赤き覇を超えて   作:h995

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2019.1.2 修正


第十九話 男の矜持

 僕が放ったウェルシュブラスターとヴァーリが放ったロンギヌススマッシャーが、セタンタによって上空に打ち上げられたオーフィスに直撃した。

 

「……やったと思うか?」

 

 未だ攻撃が直撃した事を示す煙が晴れない中、ヴァーリは僕にそう尋ねてくる。だが、その表情は手応えを全く感じていない様だ。そこで、僕はヴァーリの問いにこう返す。

 

「ヴァーリ。お前は今放った自分の攻撃で、この世界を破壊できると思うか?」

 

 僕の問い掛けに対し、ヴァーリは「無理」と断言した。

 

「……無理だな。そこから更に俺が世界を対象として弱体化を仕掛けた所にお前が例の極大倍加(マキシマム・ブースト)で強化すればあるいは、と言ったところだろう」

 

 そこで僕の問い掛けの意味を悟った元士郎が僕に確認を取る。

 

「オーフィスには全く効いていないという事か、一誠?」

 

 これに対して、僕は攻撃が効いていない事と共に先程の攻防を踏まえたオーフィス評を伝える事で応えた。

 

「ほぼ間違いなくね。オーフィスと数回攻防を交えた上での感想だけど、オーフィスという存在は一つの世界が確固たる自我を持ってドラゴンの型に収まっている様なものだと思う。だから、もしオーフィスを物理的に滅ぼそうとすれば、それこそ世界そのものを破壊できる程の絶大な破壊力が必要になる筈だ」

 

「つまり、正攻法での攻略は実質不可能という事でいいかい? ……全く、厄介としか言い様がないね」

 

 僕達のやり取りを聞いた祐斗は溜め息と共に愚痴を零してきたので、僕はまだ望みがある事を伝える。

 

「ただ、望みはある。今、その為の準備を歴代の赤龍帝達が進めてくれている。何より、その手段の有効性をセタンタが証明してくれた。後は準備が完了するまでの間、時間を稼げれば……」

 

 ……だが、僕のその様な楽観的な望みは容易く打ち砕かれた。

 

「イッセーくん……」

 

 オーフィスから感じられる気配の質が明らかに変わったのを受けて、イリナが僕に声をかけてきた。僕もイリナの言いたい事が解っていたので、それを肯定する。

 

「あぁ。どうやら、オーフィスは手加減のレベルをもう少し下げるつもりらしい。できれば、もう少しだけ僕達を見縊っていてほしかったんだが……」

 

 僕がそう言い終えた所で煙が晴れていき、そこから傷一つないオーフィスが現れた。全く堪えた様子のないオーフィスは、何処か満足げな笑みを浮かべている。

 

「我、ちょっと驚いた。我が思っていたより、ドライグもヴァーリもかなり強い。それに、ドライグの周りにいる者達も禍の団(カオス・ブリゲード)にけして負けていない。……だから、我、もう少しだけ力を出す」

 

 オーフィスがそう宣言した次の瞬間だった。

 

「グアッ!」

 

「元士郎!」

 

 元士郎の苦痛の声を聞いてそちらを向くと、そこには地面に降り立ったオーフィスと僕のすぐ側まで吹き飛ばされた事で地面に膝をついて苦痛に蹲る元士郎がいた。

 

「だ、大丈夫だ。咄嗟にラインを束ねてクッションにしたお陰で、何とか直撃は避けた。避けたんだが、ラインのクッションを抜けた衝撃だけでアバラが全部逝っちまったぜ……!」

 

 脂汗を流しながらそう答える元士郎に、僕はすぐにトータルヒーリングを使用する。

 

「元士郎。今、治すぞ。……トータルヒーリング!」

 

 元士郎の頭上に水の精霊達が集まり、生命力を分け与える事で元士郎の傷が癒え、その顔色も良くなった。元士郎は僕に感謝を告げると共に現状を知らせてくる。……誰がどう聞いても、明らかに悪い知らせだった。

 

「助かったぜ、一誠。……だが、悪い知らせだ。さっきの一撃でオーフィスに繋いだラインが切れちまった。ヴァーリ、悪いがもう一度繋ぎ直すまで自力で覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を維持してくれ」

 

