赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.30 修正


第十三話

 今回の首脳会談における対テロ戦は、既に終焉を迎えていた。主力であったであろうカテレアさんは既に死に、真のレヴィアタンを名乗るアルベオ・レヴィアタンもまた最期はサーゼクス様によって処刑された。実行部隊である魔術師達も駒王学園に襲来してきた分は全て討ち取るか捕縛している。なお、捕虜については戦闘が終わり次第、速やかに冥界の専用施設へ転送する手筈になっている。

 ここで情勢が落ち着いたと判断したのだろう。僕が形成し、イリナとソーナ会長が維持していた防御結界が解かれ、会議室に残っていた人達が校庭に集まってきた。

 

「終わりましたね……」

 

 校庭へとやってきたソーナ会長はそう言ったものの、その表情は暗く沈んだものだった。

 

「えぇそうね。でも、今は素直に喜べないわ。失われてしまったモノの事を考えると……」

 

 ギャスパー君を伴うリアス部長もまた、やり切れない想いを抱いている様だ。……その理由は、二人が誰を見ているのかを考えれば、すぐにでも解る。

 

「お父さん。お母さん。ボク達の仇は、イッセー兄ちゃん達が取ってくれたよ。でもね、ボクはちっとも嬉しくないよ。だって、お父さんにも、お母さんにも、もう二度と逢えないんだから。……ねぇ、お母さん。何でボクを生き返らせて、自分は死んじゃったの? ボクはお母さんが笑顔でいてくれた方が、死んじゃったボクやお父さんの分まで幸せになってくれた方がずっと良かったのに……」

 

 二人の視線の先には、天を見上げて両親に仇を取ってもらったと涙を流しながら報告しているクローズの余りに痛ましい姿があった。

 クローズはカテレアさんの持っていた特殊な悪魔の駒(イーヴィル・ピース)によって、(キング)の転生悪魔としての新たな生を得た。しかし、目の前で母親を殺され、父親もまた母方の身内によって謀殺された事を知り、実は両親の仇だったアルベオを僕達が討ち果たした事で自分の力で復讐する機会さえも永遠に失ってしまい、未来への展望を持てずにいる。

 

「クローズ君……」

 

 僕がこちらに呼び出したアーシアは、沈痛な面持ちでクローズの姿を見ている。その手が強く握り締められているのを見る限り、「私の癒しの力がもっと強ければ」と思っているのだろう。

 ……力の限りを尽くしても救う事ができず、その最期に立ち会う。

 傷つき倒れた者達を癒して救う治療師(ヒーラー)である以上、これはけして避けては通れないものだ。その意味では、今この時がアーシアにとっての運命の分かれ道かもしれない。

 一方、イリナとソーナ会長の直衛を任せたゼノヴィアもまた、元気一杯でやんちゃなクローズを孤児院で見ているだけに今のクローズの姿にはショックを隠せないでいた。

 

「あれが、弾ける様な笑顔で孤児院の子供達と一緒に楽しく遊んでいた、あのクローズなのか? ……以前の私なら、きっとそんな事はお構いなしに「悪魔の子に生きる道はない」とでも言って、クローズに斬りかかっていただろう。だが、今は違う。親を亡くして悲しむ子供に人間も悪魔もない。そう思えるんだ。ただ、主が既におられないのは百も承知なのだが、それでもお尋ねしたくなってしまうよ。……どうして、あの様な幼い子供にこの様な仕打ちをなさるのか、とね」

 

 ゼノヴィアもまた、今までとは全く異なる環境に置かれた事で視野が広がりつつある様だった。これなら、もっと広い視野で物事を考えられる様になるだろう。

 そして、イリナは僕の腕を抱き寄せると、カテレアさんを見て感じた事について僕に尋ねてきた。

 

「ねぇ、イッセーくん。カテレアさんは、ただ自分に起こった辛い出来事と向き合って、それがもう二度と繰り返されない様にする事で乗り越えようとしただけなんだよね?」

 

 イリナの問い掛けに対して、僕は人伝に聞いた言葉を使って自分の考えをイリナに伝える。

 

「イリナの言う通りだよ。でも、それを実現する為に頼った相手を、カテレアさんは間違えてしまった。……世界はいつだって「こんな筈じゃない」事ばかり。以前リヒトが知り合いに聞かされたという言葉だけど、本当にその通りだと心から思うよ」

 

 次元世界を股にかけて犯罪捜査を行っているという平行世界のクロノ君は、この言葉に辿り着くまでに一体どれだけ多くの理不尽な出来事を目の当たりにしてきたのだろうか?

