赤き覇を超えて   作:h995

1 / 125
お初にお目にかかります。
数々の作品に触れ、試しに投稿してみる事にしてみました。
拙い所も多いでしょうが、暫しのお付き合いをお願い致します。

追記
2018.11.11 修正


プロローグ 
前編 赤き龍の帝


 ……望むものは二つの才能。対話の才と発見の才。

 

「貴方の望みをお言いなさい。その望みを叶えましょう」

 

 その問いかけに対して僕がこう返事した時、茨の冠を冠って白いローブを纏った人は酷く驚いていた。僕と同じ立場に立たされた人達に同じ様に問いかければ、返ってくる答えはゲームや漫画といった創作物に出てくる「凄い」能力ばかりだったそうだ。でも、僕の望みはそのような特別なモノから酷くかけ離れた、言ってみればささやかなものだった。それらを望んだ理由を尋ねられたから、僕は正直に答えた。

 別に大した事ではない。僕は人と話をするのが余りに下手くそで、中々自分の想いや考えを正確に伝えられず、そのせいで友達を作ることができなかった。だから、せめて人と話をして分かりあえるようになりたくて「対話の才」を望んだ。それに、僕の夢は研究者でそれは今でも変わらないから、人の役に立つ発見をしたくて「発見の才」を望んだ。そして僕の来世となる人には、その二つの才能を活用して「知り合った人達と理解し合い、共に笑い合いながら幸せになっていく人生」を、それができなかった僕の代わりに生きて欲しい。……ただ、それだけのことだった。

 あの人は僕の答えを聞いてからしばらく言葉を失っていたが、やがて笑い出した。

 

「ここに呼ばれた人間で、ここまで妄執のない善良な人間は貴方が初めてです」

 

 そうしてしばらく笑った後、あの人は上機嫌でこう言った。

 

「その望みを叶えましょう」

 

 その言葉が聞こえるとともに、僕は激しい閃光を全身に浴びてそのまま意識を失った。

 

「其方の世界に宿る、大いなる意思よ。どうかこの善良なる御子の来世に、大いなる幸をお与え下さい……」

 

 そのような言葉を贈られたことにも気づくことなく。

 

 

 

 僕が全てを思い出したのは、五歳の時。

 

 近所の教会に住んでいた子と公園で遊んでいた時に、今となっては珍しいジャングルジムから転落し、頭を強打したことが切っ掛けになったみたいだ。因みに、これが原因で僕は三日間意識不明、しかも一時は心肺停止に陥る程の重体にまで陥った事で、やはり危険だという事でジャングルジムの撤去が決まったらしい。

 病室のベッドの上で意識を取り戻してから、忘れていた前世の記憶が戻ったことを自覚した時、正直言って困惑した。五歳児に突然二十代後半の成人男性の記憶を植えつけられても、そもそもどう対処したらいいかわからなかったし、前世の記憶など覚えていていいものじゃない。それは、前世の記憶に引っ張られる事でその時までの自己を失い、前の人生の続きを、人生のやり直しを、などと考えてしまうからだ。

 僕自身、来世では夢を叶えて欲しいとは思ったけど、それはあくまで生まれ変わった「ボク」としてだ。だけど、今の状態は新しく生まれてここまで思い出を積み上げてきた「ボク」を殺す事になるんじゃないか。それなら何とかして前世の記憶を消して、「僕」は「ボク」に戻らなきゃいけない。僕はそう思い、何とかその手立てがないかを考えた。

 尤も、普通の五歳児がこんな複雑怪奇な事を考えたりなんてできる筈もなく、この時点で既に致命的なまでに精神が前世の記憶に引っ張られている事に、この時の僕は気づいていなかった。

 結局、僕は付き添っていた母に頼んで父に病室まで来てもらい、そこで二人に自分には前世の記憶がある事を伝えた。僕が死んだのは、工学博士号の修得が決まってからアメリカの小さな研究所に任期付きで採用された直後だった。だから、その証拠として日本在住の五歳児では到底扱えない筈の英語を学術用語込みで話してみせた。僕が通った大学院で博士号を取るには英文の論文を何本か書いた上に学術雑誌に受理・掲載される必要があり、その過程においてTOEICで800点以上取れるようになっていたからだ。我が家は英語との接点が全くと言っても良い程なかった事で、両親は僕の言う事を信じてくれた。その際、前世の記憶が戻る前に比べて心が大きく変わってしまっていて、もはや「ボク」ではなくなってしまっている事も伝えた。

