無垢の少女と純粋な青年   作:ポコ

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 朝起きて寝ぼけた頭でハーメルンを確認してたら、この作品が日刊ランキング9位に載ってらっしゃるのを見て一気に目が覚めましたわ。なんぞこれーって。

 嬉しさのあまり、仕事前に全力で執筆。本編は短めですが、キリが良いとこまで書きました。


4話 逃走中

 アリエッタが、自分の知る全てをシュザンヌ達4人に暴露した翌日の早朝。彼女はこの数日を過ごしていた部屋を後にしようとしていた。

 手荷物は、彼女が導師守護役を務めていた頃から愛用していたぬいぐるみ一つ。これからあての無い旅に戻ろうとする姿にはとても見えないものだったが、アリエッタはこのまますぐにでも行くつもりだった。旅支度をする資金も無く、何より――――。

 

「…………出て行かなきゃ、ダメ……だよね」

 

 昨日、自分の境遇を全て話してしまった事で、拒絶される事が怖かったから。

 

 アリエッタのドアノブを握る手は、僅かに震えていた。

 

 この数日、久方ぶりに受けた他人からの好意。それは全てを無くしたアリエッタにとって、あまりにも心地良いものだった。だからこそ、その好意が拒絶に変わる事が何よりも怖い。

 アリエッタはダアトを出てからの1ヶ月余りの旅で、自分が如何に異端な存在なのかを理解してしまっていた。人間にも魔獣にも受け入れられない、世界にただ一人ぼっちの存在。それが自分なのだと。

 今は亡きオリジナルイオンとの約束だけを頼りに旅を続けていたアリエッタだったが、一度死を受け入れてしまった事で、その約束ももうアリエッタに勇気をくれるものでは無くなってしまっていた。

 

 あの優しい人達には会いたい。けど、それ以上に会うのが怖い。

 

 そう思ったアリエッタは、誰かが訪ねてくる前に屋敷を出ようと決心した。拒絶される前に逃げてしまえば、今以上に傷つかなくても済むと。そう考えて。

 

 俯けていた顔を僅かに上げ、ドアを開ける。

 出口を探そうと周囲をキョロキョロと見回すが、屋敷の予想以上の広さに思わず眉を顰めてしまう。

 当然、屋敷の人間に道を尋ねるわけにもいかず。溜息を一つ吐き、取り敢えずは向かいに見える大きな扉を目指そうと音を立てないように走り出そうと――――。

 

「あれ? どうしたのアリエッタちゃん?」

「ッ!?」

 

 走り出そうとしたまさにその瞬間に後ろから聞こえてきた、聞き覚えのある声に肩をビクンと震わせる。

 恐る恐る振り向くと、自分から大分離れたところに、洗濯物らしき衣類を大量に抱えたヤナギが不思議そうな表情でアリエッタを見つめていた。

 

「あ、もしかしてお腹が空いちゃった? ちょっと待っててね! これを干し終わったら、料理長さんに何かお願いして……」

「――――――っ!」

 

 優しく微笑みながら、自分に近付いてくるヤナギ。

 いきなり誰かに会うとは予想してなかったアリエッタは近づいてくるヤナギに驚き、すぐさま方向転換。一先ずの目標にしていた大きな扉に向かい、足音を気にしない全力疾走で駆け出した。

 

「……………………ほぇ?」

 

 アリエッタが突然走り出した事に頭が追い付かず、ヤナギの口から、どこか呆けたような声が零れる。

 アリエッタが勢いよく扉を開け、その先へと走って行くのまでを見届けるとようやく再起動を果たし、難しい顔をしてうんうんと唸りだすヤナギ。考えるのは、アリエッタが突然走り出した理由。

 

 ――――トイレを捜していたのかな?

 ――――外れ。トイレは部屋にあるし、アリエッタちゃんも何回か使ってた。

 

 ――――お腹が空いていた?

 ――――違う。私が料理長さんに頼むって言ってから走り出したもん。

 

 ――――屋敷を探検したかった?

 ――――絶対違う。昨日まで泣いてた子が、いきなりそんな元気になるわけないし。

 

 ――――誰かを捜していた?

 ――――多分外れ。だったら私に聞けば済む事だし。

 

 ――――じゃあ、もしかして……家出?

