天気のよい秋の朝。
「気持ちの良い晴天ですね、ランサー」
庭に出たバゼットの声につられてランサーも窓から外を覗く。
「おー」
朝の澄んだ空気が青空をいっそう鮮やかに見せていた。
ランサーも庭に降りて家庭菜園のサツマイモの様子をみる。畑にみっしりと茂ったサツマイモの蔓のところどころに黄色く枯れ始めた葉が目立ち始めていた。
「お。こいつを待ってたぜ」
「この枯れた葉がどうかしたのですか?」
「葉が黄色くなり始めたら掘り頃なのさ」
葉が少なくなり、葉の一部が枯れてくるのがサツマイモの収穫時期の目印だ。
「よーし、今日は絶好の収穫日和だ。一気に掘り出しちまおうぜ」
ランサーとバゼットは畑からサツマイモを次々と掘り出していく。
「うはは。豊作だな!」
「まるで宝物を掘り出してるようです、ランサー!」
掘り出したサツマイモが畑の脇に山のように積み重なる。畑からは畝ごとにカゴ一杯のサツマイモが取れた。
「さて、お次はっと」
ランサーは庭の隅から竹箒を持ってきた。一本をバゼットに渡す。
「ほらよ、バゼット。館の周りの落ち葉を掃除するぞ」
「落ち葉を? 何をするつもりなのですか?」
急に竹箒を渡されてバゼットはきょとんとしている。
「そいつは掃除が終わった後のお楽しみだ」
「?」
ランサーはバゼットを促して二人で館の周りの掃き掃除を始めた。
館の周りの木々は赤や黄色に色づいている。この国の秋の風景だ。そして地面もまた落ち葉によって秋色に埋め立てられているのだった。
ランサーとバゼットは地面に溜まった落ち葉の層にざくざくと分け入って、ざっざっと竹箒を振るって落ち葉を庭に掻きだしていく。
館の周りをぐるっと一周し、一通りもとの地面の土が見えるようになった頃には庭のサツマイモの山の隣にもう一つ、落ち葉でできた大きな山が築かれていた。
「よーし、これで準備が整ったぜ」
ランサーはいったん部屋に戻ると今度は両手にいろいろ抱えて帰ってきた。アルミホイルに新聞紙、マッチ。さらにバケツに水を汲む。
「ランサー、あれこれ用意していったい何を?」
バゼットはてきぱきと作業しているランサーの手元を覗き込む。ランサーは新聞紙を丸めて、それに火をつけると落ち葉の山に突っ込んだ。間もなくパチパチと火の爆ぜる音が響き、落ち葉の山から煙が上がり始める。
「焚き火ですね。しかし火をおこしたいならルーンで発火してしまえばよいのに」
「ははは。このほうが風情が出るだろ。この国らしい言い方をすれば粋ってヤツさ」
焚き火をはじめて間もなく程よく火の勢いが出てきた。
ランサーは新聞紙をバケツの水に付け、手近なカゴからサツマイモをとっては濡れた新聞紙にくるむ。さらにそれをアルミホイルでくるむ。そしてくるみおわったサツマイモを焚き火のなかに突っ込んだ。
「この国じゃあ、こうやってサツマイモを焼いて喰うんだとよ」
1つのカゴのサツマイモをいくつか焚き火の中に押し込むと、ランサーは別のカゴからまたいくつか取り出して、新聞紙とアルミホイルにくるんでは火の中に入れる。
バゼットはそんなランサーを不思議そうに眺めていた。
「焼き芋の作り方をどこで覚えたのですか? ランサー。もしかしてこれも聖杯の知識でしょうか?」
「セイバーのマスターの坊主に教えてもらったんだよ。この前アイツの家にふらっと寄って見たらちょうど中庭でサツマイモを焼いていてな」
ランサーは上機嫌で答えながら、長めの枝で焚き火をいじって火加減を調節している。ずいぶんと楽しそうだ。
「さて、そろそろか」
山のようになっていた落ち葉は焚き火でおおむね灰になった。枝をつかって灰の中から焼き芋の包みを掘り出す。
ランサーとバゼットがルーンで育てたサツマイモ。はたして、その焼き芋の出来映えやいかに?
