赤き覇を超えて   作:h995

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流血描写があるのでご注意ください。

追記
2018.12.29 修正


第七話 旧校舎の戦い

Overview

 

 時は少し遡る。

 

 旧校舎にあるオカルト研究部の部室には、首脳会談に出席できなかったグレモリー眷属とシトリー眷属の面々が集まって来ていた。また、この場には記録上において歴代最強と謳われるベルザードとエルシャの二人もいる。一誠が新校舎に急遽用意した会議室に入る前に、予め赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)で実体化させておいたのだ。シトリー眷属はそこで待機する傍ら、ベルザードとエルシャが見ている中でそれぞれの課題に取り組んでいる。

 

「ホラ。もっと魔力を集中、集中。それじゃ水風船は割れても、ゴムボールを割るのは無理よ」

 

 エルシャが発破をかけているのは、螺旋丸を教わった留流子だ。彼女は第一課題である「水風船を割る」事は割とすぐにできたものの、次の課題である「ゴムボールを割る」事にかなり苦戦していた。

 

「ウゥゥッ……! これ、かなり難しいです……!」

 

 一般家庭の出である彼女の魔力量は兵士(ポーン)という事もあってそれ程多くない。その為、ゴムボールを魔力の乱回転で割るには魔力を相当に集中させなければいけないのだ。勿論、僧侶(ビショップ)昇格(プロモーション)すれば話はまた変わってくるが、今それをやっても殆ど意味がない。それは留流子自身も解っていたので、今ある自分の力だけで必死に課題に取り組んでいた。因みに、もう一つの力である強襲用高速飛翔魔法のアサルトエールについては、その元となった飛翔魔法のフライヤーフィンを使った飛行をある程度こなせる様になってきており、今後は魔力の羽の枚数を徐々に増やす事でスピードを上げていく予定だ。

 エルシャは留流子が課題をクリアするにはまだまだ時間が掛かると判断して視線を別の方向に向けると、そこにはゆっくりとした動作で演武を行う翼紗の姿があった。しかし、その表情はとても険しい。エルシャはその表情から課題に苦戦していると解る彼女にも声をかける。

 

「そっちの子も、もう少し魔力を集めるスピードを上げないとね。でも、だからって体の動きや魔力の流れが雑になったら駄目よ。変な癖がついちゃったら、矯正するのが大変なんだから」

 

「解ってはいるんです。ですが、まさか体の動きに合わせて魔力を任意の場所に集中させる事がこれ程までに難しいとは……」

 

 実は最初に一誠からこの課題を言い渡された時、翼紗はこんな基本的な事を今更させるのかと内心不満を抱いていた。しかし、いざ言われた通りにやってみると、魔力が中々スムーズに集まらない。かと言って、魔力の制御に意識を取られると、今度は体の動きが乱れてしまう。この事実に驚いた翼紗に向かって一誠が放った言葉は、翼紗にとって眼から鱗だった。

 

「これは他の皆にも言えるんだけど、今まではきっと体の動作と魔力の制御を個別に扱っていたと思う。でもそうすると、実戦ではどちらか片方に意識を割いてしまう余りに、どうしてももう一方が雑になってしまうんだ。だから、いざ意識して同時にやろうとすると、今みたいに上手くいかないんだよ。でもこれって逆に言えば、体の動作と魔力の制御を意識して同時に行う訓練を重ねていく事で無意識でもこなせる様になれば、実戦でも同じ事ができるようになるし魔力の制御効率も劇的に変わってくるんだ」

 

 そしてこれ以降、翼紗はどれだけ地味な訓練であっても真剣に取り組むようになった。そのお陰か、翼紗は一誠の当初の見込みよりかなり速いペースで魔力の制御を向上させてきている。それを知ってか知らずか、少しずつしかし確実に成長しつつある翼紗の様子を見たエルシャは、笑みを浮かべながら更に発破をかける。

 

「そうね。でも、これがスムーズにできる様になると、攻撃はもちろん防御にも役立つわよ。確か、貴女は盾の役割もある戦車(ルーク)だったわね。それなら尚更よ」

 

「えぇ。これからも精進に励みます」

 

 翼紗の返事を聞いたエルシャは、相方であるベルザードが担当している巴柄の現状を確認する。

 