 すると、ヴァーリは元士郎の攻撃参加を提案してきた。

 

「いや、それならむしろお前も攻撃に加われ。オーフィスから力を奪えるのなら、それを利用した攻撃も可能な筈だ」

 

 このヴァーリの提案に対し、元士郎は期待し過ぎない様に釘を刺しながらも受け入れる。

 

「……あんまり期待するんじゃねぇぞ。世界を破壊できる程に力を奪おうとしても、その前に俺の体が持たずに自滅するのがオチだからな」

 

 そう言って立ち上がる元士郎を見て、オーフィスは僕が回復手段を持っている事を悟ったらしく、更に手加減を止める様な事を言い出した。

 

「ドライグ、怪我を治せる? ……それなら、我、もっと速く動く」

 

 そして。

 

「ガァッ!」

 

「セタンタ!」

 

「ス、スイマセン、一誠さん……」

 

「ガハッ!」

 

「祐斗!」

 

「どんな攻撃が来るのか解っているのに、速過ぎて反応できないなんて……!」

 

 瞬く間にセタンタと祐斗というスピード自慢の二人がオーフィスの攻撃で吹き飛ばされてしまい、そのまま気絶してしまった。しかも元士郎の時と異なり、二人のいる場所がトータルヒーリングの有効範囲から外れている為、その場で二人を回復させる事ができない。

 

「チィッ!」

 

 ここで僕はオーフィスの意志とオーラの流れから次の標的が僕であると悟り、狙われた腹部への攻撃を真聖剣で防ぐ。赤い龍の理力改式(ウェルシュ・フォース・エボルブ)女王(クィーン)二重昇格(デュアル・プロモーション)で全能力を底上げしていなければ、おそらく反応できなかっただろう。すると、オーフィスは少し驚いた様な素振りを見せた。

 

「……ドライグ、まだ反応できる? それなら、先にドライグ以外をやっつける」

 

 どうやら、僕と戦う前に邪魔になる皆を排除する事にした様だ。流石にこれ以上味方をやらせる訳にはいかない。

 

「オーフィス、そうはさせない! ……クイックムーブ!」

 

 僕は時流加速魔法のクイックムーブを自分に使うと、そのままオーフィスとの一騎討ちを開始した。

 ……こちらがどうしようもないくらいに不利なのは、百も承知の上で。

 

 

 

Side:アザゼル

 

「オーフィス、そうはさせない! ……クイックムーブ!」

 

 イッセーが何やら魔法を使った次の瞬間、イッセーとオーフィスの姿が消えた。それと同時に何かが激しく衝突する音とそれに伴う衝撃波が幾度も発生する。……ヤベェな。もう俺でもどうにもならない領域にまで戦いのレベルが上がってやがる。現に、俺とそう変わらないレベルに成長したヴァーリの奴も二人を完全に見失っている様だ。

 

「一誠とオーフィスの姿が消えた? ……いや、俺の目でも捉え切れないスピードで動いているだけか」

 

 ヴァーリはそう言うと、悔しそうに拳を握り締める。よく見ると唇を噛んでいた。一方、武藤瑞貴は冷静に現在の状況を把握しようとしている。

 

「使えるだけの強化手段を全て使った状態から更に時流加速魔法のクイックムーブを使って、ようやく今のオーフィスに追いつけるのか。……イリナ!」

 

 武藤瑞貴は何かを察するとすぐ側にいたイリナの前に立ち、その手に持った聖水の剣を振るって何かを受け流した。おそらく、オーフィスがイッセーを抜いてイリナに攻撃を仕掛けたのだろう。それを、武藤瑞貴は見事に捌いてみせた。……イッセーが信頼する訳だ。俺の知っている限りにおいて、コイツは間違いなく世界最強クラスの剣士だろう。一方、武藤瑞貴に守られたイリナは感謝を伝える。

 

「済みません、瑞貴さん。お陰で助かりました」

 

 すると、武藤瑞貴はいい方向に偶然が重なった結果であると言ってきた。

 

「いや、本当に偶々なんだ。偶々オーフィスの意識がイリナに向いたのに気付いて、偶々イリナが僕の剣が届く場所にいたから何とか庇えた。これであと1 mでも離れていたら、絶対に間に合わなかったよ。……これでも本気でないなんて、もはや絶望的という言葉すら生温いね」

