赤き覇を超えて   作:h995

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2018.12.27 修正


第三話 踊る首脳会談

Side:匙元士郎

 

 この会議室にいる者は全て「神の不在」を認知している事を確認したルシファー様の開催宣言で始まった首脳会談は、順調に進行していった。

 

 例えば、天界の代表であるミカエル様が天使の現状を説明する。

 

「……と言った様に、我々天使の現状は……」

 

 それに対して、ルシファー様が意見を出す。

 

「成る程。やはり、何処も現状はそう変わらないという事か。それを打破する為には……」

 

 すると、アザゼル総督が他人事と傍観を決め込む発言を仕出かす。

 

「ま、俺等は特に拘る必要もないけどな」

 

 そこで、アザゼル総督が見落としている所を一誠が指摘する。

 

「それは流石に不味いですよ。アザゼルさん。何故なら……」

 

 それによって考えを改めたアザゼル総督が、先程とは打って変わって積極的に意見を出す。

 

「うわっ、危ねぇなぁ。もう少しで、とんでもない損失を出す所だった。助かったぜ、イッセー。それにしても、まさか俺が考えていたのとは全く別の所で密接に絡んでいたとはな。そうなると、ここはむしろ……」

 

 だいたいこんな風に基本的にはそれぞれの勢力の現状を告げていき、それに対する意見を他勢力が出していく形式となり、現状の問題点の洗い出しと解決の為の意見が飛び交っていった。

 

 まずはミカエル様から告げられた天界の現状だ。

 やはり創造主たる神の不在によって、天使の数が増やせないらしい。何でも、天使は人間との間で子供を作りにくいとの事。何せ肉欲を以て交わってしまっても駄目な処か、下手をすると異性への愛情ですら神への愛を捨てたとして堕ちる恐れがあるらしく、特殊な術式を幾つも施した上で一切の劣情を抱く事無く交わる事で一応は子供を作れるらしい。

 ……だけど、天使はともかく人間にそんな事が本当にできるのか? だって、劣情を抱かずにって事は、要するに快楽に流されないだけでなく、快楽から来る相手への愛おしさとかそんなのも抱かずに無心で子作りするって事だと思う。その意味じゃ、その特殊な術式に感情抑制の効果も組み込めば、天使の数が増えないという問題を一応とはいえ解決できるかもしれない。

 だけど、そうやってできた子供は果たして愛の結晶と言えるのか? それじゃ、天使やハーフ天使を「製造」しているだけじゃないのか? ……もしそうだとしたら、性行為の有無という差があるだけで、本質的には「天の子(エデンズ・チャイルド)」計画と何ら変わらなくなる。

 ひょっとしたら、コカビエルはその辺の事を解っていたのかもしれない。そして、ミカエル様もおそらく解っている。だから、善悪を問わなければ一番手っ取り早い方法をあえて取っていないんだろう。だけどその結果、満足に天使の数を増やせないでいる。実利を取るのか、倫理を取るのか、非常に難しい所ではある。

 それに天界には、神の加護を与える「システム」を十全に扱えていない事で信徒を取り零したり切り捨てたりする問題だってある。アーシアさんもその被害者の一人と見なす事ができるし、本当なら彼女が教会や天界を恨んだって、ちっともおかしくはなかった。そう考えると、天界や十字教に対して憎悪や怨恨を抱いている奴はけして少なくはない筈だ。

 

 次にアザゼル総督が伝えてきた堕天使達の現状なんだが、これも決していいものじゃない。

 コカビエルの例もある様に、神の子を見張る者(グリゴリ)の中ではやはり穏健派と強硬派の二派が対立している様だ。その傾向もハッキリしている様で、大戦の決着を望む強硬派にはやはり大戦の生き残りである武闘派が大多数である一方、種の存続を最優先する穏健派は技術者タイプの知能派が占めているらしい。因みに、神器(セイクリッド・ギア)に関する議論で一誠と二人だけの世界に入り込んでしまう程に神器研究にのめり込んでいるアザゼル総督は穏健派だ。

