赤き覇を超えて   作:h995

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2019.1.4 修正


第二十三話 赤の盟約

 ヴァーリが先代ルシファーの実子で自らの祖父であるリゼヴィム・リヴァン・ルシファーが僕の前に立ち塞がる可能性を指摘してきた。僕はそこで聖魔和合への道程の長さと険しさを改めて実感しつつ首脳会談の終了を宣言した。三大勢力間の和平については三者とも合意に達しているので首脳会談の目的を既に果たしているのが主な理由だが、会談開始からかなりの時間が経った事で夜明けも近く、これから更に何かを話し合おうとしても明らかに時間が足りない為でもある。そして今はサーゼクスさん達が呼び寄せた各勢力の軍勢が校庭や旧校舎の裏庭で戦後処理をしている。……と言っても、僕達が倒した魔術師達の遺体の内、校庭にあった分はオーフィスがオーラによる広域型の攻撃を仕掛けた事で綺麗さっぱり吹き飛んでいるので、校庭についてはボロボロになった地面の整地が主な作業になっている。

 正に激戦の跡といった感じの校庭が元の姿へと戻っていくのを膝の上にアウラを載せて座ったまま見ていると、疲れ切っていた筈の体がだいぶ軽くなった。どうやら元士郎の処置で治癒の力の過剰状態が改善された事で、立つ分には問題ないくらいには体力が回復した様だ。そこでサーゼクス様達が立っている上に後処理を行っている天使や堕天使、悪魔達がこちらを訝しい様子でチラチラ見ているのもあって僕が立ち上がろうとすると、護衛として僕に張り付いていたトンヌラさんから止められてしまった。

 

「旦那。いくら三大勢力のトップが揃って立っているからって、無理すんじゃねぇ。そんなの気にしなくていいから、今は黙って座っていろよ。……正直な話、かろうじて立てるってだけなんだろ? 他の奴ならともかく、俺の眼は誤魔化せないぜ。それでも周りの眼が気になるってなら、俺が連中に喝を入れてやるよ」

 

 トンヌラさんはそう言うと、大声で三大勢力の軍勢に怒鳴り始めた。

 

「おい、テメェ等! 何をジロジロ見てやがる! 旦那はなぁ、テメェ等じゃ尻尾巻いて逃げるしかねぇオーフィス相手に真っ向から立ち向かって、立つ事すらできねぇくらいに力を振り絞って、最後の最後まで戦い抜いて見事追っ払ってみせたんだ! それとも何か? たかがオーフィス如きに力を使い果たして情けねぇとか、大ボラ吹くのも大概にしろとか思ってんのか? ……オーフィスは言っていたぜ、また来るってな。だったら、次はテメェ等がオーフィスと戦ってくれや。それなら、旦那も俺もジロジロ見られんのに文句なんて言わねぇよ」

 

 トンヌラさんはここまで言い終わると、怒鳴りつけた三大勢力の軍勢を睥睨しながらどう反応するのかを確認する。……三大勢力の軍勢はただ沈黙を守っているだけだった。それを確認したトンヌラさんは視線を三大勢力の軍勢から僕の方へと戻す。

 

「まっ、こんな所だろうさ。……総督さんよ。あの中じゃ、特に堕天使達が露骨に旦那を見ていたぜ。頼むから、部下をもっとしっかり躾けてくれよ。この先やっていけなくなっちまっても、俺は知らねぇぞ」

 

 トンヌラさんから部下の統率に関する文句を告げられたアザゼルさんは、心底申し訳なさそうに謝罪してきた。

 

「いや、マジですまねぇな。イッセー、トンヌラ。お前達に返す言葉が欠片もねぇ。余計な気遣いさせた上に手間まで掛けさせちまった。……これは本気で後進を育てねぇと、マジで俺達の後が続かなくなっちまうな」

 

 アザゼルさんは神の子を見張る者(グリゴリ)における自分達の後進があまり育っていない事に少なからず不安を覚えた様だ。そこで、僕にある事を持ち掛けてきた。

 