 

 アレに反応できただけでも大したものなんだがな。俺はそう思いつつも、イッセーとオーフィスの戦いを見ている連中の様子を見てみた。ハッキリと目で追えているのは、……サーゼクスだけか。後はトンヌラと武藤親子が何らかの形で二人の動きを追えているだけで、俺と同格であるミカエルやセラフォルー、グレイフィアも動きを追えている様子がない。俺はもはやこの戦いに入り込める唯一の存在となったサーゼクスに声をかけた。

 

「サーゼクス」

 

「解っている。イッセー君達が時間を稼いでくれたお陰で、体から完全に痺れが取れた。二人の間合いが開き次第、私もすぐに参戦する」

 

 サーゼクスの頼もしい返事を聞いて、とりあえずは安心する。……だが、それもすぐに打ち砕かれてしまった。動きを止めたオーフィスから、とんでもない言葉が飛び出してきたからだ。

 

「……ドライグ、まだ我について来ている。それなら、皆まとめてやっつける」

 

 その言葉と共にオーラを更に高め出したオーフィスの姿に不吉なものを感じ取ったイッセーは、慌てて指示を飛ばす。

 

「不味い! イリナ、サークルガーターを使え! ギャスパー君は気絶した祐斗とセタンタをイリナの後ろに連れていってくれ! サーゼクス様達も防御に全力を注いで下さい!」

 

 イッセーの指示を受けた二人はすぐに行動を開始した。

 

「はい! 霧化(トランス・ミスト)!」

 

 ギャスパーはその身を霧に変えると瞬く間にセタンタ、木場祐斗の順で拾っていき、イリナの後ろに回り込んだ。

 

「ドーマ・キサ・ラムーン……。()(どう)(りき)、サークルガーター!」

 

 それとほぼ同時に、イリナが再びマドーリキを使用する。すると、六芒星を象った魔方陣がイリナの前に現れた。この魔方陣に、黒い龍脈(アブソープション・ライン)の光のラインが接続された。

 

「一誠! 紫藤さんの防御魔法に地球の力も上乗せするぞ!」

 

「あぁ、頼む!」

 

 匙はイッセーから許可を得ると、魔方陣に繋いだラインを黒い龍脈から切り離してからそのまま地面に繋ぎ直す。そして、地面から魔方陣に膨大な力を供給し始めた。……コイツもコイツで、今までの常識を次々とブチ壊してやがる。その最たるものが、無限のオーフィスから力を奪った上でそれを制御しちまった事だ。これでヴリトラ系神器(セイクリッド・ギア)を統合してヴリトラの意識が甦ったら、一体どうなっちまうんだろうな。

 一方、こっちの方は俺が光力で張った結界の上からサーゼクスが「滅び」の魔力を使った結界を展開した。あらゆる攻撃を消滅させる結界と言ったところか。ミカエル達の方もどうやらミカエルが展開した光力の結界の上からリアスが同じ様な結界を作っていて、セラフォルーやグレイフィアがリアスに魔力を供給しているらしい。ただ気になるのは、リアスが何かを握っていて、それに「滅び」の魔力を送っているという事、そしてそれと同じ物がミカエル達の周りに幾つも浮いていて、結界の基点になっている事だ。たぶん、イッセーが作った物なんだろうな。トンヌラの方も武藤礼司の側でサーゼクスと同じ様に光力で結界を展開し、武藤礼司がそれを補強する形になっている。オーフィスのオーラは既に解析済みなら、オーフィスのオーラを分解する事は十分に可能だ。あっちもおそらくは問題ないだろう。

 

「イッセーくん!」

 

 このイリナの声に反応してイッセーの方を向くと、今にもオーラを全身から放出しそうなオーフィスに向かって真聖剣で斬りかかるイッセーの姿があった。しかも、いつの間にか白銀の鎧甲冑 -おそらくはミスリル銀製- を身に纏った状態でだ。何故そんな特攻を仕掛けたのかは、すぐに解った。

 

「……これで、終わり」

 

「ハァァァァァッ!」

 