 ……おそらくアザゼル総督も解っているんだろうが、これは相当に不味い傾向だと思う。いつか強硬派を穏健派が抑えられなくなるであろう事は、少し考えれば誰の目にも明らかだ。だとすれば、アザゼル総督は思い切った行動に出なければならなくなる。だが、それをやれば堕天使勢力の衰退は必至だ。ひょっとすると、アザゼル総督が二度と戦争をしないと宣言しているのも、それを見越した上での事かもしれない。

 

 そして、俺達が所属する悪魔勢力もけして楽観視できる状況じゃない。

 悪魔は現在、四大魔王の末裔を首領とする反体制派と現魔王を頂く体制派が対立している。また、この体制派の中でも貴族主義や純血主義が蔓延っており、上層部の多くを占めているらしい。その為、本来なら本当の意味での実力主義である開明派と言えるルシファー様達も思い通りに改革を進める事ができないでいる。

 しかも、眷属として転生した悪魔の中には強制的に転生させられた存在も少なくない。そして、強制的に転生させられた悪魔の扱いは総じて良くない。一誠なんか、主が下の者にまで愛情を注ぐ会長とグレモリー先輩だから良かったものの、そうでなければ今頃はとっくに使い潰されて死んでいる筈だ。その意味では、転生悪魔によって勢力を回復し易いだけに一番火種を抱え込んでいるとも言えるし、もし燻っている火に少しでも油を注いでやれば、冥界は一気に戦国乱世になってしまうだろう。そして、その先に待っているのは両派閥の共倒れだ。それを解っているから、ルシファー様達は内部の融和に努めているのだろう。

 

 ……一誠が懸念を持つ訳だ。

 

 今日の早朝鍛錬の時、一誠は俺の神器にドラゴンの血を飲ませる前にこう言った。「おそらく、今日の首脳会談が平穏の内に終わる事はないだろう」と。確かに、今こうして話を聞いた事で俺も解ったんだが、三大勢力の全てが戦争再開の火種を抱えている。しかも、それはけして小さくも少なくもない。だから、もし誰かが世界の現状に不満を持つ者を集めてしまったら、そしてその象徴たり得る存在をトップに据えれば、あっという間に一大反抗勢力が誕生してしまうだろう。

 そして、一誠はおそらくその一大反攻勢力は既に結成され、密かに動いていると確信している筈だ。そうじゃなかったら、一誠にしては拙速と思える様な強化策を俺や祐斗に実行したり、この首脳会談に出席しない皆に()()()()を指示したりはしない。

 

 ……どうやら、世界は相当に危ういバランスの上で成り立っていたらしい。

 

 ただ、こうして俺にでも現状が解るくらいにそれぞれの勢力による意見交換がスムーズに行われているのは、やはり発言権を有したオブザーバーである一誠の存在が大きかった。

 一誠は積極的に発言してはいたが、あくまでオブザーバーとして何処の勢力にも肩入れせず、むしろ見落としている点を指摘したり、意見に不備がある場合はそれを伝えた上で補正案を出したりと、何処の勢力にも利がある「三方よし」の方針で動いていた。だからこそ、ルシファー様はもちろん、所属勢力が異なる筈のアザゼル総督やミカエル様も一誠の意見には素直に耳を傾け、改めるべき所はきっちりと改めている。……はっきり言ってしまおう。今この場において、一誠はあのお三方に何ら見劣りはしておらず、完全に対等だった。

 そこでふと気になって隣を見ると、シトリー眷属はもちろんグレモリー眷属、レイヴェル様も揃って唖然としていた。一誠とは特別に付き合いの長い瑞貴先輩も、今の一誠に対しては少し苦笑いを浮かべている。

 