 しかし、両親は「僕」の事を受け入れてくれた。たとえ前世の記憶のせいで心が大きく変化したとしても、自分達の息子に変わりはないと。

 その言葉を聞いた僕は嬉しさの余り、その場で両親に抱き着いて号泣してしまった。この辺りが五歳児としての本来の感性であり、受け継いだのはあくまで記憶だけである何よりの証なのだろう。その事実に、僕は少しだけ安堵した。

 

 

 

 そして、その日の夜。眠っていた僕は夢の中で一頭のドラゴンと対面していた。

 まるで血の様に暗く赤い鱗。姿形は翼を持った西洋型の竜で20 m近くはあろう体躯を持つ彼の名は、ドライグ。二天竜と呼ばれる二匹の龍の片割れで、ウェールズ地方の伝承に出てくる赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)本人だった。だけど、流石にこの様な幼い子供の時点で会話できるとは思っていなかったみたいで、ドライグはかなり気を使って説明してきた。

 何でも、冥界に住まう悪魔と堕天使、そして天界に住まう天使との三大勢力が戦争していた時代、二天龍のもう片割れである白い龍(バニシング・ドラゴン)と喧嘩をしている最中にその三つ巴の戦場に乱入してしまったらしい。そこで喧嘩を一時中断して場所を変えればいいのに、三大勢力を巻き添えにしながら喧嘩を続行して戦場を混乱させたから、三大勢力が一時休戦して二天龍討伐を優先、結果的に一致団結してこれを成し遂げた。尤も、この二天龍討伐によって三大勢力は極めて甚大な損害を被ってしまったみたいで、そのまま戦争自体は継続したみたいだけど、その甚大な被害故に最前線に立たざるを得なくなった上層部が次々と戦死する遠因になったらしい。悪魔勢力はそれが特に深刻で、トップである四大魔王はこの三つ巴の戦争の最終局面で全員戦死したとの事だった。その為、各勢力とも戦力回復に努める必要性が出てきた事で自然と停戦となり、今も時折小競り合いはあるけど冷戦状態が継続しているとの事。

 一方、ある意味で停戦の立役者ともいえる二天龍は、聖書の神の手によってその魂を神器(セイクリッド・ギア)なるものに封印されてしまった。神器とは、要するに日常では起こり得ない超常現象を起こす道具みたいな物で、人間またはその血を引く者のみに宿る物らしい。上等な物になると神の奇跡といえるほどの強大な能力を持つ物もあり、特に神滅具(ロンギヌス)と呼ばれているらしい。そして、僕は神滅具の1つでドライグの魂が封印されている赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を宿しており、そのことから赤い龍を宿す者、赤龍帝と呼ばれる存在だと言われた。

 ここまでの話を聞いた僕は、神器の能力について尋ねた。前世の記憶に影響を受けたのか、未知への探求心が前世と同じ様に頭を擡げて来たのだ。

 ドライグは僕が積極的である事に気を良くしたのか、神器の能力について説明し始めた。赤龍帝の籠手には十秒毎に力を倍加する能力があり、使い様によっては神すら滅ぼしうる力があるという。ここで倍加するのは自分の力だけなのかと尋ねると、成長すれば他の対象に接触する事で倍加した力を譲渡して強化する事ができるとの事。ドライグは少し勘違いしていた様なので、僕は倍加の対象になるのは自分の力だけで例えば火の勢いや重力等を直接倍加できないのかを改めて確認したら、今まで誰も試した者がいないので可能かどうかは解らないという事だった。

 僕はそれを聞いた時、どうやら神器とは封印されている当人にも詳細が解らないほど特殊な物なのだと思った。そこまで確認した所で、ドライグは赤龍帝が背負う事になる宿命について説明を始めた。

