追記
2015.11.15 修正
Overview
兵藤一誠が幼馴染である紫藤イリナと再会した、その翌日。
一誠は駒王町に赴任してきた武藤礼司一家の住まいとなり、またかつての紫藤宅でもあった教会を訪れていた。一誠は入口の所で待っていた武藤礼司の養子である武藤瑞貴の案内で教会の敷地内を歩いていたが、敷地内は草が刈られてすっきりとしており、教会の建物自体もかなりしっかりとしていた。しかし、本来なら十年ほど完全に放置されていた事で建物自体がかなり傷んでいたはずであり、特に礼拝堂などはかなり手を入れなければならなかった筈である。一誠はここまでしっかりした教会に持っていくまでに必要となる費用をざっと見積もったが、どう考えても億は下らないと判断した時点で頭が痛くなった。しかし実際は、この教会は孤児院も兼ねていることから居住施設を大幅に拡張しており、一誠が見積もった金額の倍以上かかっている。……それほどまでの金額を貯蓄できる程に武藤礼司という男は秀でた
そうして瑞貴に案内された先は教会の居住施設でも談話室となっている所で、そこには教会の主である武藤礼司が養子である薫とカノン、そして引越しの手伝いとして来ていたイリナと共に待っていた。
「お久しぶりです、礼司さん」
まずは一誠の方から挨拶する。すると、礼司もまた一誠に挨拶を返した。
「こちらこそ、お久しぶりです。一誠君。最後に会ったのは、確か貴方が瑞貴君の為に作成した閻水を羨ましがった薫君とカノン君に貴方特製の専用武器をプレゼントした時ですから、大体三月ほど前になりますか」
因みに、一誠は小柄で身のこなしが軽い薫には竜巻の力を宿した嵐刀イウサールに雷霆の力を宿した雷刀ラエドという二本の小太刀を、薫同様に小柄な体型に反して腕力が桁外れに強いカノンにはマグマの力を宿した煉鎗イグニスという長さ5 mもの長槍を作成している。その性能は各神話系統が詳細を知れば、こぞって一誠を招聘するか抹殺するかのどちらかに動く程である。
「……結構、経っていますね」
一誠は経過した時間が意外に長かった事に少々感慨深く思っていた。武藤一家とは瑞貴達が引き取られたばかりの頃は頻繁に逢っていた一誠も、完全に家族となった最近はその頻度を大きく減らしていた。礼司はその様な一誠に対して、確認の意味もあって質問をする。
「えぇ、そうですね。しかし、それは私達に関してはもう心配いらないと判断したからなのでしょう?」
一誠は礼司の確信し切った表情を見て、この人にはまだまだ敵わないなと思いつつ自身の思う所を話していった。
「……やはり、礼司さんには見抜かれていましたか。まぁ便りのないのは元気な証拠という事で」
一誠の少々おどけた様な言い方にも、礼司はしっかりと応えた。
「それもそうですね。今では、私はこの子達の父親だと胸を張って名乗る事ができる。そう言えるだけの繋がりを、この三年間で作る事ができたと思っていますから」
それを聞いた一誠は、安堵の息を漏らした。
「……三年前の僕を褒めてやりたいですね。貴方程の人と出会い、そして瑞貴達を託せたのですから」
そして、一誠は話題を変える様に瑞貴から言われた事を尋ねる事にした。
「ところで、教会の敷地の前で待っていた瑞貴から僕に渡す物があると聞いているのですが」
礼司は一誠の問い掛けに対して、己が手にした物を見せる事で返答とした。
「えぇ。それはこちらです」
それを見た時、一誠とイリナの表情が驚愕一色に染められた。
「実は、私は元々コレの担い手でして。今回の破門同然の左遷の際に正教会本部に返却する事になっているのですが、この教会に防御結界を構築する為に一週間の猶予期限を頂いたのです。そして、この街には貴方がいる。ならば、この際あるべき所に戻すべきなのでしょう」
その様に語る礼司が手にしている物。
「この