「なぁ、イッセー。マジで相談なんだが、トンヌラをこっちに移籍させてくれねぇか? ここまで腕利きで頭も切れるとなると、俺も安心して色々任せられそうなんだよ。……例えば、和平成立後に神の子を見張る者から護衛としてお前の元へ出向させる、とかな」

 

 ……しかし、それはかなり難しいと思う。その理由について、移籍の対象であるトンヌラさんがアザゼルさんに説明し始めた。

 

「総督さんよ。悪いがソイツは無理な話だ。それをやっちまうと、旦那との契約を破棄しなきゃならなくなる。わざわざ羊皮紙を使ってまで交わした、旦那という強大な存在との契約をな」

 

 アザゼルさんもその意味を理解した様で、ガックリと肩を落とす。

 

「流石にそれはペナルティが怖過ぎるな。……解った。この話は諦める事にするぜ」

 

 そこで、トンヌラさんが僕とアザゼルさんの双方に利がある様に契約について提案してきた。

 

「だから、こうしようじゃねぇか。旦那は契約内容に「堕天使の繋ぎ役」という仕事を追加する。当然、追加報酬は頂くけどな。そうして一年経って契約が満了したら、今度は総督さんと「聖魔和合親善大使の護衛」を中心とした新しい契約を交わせばいい。こうすれば雇い主が一年後に変わるだけでやる事は殆ど変わらねぇし、所属勢力の移籍もスムーズに行えるだろ?」

 

 確かに、これなら所属や立場が変わるだけでトンヌラさんがやる事については殆ど変わらないし、何より契約破棄といった問題も起こらない。傭兵として様々な相手と何度も交渉して契約を交わして来たであろうトンヌラさんの経験がここでも生きてきた。案外、トンヌラさんはネゴシエーターとしてもやっていけるかもしれない。すると、アザゼルさんは僕にトンヌラさんについて尋ねてきた。

 

「なぁ、イッセー。何でコイツ程の男が殆ど名前を知られていなかったんだよ?」

 

「それ、僕も思いました。正直な話、今でも信じられません」

 

 僕が本音を漏らすと、トンヌラさんがツッコミを入れてくる。

 

「いや、総督さんはともかく旦那が言ったらダメだろ。俺の方だって、何で旦那の名前がつい最近まで知られていなかったのかが不思議でしょうがねぇよ」

 

 ここで、僕達の会話に入ってきた人がいた。

 

「真の名店は看板すら掲げない。そういう事ではありませんか?」

 

「礼司さん。……確かに、本当に実力がある人ほど無暗に力をひけらかす事をしないものですから、その言葉には一理ありますね。そもそもロシウという前例もいますし」

 

 僕が礼司さんの例えに納得していると、トンヌラさんも同じ事を感じた様でしきりに頷いている。

 

「成る程、例えが解り易くていいな。しかし、まさか神父がそういったモンを食いモンの店に例えるとは思わなかった。意外と神父も洒落っ気があるぜ」

 

 トンヌラさんがからかい気味にそう言うと、礼司さんは意外な事を言って来た。

 

「いえいえ、それほどでも。ただ、これでも若い頃は色々とヤンチャをしましたからね。若気の至りで今となっては恥ずかしい限りですが、その時の経験が様々な所で今も生きています。その意味では、若気の至りもけして捨てたものではないと思いますよ。……今のイリナ君の様にね」

 

 礼司さんが最後にそう言うと、僕の後ろの方に視線を向けてきた。今まで誰も何も言わなかったが、実は今もなおイリナが僕の背中から肩越しに腕を回して抱き締めており、僕が立ち上がろうとした時には腕の力を入れて僕を抑え込もうとしていた。……よくよく考えると、こちらを訝しい様子で見ていたのはこれも原因の一つだったのかもしれない。

 

