遅れた理由は活動報告にて。何とか今年中に投稿できたー……。
「なろぉ!」
ファブレ公爵家の中庭。
間もなく正午になろうかという時間。公爵家の一人息子であるルーク・フォン・ファブレの気迫を込めた声と共に、その手に持った木刀が鋭く振り下ろされる。
「ガゥッ!」
「がっ!?」
しかし、振り下ろされた木刀は相手――――ライガに当たる事なく空を切る。
ライガの胴体を狙った剣は、その俊敏な動きであっさりと躱され、逆に剣を振り切った直後の無防備な身体に強烈な体当たりを喰らい、その様子を離れて見守っていたアリエッタとヤナギの下まで吹き飛ばされた。
「ぐっ…………ってぇ~……くそっ!」
「ルーク様! そこまでですよ!」
「大丈夫……ですか?」
「別にこれくらい――――」
「「ダメです!」」
「……ったく。分かったよ」
体当たりされた箇所を押さえながらも、戦意を絶やさずに起き上がろうとするルークだったが、駆け寄ってきたヤナギとアリエッタに泊められると渋々と剣を下げた。
「がぅっ!」
3人の様子を見て勝負は着いたと判断したのか、先程までルークと戦っていたライガが、その巨体をアリエッタに甘えるように摺り寄せてきた。
その様子はまるで良い事をしたから誉めて欲しいと母親に甘える子供のようで、甘えられたアリエッタも嬉しそうにその身体を優しく撫でた。
「ライ、上手に出来たね」
「がうっ!」
滅多に見せる事の無い、慈愛に満ちた笑顔でライガを撫でるアリエッタ。
それを見て面白くないのは、そのライガに敗北したルークだ。撫でられて気持ち良さそうに目を細めるライガを横目に、つまらなそうに呟く。
「なんだよ……くそっ」
そのルークの言葉を聞いて、素敵なものを見つけたとばかりに表情を輝かせる者がいた。負傷した箇所を
小声でボソッと呟いただけの言葉だったが、治療の為にすぐ傍に居たヤナギの耳には聞こえてしまっていた。爛々と目を輝かせながら、アリエッタに聞こえないように小声でルークに話しかけるヤナギ。
「ルーク様。もしかしてライ君が羨ましいんですか?」
「…………………………………はぁ!!?」
ヤナギから告げられた言葉にしばらく何を言われたか分からなかったルークだったが、言葉の内容を理解すると、思わず大声で反応してしまう。
「……ルーク様、どうしたの? ……です、か?」
「べ、別に何でもねえよ!」
「……?」
突然の大声に驚き、どうしたのかを未だに慣れない敬語で聞いてくるアリエッタ。
問われたルークはヤナギに言われた内容をそのまま伝える訳にもいかず慌てて何でもないと返す。普通ならば鵜呑みにするわけも無い杜撰すぎる言い訳だが、アリエッタは不思議そうに首を傾げながらもそれを受け入れ、ライガを撫でる事に集中した。
ライガを撫で続けるアリエッタを少しばかりつまらなそうに見ながらも、話題が逸れた事に安心したルークは頬を羞恥で僅かに染めながら、ヤナギに小声で問い詰めた。
「おいヤナギ! どういう意味だよそれ!」
「どういう意味って……何の事ですか?」
「だ、だからその……俺がライを羨ましいってヤツだよ!」
「え、違うんですか?」
「ちげーよ! なんでアリエッタに褒められたからって、俺がライをの奴を羨ましがらなけりゃ――――」
「あ、やっぱりルーク様もアリエッタちゃんに褒められたかったんですね!」
「はぁっ!?」
「だって。私、何で羨ましいのかなんて言ってませんよ?」
「がっ、んくっ……!!」
指摘された内容に、顔を更に赤く染めながらも言い返せないルーク。本人は認めたがらないだろうが、ヤナギに言われた事は的を射ていたのだから。
「でも、ライ君が褒められるのはしょうがないですよ。アリエッタちゃんに言いつけられてた事を、ちゃんと守れたんですから」
「…………言われなくても、分かってるっつーの」
先程とはうって変わり、優しい眼差しでアリエッタと戯れるライガ――――ライを見つめるヤナギ。拗ねた口調ながらも、ライがアリエッタの言いつけを守った事は事実なので否定出来ずに認めるルーク。
ライがアリエッタに言いつけられた内容は至極単純。【牙と爪を使わない事】だった。
ライガの最大の武器である爪と牙を封じた理由は、当然ルークに重傷を負わせない為のものである。当然ルークもその理由は理解していたが、曲がりなりにも武人としての矜持なのか、手加減をされた上に何も出来ず敗北したという事実に悔しさを隠せずにいた。
尤もルークに自覚は無いが、アリエッタが主である自分を差し置いてライガを手放しに賞賛しているという事も悔しがる理由の一つなのだが。
屋敷でルークがアリエッタに対して単なる従者として以上の感情を抱きつつある事に気付いていないのは、そういった感情の機微に疎いルーク本人と、その思いを向けられているアリエッタ。後はルークに近付けなくされているガイくらいのもので、ほぼ屋敷の全住民に周知の事実であり、その全員が二人の成長を温かく見守っていた。
