赤き覇を超えて   作:h995

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※ニコラスに関する矛盾点のご指摘を受けた事により、ニコラスの殉教時期を大戦末期から大戦終了後に変更しました。

追記
2018.11.29 修正


第八話 割れる仮面

 十字教教会から三本のエクスカリバーを奪い、現在は駒王町に潜伏して魔王の妹君二人を害さんと目論んでいるコカビエルの最終目的。

 

 それは、戦争の再開。

 

 僕がそう断じた事で、周りの空気は一気に凍りついた。

 

「イッセー君。念の為に訊くけど、天界側の援軍が来るという事は?」

 

 事態の深刻さを理解した祐斗が、僕にまず天界側の動向を尋ねてきた。しかし、これに答えたのは僕ではなかった。

 

「無理でしょうね。天界の上層部の方達は、おそらくご自身はおろか天使様の派兵さえも控える事でしょう。何せ、相手は聖書に名を残す程の大物、コカビエルです。それ相応の戦力でないと相手にならないでしょう。しかし、それでは魔王の実妹であるリアス・グレモリーさんが管理を任された地に天使様を始めとする大軍が押し寄せる事になるのです。これではたとえ事前通達があったとしても、冥界に対する脅迫と挑発以外の何物でもなく、その行為だけでも戦争再開の火種となりかねません。私達に置き換えてみれば、聖地エルサレムにそちらのトップである魔王が軍勢を率いて直接乗り込む様なものです。ですので、教会はともかく天界からの援軍はまず望めないでしょう」

 

 この礼司さんの解答に応じる形でソーナ会長が冥界側の動向に言及し、瑞貴がそれを補足する。

 

「同時に、現状ではサーゼクス様を始めとする魔王様達もこちらに来るのは無理ですね。悪魔が身内の危機を口実にして、本気で聖剣の破壊に動いた。天界や教会にそう受け取られてしまったら、それこそ向こうの思うツボです」

 

「それに、これは義父さんも知っている事だけど、天界や教会が聖剣という幻想に未だ固執しているという現実もある。現状だと、魔王様はおろか最上級悪魔の方であっても天界や教会への宣戦布告と受け取られてしまうだろうね」

 

 すると、元士郎が手を挙げて提案してきた。

 

「済みません、会長、グレモリー先輩。俺からも良いですか? 自分でも余りに楽観視しすぎだとは思うんですけど、今回の一件がもしコカビエルの独断だったなら、魔王様達がご出馬になっても問題ないんじゃないですか? だったら、まずはそれを確認してもらったらどうでしょうか」

 

 そこでリアス部長が初めて「探知」を行使して、敵の情報を獲得する。

 

「……「探知」の有効範囲内にコカビエルがいたから、正直言って助かったわ。お陰で、色々と確認できたわよ。まずは今回の一件についてだけど、先の戦争の決着を望んだコカビエルの独断だったわ。しかし、堕天使達の総元締めであるアザゼルもとんだ失態を犯したものね。これなら部下の監督責任を果たせなかったとして、十分責任を追及できるわよ。ただ念の為、魔王様から神の子を見張る者(グリゴリ)に確認を取って頂きましょう。それで万全になるわ。それからついでに聖剣関連の情報についても確認したけど、祐斗達を弄んだ張本人もコカビエル一派に加わっているわよ。名前はバルパー・ガリレイ。「皆殺しの大司教」なんて呼ばれているわね。それで間違いないかしら、武藤神父?」

 

 武藤神父はリアス部長の言葉に間違いがない事を保証するが、次々と情報を出して来たリアス部長に忠告してきた。

 

「えぇ、間違いありませんね。……成る程。これが古式の口伝で「紅髪(べにがみ)を見たら真っ先に潰せ」と言われる所以ですか。リアス・グレモリーさん。どうか、その力の使い時を誤らない様にして下さい。でなければ、貴女を待っているのは破滅かもしれません」

 

 僕が真聖剣を見せた時と同じ様な忠告に対し、リアス部長は真摯に受け止めた。しかしその分、礼司さんの真摯な忠告に少々困惑気味だった。

 