 赤龍帝には宿敵である白い龍の魂が封印された神滅具の一つである白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)を宿す者、白龍皇との戦いが宿命づけられている。これまでも何人もの赤龍帝が白龍皇と戦い、時には勝利し時には敗北したという。しかし、赤龍帝の籠手が今回宿ったのは、僕の様に際立った才能が特に見当たらない平凡な子供だ。白龍皇と戦える程に力をつけるには相当の時間がかかるから、今の内から神器の力に慣れておいた方がいい。ドライグはそう締め括った。

 全ての話を聞き終えた僕が、ドライグに頼んだ事。それは、歴代の赤龍帝と話をする事だった。ドライグからは怨念に支配された残留思念に過ぎないという事で思い留まる様に説得されたけど、無理を言って会わせてもらう事にした。そして案内された先にいたのは、長いテーブルに座った老若男女、色々な人種の人達だった。

 ……彼等に共通しているのは一つ。その表情には生気というものが全くなく、暗い感情しか感じられなかった。

 

『小僧、これで解っただろう。奴等には自我というものがないし、そもそも貴様がここに来るのは余りにも早過ぎるという事が。これ以上ここにいると、奴等の怨念に呑み込まれるぞ』

 

 ドライグはそう言って、直ぐに戻る様に促して来た。しかし、僕にはどうしても腑に落ちない点があった。

 

 ……何かが足りない様な気がしたのだ。

 

 その違和感を払拭する為に僕は何度かテーブルの周りを見回し、そして気付いた。早速、ドライグに確認を取ってみる。

 

「ねぇ、ドライグ」

 

『何だ、小僧?』

 

 ドライグが面倒臭そうに返事をすると、僕は気付いた事をそのままドライグにぶつけてみた。

 

「この長いテーブルの形なら、当然全ての席に誰かが座っている筈だよね? でも、玉座に一番近い上座の所の席には、誰も座っていないよ。玉座が歴代最強の赤龍帝の席だとしてその次に偉い筈の、多分初代の赤龍帝だと思うけど、その人は一体何処にいるの?」

 

 ……そう。玉座に最も近い場所が空席になっていたのだ。仮に強さの序列で並んでいるのだとしても、向かい側にはちゃんと座っている者がいるのだから、あそこだけ誰も座っていないのはやはりおかしい。

 すると、ドライグが意外な事を言い出した。

 

『……小僧、貴様が初めてだ。この場に満ちた怨念に惑わされること無く、アイツの事に気付いたのは』

 

 そう言ったドライグの声には、感嘆の色が含まれていた。

 

「ドライグ?」

 

 僕が思わず聞き返そうとすると、ドライグは更に驚くべき事を言い出した。

 

『もしかすると、貴様にならアイツを救えるかもしれん。世界で初めて赤龍帝の力を宿したが故に嬲り殺しにされた、はじまりの赤龍帝を』

 

 

 

 はじまりの赤龍帝に会わせるという事で、ドライグの背に乗って案内された先。赤龍帝の籠手の最深部だというその場所にいたのは、一人の小さな女の子だった。僕より年上で十歳くらいの女の子は膝を抱えて、顔をうつ伏せたまま啜り泣いていた。

 

「どうしたの、お姉ちゃん?」

 

 それを見た僕は女の子に声を掛けた。でも、ドライグはそんな僕の行動に慌てて止めようとする。

 

『小僧、いきなり話し掛けるな! 奴の』

 

 そんなドライグの声を遮るように、女の子は僕の問い掛けに答えてくれた。

 

「……誰もわたしと遊んでくれないの。皆、わたしが嫌いみたいで、あっちへ行け、あっちへ行けって。だから、とても寂しいの」

 

『怨念に呑み込まれるぞ! ……馬鹿な! アリスが俺以外の存在からの呼び掛けに応じただと!』

 

 言葉を遮られたドライグは、自分の言葉を遮られた事を怒るどころか、女の子が返事を返した事に酷く驚いているけど、そんなにおかしなことなのだろうか? 僕は疑問に思ったけど、今はこの女の子が先だった。はじまりの赤龍帝の事は気になるけど、まずはこの子を笑顔にしないと。そう思った僕は、まず一緒に遊ぶ事にした。