……まぁ、ヤナギを筆頭に恋愛に興味のある若いメイド達が二人を見守る眼差しは、結構な比率で生暖かいものが含まれていたりするが。
「ちくしょー……魔獣って、皆ライやフーと同じくらい強いのかよ?」
ライにフー。
獅子に似た魔獣であるライガと、大鷲に似た魔獣であるフレスベルグ。
アリエッタの友人えある魔獣達の中でも、最もアリエッタと強い絆で結ばれている2匹。
この2匹がファブレ家へやって来たのは、ヴァンが屋敷へ来訪してから10日程後の事だった。
中庭で日課である剣術の修行をしていたルークと、それを見守るアリエッタにヤナギ。それはアリエッタがルーク付きの使用人になってからは毎日のように見られる光景だったが、その日はそれだけで済まなかった。修行を一段落し、ルークが一息吐いた直後。ルークの汗を拭こうとしたアリエッタとルークの間に、突如としてライガを乗せたフレスベルグが遙か上空から急降下してきた――――――ライとフーの2匹である。
中庭に降り立った2匹は突然の出来事に唖然とするルークとヤナギを余所に、アリエッタの姿を確認したライは素早い動きでアリエッタをその背に乗せると一息でルーク達から離れ、傍に降り立ったフーと共に敵愾心を顕わにした。
その後は我に返ったルークに、騒ぎを聞きつけた白光騎士団に、執務室に籠っていたクリムゾンまでもが中庭に駆けつけ、あわやファブレ家とライ&フーとの殺し合いに発展するところだったが、ここにきてようやく洒落にならない展開になりつつある事に気付いたアリエッタが慌てて2匹が自分の友人である事をファブレ家の面々に説明し、ライとフーの2匹にも自分が望んでこの屋敷にいる事を伝える。
最初は突然襲来した2匹の大型魔獣に警戒心を露骨に出していたファブレ家の面々だったが、ライとフーがアリエッタに子供のようにじゃれついている様子を見て、そう時間はかからずに警戒を解く事になった。これがアリエッタがファブレ家に住むようになった当初なら、こうも早くファブレ家に2匹が受け入れられる事は無かっただろう。
だがアリエッタが使用人となって数ヶ月が経った今は、彼女の事情とその本質を皆がある程度は理解しており、そのアリエッタが友人だと必死に涙ぐみながら庇う2匹が、自分達を害するわけがないと思えるほどの信頼関係が築けていた。
ヤナギのさり気無いフォローがあっての事だが、人付き合いの苦手なアリエッタが自分から他人と触れ合おうと努力した結果が、こうして形になっていたのだ。
それからもまた一騒動――――空気の読めない庭師が2匹を排除しようとして白光騎士団から袋叩きにされたり、2匹をファブレ家で使役している魔獣として屋敷に置く為の交渉という名の戦いが、ファブレ夫妻とインゴベルト王との間で起こったり――――等といったちょっとした騒動を乗り越え、晴れて2匹はファブレ家に住みつくようになったのだ。簡単には外に出られないライとは違い、大空が庭であるフーは日が高い時間帯は屋敷に居ない事が殆どだが。
ちなみに2匹にライとフーという呼び名を付けたのはヤナギだ。別に彼女が名付け親というわけではないのだが、呼びにくいからと2匹の種族名を略してライ君、フーちゃんと呼びだし、いつの間にかその呼び名が浸透していたというだけのオチだ。当の2匹が嫌がる様子も無く、2匹の友人であるアリエッタが気に入ったという事もあり、ヤナギが初めてそう呼び始めてから二日とかからずに屋敷の皆からそう呼ばれるようになっていた。
さて、そうしてファブレ家に住みつく事になった2匹だが。ファブレ家の使役魔獣として認識されてしまった以上は魔獣と言えど仕事をするのが世の常という物であり。ライ達としてもアリエッタが働いているのを間近で見ているうちに、自分達から動き始めた。
フーはその機動力を活かしてのキムラスカ周辺の巡回を。
そしてライはルークの護衛兼、模擬戦相手としてその高い実力を遺憾なく見せつけていた。
ライがルークと戦うようになったのはクリムゾンからの、ルークが人間以外との戦闘経験も積む良い機会だという提案が発端だった。当初はあまり乗り気ではないルークだったが、キムラスカの外に出る時が来れば必ず魔獣――――人間以外の生物とも戦う事になるという話を聞くと俄然やる気になりライに勝負を挑んだ……のだが、結果は御覧の通り。いくら素質があるとは言え、屋敷内で型にハマった稽古ばかりをしていたルークに、最強のライガ、ライガクィーンの秘蔵っ子であるライの相手になる筈もなく。模擬戦を始めてから一週間、こうして軽くあしらわれ続けていた。
尤も最初は数秒と持たずに負けていた事を考えれば、一週間でまがりなりにも反撃に移る事が出来るようになったのは天武の才と言えるものであり、このままいけば世界有数の剣豪となるのも夢ではないだろうとクリムゾンや白光騎士団からの期待が何気に膨らんでいたりする。
