アブソリュート・レギオス   作:ボブ鈴木

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01.滅び行く世界に転生者は立つ

槍殻都市グレンダンは、王政によって統治される都市国家である。

移動都市という地理的条件、武芸者個人の武力を尊重する風潮など様々な要因が絡まってはいるが、王室は磐石の権力を維持し続け、現在に至るまで政権を転覆されたことは一度も無い。

輝き止まぬ王の威光。しかし……だからこその闇もある。

――――ライヒハート家。それはグレンダンの闇として、最も代表的な例の一つとして挙げられる存在であった。

彼らに課せられた役割は『死刑執行』。王家に仇名す反逆者を刈る処刑人一族、それがライヒハートだ。

 

処刑人とは言われるが、実際の刑の執行にライヒハートが関与することは極めて稀であった。

それもその筈だ。そもそも死刑というものがグレンダンにおいて、遠い過去に形骸化している物であるのだから。

閉鎖された社会である移動都市を治めるにあたって、恐怖政治というのは愚の骨頂だ。

都市から一歩出れば死の大地が広がるこの世界に逃げ場所はない。恐怖で縛られれば、逃げ場のない民の心は容易く摩耗し、国は荒み王権は瓦解するだろう。

王を頂点とする事を前提に置くグレンダン政府にとって、恐怖政治に結び付きかねない死刑制度を『抜かずの剣』としておくのは止むに止まれぬ事情であり、過去未来において変わらぬ不文律であるのだ。

故にグレンダンではどんな大きな罪を犯そうとも、刑が死罪に次ぐ都市外永久追放を越える事は『ごく一部』の例外を除いて有り得ない。

 

ならば何故、ライヒハートが必要とされるのか?

理由は一つだ。グレンダンには居るのだ、その例外たる『ごく一部』が。

武芸の本場と知られるグレンダンに在って、なお規格外とされる最強の武芸者。

隔絶した実力のみを持ってしか得られない都市最高の栄誉にして、武芸者の頂点である証明。

それが『天剣授受者』。人に生まれながら人の法には縛りきれぬ、武芸者という分類からも逸脱した正真の異端者たち。

故にライヒハートは天剣授受者を裁く。人の道より外れし天上の剣が、人を切る悪鬼と成り果てた時。

突出した戦力への抑止力。それが処刑者たるライヒハートに定められた存在意義であった。

 

 

 

 

そんなライヒハート家には、跡継ぎとして一人の男子が居た。

彼は特に突出した部分のない、凡庸な少年であった。敢えて言うなら多少屈折した性根の持ち主ではあったが。

ライヒハートは日陰者だ。王家の臣下ではあっても、その責務に名誉が付随することは有り得ない。

常人たる権力者が、常軌を逸した化物である天剣授受者が何時か自分に牙を剥くのではと戦々恐々とする余りに用意した、王室に忠実なる暗殺者。

しかし天剣授受者あらざるライヒハートもまた、常識の範囲内の武芸者一族でしかなく。天剣授受者に匹敵する程の武芸者はこの数百年には一人も現れていない。

せめて主君の矢となり盾となれとの忠義の志ざしも失われて久しく、ただ惰性と権力によって縛られ家は存続させられ続けてきた。

 

元より超常の代名詞たる天剣授受者に勝てることを期待されていたわけでない。王家の懐刀としての武芸者が居る、その建前だけにライヒハートは存在していた。

用を為さぬ鈍ら、錆び朽ち果てた懐刀。そう蔑まれ続けた一族の跡目を生まれた時から強制されてきた少年が己の不運を恨むのは、無理からぬ事であったと言えよう。

――――そんな不幸を嘆く少年が、更に不幸な目にあった時。運命の歯車が、音を立てて動き出すのであった。

 

 

 

 

グレンダン高級住宅街の最も外れに、鬱蒼とした木々で宅邸を隠すように佇むライヒハート邸。

本邸の脇に設けられた練武館は、本邸と同じく装飾性の欠片も感じられない質素な造りの建物であった。

事の発端は、その練武館で起きるのであった。

 

――――ユリウス・ライヒハート。

現ライヒハート家当主の一人息子であり、一子相伝のライヒハートの武芸を学ぶ見習い武芸者である。

ライヒハートに生まれた以上、例え家を継がず市井に出た所で、まともな生活など出来はしない。

父である当主が息子にしてやれるのは、せめて息子に生きる為の糧である武芸を教える事と、欲しくもない当主の座を争う他の兄弟を作らぬ事。

そして、ただ惰性のままに訓練をこなす息子の無気力な態度を黙認することだけであった。

自分の父がそうであった様に、現当主もユリウスへ多くを望みはしなかった。受け継いだ技を形としてグレンダンに残す、それ以上は王家も貴族たちも求めてはいないのだから。

 