「ご忠告、痛み入るわ。でも、武藤神父。その忠告、普通は悪魔の私にするものではないと思うのだけど」

 

 心情をそのまま口にしたであろうリアス部長に対する礼司さんの答えは、いつも通りのものだった。

 

「こうして一度面と向かって言葉を交わした方には、たとえその方が異教徒であっても、あるいは人でない存在であっても、未来を健やかに過ごして頂きたいというのが私の神父としての信条でして。それ故に、変わり者だとよく言われていましたよ」

 

 武藤神父の信条を聞いたリアス部長は半ば呆れた様な表情を浮かべていたが、その言葉は優しい物だった。

 

「確かに、私の中にある神父のイメージとはかけ離れているわね。……尤も、そちらの方が好ましいと思えるのは、やはりここ最近ニコラス神父とよく接している影響かしら?」

 

 そのリアス部長の口からはっきりと出てきたニコラス神父の名に、礼司さんが反応した。

 

「ニコラス神父? もしかして、歴代の赤龍帝でも「聖帝(サブライム・ポープ)」と呼ばれ、一誠君の師を務められている最高位の赤龍帝のお一人とお知り合いになられているのですか? だとしたら、皆さんは大変良い出会いをなさっていますね。あの方は大戦の自然消滅後に、主に異国の地での布教活動で活躍されていたのですが、その最中、訪れた地で起こった争いに巻き込まれて殉教為された方です。あの方は「主は誰もお救いしない」として主に縋る事無く自立して主の教えを説く事を旨とし、更に奇跡の力に安易に頼るのを良しとせずにあくまで人の手による救済を目指しておられていました。その様なニコラス神父は私にとっては正に理想の神父であり、お亡くなりになった時より年上となった今もなお目指し続けている先達なのですよ」

 

 その言葉に驚いたのは、今やニコラス神父の直弟子と化しているアーシアだった。そして、ニコラス神父に対して思っていた事を言葉に出していた。

 

「やっぱり、ニコラス神父は歴代の赤龍帝の方達から教わっているイッセーさんやドライグさんが一目置いているだけあって、とても素晴らしいお方だったんですね。私、神父の教えを受けられる事が凄く幸運なことだったんだって、今ならそう思えます」

 

 このアーシアの言葉を聞いて、礼司さんは異端認定されていた当時のアーシアの力になれなかった事について頭を下げて謝罪してきた。

 

「貴女がアーシア・アルジェントさんですね。本当であれば、異端認定された直後に私が「魔女の力を祓う」といった理由をこじつけて身柄を引き受ければ良かったのですが、当時は私自身が破門一歩手前の立場に置かれていて行動をかなり制限されていたので、身動きが殆ど取れなかったのです。言い訳がましい事になってしまいますが、当時は力になれず申し訳ありませんでした」

 

 しかし、目上の人である武藤神父に頭を下げられた事でアーシアは完全に恐縮してしまい、慌てて頭を上げる様にお願いしていた。

 

「そ、そんな。あ、頭をお上げ下さい、神父様。そんな事をされると、かえって私の方が恐縮してしまいます。それに、当時はともかく今はとても幸せですから」

 

 ―― 今はとても幸せ。

 

 アーシアから発せられたこの言葉を聞いた武藤神父が頭を上げると、心底安堵した様な表情を浮かべていた。そして、そのまま優しい声でアーシアに語りかける。

 

「……そうですか。アーシアさん、貴女は貴女の道を見つけたのですね。ならば、私からはもう何も言う事はありません。後はその道を真っ直ぐに歩み続けて、そして幸せになって下さい。そうなる権利が、貴女にもあるのですから」

 

 この武藤神父の励ましに、アーシアは力強く応えていた。

 

「はい!」

 

 ……アーシアはもう大丈夫だろう。僕は心から安堵していた。僕がアーシアの成長を万感の思いで見届けたところで、礼司さんは今度はリアス部長とソーナ会長に頭を下げて謝罪する。

 

「申し訳ありません。私とした事が、話を完全に脱線させてしまいましたね。それで、先ほどお願いした共闘の件なのですが……」

 