 ――――…………あるかも。

 

「………………家出かぁ」

 

 自分の出した結論を口に出して確認すると、合点がいったとばかりに何度も頷く。成程、それなら有り得そうだ。昨日色々と話して、酷い事をされると思ったのかもしれない。自分を見る目が、怯えてた気もするし。

 そうかそうかと難しい顔のまま呟くヤナギ。そして、ようやく頭で考えた答えが全身に行きわたると――――。

 

「おおおおお奥様ぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――ッッッッ!!?」

 

 大声で叫びながら、全速力でシュザンヌの私室へ向かい走り出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あっちかな…………?」

 

 ヤナギから逃げ出したアリエッタは、部屋を出た時よりも慎重に、隠れるようにして屋敷内を探索していた。

 先程の大きな扉を抜けた先はまたも廊下が続いており、鍵のかかっていない部屋に隠れながら、少しずつ先へと進んでいった。

 音を立てないように歩いて行くと、先程抜けたものと同じくらい大きな扉があり、今度こそ出口かと、周囲に誰かいないかを確認しながらら小走りで近づく。

 

 扉に耳を当てると、僅かに聞こえる風の音。

 これは正解だと、勢いよく扉を開けるアリエッタ。

 そして、扉を開けた先に広がっていたのは――――。

 

「……お庭?」

 

 様々な種類の花が咲き並ぶ、美しい庭園だった。

 キョロキョロと辺りを見回しながら、庭園の中心へと歩いていく。

 そしてぐるりと一回りして、自分が進もうと思っていた方向には離れのような塔があるだけなのを確認してようやく、自分が出口とは反対方向に来てしまった事に気付き頭を抱えた。

 

「…………どうしよう」

 

 先程ヤナギが大声で誰かを呼んでいた事に気付いていたアリエッタは、来た道を引き返せば間違いなく見つかるだろうと確信していた。

 引き返す事を諦め、離れの方を見つめる。もしかすると、裏口のようなものがあるかもしれない。そう考えたアリエッタは、一度頷いてから離れに向かおうと歩きだし――――。

 

「ん? 君は誰だ?」

「ひっ!?」

 

 突然花壇の方から聞こえてきた若い男性の声に、思わず悲鳴のような声を出してしまう。

 

「あっ! 悪い悪い。驚かせるつもりじゃなかったんだ」

 

 照れくさそうに頭を掻きながら顔を出したのは、短い金髪を適当に整えたような髪型をした、長身の青年だった。

 人の好さそうな表情に安堵しかけたアリエッタだったが、男性が腰に差している剣を見ると再び表情を強張らせ、青年から数歩後ろへ離れた。

 

「まいったな。怖がられちまったか……ん? 君の来ている服って、もしかして導師守護役の? 何でこんなところに――――」

「ッ!」

「って、あ! こら待て! そっちは駄目だ!」

 

 青年の自分を見る目が段々と探るようなものになっている事に気付いたアリエッタは、慌てて離れの方へと駆け出した。青年が強い口調で呼びとめるが、無視して走り続ける。

 今はとにかく隠れようと、手当り次第にドアノブを回すが、どれも鍵がかかっていた。どうしようどうしようと、焦りばかりが募る。

 

 そんな時、タイミングを見計らったかのように、ガチャリと近くの部屋の鍵が開けられる音が聞こえた。

 中から鍵を開けられたという事は部屋の中に誰かが居るという事なのだが、追い詰められたアリエッタにそんな事を考える余裕は無く。

 

「んだよ。朝っぱらからうるせ…………」

「――――――ッ!」

「うぉっ!?」

 

 扉が開くと同時に、その小さな身体を部屋の中に滑り込ませた。

 何が起きたのか分からず戸惑う部屋の主に、ぴょんぴょんと跳びはねながら、早く閉めてと涙目で訴える。

 少女の涙目には逆らえず、「いきなり何なんだよ……」と呟きながらも扉を閉めてくれ、律儀に鍵もかけ直してくれた部屋の主。

 

 金髪の青年から逃げ切り、ホッと安堵するアリエッタ。一言お礼を言おうと、改めて恩人の顔を見上げると――――。

 