「それでベルザード、そっちはどう?」

 

 エルシャに尋ねられたベルザードは、首を傾げながらも自分の感じた事を素直にエルシャに伝えた。

 

「どうと言われてもな。……まぁ刀にはしっかりと魔力が通っているから、基礎は大体覚えたんじゃないか? ただ俺はそもそも武器なんて使わないし、どんな技があるのか知らないからこれ以上は教え様がないんだよ」

 

 赤龍帝は神器(セイクリッド・ギア)の形状が籠手である関係上、倍加能力が齎す強大なパワーを活かした素手でのラフファイトが戦闘スタイルのスタンダードになっている。白龍皇を二度も倒したという事で歴代最強といわれるベルザードは正にその典型であり、その為に武器を使った戦闘術に関しては疎い所があった。それを予め聞かされていたのだろう。巴柄が代わりにエルシャに自分がどういった技を身につけていくのかを説明する。

 

「一応、一誠君から技を一通り見せてもらっているんです。ただ、高速の剣閃で真空の刃を飛ばす真空斬や雷撃と爆発を斬撃に上乗せする桜花雷爆斬、それに強烈な打撃と一緒に魔力を叩き込んで敵の体を麻痺させる呪縛剣はともかく、自分の負ったダメージを攻撃に上乗せする竜牙剣や相手の力の集束点に自分の力をぶつける事で力を散らして大幅に弱体化させる奥義となると、流石に編み出した本人に見てもらわないと……」

 

 そこで、ベルザードは奥義に関しては思い当たる節があったらしく、奥義を食らった時の感想を巴柄に伝えた。

 

「……あぁ、アレか。そう言われると、俺も何度か模擬戦でその奥義を食らった事があるな。だが、アレは本当に強烈だぞ。何せ威力自体は殆どないにも関わらず禁手(バランス・ブレイカー)を使った俺相手にも通用するし、食らった後は禁手の維持はおろか通常の神器の能力すら発動できなくなるくらいに弱体化するからな。アレは本気でシャレになっていなかったぜ。その意味では、圧倒的なパワーをテクニックで制する奴にとって一つの完成形かもしれないな」

 

 巴柄はベルザードから奥義の凄まじい効果を聞かされて驚きを露わにしたが、同時に修得への意欲を新たにする。

 

「そこまで凄いんですか、その奥義? ……だったら、どれだけ時間が掛かってもいい。必ず習得してみせるわ!」

 

 因みに、巴柄が現在習得を目指している剣技の内、一際特殊なものについてはレオンハルトやリヒトですら扱えない事から一誠以外には誰も教える事ができない。その為、巴柄に関しては基礎となる刀への魔力付与を習得した後は、一誠のスケジュールに合わせて訓練する技を選ばなければならないという少々厄介な問題があった。そして、それは残った他のメンバーも同じであり、エルシャとベルザードの二人ではトレーニングの様子を見る事はできても指導までは無理だった。

 

「後の子達は余りに専門的過ぎて、私達じゃちょっと教え様がないわね」

 

「補助魔法や仙術、道術、悪魔祓い(エクソシズム)といった特殊技能はもちろん、遠隔誘導型の魔導具(アーティファクト)に回復系の聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)と時間停止の停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)といった神器、果てはヴァンパイアやダンピール固有の能力と来ているからな。専門家じゃない俺達が口を出したら、取り返しのつかない事になりかねない」

 

 二人が少し申し訳なさそうなそぶりを見せていると、桃が気にしない様に言って来た。

 

「何だか、気を使わせてしまった様ですみません。でも私達の事はお気になさらないで下さい。私はロシウ老師から教わった魔力制御の訓練をすればいいですし」

 

 そこに、桃に続く形で結界鋲(メガ・シールド)を十基、自分の周りを高速で立体的に周回させている憐耶が話しかける。

 

「私は結界鋲の制御訓練で十分です。後はこの三人ですけど」

 

 更に、憐耶に促される形でグレモリー眷属の三人もそれぞれの課題をベルザード達に伝える。

 

「私は師父から練気の訓練を継続する様に言われています」

 

「ニコラス神父からは、主だけでなく虫や花、それに石といった小さな存在に対する感謝を込めて祈りを捧げなさいって言われました」

 

