赤き覇を超えて   作:h995

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第二章、第二話です。

ライザーの性格と小猫の設定に独自の解釈を入れています。苦手な方はご注意ください。

追記
2018.11.18 修正


第二話 赤龍帝と一緒!

 グレモリー家とフェニックス家の婚姻騒動の裏側に蠢く陰謀が明らかになり、リアス部長率いるグレモリー眷属とライザー率いるフェニックス眷属がレーティングゲームを行い、リアス部長が勝利する事で事態を打開する事になった。しかし、このまま対戦してもリアス部長には全く以て勝ち目が無い。……もちろん、僕が全てを出し切れば勝つ事はできるが、それはあくまで僕個人の勝利となってしまい、リアス部長の今後に大きな影を落としかねない。だから、あくまでリアス・グレモリー率いるグレモリー眷属が勝利しなければならないのだ。

 そこでハンデとして、十日間の準備期間を設けてもらったのだが、ここで結婚繰り上げの撤回でなく婚約破棄をリアス部長が要求したことで、それに対する交換条件が付いた。

 

「何ですって! この十日間、イッセーの身柄をフェニックス家が預かるとはどういう事なの!」

 

 リアス部長がライザーから提示された条件に声を荒らげて問い詰めるが、対するライザーは冷静そのものだ。リアス部長の疑問に落ち着いて答えていく。

 

「簡単さ、リアス。本来なら結婚の繰り上げを撤回するだけで事が収まる所を、あえて婚約の破棄なんて我儘を持ち出したんだ。だったら、それに見合うだけのハンデを君が背負うのは当然じゃないか。それに、もしかして十一駒の兵士(イレヴン)さえいれば、俺達に勝てると思っていないか?」

 

 そこで一端言葉を切ったライザーは、その表情を真剣な物に変えてリアス部長に忠告する。そこには既に本戦を何度か経験したプロとしての誇りがあった。

 

「舐めるなよ、リアス。最強の一騎がいればそれだけで勝てる程、レーティングゲームは甘い物じゃない」

 

 ライザーは忠告を終えた後、リアス部長がレーティングゲームで賭けるものを変更しなかった場合について説明する。

 

「それに俺が負けた結果として結婚の繰り上げが撤回されるのであれば、現時点での俺の力不足によるものだとする見方が大半になる。その意味では、コイツが赤龍帝の力を使っても殆ど問題は出なかっただろう。グレモリー卿が赤龍帝を通す形で俺が今の段階で娘婿として相応しいかを試したという事にできるからな」

 

 次にリアス部長が婚約破棄を求めた事で新たに生じたデメリットについて話し始めた。

 

「しかし、それが婚約の破棄では話が大きく変わって来る。もしコイツに頼り切って勝った場合、君はこれから先、「赤龍帝に縋って我儘を押し通した」なんて事をずっと言われ続けることになるだろう。それはグレモリー家の次期当主として有るまじき失態となり、他の名家からの信用や信頼を失いかねないんだ」

 

 そして、そのデメリットを避ける為にはどうするべきかをリアス部長に伝える。

 

「だから、俺との婚約を破棄したいのなら、君はコイツの力に極力頼らずに俺に勝つ必要がある。この交換条件は、自分の望みを押し通す為の代価の先払いであると同時に、十一駒の兵士への甘えを断つ為の処置だと思って欲しい」

 

 そこまで話し終えると、ライザーはリアス部長から僕の方へと視線を変える。そして、少しだけ口元を緩めながら、僕が既に考えていた今回のレーティングゲームにおける戦い方を指摘してきた。

 

「まぁ、これだけ頭の切れるコイツの事だ。今回はあくまで君の眷属として赤龍帝の力を使わずに戦うだろうから、そこまで酷い事にはならないと思うけどな」

 

 ……どうやら、レーティングゲームで好成績を収めているのは伊達ではないらしい。きちんと物事が見えているらしい。ならば、これも承知してくれる筈だ。

 

 僕はそう思い、ライザーに指導者の手配の許可を求める。

 

「一つ、宜しいでしょうか? 準備期間の間、我が君(マイ・ロード)を含めたグレモリー眷属の指導者を手配する許可を頂けないでしょうか? 流石に自己鍛錬のみで勝てる所まで持って行くのは事実上、不可能です」

 

「……十一駒の兵士。お前が直接リアス達を指導しないのであれば、結構だ」

 

 僕の提案に対してライザーは少し考えた後にさっきの条件に沿う形で許可を出した。それならば問題はない。元々、そのつもりだったからだ。僕は早速、指導者と見込んだ方達に確認を取る。