 

「そっか。だったら、僕と一緒に遊ぼうよ。ねっ?」

 

 僕の遊びの誘いを受けた女の子は、顔を上げると僕に確認を取ってきた。

 

「……いいの?」

 

 ……凄く綺麗な女の子だった。一瞬見惚れてしまった僕は、気を取り直して女の子に話しかける。

 

「もちろん! それじゃあお姉ちゃん、何して遊ぼうか?」

 

 僕が何をして遊びたいかを訊くと、女の子は少し悩んだ後で希望を伝えてきた。

 

「じゃあ、追いかけっこ」

 

 女の子の希望を聞き出した僕は、早速誘いを掛けた。

 

「うん。それじゃ早速、始めようか?」

 

 すると女の子は、とびっきりの笑顔で応えてくれた。

 

「うん!」

 

 そして、僕達は全力で遊び始めた。……はじまりの赤龍帝に会うという当初の目的は、僕の頭の中から完全に消えていた。だから、僕達に置いてけぼりにされた格好のドライグがこんな事を言っていたなんて、この時の僕は全然知らなかった。

 

『信じられん。あれ程この世の全てを憎み、心を完全に閉ざした怨念の塊であるアリスが、たったあれだけの事で小僧に心を開いたというのか? ……小僧。貴様は一体何者だ?』

 

 

 

 追いかけっこに始まり、精神世界故の想像性から辺り一面花畑にして花かんむりを作ってあげたり、トランプを取り出してババ抜きをしたり、前世で覚えていた歌を色々歌ったり。そうやって数時間遊び倒しただろうか。

 

「あぁ、楽しかった」

 

 女の子はすっかり笑顔になっていた。だから、僕も安心して笑顔で話しかける。

 

「良かった。すっかり笑顔になったね、お姉ちゃん」

 

 僕がそう呼びかけると、女の子は笑顔で受け答えをする。

 

「うん。こんなに楽しかったの、わたし初めて。……ねぇ、お名前は? わたしはアリスよ」

 

 僕に名前を聞いて来た後、女の子は笑顔でアリスと名乗ってきたから、僕はアリス、いやアリスお姉ちゃんに名前を教えてあげた。

 

「僕は一誠。兵藤一誠だよ、アリスお姉ちゃん。もし言いにくかったら、イッセーでもいいよ?」

 

 すると、アリスお姉ちゃんはお礼を言い始めた。でも、それは僕が一緒に遊んだ事だけじゃなかった。

 

「……ありがとう、イッセー。わたしに会いに来てくれて。そして、一緒に遊んでくれて。わたし、イッセーが初めてなんだよ? 生まれて初めてわたしの事を見てくれて、わたしと一緒に遊んでくれたのは」

 

 その表情は、十歳程の女の子がするには余りにも大人びていた。

 

「アリスお姉ちゃん?」

 

 僕は余りの変わり様に困惑を隠せないでいた。そんな僕を見たアリスお姉ちゃんは、気が付いたら僕の側に立っていたドライグに向かって話しかけていた。まるで、長年付き合ってきた友人の様に。

 

「ドライグ、イッセーを連れて来てくれてありがとう。まさか、わたしの怨念がこんなにあっさりと祓われるとは思わなかったわ」

 

 アリスお姉ちゃんがそう言うと、ドライグは呆れ返った様子で言葉を返す。

 

『驚いているのはこっちだ。確かに、小僧にはある程度は期待していた。しかし、アリスとは話をするだけでも相当に時間がかかると思っていた。それがいざ連れて来てみれば、このザマだ』

 

 そんなドライグの言葉に対して、アリスお姉ちゃんは完全に同意していた。

 

「そうよねぇ。今まで千年以上に渡って、世界の全てを恨み続けて来たわたしが馬鹿みたい。……でも、これで良かったのよ。いつまでもこんな所に引き籠っていられないわ。イッセーが今代の赤龍帝なら尚更ね」

 

 アリスお姉ちゃんが何かを決意した事を伝えると、ドライグはそれに納得していた。

 

