In the dark forest(暗い森の中で)   作:kanpan

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これでこの話は完結ですが、あと1話おまけがあります。よかったら引き続きお読みください。


第6話

 森を徘徊する屍の群れを掃討し終えた頃には日も落ち、バゼットと言峰はその場で野営をすることにした。

 野獣を避け、暖をとる為に焚き火をおこし、揺らぐ炎をを眺めながら長い夜を過ごす。森の夜は鳥の声も風の音も少なく静かで、時折パチパチと爆ぜる火の音だけが闇夜に響いた。

 バゼットも言峰も口数が多い人間ではない。特にたわいのない雑談をするでもなく時間は過ぎていったのだが、さすがにバゼットは沈黙に耐えきれなくなった。

 

 静まり返った場を埋めるために、バゼットは故郷の昔話をなんとなく言峰に語り始めていた。

「……王はさんざん少年を止めるのですが少年は聞かず、ついに戦士として認められました。

 その後の話は神話の通りです。アルスターの猛犬の英雄譚はご存知でしょう?」

 

 それは彼女が子供の頃から繰り返し読んだ神話。現代の赤枝の騎士を称するバゼットのルーツでもある”クランの猛犬”、英雄クーフーリンの物語だ。

 

「いや、そちらの話には疎くてね。聞き覚えがあるのは名前までだ。寝物語に語ってもらう分には構わんが、さて本題は別の所にあると見た。

 ……そうだな。おそらく、君はその少年の行動に苛立ちを覚えてしまった。

 こうして成長した今でも、彼の決定を怖がっているのだろう?」

 言峰は暗い笑いを浮かべながらバゼットに語りかけた。

 

「――――――」

 バゼットは思わず押し黙る。

 ……この男に隠し事はできない。この神父は容赦なく私の心を見透かしてしまう。

 本来なら畏怖すべき事だ。だが、彼女はこの男に心を暴かれたことになぜか安心を覚えてすらいた。

 

 その英雄は自分の運命を確信していたのだと、言峰はバゼットがその物語に抱いていた疑問と解答を示してみせた。

 それは彼女が子供の頃からずっと疑問に思いながら、今まで気がつかないでいたことだったのに。

 

 驚く事はない。この代行者はその役目がないときには街の教会で何食わぬ顔をして神父をしている。

 神父の役目とは神の救いをもとめる人々の迷いを聞き、導く事だ。言峰にしてみればバゼットが自分でも意識せずに物語にに混ぜた疑問は自明で、それを取り出してみせることは雑作もない。

 

「……まいりました。私は何度もあの昔話を読んだのに、そんな事さえ思わなかった。

 ……昔話の少年と貴方は、何処か似ているのかもしれませんね」

 感嘆したバゼットの言葉に対して言峰が即座に返す。

「失敬な。私はそこまで考えなしではない」

「———え」

 バゼットは驚いて言峰の顔を見る。言峰はバゼットの発言が気に障ったのか、拗ねたような表情をしていた。

 この余計な感情を表に出さない神父が初めて見せた、人間らしい感情だった。

 

「なんだ、異論があるとでも?」

「え、いえ、今のは失言でした。私が言いたいのは生き方の話です。

少年に確信があったように、貴方も人生に確信を持っている人ですから」

「———ほう。確信とは、どんな?」

 

 バゼットは言峰の問いに答えた。

「誰も必要としていないところ。

 貴方には、最後まで自分だけで生きていく覚悟がある」

 それがあの英雄とこの神父に通じるところであり、私が持っていないものだ。

 神代の魔術を伝承するフラガの後継者として、決めなくてはいけない”自分”を私はいまだ持ち得ない。そうバゼットは心の中で呟いた。

 

 バゼットはつい自虐した言葉を続けてしまう。

「……本当は私の手を借りなくてもいいのです。ただ、効率がいいから付き合っているだけでしょうに」

「—————————」

 黙ったまま、もう一度陰気に言峰は笑った。

 バゼットはそれを肯定の意味なのだと受け取った。少なからず分かっていた———、それでも辛い。

 彼に必要とされる事を、心のどこかで期待している。そのためにこうして無意識のうちに三度もの出会いを果たしてしまったというのに。

 

 だが、それは過剰な思い込みというものである。絶対に必要な人間などいないし、絶対に不要な人間もいない。

 その思考はありふれたものだ。バゼットの年頃くらいの若者の多くが悩む事にすぎない。

 むしろそんな覚悟を持っている人間の方が奇妙だ。持っているのならそれは妄想かそいつが狂人か、それともおとぎ話の英雄様かのいずれかだろう。

 バゼットの場合は外面と内面の乖離が激しいのでよくある悩みが若干こじれているのだ。

 