……それは、エクスカリバーの欠片を宿した七本の複製品の内の一本だった。
「宜しいのですか?」
一誠が礼司に確認を取ると、礼司は一切迷いを見せずに答えを返した。
「えぇ。主はきっとそれこそをお望みであると思いますから」
その礼司の言葉を聞いた一誠は、礼司の厚意をありがたく受け取る事にした。
……あと一年、早ければ。
一誠にはその様な想いがなかった訳ではないが、当時の事を知らない礼司にそれを言うのは明らかに筋違いだった。そして一誠は心を落ち着かせる為に数回深呼吸をした後、
……その瞬間、鞘に収められていたエクスカリバーから眩いばかりの光が放たれ始めた。その場にいた全員が眩い光に目を焼かれない様に腕で光を遮る中、一誠は剣の形状が変わっていくのを確かに感じ取っていた。それと同時に、星の力を回収する前とは比べ物にならないほどに出力が増している事も。
やがて光が収まると、そこには形状が明らかに変わったエクスカリバーと静謐の聖鞘があった。エクスカリバーの形状は、前世の記憶において少年時代に憧れた救世主が持つ召喚剣の一つである光龍剣そのものだった。周りがエクスカリバーの変化に戸惑う中、一誠はゆっくりと光龍剣の形状となった新たなエクスカリバーを抜いていく。
すると、剣を鞘から抜いただけにも関わらず、剣から凄まじいまでの光力が聖なるオーラと共に溢れ出た。その出力は回収前の百倍程で、力無き悪魔がこの場にいれば、余波だけで跡形もなく消滅してしまうほどである。これらを見た一誠はエクスカリバーの再誕が成功した事を確信し、更に崩壊前に持っていた七種の能力の本質を考慮して自ら再設定した七種の新能力が発動できるか、一つ一つ確認していった。その結果、能力自体はしっかりと発動する事が判明した。
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どれも知られたら、世界が大荒れになるのが必至の強力な能力だ。ただし、現在の状態では能力の併用が不可能な上に、使用する能力を切り替える時には一度鞘に収める必要がある事も判明した。尤も、能力が「一撃殲滅」「護り」「力の回復」しかなかった事を考えると、大幅な前進である事に何ら変わりがないのだが。
一方、再誕したエクスカリバーの新能力がどれも教会が所有する七本の複製品の能力を大幅に超えている事に対して、イリナは驚きを隠せないでいた。また、一誠から直接新能力の概要を聞いていた礼司をはじめとする武藤家の人間も納得の気持ちが多少あった事からイリナよりは驚きが小さいものの、それでも驚愕と言っても良い程の反応を示していた。それだけに、一誠の口から飛び出した言葉で今度こそ空いた口が塞がらなくなってしまう。
「……よし、大体解った。何とか崩壊前の通常時と同様の状態には戻せたか。次は本命の
一誠はそう言うと、エクスカリバーを頭上に掲げる。
「ラスト・ファンタズム!」
一誠がそう叫ぶと同時にエクスカリバーは光の粒子となり、一誠の目の前で再形成された。その際、柄の赤い宝玉が刃の中央に移った事で、救世主が搭乗する魔神の扱う光龍剣の形状へと変化している。なお、真の能力である最終幻想を開放すると、全ての光力が核となったゾーラブレードに由来する三種の力に注ぎ込まれる。特に「一撃殲滅」に半分以上が割り振られる為、七種の能力が使用不能になる代わりに威力が一気に跳ね上がる。一年前のヒドゥン襲来時にはエクスカリバーの欠片を全く回収できていない為に出力が決定的に不足して、三十回の倍加を譲渡した最終幻想からの全力攻撃でも次元災害を次元の狭間にまで押し戻す事ができなかったのだが、恐ろしい事に七つの欠片から全ての星の力を回収すれば、その状態をおよそ百倍も上回る出力が出る事が既に判明している。