「れ、礼司小父さま! ……と、とにかく、今はダメよ、イッセーくん。トンヌラさんが言った様に、今はイッセーくんが立っている必要なんてないんだから、大人しく座っていて」

 

 イリナがそう言って僕を窘めると、左腕にある赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の宝玉から声をかけられた。

 

『トンヌラ殿やイリナ様の仰る通りです。一誠様、どうか今はご自愛の程を。もしご不安がおありなら、私もお側に立ちましょう』

 

 その言葉と共に僕の赤龍帝の籠手の宝玉から光の球が一つ飛び出し、やがて鎧甲冑を纏った金髪碧眼の騎士の姿へと変わった。……現時点では唯一実体化の制限のないアスカロンの守護精霊にして歴代最高位の赤龍帝の一人である「剣帝(ソード・マスター)」レオンハルトだ。レオンハルトは僕の前で跪くと、僕の身を危険に晒した事への謝罪を始めた。

 

「一誠様。我が愛剣にして分身たるアスカロンを以て御身をお守りする事が叶わず、それどころか御身を危険に晒してしまった事、誠に申し訳ございません」

 

 ……確かに、実体化の制限がなくなったレオンハルトならオーフィスとの戦いにも本来なら参加できた。しかし、状況がそれを許さなかった以上、レオンハルトが責められる謂れは何処にもない。だから、それを僕が直接口にする事で皆にも知ってもらう事にした。

 

「いや、僕がオーフィスから「蛇」を流し込まれた際、僕の精神が侵食されない様に戦っていたのはドライグとレオンハルトを始めとする歴代の赤龍帝達だ。それにあの一手を実行する際にも皆を実体化させる訳にはいかなかったのだから、仕方がない。何より対オーフィス用の秘策において最も重要な役割を担っていたのは、龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の力を宿すアスカロンの守護精霊となったレオンハルトだ。そして、レオンハルトは見事アスカロンの力を完全に引き出してみせた。だから、この件についてはレオンハルトに責められる謂れなど何一つない。これで僕がレオンハルトに「護衛の任を全うできなかった」などと責めてしまえば、僕は人の上に立つ者として恥知らず以外の何物でもないよ」

 

 僕がこう言ってしまえば、忠烈無比なレオンハルトはこれ以上己を責める事も僕に謝罪する事もできなくなる。

 

「一誠様がそう仰せになられるのであれば、私に否はありませぬ。後は此度の件を猛省致し、今後に活かして参ります」

 

 レオンハルトは僕の言葉に従ってこれ以上謝罪を重ねるのをやめると、ゆっくりと立ち上がって僕達の脇へと移動した。

 

「ではこの不肖レオンハルト、ただ今よりトンヌラ殿と共に一誠様、イリナ様、アウラ様の護衛に立たせて頂きます」

 

 レオンハルトはそう言うと、そのまま僕達の脇で待機し始める。すると、レオンハルトの名前を耳にしたアザゼルさんが彼について尋ねてきた。

 

「ちょっと待て、イッセー。このレオンハルトってのは、例の覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を発動した白龍皇を相手に倍加も使わずに唯の剣一本で致命傷を負わせて心を圧し折ったっていう記録上は初代とされる赤龍帝の事か?」

 

 このアザゼルさんの問いに答えたのは、アルビオンだった。

 

『そうだ、アザゼル。尤も、実際は二代目で初代はそこの少女らしいがな。ただこれだけは言っておこう。コイツは唯でさえ得物次第では神仏さえも滅ぼしかねない正真正銘の化物だ。それがアスカロンを得物にしたとなると、もはや全盛期の私やドライグさえも墜としかねない強力無比な龍殺しと化すだろうな』

 

 ここで、天使の軍勢を指揮していたのを別の天使(羽の枚数が十枚なので上級天使だろう)に引き継がせたミカエルさんが昨日の件について話し始める。……その意味を理解できる者であれば、正に驚天動地となるであろう事実を。

 