 だが、他の二人と違って、ギャスパーは自らの課題を伝える事ができなかった。

 

「僕は、……小猫ちゃん!」

 

 今、正に言おうとした課題である「ダンピールの対ヴァンパイア用気配察知能力を他種族にも対応できる様にする」をいつの間にかクリアしていたギャスパーは、仙術や道術を本格的に修行し始めた事で気配察知能力が著しく向上している小猫に確認を取る。どうやら、ダンピールの気配察知能力は己にとっての敵性存在に対して機能するらしかった。そして、小猫もまたギャスパーとほぼ同時に敵意を持つ存在が自分達のいる旧校舎に向かって来ているのを察知していた。

 

「ギャー君。私も今、確かに感じた。……どうやら、イッセー先輩の言った通りになったみたいです」

 

 一誠の先見の明に小猫が改めて感服していると、ベルザードとエルシャが何故ここに襲撃がかけられようとしているのかを説明し始める。

 

「それはそうだろうさ。戦いに酔った奴にとって、世の中が平和になるなんて事は到底受け入れられないだろうからな。まして自分の生き場が無くなるってんなら、尚更だな」

 

「それに、イッセーを通じて私達も色々と三大勢力の実情を聞いているけど、和平に反対しそうな派閥が少なからずあるみたいよ。多分、そういった派閥からの情報提供も少なからずあったんでしょうね」

 

 この二人の説明を受けて、ギャスパーは敵の狙いが自分である事を断言した。

 

「そして、和平の話をなかった事にする為に狙って来たのが、僕。正確には、僕に宿っている停止世界の邪眼という訳ですか」

 

「それで、どうする?」

 

 ベルザードに意志を確認されたギャスパーは、あくまで抵抗すると即答する。

 

「戦います。狙われている本人が立ち向かわないで、一体どうするんですか」

 

 ギャスパーは、今まで自分の生まれ持った力から逃げ続けてきたツケがここで巡ってきたと思っていた。

 

(だからこそ、ただ逃げる事しかしなかった今までの僕と今ここで訣別する)

 

 ギャスパーの顔には、その強い決意がはっきりと出ていた。その表情を見たベルザードは満足そうな笑みを浮かべる。

 

「いい返事だ。それでいい。他の奴は……って、訊くまでもないな。その(つら)は」

 

 ギャスパー以外の者の表情から不退転の意志を酌み取ったベルザードに、エルシャも同意する。

 

「フフッ、そうね。それなら、貴方達のやれる所までやってみなさい。ただ、その場合はもう本当にどうしようもない状況になるまで、私達は手を出さないわ。それでもいいのね?」

 

 エルシャの意思確認に対し、この場にいたグレモリー・シトリー両眷属の返事は一つだった。

 

「ハイ!」

 

 この若さと熱気溢れる少年少女に、二人はその背を押す様に言葉をかける。

 

「それなら、行ってこい! 俺達が見届けてやる!」

 

「頑張ってね」

 

 こうして、記録上では歴代最強と謳われる二人の赤龍帝の激励の言葉をその背に受けて、若者達は戦場へと向かった。

 

Overview end

 

 

 

Side:草下憐耶

 

 ベルザードさんとエルシャさんの激励の言葉を受けた私達は旧校舎から外に出ると、そこには既に襲撃者と思われる魔術師達が十数人程集まって来ていた。向こうは私達の姿を見た瞬間、問答無用で魔法を放ってくる。……結構魔力が大きい。以前、そう一君が私達の仲間になる前の私達なら正直な話、対処は難しいと思われる程だった。

 

 ……でも、一君が作ってくれたこの結界鋲を越えられる程じゃない。

 

「結界鋲!」

 

 結界鋲によって形成された防御結界に魔法がぶつかり、かなり激しく爆発する。でも、防御結界はビクともしなかった。防御結界の強さは使用者の魔力に依存する。つまり、これだけの攻撃を防ぎ切る程の魔力を私はいつの間にか出せるようになっていた。

 

 ……私、自分で気付いていなかっただけで、確かに強くなっていたのね。

 

 一方、敵の先制攻撃をおそらくは見た事のないであろう方法でやり過ごしてみせた事で、向こうは少なからず動揺している。そして、その隙を突く形で私達は戦闘へと突入していった。