 自分の存在に自信をもてず、他人の望み、願いを叶えることに自らの意味を見いだそうしても、そこに生じる食い違いから、また自分は不要と思い込む。

 他人の願望を叶えようといくら努力しようとも、それは最終的に自らの心を満たさない。

 

 生まれつき課せられた他人の願いの大きさに気を取られ、しかもそれを自分一人で抱える謂れなどないのに、どうにかしようと苦闘する。そのために自らの願いを持つ事を忘れようと、いや放棄しようとしている。

 

 自分の願望を見つける事は、誰にでもできる簡単なことに見えて、実は難しいことだ。

 この神父とて、長年にわたり探求を続けたあげく、彼に自らの本当の望みを教えたのは”他者”であった。

 何かを望むためには自我が必要だ。つまり内面の成熟が必要だ。自身の外面だけを取り繕ってきたバゼットは自分の望みを持てるほどには、まだ精神が育っていないのだ。

 彼女の内なる姿はいまだに、昔話の英雄を救いたいという誰もが子供の頃に持つ願いにすら許しを求めた幼子のままなのだった。

 

「どうした、考え事か。

……まったく、悩み事が多い女だ」

 黙るバゼットに、火に薪をくべながら言峰は言う。

 バゼットはつい、

「———生憎(あいにく)凡人なもので。私は貴方のように自信をもって生きられない。

つまらない疑問だらけだ。

……時に、生きている事さえ苦しく思える」

 もっと心の深い所にあった根本的な本音を口にしてしまった。日頃は人から見えないように懸命に覆っている脆弱な心の隙間を。

 

 ……しまった。

 バゼットは即座に後悔した。

 失言だった。きっと失望させてしまった。言峰は私が機械のように役割をこなすから声をかけたのだ。

 こんな、まったくの他人に弱音を吐く私など、彼は必要としまい。

 

 火の中に二つ目の薪がくべられる音が響く。

 ……沈黙が重い。

 バゼットは黙ったまま自分の足下の焚き火を見つめる。怖くて言峰の顔を見ることができない。

 ふと、やたら重く長く感じた沈黙が破られる。言峰は何事もなかったかのように、

「生きているのが苦しいのではない。

 君は、呼吸をするのが厳しいのだ」

 無感情に、けれど真剣な声でバゼットに告げた。不意をつかれてバゼットは顔を上げ、言峰を見る。

 

「え……?」

「その厳しさは容易には取り除けない。自分が解らないのなら、世界を知って計る以外に方法はないからだ。

 バゼット・フラガ・マクレミッツ。自身がこの世界に不要だと思うのならば

 ———おまえは、おまえを許すために、多くの世界を巡らねばならない」

 ちっぽけな自分、ちっぽけな国を捨てて、旅行鞄一つで世界を巡れとその神父は言った。

 

「貴方は、渡った?」

 バゼットは問い返す。確信があった。彼も私と同じで、息苦しい時があったのだと。この男はそんなものとは無縁のように思ったのに。

 言峰は語った。

「いや、まだ途中だ。―――若い頃に躍起になったが、何年か前に大きな事件があってね。それ以来、己を許す必要はなくなった」

 こんな彼にも確信を得るまでの探求の時期があったのだ、とバゼットは思う。

 

「……それで。貴方は、何を許そうとしたの?」

「生まれつきの悪癖だよ。私はどうも、物事を愛することができなくてね。人並みの道徳が欠如している。その間違いを容認できなかった」

 ”欠如している”と言峰は過去形でなく言った。今でも人並みの道徳観は無いのだと。

 

「……それは、解決しなくて良かったのですか?」

「ああ。人並みに愛情は持てずとも、物事を美しいと感じる事はできる。その基準は君たちとは違うが、愛情という物がある事に変わりはない。

 我ながら間の抜けた話だ。そんな事にさえ、若い私は気づかなかった」

 その声に迷いは見られない。言峰はもう終わった事だと過去を乗り越えているようだった。

 

「では、今はもう迷いはないと?」

「そうだな。今は己を許すのではなく、私という人間を容認した理由(ワケ)を知りたい。

 私に、もし自分の人生があるのなら。残る全ての時間を、答えを得る為に使おうと思っている」

「けど、貴方の疑問に答えられる人はいないのでしょう?」

「そうだな。まだ答えを出せるモノは生まれていない。いつか、その機会が訪れるといいのだが」

 