そんな諦観の境地に生きる当主を、更に憔悴させる様な出来事が起こった。

武芸の修練中だったユリウスが事故により重症を負い、意識不明の状態に陥ったのだ。

武芸者の扱う剄技は汚染獣すら屠る事を可能とする物だ。人一倍意識が低く、その恐ろしさを欠片も理解していない未熟者が、一歩間違えれば自身すらを傷付けるそれを扱っていたのだ。事故は起こるべくして起こった物と言えよう。

 

幸い、怪我そのものは命に別状をもたらす物ではなかった。

意識を失っていたユリウスも数日で目を覚まし、日頃にも増して通夜か葬式かといったライヒハート家の暗鬱な雰囲気も幾分か和らいだのであった。

最悪の事態にならず胸をなで下ろした当主。しかし安堵する余り、彼は息子の様子が些かおかしい事に気がつかなかった。

普段なら鬱屈とした少年の眼は困惑に揺れていながらも、以前にはない輝きが確かにそこにあった。

―――まるで彼が、以前とは別人になってしまったかの様に。

 

 

 

「どうやら俺は、"鋼殻のレギオス"の世界に来てしまったらしい」

 

目を覚ましたユリウス――――否、"ユリウスとなった"男はそう独り言ちた。

男は平凡な日本人だった。別に高学歴ではないが自宅警備員でもない、普通の高卒若手社会人だ。

色々な不運が重なって死ぬ様な目に遭い、気が付けば見知らぬ場所に居て、見知らぬ男に息子として扱われていた彼は混乱した。

しかし、状況を把握し順応するのもまた早かった。理由は彼にはよく聞き覚えのある単語が幾つか耳に入ってきたからだ。

 

『槍殻都市グレンダン』『武芸者』『汚染獣』……これだけ聞けばもう十分であった。

此処が彼が学生の頃に読んでいたライトノベル、鋼殻のレギオスの世界そのものであるのを理解した。

加えて自分が置かれている状況が『転生憑依』というSS界隈ではある意味有名なそれである事も。

オタクの順応性というのも意外と馬鹿には出来ないのだ、特にこういう場合には。

 

「剄脈は有るし、家も古い武芸者一族。しかも原作開始までの時間もある……行けるぞ!」

 

ユリウスはそこで一つの目標を掲げた。それは夢、あるいは野心と言っても良かったのかもしれない。

遠くはない未来、この世界は滅亡の危機に瀕する。その危機を乗り越えるための戦いに、自分も参加しようと。

彼は凡そ全てを知っていた。アイレインとイグナシスの戦いによって幕を閉じる旧世界の結末、リグザリオとサヤによる世界の創造。

フェイスマンシステムによる狼面衆の暗躍、そしてディクセリオ・マスケインの存在。

 

「未来を知っている俺がナノセルロイドとの戦いに加われるくらい強くなれば、もっと良い未来が必ず掴める。いや、掴んでみせる!」

 

それは童心に戻った青年が抱いた無邪気な願い。彼は鋼殻のレギオスが好きだったのだ。

物語の結末に異議はなくとも、主要人物の多くに死者を出した決戦に心残りがなかったとは言い切れない。

かつて憧れ、夢を与えてくれた彼らを、今度は自分が救う。その機会を得られたのは、一人のファンとして夢心地ともいえる程の幸福を得られたとすら感じる。

 

こうして、ユリウス・ライヒハートとして生きる事になった男は、武芸者としての実力を高めるのを目的に過ごす事になるであった。

当主は豹変した息子の態度に目を白黒させながらも、将来の不安が一つ減ったことを安堵していた。

目を輝かせて剄技の指導をせがむ息子に複雑な想いを抱きながらも、その願いを叶えてやるために己の持つ技術の全てを渡そうと、以後尽力するのである。

 

 

 

 

ユリウスの武芸者としての修行は概ね順調な物だったと言って良いだろう。

何せ以前では夢想することしか出来なかった、超常パワーである剄を自分が使えるのだ。

肉体を酷使するのは多大な精神力を必要としたが、それ以上に充実した日々であった。

 

「でも、この錬金鋼の形はどうにかならないのかなぁ。大鎌とか趣味に走り過ぎだろ……」

 

