インターハイが終わったのが8月。今は12月。時がたつのは早い。
推薦入試を終えて、とうとう結果が発表されてから1日。…洋南大学文学部に見事合格しました!
一応親にそのことを報告して、応援してくれた宮原ちゃんにも報告。あと、2日前に明早大の推薦入試に合格した福富にも報告。とりあえずこの3人にしか報告しない。
…だって、他の皆はまだ受験勉強中だし、東堂は部屋が荒北と一緒だから入りにくいし。
…そう、特に荒北にはいいにくい。
新開は明早大を受験するつもりらしいけど、このままだったら順調だと思う。
荒北は私と同じ洋南大の工学部を受験するつもりなんだけど、このままじゃ結構やばいみたい。高校受験の時の荒北はみてないからわかんないけど、その時も相当やばかったのかも。
「んー…応援いってみるかー…」
部屋着から簡単なワンピースに着替えて、荒北の部屋に向かう。
「東堂ー、荒北ー、いるー?」
東堂と荒北の部屋をノックしてみたけど、応答なし。
んー…図書館にでも行って勉強してるのかな?東堂も確か推薦入試だったはずだから、勉強教えてあげてるとか?
「うーん、行ってみるかー…」
頭をかいて部屋を後にしようとすると、何やら部屋の中から唸り声。
開けていいのかな…?でも、そもそも寮長に内緒で男子寮に来てるし、無許可ってのも…。
「さ…が…ら…?」
え…?今、確かに私の名前、誰かが呼んだ…?あれは東堂…?
戸惑ったけど、確かに名前呼ばれたし…うん、開けよう。
「失礼しまーす…って、2人とも寝てるの?」
まぁ、12月だし土曜日だし寒いし、布団から出たくないのは分かるけどさ、もう9時になるし起きなきゃでしょ!
「ほーら、2人とも起きてーっ!!」
布団を引っぺがすけど、2人とも起きる気配なし。でも、なんか様子がおかしくないか…?
「…早く起きないと、食堂のご飯貰えなくなるよー?」
荒北の体をゆするけど、なんかものすごく唸ってる。なんて言うか、寝起きが悪ととは違う感じ。しんどそうっていうか…。
「相良ァ…ヤメロ…揺らすな…」
「…どうかしたの?さっきから唸ってるけど…」
「…いつものだヨ…やべェ…」
「あれか…大丈夫…じゃないよね」
―――荒北は片頭痛持ち。小さいころからこんなことがあった気がする。
高校に入ってからはあまり見なかったけど、結構な頻度であったのかも。
「相良…カーテン…」
「あ、そっか…カーテン開けたら辛いよね。吐き気は?」
「…吐き気は…少し…まだましな方…」
「ちょっと待っててね、確か薬があったはずだから取ってくる。無理だったら東堂に言って。今起こすから」
布団をまた深くかぶった荒北になるべく影響がないように、静かに東堂を起こしにかかる。
「東堂、起きて。荒北が緊急事態」
東堂の体を揺らすけど、こっちも起きる気配なし。いつもなら6時くらいに起きて、模範的すぎるほど規則正しい生活してる東堂なのに、珍しいな。
「相良…荒北の調子が悪いのは…わかっているがな…こっちも…ヤバいんだ…」
ヤバいってどういうこと?でも、確かに東堂もこの時期にしては異常なほど汗かいてる。なのに布団を離そうとしないし…。
「…大丈夫?」
「…6時に起きて、熱を計ったんだが…39度はあった…」
おいおいおい。この部屋の2人、そろいもそろって同じ日に不調なの…!?
「こりゃ、薬でどうにかなる問題じゃないかも…待ってて、新開か福富呼んでくる」
「すまないな…」
ヤバいなぁ。まさかちょっと様子を見に来ただけだったのに、こんなことになるなんて。っていうか、私が様子を見に来なければ、もっと大変なことになってたのかも…。
「福富、新開、いるー?」
隣の部屋をノックすると、新開が出てきたけど…
「ど、どうしたのさ…そのマスク…!?」
「あぁ、昨日まで熱出しててな。今はだいぶ下がったんだが…寿一にうつしたみたいで、今寿一の看病中なんだ」
「え…福富も…!?」
「“も”って…他にいるのか?」
「お隣の荒北と東堂が二人揃ってダウンしちゃってる。東堂は39度くらい熱あるみたいだし、荒北は片頭痛だって」
「まじか…どうするよ、香咲」
「…うーん、福富はどんな感じ?」
「寿一も尽八と同じかんじかな。39度くらい」
なんてことだろうね。同じ日に3人もダウンしちゃうなんて…。新開も本調子じゃないみたいだし…。
「とりあえず、私は薬、取りに行ってくるから、隣も様子見に行ってやって」
「わかった」
こんなにダウンしちゃうなんて、本当に困ったなぁ。元々は勉強の応援に来ただけだったのに…まさかこんなことになるなんて…。
猛ダッシュで部屋に戻ると、何やらカバンに荷物を詰めてる宮原ちゃん。
「宮原ちゃん、どこかに出かけるの?」
「あ、先輩。いえ、ちょっと幼馴染が熱出しちゃって…。幼馴染のご両親、共働きで家にいないみたいだから、私が面倒みに行こうと思って」
「うわーっ、偉すぎるよ!今、風邪でも流行ってるのかねー?私も友達4人全員ダウンしちゃってさ。参っちゃうよ」
「友達ってあれですか、自転車部の先輩たち?」
「そうそう、東堂とか荒北とか福富とか新開とかなんだけど。でも宮原ちゃん、チャリ部とあんまり関係なくない?」
「実は幼馴染っていうのは、自転車部の真波山岳なんですよ」
まさかの新事実。幼馴染君のことは常々気になってたけど、まさか真波だったとは。…言われてみれば、宮原ちゃんと真波、どこか似てるような気がしないでもないような。
でも、それ言ったら半殺しにされそうなきがするから言わない。なんでかって?うん、野生のカンかな。
「そーだったんだ!じゃ、お互い頑張ろう!真波にもお大事にっていっといて」
「ありがとうございます!では」
ペコリと頭を下げた宮原ちゃんは急ぎ足で部屋を出ていく。…って、私ものんびりしてる暇はないんだよね!