 

 ……それから、僅か数分後。

 

「な、何なの? 何なのよ、この状況は!」

 

 敵の指揮官と思われる女魔術師は信じられないと言った面持ちで現状を見ていた。

 

「せい!」

 

 巴柄が一君から貰った紅蓮に魔力を込めて振り下ろした一撃は、敵を防御魔法ごと容易く斬り裂く。剣の扱いも以前と比べてかなり鋭く、そして速くなってる。レオンハルトさんによって、体幹の使い方から修正されたお陰だろう。

 

「まだ始めたばかりで魔力を集めるスピードもその密度もままならないが、それでもお前達には十分通用するらしい」

 

 翼紗はさっきまで練習していた「体の動作と魔力の制御を同時に行う」事を早速実践していた。そのお陰か、今までは魔力を貯めて攻撃力を上げる時には動きが悪くなっていたのがかなり改善されている。体の動きと魔力の制御が滑らかになれば、それだけ戦車のパワーと防御力が如何なく発揮されるし、ベルセルクさんから時間をかけて少しずつ仕込まれている格闘術も生きてくる。

 

「えぇいっ! ……次、いきます!」

 

 留流子ちゃんはフライヤーフィンを両足に展開させ、平面的でなく立体的な機動で敵を翻弄している。どうやら今は速さを多少抑えてでも攻撃を回避する事を重視しているみたいだった。お陰で魔術師達は全く留流子ちゃんに攻撃を当てる事ができず、留流子ちゃんはその気落ちした隙を突いて一気に近付いてはパンチやキックで仕留めていた。相手に防御魔法を展開する時間さえ与えなければ、非力な留流子ちゃんでも攻撃が十分通じるのだ。

 でも、現在この場にいるシトリー眷属で一番活躍しているのは、間違いなく桃だった。

 

「閃光を操りて、我、この者を鎖で封ず……。影を打ち消せ! スタンスローター!」

 

「ギャアァァァッ! 目が、目がぁぁぁっ!」

 

 強烈な閃光を浴びせ掛ける事で敵の眼を眩ました上に体を麻痺させる効果まで持っている、正に魔法版スタングレネードとも言うべき補助魔法のスタンスローターでまた一人、桃は敵の動きを止める。

 

「怯むな! アイツは自分からは攻撃してこない! 攻撃を集中させて、一気に殺せ!」

 

 そう言って、魔術師の男は仲間と共に桃に向かって魔法を集中させる。私は念の為に結界鋲を四基飛ばしたけど、たぶん必要ないと思う。

 

「甘いわ! 氷霧ちらちらと(ひるがえ)り心乱せ、魔弾の軌道を曲げろ……。ナミングコールド!」

 

 だって、桃も攻撃魔法の対処法を持っているのだから。

 

「なっ! ま、魔法が当たらない! ……い、いや。むしろ魔法の方から外れているのか!」

 

 自分達が氷の霧に覆われると共に自分達の放った魔法が勝手に狙いを外れていくという光景に驚愕する敵魔術師。……確かに、初めてこれを見た時は桃も私も唖然としたもの。その気持ちは凄く解る。

 

「その通りよ。魔力で作った氷の霧で敵を覆い、敵から放たれる魔力関係の攻撃に干渉して軌道を逸らしてしまう補助魔法、ナミングコールド。どんなに強力な魔力や魔法、魔術でも、当てさせなければどうという事はないわ」

 

 桃は俗に言うドヤ顔で今使った魔法について説明する。……桃。今は戦闘中なんだから、敵に自分の情報を教えちゃダメじゃない。

 

「な、何だ? ナミングコールド? そんな魔法、俺は初めて聞いたぞ!」

 

 でも、相手の魔術師は敵の情報を得られたと喜ぶどころか逆に驚愕していた。……あれ? 魔術師って敵の情報を集めてから仕掛ける頭脳戦こそが本領じゃなかったの? 一君もロシウ先生も、確かにそう言っていたのに。

 

「私だって、聞いた事も無かったわ。でも、私がこうして実際に使えている以上は実在するのよ。それにしても、本当に一誠君の言った通りね。確かに、補助魔法には戦況を一変させる力がある。だったら、私は補助魔法を極めて皆を支え切ってみせるわ!」

 

 そして、桃は敵味方が入り乱れる戦場の真っ只中で、自分の目標を高らかに宣言する。

 

 ……そして、ゆくゆくは匙君専属のサポーターになる訳ね。案外、匙君が上級悪魔になって悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を貰ったら、桃は会長に交換(トレード)を願い出て匙君の僧侶になっちゃうかもしれない。そうなると、兵士はやっぱり留流子ちゃんかしら?