 ……どうやら、やっと本題に入れそうだった。

 

 

 

Side:木場祐斗

 

 ……あれから一時間ほど話し合いが行われ、武藤神父との共闘体制が確立された。その際、武藤神父から状況が変わったので監視役を僕と瑞貴さんからグレモリー・シトリー両眷属に属するイッセー君に代えて欲しいとの申し入れがあり、少々揉めたものの結局は通る事になった。武藤神父も気心の知れたイッセー君ならやりやすいだろうというのが、部長と会長の最終判断だった。

 その結果、エクスカリバーの探索班として、武藤神父とイッセー君の班と瑞貴さんをリーダーとして僕、更に諸々の事情から間違いなく相手から狙われそうな薫君と僕達同様にエクスカリバーに只ならぬ因縁のあるカノンちゃんをメンバーに加えた班の二班が構成された。また、部長の「探知」から得られたコカビエルの最終目的から残りのメンバーは部長と会長の護衛の為に全員駒王学園に残る事になった。

 

 ……部長も会長も僕達の事情は全て知っている。だから、聖剣に対する因縁のある僕達に配慮してくれたのだ。

 

 そして、翌日。僕達は早速エクスカリバーの探索に乗り出した。斥候役の悪魔祓い(エクソシスト)を排除している現場を薫君が目撃している事から、向こうが片っ端から神父を襲撃している事が容易に考えられる為、僕と瑞貴さんは十字架やその意匠を取り除いた外套を纏う事で神父を装い、その側を天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)を密かに携えた薫君とカノンちゃんが付き従う事で敵を釣り出す作戦を取った。

 ただ、薫君を襲い返り討ちにあった上にエクスカリバーまで奪われた「はぐれ」の悪魔祓いについて、アーシアさんの件で二度(尤も、二度目は一瞬で一蹴しているので回数に入れるべきか判断に困るけど)対峙しているイッセー君はこんな風に言っていた。

 

「あの男、フリード・セルゼンはかなり執念深い性格だと思う。だから、エクスカリバーを取り返すという表向きの理由から、屈辱を与えた薫君を狙ってくる筈だ。そこで天閃の聖剣を薫君に持たせておけば、案外簡単に釣り出せるかもしれない」

 

 それで、今は僕達四人で駒王町で人通りの少ない所を歩き回っている訳だけど、流石に警戒しているのか、中々相手がこちらの誘いに応じてくれない。この状況に瑞貴さんも困った様な表情を浮かべ、そのまま僕達に話しかけて来た。

 

「困ったな。薫の一件もあってか、どうも向こうは行動を自重してきたみたいだ。やはり、フリード・セルゼンは向こうにとってかなり大きな戦力だったということかな? それを撃退された上に聖剣まで奪われたとなれば、当然慎重にもなるか。……ただ、そうなるとかなりの長丁場になるかもしれないね。義父さんも、今頃は相当に苦い顔をしているだろうなぁ」

 

 瑞貴さんはこの現状をあまり良くないと感じているみたいだ。できれば教会から派遣された聖剣奪還部隊がこの街に到着する前に事態を収拾する心積もりであるだけに、武藤神父も今頃は相手が慎重になった事を苦々しく思っている事だろう。

 そんな瑞貴さんの心情を慮ったのか、カノンちゃんが気分転換を兼ねて瑞貴さんに質問をしてきた。

 

「でも、それなら何故お義父さんは当初自分の監視役にする予定だった瑞貴兄さんや祐斗さんの代わりに一誠さんを監視役にするように申し出たんでしょうか? 正直言って、戦力を集中させるにしても度が過ぎていると思うんですけど……」

 

 このカノンちゃんの質問に対して、瑞貴さんは真剣な表情で答えた。

 

「義父さんが、どうしても一誠と一対一で話をしたかったらしい。どうも、何故一誠の中にある「聖」と「魔」の力が未だに対立しているのか、義父さんにはその心当たりがあるみたいなんだ。ただ、一誠の内面にかなり踏み込む事になるから、自分達以外を立ち入れさせない様にしたいんだろう。……だとすれば、ここは一誠が唯一甘えられる大人である義父さんに任せてしまった方がいいのかもしれない」

 

 ……あのイッセー君が、甘える?