「元々、一誠はロシウ老師から二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)として必要な帝王学を始めとする英才教育も受けているからね。ある程度は政治経済や軍事といった上に立つ者の知識も修めているとは聞いていたんだけど、まさか熟練の域にまで達していたとは思わなかったから流石に驚いたよ」

 

 後でこの時の事を尋ねた時、瑞貴先輩はこんな風に答えてくれた。どうやら、俺が知っている一誠はまだ氷山の一角だったらしい。

 こうして、情報の共有がある程度進んだ所でグレモリー先輩と会長がルシファー様から呼ばれた。お二人はルシファー様の呼び掛けに応じて立ち上がると、エクスカリバー盗難事件を発端とするコカビエル事件の顛末を報告していく。なお、主な報告者は駒王学園とその周辺の管理者であるグレモリー先輩だったが、学園の敷地の外で起こっていた事については当事者である会長が報告していた。

 お二人が首脳陣にコカビエル事件について報告していく中で、紫藤さんの龍天使(カンヘル)への転生や「聖」と「魔」の力が共存する聖魔剣を創造できる祐斗の和剣鍛造(ソード・フォージ)については、やはりミカエル様もアザゼル総督も驚きを隠せないでいた。特に、和剣鍛造や瑞貴先輩の浄水成聖(アクア・コンセクレート)禁手(バランス・ブレイカー)が常態化した神器である事を聞いた時のアザゼル総督の表情は相当に見物だった。

 ただ一番注目を集めたのは、やはり一誠についてだった。これについては無理もないと、俺は思う。何せ、一誠の抱えていて秘密のほぼ全てが明かされた上に、新たな称号をも得ているのだから。

 

 「聖」と「魔」、そして「龍」の力と特徴を共存させた逸脱者(デヴィエーター)に、エクスカリバーの真なる担い手であり、破壊された愛剣を真聖剣として再誕させた二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)である事が明かされた。そして、これらに加えて今代にして「覇」の力を「和」へと変えた新生赤龍帝の開祖をも兼ね備えており、猛者揃いの歴代赤龍帝が揃って主と頂いた事で一誠は赤龍帝の全てを超えた唯一無二の存在として赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)に即位した。

 

 どれ一つ取ってみても世界を震撼させる事は間違い無いのに、それが立て続けに起こっていたのだ。報告を受ける側にしてみれば、堪ったものではないだろう。

 

「……以上が、私リアス・グレモリーとソーナ・シトリー、並びにこの場にいる者達が関与した事件の報告です」

 

 やがて、グレモリー先輩と会長が報告を終えると、ルシファー様から(ねぎら)いと共に着席を促す言葉を掛けられた。それに従ってお二人が元の席に着席すると、ルシファー様がアザゼル総督への追及を始めた。

 

「さて、アザゼル。私自身、その場に立ち会っていたから解るのだが、こうして改めて聞くと本当に色々な事があった。これを受けて、堕天使総督としての意見が聞きたい」

 

 すると、アザゼル総督は不敵な笑みを浮かべて返答を始めた。……ただ、途中からその表情を苦い物を噛んだ様なものへと変えていく。

 

「今回の件は我々堕天使の中枢組織である神の子を見張る者の幹部を務めていたコカビエルの独断であって、こちらは一切関与していない事は既にそちらに伝えたし、先日改めて送った資料にも書いてある。それに、コカビエルについては組織の軍法会議で判決を下し、氷結地獄の最下層であるコキュートスで永久冷凍の刑を執行した。コカビエルの奴はもう出てこられねぇ。この件に関してはこれで全部だ。これ以上はもう何も出てこねぇよ。……ただな。コカビエルの奴は、大人しくというよりは穏やかな笑みさえ浮かべて永久冷凍刑を受け入れたんだ。おそらく、奴は戦う術を永遠に失った事で生き甲斐までなくしちまったんだろう。お陰でこっちは罰を与える為に永久冷凍刑を下したのに、かえってこれ以上生き恥を晒さない様に温情を掛けた形になっちまったんだよ。これなら、イッセー曰く「自分から売った喧嘩で敗れた負け犬としての無様な生」を全うさせる為、何処かの僻地に幽閉した方が余程罰になったかもな」

