これは1年前―――私たちが2年生になって、初めての後輩ができたばかりの頃の話。
「またやったのか、荒北」
「ハッ!!うるせぇ。アイツがわりぃんだヨ!!」
男子寮の談話室にて。元々女子の寮生が10人もいないため、実は私は女子談話室にいるよりも男子談話室にいるほうが、長かったりする。
消灯時間23時の1時間前には、談話室にいる人数は少なくなる。特に今日は、東堂と荒北しかいなかった。しかも、何やら口論していた。
「ちょっと、何があったのさ」
「おぉ、ちょうどいいところに来たな、相良。こいつ、また黒田と口論になったらしいんだ。俺は先輩としてどうかと思うんだが、お前はどう思う?」
「あ!?ナニいってんだ、東堂。オレは悪くねぇ。悪いのは黒田のヤローだ!!」
私たちに初めて出来た後輩は、いろいろ個性的だった。私たちもかなり個性的だと思うけど、その上を行く個性派が出そうな予感がするほどだった。
その中でも、荒北と黒田雪哉という後輩の組み合わせは最悪だった。
最初から黒田が荒北に殴りにかかった。まぁ、あれは荒北も悪い。でも、殴りかかる黒田も悪い。
その黒田に荒北も殴りかかったが、残り1ミリのところで寸止めだった。さすが、私直伝なだけあるね。
結局中2の時、ヤンキーのなり方を聞かれて断れなくて、喧嘩だけは教えてしまった。ちなみに傷つける喧嘩は私自身がしたくなかったし、荒北にもして欲しくなかったから、寸止めの喧嘩を教えたりした。
まぁ、そんな寸止めな殴り合いを荒北と黒田は繰り返しているらしく。
東堂の話によると、さっきも談話室でやってたらしい。本当に男子って分からない。…私が言えることではないけどさ。
「荒北…そんなことしちゃダメだよ。やっと結果も出てきた頃だしさ、問題起こさないようにねー?」
「そうだぞ荒北!部内でも問題でも、十分な問題になるのだからな!」
「はいはい、わかったヨ!!」
明らかに不機嫌な荒北。東堂も若干キョドってる。若干ヘタレなんじゃないかな、この人。
…ん?待てよ…。
荒北の喧嘩は私の喧嘩と同じもの。だったら、喧嘩する相手が私でも…?
「いいこと思いついちゃった!」
手をポンと叩く。その様子に唖然とする東堂と荒北にニコっと微笑んで、私は軽やかなステップで部屋に戻った。
「…明日は楽しくなるかもしれないなーっ!!」
そして翌日。宮原ちゃんのアラームの音で共に目覚め、窓のカーテンを開け放つ。
ちなみに寝起きはとてつもなくいいほうだ。意外に悪い宮原ちゃんの唸り声を聞きつつ、制服に着替える。まだ若干寒いため、白いセーターを上から羽織る。ちなみに宮原ちゃんは、まだ布団の中だ。
「…今日は面白い日になるもんね…!!」
部屋から出て、食堂に向かう足取りも軽い。ちなみに毎日一番乗り。
「おばちゃーん、いつものちょうだいっ」
「相変わらず早いねー、香咲ちゃんは。ちょっとまってね、いつものねー…」
食堂のおばちゃんが準備している間に、これまたいつも通り東堂がやってくる。
まだ部屋着のままだが、カチューシャだけはつけている。
「おはよー、東堂」
「おはよう、相良。いつも早いな」
「まぁ、寝起きだけはいいからねー」
「…時に相良、昨日のあの、あれは…」
東堂が下から見つめるように見てくる。…わたしより女子っぽいよ、この人。なんか悲しいな。
「うーん…ま、東堂は気にしなくていいよ、うん!」
「そ、そうか…ならいいがな、うん!」
…この人は、単純だ。単純すぎる。本当に東堂とは関係ないけど、ちょっとぐらい疑えばいいのにね。まぁ、それが東堂らしいけどさ、うん。
私の楽しみは放課後。授業はふつう通りだるい。ちなみに私は文系と理科の生物の分野が得意。要するに、記憶教科ってことになるかな。あと副教科が得意。
いつもはだるいけど、今日は放課後に…ふっふっふ…!