「最終幻想は形状変化で力の源である宝玉が柄から刃に移る事で、「一撃殲滅」の力を強化する形になる訳か。この分だと展開した封時結界が一発で崩壊するから、流石に威力を試す訳にはいかないな」
一誠は最終幻想の威力を試す事は流石に無理だと判断する一方で、言ってはいけない事だと解っていてもつい口に出してしまった。
「本当に、一年前にこの状態であったなら……」
……それだけ、一年前に失われたモノが余りにも大きかったのだ。
『相棒……』
「解っている。今のは、唯の愚痴だよ。失われた命は、けして帰っては来ない。……何度も経験して、もう十分なくらいに解り切っている事なんだけどね」
ドライグの呼び掛けに、一誠はやや諦観の感情を含めた声色で応えた。そんな一誠とドライグのやり取りを見たイリナは、一誠が一体この十年程の間に何を経験してきたのか、非常に気になった。そして、自分がそれを全くと言っていいほど知らない事が、堪らなく悔しかった。
Overview end
礼司さんの厚意によって、僕が継承したエクスカリバーは本当の意味で再誕を果たした。僕は封時結界を解除すると、早速礼司さんに感謝の意を伝える事にした。
「礼司さん、本当にありがとうございました。貴方のお陰で、エクスカリバーを本当の意味で真聖剣として再誕させる事ができました」
すると、礼司さんは僕の言ったある言葉が気になったのか、僕に問い掛けてきた。
「真聖剣、ですか?」
そこで、僕は礼司さんに真聖剣の器を錬成した時の話をした。
「えぇ。以前、今となっては再誕したエクスカリバーの器に過ぎなかったあの剣を錬成した時、本当の意味で再誕が叶った暁には、あらゆる聖剣を超越した唯一無二の真なる聖剣として真聖剣の称号を与えようと決めていたんです。そしてそれが叶った以上、このエクスカリバーは真聖剣と呼ばれるべきでしょう」
本当はカリスが宣言した事だが、まだカリスの事を知らせるわけにはいかないので、僕が考えた事にした。すると、礼司さんは少々困った様な表情を浮かべて話を始めた。
「……確かに、その通りですね。ただし、一誠君。貴方に対しては釈迦に説法であるとは思いますが、念の為です。今や真聖剣となったこのエクスカリバー、けして使い時を誤らない様にして下さい。最悪の場合、先代の担い手であったアーサー王と同じ末路を辿る事になるでしょう」
礼司さんの言葉を聞いて、やはりこの方は解っていると思った。力とは、ただあればいいというものではないという事を。
「えぇ、承知しています。……力だけを求めた者がどのような末路を辿るのか、実際にこの目で見ていますし」
何より、僕は権力という力を欲して桃太郎さん達に懲らしめられて改心した鬼達を次々と殺めた上で桃太郎さん達にその罪を擦り付け、自らの罪を隠蔽する為に教育係を任されたダイダ王子を騙し討ちし、世界の全てを欲して世界と深く繋がるかぐや姫様をその手にかけ、強大な力を欲して月の民を皆殺しにしてその血を飲み干そうと月に向かおうとし、そして桃太郎さん達との最終決戦の最中、自ら殺めた者達の怨霊によって物言わぬ石像へと変えられた最低最悪の鬼、カルラという実例をこの目で見ている。
……あの様な真似だけは絶対にするまい。
それが、愛と勇気と友情を以て戦い抜いた桃太郎さん達に同行した僕が、何を差し置いても為すべき事だった。
「一誠君。貴方は、どうやら私などでは想像すらできない程に過酷な道程を歩んできたのですね」
僕の返事を聞いた礼司さんは、何処か痛ましそうな表情で僕を見ていた。その何とも言えない空気を変えようとしたのか、イリナが礼司さんに尋ねて来た。
「あの、礼司小父さま。祝福の聖剣の核である欠片に宿っていた星の力が一誠君のエクスカリバーに戻ったという事は……」
「えぇ。おそらく祝福の聖剣は既に力を失っているでしょう。これで、本格的に破門となるでしょうね」