 とんでもない量のオーラがオーフィスの全身から放出されると同時に、イッセーは真聖剣を振り下ろす。そうする事で、イッセーは少しでもオーフィスの攻撃を弱めるつもりだ。そして、オーフィスのオーラとイッセーの真聖剣が激しくぶつかり合う。だが、出力の差が余りに大き過ぎて、イッセーが次第に押されてきた。

 

「クッ、ウオォォォォォォッ!」

 

 イッセーは雄叫びを上げて更に真聖剣の力を注ぎ込むが、オーフィスのオーラの勢いは更にイッセーを押し込んでいき、やがてイッセーや俺達を包み込んでいった。

 ……オーフィスのオーラが放たれたのは、時間にしてほんの十数秒だろう。だが、攻撃を受けた俺達にしてみれば、その何十倍にも長く感じた。俺達はオーフィスから結構近かった為、結界で防御し切れずにオーフィスのオーラを浴びてしまい、先程と同様に地面に倒れ伏している。

 

「アザゼル、まだ動けるか?」

 

 そこで少なからず負傷したサーゼクスが膝をついた状態で尋ねてきたので、俺も今の自分の状態をサーゼクスに伝えた。

 

「何とかな。ただ、お前が「滅び」の魔力で結界を作っていなかったら、間違いなく動けなくなっていただろうな。その意味では感謝するぜ、サーゼクス。だが、ある程度は離れていたミカエル達はともかく、トンヌラ達は無事という訳にはいかなかった様だな」

 

 俺は身を少し起こして周りを見渡すと、オーフィスから最も離れていたミカエル達はリアス主体の結界だけで防ぎ切る事ができた為に無事だった。一方、俺達よりオーフィスに近かったトンヌラ達は何とか死なずに済んだ様だが、五体満足で済んだのが奇跡と思える程の重傷でこれ以上戦うのはまず不可能だろう。そして、さっきからオーフィスと直に戦っていた為にオーフィスにかなり接近していた連中は、それにも関わらずトンヌラ達よりはマシと言った所だった。現に、防御の主体だったイリナは所々負傷しながらも、他の者の無事を確認する余裕がある。

 

「皆、大丈夫? ヴァーリが攻撃を半減し続けてくれたのと瑞貴さんが私のサークルガーターが破られた瞬間に氷の結界を張ってくれたから、この場はどうにか持ち堪えられたけど」

 

 確かに、イリナ達の周りの地面には氷の塊が幾つかある事から、氷の結界が展開されたのは間違いない。つまり、ヴァーリの半減とイリナと匙の防壁、そして武藤瑞貴の氷の結界の三段構えでイリナ達はどうにか持ち堪えたという事だろう。特にヴァーリの半減は、オーフィスの攻撃の有効範囲に入っていた俺達もその恩恵を受けている。……それがなかったら、俺達もトンヌラ達と同じ様になっていたかもしれねぇな。そんな事を俺が考えていると、消耗の激しさを示す様に息を激しく乱して膝をついたヴァーリがイリナの安否確認に応じて現状を伝えてきた。だが、その内容は芳しいものではなかった。

 

「だが、その結果として魔力を一気に消耗してしまった。この分ではあと十分もすれば魔力が枯渇し、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)の維持に生命力を消費しなければならなくなる。そうなれば、もって数分で俺の命は尽きるだろう」

 

 また、武藤瑞貴や匙からも負傷こそしたがまだ戦える事が伝えられる。

 

「僕の方も戦えるかと言われると、「かろうじて」と言った所だね。皆はどうかな?」

 

「俺もギャスパーも怪我はしていますけど、どうにかいけそうですよ、瑞貴先輩。気絶した祐斗とセタンタについても優先して守ったから、命に別状はありません」

 

 だが、武藤瑞貴はここでオーフィスに最も近かったイッセーについて触れてきた。

 

「問題は、一誠か。あの時に一誠が真聖剣で斬り込んでくれたから、オーフィスの攻撃が大きく削られた。もしこれがなかったら、ここら一帯は完全に廃墟と化して、誰一人無事ではいられなかった筈だ。その分、オーフィスの攻撃を真っ向から引き受ける形になった一誠は……!」

 