『……そうだな』

 

 二人の言っている事の意味が全く解らず、会話から完全に取り残されてしまった僕は、傍から見ればポカンと口を開けた間抜け面を晒していた事だろう。

 

「あぁ。ゴメンね、イッセー。話について行けなかったのね? それじゃ、改めて自己紹介しましょうか」

 

 僕が話について行けない事に気付いたアリスお姉ちゃんは、仕切り直しをした後で改めて自己紹介を始めた。

 

「わたしはアリス。世界で最初にドライグの魂と力を宿した人間よ。……尤も、ドライグの力を使う前に天使と悪魔に殺されちゃって、わたしの次に宿した屈強な騎士が俗に初代赤龍帝って、呼ばれているみたいだけどね」

 

 ……アリスお姉ちゃんが、僕が会いに来た「はじまり」の赤龍帝だった。

 余りに意外過ぎる事実に僕が固まっていると、ドライグが僕に問いかけてきた。

 

『小僧、訊きたいことがある』

 

 ……訊きたいことはわかっている。

 

「僕の事だね?」

 

 僕がそう確認すると、ドライグは頷きと共に返事をした。

 

『ああ』

 

 ドライグはここに僕を連れて来る前、これから会わせる存在は怨念の塊とも言える存在であり、下手に接触すると直ぐにでも怨念に呑まれて心が殺されると注意していた。しかし、実際はそんな事は全くお構いなしに僕がアリスお姉ちゃんに無造作に話しかけて、気が付いたらアリスお姉ちゃんの怨念がスッカリ祓われてしまった。

 ……確かにこの様な状況になれば、誰だって僕の事を訝しむだろう。でも、それらを説明するには、まず僕の事を話す必要がある。

 

「ドライグ、アリスお姉ちゃん。まずは話を最後まで聞いて欲しいんだ。ちょっと信じられないだろうけど、僕には前世の記憶がある。しかも、たぶんこの世界とは限りなく近く、限りなく遠い世界の記憶が」

 

 そう前置きしてから、僕は前世の記憶に引っ張られて精神年齢が見た目と異なっている事と生まれ変わる前にあった出来事を話していった。

 

 

 

 僕の話を聞き終えたドライグは、それでも納得がいかずに首を傾げていた。

 

『しかし、解せん。その茨の冠を冠っていた存在から、何かを見つけやすくする才能と他人に誤解される事無く対話する才能を与えられたと言ったな。確かに、歴代赤龍帝の残留思念が集う場所で怨念に惑わされる事無く、アリスの席が空席になっていたのに気付いたのは、間違いなくその影響だろう。だが、アリスの怨念を祓う事とは何ら関係ないと思うのだがな』

 

 ……確かに、ドライグの言う通りだ。アリスお姉ちゃんの存在に気づけたのは「発見の才」のお陰だろう。でも、それではおよそ千年に渡って蓄積されてきたアリスお姉ちゃんの怨念を祓う事ができた事については、まるで説明がつかない。

 そうして頭を捻っていると、アリスお姉ちゃんが僕が声を掛けた時の事を話し始めた。

 

「実はね、イッセーがわたしに呼び掛けた時、わたしの心にイッセーの優しい気持ちが直接伝わってきたの。でも、それだけじゃないわ。イッセーがわたしに声をかけようとした瞬間、わたしの中に溜まっていた恨みとか憎しみとかが全部消えちゃっていたの」

 

 アリスお姉ちゃんから話を聞いた僕は、自分がやってしまった事が酷く恐ろしくなった。

 

 何なんだ、それは。そんな事が本当にあり得るのか? それではまるで、僕がアリスお姉ちゃんに精神操作を仕掛けたみたいじゃないか。

 

 ……その瞬間、僕は「対話の才」がどういったものなのかを理解してしまった。

 

「まさか、「対話の才」とは自分の意志を相手に誤解無く伝えられる話術の才能じゃなくて、自分の意志を相手に直接伝えるテレパシーの様な才能の事なのか? そしてその副産物として、相手がどんな精神状態であっても、伝えられた意志を理解できる状態に無理矢理変化させてしまうのか?」

 

