結果は活動報告の方に書いておきますが、ジェイド、アニス、ナタリアがかなり予想外の事になりました。常識人が増えたおかげで結果的に助かったけど。全員ヘイトになった場合の最終手段としてグレンやアスランの参戦も考えてたので。
この2週間の間に色々考えたけど、原作前に何人かフラグ立てなきゃダメですね。極端な性格改変にならないように頑張らないと。え、ファブレ夫妻? あの二人は例外です。ルークとアリエッタが本当に幸せになるには、あの二人の協力が必須だと思ったので。
アリエッタが正式にルーク付きの使用人となって数週間。
その短くも濃い時間の間、ファブレ家ではいくつかの変化が起きていた。
一つに、屋敷に笑顔が増えた事。
以前も貴族の屋敷としては雰囲気が柔らかく温かい環境ではあったが、アリエッタが勤め始めてからはそれが更に顕著になっていた。十代前半にしか見えない愛らしい少女が、自らの主の為に慣れない業務や勉強に必死に励む姿は、それを見守っていた屋敷の住人達の心を自然に温かくしていた。
その筆頭たるヤナギに至っては、アリエッタから片時も離れようとしない程である。アリエッタの教育係というせいもあるが、業務外でも必要に迫られた場合以外は離れようとせず、アリエッタを本当の妹か娘かのように可愛がっていた。普段は温厚なヤナギが、アリエッタの住む部屋を決める際にシュザンヌへ有無を言わさぬ迫力で自分の部屋に共に住まわせる事を要請した程と言えば、どれだけヤナギがアリエッタを大事に思っているかが分かるだろう。些か行き過ぎの面もあり、時折シュザンヌやルークに灸を据えられる事もあるが、その辺りは御愛嬌と言うべきか。
それは使用人以外も例外では無かった。
屋敷の主人であるファブレ公爵夫妻――――特に妻であるシュザンヌは、アリエッタをヤナギ程まではいかなくとも、娘のように愛情を注いでいるのが誰の眼にも明らかだった。
そしてアリエッタの主であるルークに至っては、一か月前とは別人とも思える程に、表情に変化が出ていた。以前から感情豊かなルークだったが、その殆どは仏頂面、怒り、憤慨等のマイナスの表情が多く、笑顔は両親とヤナギの3人の前以外で見せる事は殆ど無かった。尤もルークの不器用な優しさは殆どの使用人が理解しており、ルークに対して悪感情を抱く者は殆どいないのだが。
そのルークが屋敷の使用人に微笑を浮かべながら挨拶をするようになっていては、別人ではないかという冗談が出ても仕方のない事だろう。誰も本気で言っているわけではないが。
ルークの周囲への対応が激変したのは、アリエッタの影響であるのは疑いようの無い事だった。
アリエッタが自分付の使用人になって最初の頃は彼女の不慣れな仕事ぶりに対し難しい表情を浮かべていたルークだったが、それは数日で消える事になった。
決して要領が良いとは言えないアリエッタだったが、それは彼女自身も理解していた。それでも導師守護役を立派に勤めていた事を考えれば、アリエッタがどれだけ努力家なのかは自然と解るだろう。
その必死に努力し、日に日に使用人としての技術が上達していくアリエッタを見守っているうちに、ルークに変化が訪れた。自分からアリエッタのフォローをするようになったのだ。アリエッタがヤナギに使用人としての教えを受けている時は出来るだけ傍で見守り、シュザンヌに
以前から王族としての教育は受けていたルークだったが、その態度は真面目ではあっても熱心ではなく。最低限の知識以外は習得しようとせず、殆どの時間を自分の好きな剣術の訓練に費やしていた。両親に恥ずかしくない程度の知識があれば、それで良いと考えて。
それだけを聞けばただの我儘に聞こえるが、ルークが勉強嫌いになったのには訳がある。それを知っているからこそ、シュザンヌやクリムゾンもルークの行動に何も言わなかったのだから。
その理由とは、ルークが誘拐から帰ってきてしばらくが過ぎた4年半前まで遡る。
全てを忘れ赤ん坊のようになっていたルークが、ようやく言葉や文字を理解し始めた頃。誰も望まぬ来訪者があった。
ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア――――ルークの婚約者である彼女は、あろう事か未だ満足に会話も出来ないルークに対し、彼女自身でも理解できるかどうか怪しい程の難読書を大量に、それも無理矢理に理解させようとしたのだ。
“神童と呼ばれた以前のルークなら出来る筈”
“これくらい出来なければ、約束を守れない”
“早く自分の婚約者として相応しくなれ”
“自分の愛でルークの記憶を取り戻して見せる”
このような事を、ルークから見れば見知らぬ少女から延々と繰り返されれば、勉強に嫌悪感を抱くのは当然だろう。
