無垢の少女と純粋な青年   作:ポコ

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熱さにやられたり友人と遊びまくってたりルミナスアークインフィニティにハマったり手首を痛めたり仕事が忙しかったりで遅くなりました。二週間過ぎちゃったよ……ちくせう。


9話 決別

 シュザンヌからヴァン・グランツの来訪を告げられた翌日の早朝。いつものようにルークの居室前で合流したルークとアリエッタは、これからの事について話し合っていた。

 尤も話し合うと言っても、ルークがアリエッタを心配する発言が殆どだったが。ヴァンの狙いがアリエッタと聞けば、その心配も当然だろう。

 

「なぁ。昨日母上から何を頼まれたんだ?」

 

 何と声を掛けても俯き曖昧な返事を繰り返すアリエッタに対し、少しでも不安を取り除こうと考えたルークは昨夜自分が去ってからの事を尋ねた。あの母ならきっと、しっかりと根拠のある言葉でアリエッタの不安を取り除いてくれている筈だと思い。

 

 だが、顔を上げたアリエッタの表情はルークの期待していたものとは違い、不安とも安心とも取れないなんとも言えないものだった。

 それを怪訝に思い再度問おうとしたルークだったが、それよりも先にアリエッタが話し出した。

 

「シュザンヌ様、自分が話を振るまでは挨拶と返事以外しないようにって、アリエッタに言った……です」

「へ?」

「あと、ルーク様も、出来るだけ口を出さないで、アリエッタと一緒にいるようにって」

「俺も? ……それって、要するに母上に全部任せろって事じゃねーのか? だったら俺達が一緒にいない方が良いんじゃ?」

 

 自分にもアリエッタにも口を出すなという母の指示に、それなら最初から同席の必要は無いのではないかと疑問に思うルークだったが、アリエッタは静かに首を横に振った。

 

「アリエッタには、最後にやってもらう事があるって。それに、アリエッタが一緒にいないと、ヴァン……総長は、無理やりアリエッタに接触するかもしれないって」

「ふーん……ん? じゃあ俺はどうすりゃいーんだ? 別にいなくても良いんなら、今はあんまりヴァン師匠に会いたくねえんだけど……」

 

 ヴァンの名を呼ぶ時に僅かに眉を顰めたアリエッタを尻目に、自分はどうすれば良いのかを尋ねるルーク。

 アリエッタを心配する気持ちは確かではあるが、アリエッタの証言と母であるシュザンヌの言葉からヴァンを全面的には信頼できなくなっているルークは感情の整理が出来ておらず。そんな自分がいては何か母やアリエッタにとって都合の悪い事を口走ってしまうのではないかと、2人と共にヴァンに会う事に不安を感じていた。

 

 

 

 ――――くいっ

 

 

 

「ん?」

 

 そう考えていたルークだったが、この半月で慣れた服を引っ張られる感覚に従い目を向けると、アリエッタがぬいぐるみを強く抱きしめて俯いたまま、ルークの上着の裾を強く握りしめていた。

 

「……なんだよ」

「…………や、です」

「あん?」

「ルーク……様も、一緒にいてくれないと、イヤ……です」

 

 一瞬だけ顔を上げそう言うと、再び顔を俯かせるアリエッタ。服を握る手は僅かに震えており、ヴァンとの再会がどれだけ彼女にとって恐ろしい事なのかを察したルークは、溜息を一つ吐きながらもその願いに応じた。

 

「……まぁ、従者の面倒を見るのは主人の役目だからな。お前が変な事をしでかさないように、傍で見張っててやるよ」

 

 ぶっきらぼうながらも優しい言葉に、アリエッタは勢いよく顔を上げる。

 僅かに頬を染めながら前を見て歩くルークをしばらく見つめると、嬉しそうに表情を綻ばせた。

 

「ありがとう、ルーク!」

「んなっ……。べ、別に当たり前の事だっつーの!」

 

 満面の笑みで礼を言うアリエッタ。

 その魅力的な笑顔を見たルークは、僅かに赤くなっていた顔を林檎のように更に赤くさせると、アリエッタの手を振りほどき大股歩きで先に食堂へと向かう。アリエッタがつい“様”を付け忘れてしまった事にも気付かなかった事を考えると、どれだけルークが混乱したのか分かるだろう。

 