 今の言峰が探求するもの。それは自分が他の人間たちとこんなにも違ってしまった理由である。

 聖杯戦争。魔術師どもの愚かしい争いごと。

 だが、彼らが作り上げた聖杯と呼ばれる願望機の中に眠るものが、言峰のその疑問に答えを与えてくれるのだと知った。

 先の聖杯戦争では誕生寸前にして封じ込められた聖杯の中身。

 “この世の全ての悪(アンリマユ)”。

 はじめから悪であるように作られ、人間に害しかなさないと既に決まっているもの。

 それをこの世に誕生させる。

 

 神の作りたもうたこの世に、なぜ我が身のように普通の道徳と真逆の歓喜を得た魂が存在するのか。その問いの答えを聖杯から誕生した悪魔が示すに違いない。

 

 バゼットは言峰の顔を見た。その表情は温かだった。

 この神父は自らの赤子を愛でるように、燃えさかる火を見つめている。

「……意外ですね。貴方にもまだ悩みがあったとは。私も、すこし自身がつきました」

 バゼットはその温かな笑みを嬉しく思った。つられて彼女も笑みを浮かべる。

 ———いつか自分も彼のように確信を得ることができるだろうか。

 

「それは結構。人生の先輩として、役に立ったのなら幸いだ」

 言峰はそう言って、満足そうに瞼を閉じた。

 ……無駄な話はこれで終わり。

 彼らはそれぞれの役割に戻り、明日の戦いに備える。

 

 

 

 それがバゼットと言峰が戦場で交わした最後の会話だ。

 以来、彼らが戦場で出会う事はなくなった。

 

「———おまえは、おまえを許すために、多くの世界を巡らねばならない」

 あの神父がバゼットに残した言葉。

 おまえの心の中をいかに掘り下げようとも答えはないし、ましてこの神父に問うてもそれは得られない。まだ見知らぬ他の世界しかおまえにそれを教えられるものはないのだと。

 

 だがバゼットは暗い森の中に言峰の背を追い続ける。

 ……必ず機会はやってくる。

 私たちは競争相手としてうまく噛み合っている。

 彼が死なない限り、そして私が封印指定を続けるかぎり。

 

 いつかきっと、あの話の続きが出来るのだから———

 




*時代設定/登場人物紹介

■時代設定

1〜4話時
Fate/Zeroの4年後、Fate/hollow ataraxia(およびFate/stay night)の6年前

5〜6話、おまけ時
上記から3年後くらい

■登場人物紹介

・バゼット・フラガ・マクレミッツ
17歳〜20歳くらい

若くしてハードな職業についてしまって周りに信頼できる人もいない中で、
言峰が初めて尊敬でき、あんなふうになれたらと思える大人に見えたのだろう。

しかし、超人的な力を持ちながら内面は根本的に普通人なバゼットと、
普通の価値観を理解しようと散々努力したあげく、それと真逆の価値観しか持てないと気づいた言峰は、
最終的に目指す所が全く逆。

・言峰綺礼 
30代前半〜半ば

言峰にとってのバゼットとの関係は、
森の中で迷子の子犬を構ったら全力で懐かれてしまって困った、みたいなものだったのではないだろうか。

・封印指定の魔術師 
フォレストの話に出てくる魔術師。
ですが、戦闘シーンは全てこの小説での創作です。

執行者と代行者をどっちも最後の1人まで減らしたのはなかなか善戦なのではないかと。
それにしても代行者チームが何度も言峰以外全滅になってるのは何でなのか?


*後書き
言峰とバゼットの話である「フォレスト」にかんする話題はネット上にあまり見つからず、自分なりの考察をしてみたくてこの作品を書きました。

初めてhollow ataraxiaで「フォレスト」の話を読んだときは
「言峰ぇ!この外道!!バゼットさんになんてことを」
と思ったのですが、
この作品を書くにあたってよくよく熟読してみると、言峰は最後にいいことを言っている。
ちゃんと神父様しているじゃないですかー。
バゼットさん、あなたという人は…。(だがそれがいい)

私的には
「Fate/トラぶる花札道中記EX 封印執行・鉄腕ブリーカー」(アヴェンジャー、バゼット組)
のストーリーはFate本編になかった言峰、バゼットルートのように思ってます。


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