君と紫藤イリナさんの心そのもの。それなら、私が受け入れられない筈がありません。何故なら、私は一誠君の全てを心から愛し、またその先駆者であるイリナさんを心から尊敬しているのですから」

 

 私が己の存念を語ると、ゾーラドラゴンはそれを認めてくれた。

 

『承知した。……ならば、受け取れ!』

 

 そして、その次の瞬間に私の中へと入ってくる。ゾーラドラゴンが私の中に入った衝撃によって私の意識が失われていく中、私は確かにゾーラドラゴンの声を聞いた。

 

『我、汝の心魂に光を見出せり。故に、今後は汝と共に歩まん』

 

 

 

 ……意識を取り戻した私は、いつの間にか地面にうつ伏せになって倒れていた事に気づいた。そして、その手の内にはイリナさんから触れる様に言われたレイヴェルトがしっかりと握られている。でも、あれほど強烈な聖なるオーラにも関わらず、悪魔である私には全く影響を及ぼさなかった。むしろ、私を護っている様な気さえしてきた。

 そんな私とレイヴェルトの様子を見たイリナさんは、心底安堵した表情を浮かべている。

 

「どうやら、受け入れられたみたいですね。……良かった。これで、せめて私の想いだけでも一誠君の側にいられる。一誠君の事を支える事ができる」

 

 そして、驚くべき事を言い出し始めた。

 

「このレイヴェルトを、私に秘められていた魔動力と共に貴女に託します。私が持っていても間もなく意味がなくなる以上、一誠君と一緒にいられる貴女の方がレイヴェルトと魔動力を携える資格があると思いますから」

 

 一誠君が自分の為に作ってくれた聖剣を、私に譲る? ……私は彼女の言っている事が理解できなかった。

 

「どういう事ですか?」

 

 私が彼女に尋ねると、彼女は自分の今後の身の振り方について語り始める。

 

「今回の一件が終わったら、私は一誠君が抱いていた「科学者になって、人の役に立つ物を研究開発をしたい」という夢を継ぐ為、悪魔祓いを辞めて表の学校で一から勉強し直します。そうする事で、もう同じ時間を生きられなくなった一誠君の事を少しでも感じられる。……そう、思いますから」

 

 彼女の言葉に、私は驚愕した。彼女は、裏の世界からすら身を引く事を決意していたのだ。それはつまり、裏の世界で活躍する事になる一誠君に二度と逢えなくなるという事でもある。私は慌てて彼女に確認を取った。

 

「そ、それで! それで、貴女は本当に!」

 

 ……しかし、彼女にはもう迷いなど全くなかった。

 

「いいんです。世界で一番大好きな一誠君と、戦場で殺し合う事になるかもしれない。そう考えたら、私はもう悪魔祓いを続けられそうにありませんから。それに、愛ってただ寄り添うだけのものじゃないと思うんです。……一緒にいられなくても、同じ時間を生きられなくても、私の想いが一誠君の側にあって、一誠君を助けてくれるのなら、私はそれで十分なんです」

 

 彼女はそこまで言うと、私に向かって頭を下げてお願いしてきた。

 

「だからこそ、お願いします。一誠君を、あの人をけして一人ぼっちにはしないで」

 

 ……彼女の一誠君に対する純粋な愛を目の当たりにして、むしろ私の方が泣きそうになった。でも、ここでしっかりと答えなければ、それこそ彼女に申し訳がない。だから、私は自分の思っている事をはっきりと彼女に伝える。

 

「解っています。一誠君は私が今まで思ってきた程、けして強くはない事。そして、誰よりも強く優しいからこそ、誰よりも弱くなってしまう事を。このレイヴェルトが一誠君の魔動力、つまり想いの力で出来ている以上、私もまた一誠君が今まで積み重ねてきた事、そしてその時に抱いて来た様々な想いの全てを知る事ができましたから。……そして、レイヴェルトに宿る貴女の魔動力の根源である、誰よりも強くて深い、一誠君への愛も」

 

 そして、私はその手に握っていたレイヴェルトを掲げると共に、イリナさんと契約を交わし始めた。……代価は、既に彼女から頂いている。後は、私が契約内容を告げれば、それで契約が成立するのだ。

 

「ここに、煌龍剣レイヴェルトと貴女の魔動力を対価とし、悪魔にとって絶対不可侵である契約として貴女に約束します。私、ソーナ・シトリーは、最期の瞬間まで兵藤一誠の事を愛し、そして支え続ける事を。立場としては兵士(ポーン)を従える(キング)ですが、心は赤き龍の帝王にして数多在る騎士達の王を愛し支える王妃(クィーン)として」

 

 それは、私にとっては絶対不可侵の誓いだった。そして、それを先駆者である彼女に伝える事で初めて意味を持ってくる。

 

 私の愛する人の全てを知った。愛する人を私より先に愛してきた者の想いも知った。だから、私は愛する人を形作る全てを受け入れて、愛する人と共に歩んでいく。

 

 ……その為の、契約だった。

 

 そして、私との契約が成立した事を受けて、イリナさんは私に対して心得違いをしない様に忠告してきた。

 

「その言葉が聞きたかったの。ただ、「私の代わり」とか「私の後を継いで」なんて事は、けして考えないで。そんな事をしてもけして長続きしないし、一誠君もけして喜ばないから。あくまで、貴女自身の意志で一誠君と一緒に歩んでほしいの。そして、一誠君と一緒に幸せになって」

 

 ……この(ヒト)は、本当になんという人なのだろうか。

 

 私はイリナさんの思いをしっかりと受け止める事を伝えると、つい「もしも」を口に出してしまった。

 

「解りました。それについても契約として約束します。紫藤イリナさん。……いえ、イリナ。もし私達の生まれが今と違うものだったら、きっと良い友達になっていたわね」

 

 彼女に対しては、もう他所行きの言葉使いなどできそうになかった。……何故なら。

 

「そうね。だって、同じ男性をここまで深く愛せるんだもの。きっと、凄く仲良くできたと思う」

 

 私達は、同じ一人の男性を心から愛する盟友なのだから。

 

「だから、頑張ってね。ソーナ」

 

 盟友イリナから掛けられた激励の言葉に、私もまたイリナに励ましの言葉を贈る。

 

「えぇ。一誠君の夢を継ぐのは大変だと思うけど、イリナも頑張って。私も応援するから」

 

 今回の一件が終われば表の世界に帰っていく事になる盟友に対して、私がしてやれる事はもうこれ以外にないのだから。

 

 それから、私達は一晩中語り合った。お互いの事、抱いている夢、他にも色々と話をした。……でも、気が付いたら、一番話していたのはやっぱり一誠君の事だった。やがて、夜が明けようとした所でイリナと別れたけど、私は決意を新たにしていた。

 一誠君は、今まで背負い続けてきた命という名の責任を。イリナは、一誠君が諦めざるを得なかった夢を。それぞれがそれぞれのものを背負い、未来へと繋いでいく為に前へと踏み出していく。そして、私もまたイリナから託されたものを背負い、前へと踏み出していこう。

 これから人としての生を全うするという一誠君との約束を果たしていこうとするイリナが、せめて想いだけでも一誠君と共に在る様にと私に託した、イリナと一誠君の絆の結晶である煌龍剣レイヴェルト。そして、レイヴェルトに込められた魔動力、その根源である一誠君に対するイリナの純粋な愛と共に。

 

Side end

 

 

 

第十二話 かくして少女は夢を拾いて愛と剣を託す

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。