無垢の少女と純粋な青年   作:ポコ

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遅ればせながら、あけおめであります。

今回の話は前書き、後書きと本編のラスト千字くらいはスマホから書いております。改行とか変になってたら後日PCから修正するので、誤字脱字以外はスルーして下さいませ。


11話 父と子

「……ち、父上? 今、何て……」

 

 ルークがライやクリムゾンを含めての修行をするようになってから、およそ一ヶ月。

 ここ一週間程、外せない用事があるとルークとの手合せに参加できなかったクリムゾンが久方ぶりに中庭へ訪れた。

 一週間ぶりに父に指導して貰えると思ったルークは喜んだ。そして、その希望通りにクリムゾンは手合せをすると言ったのだが、その手合せが従来のものではなく。思わず父に訊き返すルークだったが、返ってきた言葉は先程聞いた内容とと同じものだった。

 

「今日の手合せは指導ではなく、模擬戦だと言ったのだ」

 

 そう。クリムゾンは手合せでは無く、模擬戦だと言ったのだ。

 クリムゾンの言う模擬戦とは、一本取った側の勝利という生易しいものではなく、木刀を使い急所を狙わないという点以外は真剣勝負と変わりが無いものだ。

 

 以前に何度か白光騎士団の者がクリムゾンに扱かれている様子を見学した事があるルークは、クリムゾンが言う模擬戦の意味を理解しており、思わず顔をひきつらせた。

 それは当然だろう。今までの指導という名の軽い手合せからでも、自分とクリムゾンの実力の差は一介の武人として、充分すぎる程に理解していたのだから。

 アリエッタを護ると誓ってから、以前に増して熱心に修行に取り組み、数ヶ月前の自分よりはずっと強くなっているとは言え、まだまだ自分と父との実力差は大きく、勝負にもならないに違いない。

 

「あの、父上。俺はまだまだ父上と勝負が出来る程の腕前では……」

「それは分かっている。今回は、お前が私に有効打を一撃でも与えればお前の勝利だ。それでもどうしても無理だと思うのなら、いつでも降参して構わない」

「え……」

「どうだ、ルークよ。受けるか?」

 

 実力差を理由に断ろうとしたルークだったが、分かっていたと条件を付ける父に、思わず息を呑む。

 一撃与えれば自分の勝ちという破格の条件だが、それでも自分が父に勝てる姿が思い浮かばない。だが、いつでも降参しても良いのなら、今の実力を試せる良い機会なのではないか? そう思い、先程よりは気が楽になったと模擬戦を受けようとしたが――――。

 

 

「ッ!?」

 

 

 父の眼を正面から見た途端、そのような甘い考えは頭から一瞬で消えた。

 

 クリムゾンの瞳は、今から決闘を行わんとばかりに覇気に満ちていたのだ。

 

 勿論、先程の条件に嘘は無いだろう。一撃を入れる事が出来れば自分の勝利を認めてくれるだろうし、一言参ったと言えば剣を引いてくれるだろう。

 父が自分の発言を意味も無く撤回するような人物ではないことは、良くも悪くもよく知っているのだから。

 だが…………。

 

(ここで簡単に逃げ出したら、何かが終わっちまう気がする……!)

 

 初めて見る父の表情に、ルークは直感で逃げてはいけないと感じた。

 

 ――――父はこの戦いで、自分に何かを求めている。

 

 もし降参をしたり、そもそも模擬戦自体を拒否すれば、恐らく父は自分に何も求めなくなるだろう。

 親子としての絆が失われる事は無いだろうが、それでも自分と父の間にある何か(・・)は決定的に切れてしまう。

 

 そこまで思考が進むと、どうするかを考えるまでもなく、ルークの口からは自然に父の問いかけに対し、自分でも驚くような大声で答えていた。

 

 

「受けますッ!!」

 

 

 屋敷中に響くのではないかと思うような大声での返答に、離れて見守っていたアリエッタとヤナギ、そして問いかけた本人のクリムゾンまでも目を丸くして驚いていた。

 だがクリムゾンは、愛する息子が自分の気持ちを真っ直ぐ受け止めてくれたのだと理解すると、嬉しさを隠しきれずにその口を大きく釣り上げた。

 

「よく言ったルーク! それでこそファブレ家の……いや、私とシュザンヌの息子だ!」

「――――ッ! はいっ!」

 