 

 僕は、瑞貴さんの意外な言葉に驚きを隠せないでいた。よく見ると、薫君とカノンちゃんも驚きの表情を浮かべている。でも、瑞貴さんの次の言葉には、僕は尤もだと思わざるを得なかった。

 

「僕達は、いつの間にか忘れてしまっていたんだ。一誠もまた、僕達と同年代の子供でしかないという事実をね」

 

 ……今にして思えば、僕はもっとよく考えてみるべきだった。

 

 イッセー君は、けして自ら望んで人をやめたわけではない事。そして、その事実がどれだけイッセー君の心を苛ませていたのかを。

 

Side end

 

 

 

 現在、僕はコカビエルに従う者達を釣り出して盗み出されたエクスカリバーの複製品を奪還する為、礼司さんと行動を共にしていた。当初は礼司さんの監視役として、瑞貴と祐斗が担当する筈だった。しかし、共闘を申し込んでから礼司さんが二人から僕に監視役を代える様に申し出て、リアス部長とソーナ会長はそれを受け入れた。

 ……しかし、解らない。確かに、聖書に名を残す程の堕天使であるコカビエルがいる以上、戦力の分散は愚策だろう。だが、けして自意識過剰ではないが、これでは戦力過剰もいい所である。そこまでして、何故礼司さんが僕と組みたかったのか、それが見えてこないのだ。

 そうして僕が礼司さんの意図を読み取ろうと思考を進めていると、礼司さんから話しかけられた。

 

「一誠君。落ち着いた所で、少し私と話をしませんか?」

 

 少し話をしようと持ちかけられた僕は、この場から近くにファミレスがあったので、礼司さんと共にそこに入り、そこで話をする事にした。店に入り、窓際の隅の席に座った後でコーヒーを二人分注文した後、礼司さんが話を切り出す。

 

「一誠君。貴方は今、何故監視役として瑞貴君と木場祐斗君ではなく、貴方を指名し直したのかを考えていますね? その疑問にお答えしましょう。といっても、簡単ですよ。貴方と一対一で話をしようと思ったからです」

 

 ……僕と一対一で話をする為?

 

 僕は礼司さんの意図が理解できなかった。しかし、困惑する僕に構う事無く、礼司さんは話を続ける。

 

「私も神父の端くれです。今までに布教活動をしていく中で、実に色々な方と話をしてきました。その中には、懺悔室で己の過ちを悔い、主に懺悔する方達もいます。今の貴方は、その懺悔室に訪れた方達と全く同じ表情をしていますよ?」

 

 ……懺悔室に訪れた人達と全く同じ表情をしている。その言葉を聞いた時、僕は間違いなく息を呑んでいただろう。しかし、礼司さんの話はまだ続く。

 

「その胸の内を明かしやすい様に、もう少しだけ話しましょうか? 実は紫藤牧師から、貴方の事についてある程度話を伺っています。……貴方には前世の記憶がある事、またその影響で五歳の時に高校生程度にまで精神的に成長してしまった事を」

 

 それは、現在生きている存在では両親とトウジ小父さん以外には誰も知らない筈の事実だった。

 

「しかし、紫藤牧師はこうも仰っていました。確かに前世の記憶の影響で精神的に成長したのかもしれない。しかし、前世の記憶という到底信じてもらえない事を私に受け入れられた事で嬉しさの余りに号泣した当時のあの子は、本質的には年齢相当の幼子のままだった、と。……一誠君、正直に答えて下さい。貴方は、人をやめた事を本当に後悔していないのですか?」

 

 この礼司さんの質問に、僕は即答した。……この時の僕の声は、おそらく全く感情の籠っていない機械的な物だっただろう。

 

「後悔なんてしていません」

 

 しかし、礼司さんは僕の答えを受け入れようとせず、更に質問を重ねてきた。……ご丁寧にも、逃げ道をきっちりと塞いだ上で。

 

