「あー……」
「…………」
シンクによる衝撃の協力申請からしばらくして、ルークとアリエッタの二人はルークの自室で何をするでもなく、ソファーに並び過ごしていた。両親とシンクの姿は既にここには無く、ここからの話は二人には聞かせる必要は無いと夫妻が判断し、シンクを連れて取引場所を移したのだ。二人を外す事にシンクは難色を示したが、シュザンヌの有無を言わさぬ説得に押し負け、つまらなそうに鼻を鳴らすと夫妻と共にルークの部屋を後にしたのだ。
後に残されたルークとアリエッタだったが、ルークは天井を仰ぎぼんやりと言葉にならない声を上げており、そんなルークにどう接すればいいのか分からないアリエッタはおろおろとルークの傍に居るにも関わらず、所在なさげにしていた。
オリジナルが健在だという衝撃の事実を知り、ショックを受けたルーク……なのだが。ショックを受けたのに間違いは無いのだろうが、その割には特段怒りや悲しみと言ったマイナスの感情が全く見えず、唯々ぼんやりとしているのだ。単に落ち込んでいるだけならアリエッタはいくらでも慰めるのだが、こうもよく解らない反応をされると対人経験の少ない彼女には、何も言わずに寄り添うくらいしか出来なかった。
今のルークにとってその対応が一番嬉しいのだが、当のアリエッタはこれだけで良いのかと不安なのか、チラチラとルークの顔を見上げては逸らしてと軽くパニック状態になっており、ついにはルークと同じようにあー、うーと言葉にならない声を上げ始めた。
そんな恋人の可愛らしい様子を横目に、考えが纏まったのかルークは大きく息を吐くと、アリエッタの肩を掴み自分の方に抱き寄せる。
パニック状態の所に突然そのような事をされたアリエッタは堪ったものではなく、思わず「ぴゃあぁ!?」と悲鳴を上げたが、ルークに抱き寄せられた事を把握すると、耳まで赤くしながらされるがままにルークに寄り添った。
そのままどれだけの時間が経っただろうか。数分か数十分か。短くない時間がすぎても何も話さないルークに痺れを切らしたアリエッタが、聞いていいのかと不安になりながらもルークに問いかけた。
「あの……る、ルーク?」
「んー?」
「えっと、その…………だい、じょうぶ……なの?」
「あー……俺のオリジナルが死んでるどころか、ヴァン師匠のとこでピンピンしてるって話だよな?」
頭を掻きながら言うルークに、愛用のぬいぐるみを強く抱きしめながら何度も頷くアリエッタ。ルークを嫌な気持ちにさせるかもしれないと思いながらも勇気を出して問いかけたのに、当のルークは特段気にした様子は無く、逆にアリエッタを気遣っているのか頭を撫でてくる始末。
自分ばかりが気にしている事に少しばかりもやもやとしたものを感じながらも、それ以上にルークの反応が予想とは違いすぎる事を不思議に思うアリエッタ。
以前自分がレプリカと知った時のルークの反応は、世界の全てに絶望したかのような反応だった。だから今回も、自分の存在理由が分からなくなってしまうのではないかと、アリエッタは思っていたのだが……。
困惑の瞳で自分を見つめてくるアリエッタに根負けしたのか、ルークは苦笑しながら自分が考えていた事を語りだした。
「そりゃあ、聞いてすぐはショックだったよ。オリジナルが生きてんなら、そいつが帰って来たら俺はお役御免で追い出されるんじゃないかとか、俺の周りにいる皆もオリジナルの方に行くんじゃとか思ったりな」
「う…………」
イオンがレプリカと知った途端に見捨てた過去があるアリエッタとしては、何と返して良いのか分からずにその小さな身体を更に小さくしてしまう。
判りやすく落ち込む恋人を微笑ましく思い、ルークはアリエッタを更に強く抱き寄せながら言葉を続ける。
「けど、俺がレプリカだって知った時……アリエッタはレプリカでも関係ない。俺がいなくなるのは嫌だ。俺じゃないと嫌だって言ってくれた。父上も母上もヤナギも、俺の事を思って泣いてくれた」
「あっ……」
「それを思い出したら、オリジナルが帰って来ようが来なかろうが、別に関係ねえなって心から思ったんだ。まぁ、もしオリジナルが帰って来たら、次期公爵は余程の事がねえ限りはオリジナルの方になるだろうけどな」
