「あ…」
始まりは、福富のそんな声。
珍しく変な声を福富が出すから、東堂も荒北も新開も私もやってたことを中断して、一斉に福富に視線を注いだ。
あ、福富、びくってなっちゃってる。鉄仮面の癖に意外と可愛いよね、福富ってさ。
「ンだよ?どうしたんだ、福ちゃん?」
「どうしたんだ、寿一?」
「なにか困ったことでもあったのか、フク?」
「急に変な声あげちゃってどしたのさ、福富?」
今思ったけど、みんな福富の呼び方だけ違うんだね。まぁ、それはひとまず置いといて。
福富はビクッとなりつつ、なんかカバンを探ってる。でも、目当てのモノは見つかってないみたい。だって額に汗が浮かんでるもん。しかも顔真っ青。
「…どうしたのさ、福富」
「…ないんだ…」
いつもにましてシリアスな声の福富に、思わず4人で息を呑む。
うつむいたまま、福富は囁くように告げる。
「…シャー芯が…」
「ハ…?」
「え…?」
「ム…?」
「ちょ…?」
福富クン、今、なんと…?シャー芯…??
呆然とする男子3人は置いとこう、うん。
「福富、今なんて言った…?シャー芯がない…?」
「あぁ…俺は強いはずなのに…シャー芯がないんだ…」
いやいやいやいや、そこ関係ないよ、うん!強いこととシャー芯の関連性を是非とも教えていただきたいね!
「そ、そっか…」
…って、なんで私“そ、そっか…”で終わらせるのさ!いやいや、心配して損したくらい言わなきゃだよね!
でも福富、なんかものすごく落ち込んでるんですけど。
ポンッ、と福富の肩を叩いたのは荒北。荒北、一体何をする気だ…!?
「…し、しゃーネェな!オレがアシストしてヤンよ!」
「荒北…!!頼んだ」
「お、おう!任せとけ!…おい、相良」
「…はい?」
「おいテメー、なんで聞こえませんみたいな感じなんだよ!?ア!?」
だって流れからしてこいつ、“アシストするとは行ったものの、何すればいいからわからないから私に全て任せよう”みたいなことを考えているんだろう。いや、そうに違いない。それしか考えられない。
「相良…相良…」
「ちょ、なんで捨てられた子犬みたいな顔しないでよ!?靖友クン!?」
「お願いだヨ…香咲チャン…」
ここで引き下がるなよ、相良香咲。…それはよくわかってるんだけどね、わかってるんだよ…。
「…しょうがないなぁ、もう…」
このお人好しが!私のバカ野郎!
そしてやってきました東京。
ん?なぜ神奈川の箱根に住んでいる私たちが東京にいるのかって?…それにはね、深いわけがあるんですよ…。
うん、結論から行こう。
私たちはシャー芯に嫌われているのかもしれない。それを実感した2日間だった。
まずハコガクの近くにある文房具屋へと向かった私たち。ふつう、そこにあると思うでしょ?私たちもそう思ってたしさ。
ところがどっこい、なぜかシャー芯が全て売り切れていたのだよ。しかもHBだけでなく、2BもBも0.5mmも0.8mmも全部売り切れていると言う始末。
…うん、泣こうかと思ったよね。文房具屋さんで唖然としたもんね、うん。
仕方がないからちょっと遠くのデパートへ。広いし、文房具屋2つあるし、安心しきってたんだけどね。
まずは1軒目。素晴らしく売り切れ。見事にシャー芯のみ。
あの時の福富の顔は素晴らしかったね。シャー芯に二度も拒絶されたようなもんだったらしく、顔真っ青にしてたわ。
気を取り直して2軒目。ここまで来ると猛ダッシュでシャー芯売り場へと向かう変な集団になってきた私たち。
そして発見シャー芯売り場。見事、1つだけ残ってたんですよ!あの時の感動は忘れないだろうね。脳内お花畑スキップする高3軍団。周りからの視線はもうこの際気にしない。
福富がシャー芯に手を伸ばしたその時。本当にその時。―――横から別の手が伸びて、ラス1のシャー芯をゲットしていった。私たちの目の前で。
新開と東堂と荒北と私の片目からは一筋の涙が、福富に至っては両目から大量の涙が溢れちゃってた。インターハイでもあそこまで泣かなかったのにね、人間って不思議だわ。
そしてしょうがないから、東京へ。別に東京じゃなくても良かったけど、ちょうど休日だったしいいかなーという軽い気持ちで東京へ。
「待ってろよ、シャー芯!!私たちから逃げられると思うなよ!」
「俺たちは強い!!」
「シャー芯、お前はすごい!だがな、俺には天が与えた才がある!!そう、略して―――」
「尽八のことはどうでもいいな!シャー芯…おめえさん、知ってるか?箱根の直線に出る鬼を…」
「テメェらうるせーぞ!!とにかくシャー芯だけ買えりゃいいンだヨ!!」
相変わらず賑やかな箱根学園チャリ部3年生5人組です。いつもこんな感じでお送りしています、はい。
「あ…」
どこかで聞いたような声に振り返ると、地味なメガネ。それにウサギのTシャツと赤い頭。このどこかで見たような3人組は…
「…総北じゃん、あの子達」
「ヒュウ!1年生だな、あれは」
「小野田チャンじゃねーか!!」
「今泉…!!」
「赤いマメツブ君ではないか、あれは!」
3年生大賑わいですよ。だって総北の1年生3人組、可愛いじゃないか。
可愛らしく頭を下げる小野田くんと、元気よく頭を下げる鳴子くんと、クールに頭を下げる今泉くん。
なんかみんなキャラ違うのに仲いいのとか、私たちにそっくりな気がするよね、うん。でも、小野田くんみたいな子がいないのがうちの欠点だよね。可愛い存在が必要だもんね!