 

 地獄の最下層での永久冷凍刑を笑みさえ浮かべて受け入れたって、コカビエルは一体どれだけ絶望していたんだ? はっきり言って、まだ悪魔に成り立ての俺には実感なんて全く湧いてこないし、理解なんてできる筈もない。だが、ミカエル様は違った様だ。コカビエルの心境に理解を示している。

 

「確かに、光力を扱えなくなるという事は我々天使にとって死活問題なので、ともすれば存在意義を喪失する事にもなりかねません。もしそうなってしまえば、如何に私とて絶望に耐えられずに「堕ちて」しまうでしょう。それは既に「堕ちている」貴方達もまた同様ではありませんか、アザゼル?」

 

 ミカエル様がそう問い掛けると、アザゼル総督はそれを肯定した上で自陣営の内情を明かし始めた。

 

「あぁ、そうだな。しかも、イッセーの真聖剣にはあらゆる光を支配・操作する光輝(ライトブリング)なんて、俺達にとっては天敵以外の何物でもない能力もある。だから、最初はそれこそ神の子を見張る者の総力を結集してイッセーを何としても排除するべしって意見が相次いで飛び出してきたんだ。それには血の気の多い強硬派だけでなく、俺と志を同じくしている筈のシェムハザさえも同意しそうになっちまってな。そうなったら戦争の再開が避けられねぇから、俺が総督権限を持ち出して抑え込んだ上で、最終的な判断は俺が一度直に会って決める事で強引に納得させたんだよ」

 

 ……何だよ、それ。

 

 俺は、実は戦争再開一歩手前だったという堕天使側の内情に驚きを隠せないでいた。これを聞いたミカエル様は深い溜息を吐くと、アザゼル総督と同様に自陣営の内情を話し始める。

 

「そちらもですか。こちらは更に深刻です。兵藤君に関する報告の内、二代目騎士王に関するものが天界に対して隠蔽されていたのですから。おそらくは、我々の気付かない内に兵藤君を亡き者とし、真聖剣として再誕したエクスカリバーを密かに回収する為でしょう。……シモン・トンヌラと言いましたね? 正直に答えて下さい。兵藤君に対して、今日までに何人の刺客が何回来ましたか?」

 

 ……何だって?

 

 俺は今度こそ自分の耳を疑った。三大勢力の首脳会談が間近だったこの時期に、けしてあってはならない事態だからだ。……だが、現実は非情だった。

 尋ねられたトンヌラさんは、まず一誠に視線を向ける。すると、一誠は後ろに立っているトンヌラさんの方に体を捻ると軽く頷いた。次にルシファー様に視線を向けると、ルシファー様も軽く頷いた。これらのやり取りを終えたトンヌラさんは、信じられない事実を口にし始める。

 

「旦那と魔王さんの許可が出たから答えるが、五回だ。刺客の数は累計で六十はいっているんじゃないか? 尤も、俺が水際で秘密裏に全て潰したから、今ここにいる学園の関係者でそれを察していたのは標的だった旦那以外には神父の息子さんだけだがな。因みに、現時点で一番新しいのは三日前。旦那の家にそこのお嬢さん方の家族が集まった時だな。この時はざっと二十人はいた。どいつもこいつも眼の色を変えて、旦那の家に向かっていたぜ。あぁ、それとな。その中に三人、特に腕の立つ奴がいたんだが、旦那とそこの神父さんとその息子さん、それに旦那の妹さんのお付きの騎士ならともかく、ユートにゲン、セタンタ、それと旦那の飼っている銀って犬でやっと五分ってところだった。後は、お嬢さん方には悪いが少々荷が重かったと思うぜ」

 