幼いユリウスの背丈程もある巨大な鎌。これがライヒハート家の扱う流派が専門とする獲物であった。

重量武器としては威力で戦斧に劣り、長柄武器としても間合いで槍に劣る。しかも取り回しづらさが両者を遥かに越えて劣悪という、何故選んだのかと問い詰めたくなる超絶微妙武器である。

父は象徴性を重視する家柄故と言ってはいたが、凋落の一番の原因はこの一目で分かるネタ武器のせいなんじゃないかとユリウスは心底思うのであった。

 

「とは言っても、他の流派を習えないんじゃ仕方ないか。本当ならサイハーデンが良かったんだけど……」

 

そもそもライヒハートが先祖代々の技を現代まで使い続けて来たのには、他流派を学ぶ事その物が極めて困難というやむにやまれぬ事情があったからなのだ。

ライヒハートの名は忌名だ。必要悪とされながら、その責務さえ満足にこなせぬ愚鈍な一族。

それは王族のみならず、グレンダンの武芸者なら都市の歴史の一つとして把握する程度には知られている。

更には、王家の暗部であるライヒハートが他者と深い繋がりを持つ事を良く思わない権力者の存在も問題であった。

 

そんな状況の中、仮に他所の道場の門を叩いたとして、家名を出したところで門前払い。

運良く古い慣習になど拘らないという懐の大きな相手に巡り会えたとしても、どこからともなく圧力が掛かって長くはそこにいられない様にされてしまうのは明白だ。

結局のところ、ユリウスには実家の流派を継ぐ以外に武芸を学ぶ方法は皆無なのであった。

 

因みに余談だが、この時代にもサイハーデン流刀争術は存在している。

存続した年月の長さはグレンダンでも有数だが、掲げる理念がグレンダンの主流から掛け離れ過ぎる余りに、人気では新興流派にも負けるという凄まじく崖っぷちな流派だ。

まさかそのサイハーデンが後に天剣授受者を輩出する事になるとは、今の時代ではユリウス以外は誰一人として予想しないのであった。

 

「歴史は無駄に長いのに消滅寸前の落ち目とか、言葉にするとウチの流派と似てるのに……あっちは超実戦志向でウチの実家はネタ満載とか酷すぎるだろコレ……」

 

非情な現実に肩を落とすユリウス。とは言っても、そこまで気落ちしてもいないのだが。

斬撃武器としての機能には大いに疑問のある大鎌だが、利点が一つも無いという訳ではないのだ。

他の長柄武器と比べても幅広の刃を持つ大鎌は、言ってみれば突出して大きなサイズを持つ錬金鋼だとも取れる。

錬金鋼が大きければ何が違うのかと言えば、それは『待機させられる剄の量が多い』のである。

体術、剣術が戦闘の基盤とはいえ、武芸者とは剄を使う者こそを指す言葉だ。剄技なくしては世紀の剣聖だろうと汚染獣には太刀打ちできない。天剣授受者となる第一条件にも『天剣クラスの錬金鋼でしか耐えられない剄量』とある様に、この世界の戦闘はとにかく剄への比重が大きいのだ。

その点、大鎌型錬金鋼は高度な格闘戦と大出力の化錬剄及び衝剄を両立出来る類稀な武器だと言えよう。

 

「……いや、結局どっちつかずなんだけどね。高度な格闘戦って言ったって、ぶっちゃければ武芸者相手の初見殺しくらいしかメリットなんてないし。化錬剄にしたって近接で活剄回しながらメイン並に使うとなるとあっという間にガス欠するし、サブで使うなら小剣とか手甲で十分って話になるんだよなぁ」

 

理想形が万能という事は、それだけ求められる敷居が高いということだ。ライヒハートの始祖がどんな武芸者だったかは不明だが、この流派を十全に使いこなしていたとすると天剣授受者に匹敵しかねない実力者であったのは間違いないだろう。

これが一子相伝とか無茶振りも良い所である。その時代に十人いるかいないかの資質の在る無しが大前提では、それはもう技術でなく個人の能力と言い換えてもいいだろう。

 

「要は俺の努力次第ってことだよな。一度見たリンテンスも若い見た目だったし、まだ時間はあるか。死ぬ気でやれば何とかなる……なるよな? まあ、とにかく頑張るか……はぁ」

 