「って、げっ!?」

「あっ…………」

 

 部屋の主は、昨日自分の過去を暴露した4人のうちの1人。

 

 ――――――ルーク・フォン・ファブレその人だった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ――――ルークの日記――――

 

 

 ○月○日

 

 今日、ようやく視察で出かけていた父上と母上が帰ってきた。

 2人がいないとヤナギくらいしか話せるヤツがいないし、剣術の型の反復練習くらししかやる事がなくて暇だったから、すげぇ嬉しい。

 

 使用人のガイってやつが剣の稽古に付き合ってやろうかとか言ってきたけど、アイツはなんか馴れ馴れしいから苦手だ。つーか、なんで公爵子息の俺にタメ口なんだよアイツ。ヤナギでもちゃんと普段から俺には簡単だけど敬語を使ってるし、父上や母上の前ではもっと丁寧に話すってのに、何でヤナギより前からいるガイがしないんだ? わけわかんねぇ。

 

 そういや、母上が帰って来た時に変わった子供を拾ったって言ってたな。なんか、母上達が乗ってた馬車の前に倒れこむように出てきて、もう少しで轢いちまうとこだったとか……あっぶねえな。親は何してたんだ? ったく、父上と母上に迷惑かけやがって。会う事があったら、少しくらい文句を言っても良いよな?

 

 

 

 ○月×日

 

 いつもの剣術の稽古の後適当に歩いてたら、来客用の部屋から父上達の声がしたから入ってみたら。ベッドで見た事無いガキがいた。

 話を聞くと、こいつが昨日母上が言ってた馬車の前に出てきたガキらしい。子供って聞いてたけど、こんなに小さいヤツだとは思ってなくて、文句を言おうと思ってたのも引っ込んじまった。なんかアイツ泣いてたし。

 

 泣いてるガキを見るのはなんか嫌な気分になったし、仕方ねえから慰めてやろうかと思って話しかけてやったんだ。そしたらあのガキ! この俺にむかってウルサイとか言いやがって! 思わず怒鳴っちまって、俺を止めようとしたヤナギにもつい怒鳴って……ヤバいと思った時にはもう遅かった。母上が鬼になってたんだ……。

 

 必死に謝ったんだけど、母上は一回決めたらよっぽどの事が無いと許してくれないんだよな。だから、嫌だったけどさっさと諦めてオシオキを喰らう事にした。嫌だったけどな! 前なんか、使用人の服を着て1日使用人の仕事をさせられたんだぜ!? ありえねー! 父上も少しは止めてくれよ! 母上に逆らえないのは分かるけどよ!

 

 で、今回母上から言われたオシオキは、ヤナギと一緒にあの生意気なガキの面倒を見る事だった。なんで俺がそんな事しなきゃならねーんだって思ったけど、母上が許してくれるわけねーし、ヤナギも何でかやる気になってたから、どうしようも無かったんだよ。

 まぁ、あのガキが屋敷にいる間だけだし。元気になったら親んとこに返せば良いだろ。長くても1週間くらいで終わると思えば大丈夫だ!

 

……って思ってたんだけどな。

 なんかあのガキは、自分は一人ぼっちだとか言ってたらしい。一人ぼっちって、家族が誰もいないって事だよな。

 で、ヤナギと一緒に話を聞いてみたんだけどさ。なんかあいつ、ライガママとか言ったんだよ。ライガって見た事はねーけど、モンスターだよな。それに育てられたってどういう事だよ! 意味わかんねぇ!

 ヤナギも俺達だけじゃ手におえねえって思ったみたいで、明日父上と母上も呼んでから詳しい話を聞く事にした。けど、なーんか嫌な予感がするんだよなぁ。




 以前感想でルークは日記が趣味というか日課なんだし、折角だからネタにしてみたらどうかという意見を頂いていたのを思い出し、本編が短いので試験的に入れてみました。3話の日記が無いのは、日記が切り悪いとこで終わっちゃうから。アリエッタがまだ凹んでるのに、ルークまで凹んだままで終わらせるのはねぇ。

 好評ならこれからもルークの日記ネタは入れていきます。アリエッタといちゃラブるようになったら、日記がひっどい事になりそうだけど。想像しただけで砂糖吐きそう。

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