 ここまで真正面から父に褒められたのは、いつ以来だろうか? もしかすると初めてかもしれない。

 無愛想な渋面が標準装備となっているクリムゾンが笑顔を見せる事は本当に珍しく、それを自分に向けてくれているのだと思うと、自分は一人の男として父に認められたのだと感じ、無性に嬉しくなった。

 

「では……」

「ちょ、ちょっと待って下さい旦那様っ!!」

 

 そして、いざ戦いを始めようかと両者が木刀を構えようとしたその時。話の流れに着いてゆけず呆然と成り行きを見守っていたヤナギが、アリエッタを連れて慌てて口を挟んできた。

 

「何だヤナギ?」

「何だじゃありません! 旦那様、本気でルーク様と戦うつもりですよね!? ルーク様にはまだ早すぎます!!」

「…………これは私とルークの問題だ。お前がルークを心配する気持ちは有難いが、今は無用だ。…………下がれ」

 

 ルークの身を案じクリムゾンに食って掛かるヤナギ。ヤナギが息子を弟のように大事に思ってくれている事には感謝しているが、今この場においてはヤナギはクリムゾンにとって邪魔者以外の何者でもなく、僅かに眉を顰めながらヤナギに下がるよう命じる。

 

 ここでようやくヤナギにも、クリムゾンがこの戦いを譲れない何かがあるのだと感じた。だが、それでもルークの身の安全を考えるとヤナギに引く理由は無かった。無用な争いを嫌うヤナギには、もっとルークが強くなってからするべきとしか思えないのだから。

 

「ですが!」

「ヤナギ」

 

 尚もクリムゾンを止めようとするヤナギだったが、それを止めたのは当事者の一人であるルークだ。

 無謀だという事は分かっているし、父も手加減などする気はないだろうという事も理解している。ヤナギが心配して止めようとするのも当然だろう。だが、一度父の願いに応じると決めたルークは、この戦いを止める気は既に無く。

 

「俺を心配してくれるのは嬉しいんだけどさ……俺は止めねーぞ」

「……っ」

 

 ルークまでもが、この戦いを心から望んでいる。

 そう感じたヤナギに、最早二人を止める言葉も理由も無く、悲しげに唇を噛みしめると、一礼をしてから木陰へと下がった。

 

「ルーク様」

 

 ヤナギと入れ替わるようにルークの前に立ったのは、彼女と共に来ていたアリエッタだ。

 自分よりも20cm以上背の高いルークを見上げるその瞳は不安気に揺れていて。その瞳を見ると、何とも言えない罪悪感に襲われるが……。

 

「……なんだよアリエッタ。お前もヤナギみたいに止めんのか? 俺は止めねーからな!」

 

 これから父に無謀とも言える戦いを挑むのは、父の言葉無き願いに答える為でもあるが、この戦いを乗り越えてまた一つ強くなる事も、ルークにとって譲れない大事な目的なのだ。他でもない、アリエッタを護るために。

 

 だからというわけでは無いが、アリエッタにだけは止められたくなかった。自分がアリエッタの為に強くなろうとしている事が、余計な事だと言われているような気分になってしまうから。

 自分で勝手に決め、勝手に努力しているだけ。アリエッタがルークの想いを知るわけもなく、無謀な戦いに挑むルークを止めるのは自分付きの従者として当然の事だろう。

 だが、そこまで分かっていても、ルークは止めて欲しくなかった。頑張れと、自分の背中を押して欲しかった。

 

 

 そして、止められるだろうというルークの予想とは裏腹に――――。

 

 

「……っ!」

「お、おいっ!? どうしたんだよアリエッタ!」

 

 何を思ったのか、ルークの腰に抱き着く……いや、しがみ付くアリエッタ。その突飛な行動に思わず赤面しながら、どうすれば良いか分からず、抱きしめ返すような度量がある筈も無く、あたふたと両手を振った。

 

 そんなルークの心の機微なぞ知った事ではないとばかりに十数秒の間ルークを抱き締め続けたアリエッタは、手の力を緩めると、再びルークの眼をジッと見つめながら呟いた。

 

「…………ルーク様は、旦那様と戦いたいの? 戦わなきゃいけないの?」

「は?」

 

 質問の意図が分からず間の抜けた声を出しながら、アリエッタを見つめ返す。

 その瞳は先程のように揺らいではおらず。嘘は許さないと言わんばかりの力に満ちていて。

 