 ……それだけの重みが、この言葉にはあった。それをイリナも感じたのだろう、僕の腕を抱き締める力が少し強くなった。すると、アウラが精神世界から飛び出し、等身大化して僕に抱き付いて来た。そしてしっかりと抱き付いたまま、潤んだ瞳で僕とイリナを見上げて、ある不安を口にする。

 

「ねぇパパ、ママ。……クローズお兄ちゃんのママみたいに、二人もいなくなったりしないよね?」

 

 抱き付いて来たアウラからこの様な言葉が飛び出した事で、クローズとカテレアさんの悲しい別れはアウラにも大きな衝撃を与えたのだと僕は悟った。だから、僕は身を屈めてアウラと視線を合わせると、そんな事はしないとはっきり伝える。

 

「大丈夫だよ、アウラ。少なくとも、アウラが大きくなって、誰か好きな人を見つけて結婚して、子供を作って幸せになるのを見届けるまで、僕はいなくなったりしないよ」

 

 僕に続く形でイリナも断言してくれた。

 

「私も、イッセーくんやアウラちゃんの側からすぐにいなくなるなんて事、絶対にしないからね」

 

 ……ただ、アウラにはしっかりと伝えておくべき事がある。僕はそれを絡めた上で話をしていく。

 

「ただね、この世からいなくなるのは、先に生まれた人からなんだ。だから、アウラには逆に僕より先にいなくなったりしないでほしいな」

 

 即ち、子が親より先に死ぬのは最大の親不幸である事を。尤も、この様な事をアウラに言った以上、僕自身もまた両親より先に死なない様に気をつけなければいけないのだが。

 ……どうやらアウラも僕の言いたい事を解ってくれた様で、小さいながらも頷いてくれた。

 

「……ウン。あたしも、パパとママの側からいなくなったりしないよ。だから、約束だよ?」

 

 そう言って利き手である右手の小指を立ててきたアウラの意図を、僕は正確に察した。

 

「あぁ、約束だ」

 

 そして僕も右手の小指を立てると、アウラの小指と絡ませて指切りを始める。

 

「「指切り拳万、嘘付いたら針千本飲~ます。指切った」」

 

 二人で唄う様に約束してから絡めた小指を離すと、アウラはイリナとも指切りを始めた。

 

「「指切り拳万、嘘付いたら針千本飲~ます。指切った」」

 

 そうして、僕やイリナと約束し終えると、アウラはやっと安心した様な笑顔を見せてきた。

 

「じゃあ、最後はパパとママ!」

 

 その笑顔のまま、アウラは最後に僕とイリナも指切りする様に促してくる。……正直な所、流石に高校生同士で指切りは少し恥ずかしかった。

 

「イッセーくん」

 

 だが、左手の小指を立てて促してきたイリナに根負けする形で、僕はまだ出したままにしていた赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を解除すると、イリナと最後の指切りを始めた。……なお、左手の小指は運命の赤い糸が結ばれていると言われている指だ。おそらく、イリナは解ってやっていると思う。尤も、それを解っていながら、あえて乗る僕も僕だが。

 

「「指切り拳万、嘘付いたら針千本飲~ます。指切った」」

 

 ……この約束、必ず果たさないといけないな。

 

 こうして指切りを重ねていく中で僕が改めて「命を棄てない」覚悟を固めていると、アザゼルさんが声を掛けてきた。

 

「こうしたやり取りを見ていると、お前達三人はもう完璧に家族なんだな。……あぁクソッ! 何だって、俺の周りには独り身の奴がいないんだ! どいつもこいつも慌てた様にさっさと身を固めやがって!」