 

 そんな他愛もない事を考えていると、留流子ちゃんの後ろから攻撃を仕掛けようとする魔術師がいたから、早速留流子ちゃんの所に結界鋲を三基飛ばしてから防御結界を三角形に展開して放たれた攻撃を防ぐ。

 

「あっ! 済みません、憐耶先輩! お陰で助かりました!」

 

 律義な所がある留流子ちゃんは私に感謝を伝えてきた。でも、繰り返すけど今は戦闘中。だから、留流子ちゃんには気にしない様に伝えた上でもっと大胆に動いてみる事を勧めてみる。

 

「気にしないで。それが私の役目だから。それより、後ろはしっかり守ってあげるから、もっと大胆に動いてみたら?」

 

「はい、そうさせて頂きます!」

 

 留流子ちゃんはそう返事すると、今までの回避重視からスピード重視の戦い方に切り替えた。こうなると突撃からの攻撃にスピードが乗るので攻撃力が大幅に増す。私は留流子ちゃんのサポートにもう一基追加した上で、更にそれ等とは別の二基を操作して油断していた敵の体を背後から射抜いた。射抜いた後で結界鋲を一基手元に戻すと、右手に取って至近距離で攻撃しようと私に接近していた別の魔術師の首を正確に切り裂く。倒れ込んでいく敵の首から勢いよく血飛沫が上がる中で、私は一人皆とは別枠で特訓を受けた事を思い返していた。

 ……扱いが特に難しい結界鋲の基本操作を早急に習得する必要が出てきた為、今日の午後にかつては木場君も利用させてもらったという意識だけを超加速させる結界を使わせてもらい、そこに体感時間で一月程こもって一君やロシウ先生に色々指導してもらったけど、アレは本当にきつかったなぁ。

 でも、その甲斐は確かにあった。たとえ皆がバラバラの場所で戦っていても、さっきの留流子ちゃんの時の様にきっちり援護できているのだから。一方、結界鋲の多彩な機能を目の当たりにした敵はかなり動揺している。

 

「何なの、あの頑丈な防御結界は! しかも、結界の基点が自由に飛び回るってどういう事なのよ! お陰で、幾ら隙をついて攻撃しても全く通らないじゃない!」

 

「そうかと思えば、こちらの防御魔法を貫通する遠隔攻撃を仕掛けて来る。あんな神器(セイクリッド・ギア)、見た事も聞いた事も無いわ! ……まさか、新種!」

 

 ここで私は種明かしをする。……あくまで敵の動揺を更に大きくする為であって、断じて桃の様に敵に情報を教える為じゃない。

 

「残念ね、これは神器じゃないわ。一君特製の魔導具(アーティファクト)よ」

 

 すると、敵の魔術師は面白いくらいに反応してくれた。

 

「こ、これが魔導具? 冗談じゃないわよ! こんな事ができる物が神器じゃない筈ないじゃない!」

 

「……本当に匙君の言った通りになったわね。でも、そっちが幾ら否定しても、これが神器じゃない現実は変わらないのよ。そして、私は証明するの」

 

 そして、私は宣言する。

 

「たとえ特別な何かがなくたって、私の気持ち次第で幾らでも強くなれるって!」

 

 だって、それくらいしてみせないと、一君の僧侶になんて絶対になれないもの。

 

 そうして皆がそれぞれのできる事をしっかりとこなしていく中で、指揮官の女魔術師はとうとう口を滑らせた。

 

「こんな、こんな連中が待ち構えているなんて事、私は聞いていないわよ!」

 

 ……私達程度でこんな言葉が飛び出すなら、ベルザードさんとエルシャさんという歴代でも最高位の赤龍帝が二人も待ち構えていた事を知ったら、一体どうなるんだろう?