見かねたシュザンヌがナタリアを止めたが、自分のする事が最もルークの為になると考えているナタリアには通じず。父である国王にファブレ夫妻の予定を聞きだし、シュザンヌが屋敷に在宅していない時を狙って来訪し、ルークに勉強を強制し続けた。それはヤナギが屋敷に勤め始める半年後まで続き、ナタリアの暴挙が明らかになる頃にはルークの勉強恐怖症は根深いものとなっていた。
それからはシュザンヌやヤナギ達の尽力でルークの勉強恐怖症は幾らか緩和されたが、それでも完全に癒される事は無く。ルークは最低限の勉強しかしなかったのではなく、出来なかったのだ。
そのルークが自分からアリエッタと共に学びたいと言い出した時のシュザンヌの衝撃は、凄まじいものだった。思わずルークを涙ながらに抱き締めるシュザンヌ。落ち着いてから学ぶ理由を尋ねたが、その理由もまた驚くものだった。
『だって、その……俺より年下のアリエッタが頑張ってんのに、主の俺が何もしないとか恥ずかしいし……使用人よりしっかりしてない主なんて、貴族として有り得ませんよね?』
照れ臭そうに頭を掻きながらそう答えるルークを見て、シュザンヌは深くアリエッタに感謝した。自分の愛する息子を、この短い期間で成長させてくれた少女に。
それからのシュザンヌ主催の学習会は、アリエッタ一人のものより密度の高いものになった。最初は軽度の勉強恐怖症故にある程度時間が経つと挙動不審になり始めていたルークだったが、隣で共に学ぶアリエッタを見ると表情を引き締め、負けてられるかとばかりに参考書に顔を戻す。
そんな息子の様子に感極まったシュザンヌは、ヤナギも巻き込みどんどん二人の教育に熱が入っていった。これには努力家のルークとアリエッタも流石に弱音を吐き始めたが、それでも決して止めようとはせず。負けず嫌いのルークと、意外と同じように負けず嫌いなアリエッタは、競うように知識を吸収していった。
勉強恐怖症をほぼ克服し心に余裕が出来たおかげか、憮然とした物が多かったルークの表情は次第に柔らかくなっていった。挨拶を交わす程度の交流しかなかった使用人にも、自分から笑って労を労える程に。尤も、口調は粗暴なままだったが。
そのルークの変化を目の当たりにした殆どの使用人達は驚き、ルークの身の回りで働くある程度ルークに近い一部の使用人達はその変化を我が事のように喜び、その原因となったであろうアリエッタを、これまでよりも可愛がるようになった。
◇
こうしてファブレ家に新しい風を吹き込んだ事で一躍人気者とアリエッタだったが、その屋敷の空気の変化を喜べない者も僅かに2人いた。
一人は当然と言うべきか、ルークの婚約者であるナタリアである。
シュザンヌにアリエッタへの態度を叱責されて以来、彼女への悪感情を出来るだけ表には出さないようにはしていたが、ナタリアのアリエッタへの敵愾心は日に日に増していった。
普通に考えれば当然だろう。立場だけを見ればルークはナタリアの婚約者であり、アリエッタはただの使用人。その使用人が婚約者である自分を差し置いてルークと絆を育んでいるのだから。
それだけではなく、当のルークのアリエッタへの態度が明らかに特別な人に対する態度なのだ。それが何よりもナタリア気に入らない。ルークの自分へ向ける言葉が罵詈雑言ばかりなのに対し、アリエッタには粗雑ながらも優しい言葉をかけるのだから。
ナタリアは気付かない。
何故自分がルークに嫌われているのかを。
自分がファブレ家の人間からどう思われているのかを。
ナタリアは気付けない。気付こうともしない。
自分がルークを見ていない事を。
幼い頃に交わした約束以外にルークに価値は無いと、自らの行動で示している事を。
全てに気付かず、彼女は今日もファブレ家に赴く。アリエッタをルーク付きから外すよう、ファブレ夫妻に直談判する為に。その行いが周囲にどう映るかを、考えもせず――――。
◇
アリエッタの影響を受け入れる事が出来ないもう一人の人間は、元ルーク付きの使用人、ガイだった。
彼は自分がルークの一番の理解者であると信じて疑わない。
それを理解せずに自分をルーク付きから外したクリムゾンに憤慨し、自分が離れる事をあっさりと受け入れたルークに対しても理不尽な怒りを抱いていた。
仮にも主人の決めた事なので渋々従っていたが、納得する事は出来ず。庭師であるペールの補助を命じられてはいたが、元々ペールだけで事足りていた仕事をルーク付きの使用人さえ真面目に務めていなかったガイがするわけもなく。空いた時間を剣術の鍛錬と、ルークの観察に費やしていた。
本来ならルークに近付きたかったが、ここ最近のルークはアリエッタと共に勉強や鍛錬に励んでおり、接触する隙が無い。その事が、ガイの不満を益々増長させていた。
そんな中、ふとガイは無意識に邪魔者だと感じているアリエッタについて考えた。
ふとファブレ家に現れた、導師守護役の制服を着た少女。クリムゾンは何も言わなかったが、あれを着ていたという事は、彼女は導師守護役ではないのか? それが何故、ファブレ家で使用人になっているのか。
――――もしかすると、何かダアトに帰れない事情があるのでは?