「……両方だよ。俺は父上に応える為に戦わなきゃなんねーし、何よりも俺が強くなる為に戦いてえ」

「…………」

 

 ルークの答えを訊いたアリエッタは、それからもしばらくルークを見つめていたが、納得がいったのか静かにルークから体を離した。

 

「……ルーク様が怪我するの怖い、けど。ルーク様がやりたいなら……やらなきゃいけないなら……アリエッタ、ルーク様の事、頑張って応援するから」

「…………」

 

 余程ルークが心配なのか、さっきまでの力強い瞳が嘘のように、再び瞳に涙を浮かべはじめるアリエッタ。言葉を何度も止めながらも懇願するように自分に話しかけるその言葉を、ルークは黙って聞いていた。きっと彼女は、自分の聞きたい言葉を言ってくれる。そんな気がしたから。

 

「だから……だから……」

「……だから?」

 

 

「だから…………負けないで!!」

 

 

 アリエッタは吐き出すように最後の一言をルークに伝えると、木陰でこちらを見守るヤナギの下へと駆け出した。

 そんなアリエッタの後ろ姿をじっと見つめ続けるルークの背に、クリムゾンから声がかけられる。

 

「…………良い従者を持ったな。ルーク」

「…………はい。アイツは俺にとって、最高の従者です!」

 

 そのクリムゾンの言葉に振り返りながら答えたルークは、満面の笑みを浮かべながらも闘争心に満ちていた。

 

 ――――我が息子ながら、単純なものだな。

 

 好いている娘からの声援一つで、こうも変わるかと苦笑するクリムゾンだったが、咳払いを一つすると木刀を構えながら気を引き締めた。今のルーク相手では、油断すればあっという間に一撃を貰ってしまうだろうと感じたから。

 

「準備は良いか?」

「…………はい!」

 

 最後の確認の言葉に、強く頷き返すルーク。

 

「良し。では――――来いッ!!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

 模擬戦を始めてから10分。

 最初はクリムゾンに猛攻とも言える連撃を繰り出していたが、その全てがあっさりと防がれた。

 焦りと共に杜撰になっていく攻撃の隙をクリムゾンが見逃す筈も無く。開始から5分もすると、ルークの攻撃は全ていなされ、カウンターで返されていた。

 

「――――っ! 双牙ざ……」

 

 双牙斬

 ルークの学ぶアルバート流の初歩とも言える、ルークが最も使い慣れている技。

 上段からの鋭い斬り下ろしから、相手の顎を狙う切り上げへと素早く繋げる攻撃。

 普通ならば後ろへ下がり躱すか、横へ回り込んでからのカウンターを狙うのが定石だろう。だが……。

 

「甘いッ!!」

「んなっ!?」

 

 クリムゾンはあろう事か、最初の斬り下ろしを真正面からの切り上げで弾き返し――――。

 

「虎牙破斬ッ!!」

「がっ!」

 

 そのままルークの右肩を狙う、鋭い斬り下ろしへと繋げた。

 まさか正面から自分の放った双牙斬とは真逆の技で返されるとは思いもせず、まともにその攻撃を喰らってしまう。

 

 痛みに悶えながらも、これ以上はやらせないと渾身の力を込めた横一閃でクリムゾンを後ろに下がらせるルークだったが、既に息も絶え絶えなその顔には、目に見えて疲労が浮かんでいた。

 

「どうしたルーク。もう限界か?」

「――――誰が!」

 

 だが、その瞳から闘志が消え去る事は無く。それどころか戦い始めよりも増していると言っても過言では無かった。

 

 自分の期待に応え続けてくれるルークを愛しく思うが、このまま愚直に技を繰り出し続けるのならば、万に一つもルークに勝ち目は無いだろう。もうルークの体力も限界が近いだろうし、もう数撃もすれば、ルークは満足に技を出せなくなるだろうと予想する。

 自分の予想出来ない攻撃を繰り出してくるか、それともこのままジリ貧で終わるのか。らしくもなく興奮を隠そうともせず、クリムゾンはルークの次の出方を待つ。

 

「おぉぉぉおおっ!!」

「っ! 来るか!」

 

 そのクリムゾンの想いが通じたのか、これまでに無い速さで突進してくるルーク。

 恐らくは最後の攻撃に出ようというのだろうが、このまま真正面から行きますと言わんばかりの突進に、クリムゾンはこれで終わりかと落胆しかけた。

 

