ランサーとバゼットのルーン魔術講座   作:kanpan

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献血コーナーで自分の血液型は「募集」なのに、他の血液型は「急募」「超ピンチ」になっているのに気がついた時、血の気のやり場のなさを感じます。


欠乏《nauthiz》

 館の玄関先でバゼットが一枚のビラをじっと見ている。いつもどおり街の探索に出かける前に、バゼットは郵便受けに突っ込まれていた邪魔な宣伝ビラを棄てようと引っこ抜いた。どうしたことか、その中の一枚に釘付けになっているのだ。

 先に外に出たランサーが振り向いてバゼットをせかす。

 

「行くぞバゼット。いったい何を見てんだよ」

 

 バゼットはぴらりとそのビラをランサーに向けて掲げた。

 

「これです、ランサー」

 

 そのビラに書かれていた文面は、

 

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 献血で愛があふれる国になれ!

 血気盛んな若者よ、有り余る血の気を社会のために役立てよう!!

 

 献血センターが冬木市の商店街に臨時出張中です。

 皆さんのご協力をお待ちしております。

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 つまり、献血の応募者募集のビラだった。

 

 すごい世の中になったもんだな、とランサーは感心する。現代に召還されたランサーが見聞きして驚いた物事は数多いが、医療技術の発達はその最もたるものだ。他人の血を自分の体に入れるという治療がこの時代では一般的なのだと知ったときはたまげた。

 それにしても、

 

「なんだアンタ。献血がしたいのか?」

「え、ええまあ……。その、ここしばらく激しい戦闘もありませんから血は欠乏していませんし、献血なら多少世の中の役にも立ちます」

 

 バゼットは封印指定執行者という任務がありながらも、手が空くとごく普通の仕事をしたがったり、世の中の役になる事をしたがる変な習性がある。

 

「ああ、アンタはなぜかそういう社会貢献意欲があるんだよなあ」

「だって、私は戦闘以外に能がありませんから」

 

 バゼットは肩をすくめて自嘲する。やれやれ、とランサーはいつも通り軽く呆れてから、笑いながら返事をした。

 

「そんなふうに思う事ないだろ。いいことなんだからさ。

 一通り街を巡回したら献血に寄って帰ろうぜ。さあ行くぞ」

 

 こうしてランサーとバゼットは今日も街に出かけた。

 

 

 商店街のはずれに臨時献血センターができていた。敷地内にでっかい献血のバスが止まっている。

 ランサーとバゼットは受付で簡単な問診を受けてから献血バスに乗り込んだ。

 車内は待合室と休憩室を兼ねたスペースと、その奥にカーテンで区切られて採血をするスペースになっているようだ。

 目の前には採血後にしばらく休む為のベッドがあるのだが、そこに先客とおぼしき女の子が寝ている。

 ランサーは横から女の子の顔を覗き込んだ。

 

「お、この娘知ってるな。花屋に来てた弓使いのお嬢ちゃんじゃねーか」

 

 寝ているのは弓道部の美綴綾子だった。美綴はときどき「う、うーん……」とか細い声をあげつつぐったりと横たわっていた。

 

「献血の後の休憩というには症状がやけに重いですね。むしろ貧血です。

 おや……?」

 

 バゼットは美綴の襟元に血がついているのに気がついた。そっと彼女の髪の毛をかきわけて首筋を見てみる。そこには血が止まったばかりの小さな傷跡があった。まっすぐの縦線の上に斜めにもう一つの線が重なった、崩れた×のような形の傷だ。

 

「なんで首に跡があるんだよ」

「この首筋の傷は小さいですが、形がルーン的によくありません。この形はnauthiz(ナウシズ)。欠乏のルーンです」

 