 この事実を耳にした瞬間、俺は自分の不甲斐なさに怒りと悔しさを覚え、拳を強く握り締めた。力を余りに込め過ぎたのか、掌の皮膚が裂けて痛みを感じたが悔しさはむしろ増すばかり。

 ……親友(ダチ)が何度も命の危険に晒されていたのに、それに全く気付けなかった。俺は一誠や歴代赤龍帝の方達に鍛えられた事で少しは強くなったと思っていたが、どうやら自惚れも良い所だったらしい。

 すると、自分達の事を侮られたと思ったのだろう。グレモリー先輩がトンヌラさんに対して抗議していた。

 

「シモン。確かに、貴方が私達では相手にもならないくらいに強いのは認めるわ。でも、流石に今のは聞き逃せないわよ」

 

 ふと気が付くと、実際に言葉に出したのはグレモリー先輩というだけで、皆同じ様な表情を浮かべていた。しかし、それもトンヌラさんの説明を聞くまでだった。

 

「済まねぇな。少々言葉が足りなかったか。確かに、単純な強さで言えばお嬢さん方の中でも旦那の嫁さんや旦那のご主人様二人、そして旦那のお付きのお嬢さんなら問題なく勝てる。ただな、これは旦那達以外は全員に言える事なんだが、本物の暗殺者とやり合った経験が殆どねぇ筈だ。それじゃ勝負にならねぇよ。何せ、本物の暗殺者ってのは一度()ると決めたら、どんな手段を使っても必ずやり遂げようとするモンだ。しかも襲撃の時期・場所・方法の全てを狙う側が自由に選べる以上、狙われる側は基本的に後手に回っちまう。だから、これにもし対抗しようとするなら、敵をなぎ倒す強さはもちろんだが、仕掛けられた手段に即時対処できる賢さも必要不可欠になってくるんだ。だが、この賢さってのは命のやり取りを含めた「生きた経験」って奴を何度も積み重ねないと、どれだけ頭が良くても中々身に付かないモンでね。それで、ユート達については力量差が大きいからゴリ押しでも何とかいけるってだけで、ゴリ押しが効く程の差がないお嬢さん方については荷が重いって言ったのさ」

 

 ……命懸けの修羅場を踏んだ数が少ない故の経験不足。結局は、この一点に尽きた。会長もそれで納得した様で、トンヌラさんの言葉を素直に受け入れる。

 

「生きた経験、ですか。そう言われてしまうと、確かに私達には絶対的に不足している要素ですから、反論の余地が無くなってしまいますね」

 

 そして、グレモリー先輩についてはもう一歩踏み込んだ事を考えていた。

 

「この際、私達で不服ならイッセーを雇い主としてでも、シモンと専属契約を交わす方向で話を進めた方が良さそうね。もちろん最終的には自分達だけで対処できる様にはするつもりだけど、経験豊富な専門家が味方にいるのといないのとでは全然違うもの。まして、契約が満了になってフリーになったシモンが敵対勢力に雇われた時の事を考えたら……」

 

 ……敵に回すと厄介なら、味方にすればいい。それに、トンヌラさんの為人を思えばきっと心強い味方になってくれる筈なので、グレモリー先輩の考えはけして間違ってはいない。

 そんな風に考えていると、ミカエル様がトンヌラさんに感謝の言葉を伝えてきた。

 

「お教え頂き、有難うございました。……やはり、天界と教会との間には少なからず認識のズレがある様です。これを何とかしなければ、より深刻な事態になりかねません」

 

 そう言ったミカエル様の表情にはかなり苦いものが含まれている。一方、天界と堕天使勢力の内情を知らされたルシファー様は深い溜息を吐いて、こんな事を口にした。

 

「……危ない所だったな。正にコカビエルの言った通りの事態になっていた訳か」

 

― 異端極まる貴様を切っ掛けにして、止まっていた戦争が再開される! ―

 

