無垢の少女と純粋な青年   作:ポコ

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 これだけ遅れたあげく、今回の話は賛否両論かも。
 でも、必要な話だったんです。次の話からは久々にルークが出ます。
あ、今回の話はオリキャラが出ます。正確には、前話から出てましたが。


14話 魔鳥使い

 ――――貴女にも考える時間が必要でしょう。今日はもう自由にしていいですから、この事についてしっかりと考えてきなさい。

 ……たとえ、貴女が此処を去るという選択を取っても、私達は貴女を責めません。ですから、どうか後悔だけは無いように。

 

 

 シュザンヌにそう言われたアリエッタは、覚束ない足取りで中庭へ向かうと、微睡んでいたライの暖かな毛皮に飛び込んだ。

 睡眠を邪魔されたライは抗議の視線をアリエッタに向けるが、彼女の身体が震えている事に気付くと軽く喉を鳴らし、アリエッタの身体を包むようにその巨体を丸めた。

 

 昔から悲しい事があったアリエッタをこうして慰めるのは、彼女と兄弟のように育ったライとフーの仕事だった。二匹がファブレ家に来てからは、笑顔しか見せる事の無かったアリエッタがここまで悲しんでいるのはただ事ではないと感じ、原因を排除してやろうという気が一瞬浮かんだライだったが、その気配を感じ取ったのか、アリエッタがライの毛皮に顔を埋めたまま何度も首を横に振るので、渋々と押し黙った。

 

 

「…………っく、ひっく………………うぅ……」

 

 クリムゾンからルークの真実を聞いたアリエッタの心中は、酷い物だった。

 

 

 ――――今のルークはレプリカだ。

 

 

 それ以外にも何か言われた筈だったが、アリエッタはその言葉以外は耳に入っていなかった。

 

 ――――自分の大好きな人が、自分が最も嫌悪するレプリカだった。

 

 その事実が、何があってもルークから離れないと誓った筈のアリエッタの心を、ズタズタに引き裂いていた。

 それもそうだろう。アリエッタにとってレプリカは、兄のように(・・・・・)慕っていたイオンの居場所を奪い取った、憎い偽物でしかないのだから。

 

 勿論、アリエッタも居場所を奪ったのはイオンのレプリカだけで、ルークには何も関係が無いという事は理解している。自分にとってのルークは今まで一緒に過ごしてきたルークだけで、オリジナルのルークを知らないアリエッタには何も関係は無いと、理解はしているのだ。

 

 ――――――だけど、駄目だ。

 

 理屈では分かっていても、感情が、心が、レプリカという存在を受け入れてくれない。

 大好きなルークであってもすぐには受け入れられない程に、レプリカという存在がアリエッタに打ち込んだ楔は重い物だった。

 

 ルークの事が大好きだという気持ちは変わらない。

 

 レプリカが嫌いだと言う気持ちは抑えられない。

 

 二律背反の感情に襲われた今のアリエッタは、自分がどうしたいのか。自分の望みが何なのか。全く分からなくなっていた。

 

 声を殺して泣き続けるアリエッタを、彼女を大きな身体で護るように包みこむライと、いつの間にか大空の散歩から帰ってきていたフーだけが、心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 しばらくして泣きつかれたアリエッタはゆっくりと顔を起こすと、焦点の合わない瞳でライとフーを見ると、何も言わずに立ち上がり屋敷の門の方へと歩き始めた。二匹は何も言わず、アリエッタの少し後ろを付いて行く。

 

 門番の居ない門をくぐり、目的も無く歩き続けたアリエッタが辿り着いた場所は、彼女のバチカルでのお気に入りの場所。広大な海が見渡せる、展望台だった。

 

 以前、ルークと二人でフーに乗り大空から見た、どこまでも広がる大地と海。

 一人でフーに乗っている時には何も感じなかった景色が、ルークと二人で見たあの時だけは、今まで見たどんな物や景色よりも美しく見えた。あの景色は、アリエッタとルークの二人にとって、絶対に忘れられないものになっていた。

 

 その時から、アリエッタには密かな趣味が出来た。

 彼女が屋敷から出る機会はそう多くないが、それでもまだ屋敷から出られないルークよりは行動範囲が広い。ルークが行けない場所に自分が行けるという事に改めて気づいたアリエッタは、いつか遠くない未来にルークが屋敷から出る事を認められた時、ルークと二人で見たい景色を探すようになったのだ。