一度そう考えると、ガイの中でどんどんアリエッタへの疑問が増していく。
そしてガイは、一つの行動を起こす。
ダアトにいる自分の共犯者に向けて、鳩を飛ばすという愚行を――――。
◇
「だーっ! やっと終わったー!」
「疲れた……です……」
いつものように密度の高い授業が終わり、机に仲よく突っ伏すルークとアリエッタ。
疲労困憊ながらも、二人の表情はどこか達成感に満ちていた。
「ったく、母上も少しは手加減してくれよなー」
「でも、シュザンヌ様の授業。イオン様より解りやすかった……です」
ルークの愚痴に対し、イオンよりも解りやすいから良いと呟くアリエッタ。
アリエッタのダアトでの教師役はオリジナルのイオンだった。教師役と言っても、文字と言葉。それと簡単なダアトの情勢についてのみだったが。
彼の教え方はアリエッタをからかいながらだったので、とても集中できず。アリエッタをダアトへ連れて来たヴァンが全てをイオン任せにしていたせいもあり、アリエッタは最低限の知識しか身に着ける事が出来なかったのだ。
アリエッタの言葉が気になり、導師イオンがどうやって教えていたかを聞き返したが、その内容を聞くと呆気にとられた表情を浮かべた。
「なんつーか……イオンってすげーヤツだったんだな」
「…………うん。イオン様……凄かった」
「ふーん……一回くらい会ってみたかったな」
「アリエッタも、ルーク様に会って貰いたかった、です」
以前はアリエッタの事情を知るルーク達4人は過去に必要以上に触れないように気を遣っていたが、最近では今のようにアリエッタ自身からイオンの話を出す事があった。それがイオンとの事を思い出に出来た証なのか、それともイオンの事を思い出さずにはいられない故なのかはルーク達には分からないが、少なくとも悪い事ではないだろうと感じていた。
「二人とも。ちょっと良いかしら?」
「母上?」
「シュザンヌ様?」
思い出話に花を咲かせながら各々の自室へ戻ろうとした二人だったが、後ろからシュザンヌに呼び止められる。その真剣な表情に大事な話だと判断した二人はシュザンヌの方へ向き直ったが、その口から話されたのは、近い内に来る機会だと3人ともが感じていながらも、まだもう少し猶予があると思っていた事だった。
「…………明日、ヴァンが屋敷に来ます」
「「っ!?」」
それを聞いた二人は、それぞれ違う反応を見せた。
ルークはヴァンへの剣の師としての尊敬と、アリエッタの証言からの不信感で揺れ動き。
アリエッタは唇を噛みしめ、その小さな手を強く握りしめた。
「ヴァン
「それがどうしても確認しておきたい事があるから訪ねると、一方的に報せて来たのです。もしかすると、狙いは……」
そこで言葉を切り、ルークから視線を逸らすシュザンヌ。その視線の先に居たのは――――。
「……アリエッタ?」
「ええ。どこかから、アリエッタちゃんがこの屋敷に居ると知ったのかもしれません。だとすれば恐らく目的は、アリエッタちゃんをダアトへ連れ戻す事でしょう」
「んなッ!?」
「……っ!」
シュザンヌの推測を聞き、怒りから一転怯えた表情になり、ルークの服の裾を強く掴むアリエッタ。それを見たシュザンヌは、安心させるように微笑みながらこれからの事を伝えた。
「大丈夫ですよ二人とも。アリエッタちゃんが望まない限り、そんな事はさせませんから」
「母上……」
「私を信じなさいルーク。それでアリエッタちゃん。ちょっと手伝って欲しい事があるから、少しだけ時間を貰えるかしら?」
「あ、は、はい……です」
シュザンヌに呼ばれ、戸惑いながらもその後を付いて行くアリエッタ。
その背中が部屋の中に消えるまで、ルークは複雑な表情で見つめていた。
「…………ヴァン
誰もその疑問に答える事は無く、呟いた声は夕暮れの空に溶けていった。
なんかアリエッタがルークの精神安定剤みたいに。
ナタリアを散々こき下ろす描写がありますが、ナタリアがアニメで実際にやってた事です。よくあれでルークはまともに育ったもんだ。
次回は遂に、ヴァン来襲。
ちなみにヴァンにアリエッタの事を教えたのは、勿論ガイです。本人は善意のつもり。