「では、何故貴方の中で未だに「聖」と「魔」が対立しているのでしょうか? 申し上げておきますが、二つの力が相反するものだから、という言い訳は通用しません。それなら、木場祐斗君についてはどう説明するつもりですか? 瑞貴君から話を聞いていますが、彼は「聖」を受け入れたからこそ、「聖」と「魔」が反発する事無く共存する和剣鍛造(ソード・フォージ)を得ているのです。つまり……」

 

 礼司さんは全てを理解している。そう思った僕は遂に観念した。

 

「僕自身が「魔」を、ひいては人でなくなった事を受け入れていないから。だから、長い間共にあって拒絶などしようもない「聖」を贔屓する形になって、僕の中にある「魔」が生き残る為に反発しているんでしょう。……解っている。解っていたんです、そんな事は。降霊術を使って、強烈な拒絶反応で死にかけた時に。僕の中にある「魔」が、死にたくない、消えたくないって、必死に叫んでいるのが聞こえてしまいましたから」

 

 僕の答えに、礼司さんは「やはり」という様な納得した表情を見せている。……そして、そこから畳み掛ける様に質問を重ねてきた。

 

「やはり、そこまでは解っていましたか。……では、何故受け入れる事ができずにいるのか、解っていますか?」

 

 ……この質問に、僕は即答できなかった。

 

「それは……」

 

 僕はそれが解らずに、これ以上の言葉を発する事ができなかった。しかし、礼司さんはそう受け取らずに、決定的な言葉をぶつけてくる。

 

「解らない。……いえ。解りたくない、と言った方が正しいですか? ですが、それではいけません。このまま貴方が自分の本心から目を背け続ければ、いつか必ず心が破綻します。だからこそ、自分の心に正直になって下さい。そして、その全てを吐き出して下さい。たとえ前世の記憶があったとしても、私には想像もできない様な経験を積み重ねていたとしても、本当の貴方はまだ十七歳の少年なのです。今なら、それを聞くのは大人である私一人だけです。少しだけ、大人に甘えてみてはどうですか?」

 

 ……この瞬間、僕の中で何かが壊れた。

 

「後悔なんて、していない。……していない訳、ないじゃないですか!」

 

 それは、まぎれもなく僕の本音だった。

 

「でも、「後悔なんてしていない」。そう自分に言い聞かせないと、僕は前を向けずに通り過ぎた後ろの方を、自分で捨ててしまった大切な夢と体の事をずっと見続けてしまうんです!」

 

 人である事を自らやめて以来、ずっと見ない様にしてきた僕の本心。

 

「僕は、科学者になりたかった! 前世の記憶の影響で科学者に憧れたのは確かだけど、ただそれだけで十年以上も頑張り続けられる訳がない! 僕はただ、いろんな事を見つけて、考えて、作って、そうして出来上がった物で誰かに笑って欲しかった! そして、その幸せそうな笑顔を見れたら、僕はそれでよかったんだ! それなのに。それなのに、そんなささやかな夢さえも、どうして僕は捨てなくちゃいけないんだ……!」

 

 前世の記憶が切っ掛けで、だが月日を重ねていく中で確かに自分の物となっていた大切な夢を捨てなければならなくなった事に対する未練。

 

「それに、僕のこの体は、父さんと母さんがくれたとても大切なものだった。それを、自分一人の判断で勝手に人でないものに変えてしまった。……人としての自分を、捨ててしまった。そうするしかなかったけど、それでも父さんや母さんに申し訳なくて、本当は謝りたくて、何度もそうしようとしたけどそれもできなくて、それが頭の中をグルグル回って、もう何が何だか訳が解らなくなって……」

 

 人としての大切な体を捨てて以来、僕を愛情を注いで育ててくれた父さんと母さんに対して抱き続けてきた罪悪感。

 

 これ等が混然一体となって、僕の心の奥底で燻ぶり、溜り込んでいた。それこそ、何かの切っ掛けで全てを焼き尽くす劫火に、全てを押し流す濁流になりかねない程に。そして今、礼司さんの言葉によって、それが一気に解放された。

 