 ルークに置いて行かれ呆然としていたアリエッタだったが、先に進んでいたルークに大声で呼ばれると我に返り、慌てて小走りでルークの後を追う。

 その様子は、二人が主従という枠を超えた強い絆で結ばれている事を確信させるには十分すぎる光景だった。

 

 

 ◇

 

 

 朝食を終えてから2時間程。大広間でファブレ一家が各々の時間を過ごしていると、控えめなノックの音が広間に響く。クリムゾンが許可を出すと、ヤナギが一礼と共に来室し、クリムゾンとシュザンヌへ報告を行った。

 

「旦那様。奥様。ヴァン・グランツ様が御来訪されました。来賓室でお待ちして頂いております」

 

 その報告を継げた瞬間、広間中に緊張が走った。クリムゾンとシュザンヌは僅かに眉を顰め、ルークとアリエッタは緊張、困惑といった感情を露骨に顔に出していた。

 

「そう……分かったわ。ありがとうヤナギ。貴女はこの人と一緒に下がっていて頂戴」

「旦那様は御一緒でなくて宜しいのですか?」

「ええ。この人には溜まっている国務がありますから。それに、昔からこういう腹芸は私の担当なのよ?」

「むう……」

 

 言外にクリムゾンを足手纏い扱いしているシュザンヌだったが、実直な性格故に自分でもこういった事には不向きだと自覚しているクリムゾンは何も反乱できず。ヤナギは心で苦笑した。表情に出さないところは、ヤナギも流石にファブレ家のメイドというところか。

 

「それじゃあルーク、アリエッタちゃん。ヴァンのところに行きましょうか」

「あ……わ、分かりました母上!」

「は、はい……です」

 

 ヴァン来訪の報せに固まっていたルークとアリエッタだったが、シュザンヌに呼ばれると我に返り慌てて立ち上がる。

 その様子を苦笑しながら一瞥すると、シュザンヌは二人を連れて広間を後にして来賓室へと向かう。その瞳に、確固たる意思を秘めて――――。

 

 

 ◇

 

 

「お久しぶりですシュザンヌ様」

 

 来賓室へとシュザンヌを先頭に3人が入ると、それに気付いたヴァンがすぐさま来賓用のソファーから立ち上がり、シュザンヌへと一礼した。

 

「ええ、久方ぶりですねヴァン。最後に屋敷に来たのは2ヶ月程前でしたか……それで、今日は何の要件で来たのですか? ルークの剣術の稽古は3ヶ月に一度ですから、まだ一月は先の筈ですが」

 

 シュザンヌは柔らかく微笑みながら返事を返すも、その瞳は全く笑っていなかった。

 ヴァンはそれに気づく事無く、澄ました顔で要件を切り出した。

 

「はい。私が本日来訪させて頂いたのは、とある情報を得たからです」

「その情報……というのはどのような?」

「それが、ファブレ公爵家に導師守護役の制服を着た少女が居る……といったもので」

 

 そう告げると同時に、ルークの斜め後ろに立つアリエッタを一瞥する。

 アリエッタが肩を震わせる様子に満足げに口の端を僅かに上げながら、更に話を続けた。

 

「丁度ダアトでは依然導師守護役だったものが一人、行方知れずになっていまして。首席総長として、またルーク様の剣の師として、その情報の真偽を確かめに来たのです。そして――――どうやら、情報は正しかったようで」

「と、言うと?」

「ルーク様の後ろに立つ少女。其の者こそが、元導師守護役であるアリエッタなのです」

 

 そう言い終えると、今度は真正面からアリエッタを見つめるヴァン。俯き肩を更に大きく震わせるアリエッタだったが、それを見かねたルークがヴァンの視線から庇うようにアリエッタの前に立つ。

 その様子を僅かに怪訝に思いながらも、些細な事だとすぐに思考から外し、シュザンヌへと再度視線を戻した。

 

「それで、ヴァン。貴方は結局何を言いたいのですか? 情報の確認だけなら、これでもう用は済んだでしょう」

「いえ、シュザンヌ様。私の要件はまだ済んでおりません。本題が残っております」

「そうですか。では、貴方の本題とは?」

 

「無論、ダアトから脱走した部下を連れ戻す事です」

 

 脱走。

 

 その言葉を言い放った途端、シュザンヌの態度が一変した。

 尤も一変したと感じたのはヴァンのみで、傍からみればシュザンヌの態度は最初から一貫していたのだが。

 