 

 ただ、そのまま聞き捨てる訳にもいかないセリフであった事も確かなので、既に手が空いていたこの二人がすぐに指揮官の女魔術師に詰め寄る。

 

「……という事は、そうじゃない事は聞かされていたという事」

 

 猫耳と尻尾という、猫又としての本性を露わにした小猫ちゃん。

 

「これはいい事を聞きました。早速ですけど、詳しい話を聞かせて下さい。……あぁ、別に話したくなければ、それでも結構ですよ? その時は、貴方の血から直接聞き出すだけですから」

 

 そして、敵の物であろう鮮血を滴らせた右手の指先を軽く一舐めしたヴラディ君だ。

 

 ……ねぇ、ヴラディ君。幾ら容姿が女の子みたいに可愛いとはいえ、ハーフでもヴァンパイアである貴方がそういう事をやるとシャレになってないんだけど?

 

 現に、ヴラディ君を見た時の指揮官の女魔術師の表情はかなり引き攣っている。

 

「一番想定外だったのは、貴方達の事よ。折角、連携すれば上級悪魔すら倒せる程の戦力を持つ本命部隊をぶつけたのに、まさかたった二人に潰されてしまうなんて。しかも自分では戦えないアーシア・アルジェントを後ろに抱えた状態にも関わらず。それにしても、諜報部は一体何をしているの? このハーフヴァンパイアの何処が、自分の神器をまともに扱い切れない無能なのよ。……まぁ、いいわ。まさか予備を使わないといけなくなるなんてね。予定変更! 予備を使うわ!」

 

 指揮官の女魔術師が気を取り直してそう指示を出すと、魔術師達が彼女の元に集結すると同時に、転移用と思われる魔方陣が彼女の側に展開された。その魔法陣から現れたのは、大体十歳前後の男の子。その目にはアイマスク型の眼帯が填められている。それを一目見たヴラディ君は焦りの表情を浮かべると、私に大声で呼びかけてきた。

 

「草下先輩!」

 

 何かある。しかも、かなり危険な何かが。そう思った私は、すぐに取るべき行動を取り始めた。

 

「解ってる! 皆、私の所に集まって! 結界鋲、出力最大!」

 

 皆が私の所に集まった所で今出していた結界鋲の全てを使い、消耗が激しいのを覚悟の上で防御結界を最大出力で展開する。その直後、男の子の眼帯が外されると、何か大きな力が防御結界にぶつかったのを感じ取る。その力が何なのかを悟ったのは、ヴラディ君だった。

 

「これは、僕と同じ停止世界の邪眼! でも、出力が僕とは桁違いです!」

 

 何もしなくても自然に成長する上に一君の指導を受けたヴラディ君よりも、出力が桁違いで上。何とも恐ろしい事実をヴラディ君から聞かされた後、まるで駄目押しでもするみたいに指揮官の魔術師は勝ち誇った様な笑みを浮かべて語り始めた。

 

「フフフ。まさか、念の為に用意していた予備を使う事になるとは思わなかったわ。本当はハーフヴァンパイアに使う予定だったものをこの子に使ったけど、やはりこの子では効果や出力がハーフヴァンパイア程ではないわね。まぁ、これで三大勢力のトップ以外は殆ど止まっているでしょうから、後は出力を更に上げながら別働隊の吉報を待つ事にしましょう。それにしても、グレモリー一族は情愛が深くて力が溢れている割に頭が悪いって聞かされていたから、危なっかしいハーフヴァンパイアを普通に使おうとするなんて馬鹿じゃないかって思っていたけど、どうやらとんだ食わせ者だったみたいね。まさか、ここまで強いハーフヴァンパイアをあえて危険人物として封印する事で、敵である天使や堕天使はもちろん味方である筈の他の悪魔達の目からも隠していたなんてね。……やっぱり。他人から聞いた話なんて信用しないで、自分の目や耳で直接確かめるべきだったわ」

 

 ……どうやら、僅か一週間程で急成長したとは思いもよらなかったらしく、ヴラディ君の事をグレモリー家の隠し玉扱いしているみたいだった。確かに何も知らなかったら、私でもそう思ったかもしれない。ただ、少し不味い事実も解った。