 確かに、コカビエルが言った通りだった。それを補足する様に、コカビエルをよく知るアザゼル総督はその戦略眼について話し始める。

 

「コカビエルはあぁ見えて、戦略眼についてはかなりの物を持っているからな。奴がもし自分の名を一切出さずに裏方に徹していたら、対処はかなり難しかっただろう。突撃志向の強い奴で本当に助かったぜ」

 

 戦略眼はあるのに突撃志向が強い、ねぇ……。

 

 俺はそこで思わずグレモリー先輩の方を見てしまった。そして、そのグレモリー先輩と視線が合ってしまった。

 

「ねぇ、匙君。どうして、そこで私を見ているのかしら?」

 

 そう問いかけて来るグレモリー先輩の顔は、かなり怖かった。

 

「……スイマセンでした」

 

 だから、俺は素直に謝る事しかできなかった。この時の俺とグレモリー先輩のやり取りに少しだけ笑いが起こった事で、戦争再開に傾きかけていた天界と堕天使勢力の内情を聞かされてズンと重くなっていた雰囲気が少しだけ軽くなったのは、きっと怪我の功名と言うべきなんだろうな。

 そうして雰囲気が再び落ち着いた所で、アザゼル総督がついに本題を切り出して来た。

 

「さて。こうしてお互いに意見を出した所で、そろそろ本題に入ろうか。まずは、さっさと和平を結ぼうぜ。例の件について話すには、そっちを先に片付けないと話にならねぇだろう」

 

 ……白状すると、俺は完全に度肝を抜かれた。まさか、探りや駆け引きを一切せずにいきなり和平を切り出してくるとは、流石に思っていなかった。それは他の皆も同じだったらしく、一様に驚愕の表情を浮かべている。その表情から皆の意思を読み取ると、きっと「まさかお前から?」だろう。ミカエル様も少々困惑気味にアザゼル総督の意見を受け入れた。

 

「そうですね。こちらもそれは望む所ですから、特に異論はありません。……しかし、まさか貴方から話を切り出すとは思いませんでしたよ。アザゼル」

 

 ミカエル様からこう言われたアザゼル総督は、不敵な笑みを浮かべながら駆け引きなど一切抜きでいきなり和平を切り出した意図を説明し始める。

 

「どうせ俺の信用はこの中では最低だろうし、お前達も俺を警戒して中々話を切り出さねぇだろ? だったら、まずは俺が切り出す事で話をスムーズに進められるし、俺の信用も多少は上方修正されるって訳だ。……だが、それだけじゃねぇ。たぶんミカエルも同じ事を考えているんだろうが、これは好機だ。俺達は戦争が終わった後も小競り合いを続けながら互いに警戒する一方で、振り上げ続けた拳をどうにかして下ろす事のできる機会を伺っていた。だが、そんな機会はこの千年の間にとうとう一度もやって来なかった」

 

 ここ最近までの堕天使勢力の実情を明かすと、アザゼル総督はここで一誠の方へと視線を向けた。そして口元に笑みを浮かべながら話を再開する。

 

「それがつい最近になって、振り上げ続けた拳をただ下ろすだけでなく、下ろした拳を開いて握手を交わし、更には一緒に肩を組んで歩いていこうなんて言い出す奴が現れた。そんなの無理だって言おうにも、ソイツの存在そのものがその可能性を見事に証明している。だったら、もう認めちまうしかねぇだろ? 天界と冥界の和平とそれに伴う天使と悪魔の共存共栄。即ち、聖魔和合は神と魔王が世界から去った今なら、十分に実現可能だって事をな」

 

 アザゼル総督は和平の可能性を切り開いたのが一誠であると断言すると、視線の向きを一誠からミカエル様の方に変えた。

 

「……しかし、ミカエル。言葉を返す様だが、お前もまた随分とすんなり俺の「和平」って言葉を受け入れられたな? 正直な話、お前からは痛くもない腹を徹底的に探られる覚悟をしていたんだがな」