「脱走? 可笑しな事を言うのですねヴァン」

「……可笑しな事、ですか?」

「アリエッタは我がファブレ家の使用人です。それを脱走などと犯罪者のように扱うなどと、どういうつもりですか?」

 

 シュザンヌの有無を言わさぬ迫力に、言葉に詰まるヴァン。

 だが仮にも総長という立場の成せる事か。一つ咳払いをすると、澄ました表情を繕い、シュザンヌと対面する。

 

「どういうつもりと仰られましても……ダアトの一兵卒としての立場を放棄し、どうやったかは存じませぬが他国の貴族の屋敷へと入り込む愚行を行った部下を連れ戻しに来るのは、上司として当然ではありませんかな?」

 

 自信有り気に言い切るヴァンだったが、その様子はシュザンヌから見れば滑稽にしか見えなかった。

 

「一兵卒としての立場の放棄、ですか。では一つ聞きますが……アリエッタがいつ、ダアトの兵になったというのですか?」

 

「………………は?」

 

「ですから、いつアリエッタがダアトの兵になったのかと聞いているのですよ。彼女が屋敷に来た当初、素性について聞いたのですが。彼女は魔獣に育てられていたところをヴァン、貴方に拾われたそうですね?」

「え、ええ……そうですが」

「そしてダアトに連れ帰り、最低限の知識を与えてからは導師イオンにアリエッタを預け、そのまま導師守護役に任命された、と。これに間違いはありませんね?」

「…………間違いありませんが。それが何か?」

 

 意図の分からぬ問いに困惑を隠せないヴァン。

 その困惑も、次のシュザンヌの言葉で呆然に変わる事になった。

 

「では貴方は、戸籍も無ければダアトの市民でもない少女を無理矢理導師守護役にしていたと。これは立派な犯罪ですよ? ヴァン」

 

「なっ!?」

 

 唐突な犯罪者呼ばわりに、思わず大声を上げるヴァン。

 そんな事は知らぬとばかりに、シュザンヌの声は止まらない。

 

「幼い少女をダアトに都合の良い立場に育てる。これだけなら人道的にはどうかと思いますが、まぁ良いでしょう。

 ですがそれは、少女がダアトの市民であり、尚且つ両親の同意があった場合です。貴方は両親を亡くした孤児であるアリエッタを保護する事もせず、人間社会について教える事もせず、あろう事か上司である筈の導師イオンに教育を全て任せ、都合の良い時のみ自分の命に従うように教育……いえ、これはもう洗脳、調教ですね。それをした。これは立派な児童虐待ですよヴァン」

「お、御待ち下さいシュザンヌ様! 私は魔獣からアリエッタを保護しました!」

「魔獣から保護、ですか。保護とは最後まで責任を持って面倒を見て初めて保護と呼ぶのですよ。貴方はアリエッタを養子にする事もせず、戸籍も作らず、教育もせず。これをどうして保護と言えますか?」

「ぐ、ぐむっ……!」

「それと、戸籍の無い時点でアリエッタは正式には信託の盾騎士団には所属出来ていません。入団届が書ける筈がありませんからね。元から所属していないアリエッタが、どうして脱走など出来ましょうか」

「…………!」

 

 正論。

 有無を言わさぬ正論に、ヴァンは押し黙るしかなかった。

 それでも何とかアリエッタを手元に戻そうと、悪あがきを続ける。彼女の魔獣と意思疎通出来るという能力は、手放すには惜しすぎる能力なのだから。

 

「で、ですが! それを言うならアリエッタがここで使用人として勤めている事も同じ事が言えるのではないですか!?」

「アリエッタの戸籍ならば、当家の使用人として雇用すると決めてすぐに作らせましたよ。名義上は使用人の一人であるヤナギの妹として」

「なっ!?」

「え?」

 

 それを聞いたヴァンは勿論、シュザンヌの後ろで話を聞いていたルークも初耳だと声をあげる。思わずアリエッタの方を向くと、彼女は小さく頷いた。

 アリエッタは屋敷に留まると決めたあの日にシュザンヌとヤナギから説明があり、戸惑いながらもそれを受け入れていた。そのせいでヤナギのアリエッタに対する好感度は上限を振り切り、度々暴走する事になっているのだが。

 