 

「幸い今の所は結界鋲の防御結界を抜く程じゃないけど、このまま出力が上がり続ければ一君達にも影響が出るかもしれないわ」

 

 そう、時間はあまり残されていなかった。

 

「ギャー君、動けそう?」

 

 塔城さんがヴラディ君に尋ねると、正直それはどうなのかという答えが返ってくる。

 

「本当は一誠先輩に相談してから皆に話そうって思っていたんだけど、実は僕には()()()()()が宿っているんだ。だから、その力を模倣した停止世界の邪眼は僕には全く効果がないと思うし、そういう事で僕は問題なく戦えると思う。……小猫ちゃんは?」

 

 本物の断片って、何? それがあると停止世界の邪眼が効かなくなるって、一体どういう事?

 

 私はヴラディ君に色々訊きたい事があったけど、一先ず棚に上げて塔城さんの返事を待つ。

 

「私の方も、今なら仙気を身に纏えば問題なく動けると思う。ただ、まだ仙気を扱い始めたばかりで慣れてなくて、仙気を身に纏うと硬気功や剛気功といった他の気功術が扱えなくなるから、実際に戦うとなると少し不安」

 

 戦闘に不安があるとはいえ、この状況下でもちゃんと動けるのね。この辺り、グレモリー眷属はやっぱり普通とは何処か違っていた。……ここで自己評価に下駄を履かせても仕方がないので、私は正直にこの状況下では自分達は動けない事を伝える。

 

「二人には悪いけど、残った私達が結界の外に出るのはちょっと厳しいわね。因みに、私は今展開している防御結界の維持で手一杯で遠隔攻撃まではちょっと無理。ねぇ、桃。あの子を眠らせる事はできる?」

 

 そこで、補助魔法のエキスパートを目指す事を宣言した桃に補助魔法で眠らせられるかを尋ねてみた。……でも、返事は芳しいものじゃなかった。

 

「睡眠魔法のバルミーブリーズは一応教えてもらったけど、まだ教わったばかりで発動自体がまず覚束ないのよ。それにあっちは防御魔法を展開しているから、使うのが一誠君ならともかく私じゃ発動に成功してもまず届かないわ」

 

 余りにも不味い事実が続々と判明していき、私達は追い詰められている事を悟らざるを得なかった。でも、まだ諦める訳にはいかない。

 

「それじゃ、現状でまともに戦えるのはヴラディ君だけ? それじゃカモネギじゃない。ひょっとして、八方塞がり? ……違うわね。本当にもうどうしようもないんだったら、今頃ベルザードさんとエルシャさんがさっさと敵を全滅させているもの。それがまだ動いていないっていう事は……!」

 

 何故なら、まだ歴代最高位の赤龍帝であるベルザードさんとエルシャさんが動いていないのだから。それが意味する所は、つまり。

 

「まだ、私達だけで対処できるっていう事? ……だったら」

 

 巴柄がそれに気付いた。そう、まだ私達は負けた訳じゃない。

 

「あぁ。歴代最高位の赤龍帝の期待に応えてみせようじゃないか」

 

 翼紗も、まだ私達ならやれるという二人の期待に応えようと決意した。

 

「そうです! 翼紗先輩の言う通りです! 私達、まだまだ頑張れます!」

 

 留流子ちゃんも翼紗の言葉に応える形で士気を上げる。ここで、敵の様子を窺っていたアーシアさん(イリナに宣戦布告した後、一君に好意を寄せている人全員にも同じ事をした所、全員から名前で呼んでもらえるようになった上に同学年であるアーシアさんとゼノヴィアさんについては名前で呼び合う様になった)と塔城さんがあの男の子の状態を私達に伝えてきた事で、あの女魔術師に対して怒り以外にはもう何も感じなくなった。

 

「あの、あの子からかなり強力な強化魔術の気配が感じられます。たぶん、それで神器の力を強化しているんじゃないかと」

 

「……でも、その糧にあの男の子の生命力を使っているみたいで、生命力が急激に減ってきています。このまま行けば、あの男の子はそう遠くない内に死んでしまうでしょう」

 