「え!? そ、そんな……ルーク、ずっと、ずっと頑張ってるのに……!」
あんなに頑張っているのに、公爵になれないかもしれない。
あっけらかんとそう言うルークだったが、誰よりもその頑張りを近くで見続けてきたアリエッタにとっては看過できるものでは無く。まだ見ぬアッシュに対して憤りを顕わにしていた。
自分が頑張っている理由が公爵になるためだと勘違いしているアリエッタに思わず声を上げて笑ってしまうルーク。何で笑われるのか分からないアリエッタは、不満げに頬を膨らませると、ぬいぐるみの手でバシバシとルークを叩き始めた。
「もー! 何で笑うの!」
「ハハハハッ! いや、だってお前、俺が公爵になる為に頑張ってるって思ってたのか?」
「え?」
思いもよらない言葉に、思わずぬいぐるみにルークを叩かせる事を止めてしまうアリエッタ。頑張る理由なんて、それ以外にあるのかと不思議そうにするアリエッタの頭をくしゃくしゃと撫でまわすと、愛しげに見つめながら努力の理由を話し始めた。
「俺は公爵を継ぎたいなんて思った事は一回もねーよ。勿論、父上や母上が誇れるような息子になりたいとは思ってたし、公爵になるんだろうとは思ってたけどな。オリジナル……アッシュだったか? そいつに次期公爵としての能力があんなら、別にアッシュが継げば良いんだよ。元々はそいつが継ぐはずだったんだからな。アリエッタだって、レプリカがオリジナルの居場所を奪うのは嫌だろ?」
「そ! それ……は……」
「あ、わ、悪い! 別に責めてるんじゃなくてな? 別に俺は公爵の立場に執着してねえって事だ! あー……とにかくその……俺が頑張ってるのはだな。お、お前が……」
「……アリエッタが?」
自分が頑張る理由をまるで察してくれないアリエッタ。
言葉にする恥ずかしさよりも焦れったさが勝ったルークは、半ばヤケクソ気味に努力の理由を明かす。
「…………お前が俺の為に頑張ってたから。俺も、お前の為に頑張りたくなったんだよ!! お前の主人として相応しくある為に! そんで今は、恋人としてお前を護れるようにな!!!」
「…………? ………………ッ!!!?」
ルークの頑張る理由が、まさかの自分の為だった。
予想だにしなかった言葉に処理が追いつかず、耳どころか腕まで真っ赤にしたアリエッタは、ルークに抱き寄せられたまま手で顔を覆い、穴があったら入りたいとばかりにルークの膝に手と顔を埋めながら身体を丸めてしまった。
言った側であるルークは、ある種の達成感を抱きながら丸まるアリエッタをする―して話を続ける。
「あー……だから、別に俺はアッシュが帰ってくるのは何とも思ってねえって事だよ。あっちがどう思ってるかは知らねえけどな。
……それに、よくよく考えればだぞ。アッシュが公爵になってくれたら、俺達が抱えてる問題の大半は解決するんだぜ?」
「……?」
自分たちが抱えている問題の大半が解決する?
まだまだ嬉しさやら愛しさやら恥ずかしさやらが混ぜこぜになっているアリエッタだったが、その内容が気になったのか、丸まった状態からルークに抱き着く体勢に移行し、暗にルークに話の続きを促す。
その愛らしさに内心身悶えながらも、ルークは自分の考えを伝えた。
「いいか? 俺達が抱えてる一番の問題っつったら、俺にナタリアっつーうぜぇ婚約者がいる事だ。しかも王命で決まってる、相当の事が無いと解消出来ないなんて、めんどくせぇやつがな……まぁ、ナタリアの奴がやらかしまくってるお蔭でその相当の事が起こりそうなんだけどな……けど、叔父上は結局ナタリアに甘いから、結局はなんだかんだで解消されねえだろ。
で、だ。ここでアッシュが公爵家に帰って来たらどうなる? ナタリアが会うたびに馬鹿みてえに煩く言ってくる約束ってやつをしたのは誰だ? あいつの本当の婚約者は誰だろうな?」
「…………あっ!」
ここまで説明すると、アリエッタもルークの言いたい事が伝わったのか顔を起こし笑顔でルークを見上げる。ルークは愉快げに口を吊り上げながら、わが意を得たりとばかりに先を続ける。