「あーっ、美マネの女王やないかい!」
「あぁ、どうりで見たことあるわけだ」
鳴子くんと今泉くんはどうやら私を知ってるらしいぞ。美マネの女王ってなんでしょうかね…?
一方なぜか冷や汗をかく3年男子4人さん。こいつら、何か知ってるよね、絶対。
「さーて…教えてもらおうかな…?」
「な、な、な、なんのことだ…?」
「…まさか福富がそんな事を言うなんて想像してなかったよ」
「お、俺は強い!!」
「福富、それで逃げられると思うなよ!!…靖友クン、これ知ってるかな?」
「そ、それは…!!オレの黒歴史…ッ!!」
見せつけたのはリーゼントに原チャリを乗り回すいつかの荒北の写真。
「ここでばら撒いてもいいんだよー?」
「わかったヨ!!言うヨ!!だからヤメロ!!」
ふっふっふ、私の勝利。勝利だよ、勝利。
その後荒北にじっくりと内容を聞いた後…私はにっこり微笑んで、4人にげんこつを落としてやりました、はい。
だってあり得ないでしょ!勝手に写真撮って、勝手に優勝とか!しかもなんか三連覇してたらしいし!…べ、別にちょっと嬉しいとか思ってないんだからねっ!
「もーっ、変なことしないでよね?」
「でも、相良は可愛いぞ?」
「香咲の人気はすごいからな」
「そんなのしりません!これからはこんなことしないようにっ!」
…べ、別にちょっと嬉しいとか思ってないんだからねっ!大事だから2回言ったよ!
ふとケータイをみると、もうそろそろ電車に乗らないとヤバい時間。
何か忘れてる気がするんだけど…ま、いっか。そんな重要なことじゃないでしょ。
「ほな、さいなら!」
「さいならさいなら!さ、帰ろっ!」
皆をひきつれて帰寮帰寮。なんか色々疲れたなぁ。まぁ、楽しかったからいいけど。私はやっぱり単純なんだね。自分で言って傷ついてる所とかね!
寮のロビーで皆と別れ、宮原ちゃんの待つ部屋へ。
「おかえりなさい、先輩」
「ただいまー!なんか色々楽しかったよー」
「よかったですね。それで、シャー芯、買えましたか?」
…ん?シャー芯…?
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!忘れてたぁぁぁぁ!!!」
そうだよこれが目的じゃないか!何で忘れてたの私!何で東京まで行ったんだよ私!今日結局何も買ってないじゃん!
「あの、先輩…これ…」
「ん…?」
戸惑いがちに声をかけてくれた宮原ちゃんがくれたのは、福富が求めていたシャー芯。しかも新品。
「ど、どうしたのさ、これ…っ!?」
「えっと…あまってるので、どうぞ」
宮原ちゃん…あぁ、君の背中に羽が見えるよ。真波みたいだね、うん。天使だよ。
「ありがとっ!もー大好きだよ!」
「いえ、大丈夫ですよ」
…宮原ちゃん、今度ベプシおごるよ。…荒北の金で。
急いで男子寮へ向かうと、談話室でうなだれる4つの影。
「福富、新開、東堂、荒北、どうしたのさ…?」
「香咲か…いや、俺たち目的忘れてたとおもってさ…」
「あー、シャー芯?」
「あぁ…って、相良、その手に持ってるのは…!?」
「ふっふっふ!!私の人脈に感謝するんだね、福富よ!!後輩ちゃんがくれたぜ!!」
「おぉ…!!」
きらきら輝く皆の瞳。アニメみたいだよ。もうアニメなんじゃないかな、私たち。それくらい輝いてるんだよ。
まぁなにはともあれ、2日間かけてやっとこさシャー芯ゲットだぜ!!
…最後が別のアニメみたいだった?それ気にしちゃ終わりだよ!!