 あの大空から二人で世界を見た時のように。ルークと二人でならきっと綺麗な世界が見れると信じて。その時に自分がルークを案内する未来を思い浮かべると、幸せな気分に浸れた。

 この展望台から見える海も、いつかルークを案内して二人で見たい景色の一つだった…………その大切な場所に、こんな最悪の気分で訪れる事になるとは数時間前のアリエッタは思いもしなかったが、気が付けばここに足を運んでいた。それだけで、どれだけこの場所がアリエッタにとって思い入れのある場所か分かるだろう。

 

 展望台に辿り着いたアリエッタは、転落防止の為に備え付けられている柵の前に立つと、周囲の目も気にせずに膝を抱えて座り込んだ。ただぼんやりと、何も考えずに海を眺めるその姿は、事情をしらない他人から見ても痛々しいとしか言いようが無く。普通なら年端もいかない少女のそのような姿を見れば、誰か声を掛ける者がいるものだが、少女の後ろに佇む二匹の存在が人々を近づけさせない――――。

 

 

 

「あれ? 君は昼間の……」

「…………ぇ?」

 

 

 

 ――――筈だった。

 ただ一人、ライとフーの護りを気にもせずに、アリエッタに声をかける人物がいた。

 まさか二匹を気にせずに自分に話しかけてくる人がいるとは思っていなかったアリエッタは、僅かな驚きと共にゆっくりと声の主の方へと首を向ける。

 

「やっぱり昼間の子だ。こんな強そうなライガを連れてる人なんて、そうはいないからね。まさかフレスベルグまで従えてるとは思わなかったけど……」

「あ……」

 

 そこにいたのは、昼間にヤナギと買い物の為に街中を歩いていた時に、アリエッタがぶつかってしまった青年だった。

 普通なら顔も覚えていないような関係だったが、ライガを従属させている可憐な少女なんて常識外な存在が、早々忘れられる筈もなく。青年はしっかりとアリエッタの事を覚えていた。

 アリエッタもライが珍しく他人に興味を示していたので、おぼろげではあるが青年の顔を覚えていた。

 

「えっと、昼間の……」

「あ、覚えててくれたんだ。こんな特徴のない顔だから、覚えられてないだろうなーって思ってたんだけど。嬉しいなぁ」

 

 そう言った自分を軽く卑下する青年だったが、青年が言う程には特徴が無いと言うわけでは無く。

 美形とまでは言い難いが、ルークと同程度の長身には似合わない童顔気味の顔つき。

 僅かに目にかかる程度にまで伸びた前髪に、肩まで伸びた砂漠色の真っ直ぐな髪。

 森の香りがする、若草色のローブ。

 そして何より――――どこか母であるライガクィーンを思い起こさせる、深い藍色の瞳。

 

 昼間は焦っていたのでそこまで気にしていなかったが、こうして正面か見れば、青年も充分すぎる程に、一度会えば忘れられない類の人物だった。

 

「それで、何か落ち込んでたみたいだったから声をかけてみたんだけど、どうかしたのかい? えっと、アリエッタちゃんだっけ?」

「え……ど、どうして、アリエッタの名前……」

「え? だって、そこのライガ君の事を“アリエッタの従魔”って言ってたじゃないか。だから君の名前はアリエッタなんだろうなって思ったんだけど、違ったかな?」

「ち、違わない、けど……」

「あ、やっぱり合ってたんだ。やー良かった! 人の名前を間違えるなんて、礼儀に反するからね。あ、ならちゃんと君に名前を聞いてから呼べば良かったのか。失敗失敗!」

「…………ぅぅ」

 

 矢継ぎ早に繰り出される青年の言葉に、人見知りのアリエッタはどんどんと押されていく。今まで出会った事のないタイプの人間に対し、どう対応すれば良いのか。

 ルークの事で限界だったところに、急に現れた馴れ馴れしい青年。とにかく目の前の青年から離れようとライとフーに目を向けるが、それに目ざとく気付いた青年に先手を打たれてしまった。

 

「あ、ごめんね。僕ばかり喋って。昔からもっと落ち着いて話せって、色々な人に言われてるんだけどさ。気を悪くさせちゃったかな……?」

「ぇ……あ、う、ううん。気にしてない…………です」

「そう? なら良かった」

 

 悪印象を持ち始めたところでの、純粋な謝罪。

 正に今、青年から逃げ出そうとしていたアリエッタは最悪のタイミングで謝罪をされ、逃げる機会を逃してしまう。そして、青年から逃げようとした事に対して僅かに抱いてしまった罪悪感のせいで、もうアリエッタに青年からすぐに離れるという選択肢は無くなってしまった。