 

 どうやら、アザゼルさんは周りが結婚して身を固めている事に強い危機感を抱いている様だった。その様子を見たサーゼクス様は悪魔側から女性を紹介する事を打診した。

 

「ハハハ。アザゼル、良かったら何人か器量良しを見繕って紹介しようか? 同じ冥界に住んでいる為か、表沙汰になりにくいだけで悪魔と堕天使が結ばれて子供も作っているという事が割とある様だからね。それに聖魔和合の一環として、総督自ら三大勢力の融和の為に率先して行動していると示す上でも、そう悪い手ではないと思うが」

 

 確かに、堕天使総督が悪魔の女性を娶ったというのは、政治的なパフォーマンスとしては悪くないだろう。しかし、アザゼルさんは手をヒラヒラと振ってサーゼクス様の申し出を素気(すげ)無く断った。

 

「サーゼクス、ソイツは余計なお世話って奴だ。それに、そっちの方はシェムハザが既にやっているし、もうすぐ子供も生まれる。堕天使と悪魔のかけ橋となってくれる、そんな聖魔和合の先駆けというべき子供がな。どうしてもパフォーマンスがいるって言うんなら、それで十分だろう」

 

 あれ? ひょっとして、アザゼルさんは……?

 

 アザゼルさんの言葉から、僕はある事に思い至った。すると、ミカエルさんが呆れ気味でアザゼルさんが和平を率先して提案した理由について問い掛ける。

 

「全く。そういう所は堕天前から全く変わっていませんね、アザゼル。和平を率先して提案したのは、それもあったのでしょう?」

 

 ……やはり、そういう事だった。つまり、アザゼルさんはそういった悪魔と結ばれた堕天使の部下の人達が後ろ指を差されない様にする為にも、三大勢力の和平を望んでいたのだ。

 この中で最もアザゼルさんとの付き合いが長いミカエルさんの言葉で、僕だけでなくその場にいた皆もアザゼルさんが和平を望んだ理由の一つを理解した。そして、皆揃ってアザゼルさんに対して暖かい視線を向け始める。セラフォルー様なんて満面の笑みでアザゼルさんを見ていた。

 そうした僕達の視線を感じて照れ臭くなったのか、アザゼルさんはコホンと一息置いてから本題に入り始めた。……クローズの今後の身の振り方についてだ。

 

「この話は、これくらいにするぞ。それで、アイツは一体どうするんだ? ハッキリ言ってしまうと、アイツの引き取り手が何処にもいないんじゃないのか? 悪魔は母親関係でゴタゴタになるのが目に見えている。だからと言って、俺達はアイツとアイツの父親を()っちまっているからな、心情的にアウトだろう。天界に至っては、旧魔王の血を引いている時点で問題外だ」

 

 クローズはカテレアさんが亡くなった事で天涯孤独の身となってしまった。これが僕と同世代なら独り立ちという事もできなくはないが、クローズはまだ十歳にも満たない年齢だ。当然、誰かが引き取る必要があるのだが、そこで問題がある。アザゼルさんの言う通り、有力な引き取り手が誰もいないのだ。そして、このアザゼルさんの言葉をサーゼクス様とミカエルさんも肯定した。

 

「私としては、カテレアの遺児であるクローズ君を引き取りたいのだがね。ただそうなると、アザゼルが今挙げた様にクローズ君がレヴィアタンの末裔である事がどうしてもネックになってしまう。下手をすると、クローズ君を新たな神輿として担ぎ出す者達が出てきかねない。少なくとも、私は幼いクローズ君を大人の都合に巻き込みたくはないのだよ」

 

「心情的には、私もあの幼子に手を差し伸べてあげたいのですが、如何せん聖魔和合はようやく始める為の準備ができる様になった所です。聖魔和合がある程度進んでいれば、親睦を深める為として武藤神父に預けるという手が使えたのですが……」

 

 サーゼクス様とミカエルさんの発言を聞いたアザゼルさんは、僕とヴァーリの方を向くと何かに思い至った様で、納得の表情を見せた。

 