ランサーは掘り出した焼き芋を元のカゴごとに分けて地面に並べた。
「さて、お待ちかねの味見タイムだぜ!」
「端からためしてみましょうか。まずは
ランサーとバゼットは焼き芋をくるんだアルミホイルをはずしてみる。中から真っ黒な炭で覆われた物体が現れた。
「なんか表面がだいぶ焦げてるな。坊主の言った通りに作ったんだが」
黒い物体を見ながらランサーは苦そうな表情を浮かべた。
「ランサー、表面の焦げてる部分を取れば十分食べられますよ」
バゼットは焦げた焼き芋を真っ二つに折って中身をかじっていた。
「それはそうなんだが……」
「ふむ、火のルーンを使ったので普通のイモよりも焼けやすくなったのかもしれません」
バゼットは焦げたイモをかじりながら考察している。
「では、次の焼き芋を」
「これは何のルーンを使ったヤツだ?」
「これは
ランサーは
「コレ、なんか冷たいぞ……」
アルミホイルをはがしてみると中から全く焼けていないサツマイモが現れた。
「生のままじゃねーか」
「なるほど、
バゼットは冷静にルーンの効き目を判断しているのだが、それはそうと
「理由はわかった。けど、どうやって喰うんだよコレ」
「次いきましょう!」
ランサーは3種類目の焼き芋を手に取った。
「これは何だっけ?」
「
バゼットの返事を聞きながらランサーは手にとった芋の包みを開けてみた。
「おい、アルミホイルの中に何もはいってねーぞ」
アルミホイルの中は灰だけ残して空になっていた。
「手品のように消えてますね……」
「オレたちは
サツマイモはアルミホイルの中で発火して燃え尽きてしまったようだ。
「どうやら
その時、二人の後ろからパチパチと火の爆ぜる音がした。
「あれ、もう焚き火は消したよな」
「そのはずですが」
ランサーとバゼットは後ろを振り返った。なんと
「うおお、なんだ燃えてるぞ」
「危険です。消火を!」
ランサーは足下にあったバケツの水を燃えているカゴにぶっかけた。だが水は一瞬で蒸発し、火は全くおさまらない。
「だめだ消えねえー」
「ランサー、代わりにコレを!」
横からバゼットが
「よかった消えた…。しかし、なんで発火したんだ」
「
「危険物じゃねえか」
「ですが、ランサー、見てください。この通り」
バゼットは燃え尽きたカゴの跡に残った灰を手で払う。そこにはいい香りのする焼き芋が転がっていた。
「
バゼットが拾い上げた焼き芋をランサーは試しに食べてみた。見事ほくほくに焼き上がっている。
「おお、あの氷イモ、どうしたもんかと思ったが焼けてよかった……」
焼くのにものすごい手間がかかったけど、と声には出さず心の中で呟く。
一方バゼットは焼き芋を食べつつ真面目に考え込んでいた。
「ううむ、具体的なルーンはサツマイモ栽培にあまり合わなかったようですね。また来年の課題としましょう。農業はなかなか奥深いです」
「さてバゼット、ルーン焼き芋はまだ1種類残ってるぞ」
ランサーは最後に残った焼き芋を拾い上げた。
「最後に残ったのは
「これだけ抽象的な意味のルーンなんだな」
「他が具体的な意味のものだったので、試しに趣向を変えてみました。おまじない程度の効果しか期待できなさそうだと予想しているのですが」
「どれどれ」
ランサーは焼き芋のアルミホイルを外してみる。今度の焼き芋は焦げていたり、生だったり、火を噴いていたりという心配はなさそうにみえる。果たして、中の焼き芋は実に普通にふっくらと焼き上がっていた。
「よっしゃあ成功だ!」
バゼットは
「やはりこれはルーンの効果がよくわかりません。先ほどの氷の焼き芋とかわらないように見えますが……」
とランサーの方を見ると、ランサーは隣で満足そうに焼き芋をほおばっていた。
「ランサーは楽しそうだ。効果はそれで十分ですね」
翌日の衛宮邸にて。
士郎が中庭に出ていると、塀の上からランサーがひょこっと現れた。
「よう、坊主。こないだ焼き芋の作り方を教えて貰った礼だ。ウチで採れたサツマイモを持ってきたぜー」
「いつも悪いなランサー、魚だけじゃなくてサツマイモまで」
士郎がランサーから受け取った袋の中には丸々としたイモがたくさん入っていた。
よし、今日は中庭を掃除して焼き芋を作ろうか。
士郎はセイバーと一緒に衛宮邸の周りの落ち葉を中庭に掃き集め、サツマイモを焼いた。
初めて焼き芋を食べたセイバーはとても感激していた。
「なんということだ。あの時この味があれば我が軍はもっと戦えた……」
ははは、後でランサーにセイバーも喜んでたって教えてやろう。
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teiwaz(テイワズ)
象徴:勝利/ティール神
英字:T
意味:軍神ティールのルーンであり、戦いを象徴する勇気、勝利のルーン。男性性、向上心、精神力などを意味する。武器に刻まれた勝利の護符。勝負事や戦いに挑む時にこのルーンが出たならば、積極的に挑戦することによって勝利を手にすることができるとされる。
ルーン図形:
ランサーやセイバーの時代はまだサツマイモはアイルランドやブリテンに伝わってなかったのだろうなあ。