 

「承知致しました。ロシウ老師、ベルセルク師匠、レオンハルト卿。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」

 

『儂は構わんぞ。お主達は?』

 

『YAHAA! 俺も良いぜ!』

 

『主命とあらば、私に否は御座いません』

 

 お三方の同意も得られたので、早速実体化を開始する。……ただ、レオンハルト卿の主命というのがどうしても気にかかるが。

 

「では行きます。――――」

 

 そして高速神言での詠唱を一分程度こなした後で、最終段階に入る。

 

「――――。赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)!」

 

 最後に術式の名称を唱えた瞬間、僕の体から三個の悪魔の駒(イーヴィル・ピース)が飛び出し、ドライグの紋章が描かれた魔方陣を通過した。すると、黒い外套にジャケットの様な服装を纏った、アッシュブロンドの髪と髭を持つ壮年の男性と、三十代半ばでボロボロの衣服を纏った、筋骨逞しい黒髪と日に焼けた肌をした厳つい顔の無頼漢の二人が立っていた。

 

「ふむ。確かに以前の陽神の術よりも肉体はより安定しておるようじゃ。これなら当初の見立て通り十日は持つじゃろうし、慣れてくれば更に伸ばす事すら可能じゃな。出来は上々じゃ、一誠」

 

「YAHAA! 折角のシャバだってのに戦えねぇのはつまらねぇが、まぁいい。イチの時みてぇに、おチビちゃんを鍛えてやるとすっか」

 

 なお、壮年の男性がロシウ老師、厳つい無頼漢がベルセルク師匠だ。

 

「一誠様。騎士(ナイト)の赤龍帝レオンハルト、主命により現世に馳せ参じました。ご同輩である若き騎士を指導せよとの命、確かに承りました」

 

 一方、三十代前半で鎧甲冑を身に纏い、両手剣を携えた金髪碧眼で眉目秀麗な騎士が僕の前で跪いている。……レオンハルト卿については、何度言っても僕を主と言って憚らないから正直言って困っている。それはさておき、この場にいた人達は突如現れた強者の存在に驚きを隠せないでいる。例外は、リディアさんの時に一度見た事のある木場だ。

 

「今ご覧になった通り、私は悪魔の駒を媒体として歴代の赤龍帝を十日程度なら実体化できます。我が君を始めとするグレモリー眷属への指導は彼等が行いますが、宜しいでしょうか?」

 

 これを見たライザーは、それは楽しげに笑いながら許可を出した。

 

「クックックッ。いいぞ、許可する。確かに条件はクリアしているからな。しかし十一駒の兵士! お前は面白い、実に面白いなぁ! お前はたかが下僕程度で終わる様な器じゃない! そう遠くない未来、俺達の所まで確実に駆け上がって来る器だ! (キング)のお前が結成する、いわば赤龍帝眷属とレーティングゲームで鎬を削るのが、今から待ち遠しくて仕方がない!」

 

 ライザーは本当に楽しみにしているようだ、瞳の輝きに偽りを宿した陰りが全くない。……女好きの一面があるのは間違いないが、どうやら誇り高き戦士としての一面もあったようだ。グレモリー家がライザーを婿に見込んだのも、おそらくはこの一面だろう。これで家崩しの謀略さえ絡んでなければ、完全にリアス部長の好みの問題になっていた。僕はリアス部長にあまり力になれなかった事を深く謝罪した。

 

「我が君、申し訳ございません。私にできるのはここまでです。後は十日後のレーティングゲームで、赤龍帝の力を使わずに戦う事だけです」

 

 結局相談に乗ると言っておきながら、僕にできたのは今回の一件に潜んでいた謀略を暴き立てた事と運命を分けるレーティングゲームに備える為の指導者を用意した事だけだった。だが、リアス部長は僕を責める事をせずにむしろ褒めてくれた。

 

「いいえ、十分よ。むしろでき過ぎだわ。結婚については、むしろ今はしてはいけない状況だった事が判明したのだから。でも、ライザーとは婚約が決まってからそれなりに話もして来たけど、あんな一面があったとは思わなかったわ。……イッセー、貴方は本当に不思議な子ね」

 

 リアス部長の言葉を少し微笑んで受け止めた僕は、ここで誰が誰の指導役かを説明していく。

 