 だとしたら、僕は見当違いも良い所の才能、というよりもはや異能をあの人に望んだ事になる。僕はあくまで言葉を以て他の人と解り合いたかったのであり、異能を以て解り合いたかったわけじゃない。まして、相手の心を弄ってまで「対話」したいわけでもない。

 僕は誤解とはいえ自分が望んで手に入れてしまった異能に対して、強い後悔の念に襲われた。後悔の余りに自ら抱え込んでしまった僕の頭をそっと撫でてくれたのは、アリスお姉ちゃんだった。

 

「……イッセー、駄目よ。そんなことしちゃ。確か「対話の才」だったかしら? イッセーが持っているその力のお陰で、わたしは千年もの間ずっと囚われ続けた怨念から解放されたんだから」

 

 そうして僕の頭を撫でるのを止めると、アリスお姉ちゃんは笑顔で僕と目を合わせてきた。

 

「だから、もう一度だけ言わせて欲しいの。……恨んで憎む事しかなかったわたしに暖かい優しさを与えてくれて、本当にありがとう」

 

 そうして掛けられたアリスお姉ちゃんからの感謝の言葉に、僕は心から救われた様な気がした。だから、与えられた才能をどう扱っていくか、その為の決意を新たにしてアリスお姉ちゃんに伝える。

 

「解ったよ、アリスお姉ちゃん。僕はもう迷わない。結局のところ、自分で望んだ「対話の才」と「発見の才」なんだ。だから、絶対に間違った使い方はしないよ。

 

 ここで話を変えて、アリスお姉ちゃんに怨念が祓われた事による変化を尋ねた。

 

「ところで、アリスお姉ちゃん。お姉ちゃんの怨念が祓われたということだけど、それで何かが変わるの?」

 

 すると、アリスお姉ちゃんからとんでもない答えが返ってきた。

 

「たぶん、わたしの怨念に呑み込まれていた歴代の赤龍帝の残留思念が、全員自我を取り戻しているんじゃないかしら? それどころか、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)の危険性も大幅に減っている筈よ。……って、流石にこれはまだ早いわね。禁手(バランス・ブレイカー)すらまだなのに。でも良かったわね、イッセー。これで赤龍帝であるイッセーにとって、史上最高の指導体制が出来上がったわ」

 

 どうやら、状況は想像以上に好転したらしかった。だったら、後は僕が頑張る番だ。

 ……怖い思いは確かにある。正直な所、僕に戦いができるなんて、今でも思っていない。でも、僕の目の前に幾つもの困難が立ちはだかっていて、それを避ける事は不可能だと解り切っている状態で逃げ出す様な事はしたくない。前世の僕が博士号を取った時もそうだった。想定通りの結果が得られずに失敗して、どうしてそうなったのかを考えてから再度挑戦する。そして、それを諦める事無く何度も繰り返す。研究とはそういうものだって前世の僕は思っていたし、前世の記憶の影響を受けた今の僕もそう思っている。

 だったら、その赤龍帝として定められた様々な困難もまた同じ様に乗り越えていけばいい。

 ……結局のところ、僕は根っからの「挑戦者」なのだ。

 

「ありがとう、アリスお姉ちゃん。僕、一生懸命頑張るよ!」

 

 自分の本質を改めて自覚して気合を入れ直した僕は、ただ真っ直ぐに未来だけを見据えていた。

 

 

 

Postscript

 

 やがて目が覚めた事で一誠の精神が神器から帰った後、アリスとドライグとの間にこの様なやりとりがあったという。

 

「イッセー。あぁ、イッセー! わたしに体がないのが、この上なく恨めしい。わたしに体さえあれば、イッセーのお嫁さんになってあげるのに!」

 

『アリス、お前は変わり過ぎだ。もはや以前の面影が全くないぞ。……小僧、いや相棒。この分なら、相当に苦労しそうだな』

 

Postscript end

 




まずは導入部ということで、転生とドライグとの出会い、そしていきなりの原作ブレイクをやってしまいました。
因みに、原作一誠がやった様な激しい負の感情による覇龍の暴走の可能性はこの時点で既にゼロになっています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。