 そして土埃が完全に晴れると、そこには地面に膝をつけたボロボロのイッセーと全くの無傷であるオーフィスが間合いを開けて対峙していた。

 イッセーの身に纏っていたミスリル銀製の鎧甲冑はものの見事に破壊され、不滅なる緋(エターナル・スカーレット)も原型を殆ど留めていなかった。鎧と不滅なる緋の下の纏っていた白い法衣も所々が破れており、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)だけが唯一原型を保っている。また体力の消耗も激しいらしく、ヴァーリと同様に息を激しく乱しており、体を覆っていた真っ赤なオーラも完全に消え失せている。ただ、身に纏っていたオーラと防具類の防御力が相当に高かったのか、イッセー自身は殆ど負傷していないのがせめてもの救いだった。

 そんなイッセーを見つめるオーフィスは、心底嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

「ドライグ、我が結構力を出してもまだついて来ている。これなら、我が力を与えてもっと強くしてから一緒に戦えば、本当にグレートレッドを倒せるかもしれない。……楽しみ」

 

 ……最悪だ。オーフィスはイッセーの事を完全に気に入っちまった様だ。あれでは仮に俺達が命を棄てて足止めしようとしても、それを完全に無視してイッセーの方に向かっちまう。しかも、だ。

 

「ヤベェな。今ので真聖剣に罅が入っちまったぞ」

 

 イッセーの右手に握られている真聖剣の刃が、所々で罅割れていた。今までオーフィスの攻撃を受け止め続けた真聖剣だが、ついに限界が訪れたらしい。これ以上攻撃を食らうと、真聖剣が砕かれるのは間違いなかった。そして、オーフィスもそれを理解しているから、イッセーに対して降服勧告を行う。

 

「その状態では、もう光の力を扱えない。だから、諦めて我の眷属になる。……我、グレートレッドを倒す切り札になりそうなドライグをこれ以上傷つけたくない」

 

 ……しかし、こんな絶望的な状況下に置かれても、イッセーの眼は死んでいなかった。

 

「悪いが、僕はまだ諦めるつもりはない。こう見えても、僕は今まで自分よりも遥かに強い相手と数え切れないくらいに戦い続けてきたし、何度も死にかけた。でも、それでも諦めずに足掻き続けたから、こうしてしぶとく生き残っている。……僕は、諦めが凄く悪いんだよ。素直に諦めたのは、それこそ今までの因果が巡ってきたと観念した()()()だけさ」

 

 イッセーはそう言うと罅割れた真聖剣を鞘に収め、少しふら付きながらも立ち上がろうと動き始める。それを見たオーフィスが、イッセーにこの期に及んでなおも諦めない理由を尋ねた。

 

「ドライグ、何故諦めない? 一度諦めた事があるなら、また同じ様にすればいい。……何故?」

 

 オーフィスから尋ねられたイッセーは、全身に力を入れてふら付きを止めると少しずつ立ち上がりながら質問に答え始める。

 

「以前の僕にはなかった諦められない理由が、今の僕にはあるからだよ。これ以上なく単純で、でもこれ以上なく大切な理由が」

 

 そこで、最初は不安の余りに顔が真っ青になっているイリナの方を向いた。

 

「ボロボロになった僕の背中を、心配そうに見ている(ヒト)がいる」

 

 次に、ミカエル達のいる所でクローズに抱えられ、瞳に涙をいっぱいに溜めたアウラの方を向く。

 

「力尽きて倒れてしまいそうな僕の姿を見て、今にも泣き出しそうな娘がいる」

 

 そしてオーフィスの方を向くと、今にも崩れ落ちそうな両膝を両手で支えながら答えの続きを言い始めた。

 

「だから、どれだけ絶望的な状況でも、僕はもう二度と諦めない。どれだけ傷つき倒れようとも、僕は何度だって立ち上がる。どれだけ強い敵が立ち塞がろうとも、僕のこの心はけして折れたりはしない」

 

「何故?」

 

 オーフィスはよく解らないという表情で再びイッセーに尋ねる。

 

「簡単だ」

 

 イッセーはそこで一旦言葉を切ると渾身の力を振り絞って一気に立ち上がり、そして吼えた。……それは、あらゆる装飾を投げ捨てた一人の男としての矜持だった。

 

「愛する(ヒト)と娘の前で! 男が!! 父親が!!! そんな情けない姿を見せられる訳がないだろう!!!!!!」

 

