In the dark forest(暗い森の中で)   作:kanpan

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第2話

 館の外は薄暗く、陰鬱な雲が空を覆っていた。

 

 魔術師の館の庭に立つその神父は背が高く、バゼットよりもふた周りほど大柄だった。館の入り口から外に出ようとする人影に気づき、バゼットのほうを見ている。

 バゼットは臆する事なく庭の中に進み出る。

 

 奴がこちらを女だから、まだ若いからと侮ってくるなら好都合だ。

 天国へ送ってやる。早々に主から祝福の言葉をもらえるのを感謝するがいい。

 

 バゼットはまっすぐに歩みを進めて神父に真っ正面から近づいていった。無言で相手の顔を睨み据え全身の気迫をもって威圧する。

 

 お前の仕事はここで終わりだ、代行者———!

 

 だが、その神父はバゼットを侮るそぶりは見せず、むしろ同胞を迎えるかのように温かい笑みを浮かべた。

「手を組まないかお嬢さん。

 お互い最後の一人だ、ここで潰し合うのは得策ではない」

 その神父はごく自然に、バゼットとの協力を申し出た。

 

 バゼットたち執行者チームが壊滅したのと同様に、この神父も仲間をみな失っていたのだ。

 この屍使いの魔術師の庭で、彼らがただ二人生き残った生者だった。

 

 通常、いかに窮地とは言え、代行者が法王ないし司教の許しなく魔術協会と手を組む事はあり得ない。聖堂教会にとって、魔術師たちは異端者である。最も経験な信徒である代行者は異端である魔術師と交流をしないものだ。この神父は変わり者だった。

 

 神父の申し出の意図を警戒しつつ、バゼットは返事をした。

「……協力しあうことに異論はありません。

 ですが、私たちは仲間ではない。結局、最後には奪い合う事になる。そんな相手に背中は任せられない」

 バゼットは神父の言葉にたいして(かぶり)を振って拒否する。

    

 バゼットの任務は封印指定の魔術師の死体を回収する事であり、この神父の任務は魔術師の命を奪う事だ。

 執行者と代行者は目的がかち合っている。自らの任務を達成する為には結局相手を排除しなくてはならない。

 このまま協力して事を成したところで、最後にはこの神父が敵になるのだ。

 

 そんな間柄で手を組む? 馬鹿げている、とバゼットはいぶかしむ。魔術師を仕留めた後で背後からバッサリとやられてはたまらない。

 

 だが神父は言った。

「それはいらぬ心配だな。私の仕事はあの男を殺す事だけだ。後の事はそちらに任せる。亡骸をどう扱おうと私には関係のない話だ」

 魔術師の死体はバゼットに譲る。自分は、魔術師の(いのち)さえ消せればいいと、この奇妙な神父は提案してきた。

 

 それはあまりに意外な提案だ。代行者の任務は単に異端を殺すだけではなく完全に消滅させることを目的とするものだ。

 そもそも教会の教義において、人は異端を斃す権限を持たない。そういった存在すら神の被造物であり、それを排除する事は神のみに許されている。ゆえにそれらを消滅させるということは人の権限を超越した行いである。それを許されているのが代行者。

 

 その神の代理人たる代行者が魔術師の命こそ奪うとはいえ、その死体を彼らと交じり合わない異端の集まりである魔術協会に渡すと言っている。

 普通に考えてそれは聖堂教会への背信行為に他ならないではないか。

 この男は危険だ。そうバゼットの道徳(かんかく)が警告を発する。

 

 それなのに、

「……いいでしょう、その言葉を信用します」

 一体、神父のその言葉にどれだけの重みがあったのか。

 バゼットは彼女自身も驚くぐらい、あっさりと神父の言うことを受け入れた。

 この男は聖者などではない。そんなものとはほど遠い毒を持った男だとバゼットは肌で感じ取っていたのに。

 いや、だからこそバゼットはその男の手を取ってしまった。

 

 たしかに、この神父は聖者ではなかったけれど。

 それまで知りあってきた人間の中で、唯一尊敬できる強さを持った人間だったのだ。

 

 バゼットが故郷を離れて魔術協会に所属して二年。実際のところ時計塔の中にまともな居場所はなかった。実力を認められて封印指定執行者になったといえば聞こえはいいが、実際は体よく時計塔から追い払われ、都合のよい便利屋として使われているだけだ。

 

 何かをなし得たいと思い続けながら、日々繰り返すのは破壊行為ばかり。

 いっそ魔術協会などには何も求めずにいられたらという諦めと、なんとか自分の存在を彼らに認めさせたいという願望が常にバゼットの心のなかでせめぎあう。

 執行者という明日をも知れない稼業に身を置きながら、頭の中にはそんなつまらない悩み事ばかりだ。

 

 この男は強い。それは身体的な強さだけではない。組織への依存や生への執着を吹っ切ったような存在感があった。

 それまで故郷でそして魔術協会で、探し求めながら得られなかった何かをきっとこの男が持っている。

 バゼットはそう直感していた。

 

 協力しようといいながら、もしこの代行者が密かに増援を呼んでいたのならバゼットは封印指定の魔術師と一緒に嬲り殺しだ。その危険を無視してもこの男に関心があった。

 それにこの男はおそらく約束を破ったりしないだろう。すでに執行者に協力を申し出た時点で組織を裏切っているのだから。

 

 「私はバゼット・フラガ・マクレミッツ。魔術協会の魔術師です。

  あなたは———」

 借りそめの協力(きょうはん)関係を築く為にバゼットと神父は名乗りあった。

 

 その神父は言峰綺礼と名乗った。


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