「…何笑っているんだ、相良」
「え…あ、ごめん、福富。ちょっとね、部活が楽しみすぎてさ」
「そうか。それはいいことだ」
福富ごめん。そんな純粋な瞳で見ないで。私、恐ろしいこと考えてるんだって。
ちなみに、荒北以外は中学の同級生がいないから、私が元ヤンだって知ってるのも、荒北オンリーだったりする。…バレるのは時間の問題な気がするけど。
そして、そして、そして…
「待ってたよ放課後ー!アイラブユー!!」
「ヒュウ!テンション高いね、香咲」
「あ、新開来てたんだ!福富と荒北と東堂、全員このクラスだもんね!寂しいよね!」
「…傷をえぐるな、おめえさんよ」
「あはは、ごめんごめん!じゃあ、また後でー!」
手を振って私が向かったのは、1年生の教室。そう、彼―――黒田に会いに行ったのだ。
「黒田ー、いるー?」
「え…相良さん…どうかしたんですか…!?」
ほとんど黒田と話さないもんね、私。驚いてるんだろうな。
「ちょっと、ね?」
「え…!?!?」
私の一瞬の黒い笑顔を見逃さなかった彼は、額に冷や汗を流していた。
部室の裏、何を話すかおそらく黒田も勘付いている。
「…荒北…さんのことですか」
「よくわかってんじゃん、黒田。…私はさ、荒北とは今年で11年目になる付き合いなんだよね。もう親友って言ってもいいくらい」
「…何が言いたいんスか」
胸ぐらをつかんで、顔をぐっと上げる。この仕草は昔よくやってた。体が覚えているもんだな。
「…荒北に言われたことが図星だからってさ、つっかかんなって言ってんの。ガキかよ、お前」
「な…!!テメ…ッ、先輩だからっていい気になりやがって…ッ!!」
そう言って殴りかかる黒田の拳を片手で受け止める。
「ふー、危ない。なまってるなぁ。…じゃあ、こっちも…ッ!!」
そして、空いた逆の手で寸止めまで殴る。―――気づいたんじゃないかな、黒田。
「アンタのやり方…あの人と…!?」
「あ、気づいた?ちなみに、私があいつに教えたんだよね、この“人を傷つけない喧嘩”ってやつをさ」
そして、体勢を立て直して笑顔を向けた。
「これからはさ、むしゃくしゃしたことは私にぶつけなよ。ね、黒田?」
その笑顔には、絶対どす黒い闇がこもっていたはず。
恐ろしい顔をした黒田が、無理やり貼り付けたような笑顔を浮かべた。
「は、はい…」
「うんよろしい!…時に黒田、いくらイライラしたからって、女子の先輩、殴ってもいいのかなー?」
「あ…えーっと、その…」
今度は顔を真っ青にする。忙しい後輩君だな。
「…すいませんでした…」
…しっかり謝れるんじゃない、この子。いい子だよ、実際はコイツ。
「まぁ、私だし、これからも喧嘩しようとか言ってるし、大丈夫だよー。じゃ、練習頑張って!」
「…はいッ!!」
元気のいい返事もできるんだ。やっぱりいい子じゃん、コイツ。
そしてその後―――
「…なぁ、相良」
「ん?なーに、荒北?」
「最近黒田があまり突っかかってこねェ…つーか、ケンカしてこねェんだけど…なにか知ってるかァ?」
「…ううん、全然。まぁ、よかったじゃん!ね!」
―――何はともあれ一件落着。…に見えたんだけどね…。
「相良さん、アンタ、元ヤンでしょ?」
「え…っ!?!?!?!?」
「俺、実はアンタと荒北さんと同じ中学だったみたいなんですよ。そういえば、ピンク髪のヤンキーとアンタの名前、一緒ですし、顔似てるし…違います?」
うっ…まさか、バレるとは…。
「…な、内緒にしてください…」
「ふーん…分かりましたよ」
―――弱みを握られた気もするんだよね…。
まぁ、一件落着、ってことでいいや!!