 男としての矜持を吼えたその瞬間、真っ赤なドラゴンのオーラが天をも貫けと言わんばかりの勢いでイッセーから立ち上る。……おいおい。さっき武藤瑞貴が「使えるだけの強化手段を全て使った状態」って言っていたのに、それを純粋なドラゴンのオーラだけで追い付きやがった。純粋な感情がドラゴンの力を引き出すというのなら、今のイッセーが正にそれだ。イッセーは「聖」と「魔」と「龍」の力をその身に共存させた存在。なら、アイツの中には自分の想いに何処までも純粋なドラゴンの要素もまたあるんだろうな。

 ……だから、そんな自分の想いに純粋なイッセーが吼えた男の矜持が、この男の心に火をつけた。この場にいる者の中でイッセーと同じく妻子を背負っている唯一の男、サーゼクスだ。サーゼクスは一度拳を地面に激しく叩きつけると、己が不明を恥じる様な事を言い出した。

 

「何が「もしもの事があったら、後を頼む」だ。私はとんだ心得違いをしていた。そんな言葉は、グレイフィアには絶対に言ってはならないものだった。……グレイフィア、心配をさせて済まなかった。さっきの言葉は全て取り消すよ。私はこの戦いをイッセー君と共に必ず乗り越えてみせる。そうしたら、二人で一緒にミリキャスの元へ帰ろう」

 

「サーゼクス……!」

 

 サーゼクスは自分の妻にそう約束すると闘志を奮い起こし、傷ついた体を強引に立ち上がらせ、先程のアルベオ・レヴィアタンの時より更に強力な「滅び」の魔力を立ち上らせながらイッセーの横に並び立つ。……立ち上った「滅び」の魔力が、イッセーを傷付ける事は一切なかった。

 

「待たせて済まないな、イッセー君。ここからは、私も共に戦おう。ただ、既に多くの者が傷ついている上にアザゼルですら君とオーフィスの動きを捉え切れない以上、君達の戦いについて行けるのはもはや私一人だ。……これ以上の援軍は望めないぞ」

 

「解っています。ですが、今はこれで何とかするしかありません」

 

 サーゼクスの言葉にも何ら動じることなく、イッセーは素手での格闘戦の構えを取る。サーゼクスも立ち上る「滅び」の魔力を圧縮して全身に薄く纏った。どちらも白兵戦を仕掛けるつもりだ。……そこに、イッセーへ声をかける者がいた。

 

『待たせたな、一誠。ここからは、俺もお前と共に戦うぞ』

 

 今まで沈黙を保っていた赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)、ドライグだ。イッセーはドライグに何やら確認を取る。

 

「ドライグ! ……という事は」

 

『あぁ。まだ少々寝ぼけてはいるが、ようやく眼を覚ましてくれた。だが、さっきのお前の言葉は胸に響いたぞ。あれで燃えない様な奴は、断じて男じゃないな』

 

 ドライグの言っている事の内、イッセーからの確認に応じた前半分は俺にもさっぱりだったが、イッセーの吼えた男としての矜持への感想である後半分については俺も同感だ。……体が動いても戦いについて行けねぇってのが、これ程悔しいものとは思わなかったぜ。

 そして、ここでイッセーは赤龍帝の籠手の切り札を切る。

 

「ドライグ、行くぞ! 極大倍加だ!」

 

『応! 俺の力をありったけ持って行け、一誠!』

 

 ドライグの言葉と共に、赤龍帝の籠手はその装甲の隙間から赤い光を放ち始めた。その赤い光は徐々にその強さを増していく。……そして、十秒後。赤龍帝の籠手の能力が発動した。

 

『Maximum Boost!!!!!!』

 

 未だ嘗て聞いた事のない機械音声が宝玉部から発せられた、その瞬間。

 

 ……世界が、赤く染まった。

 

 そうとしか、俺には思えなかった。何せ、イッセーの体から発している真っ赤なオーラが駒王学園の敷地を包み込む程に広がっているのだ。当然、俺達もイッセーのオーラに包み込まれているが、俺達も駒王学園もその影響を全く受けていない。アイツに俺達や駒王学園を害する意志がないという証なんだろうが、もしこのオーラの中にいる奴にイッセーが敵意を抱けば、それだけで全てが終わる。そんな印象すらある。

 それはもはや、イッセーが全てを赤く染めて支配する一つの世界。

 まさか、切り札となる能力を発動するだけで小さいながらも世界を形成しちまうとは思わなかった。そう言えば、イッセーがヴァーリと一緒に魔術師共を叩きに行った時にヴァーリが「一度に最大五十回の倍加」と口にしたが、それがこの極大倍加とやらなのか? それにこれはあくまで通常能力であって、イッセーはまだ禁手(バランス・ブレイカー)に至っていないってのは、一体何の冗談だ?