 僕には、もう溢れ出る言葉を止める術がなかった。

 

「僕は、本当は人間のままでいたかった。人間のまま夢を叶えて、幸せに生きて、そして生涯を全うしたかったんです……!」

 

 僕は、今ここで全てを吐き出した。礼司さんはその全てを聞き終えた後、今日はここで切り上げる事を宣言した。

 

「……一誠君、今日はここまでにしましょう。流石にここまで溜め込んでいたとは、私も思っていませんでした。ですが、これで少しは心が軽くなったのではありませんか?」

 

 礼司さんにそう問われて、僕は今の自分の状態を改めて見てみた。……我ながら、現金なものだった。

 

「……はい。少しどころか、かなり軽くなりました。礼司さん、済みません。何だか子供みたいに甘えてしまって」

 

 僕が礼司さんに甘えてしまった事を謝ると、礼司さんからは完全に子供扱いされてしまった。

 

「子供みたい、ではありませんよ。実際、貴方はまだ子供です。なので、本当に辛い時には、大人に甘えても全く問題ありませんよ。もちろん甘え過ぎてもいけませんが、貴方はむしろ積極的に甘えるべきでしょう。何せ普段が甘えられる側なので、胸の内を素直に吐き出せる機会というものがそうそうありませんからね」

 

 ……その通りなのかもしれない。

 

 五歳の時、前世の記憶がある事を両親に告白して、それを受け入れてもらえた事で嬉しさの余りに二人に抱きついて号泣した時に解っていた事だった。僕が持っているのはあくまで前世の記憶だけで、前世の人格を引き摺ってなどはいない。そうでなければ、感情のままに号泣するなど到底できなかった筈だ。だから、僕は礼司さんの厚意に素直に甘える事にした。

 

「……そうですね。尤も、僕が悪魔勢力の所属である以上、いつかは教会に属する礼司さんやその庇護下にある孤児院の子供達からは離れていかないといけませんけど、それまでは、たまに話を聞いてもらってもいいですか?」

 

 僕がそうお願いすると、礼司さんは快諾してくれた。そして、それと共に安堵の表情を見せる。

 

「えぇ、もちろん。……一誠君、安心しましたよ。私のよく知っている貴方の表情(かお)にかなり戻ってきています。薫君の言った通り、さっきまでのまるで穏和な仮面を張り付けた様な表情など、とても見ていられませんでしたから。それともう一つ」

 

 礼司さんが口にしようとした事の内容は、僕にはすぐに解った。だから、言葉を先取りした上で自分の意志を伝える。

 

「イリナの事ですね? できれば、もう少しだけ時間が欲しいところです。今、ようやく自分の本音と向き合い始めたところですから」

 

 僕の意志を聞いた礼司さんは納得した表情を浮かべた。そして、イリナにはもう少しだけ黙っている事にしてくれた。

 

「そうでしょうね。おそらくイリナ君とどう向き合うのかが、貴方にとって一番大きな問題でしょう。イリナ君にはもう少しだけ、貴方の事は伝えないでおきましょう。……自分の本当の気持ちとけして望んだ訳ではない現状に、貴方がしっかりと折り合いをつけるまで」

 

 僕は礼司さんに深々と頭を下げて、感謝の意を示した。

 

「……有難うございます」

 

 こうして、僕達はファミレスから出て探索活動を再開したものの、僕達の方は特に収穫がなかった。そこで瑞貴達の方に連絡を入れようとした時、礼司さんの携帯端末に着信が入り、事態が一気に急変した。そして瑞貴達に連絡を入れた所、こちらと同様に収穫がなかったという事なので、今日はそのまま解散の流れとなった。

 

 ……今の僕には、イリナとどう向き合うのかを考える時間が必要だった。

 

「えっ? ……イリナ?」

 

 だが、運命はそんな時間など一秒たりとも与えてはくれなかった。

 




いかがだったでしょうか?

いつの時代にも、子供にはやはり頼れる大人が必要です。
子供はそんな大人の背中を見て、そして追いかけていく事で成長していくものだと思いますから。

では、また次の話でお会いしましょう。

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