「我が君達には、私が師事した赤龍帝の三人を付けます。我が君と朱乃さん、アーシアの三人はロシウ老師から主に魔力の運用と魔術を学んで下さい。小猫ちゃんはベルセルク師匠から体術を、木場はレオンハルト卿から剣術をそれぞれ鍛えて貰って欲しい。木場は知っているな、ティアマットと禁手(バランス・ブレイカー)なしで素手で殴り合って引き分けた赤龍帝の話。それはベルセルク師匠の事だ。そしてレオンハルト卿は神器の能力を使わず、普通の剣一本で禁手化(バランス・ブレイク)した白龍皇に致命傷に近い重傷を負わせた方だ」

 

 そこまで聞いた皆は、もはや開いた口が塞がらない状態だった。

 

「……赤龍帝になった人は、そこまで凄い方達ばかりなんですか?」

 

 小猫ちゃんが代表して尋ねて来たので、僕は紹介を交えて答えていく。

 

「いや。流石に今回実体化させたのは、歴代の中でも特に秀でた能力を持つ最高位の赤龍帝でドライグも一目置いている方達なんだ。因みに歴代の赤龍帝の人達からは、ロシウ老師が魔導帝(マギウス・ロード)、ベルセルク師匠が武闘帝(コンバット・キング)、そしてレオンハルト卿が剣帝(ソード・マスター)と呼ばれているよ」

 

 僕の答えを聞いた木場は決意を新たにした様だ。それを言葉としてはっきりと宣言してきた。

 

「イッセー君、君の厚意は確かに受け取ったよ。この十日間、僕は死ぬ気でレオンハルトさんに食らいついてみせる」

 

「その意気は良し。しかし、それ故に私は一切容赦しない。血反吐を何度も吐いてもらう事になるが、覚悟はいいな?」

 

 レオンハルト卿の念押しに対して、木場は怖じる事無く頷いた。

 

「はい。ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」

 

 木場とレオンハルト卿はどうやら大丈夫だろう。一方、小猫ちゃんもやる気は十分だ。

 

「……私もやります。イッセー先輩に甘えっぱなしだなんて、言われたくはありません」

 

「ホウ、なかなか元気なおチビちゃんだ。だがイチ、本当はお前も解っているんだろ? おチビちゃんを鍛えるのは、俺じゃなく計都(けいと)の方が向いているってな。……まぁ、今のおチビちゃんに計都を会わせても意味がないのも確かだからな。せめて体術の基礎くらいはしっかり仕込んどいてやるさ」

 

 しかし、ベルセルク師匠の方は少々やる気がなさげだ。ひょっとすると、外に出られるから引き受けたのかもしれない。……だが、小猫ちゃんの事を思えば、ベルセルク師匠の言っている事は何処までも正しい。ただ、言われた側の小猫ちゃんは明らかに不満そうで、ベルセルク師匠に毒舌を吐いた。

 

「……随分と投げ遣りですね。自信がないんですか?」

 

 すると、ベルセルク師匠は一瞬で小猫ちゃんの懐に入り、腰を曲げてその耳元に顔を近づけた。確かに、目にも留らぬ速さで動いたのは確かだ。ただ、その動きには一切の「起こり」がなかった。だから、真正面に立っていた者からすれば、気が付いたら目の前にいたという事になっているだろう。……相変わらず、恐ろしい人だ。達人という言葉すら凌駕している。

 一方で小猫ちゃんと言えば、ベルセルク師匠から視線を外さなかったのにその一連の動きが全く見えなかった事で唖然としている。そして、ベルセルク師匠から何事か囁かれた瞬間、小猫ちゃんの表情が強張ってしまった。

 

 

 

Interlude

 

 一誠の耳には聞こえない程の小声ではあったが、ベルセルクは小猫の耳元ではっきりと断言した。

 

「妖怪の本性を拒絶しているメス猫が、ガキの分際で何を生意気ほざいてやがる」

 

 ……この人は、自分の正体に気づいている。

 

 そう悟った小猫は完全に凍りついてしまった。ベルセルクは小猫の反応を見て、舌打ち混じりに脅しを掛ける。

 

「何だ、そのツラは? まさか気付かれていねぇと、本気で思っていやがったのか? だとしたら舐められたモンだな、俺もイチも。……まぁいい。本来ならそんなヤツは問答無用で殴り潰す所だが、イチに免じて今回は見逃してやる。だが、次はねぇぞ?」

 

 その言葉が何処までも本気である事を悟った小猫は、恐怖に顔を青褪めさせて何度も頷いた。こうして上下関係を本能レベルで小猫に刻み込んだベルセルクは、小猫の抱える問題点について説明し始める。