「それだけではありませんよ。龍殺しの聖剣アスカロンを兵藤君に贈ったのは、アザゼルも知っていますね? そこで兵藤君が早速やってくれました。本来なら兵藤君の赤龍帝の籠手と一体化させる予定だったのですが、既に真聖剣とクォ・ヴァディスを持つ為にアスカロンを扱う機会が早々ないであろう兵藤君は私の承認を得た上で自分ではなくレオンハルト殿の赤龍帝の籠手と一体化させたのです。その結果、レオンハルト殿は赤龍帝の籠手を介してアスカロンと一体化した事で実体を持つ守護精霊へと変異しました。その為、レオンハルト殿に関しては実体化の制限がないとの事ですよ」

 

 そして、今ミカエルさんが言った事の意味を理解できる者が、ここにいた。

 

『なっ! 他の者と違って、この男には実体化の制限がないだと……!』

 

 未だに驚愕が抜けきれないアルビオンはここで少しの間だけ言葉を切る。おそらくは驚愕に揺れる心を鎮める為だろう。そして、次にアルビオンが言葉を発した時には、かなり冷静になっていた。

 

『それでは、もしヴァーリが一誠と本格的に敵対していれば、二天龍すら墜としかねない化物が強大な壁となって立ち塞がっていたという訳か。こちらにしてみれば、正に悪夢以外の何物でもなかったな。……まぁ、ヴァーリと一誠の真剣勝負の場に水を差す様な無粋な男ではないのは私も知っているから、その点に関しては心配無用か』

 

 レオンハルトは僕とヴァーリとの真剣勝負には手を出さないとアルビオンが断言すると、レオンハルト本人もそれを肯定した。

 

「そういう事だ、アルビオン。一誠様が望まれた真剣勝負の場において余計な水を差す様な真似など断じてせぬし、させもせぬ。例の禍の団(カオス・ブリゲード)と名乗る痴れ者共は無論の事、たとえ一誠様のご友人やお仲間であってもな」

 

『……ヴァーリが一誠との真剣勝負を楽しむ上では、この上無く頼もしい味方という事か』

 

 アルビオンが半ば呆れた様にそう口にすると、ヴァーリはまるで新しい玩具を与えられた幼子の様にワクワクした表情でレオンハルトを見ている。

 

「一誠が赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)に即位した時、アルビオンが当時の俺では覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を使っても勝てる気がしないと言った事もあって凄く気になっていたが、こうして改めてみると今まで会って来た者達の中でも間違いなく最上位の強者だろうな。……しかし参った。一誠を筆頭に戦ってみたい相手が多過ぎて、さっきから目移りして仕方がない。ここは俺にとっての楽園か?」

 

 ヴァーリの発言を耳にしたベルセルクは、まるで獲物を見つけた獣の様な獰猛な笑みを浮かべた。

 

「ホウ。その言い方だと、俺とも戦いたそうだな? 俺ならいいぜ。イチに手を出したあの野郎と違って、テメェが相手ならかなり楽しめそうだからな」

 

 ……そうだった。ベルセルクは歴代で最も戦いを好む赤龍帝であり、戦いと共に生き、最期は戦いの中で笑いながら逝った。特に強者との戦いは三度の飯より好きだというベルセルクが、白龍皇を超えた白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)となったヴァーリに興味を抱いても何ら不思議はない。一方、話が解るベルセルクにヴァーリの方もニヤリと笑みを浮かべた。このままベルセルクとヴァーリの戦いが勃発しそうになった所で、レオンハルトが水を差す。

 

「ベルセルク殿、この場は抑えられよ。どうしてもと言うのであれば、一誠様の許可を頂いた後に例の模擬戦用の異相空間を使用すればよいし、それでも暴れ足りぬと言うのであればその時は私もお相手しよう」

 

 そのレオンハルトの言葉を、ベルセルクは舌打ちしつつも受け入れた。そして、全力の真剣勝負をレオンハルトに持ち掛ける。

 