特にクリムゾンに至っては時折何か覚悟を決めたかのような表情を見せるようになり、時間が合えば自らルークの修行を指導するようにもなっていた。
指導と言ってもルークの剣術の基礎は師であるヴァンが修めているアルバート剣術になっており、クリムゾンの剣を今から教え込むのは逆にルークの成長を阻害するだけだと判断。アルバート流剣術の指南書を元に出来うる限りの指導をし、軽く手合せをして体幹の矯正をする等の、地味ながらも確実にルークの成長に繋がる指導を心掛けた。
今まで剣士としては触れ合う機会の無かった父からの指導。ライという超えるべき相手の存在。
この2つの要素が合わさり、ルークの剣士としての向上心はかつてない程に満たされていた。
無論剣士としてだけではなく、ルーク・フォン・ファブレという一個人しても彼は満たされていた。自分を愛してくれる両親に、ヤナギを筆頭とした使用人達と騎士団の面々。そして何よりも――――。
「……全部、アイツが来てからなんだよな」
アリエッタ。
どこか窮屈だったこの屋敷を、温かいものにしてくれた幼い少女。
絶対に口に出しては言わないが、ルークはアリエッタに深く感謝していた。
彼女が来なければ自分は勉強嫌いを直そうとも思わなかっただろうし、剣術の修行も今のように楽しんでは出来なかっただろう。それに……。
「ヴァン先生の事も……」
未だに全てを受け入れる事は出来ず、心のどこかでヴァンを信じたいという思いがあるのは事実だ。
だが、アリエッタがヴァンを拒絶した時に一瞬見せた、路傍の石を見るような冷たい瞳。
あの時見たヴァンの瞳が、ルークの頭から離れなかった。純粋故の直感かヴァンを信じたいという思いとは裏腹に、アリエッタの話に聞いた全てを利用し尽くすような冷酷さこそがヴァンの本当の顔なの
だろうと、ルークは半ば確信していた。
ヴァンの本性を一部とはいえ知ってしまった事は悲しいが、もしあのまま何も知らずにヴァンを妄信していたら……?
そう考えると、少しでもヴァンの事を知る事が出来た事は僥倖としか言えないだろう。
と、そこまで考えて、ルークはある考えに行きつく。
――――自分を裏切ったアリエッタを、ヴァンはこのまま放っておくのだろうか?
ヴァンの本質が冷酷だとすると、裏切者には容赦しないのではないか。
そんな考えが頭を過ったルークは、思わず勢いよく立ち上がり、ライと戯れているアリエッタを見つめた。
「……? ルーク様、どうしたの?」
「あ……いや……」
突然立ち上がったルークを不思議そうに首を傾げながら、透き通った赤茶色の瞳で見つめ返す。
その綺麗な瞳で見つめられ、何故かバツが悪そうに頭を掻きながら座りなおすと、ルークは深く息を吐いた。
(…………大丈夫、だよな? 屋敷にいる間は、いくら師匠でもアリエッタに手出しはできねーだろうし……けど……)
急に立ち上がったかと思えばすぐに座り直し、うんうんと何かを悩みだす。
そんな奇行を始めたルークの様子を、近くにいたヤナギ何かあったのかと思い声をかける。
「ルーク様? さっきからどうかされたんですか?」
「あ? あー……別に大したことじゃねーよ。ライに勝つにはどーすりゃいいかって考えてただけだ」
ヤナギの言葉に一瞬考えていた事をそのまま伝えそうになるが、自分がヴァンを疑っている事を何となく言い出しにくいと思い、思わず適当な理由で誤魔化した。ライに勝ちたいというのは本心ではあるので、別に嘘と言う訳ではないのだが。
どこか含むものがありそうな言い方に対し少し疑問に思うヤナギだったが、すぐに思考を切り替え、うんうんとルークがライに勝てる方法を考え始める。
が、治癒術に関しては非凡の才があるとは言え、戦闘に関しては素人同然のヤナギには当然そんな方法が思いつく訳も無く。
「いっぱい修行して強くなれば勝てます! 強くなれば誰にも負けませんよ!」
――――と、子供でも考え付くような当たり前の返答しか出来なかった。言った本人は、真理を言ったとばかりに自信満々のドヤ顔だったが。
しかし何と言うか、その答えはルークが求めていたものであって。
「…………そっか。そうだな。強くなりゃ良いんだよな」
強くなればヴァンが何かしらの手段に出てきても、自分がアリエッタを護る事が出来る。
(ヴァン
そう決意したルークは覚悟を新たに、休憩は終わりだと再びライに勝負を申し込むのだった。
――――その10分後には、ライの体当たりで壁に張り付けられたルークの姿があったとか。
書き方忘れてるなぁ。今回はルークに少し強くなる理由をつけてみました。まぁアリエッタのためなんですけど。自覚無いだけで、ルークもかなりアリエッタに依存気味です。
次話投稿は、年初めは忙しいのでまた先になります。1月中には投稿出来るといいなぁ。
追記
12/31
1:25
始め300字ほど何故か投稿できてなかったので、修正しました。