「……あぁそういう事か。だから、カテレアはお前とヴァーリを後見人に選んだのか。お前達は、言ってみれば一人で一つの勢力に等しい力がある。そんな奴が二人も後ろに立っていれば、三大勢力はもちろん他の神話体系でさえもアイツに手を出そうなんて早々考えないからな。そういう意味じゃ、引き取り手としても正に最善だったという訳だ」

 

 ……そうなのかもしれない。だとすれば、死ぬ間際の苦しみの中でそこまで先を見通せたカテレアさんを味方に引き込めず、それどころか死なせてしまったのは相当に痛手だったと言えるだろう。ただ、それはそれで問題がある。僕自身が未成年である事だ。

 

「ただ、ここで一つ問題があります。僕はまだ高校生なので、クローズを引き取る事ができません。それに僕の両親に引き取ってもらうというのも、既にはやてを引き取っている以上は流石に無理でしょう。そうなると……」

 

 僕はそこでヴァーリに視線を向けた。ヴァーリも僕の視線の意味を悟ったらしく、少々戸惑った様な表情を見せつつもそれを言葉にしてみせる。

 

「残った俺がクローズの面倒を見るしかない、という事か。だが、いいのか? 俺はこれから、人間界や冥界を飛び回って自分を更に鍛えるつもりなんだが」

 

 何ともフリーダムなヴァーリの発言であるが、今のクローズの状態を考えるとかえって好都合だ。

 

「むしろ、そっちの方が好都合だよ。今は動かないでいると、カテレアさんやお父さんの事を思い出して自分の世界に閉じ籠ってしまいそうだから、とにかく外へ連れ回してクローズに何も考えさせない方が良い」

 

 僕が自分の考えをヴァーリに伝えると、アザゼルさんがその目的を補足してきた。

 

「そうして、ヴァーリとの繋がりをある程度築き上げる事で自分がけして一人ぼっちでないと解らせる、か。まぁ最善とは言えないが、現状それしか手がないか」

 

 僕とアザゼルさんの説明を聞いて、ヴァーリは決断した。

 

「……解った。そういう事なら、クローズを思いっきり引っ張り回してやろう」

 

 これで、とりあえずはクローズが母親を失った悲しみから立ち直る為の時間稼ぎができる。ただし、それだけではクローズの心に深い傷が一生残ったままだろう。

 

 ……やはり、間に合わなかったのか?

 

 僕がそう思った時だった。

 

『一誠』

 

 赤龍帝の籠手が装着される左手の甲にドライグの紋章が光を発しながら浮かび上がり、そこから声が上がった。ただし、声の主はドライグではない。

 

計都(けいと)か! どうなった!」

 

 僕の問い掛けに、計都は疲労の色を見せつつもハッキリと答えた。

 

『ギリギリだったが、何とか間に合ったぞ』

 

 ……僕が先程から待ち望んでいた報告が遂に来た。

 

「そうか。計都、ご苦労様。ゆっくり休んでくれ。これで、何とかなりそうだ」

 

 僕は計都にねぎらいの言葉を掛けると、早速次の行動に出る。

 

「クローズ」

 

 僕はクローズに近付いて呼び掛けると、クローズはハッとなって僕の方を向いて来た。

 

「イッセー兄ちゃん?」

 

 少し首を傾げているクローズに、僕は神器(セイクリッド・ギア)を出す様に頼む。

 

「赤龍帝の籠手、出してくれないかな?」

 

「えっ? ……あっ、うん」

 

 クローズは突然の頼み事に少々戸惑いながらも、赤龍帝の籠手を発現した。

 

「ありがとう、クローズ。それじゃ、始めるよ」

 

 僕はそう伝えると自らも赤龍帝の籠手を発現し、クローズの赤龍帝の籠手の宝玉部分にそっと籠手を着けた左手を添える。

 

「クローズ。歴代の赤龍帝が持っている赤龍帝の籠手がどんなものか、知っているかな?」

 

 僕がそう問いかけると、クローズは首を傾げた。

 

「えっ? ……何か違うの?」

 