 

 ――――アリエッタにそう思わせる事が青年の狙った事だとは、気付く事無く。

 

 一先ず会話の主導権を握った青年は、アリエッタに見えないように口を僅かに吊り上げると、先程までの馴れ馴れしい態度とは一転して、真摯な態度でアリエッタに接し始めた。

 

「じゃあ、改めて自己紹介をさせてもらおうかな。

 僕の名前はラルフ。しがない商人見習いだよ」

「……アリエッタ……です…………」

「……警戒させちゃったかな?」

「……そんなことない、です」

「…………まぁ、そういう事にしておこうか」

 

 明らかに自分を警戒しているアリエッタの様子に、青年――――ラルフは苦笑を浮かべる。その様子は人の良い青年にしか見えず、アリエッタはラルフがどのような人物なのかを全く量れなかった。

 突然現れた得体のしれない人物に対し、警戒を隠す事無く睨みつけるアリエッタ。

 だが、次のラルフの言葉で、その警戒心は無くなってしまった。

 

「それにしても良いフレスベルグだね。もっと育ったら、僕のラファガと同じくらいの大きさになりそうだ」

「――――え?」

 

 フーを見ながら呟いた青年の言葉に、思考が一瞬止まってしまう。

 そしてその隙を、ラルフは見逃さなかった。

 アリエッタの警戒心が0になった瞬間、ラルフはアリエッタを見つめ、照れくさそうに頬を掻きながら言葉を続ける。

 

「僕も魔獣使いなんだよ。いや、使役出来るのは鳥系の魔獣だけだから、魔鳥使いかな? それもどんな鳥獣でもってわけじゃないから、大したことはないけどね」

「……しえき?」

「うん? 匂い袋を使って言う事を聞かせてるんだけど……アリエッタは違うのかい? 魔獣使いは殆どがこの方法を使ってる筈なんだけど」

「…………」

 

 使役という言葉に、アリエッタは眉を顰める。

 便宜上、アリエッタは魔獣達を使役する“魔獣使い”という事になっているが、アリエッタにとって魔獣達は無理やり言う事を聞かせる“手下”ではなく、対等な立場の“友達”なのだから。

 

 アリエッタの反応に、彼女が魔獣達に対してどのような感情を抱いているのかをある程度把握したラルフは、魔獣使い同士の共感ではなく、魔獣を“友達”とする同好の士としてのアプローチへと変えた。

 

「僕は皆と仲よくしたいんだけど、カリスマ性っていうのかな。僕よりも僕の相棒のカリスマが強すぎて、こうでもしないと僕には見向きもしてくれないんだよね」

「…………相棒?」

 

 参ったよと言わんばかりに両手を上げて告げるラルフの言葉に、再度アリエッタが関心を寄せる。

 

「うん。さっきも名前は言ったかな? フレスベルグのラファガっていうんだけどね。僕が物心ついた頃から一緒に育った、大事な相棒……兄弟だよ」

「っ!」

 

 魔獣(ラファガ)を兄弟と断言した途端、アリエッタがラルフに向ける視線の質が目に見えて変わる。

 

 

 そう。“他人”を見る目から“仲間”を見る目に。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 それを確認したラルフは、表情は決して変えなかったが、内心は喜びに満ちていた。

 

 

 ――――上手く行った! アリエッタが僕を見てくれた!

 

 

 彼はアリエッタのように魔獣に育てられたと言うわけでは無い。

 しかし、幼少の頃に偶然出会い共に育った魔獣(ラファガ)とずっと共にいた為に、周りからは腫物扱いをされていた。

 

 隣人からも。

 

 兄弟からも。

 

 そして、実の両親からも。

 

 更に悪いのが、それら皆が揃いも揃って、半端に善人だった事だ。

 いっその事、早々に家を追い出してくれていれば、ラルフはここまで歪む事は無かったかもしれない。

 だが、家族達はラルフを突き放そうとはせず……同時に、歩み寄ろうともしなかった。

 毎日毎日、人の顔色を伺うだけの家族と言う名の他人との共同生活。

 そんな生活を続けているうちに、いつしかラルフは、人間を木偶(でく)としか思えなくなってしまっていた。

 

 幸いにも商才のあったラルフは、アリエッタと同じ年頃の頃には相棒であるラファガを連れて家を出た。

 ラファガ達魔鳥による運搬能力はラルフの商才を存分に伸ばし、気づけば下級貴族並の資産をたった数年で築いていた。

 