 何なの、それ? それじゃあの子、ただの捨て駒じゃない。悪魔に転生してから日が浅い為に人間としての感性がまだ残っている私は、この男の子に対する魔術師達の扱いに憤慨した。……こんな非道な行いを何とも思わなくなるくらいなら、心は人間のままでいいと思ってしまったのは、きっと人間でなくなった事に悩み苦しんできた一君をずっと見てきたからだと思う。

 

「あら、意外ね。悪魔なのに、この子の事を気にかけているなんて。それとも、気付いたのかしら? この子がそちらのハーフヴァンパイアと同じである事に。……いいえ、同じじゃないわね。貴方のそれは擬態に過ぎなかったのだから」

 

 この女魔術師の言葉を聞いて、ヴラディ君は少しだけ首を傾げたものの、すぐにハッとなった。

 

「僕と同じ? ……まさか!」

 

 このヴラディ君の反応を見て、女魔術師は面白そうに男の子について話し始めた。

 

「そうよ。この子はね、自分の神器を全く使いこなせていなかったのよ。まぁ、家は完全に一般家庭だし両親も唯の一般人だったから、力の使い方を知る術なんて全くなかった訳だけど。だから、私達が有効活用するのよ。どうせ暴走させる事しかできないんだもの。だったら、洗脳してから敵陣のど真ん中に放り込んで派手に暴走させれば凄く役に立つわ。今回みたいにね」

 

 そこで、ヴラディ君はズボンのポケットに手をやりながら、女魔術師に一つだけ質問をする。

 

「一つだけ聞かせて下さい。……その子の親は、一体どうしたんですか?」

 

 このヴラディ君の質問に対して、女魔術師は律義に答えてきた。きっと、こっちは動けないと踏んだ事で勝者の余裕を見せつけようとしているのだろう。

 

「こっちは勝手に自分達を止めてしまって困っているだろうと思って、親切にも大金と引き換えに引き取るって持ち掛けたのに、「子供を金で売る親はいない」の一点張りだったわ。自分達ではけして手に負える子供ではなかったのに、何て頭の悪い夫婦だったのかしら。そんなバカ共には正直付き合ってられなかったから、この子の目の前でさっさと処分したけどね。そうすれば話は早くて済むし、この子も大人しく言う事を聞くから洗脳もし易くなる。正に一石二鳥でしょ?」

 

 この女魔術師は、悪魔よりも悪魔らしかった。私はもうこの女魔術師に対する怒りを抑え切れなかった。そこで皆の様子を見ると、私と同じ様に皆が怒っている。

 

 ……私、会長の眷属で本当に良かったと心から思う。

 

『そんな事をペラペラと話して、随分と余裕ね。でも、これでこの子達に勝てたなんて、本気で思っているのかしら?』

 

 女魔術師が答え終わった直後、明らかに聞き覚えのある女性の声が響き渡った。そして、ギャスパー君が密かにズボンのポケットから取り出した戦車(ルーク)の駒を軽く放り投げると、戦車の駒が光を放つ。

 

紅髪(べにがみ)……! まさか、リアス・グレモリー!」

 

その光の後に現れたのは、当初の予定ではこちらに来る筈だった会長ではなくリアス様だった。リアス様は早速私達に指示を出し始める。

 

「ソーナがこちらに来れなくなったから、迎撃プランはBに変更よ。それで代わりに私が来たの。それと今の状況だけど、ギャスパーと小猫、そして憐耶。この程度の出力なら、貴方達三人で対処できるそうよ。具体的には、ギャスパーが制止した後に小猫が排除、そして憐耶で確保。ここまで言えば、自分が何をするべきか、貴方達なら解る筈よ」

 

 リアス様のこの言い方なら、ヴラディ君と塔城さん、そして私の三人で対処できると判断したのは、ほぼ間違いなく一君。それに気付いた瞬間、私の心が歓喜に満ちた。

 

 一君が、私の事を信じてくれている。だったら、一君の見込みが正しい事を必ず証明してみせる。

 

 ……私は今、この十七年間の人生の中で嘗てない程に燃えていた。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

グレモリー眷属とシトリー眷属は今の所、ウサギとカメのかけっこ勝負になっていますが、カメにロケットを背負わせたらまだ勝敗は解りませんよね?

では、また次の話でお会いしましょう。

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