「チッ。……まぁいい。後の楽しみに取っておくか。それにテメェもテメェで、イチを直接守れなかった憂さ晴らしが必要だろうからな、テメェの方を先にしてやる。あぁ、そうだ。どうせあそこを使うんだ、ドライグが寝ちまったから赤龍帝の籠手は使えねぇが、久々にマジでやるか?」

 

 すると、意外にもレオンハルトはベルセルクの提案を受け入れた。

 

「望む所だ、ベルセルク殿。あのオーフィスを相手取る以上、生半可な修練など全くの無意味。その意味では、(けい)との真剣勝負は互いに得る物が多かろう」

 

「そういうこった。テメェも解ってんじゃねぇか」

 

 レオンハルトとベルセルクは言葉を交わしながら、互いに不敵な笑みを浮かべている。

 

 ……歴代赤龍帝における武の双璧たるこの二人による全力での真剣勝負。

 

 武を修めた者としては非常に興味をそそるものであり、歴代最高位の赤龍帝同士の真剣勝負という事でレオンハルトに割り込みをかけられた筈のヴァーリもまた興味津々といったところだ。そうしたやり取りをしている間に、気が付いたらイリナがアウラの協力を持ち掛けていた。

 

「ねぇ、アウラちゃん。アウラちゃんもどうせならパパのお膝の方が良いわよね?」

 

「ウン!」

 

 ……アウラからも今の格好の方が良いと言われてしまっては、座ったままでいるのを受け入れるしかない。

 

「解ったよ、イリナ、アウラ。トンヌラさんやレオンハルトが側にいてくれるし、今は大人しくアウラの椅子になって座っているさ。それにしても、何だか最近イリナに敵わなくなってきている様な……?」

 

 ……これが、尻に敷かれるという事なのだろうか?

 

 その様な事を考えていると、悪魔の軍勢を指揮していたサーゼクス様がこちらに歩み寄ってきて、僕達の会話に加わってきた。

 

「イッセー君、男という者は大抵そういうものだよ。私もまたグレイフィアには全く頭が上がらないからね」

 

 その様な事を言っている割に、サーゼクス様は余り気にする様な素振りを見せていない。というよりは、むしろそういう関係になっている事を喜んでいる節がある。ひょっとすると、超越者と呼ばれる程の強大な力を持っているサーゼクス様にとって、妻として自分を尻に敷いてくれるグレイフィアさんはある種の救いになっているのかもしれない。……悪魔としては異端である自分でも、普通の幸せを享受できるのだと。

 そこに、アザゼルさんも僕達の話に加わってくる。

 

「しかし何だな、イッセー。お前の事をちゃんと理解して応援しながらも、止める時にはキッチリ止めてくれる。……いい嫁さんじゃねぇか。しっかり捕まえておけよ」

 

「勿論です。イリナは絶対に離しません」

 

 ……アザゼルさんが言い終わるや否やという、自分でもビックリする程の即答だった。

 

 それを聞いたアザゼルさんやトンヌラさん、ベルセルク、ロシウがニヤニヤしている一方で、礼司さんとレオンハルト、サーゼクス様、ミカエルさんが微笑みながら温かい視線を送ってくるのを感じた僕は、急に恥ずかしくなって顔を下げるとそれっきり視線を上げられなくなってしまった。僕の即答を後ろで聞いていたイリナも「あうぅっ……」と言ったっきり、言葉を発さない。一方、僕の膝の上にいるアウラは僕の即答に「パパはママが大好きなんだぁ」とニコニコ顔だ。

 

『アラアラ。良いお父さんをしているかと思えば、夫婦としては随分と初々しいのね』

 

 そうした僕達の反応にグイベルさんも微笑ましいものを見る様な事を言って来たので、イリナが慌てて言い返す。

 

「わ、私達、()()夫婦じゃありません!」

 

 ……僕は溜息を一つ吐いてから、ある事を指摘する。

 

「イリナ。「まだ」って事は、いずれはそうなるって言っている様なものだよ……」

 

「……あっ」

 

 僕が言った事の意味を理解したイリナは、恥ずかしさの余りにとうとう顔を俯かせてしまった。……ただ、その割には僕を肩越しに抱き締めている腕の力が全く緩んでいないのは、どうなんだろうか?