「らぁっ!」

「なっ!?」

 

 だが、クリムゾンが落胆したその直後。ルークは思いもよらない行動に出た。

 クリムゾンから数歩分は離れた地面に、全力で木刀を振り下ろしたのだ。

 ルークがこのような絡め手を取るとは思わず、飛来する土礫に視界を奪われるクリムゾン。

 その隙にクリムゾンの背後へと素早く回り込むルークだったが、歴戦の勇士であるクリムゾンが不意を突かれたとは言え、目潰し程度で相手を見失うわけは無く。

 

「後ろかっ!」

 

 攻撃の気配を感じ、振り向きざまに木刀を一閃。

 その一振りは間違いなくルークからの攻撃を弾いた。が――――。

 

(軽い!?)

 

 弾いた攻撃は、あまりにも軽すぎた。

 そう、まるで木刀だけの重さしか無い様な――――。

 

「魔神拳ッ!!」

「ぐぅっ!?」

 

 手応えの無さに気を取られたクリムゾンにはその直後に飛来した蒼い気弾を防ぐ事は出来ず、衝撃をまともに受けたクリムゾンは地面に膝を着かされた。

 

「そうか……あの攻撃は、木刀を投げたのだな」

 

 横に転がる木刀をみて、あの軽すぎる一撃の正体を悟るクリムゾン。

 

 そう。あの 一撃はクリムゾンに隙を作る為にルークが仕掛けた、最後の策だったのだ。

 

「ただ後ろに回っただけじゃ、絶対に父上には防がれちまうって思って……。その、やっぱり木刀の一撃じゃないから駄目ですか?」

 

 膝をつくクリムゾンの前に、バツが悪そうにやってくるルーク。

 ああでもしなければ父に一撃を入れることが出来なかったとはいえ、流石にルール違反で叱られるのではないかと不安気にクリムゾンを見つめる。

 

「はっはっはっはっはっはっ!!」

「ち、父上?」

 

 そんなルークを見て、高らかに声を上げて大笑いするクリムゾン。

 何故父が突然笑いだしたのか分からず困惑するルークだったが、上機嫌のクリムゾンに、そのままぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。

 

「何が駄目なものか! ルーク、お前は自分と私との実力差を把握し、自分の力で出来る事を見極め、私に一撃を入れたのだ! 最後の最後まで自分が遠距離技を使える事を隠し通し、決め所を逃さずに切り札を切るとは! 見事……見事としか言い様が無い! よくやったぞルークっ!!」

「ち、父上……!」

 

 父の口から途切れる事無く出てくる自分を誉める言葉に、顔を伏せながらも照れ臭そうに指で頬を掻くルーク。

 

 ひとしきりルークを誉めちぎり満足したのか、頭を撫でる手を止め優しくルークの肩を掴むと、後ろへと振り向かせる。

 そこには涙を流しながら駆けてくるアリエッタと、それを慌てて追いかけるヤナギの姿があった。

 

「ルーク。お前が勝ったことを、早く二人にも教えてあげなさい。特にアリエッタは、泣くほど心配だったようだからな」

「は、はい父上!」

 

 言われるがままにアリエッタ達の元へと向かおうとするルークだったが、何かを思い出したかのように立ち止まるとクリムゾンへと向き直り、深く頭を下げた。

 

「有り難うございました父上。俺がもっと強くなったら、また戦ってください!」

 

 一瞬何を言われたのか分からず目を丸くしたクリムゾンだったが、次の瞬間には再び大笑いし始めた。

 

「はっはっはっは! 良いだろうルーク。強くなったらなどと言わず、いつでも受けて立とう!」

「あ……有り難うございます父上!」

 

 もう一度頭を下げると、ルークは今度こそアリエッタ達の元へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 遠くでアリエッタに抱きつかれ、ヤナギに叱られる息子を眺めながらクリムゾンは呟いた。

 

「ルークの強さを思い知らされたな……子の成長とは早いものだ。

 

 …………子が成長したのなら、親である私達も覚悟を決めねばなるまい。

 

 真実を伝える覚悟をーーーー」

 




今回は模擬戦後にアリエッタとのイチャイチャも入れたかったけど、予想以上に模擬戦が長引いたのでまた次話で。

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