「これがアリエッタの雇用届の写しです。ですから、貴方が心配する必要は何もありませんよヴァン」

「で、ですが……あ、アリエッタは導師イオンに懐いていました! それを無理矢理引き離す事こそ、道徳に反するのではありませんか!?」

「導師イオン、ですか。その導師イオンから直々に解雇通知を受けたとの事ですが?」

「それは預言故に仕方のない人事だったのです! アリエッタも混乱してダアトを飛び出してしまっただけで、落ち着いた今ならダアトに戻りたいと思っている筈!」

「ふむ……そうですね。確かに、本人の意思を無碍にするのは望むものではありません。では、本人に直接聞いてみてはいかがですか?」

 

 そう言うと、アリエッタへと視線を向けるシュザンヌ。

 突然話を振られたアリエッタは戸惑うが、シュザンヌの強い眼差しに気付くと、一目ルークを見てから強く頷き、決意の表情でシュザンヌの隣へと立つ。

 

「お久しぶり……です。ヴァン、総長」

「おお、アリエッタ! 迎えに来たぞ! さあ、私と共にダアトへ帰ろう。何、勝手にダアトを出た事に関しては私が何とか取り成そう。安心して戻って来ると良い」

 

 先程までシュザンヌに対して向けていた引き攣った笑顔ではなく、親しみやすい笑顔をアリエッタに向けるヴァン。

 ダアトに居た頃のアリエッタなら迷わずその手を取っただろうが、ヴァンの真意。イオンの真実。そしてファブレ家で出会った本当の温もりを知った今の彼女から見れば、それは醜悪な悪魔の誘いにしか思えなかった。

 

 ヴァンから一歩後ずさり、黙って首を横に振るアリエッタ。

 よもや拒否されるとは思っていなかったのか、ヴァンの笑顔が僅かに引き攣った。

 

「…………アリエッタ?」

「……アリエッタは、行かない」

「何?」

 

 そこまで言うと顔を上げ、涙目になりながらも強い眼でヴァンを睨む。

 

「アリエッタは行かない! ダアトはアリエッタのいたい所じゃない!!」

「……イオン様はどうするのだ?」

「イオン様はアリエッタをいらないって言った! だったらアリエッタも、あんなイオン様はいらない! ダアトもいらないッ!!」

「…………そうか」

 

 ――――アリエッタはもう、ダアトへ戻る事は無い。無理やり連れ戻したとしても、使い物にはならないだろう。

 ようやくそう判断したヴァンは先程までの笑顔から一転、冷たい眼でアリエッタを一瞥するとシュザンヌに向き直った。

 

「失礼しましたシュザンヌ様。アリエッタはダアトへ戻る気は無いようです。引き続きファブレ家の方で見て頂いて宜しいでしょうか?」

「最初から言っている筈ですよヴァン。アリエッタはもう、ファブレ家の一員だと。貴方の気にする事ではありません。彼女をルーク付きにしたおかげでルークも成長していますし、最早アリエッタは当家に無くてはならない存在です」

「ルーク付きの使用人? …………成程、そうですか」

 

 アリエッタがルーク付きの使用人になっていると聞くと、ヴァンは何か得心したかのように頷いた。

 

「ルーク」

「……は、はい。何ですか? ヴァン師匠」

「アリエッタの事を宜しく頼むぞ」

「? ……分かりました」

「うむ。ではまた、剣の修行がある一ヶ月後にな」

 

 そう言うとシュザンヌに一礼してから、屋敷を去っていくヴァン。

 

 

 

 

 

 

「……………………所詮は子供か。新しい駒を見つけねばな」

 

 

 

 

 

 その呟きは誰にも聞かれる事は無かった。

 




ヴァンがシュザンヌ様が内心ぶちキレてるのに気付いてないのは、自分に関係ない人間に興味皆無。預言に操られた愚者と見下してるせいです。原作でも油断の塊ですものヴァン。ジェイドだけでもしっかりしてたら、アクゼリュス崩壊はともかくローレライがヴァンに囚われる事くらいは防げたんじゃないかと思えて仕方ないです。

ちなみにシュザンヌ様が露骨に目が笑ってなかったのはワザと。ヴァンがどれだけ自分を警戒してるかを量る為でした。その結果全く気付いてなかったので、全く遠慮してません。ヴァンが気付くようだったら、もっと回りくどくやってました。

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