 やはり違いが解っていない様なので、僕はクローズに僕が持つ本来の赤龍帝の籠手と歴代赤龍帝が使う赤龍帝の籠手の違いを説明する。

 

「実は、僕が持つ本来の赤龍帝の籠手と違って、皆が持っている赤龍帝の籠手はいわばレプリカなんだ。クローズも知っての通り、通常の能力である倍加や譲渡はもちろん使えるし、更に本来の禁手(バランス・ブレイカー)である赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)についても至っている人なら全員が使える。でも、それはあくまで僕の赤龍帝の籠手に封印されているドライグの魂から力の供給を受けているから使えるのであって、倍加を蓄積できるのは最大で五回までだったり、譲渡は貯めた分の半分ぐらいしか渡せなかったりと、実際は本来の物より性能がかなり低いんだ。それに極大倍加(マキシマム・ブースト)や龍拳といったドライグが直接関与する能力については絶対に無理だし、赤龍帝の鎧に至っては瞬間的に極限まで倍加するんじゃなくて、およそ十回分の倍加に相当する量のドライグのオーラを一度に上乗せする事で大幅かつ急速に強化するってだけだしね。その意味では、皆の赤龍帝の籠手はドライグの力の受信器なんだ」

 

 僕から伝えられた事実に、クローズはただ驚くだけだった。しかし、同時に疑問も湧いて来た様で、早速僕に質問をぶつけてくる。

 

「そこまで弱くなるの? 本当にレプリカなんだね。……あれ? それじゃ、アリスお姉ちゃんはどうなるの? アリスお姉ちゃんは普通に何十回も倍加してるし、龍拳も使ってるよ?」

 

 このクローズの質問については、ちゃんとした答えがある。僕はそれをクローズに伝えた。

 

「アリスは例外中の例外でね、赤龍帝の籠手が未完成だった影響で魂の在り方がドライグに極めて近くなっている。つまり、アリスは人の形をした赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)とも言うべき存在なんだ。ただ、そのままだと自分の力を表に出せないから、赤龍帝の籠手を通して使っているんだよ」

 

「そうなんだ」

 

 クローズが納得してくれた事で、僕は本題に入る。

 

「そして、アリスも含めた皆の赤龍帝の籠手って、実は赤い龍の力を受信しないといけないから中身は空っぽなんだ。例外は赤龍帝の籠手をアスカロンと同化させたレオンハルトだよ。そして、クローズ。今から君が二人目の例外になる」

 

「えっ?」

 

 僕が「二人目の例外」について言及すると、クローズは戸惑いの声を上げた。そこで、クローズの赤龍帝の籠手の宝玉から音声が発せられる。

 

『Leviathan Soul is taken!!』

 

 ……これで作業は終了した。僕はクローズの赤龍帝の籠手に声を掛ける。

 

「お話しされても、もう大丈夫ですよ」

 

 クローズが首を傾げる中、僕の声に応えたのはクローズの赤龍帝の籠手だった。

 

『ありがとうございます。兵藤一誠さん。……クローズ、聞こえる?』

 

「えっ? ……お母さん?」

 

『そうよ』

 

 ……正確には、クローズの赤龍帝の籠手に入り込んだカテレアさんだった。

 

「えっ? えぇっ? 一体、どうなってるの?」

 

 クローズが自分の赤龍帝の籠手から大好きな母親の声が聞こえてくる現状に戸惑う中、僕は一体何があったのかを説明していく。

 

 

 

 ……実は、カテレアさんの魂の損傷がアーシアですら手に負えない事が明確になった時。

 

《一誠、聞こえるか》

 

〈計都か!〉

 

 精神感応で計都が僕に話しかけてきたのだ。そしてここで、とんでもない事を提案してきた。

 

《魂の中枢が失われた以上、カテレア・レヴィアタンの死はもはや避けられない。だが、肉体と魂が完全に崩壊した直後に彼女の構成要素を一つに纏めて魂を再構成する事で、存在そのものを完全に無と化す事だけは防げる筈だ。それに彼女の魂を収める器としてクローズの赤龍帝の籠手を利用すれば、再構成した彼女の魂を現世に留める事ができるだろう。問題は、完全に肉体と魂が崩壊してから魂が再構成されるまでの間に、彼女の精神が正気を保っていられるかだ》