 

 アザゼル総督の問いかけに対して、ミカエル様は自らが読み取ったというここ数十年の堕天使勢力の行動の意図について語り始める。

 

「兵藤君ですよ。私達が和平を結ぶ際の懸念事項について私に尋ねてきた彼のお陰で、貴方達のここ数十年の間に行って来た神器に関する積極的な行動の真意を察する事ができました。貴方は単に趣味が高じただけでなく、いざという時の為に備えていたのだと。兵藤君の言葉を借りれば、戦争という大火の残り火に油を注がれるか、あるいは一つに集められる事で全てを焼き尽くす燎原の火へと仕立て上げられた時の為にね」

 

 ……これはまた、一誠も随分と婉曲した表現を用いているな。それだけ、周りに知らせる訳にはいかない事だったんだろう。俺はそう思ったんだけど、どうやらアザゼル総督も同じだった様で堕天使達が見出した事についての説明を始めた。

 

「成る程な。周りにそれと気づかれない様なその言い回しが、何ともイッセーらしいぜ。なら、それに合わせる形で俺も話してやるか。……確かにお前の言う通り、俺は燎原の火が密かに仕立て上げられつつあるのに気付いたんだが、火元になっているのがとんでもない大物だったんでな。こっちからは下手に手を出せなかったんだよ。それで飛んで火にいる夏の虫にならない様に気をつけて、小さな残り火をコソコソ拾い集めている所を見つける所から始めて、少しずつ残り火の集まりについて調べていきながら、もしもの時に備えていたのさ」

 

 この説明を聞き終えた所で、ルシファー様がアザゼル総督に確認を取る。

 

「その分では、私達の所にあった残り火もまた拾い集められている様だな。アザゼル」

 

 このルシファー様の問い掛けに対し、アザゼル総督は肯定した上で現在の様子を伝えてきた。

 

「あぁ。それで寄せ集められてデカくなった残り火の集まりが、火元から外へと燃え広がる様相を呈してきた。だから、もう駆け引きとかそんな事を言っていられる状況じゃなくなったって訳だ。その意味でも、例の件は好都合だ」

 

 ……例の件?

 

 先程から出て来ているこの言葉がどうしても気になる。すると、ルシファー様がその「例の件」についてミカエル様とアザゼル総督に確認を取ってきた。

 

「では、以前申し入れたあの件については」

 

「あぁ。俺達神の子を見張る者は承諾する。ミカエル、そっちは?」

 

「正直な所、昨日までは悩んでいました。ですが、今となっては断る理由など何処にもありません。天界も、そちらの申し入れを受け入れます」

 

 こうしてお二人が揃って「例の件」について承諾すると、ルシファー様は安堵の表情を浮かべる。

 

「では、決まりだな」

 

「あぁ。これから楽しくなりそうだぜ」

 

「私もですよ」

 

 まるで三大勢力にとってこの上なく好ましい事が決定したかの様に喜びを露わにするお三方なんだが、お三方とレヴィアタン様以外は誰も話についていけていなかった。それを見た一誠が、俺達を代表する形でルシファー様に質問する。

 

「あの、サーゼクス様。話が見えてこないのですが」

 

 すると、ルシファー様が「例の件」に関する説明を始めた。

 

「あぁ。実は以前から二人にはある事を申し入れていたんだが、それがたった今、承諾されたんだ。三大勢力の友好の懸け橋として、君を三大勢力共通の親善大使とする事をね」

 

「えっ?」

 

 余りに大き過ぎる事柄を初めて聞かされた事で、普段は冷静に物事を受け止められる一誠としては珍しく戸惑いの色を隠せないでいた。

 ……おいおい、一誠。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)とお前自身がパワーアップした事といい、この件といい、お前は一体何処まで大きくなるつもりなんだよ?

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

なお、今回の話で丁度百話目となります。
……本当に長かった。

では、また次の話でお会いしましょう。

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