 そんな僕達の恥ずかしいやり取りを見て、アザゼルさんは手を扇いで風を送るような仕草をしながら話題をオーフィスとの戦いへと変えてきた。

 

「あぁ~あ、暑い暑い。まだ夏は始まったばかりだっていうのに、何だってここはこんなにも暑いんだ? ……と、まぁコイツ等を弄るのはこれくらいにしてだ。少々マジな話をすると、あのオーフィスと真っ向から戦って、俺達は本当によく生き残れたモンだな。しかも死者はおろか再起不能者もゼロだなんて、奇跡なんてモンじゃねぇだろう」

 

「私達だけだったなら、間違いなく全滅させられた上でイッセー君を連れ去られていただろう。本当なら私達の後ろにいて守られるべき少年達が逆に先陣を切って戦ってくれたお陰でオーフィスの襲撃を凌ぎ切ったというのは、皮肉以外の何物でもないな」

 

 そう言って自嘲交じりの苦笑を浮かべるサーゼクス様に対して、ミカエルさんが悲観しない様に諭していく。

 

「サーゼクス、そう悲観する事もありませんよ。むしろこれを奇貨として捉えましょう。天使・堕天使・悪魔の三大勢力の次世代を担う若者達が力を合わせた事で、あの最強たるオーフィスを退ける事ができた。この事実は聖魔和合にとってこの上なく追い風になります。ならばこれから私達が為すべき事は、兵藤君を始めとする若者達が吹かせてくれた追い風を最大限に生かす事です。その為にも私はこれから天界に戻り、三大勢力の和平とそれに伴う兵藤君の聖魔和合親善大使就任の件、そして禍の団についての対策を講じてきます」

 

 戦後処理を粗方終えたと見たミカエルさんが天界に一度戻るのを受けて、サーゼクス様はミカエルさんに事は慎重に運ぶ様に注意してきた。

 

「あぁ、よろしく頼む。ただイッセー君の件については、多少時間がかかってもいいから慎重に対処してくれ。和平の為の首脳会談に襲撃してきたオーフィスを撃退した最大の功労者が、かえって戦争再開の引き金となった。その様な事になれば、私達首脳陣はとんだ無能者にしてただの恥晒しだ」

 

「解っていますよ、サーゼクス。では、私はこれで天界に帰ります。正式な和平協定の締結は後日改めてという事で」

 

 そう言って翼を広げて天使達と共に天界へ戻ろうとしたミカエルさんを、アザゼルさんが呼び止める。

 

「あぁ、ミカエル。ちょっと待て。その前に、イッセーに確認する事があるんだった」

 

 アザゼルさんはそうして僕の方を向くと、既に神器(セイクリッド・ギア)を解除したロシウやベルセルク、そしてアリスといった歴代赤龍帝の実体化について尋ねてきた。

 

「なぁ、イッセー。この爺さんや如何にもヴァーリの同類っぽい奴、それにこのちっこいお嬢さんは歴代の赤龍帝なんだろう? レオンハルトについては例外らしいが、一体どうやって実体化させたんだ?」

 

 それについては悪魔側には既に原理を説明しているので、僕は特に隠す事なく赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)や陽神の術について説明を始める。

 

「本来なら、僕に使用されている悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を媒体として実体化させる赤龍帝再臨という特殊な術を使って実体化させます。それに、僕が人間をやめる前にはその大本になった道術で先程クローズに使用した陽神の術でも実体化は可能です。例外は先程説明したレオンハルトと本来は存在しませんがカテレアさんが特別に作ってもらったという(キング)の駒で転生したクローズです。ただ、そういった術を使っていないのに何故三人が実体化できているのか、それはこれから確認するつもりですが……」

 