礼司さんの答えを聞いたイリナは、破門をも覚悟した上での行動だった事に愕然としていた。しかし、その心配は無用だった。
〈カリス〉
〈ウン。この人達なら、オイラの事を教えても良いと思う〉
〈解った〉
僕はカリスの許可を得ると、皆の不安を取り除く為にカリスが行った事を伝え始めた。
「イリナ、その心配はいらないよ。それと、礼司さん。祝福の聖剣の力はそのまま残っていますよ。そうなる様に、聖剣の核になっている欠片に能力を付与しましたから」
僕の言葉に反応した二人は、僕の方を揃って振り返った。
「この際なので、紹介しておきます。カリス」
僕の呼び掛けに応じて、身長30 cm程で騎士甲冑を纏った十歳くらいの男の子が僕の肩に現れた。
「呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャーン! オイラ、エクスカリバーの守護精霊のカリス! 人呼んで、
……随分と型破りな自己紹介だな。
完全に固まってしまった皆の様子をカリスは満足そうに見ている。人を驚かすのが大好きなカリスの予想通りの行動に、僕は溜息を吐きたくなった。
Side:紫藤イリナ
「では、このカリス君が」
「えぇ。カリスには刀剣に対して様々な能力と光力を与えて聖剣に変える聖剣転生という能力があります。この能力は一時的ではありますが、エクスカリバーの本来の力である最終幻想を普通の剣に付与することすら可能です。……だからこそ」
「世界に存在するあらゆる勢力から、その存在を隠蔽しなければならない。そういうことですか。確かに、教会の上層部がカリス君の存在を知れば、それこそ主の名の元に如何なる手段を用いてでも貴方の排除とカリス君の確保に乗り出すでしょう。……主を崇拝する同士としては、何とも情けない話ではありますが」
一誠君と礼司小父さまの話を脇から聞いていた私が感じた事。それは、私の信仰する十字教は本当に大丈夫なの? という将来への不安だった。何だかもう、清く正しく生きる為の指針である筈の主の教えが、逆に人の生き方を歪めている様にすら思えてきたのだから。……近い将来、非常に重大な決断をしなくちゃいけなくなるかもしれない。この時、私は確かにそう予感していた。
すると、一誠君と礼司小父さま、そして私が暗い雰囲気を纏っているのを嫌ったのか、薫君が明るい声で一誠君とカリス君に尋ねて来た。
「ねぇイチ
そして、カノンちゃんもそれに乗じて一誠君に詰め寄っていた。
「そうそう。私もそれ、訊きたかったの。一誠さん、どうか教えてくれませんか?」
それに、行動に移していないとは言え、瑞貴さんも興味津々と言った様子で一誠君を見ていたし、きっと私も同じ様な感じで一誠君を見ていた事だろう。そんな私達の様子に、礼司小父さまは流石に苦笑いを浮かべている。そして、私達のそんな様子を見た一誠君は少々呆れ混じりに答え始めた。
「流石にあれ程複雑、というか命がけでは作っていないよ。それに今薫君が言った物は最初から最後、聖なる力を付与する為の洗礼まで僕が行っているから、実はこれらに対してカリスはノータッチなんだ。……でも、まぁ丁度いいか。礼司さんがニコラス神父の時代の
一誠君はそう言うと、私達を連れて教会の外へと向かった。そこで、私は一誠君の本当の姿を知る事になる。
一誠君は戦う者でも、護り救う者でもない。……創り出す者だと。
Side end
いかがだったでしょうか?
今話で示された様に、武藤礼司が聖剣計画における指導教官を任されたのは、彼がエクスカリバーの担い手だった為です。
また、彼は先天性の聖剣使いであると同時に古式のエクソシズムや聖なる儀式に関する造詣も深い事から、余人を以て代え難いとして破門を免れたという裏事情があります。
本日はあと一話投稿いたしますので、引き続きお楽しみください。