「そう、オリジナルであるアッシュだ! アッシュが帰って来たら、堂々とナタリアを押し付け……いや、元の関係に戻してやりゃあいいんだよ! そしたら王家と婚約解消なんてめんどくせぇ事をしなくても、俺もアリエッタもアッシュも、ついでにナタリアの奴も幸せになれるって事だ!!」
「す、凄い! ルーク凄い!!」
「しかもだ。アッシュが帰ってきて嬉しい事はもう一つあるぜ?」
「!?」
自分達を悩ませる一番の要因であるナタリアとの婚約が、角を立てる事無く解決出来る。それだけでも凄いとルークを褒め称えたのに、まだ嬉しい事がある? それがどんな事なのか想像も出来ないが、ルークの様子を見るに自分達の将来に関わる事なのだろうと推測したアリエッタは、我慢出来ずに早く続きを話せとばかりにルークの服を何度も引っ張る。
その様子に更に気分を良くしたルークは、自慢げにもう一つの利点を語った。
「アッシュが居れば、公爵を継ぐのはアッシュになるだろ? そうすれば俺は、言っちゃ悪いが居ない筈の存在って事だ。まぁアッシュの双子の弟、よく似た親族、似てるだけのアッシュの身代わり……影武者っつうんだったか? まぁ、その辺りにの設定になるだろうな……流石に影武者は、父上母上との繋がりが無くなっちまうから嫌だけどな。とにかく、俺の立場が今より軽くなるのは間違いねえだろ?」
「う、うん……」
「双子の弟だって事にしても、堂々と社交界に出せねえ存在なのは間違いない。貴族との縁談なんてまず来ないだろうな……つまり! 俺とアリエッタが――――!! …………俺とアリエッタが、だな……その……」
「……ルーク?」
自慢げに語っていたルークだったが、結論を言う寸前になって自分が何を言おうとしていたかを自覚してしまい、途端に恥ずかしさがやってきて言葉に出せなくなってしまう。
(あ、アホか俺は!? 何を勢いでプロポーズしようとしてんだよ!! そりゃあこいつと……アリエッタと婚約するのに障害が無くなるかもってのは間違いねえけど、だからって今プロポーズすんのは流石にねえだろ!?
いや、もうしてるようなもんだけど、こういうのはもっとこう、ムードってやつが大事だってヤナギも言ってたし……!!)
突然顔を真っ赤にして唸り始めたルークを不思議そうに見上げるアリエッタ。どうしてこうなったのかと直前のルークの言葉を思い出していると、じきにその答えに辿り着き、嬉しそうに正解を言ってしまった。
「分かった! ルークとアリエッタが
「つがっ!? ……~~~っ!! ……あー…………そういう事だよ……はぁ……」
「ふうふ! アリエッタとルークが夫婦!! ん~~~~!!」
「んなっ、お、おいアリエッタ!?」
「ルーク! 大好きルーク!!」
「~~~~っっ!! あぁくそっ! 俺も大好きだっつうの!!」
プロポーズが台無しになり沈んだ様子のルークとは裏腹に、大好きなルークと
気落ちしている所に突然の恋人からの熱い抱擁。そんな事をされては凹んでいる事が馬鹿らしくなり、ルークは強くアリエッタを抱きしめ返した。
始まりはシンクによる突然の爆弾発言だったが、二人が紡いできた絆を揺らがせる事は出来ず。より一層に二人の仲が進展することになったのだった。
◇
「……ふん。何だよ幸せそうにしちゃってさ……つまんないなぁ」
部屋の外で一部始終を聞いていたシンクだったが、まさか落ち込むどころかオリジナルが帰ってきた方が有難いなんて話になっているとは、流石に予想外だった。
少しは苦しんでいるだろうと思っていたのに、幸せの真っただ中にいますと言わんばかりの空気に充てられたシンクは、不貞腐れたようにそう呟くと静かに姿を消した。
「……ボクの方が先に出会っていれば……アリエッタがダアトを脱出する時に声だけでも聴かせていればもしかすれば……なんて、今更言っても意味ないか。あーあ、やってらんないね……ったく」
シンクのその言葉は誰に届く事もなく、風の中に消えていった。
今更だが、メイド役はヤナギじゃなくてTOSのコレットでも良かったかなと思い始めた。そしたらアリエッタの師匠がリフィル先生とジーニアスになって、アリエッタに淡い恋心を抱き始めたジーニアスの脳が破壊される展開になるけど。アビス世界だとエクスフィアがないから、プレセアは年齢通りの容姿になっちゃうからね。仕方ないね。