 

道士(タオシー)の赤龍帝である計都の話じゃ、仙術に通じる妖怪にとって、心の在り方が体に与える影響は相当にデカイそうだ。だから妖怪として成熟する事を拒んだお前の心に体が応えて、体が未だにガキのままなんだよ。そんなガキの体しか持たねぇ奴に俺がしてやれるのは、それこそ基礎固めだけだぞ? それ以上踏み込んだら、おチビちゃんの体がぶっ壊れちまうだろうが。イチもそれを見越して、イチの時も最初の基礎固めを担当した俺を指名したという訳だ。だから、まずは自分の事を受け入れて、そして前へと進んでいけ。おチビちゃんの場合、全てはそこからだ」

 

 己の本性を受け入れろ。そう言われた小猫は不安に駆られた。

 

「……私にできるでしょうか?」

 

 そこにいたのは、己の本性に恐れをなした、ただの仔猫だった。 

 

Interlude end

 

 

 

「……私にできるでしょうか?」

 

 そう口にした小猫ちゃんの表情からは明らかに不安の色が見えた。しかし、曲げていた腰を伸ばして小猫ちゃんの耳元から顔を離したベルセルク師匠の反応は、どこか突き放したものだった。

 

「さぁな。全てはおチビちゃん次第だ。まぁ一つだけ言えんのは、運命は変えられても宿命は変えられねぇって事だけだ。ダチや連れ合い、ガキは選べても、生まれや親兄弟は選べない様にな。ただ、これだけは言っておく。イチは赤龍帝の業と真っ向から向き合い、受け入れた上でぶち壊し、そして全く新しいモンを作り上げてみせたぜ」

 

 このベルセルク師匠の言葉を受けた小猫ちゃんは、深々と頭を下げてお辞儀をした。

 

「……よろしくお願いします」

 

 どうやら小猫ちゃんとベルセルク師匠も問題ない様だ。そしてリアス部長もロシウ老師に話しかけて来た。

 

「ロシウだったわね。あの時は本当に助かったわ。お陰で上層部によってイッセーを使い潰される未来を回避できたもの」

 

「気を使わんでも結構じゃよ。あくまで儂は知恵を出して手助けしただけじゃ。実際に事を為したのは一誠であるし、その一誠を想いやり、切っ掛けを創り出したのはお主達じゃよ。 じゃから、そのデカイ胸をもちっと張っても誰も文句は言わんぞ?」

 

 ……ロシウ老師、それはセクハラになりますよ?

 

 リアス部長も僕と同じ事を思ったのだろう、しっかりと窘めて来た。

 

「それはセクハラよ」

 

 しかし、ロシウ老師は全然堪えていない様で、飄々とした態度でリアス部長達の指導方針を語り始める。

 

「うむ、それだけ言えれば問題なかろう。しかしお主とそこの女王(クィーン)のお嬢さんは魔力の運用が余り上手くない様じゃから無駄を削ればいいのじゃが、アーシアのお嬢さんは魔力の発現と操作という基礎中の基礎から教えんと不味いのう。それにアーシアのお嬢さんは魔力の適性が治癒と補助に特化しておるから、主に治癒系と補助系が豊富な白魔術を教えてやるかの。それである程度イメージが固まりさえすれば、魔力の運用だけで同じ様な効果が出るようになる筈じゃ。これも悪魔の特権じゃな、少々羨ましいわい」

 

 アーシアの教育方針を聞いた朱乃さんは、ロシウ師匠を尊敬の目で見ていた。

 

「……凄いですわね。一目見ただけで解る物なのですか?」

 

 すると、ロシウ老師は半ば呆れ返った様子でリアス部長と朱乃さんに欠けている点を指摘していく。

 

「熟練の魔導師では早々解らんものじゃが、魔力の波動が垂れ流しに近いお主達では一目瞭然じゃ。それにこう言ってはアレじゃが、お主達、魔力そのものはともかくその波動を抑えて隠蔽する技術がまるでなっておらん。一誠もお主等については、駒王学園の入試を受けに行った時点で気付いておったよ。一方、ソーナのお嬢さんについては、初めて対面した時にやっと気付いたくらいじゃから錬度の差はかなり大きいぞ。その事実だけでも、魔力の制御や運用がそれほど上手くない事が証明されておるわ」

 

 ロシウ老師からの厳しいお言葉に、リアス部長と朱乃さんはすっかり落ち込んでしまった。アーシアは何を言われているのか良く分かっていないのだろう、不思議そうな表情を浮かべている。しかし、そのままにしておかないのが指導者としてのロシウ老師の非凡な所だろう。