 この縁起のよくない傷口のせいで貧血が治らないのではあるまいか、とルーン使いであるランサーとバゼットは考えた。

 取り急ぎ治療を、と美綴に治癒のルーン魔術を施した。これで傷も治ったし体力も回復しただろうからまもなく動けるようになるだろう。

 術を施し終えて一息つくと、カーテンの奥の採血コーナーから「次の方どうぞー」という声がした。

 

「では呼ばれたので行ってきます、ランサー」

 

 バゼットが立ち上がって奥に向かう。ランサーは「おう」とバゼットを見送りつつ、微かに不穏な気配を感じ取っていた。

 ———この献血、なんかアヤシイよな。

 

 

 採血コーナーの椅子に腰掛けたバゼットは目の前の相手を鋭く睨んでいる。白衣姿のメガネをかけた女性の採血係。ひときわ眼を引くのは彼女の床に着くほど長い紫の髪だ。そんな特徴的な外見の者はめったにいない。

 

「ライダー、なぜあなたがここにいるのですか?」

 

 ふふっ、と微笑みながらライダーはさりげなくメガネを外した。そしてバゼットのほうに向き直り、彼女の目をじっと見つめる。

 

「なぜもなにも。ここで献血の採血係として働いているのです。別におかしいことではないでしょう?」

 

 いや、おかしい気が……、とバゼットは口に出しかけたが、すかさずライダーがそれを遮る。

 

「さあ、バゼット」

 

 ライダーに促されてバゼットは服の袖をまくり上げようとした。ライダーが採血係をやっているなど変に決まっている。ここは手早く済ませてしまいたい。

 が、

 

「首を出しなさい」

「え?」

 

 バゼットは耳を疑った。思わず聞き返す。

 

「首ってなんですか……。腕でしょう」

 

 ふふふふふ、と妖艶に微笑みながらライダーは長くしなやかな腕をもたげた。手首が蛇の鎌首のようにくいっと持ち上がる。

 ライダーは呆然としているバゼットの目をひたりと見つめながら、彼女の首筋に指を伸ばした。

 

「この国では首なのです、バゼット。世間知らずな貴方が知らないだけです」

 

 にこりと笑ってライダーはバゼットのネクタイの結び目に指を絡め、するりとほどき取る。バゼットは驚きのあまりついライダーのなすがままにされてしまった。

 

「そんなばかな」

 

 バゼットは動揺しつつかろうじて反論したが、ライダーはバゼットの瞳をじっくりと正面から捉えたまま繰り返した。

 

「首 な の で す」

 

 バゼットの背筋を冷や汗が伝う。

 ライダーの目に、なぜか力がある。眼をそらせない。というか、体を動かせない。

 まるで蛇に見入られた小動物のように。

 

 ライダーの指がバゼットのシャツの首元のボタンをぱちぱちと外していく。バゼットの首から胸元にかけた色白の肌があらわになる。

 

「あ、あうぅ」

 

 逃れられない……。バゼットは小さく呻いて観念したかのように眼を閉じた。

 背後でしゃーっとカーテンが勢い良く開けられる音がした。

 

「こら、なにしてんだライダー」

「おや、邪魔が入りましたね。採血中ですよ、ランサー」

 

 ランサーがカーテンを開けて待合室から踏み込んできた。どうも怪し気な雰囲気がするとおもって覗いてみれば、案の定じゃねえか。

 

「そんな採血があるか! しかもちゃっかり魔眼殺しのメガネはずしてんじゃねーぞ」

「ランサー、サーヴァントの血は献血に使えないのですから、付いてこなくてもいいのに」

 

 はあ、とため息をついてライダーはメガネを賭け直した。石化しかけていたバゼットの体の硬直がとける。

 

「マスターがコレだからな」

「………………」

 

 バゼットは赤面してうつむきつつ、ライダーとランサーの会話を聞いていた。いくら自分が常識に疎いという自覚があってもライダーのこんな口車に乗せられかけたのは頭に血が上っていくのがわかるくらい腹立たしいし恥ずかしい。

 だが気を取り直して顔を上げる。

 