 

 ……流石は総本山である崑崙山から追放されたとはいえ、二十代で仙号を名乗り、洞府を開く許可を得ていた天才道士だった。だから、僕はかの孫悟空に手傷を負わせたという稀代の道士に全てを賭けた。

 

〈やってくれ、計都。それでもし彼女が正気を保てなかったら、僕が責任を持って処分する〉

 

 僕は失敗した時の責任を取る覚悟を決めて、計都の提案にGoサインを出した。

 

《承知した。では、魂の再構成の準備に取り掛かる。また、その責任は承認したお前ではなく実行した私が取る。流石に、クローズが兄と慕うお前に母親殺しはさせられない。一誠、お前はもっと我々を統べる帝である事を自覚しろ。お前は我々赤龍帝の象徴なのだ。聖魔和合親善大使という役職にも就く以上、もはや穢れる事など許されないのだぞ》

 

 すると、計都から何故か「自覚が足りない」と叱られてしまった。

 

 

 

「……という訳なんだ」

 

 僕が説明を終えたところで、計都が説明を補足する。

 

『正直に言えば、魂の再構成が完了した時点で彼女の精神は既に発狂寸前だった。あのままでは、私は発狂した彼女の魂を処分しなければならなかっただろう。だが、お前の父が実は身内によって謀殺されていた事を聞かされた事が逆に好機となった。これによって、夫を謀殺されたという激しい怒りとお前を置いて死ぬわけにはいかないという生への激しい執念が生じ、彼女は正気を取り戻したのだ。後は、魂の細かい損傷をニコラスが心霊医術で修復し、ロシウ老の魂をも回復させる魔導の秘術で魂を安定させてから、お前の赤龍帝の籠手へと移動させたという訳だ。……綱渡りの連続ではあったが、お前のその顔を見られただけで十分報われたよ』

 

 計都は最後にそう言ったが、それについては僕も同感だ。……これを見られたのだから、賭けに出た甲斐はあった。

 

「えっ?」

 

 クローズが計都の言葉に戸惑っていると、カテレアさんが今のクローズの状態がどうなっているのかを教えてきた。

 

『クローズ。貴方、泣きながら笑っているのよ。しかも満面の笑みで。泣いたカラスがもう笑っているなんて、本当にしょうがない子ね』

 

 カテレアさんは呆れた様な事を言っているが、その声には溢れんばかりの愛情が籠っていた。

 

「だって、だってぇ……!」

 

 一方のクローズは色々な感情が入り混じって、混乱真っ只中といった所だった。そして、とうとう大声で嬉し泣きを始めてしまった。

 この結末は、けして最善とは言えないだろう。結局の所、カテレアさんが死んだ事には何ら変わりはないのだから。だが、それでもこのままクローズとカテレアさんが永遠に死に別れてしまうよりは、遥かにマシだった。……そう、思いたい。

 

「やっぱりイッセー君は、絶望を希望に変える「優しい魔法使い」だよね☆ はーたん先輩が目標にするの、凄く解るよ☆」

 

 セラフォルー様は少々僕を買い被り過ぎだ。今回、僕は何もやっていないのだから。

 

「流石にそれは褒めすぎですよ、セラフォルー様。……さて、ヴァーリ。さっきの戦いの続きはどうしようか?」

 

 セラフォルー様を窘めた後で僕がヴァーリに今後を尋ねると、ヴァーリは戦闘の再開を希望した。

 

「正直な所、さっきまでは続きをやれる様な空気ではなかったんだが、今ならむしろ喜んで続きをやれそうだな。これから目指す領域がどんなものなのか、それをクローズに見せてやるという意味でね」

 

 ……どうやら、ヴァーリは僕と同じ事を考えていた様だ。

 

「話が解るから、本当に助かるよ。でも、ヴァーリ。お前は意外に面倒見が良いな」

 

 僕がヴァーリの意外な所を指摘すると、ヴァーリは今まで知らなかった自分の一面を知った事で少々戸惑い気味だった。

 