 ……そんなつもりは毛頭ないが、もう絶対にイッセーを敵には回せねぇな。少なくとも、俺達神の子を見張る者(グリゴリ)の中には、極大倍加を使用したイッセーとまともに戦える奴は誰一人いねぇ。それどころか、オーフィスがその力を望んだ真聖剣をこの状態で使ったら、俺達三大勢力をイッセー一人で叩き潰しかねない。

 

「それが真聖剣に並ぶイッセー君の奥の手、極大倍加か。……ならば、私も全力を出さないといけないな。幸い、私が全力を出しても全く問題ない状況をイッセー君が作り上げてくれた。それに、今なら悪魔を超越したこの力を完全に制御し切る事ができそうだ」

 

 どうも極大倍加の事を知っていたらしいサーゼクスは、イッセーが作り出したこの状況に納得の表情を浮かべると、自分も全力を出すと宣言した。そして、サーゼクスが魔力を高め始めると、「滅び」の魔力がサーゼクスの体を(あか)く染め上げていく。やがてサーゼクスの体が紅いオーラに覆われると、サーゼクスはその姿を大きく変えた。人型に浮かび上がる滅びのオーラ。もしくは、とんでもねぇ質量の消滅魔力が人型に圧縮した様な姿とでも言えばいいのだろうか。しかも、現段階で俺が感じ取れるサーゼクスの魔力の質量からして、前魔王のルシファーの十倍に至るんじゃないのか?

 ……サーゼクスが魔王になる訳だ。というよりは、魔王以外にサーゼクスの座るべき席がなかったと言うべきかもしれねぇな。

 だが、サーゼクスの変化はまだ続いていた。人型に浮かび上がる滅びのオーラという状態から更にオーラが凝縮されていき、サーゼクスは元の姿に戻っていった。いや、正確には髪の色が紅から漆黒に変わっている。それに髪以外の姿形が元に戻ってはいるが、魔力の方はさっきよりむしろ圧縮された形になっている。ここで、サーゼクスが自分の事を説明し始めたが、これに関与したのはまたしてもイッセーだった。

 ……イッセーの奴、とうとう魔王まで進化させちまいやがった。

 

「……フゥ。イッセー君曰く、「魔力の集束技能を極める事で、魔力を魔力のまま物質化させる事ができる。しかも、その形状は自分の思うがまま」という事らしい。それなら、全力を出せば人型の滅びのオーラと呼ぶべき状態となる私が集束技能を極めれば、全力を出しても元の姿を保つ事ができ、更に周りに対しても影響を及ぼさなくなるのではないかと思ったのだが、どうやら上手くいった様だ。しかも、より魔力を集束させる事になるから以前より更にパワーアップするという嬉しい誤算まで付くとは、私も運が良い」

 

 ……しかし、何だ? イッセーといいサーゼクスといい、ここに来ての急激なパワーアップは。まるで、この天界・冥界・人間界の三界の命運を賭けた最終決戦の様な雰囲気じゃねぇか。いや、そう考えても全くおかしくはねぇんだが、お陰で俺達が完全に置いてけぼりを食らっちまっている。

 

「……ドライグがまだ諦めないのなら、我、死なない程度にやっつける」

 

 オーフィスはそう言うと、イッセーの真っ赤なオーラを弾き返す様に自らの体をオーラで覆った。イッセーの支配する赤い世界の中でそのまま戦うのは、流石のオーフィスも嫌だったらしい。つまり、オーフィスもここからの戦いについてはかなりマジになっているという事になる。

 ……もう、俺達の出る幕なんてものはなかった。だから、この戦いの行く末はお前達二人に託す。頼んだぜ、サーゼクス。そして、イッセー。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

一誠シンドロームは順調に感染者を増やしつつあるようです。

では、また次の話でお会いしましょう。

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