薬は案外早く見つかって、急いで男子寮に向かう。
荒北と東堂の部屋の前には、新開が立っていた。新開もなんか辛そうだな…。
「大丈夫、新開?」
「あぁ…多分な。薬あった?」
「うん、あったよ。なんか、真波も熱出しちゃったみたい。チャリ部集団感染かもね。新開もぶり返さないようにね」
「あぁ、わかってる。じゃあ、俺は寿一のところに行くから」
「うん、ありがとう」
軽く手を振って別れた後、2人の部屋に入る。
カーテンが閉め切られて、暖房がきいているとはいえ肌寒い部屋。
ベットに横たわる荒北も東堂も辛そう。特に荒北は片頭痛だから、なかなか寝付けないみたい。弱々しく吠える獣みたいな声で唸ってる。
東堂はちょっと落ち着いたみたいで、上半身裸なのはこの際目をつぶるとして、浅いとはいえ眠りにつけてるみたいでちょっと安心。起きたら薬を飲ませてあげればいいかな。
「荒北、大丈夫?」
「…相良…すまねェ…」
「いいんだって。薬、飲めそう?吐きそう?」
「今はムリ…落ち着いたら…飲むヨ…」
頭を抱えて横たわる荒北は、いつもの荒北とは全然違ってて、変に不安になっちゃう。荒北が片頭痛で学校休んで、なんだかんだで看病しに行ってたのは、中1の夏で最後だった気がする。それ以来見てない顔…やっぱり不安だな…。
「…いつだったっけな…おめェのこと…香咲って呼ばなく…なったのはヨ…」
2人が薬を飲める状態になるまで部屋でくつろいでると、ふいに聞こえた荒北の声。
「…いつだっけ。大昔な気がするんだけどさ。靖友って、懐かしい響きに聞こえるんだよね。新開がいっつも呼んでるのに。でも、かなり前だと思うよ」
「ハッ…そんなに前…か…」
何で急にこんな話、し始めたんだろう。でも、しんどいのに話したいなら、話をしてあげなきゃ。私に今できることってこれくらいだし。
「そーだよ。小学校のころは香咲って呼んでたけどさ、中学生になって…その、お互い、荒れまして…いつの間にか、相良と荒北になってたしさ」
「そーか…なァ…相良ァ…」
「ん?どうかした?」
まだまだ顔色悪いし、しんどそうなのに、荒い息で必死に訴えかける荒北なんて、見てるの辛い。でも、何か言いたそう。聞いてあげたい。楽になることなら、何でもしてあげたい。
「…もしも俺が…洋南受かったら…戻しても…イイ…?」
「戻すって…呼び方、だよね。…うん、いいよ。私、荒北のこと待ってるからさ」
「ハッ…やっぱ…受かったんじゃナァイ…おめでと…」
もしかして荒北、それを言うために…。
しんどいのに、変に友情に熱いんだから…。本当、荒北って…。
「…うん、ありがと。―――靖友」
恥ずかしいけどそんな名前で呼んでみる。でも、見事にアニメのように寝ちゃってるし。…でもつまり、だいぶ回復してるってことだよね。よかった…。
またしばらくすると、今度は東堂が目を覚ましたみたい。
「相良か…」
「あ、起きた?大丈夫?薬飲めそう?」
「あぁ…だいぶ良くなった…お前のおかげだ」
とろけそうな顔で笑みを浮かべる東堂。…こいつ、しおらしいとその、調子狂うけど、可愛いな。
「そんなことないって。ほら、これ、薬」
「あぁ」
手渡した薬を飲んで、反動なのか何なのかベッドに横たわる東堂。そして瞳を閉じる。…寝顔だけ見てると、本当にスリーピングビューティーだなぁ。なんて言うか、ファンクラブがあるのもうなずける。
「ム!!」
「うわぁ!!ちょ、急に起きないでよ!!」
「いや、すまない…でも、相良…今、お前、俺に見惚れて…」
「な、ないから!!そんなことないから!!」
ちょっと!!こんな近距離で見つめられると、その…顔熱いよ…!!
口数多いし、うるさいし、しつこいけど、一応イケメンに分類されるんだから!!私には縁遠い顔立ちなんだから、照れるのも仕方がないんですよ…。
「そうか…ちょっと残念だな…まぁ、今日はいい…もう少し寝るとするか…」
「是非そうしてね。じゃ、おやすみ」
「おやすみー…」
そういって眠りについた東堂を見て、やっぱり思うのは…
「うーん…ずっと寝てればいいのにね」
その後も荒北が起きて薬飲んだり、東堂が徐々に回復したり、荒北が回復してさっきの名前呼びの事で赤面したり、いろんな事があったけど、結局2人は回復。
隣の部屋に行ってみると、新開はもちろん福富もだいぶ回復したみたい。
まぁ4人とも、学校は翌日休んだけどね。
「回復してよかったんだけどねー…まぁ、いつもの日常、ってことかな」
いつもと変わらない澄んだ青空の下、チャリ部の部室を見てみると、何やら福富、東堂、新開がみえるじゃないか。ずるいなぁ。
「私もいってみよーうっ!!」
階段を飛び降りて、向かう先にあるのは青春の続き…だといいな。なんてねっ!!