一年程前にやってきたという外来の武芸者であるリンテンス・ハーデン。

空席があったとは言え選定試合も無しで、出撃が規定回数に達して即天剣授与、しかもそれが都市外の武芸者だったというのだからとんでもない大事件だったとか。

当然反発もあったのだろうが、長らく天剣最強と讃えられていた『不動の天剣』ことティグリス・ノイエラン・ロンスマイアをも上回るとされ、今やサーヴォレイド卿ことリンテンスこそが天剣最強と言われている。

女王陛下が『決定が不服だというならリンテンスと戦ってみせろ、勝った者にはその場で天剣をくれてやる』なんて言って周囲を黙らせたなんて逸話も有るが、それが恐らく逸話ではなくて実際の遣り取りであったのだろうというのは、関係者と関係者でなくとも事情を知っているユリウスの間では確信めいた共通認識であるのは間違いないだろう。

 

天剣絡みの諸事情は雲の上の話としても、この都市では武芸者としての実力が全てだ。時にしがらみや慣習なんて物が邪魔をする事があっても、それを無視できる力が有るのならそちらこそが優先される。

要は強くなる事こそが、この都市で生きる将来そのものを明るくすると思って間違い無いのだ。ついでに色々と詰んでる実家の状況も併せて改善されれば良いなぁと、遠すぎる先に若干気後れしながらもユリウスは改めて決意するのであった。

 

 

 

 

それからもユリウスはひたすら自分を鍛え続けた。

鍛練の成果は着実に積み上げられ、父を後見人として初陣でも、汚染獣を相手に初めてとしては上々の活躍をすることが出来た。

死と敗北がイコールで繋がる戦場を乗り越えた感慨も有るには有ったが、その戦場が週一から月一の頻度であるという頭のおかしい都市がグレンダンなので、自分が武芸者として一人前になれたという感動もそこそこに、後は戦って帰って鍛えて戦うの繰り返しだ。

武芸者としての可能性に殆ど芽のなかった当主は、鳶が鷹を生んだと息子の成長に男泣きするほど感激していたが、ユリウス本人にしてみれば死ぬか生きるかの日々に必死なのであった。現代日本人であったユリウスにとって、日常レベルで汚染獣の襲撃に備えているグレンダンの常駐戦場な暮らしは自分の常識を破壊される余りに気が変になりそうではあったが、そんなことに気を取られていては死ぬだけなのである。

 

ただ……それなりに順調であった過程で一度も躓かなかったかと言えばそうでもなく。

それなりに厄介な石に足を取られそうになったことも一度や二度ではなかったのだ。

 

「―――は? いやいやいや、ちょっと待とうか! 君たちが出てくるのは早すぎるっていうか、普通に考えて俺が関係する理由がないっていうか!?」

 

「理由ならば在ろう。我らを知るならば、それが創世より続く物とも理解していように。戦う意思なくば我らと同じくイグナシスの糧となるがいい、古き一族の末裔よ」

 

「なんで俺が狼面衆の相手なんかしなきゃいけないんだ!? こういうのって三王家出身の特権じゃなかったのかよ、クソッタレめ!!」

 

イグナシスの塵、狼面衆。イグナシスの望む世界滅亡のために暗躍する集団のことは常に頭にあった。

けれど彼らとユリウスが直接的に関わることは絶対に有り得ないとタカを括って居ただけに、この遭遇は完全に予想外であった。

オーロラ・フィールドという特殊な空間を形成する技術を持つ狼面衆は、オーロラ・フィールドを感知することに長けた三王家の直系でなければ発見どころか知覚も出来ないという前提があるのだ。

……まあ、武芸者の原点たるアイレインの直系が三王家だとは言っても、この世界の武芸者全員がアイレインの劣化コピーの様な物だ。何が原因か分からない上、分かったところで狼面衆を知覚出来るという事実は変わらない。結局ユリウスは泣き寝入りするしかなく、汚染獣に加えて台所の害虫の如く沸きでてくる狼面衆の処理に忙殺されるのであった。

 

 

 

 

 

ユリウスが武芸者として実戦を経験してから数年が経ち、年齢は二十に届こうとしていた。

何百、何千もの汚染獣を倒し、言葉にするのも億劫な程の狼面衆を斬ってきた。初めの頃はその存在に辟易していた狼面衆との戦いも、多様な戦場の経験として確実にユリウスの血肉へと変わっていた。

それに、狼面衆の存在はユリウスにとって初志を忘れないための重要なファクターともなっていた。汚染獣との戦いに必死になる余り未来で起こる危機から目を逸らしてしまいそうになる度、狼面衆はユリウスにその事実を思い出させてきた。

自分は凡百の武芸者ではなく、未来を知る特別な存在なのだという自負が、ユリウスの弛まぬ努力の原動力になっていたのだ。

 