 

「……まぁ逆に言えば、そこさえ改善できればお主達の魔力量は大したものじゃから、かなり良い線いくとは思うがの。この十日間でお主達には修練法を含めて基礎的な部分を教えてやるが、今後も精進に励めよ。この類の修練は、続ければ続ける程に地力と底力が付くからの」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 リアス部長達三人は揃ってロシウ老師に頭を下げていた。これでとりあえずの準備が完了した。それを見届けたライザーは、改めて僕に話しかけて来た。

 

「ところで十一駒の兵士。お前、当然ながら冥界は初めてだな?」

 

「えぇ。その通りですが?」

 

 僕がそう答えると、ライザーは意外な事を言い出した。

 

「それならこのまま転移でフェニックス領に連れて来たら、コイツが不法入国になってしまうな。公式ルートで冥界の入国手続きを行う必要があるか。……グレイフィアさん、グレモリー家の公用列車でコイツを冥界まで連れて来てはもらないだろうか。おそらくそれが一番手っ取り早い筈です。列車を走らせる費用はこちらで持ちますし、冥界まで連れて来てもらえれば、後はこちらで対処します」

 

「解りました。至急手配します」

 

 ライザーの提案をグレイフィアさんが承諾した、正にその時だった。

 

『主兄殿、お待ち頂きたい。流石にそのままお一人で行かせる訳には参りません』

 

 その場に突如掛けられた第三者の声に、その場にいた者が全員動きを止めた。すると次の瞬間、三角形の魔方陣が展開された。

 

「な、何なの? こんな魔方陣、見るのは初めてよ!」

 

 リアス部長が驚いているが、僕はそれを知っている。……ベルカ式の魔方陣だ。そして魔力光が紫であることから、ここに来るのは。

 

「リヒトか」

 

「御意。主上の命により、失礼ながら密かに主兄殿のご様子を窺っておりました。何せ、そこの小娘が主兄殿のご意志を無視して事に及ぼうとしたのです。それに対し、主上は大層お怒りになられました。そして、やはり悪魔は信用ならないとして、私に密命を下されたのです。もし主兄殿に変事あれば、主兄殿を貶めた悪魔を一人残さず討ち果たせと」

 

 このリヒトの言葉にこの場の雰囲気が敵意で満たされた。

 

「……貴方、本気かしら? この場にいるイッセー以外の悪魔全員を相手にして、勝てると思っているの?」

 

 その場にいる者を代表して、リアス部長が最終通牒をリヒトに下して来た。しかし、リヒトにとってはどこ吹く風だった。

 

「ならば」

 

 そしてリヒトは愛剣のカイゼルシュベルトを手に取ると、そのまま剣先をリアス部長に突き付けた。

 

「……試してみるか?」

 

 その瞬間、圧倒的なまでの覇気と殺気がその場にいた悪魔全員に叩きつけられた。女性陣はグレイフィアさん以外、全員腰を抜かして床に座り込んでしまい、男性陣も赤龍帝の三人は平然としているものの、祐斗は全身が恐怖で震え上がり、ライザーも言葉を失っている。そして、この中では最強であろうグレイフィアさんも冷や汗を流している様だ。……このままでは収拾が付かなくなる。そう判断した僕はリヒトに控える様に伝えた。

 

「リヒト、控えろ」

 

 しかし、リヒトは退く気配を見せない。

 

「お断り致す。如何に主兄殿の命とはいえ、ここは断じて退けませんな」

 

 このリヒトの不退転の覚悟を見て、はやてが相当の悪魔不信に陥っていると僕は悟った。……もはや、リヒトを同行させるしかない。そう判断した僕はライザーに許可を求めた。

 

「ライザー様、申し訳ありませんが、この者の同行の許可をお願い致します。この者は私を一人で冥界に行かせまいとして、この様な行為に及んでいるのです。それならば、事を治めるには同行させるしかないでしょう」

 

 すると、ライザーも隔絶した力量差を理解していたのか、即座に了解の意を示してくれた。

 

「……そうだな。ここはあえてリアスの眷属としてではなく、赤龍帝としてのお前の顔を立てる事にしよう」

 

 そして、グレイフィアさんに追加の入国手続きを頼み始める。

 