 だが、ラルフの心は満たされる事は無かった。

 

 ラルフとて、最初から人間が木偶と思っていた訳ではない。両親が自分を受け入れてくれる事を僅かなりにも期待していた頃に感じていた事がある。

 

 それは、両親が兄弟たちに向ける愛情を自分にも向けて欲しいという、当たり前の願い。

 

 家族に期待する事を止め、人間が木偶としか思えなくなってからも、愛情が欲しいという飢えは無くなる事は無かった。

 魔獣達との友愛では無い。

 幼い頃に見た、母性という名の親愛を。

 いつしかその思いは歪んでいき、気づけばただ、自分を愛してくれる人を求めるようになっていた。

 

 

 その願いを抱き数年。商売の為に訪れたバチカル。

 取引を終え、市場の流れを確認する為に散策していた城下町。

 

 

 ――――そこで彼は、自分の運命に出会った。

 

 

 歪みを自覚してから初めてだった。

 

 自分が木偶に思えない女を見た事が。

 

 人の声が無機質に聞こえなかった事が。

 

 自分の心が熱を帯びている事を自覚した事が。

 

 

 その時、何を話したかはあまり覚えていない。

 だが、魔獣を連れた少女の名前と姿だけは、ラルフの胸に刻み込まれた。

 

「アリエッタ…………」

 

 名前を呟いただけで、胸が熱くなる。

 

 ――――嗚呼、嗚呼、これが、これこそが愛というものか!

 

 この日、ラルフの灰色の人生に色が付き、彼の心は熱を帯びた。

 

 何年かかっても良い。

 必ず、彼女を手に入れてみせる……!

 

 そう決意した日の内に再会する事になるとは夢にも思っていなかったが、ラルフにはその偶然の再会を、運命だと受け取った。

 

 逸る心を押さえつけ、商人として磨き上げた話術と観察眼をもって、アリエッタに仲間意識を芽生えさせる事に成功した。

 

 ここで満足しておけば、彼の望む関係にはなれないとしても、無二の親友になれる道はあったかもしれない。

 

 だが彼は、欲を出してしまい――――――取り返しのつかない間違いを犯した。

 

「僕の相棒に興味があるなら、一緒に行かないかい?

 君も別に、別れを惜しむような大切な人(・・・・・・・・・・・・・)なんていないだろ?」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ラルフがそう告げた瞬間。

 ラルフの話術に引き込まれどこか夢見心地だったアリエッタの瞳に、光が戻った。

 

「たいせつな、ひと……」

「…………アリエッタ?」

 

 自分の予想とは違うアリエッタの反応を訝しむラルフ。

 だが、アリエッタにはもうラルフの声は聞こえておらず。自分自身に言い聞かせるように、次々と言葉を紡いでいく。

 

「別れたくない人が、いない?

 ……違う。アリエッタは、離れたくない……」

「アリエッタ、 僕の話を……」

「ヤナギ、シュザンヌ様、旦那様、メイドのみんな、騎士団のみんな……みんな、みんな大事な人…………だけど、一番好きなのは、一緒にいたいのは…………」

「アリエッタ! お願いだから、僕を見て――――」

 

 パンッ!

 

 思わずアリエッタに手を伸ばしたラルフの手を無意識に払うと、アリエッタはラルフを視界に入れず、屋敷の方へと走り出した。

 

「ルーク!」

 

 自分の一番かけがえのない人の名を叫びながら。

 

 迷いはある。

 レプリカへの悪感情は消えない。

 けれど、一番大切な“ただ一緒に居たい”という思いを、皮肉にも遠ざけようとしたラルフが思い出させてしまった。

 

 

 

 

 

 

 アリエッタが走り去り、ライとフーの二匹もその後を追い、一人になった展望台で、ラルフはアリエッタに払われた自分の手をジッと見つめていた。

 

「ルーク…………それが、君の一番大切な人なんだね」

 

 そう呟いたラルフには、表情と言う物が抜け落ちてしまった、仮面のような笑みが張り付いていた。




以上でした。オリキャラを考えるのは大変だー。
このオリキャラのラルフ君ですが、設定は早くから決まってたんですが、性格にかなり悩みました。ゲスにするか、無垢にするか。何故か間を取ってヤンデレっぽくなってしまいましたが、このキャラが一番動かしやすそうだったので。動かしやすいだけで、好きなキャラじゃないですけどね。

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