 

――――その認識がただの思い上がりだと理解させられたのは、たった一度の出来事だった。

ユリウスに後を託し、隠居した父に変わってユリウスがライヒハート家の当主となって間も無く。それまでの功績を評価されたユリウスは、汚染獣討伐戦の際の中枢部隊に加わるよう王宮より直接要請されることになったのだ。

近年までのライヒハート家に対する評価を思えば、これは有り得ない程の名誉であった。ユリウスの武芸者としての努力が、ついに周囲へ認められたのだ。

実家付けられた不名誉なレッテルに自身の実力が上回ったことの証明を得て、ユリウスは感動に打ち震えた。

 

 

しかし実際に戦場に出たユリウスは、そんな証明が如何に無意味な物かを思い知らされた。

汚染獣との戦いに問題はなかった。何時にも増しての大物量に多くの武芸者が苦戦する中、ユリウスは見る者が目を見張るほどの奮戦をした。

味方が押されジリジリと戦線を押し下げられていく焦燥感にユリウスが駆られた時、戦場は一面の光に支配された。

……天剣授受者。女王の剣として隔絶した能力を持つ彼らは、通常の遭遇戦で出撃することは基本的に無い。

天剣が現れるのは幾ら武芸者の数を揃えた所で意味のない老性体が出現した時と、一般武芸者の処理能力を越えた大群に襲われた時のみ。

これは後者に該当する、女王の命令により天剣授受者が中途参加する稀な機会であった。

 

戦場を、そして都市をも震わせる剄の波動。

一度放たれた剄技は雷の如き轟音を響かせ、目の眩む様な光の渦が汚染獣を飲み込み、その残骸すら残さず蒸発させる。

その様は圧倒的と言うにも生温い。本来汚染獣は生態系の絶対的強者であり、人類は汚染獣に喰われる側の被食者だ。極論を言えば武芸者とはその命題に報いるための一矢でしかない。

 

――ならば、個人で汚染獣を駆逐し尽くす天剣授受者とは一体何なのか。

 

――ならば、天剣授受者にすら死者を出す未来の戦いとは一体何なのか。

 

――ならば、そんな戦いに加わろうとしていた自分は一体何者なのか。

 

この世界に存在する最大戦力。その一角を実際目にしてユリウスは察した。

あれは人の理解を越えた物であり、理解していると思っていた自分が如何に浅はかであったかを。

人智の及ばぬ天賦の才を持ち得ながら、一種狂気的にまで強さと戦いを求める極度に先鋭化された性質。あれと並んで戦場に立つことを望んだ自分は一体どれだけ無知で愚かであったのか。

あれを見てしまえば、ユリウスがこの日まで繰り返して来た努力など時間を浪費するだけの反復作業でしかなく、身につけた技術は児戯にも劣る。

冗談ではなかった。遠くない未来、あんな化け物が平然と殺される状況に自分が置かれれば、塵を吹き飛ばすより容易く命は失われるだろう。これまでのユリウスは死を何処か遠い物として考えていた、何年もの時間が過ぎ幾度となく命の遣り取りを経験していながら、未だ『此処はライトノベルの中の世界だ』という認識が無意識に残っていた。

皮肉な事であった。鍛練によって肉体を痛めつけ、自分の命すらを賭して戦ってきた男が、その原動力として想い続けてきた夢を目の当たりにして現実を思い知らされたのだ。

男は自分が夢の世界に生きていると思い込んでいたことにすら気付かず、ここが現実だということにも気付いていなかった。己が一人踊り続ける道化であったことにユリウスは愕然とし、未来へ絶望した。

これ以上どれだけ自分を痛めつけようと、どれだけ経験を積もうと、ユリウスがあの超常の戦場に並び立てることは決してない。

ユリウスとして生きてきた男の全てを投げ打った上で武芸に偏執したとしても、天剣を得るに足る実力へ届くことなど有り得ない。あれはそういう次元にある強さではない。

 

 

武芸者としての未来に絶望したユリウスは、ただの元日本人でしかなかった。この生と死が隣り合わせに在る狂った世界でたった一人孤立した、哀れな被害者。

ユリウスの中で、何かが音を立てて崩れた。

 

 




作者は前作を放置して新規投稿を上げるクズ(挨拶)
もしハードSFの世界観にゆとり世代の豆腐メンタルが放り込こまれたら、勝手にラノベ脳発症して、勝手に鬱って、勝手に暴走し出すよねって話です。

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