「俺より幼い奴の面倒を見るというのは、これが初めてだからな。……コイツにカッコいい所を見せてやろうなんて自然に考えている自分がいて、俺自身も驚いているよ」

 

 ……ただ、今言った様な事が自然に思えるのであれば。僕はその想いをそのまま口に出していた。

 

「ヴァーリは案外、クローズにとっては良い兄貴分になるかもね。それじゃ、やるか!」

 

 僕の戦闘再開の呼び掛けに、ヴァーリは快く応じる。

 

「あぁ!」

 

 ここでちょうどエルシャとベルザードが旧校舎組を伴ってこちらに来たので、この際だから皆にも見てもらおうと皆から少し距離を置いて戦闘を再開する事になった。なお、エルシャとベルザードは合流した時点で実体化を解除し、赤龍帝の籠手へと戻っている。

 

「パパ、頑張れ~!」

 

 イリナに預けたアウラが僕に声援を飛ばしてくる。

 

「う~ん。ねぇお母さん。ボク、どっちを応援したらいいのかな?」

 

『それなら、ヴァーリの方ね。彼はアウラちゃんみたいな子がいないから』

 

「ウン、解った! ヴァーリ兄ちゃんも負けないで!」

 

 一方、クローズの方はカテレアさんに相談した結果、ヴァーリを応援する事になった様だ。

 

「……何だか、妙な気分だな。まさか俺に応援してくれる奴がいるなんてね」

 

 クローズの声援を受けたヴァーリは、何とも言えない表情をしている。……ただ、その割には口元が緩んでいるのだが。

 

「アハハ……。まぁ声援というのも悪くないと思うよ。自分の背中を見ている人がいる。そう意識するだけでかなり違ってくるから」

 

 僕が声援に対する考えを伝えると、ヴァーリは一度だけ溜息を吐いた後で納得の表情を浮かべた。

 

「どうも、そうらしいな。では、やるか」

 

「あぁ」

 

 そして、僕達がいざ戦いを再開しようとした、その時だった。

 

「やっと、見つけた」

 

 その声が僕のすぐ側から聞こえてきたと思った、次の瞬間。

 

「グッ、ウアァァァァァァァッッッッッ!!!!!!!!」

 

 僕の首から何かが入り込んでくると同時に、僕の全身を激しい痛みが襲ってきた。その激痛に耐えきれずに絶叫を上げてしまった僕は、やがて気を失ってしまった。

 

 

 

Side:アザゼル

 

 ……一体、何が起こった?

 

「パパ!」

 

「アウラちゃん、駄目! 今は、今だけはここでじっとしてて!」

 

「でも、ママ! パパが、パパが!」

 

 イッセーが苦痛の絶叫を上げた後、力無く校庭の地面に横たわっている。その側には、誰にも気づかれる事無くイッセーの背後に回り込み、首に手を当てたかと思うとイッセーを一瞬で無力化した、灰色のローブを纏うガリガリの老人が立っている。そして、イッセーとの戦いに水を差された格好となったヴァーリはその老人を鬼の形相で睨みつけている。また、倒れてしまったイッセーの元へと必死に駆け付けようとするアウラを、イリナが抱き締める事で必死に抑え込んでいた。

 だが、俺は目の前の光景が未だに信じられずにいた。……いや、解っている。解ってはいるんだが、到底受け入れられない、と言った方が正しいな。

 何故なら、横たわるイッセーの側に立っている老人こそが。

 

「まさか、お前が俺と一誠の戦いに水を差して来るとはな。だが、これは一体どういうつもりだ?」

 

 今回、この首脳会談に対するテロを仕掛けてきた一大反抗組織、禍の団(カオス・ブリゲード)の首領にして、世界創造の頃から最強の座に君臨する存在。そして三大勢力の戦争が自然消滅する切っ掛けを作った二天龍をも凌駕する、この世界における最強のドラゴン。

 

「答えろ! ……オーフィス!」

 

 ……無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)、オーフィスなのだから。

 

Side end

 

第十三話 急転

 

 


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