「グレイフィアさん、申し訳ないがこの男の入国手続きもお願いします。もしこの男にここで暴れられたら、十一駒の兵士と最高位の赤龍帝以外は、おそらく貴女しか生き残れない。正直に言って、「不死」である俺ですらこの男を相手に生き残れる気が全くしないのです」

 

「リヒト」

 

 これを受けて僕がリヒトに呼び掛けると、リヒトははやての意向を伝えてきた。

 

「主上も私が同行するのであれば何も言わないとの事。無論、私も同じ意見です」

 

 そして、それ等を全て聞いたグレイフィアさんは承知の旨を伝えてきた。

 

「解りました。先程の件も含めて至急手配致します」

 

 そして、グレイフィアさんはそのまま転移してしまった。おそらく冥界に戻って緊急手配をしているのだろう。

 

「リヒト。僕を案じる気持ちは嬉しいが、少々やり過ぎだ」

 

 僕はリヒトを窘めるが、リヒトは剣と覇気、そして殺気を収めながらはやての意志を伝えてきた。

 

「いえ、ここは一度はっきりと知らしめておくべきだと思ったのです。もし主兄殿を踏み躙る様な事に及べば、それ相応の報いがある事。そして、我々は主兄殿に対する以前の行いをけして許した訳ではない事を」

 

 ……やはり、そうだったか。

 

 僕は納得せざるを得なかった。はやては全てを悟っていた事を。そして、未だに僕が人をやめざるを得なかった事に対する怒りを収めていない事も。そしてリヒトの言葉を聞いたリアス部長は、リヒトに喰ってかかった先程とは打って変わって俯いている。

 

 ……リアス部長にとっても、アレは痛恨の極みだったからだ。

 

 しかし、ライザーはそうしてここまで僕によくしてくれるのだろうか?

 

「しかし、どうしてそこまで私めの事を?」

 

 僕がそう尋ねると、ライザーは少々苦笑いを浮かべながら答えてくれた。

 

「今回の件は、一歩間違えばフェニックス家とグレモリー家が共倒れしかねなかった。その様な陰謀を、お前は手遅れになる前に解き明かしてくれたからな。お前は言ってみれば、フェニックス家の恩人だ。恩に対してはきっちりと報いるのが悪魔の名家としてのケジメだろうし、それぐらいの分別は俺にもある。リアスが婚約破棄を求めた事への交換条件でお前にはレーティングゲーム開始直前までフェニックス邸にいてもらう事になるが、ゆっくりしていってくれ。少なくとも俺のプライベートの客として歓迎するし、それでお前のもう一人の主であるソーナやシトリー家を納得させるさ。あくまで俺がプライベートでお前をフェニックス邸に招待したのであって、お前の身柄を拘束監禁している訳ではない、とな。……まぁ、おそらくはフェニックス家の賓客として扱われるだろうがな」

 

 ……ライザー・フェニックスという男、実は随分と気持ちの良い漢なのかもしれない。

 

 その一方、ライザーの言動に偽りなしと判断したリヒトは先程の非礼をライザーに詫びて来た。

 

「申し訳御座いません。どうやら私めのとんだ先走りだったご様子。主上に為り変わり、伏してお詫び致します」

 

 このリヒトの先程までとは打って変わった礼節ある振る舞いに対し、ライザーは苦笑いを浮かべながらもリヒトの謝罪を受け入れた。

 

「どうやら、少々込み入った事情がある様だな。解った。それについては不問にする」

 

「リヒトの件も含めて、ありがとうございます。ライザー様」

 

 僕は彼の厚意を有り難く受け取った。

 

 そして、その日の未明。僕とリヒトはグレモリー家の公用列車に乗って、初めて冥界に足を踏み入れた。

 

 なおその翌日、僕を除いたグレモリー眷属は三人の最高位の赤龍帝を指導陣に加えて私有地の山へ修行に向かったそうだ。そこで何があったのか、僕は聞かされていない。それからかなり時間が経ってもなお、聞こうとする度に修行に参加したメンバーが震え出すからだ。そう、アーシアでさえも。だから、聞くに聞けなかった。

 




いかがだったでしょうか?

ここだけの話、リアスが婚約破棄という我儘を言わずに結婚繰り上げの撤回で満足していれば、ここまでややこしい事にはなりませんでした。

それこそ、原作と同様に山籠りして、「発見の才」によって個人の才能や能力の可能性を見出すのに秀でた一誠の指導を受ける事で大幅にパワーアップし、原作と殆ど変わらないライザー眷属を圧倒するというテンプレートな展開になっていたでしょう。

……ということは……?

では、次の話でお会いしましょう。

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