 僕が説明を終えると、ロシウが頃合いと見て何故赤龍帝再臨や陽神の術抜きで実体化しているのかを話し始めた。

 

「ウム。確かにそろそろ説明せねばならんな。……まぁ簡単に言えば、儂等もレオンハルトとそう変わらん存在へと変化したという事じゃ」

 

 それは、つまり。僕がその答えに行き着く前に、ロシウから新しい情報が齎される。

 

「……一誠よ。お主の家に居るはやてが念話でこちらの現状を問い合わせてきた。儂が現状を伝えてやると、どうしてもお主に直接相談したい事があると言って来ての。そこでレオンハルトと計都(けいと)をお主の両親の護衛に当てて、入れ違いにはやて達をこちらに呼び寄せようと思うのじゃが」

 

 如何に夜明けが近いとはいえ、はやてが起きるにはまだ早過ぎた。それを踏まえると、どうやら家の方も襲撃された様でおそらくはその件に関してのものだろう。そう判断した僕はロシウの提案を承認して早速赤龍帝再臨を使用して計都を実体化させようとした。

 

「解った。それなら早速、赤龍帝再臨を」

 

 しかし、その前に計都本人から待ったが掛かる。

 

『いや、それについては不要だ』

 

 そしてレオンハルトの時と同様に赤龍帝の籠手の宝玉から光の球が飛び出すと、道士服を纏った銀髪紅眼の道士へと変わる。「仙帝(ハーミット・ソブリン)」計都だ。計都もまた赤龍帝再臨を使用する事無く実体化してきた事で少々混乱気味な僕の様子を見て取ったロシウはここで説明を始める。

 

「計都も儂等と同様に実体を得ておる。というよりは、魂魄に関しては儂以上の知識を持つあ奴のお陰で儂等は実体を持てたと言うべきじゃな。それに、魂を実体化させる為に必要な物も揃っておったしの」

 

 このロシウの言葉でロシウ達が何をしたのかを理解した僕は、ロシウに確認を取る。

 

「ロシウ、まさか「蛇」を使ったのか?」

 

「ウム。あれ程高密度にして無垢の力であれば、必要量を取り込む事で魂が物質化して実体を持った精霊の様な存在へと変化させる事ができる。まぁ儂等もレオンハルトと同様に赤龍帝の籠手に縛られておるから、言ってみれば赤龍帝の籠手の守護精霊と言うべき存在であろうの。なお今はオーフィスと戦闘中という緊急事態に対処する為に赤龍帝の籠手の力に頼る事無く戦える儂等を優先させたが、他の者についても折を見て少しずつ実体化させる予定でな、その分の「蛇」も確保済みじゃ。ただ元が人間である儂等と違って魂の在り方がドライグに極めて近いアリスについては、レオンハルトが切り分けた「蛇」の上半分を全て使う事になっての。流石に儂も計都も想定外じゃったよ」

 

 ロシウの説明が終わった所で、アリスが話しかけてきた。

 

「お陰で、これからわたしは本当の意味でイッセーの力になれるわ。十年以上前にイッセーと出逢ってから、ずっと思っていたもの。わたしに体さえあればってね。それがこうして叶ったから、わたしがある程度自由に動ける様に尽力してくれたロシウには悪いけど、本当に嬉しいのよ」

 

 そうして可愛くペロッと舌を出したアリスだったが、視線を僕からサーゼクス様達三大勢力の首脳陣に向けると今までのあどけない少女の雰囲気を一変させた。

 

「ただ念の為に言っておくけど、バカな事はけして考えない事ね。もしそうなったら、レオンハルト達が出るまでも無くわたしがお前達を徹底的に叩き潰してあげるわ」

 

 アリスはそう警告すると、最後の最後でオーフィスと対峙した時に見せた究極の赤龍帝の名に何ら恥じない覇気をサーゼクス様達に叩きつける。すると、アザゼルさん、サーゼクス様、ミカエルさんの順でそれぞれの想いをアリスに伝えてきた。