「ライダー、私は献血に来たのであってあなたの食事を提供にしにきたわけではありません」

「仕方がありませんね、では腕を」

 

 バゼットは今度こそ服の袖をまくり上げ腕をライダーの前に差し出した。

 ライダーは手元の道具ケースのなかから図太い注射器を取り出し、それに針を取り付けて準備している。

 

「ええと、ライダー。その注射器はなんというか、大きすぎませんか」

 

 その注射器はいままでバゼットが見た事があるものよりも二周りくらいは大きい。

 だがライダーは黙って、ふふふふふと笑いながらバゼットの腕に手を伸ばす。

 

「ふふふふふふふ」

「あわわわわわわ」

 

 プチ、とバゼットの腕の中に注射器の針が差し込まれた。透明な注射器の中に真っ赤な血が勢い良く流れ込んでいき、たちまち埋まっていく。

 バゼットは急速に頭から血の気がひいていくのを感じていた。

 

 

 採血されたバゼットは一転して青い顔になって椅子に座ったままがくっとうなだれている。あーあ、こっちにも治癒のルーンが必要かなあとランサーがバゼットに近寄ろうとした時、

 

「ライダーさん、ちょっと」

 

 と、白衣姿の別な献血スタッフがやってきた。

 

「ライダーさん、採用にあたってのあなたの資格に問題が。一緒に外に来てください」

 

 献血スタッフはライダーの手を取って外に連れ出していく。ライダーは引っ張りだされながらランサーの方を悔し気に振り向いた。

 

「貴方の告げ口ですね、ランサー」

「はっはっは! アンタもクビを味わえよ」

 

 

 採血係ならぬ吸血係だったライダーは無事連行されていった。

 ランサーは椅子の上でぐったりしているバゼットに肩を貸して立たせてやる。バゼットの顔色はいまだに蒼白である。

 

「ランサー、血を採られすぎてくらくらします……」

「アンタのおかげでライダーの被害を食い止められてよかっただろ? 世の中の役に立ったじゃねえか。

 さっ、ウチに帰ろうぜ、バゼット」

 

 

 献血騒動から2週間ほど経った頃、ランサーとバゼットの館に献血センターからの郵便が届いた。献血をした人へのサービスとして血液の検査結果が送られてくるのだ。

 

「えっ。こっこの結果は!?」

 

 その結果通知を見たバゼットは困惑している。その通知にはこう記載されていた。

 

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血液検査結果のお知らせ

 

あなたは正体不明の病原菌に感染しています。

至急、病院で精密検査を受けましょう。

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「な、なんですか、これは? 私はいたって健康で病気などまったく」

「ああ、ほらアンタ持病があるじゃねえか」

「持病?」

 

 心当たりがない、と怪訝な顔で聞いてくるバゼットにランサーは答えた。

 

「ほら、フラガ家が代々かかってるヤツだよ」

「はっ!」

 

 バゼットは思い出した。

 神代から続くフラガ家が伝える魔術特性。彼らは魔術協会の魔術師たちが持つ魔術刻印とは違う形で一族の能力を子孫に伝える。

 

 伝承保菌者(ゴッズホルダー)

 平たく言うならば、フラガ家の者が代々感染する「フラガラックを作れるようになる」病気である。

 

「まっまさか……。それが———!!」

 

 伝承保菌者(ゴッズホルダー)の血は献血できませんでした。

 

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nauthiz(ナウシズ)  

 

象徴:必要性/欠乏

英字:N

意味:必要性を表す欠乏、停滞のルーン。不満や不足を意味し、必要なものが満たされない欠乏状態である。何かを進めるためには不足しているものを補う必要があるという義務や軋轢を示す。

 

ルーン図形:

【挿絵表示】

 




伝承保菌者って、もやしもんみたいにフラガラック菌が「ばぜっとー」っていいながらバゼットさんの周りを飛んでるのを想像する。

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