相良ちゃんは今回は出てきません。(回想ででてくるだけ)
「先輩たち、何してるんですか?」
「お、鳴子に小野田に今泉じゃねーか。気になるか?」
―――今回はところ変わって総北高校自転車競技部部室。
インターハイが終わってから学校に帰ってきてすぐ、巻島と田所は部室の隅でとあるものを眺めていた。
「何見てんすか、おっさん。ニヤついてますけど」
「そ、そうか?…これはな、インターハイの影で行われたもう1つの大会の結果だ!」
「も、もう1つの大会…ですか!?」
鳴子の問い掛けに田所が答え、小野田がリアクションする。見慣れた光景だ。
その小野田に答えるのは、巻島だ。ゴクリとつばを飲む今泉を横目で見ながら、ニヤリと笑みを浮かべてドヤ顔で告げる。
「あぁ。その大会は…インターハイ箱根大会美人マネージャーリザルトッショ!」
「び、美人マネージャーリザルト!?!?」
「なんすかソレ!名前でなんとなくわかりますけど!」
「つまり、マネージャーの美人を決定するってことですか」
頬を染める1年3人をニヤニヤと見つめながら、3年2人は頷く。
「あぁ!ちなみにうちの寒咲は準優勝という結果だった。初出場ながら、なかなかの健闘ぶりだ!」
「だがなァ、このリザルトにおいては、絶対的女王がいるッショ」
「絶対的女王…ですか」
今泉の問い掛けに田所が巻島と眺めていた写真を3人の前に突き出す。
そこには、1人の女子生徒が写っていた。
―――ふわふわと波打つような、綿菓子のようなそんなウェーブのかかった長い明るい茶髪に、長いまつげに縁どられた漆黒の闇のような黒くて大きな瞳が目を引く美人。
小さな顔の中に、つんと高い鼻とツヤのあるぷっくりとした唇。
シュシュでポニーテールにして、ジャージを着て仕事をする姿ですら絵になっている、そんなモデル並の美少女がそこに写っていた。
「うわー!!めっちゃ美人やないですか!!誰すか、この人!?」
鳴子が頬を赤く染めて大声で反応する。ちらりと巻島が残りの2人を覗うと、小野田も今泉も顔を真っ赤にして絶句していた。
「こいつか?…ジャージを見てみろ。なんて書いてある?」
「えーっと…箱根…学園…え!?箱根学園!?!?」
「あぁ。コイツは、ハコガクの3年でマネージャーの相良香咲だ。絶対的女王ッショ」
―――そう、彼女は相良だったのだ。
「そ、その相良…さんは、ハコガクのマネージャーさんなんですね」
「それで、絶対的女王…なんで絶対的女王なんですか?」
すると田所は部室の棚から、別に2枚の写真を取り出して並べた。そこに写っていたのも同じく相良だったが、髪の長さが若干短かったりと少しずつ違っていた。
「なんや、同じ人やないですか。何が違うんです?」
「よく見てみるッショ。微妙に違うだろ?つまり…」
「3年間、ずっと女王に君臨し続けている、ってことですね」
「さすが今泉!よくわかってるな!」
そう、相良は高校在学3年間、ずっとこの美人マネージャーリザルトでトップで有り続けたのだ。
美人マネージャーリザルト―――通称・美マネリザルト。
インターハイ出場校のマネージャーなら誰でも出場可能。…といっても、本人が知っていることはほとんどないという、まさに“影”のリザルト。
歴史は浅い。寒咲通司の代から始まった。きっかけは些細なこと。その当時のハコガクの3年生は、自分たちの学校の1年生のマネージャーにすごい美人がいるということを自慢した。ならば、各学校マネージャー自慢をしようということで始まったらしい。―――そして、箱根大会で第3回目を迎えたのだった。
初代女王、2代目女王、そして今回・3代目女王に輝いたのが、相良である。
特に今回大会はすごかった。
―――美マネリザルトは3日目の表彰式のあとに発表される。…極秘で。
その3日目。ハコガクは総北と熱戦を繰り広げた。途中で荒北、泉田がリタイヤするほどだった。
その中でも相良は荒北と仲が良かった。その仲の良さは、性別を超えた親友と呼べるほどだった。
その荒北のリタイヤは、彼女の心も痛ませた。彼女は大粒の涙を、人目をはばからずに流し続けた。その姿を見たものは大勢いた。2日目にリタイヤした者や、走ってる途中に見た人もいた。
しかし彼女は、涙をぬぐってすぐに走り出した。“箱根学園”と刻まれたジャージと髪を揺らしながら、必死に走って彼のもとへ向かった。
荒北を見つけた瞬間、彼女はまた涙を流した。
「荒北…!荒北、荒北…ッ!」
「相良…オレ…やって…やったヨ…」
「うん…うん…わかってる…!本当にすごかったよ…!荒北、すごかった!12年間で一番かっこよかった…!」
「ハッ…ありがてぇ…」
チームメイトを支える彼女は、まさに“7人目のメンバー”だった。
その姿は聖女のようで、その場にいたもの全員が見惚れていたという。
結局ハコガクは王者から陥落してしまった。それに対して一番泣いたのも相良だという。
しかし、その涙を見たのは数える程だったという。その話はさらに選手たちの心に癒しを与えた。
―――結局、自分の学校のマネージャーに投票してはいけないというルールのせいで投票できなかったハコガクメンバー以外は、全員相良に投票してしまったのだ。
残りのハコガクメンバーで投票に参加した福富、荒北、東堂、新開、泉田が寒咲に投票し、今回の美マネリザルトは幕を閉じたのだった。
「すごいんですね…相良さんって…」
しんみりした雰囲気の5人。せわしなく動いている様子を撮影した相良の写真を眺めながら、5人の心は癒された。
すると、ドアが開いた。そこに登場したのは、主将だった金城と、新主将予定の手嶋だった。
「どうしたんですか、5人とも」
「いや、手嶋は知らねぇよな。この美マネリザルトのことを」
「え、えぇ、まぁ…って、あれ、これって…」
巻島から写真を取り上げた手嶋は、しばし相良の写真を眺め回して、納得したような表情を浮かべる。
「やっぱり!これ、香咲ちゃんじゃないですか。どうしたんですか、これ」
「待て待て待て待て、手嶋」
手嶋の質問には答えず、巻島が逆に問いかける。
「今なんつったッショ?“香咲ちゃん”?どういうことだ?」
「あれ、言ってなかったですか?俺のいとこ、ハコガクのマネージャーの相良香咲って人なんですよ。その写真の人です」
しばしの沈黙の後、残りの6人の声が部室に響いた。
「びっくりだな!まさか手嶋、お前のいとこだったとはな!」
「俺こそびっくりですよ!まさか香咲ちゃんがそんなに有名だったとは」
衝撃の告白の後、7人になった部室はにぎやかになった。
「それでおっさん、ワイ聞きたいんやけど」
「あ?なんだ?」
「この写真、インハイのときちゃいますよね?どうしたんすか、これ」
その問い掛けに答えたのは巻島だった。ケータイを取り出して指さした。
「もうすぐかかってくるアイツが送ってきたッショ。仕事中に盗み撮りしたらしい」
「東堂のやつ…なかなかやるな」
「金城、褒めちゃいけねぇッショ…」
その時、巻島のケータイが鳴り響いた。7人は顔を見合わせると、ニヤリと微笑んだ。