 

「安心してくれ。そんなつもりは毛頭ないし、部下共にも絶対させねぇ。折角イッセーとは同じ研究者仲間として良い関係を築きつつあるのに、この期に及んで縁を切るなんてとんでもねぇよ」

 

「私もだな。そもそもイッセー君とは口頭ながらも「けして見放したり裏切ったりしない」という契約を交わしている。それを破棄するのは、悪魔としての私を自ら否定するのに等しい行為だ。それに公人としても冥界の将来を担い得る有能な若手を手放すなんてできないし、プライベートでも気の合う父親友達として貴重な存在だ。今更敵対などできる訳がない」

 

「それはこちらも同じですよ。そうでなければ、いざという時の切り札となり得る龍殺しの聖剣を兵藤君に贈る事などしません。それに今は、兵藤一誠という一人の少年が掲げた聖魔和合という理想に天界の、いえ私達三大勢力の未来を賭けてみたいのです」

 

 アリスは三人の言葉を聞き終えた後、瞳を閉じてゆっくりと吟味していった。そして、結論が出ると瞳を開いてそれを伝える。

 

「その言葉、今は信じてあげる。だから、イッセーに対して変な事をしない限り、こちらからはけして敵対しない事を歴代の赤龍帝を代表して「始祖(アンセスター)」であるわたしが宣言するわ。……でも、忘れない事ね。わたし達赤き龍の帝王は、自ら上に戴いた天龍の帝を謂れなく虐げ殺めようとする者達をけして見逃さないし許さないという事を」

 

 アリスの宣言を聞いたロシウは、ここで盟約が為された事を高らかに謳い上げた。

 

「たった今、我等赤き龍の帝王と三大勢力との間に一つの盟約が為された。願わくは、この盟約が悠久を超えて永遠とならん事を」

 

 何だか、当事者である僕だけが置いてけぼりを食らっている様な……? そう思っていると、アリスが僕に謝ってきた。

 

「勝手に話を進めてゴメンなさい、イッセー。でも、これはとても大事な事なの」

 

 そして、ロシウが僕を指し置いた行動を執った理由を説明すると、その後に続く様に計都が、レオンハルトが、そしてベルセルクまでもが言葉を重ねていく。

 

「アリスの言う通りじゃよ。お主を謂れなく虐げ殺めようとすれば、それは総勢五十人からなる赤龍帝とお主を慕う新進気鋭の駿才達、そしてお主と召喚契約を交わしたベヒーモスを始めとする幻想種達との()()を意味すると理解させ、更にお主という存在は勿論の事、お主を受け入れた首脳陣の決断を取るに足らぬ者達が軽んじる事のない様にしっかりと釘を刺す。……その上で、これは必要な事なのじゃ」

 

「一誠、私は先程も言ったな。お前はもっと我々を統べる帝である事を自覚しろ。お前は我々赤龍帝の象徴なのだと。それはこういう事も意味するのだ」

 

「計都殿の言う通りです。そして、我々は希望の光を齎して頂いた一誠様を守る為ならば、たとえ世界の全てを敵に回したとしても躊躇う事無く最期まで戦います。それが我々歴代の赤龍帝が等しく掲げる誓いなのです」

 

「まぁそういうこった。イチ、脇と後ろは俺等が固めてやるし、お前と共に行こうと追い駆けてくる奴がいれば、俺等が鍛えて横に並ばせてやる。だから、道を切り拓く剣を持つお前はただひたすら前に向かって突っ走ればいいんだよ」

 

 ……皆の言葉を聞いて、心の底から改めて思った事がある。

 

「僕は、本当に周りの人達に恵まれているんだな……」

 

 家族にも、友達にも、仲間にも、そして先達にも。それが、凄く嬉しかった。

 




いかがだったでしょうか?

さて、無限の龍神に続いて赤き龍の帝王達の逆鱗を逆撫でするのは一体誰か……?

では、また次の話でお会いしましょう。

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